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2006-10-02

漁業国益論 (7) まとめ

国益の変化
終戦直後の国益:食糧増産
高度経済成長期以降の国益:食料の安定供給

現在の水産業の分析
無秩序な獲り尽くす漁業が日本全国で展開されており、
その結果として、漁業生産はコンスタントに減少を続けている。
水産行政は、つくり育てる漁業を維持しつつ、公共事業に投資するスタイル。
補助金で、すでに過剰な漁獲努力量を増やしたり、採算が獲れない漁業を維持して、
資源の更なる枯渇の原因をつくる。

今後の予測
選択肢としては、小さな水産庁(自由競争)、大きな水産庁(資源管理)の2つがある。
現状のままでは、国内の漁業生産は確実に衰退する。
その結果、水産庁は縮小し、自由競争を基本とする漁業のみが残るだろう。
現状維持などという選択肢は無く、
政策変更をしない限り小さな水産庁へと進むことになる。
資源の持続性を第一に考えて、資源管理に本腰を入れて取り組めば、
水産業を立て直して、長期的に発展させていくことも可能である。

小さな水産庁
漁業の経済規模から言えば、経済産業省 食糧庁 水産課ぐらいで充分だ。
小さな水産庁が実現した暁には、漁業は自由競争が基本になり、
行政は最低限の仕事だけをやることになる。
自由競争をすれば、不合理漁獲による生産力低迷は避けられず、
業界の空洞化が進むだろう。
それでも、現在のように過剰漁獲を税金でサポートするよりはマシだろう。

資源管理重視
資源の持続性を維持した上で、漁業者の収益を最大化するような漁業を行う。
今のようにあるものをひたすら獲るのではなく、
経済的に合理的なサイズを、必要とされる量だけ、計画的に漁獲する。
資源の再生産へのダメージを最小にしつつ、最大の収益を上げる。
環境変動など、不測の事態によって資源が枯渇してしまった場合は、
国の補償プログラムによって、資源回復のために漁獲を停止させつつ、
漁業者の生活を保障する。
正直者が馬鹿を見ないために、違法操業や密漁などは厳しく取り締まる。

水産行政の貢献度一覧表

 
国民の利益
漁業者の利益
ゼネコンの利益
食料の安定供給
短期的
長期的
公共事業

現状
(獲り尽くす漁業+公共事業)

×
×
小さな水産庁
(獲り尽くす漁業)

×

資源管理
(残す漁業)
×

記号の意味 ○:貢献度大 △:いまいち ×:足を引っ張る

漁業国益論 (6)

国益という観点から、
水産行政のあり方を根本的に問い直す必要がある。

現在の国益は、食料の安定供給である。
そのためには生物資源の持続性を維持することが不可欠だ。
現在の漁業は、資源を持続的に利用しておらず、国益に反している。
にもかかわらず、大量の税金が漁業に投入されている
(漁業者のもとに届いていないという別の大問題もあるが、、、)。
対価は受け取るが、サービスは提供しないでは通用しない。
選択肢としては、対価を受け取るのを止めるか、
サービスをちゃんと提供するかの二者択一だろう。

産業と国益の関係を、根本的に問い直す必要がある。

漁業は、国益に答える義務を負う覚悟があるか?
国民は、漁業に国益の対価を払う合意があるか?

そのことを問い直す必要があるだろう。

現在の一般会計は、年間1800億円→国民一人あたり1500円
特別会計もいれると、その数倍にふくれあがるはずだが、詳細が不明。
3000円~6000円の範囲に収まるだろう。
俺の個人的意見をいうと、
魚をこれからも食べ続けることができるなら、
これぐらいの出費は全然惜しいと思わない。

1)漁業は国益に応えて、納税者はその対価を払う
国民全体で水産物安定供給のための費用を捻出する以上、
漁業者には資源を持続的に有効利用する義務が生じる。
「俺たちの生活がかかっているんだから、部外者はつべこべ言うな」とか、
「魚をどこまで減らしても漁業者の勝手でしょ?」という言い分は通用しない。
漁業者には乱獲をしたり、資源を枯渇させる権利が無くなるのだ。

現在の科学水準では、適切と思われる漁獲を行っていても、
資源が枯渇したり、経営が立ちゆかなくなったりする場合が必ず出てくる。
そういった場合に、漁業者が乱獲も首つりもしないで済むような仕組みが必要だ。
現在、公共事業に使っている予算の10%も回せば楽勝だろう。

2)漁業は国益には縛られず、納税者から対価を受け取らない
水産資源は、漁業者の私有物であり、
生かすも殺すも漁業者の勝手という考え方。
経営が厳しくなれば、勝手に乱獲をすればよく、
資源が枯渇すれば勝手に廃業すればよい。
現在の漁業はそんな感じだろう。
無秩序な自由競争の元では漁業という産業は確実に衰退する。
競争→過剰投資→資源枯渇→産業の荒廃
というコンボは共有地の悲劇として古くから知られている。
全体の利益を確保するためには、抜け駆けを防ぐ権力が必要になる。
その役をすべき水産庁が、全く機能していない。
だから、日本で資源管理がそれなりに上手くいくのは、
比較的小規模な浜で生産性の高い資源を占有している場合に限られる。
秋田のハタハタ、伊勢湾のイカナゴ、京都のズワイガニのような
一部の地域性の高い資源だけが残っても、日本の漁業に未来はないだろう。
この方向を選ぶなら、将来の水産物の供給は輸入に頼ることになるだろう。
また、EEZ内の生物資源を持続的に有効利用する義務が明記されている
国連海洋法条約を破棄するのが筋だろう。

日本漁業はどちらを選択するのだろう?
常識的に考えて、後者を公式に選ぶというのはあり得ないだろう。
国際社会に向けて、「日本は無責任な国内漁業を支持します!」
などというのは無理だ。
かといって、水産基本計画を見る限り、資源を管理する気はなさそうだ。
「食糧供給を安定させます」と外部には言っておいて、
実際の漁業は無秩序なままでもよいと思っているだろう。
その見通しはズバリ甘すぎる。今後の展開を予想してみよう。

水産庁が現状のままであれば、漁業はじり貧を続けるだろう。
国家財政が厳しい中で、縮小する産業への予算は削られ続けるだろう。

資源低迷→漁業生産低下→水産業衰退→予算削減→食料庁水産課

サプライズ人事&早速の不祥事などから、別の芽も出てきた。

トップが大失策→農水省不要論→農水省解体が行政改革の目玉に→水産庁消滅

現在のスタイルを維持したところで、現状は維持できない。
結果として、漁業に関係する全てのセクションが縮小の方向に進んでいくだろう。
漁業者にとっても、国民にとっても、役人にとっても、良い選択だとは思えない。

一方、資源管理を選んだ場合、最初は厳しいが、長期的にはバラ色の未来が待っている。

管理徹底→漁獲減→資源回復→漁獲増→漁業者ウハウハ→国民満足→海洋省誕生

日本の沿岸の生物生産力はまだまだ高い。
やりようによっては、持続的な漁獲量を倍増させることも可能なのだ。
長期的視野から、合理的に問題を整理していけば、
長い目で見て、みんなが幸せになる方向はある。

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