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2007-10-22

スケトウダラ北部日本海系群のおもひ出 その2

04年当時を振り返ると、全体的に危機感が無かったと思う。
本気でやばいと思っていたのは、魚種担当者と俺ぐらいだろう。
ほとんどの関係者は、漁業者が望むようなABCを出す事が自らの使命だと考えており、
「漁業者には生活がかかっているのに、
空気の読めない研究者が悲観的な数字を出してきて迷惑だ」という雰囲気だった。
俺が「この魚を捕るべきではない」といくら力説しても、
なんの反論もないまま、なし崩し的にABCが増えてしまった。
道の役人が「我々は漁業者の生活のためにTACを増やすよう働きかけます」とか
宣言していたのには、呆れかえってしまった。
この手のホワイトナイトたちが、「漁業者を救うため」にTACを水増していった。

漁業者のいうままにTACを増やしても、「漁業者を救う」ことにはならない。
このままでは、漁業者の生活が失われる可能性が濃厚なのだが、
その原因は、資源の持続性を蔑ろにして、過剰なTACを設定したせいである。
目先の利益を確保するために非持続的な漁獲を続けた漁業者と、
漁業者に言われるままにTACを増やした役人が、
資源をつぶし、漁業をつぶし、地域コミュニティーを破壊したのである。

北海道に限った話ではないが、漁業者は常に被害者意識が強い。
自分たちが利用した資源を、次世代にちゃんと残すのは漁業従事者の最低限の義務である。
その当然の義務を果たせと言われただけで、被害者面して大騒ぎをする。
自分たちは、理不尽な規制に苦しめられる哀れな存在だと声だかに主張し、
俺のような、いたいけな研究者を「漁業の敵」としてやり玉に挙げるのである。
たしかに、世界には、厳しい管理の犠牲となった漁業者が存在するのだが、
日本は資源管理に極めて消極的な国である。
国内に、資源管理が不必要に厳しすぎて漁業が滅びた事例など、無いだろう。
日本の場合は、乱獲で資源が枯渇した結果として、漁業が自滅しているのである。
自らの短期的な利益の代償として、共有財産の水産資源をつぶしたのだから、
漁業者は被害者ではなく、加害者である。

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from 18 Mar. 2009

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