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2008-10

日曜日の新報道2001(フジ系列)で水産関係の特集

俺のインタビューも収録しました。
どこがどんな風につかわれるかは、当日のお楽しみです。
スタジオのゲストは誰なんだろう?

桜本文書を解読する その5

「科学的根拠として現行のABCに固執するものではない」→ 自らの非を認めた?
61 ページに、「現在、我が国においては、科学的根拠としてABCを用いているが、・・・、その根拠については、現状のABCに固執するものではない」と記述されている。この記述の意味は、「ABCが計算できるものについては科学的根拠としてABCを用い、ABCが計算できないものについては、他の科学的根拠を用いてTACを設定してもよい」という意味なのか、「現行のABCを科学的根拠としている資源についても、必ずしも現行のABCに固執する必要はなく、他の科学的根拠を用いてTACを決定してもよい」という意味であるのかが不明である。前者はTAC制を現行のTAC対象種以外の魚種に拡張する場合の話であろうから、その妥当性については後述する。
もし後者であるとするならば、この記述は、今までの規制改革会議の主張と矛盾している。なぜなら、いままで規制改革会議は現行のABC を絶対視し、TAC¬=ABCとすべきという主張をくり返してきたからである。上記の記述は、現行のABC を絶対視し、TAC=ABCとすべきという自分たちの主張が誤っていたということを認めたということであろうか? 
そもそも漁業者側の主張は「現行のABCの算定方法が納得できない」ということであり、資源量推定値の見直しや、RPS(産卵親魚量当たり加入量)一定という仮定のもとで資源量の将来予測を行い、ABCを決定することに対して懐疑的で、他のABCの決定方法も検討してほしいということであった。至極妥当な要求であるにも関わらず、そのような漁業者の要請は一切考慮しないで、現行のABC を絶対視し、TAC¬=ABCとすべきという主張をくり返してきた規制改革会議が、ここに至ってこのように変節する理由が理解できない。その程度の底の浅い主張であったということであろうか?

文章の意味がわからないなら、規制改革会議か水産庁に、確認すればよいと思います。

「自らの非を認めた?」などと、鬼の首を取ったかような勢いだが、
規制改革会議は、別に現行のABCにこだわってきたわけではない。
乱獲を回避して持続的に漁業ができれば、それでよいわけだ。
そのために、「利用可能な最良の科学情報をもとに漁獲枠の上限を設定すべきだ」と考えている。
利用可能な科学情報がABCしかないなら、ABCをつかうべきだし、
水研センターのABCよりも優れた指標があれば、そちらをつかうのが当然だろう。

現状では、ABC以外の科学的指標が、国内で出てくる可能性は極めて低い。
日本で資源評価ができるのは、水研センターと水試の一部のみ。
そういった人間は、ほぼ全員がABCの決定に関わっている。
資源音痴の水産庁が、独自に科学的根拠のある数字を出せるはずがない。
せいぜい、某お手盛り審議会で非公式協議をして、「根拠は外部に出せないけど、
学識経験者が認めた数字だから、科学的なんだ!!」と言い張るぐらいが関の山だ。
そんなものが科学的根拠と認められるほど、世の中甘くはない。
ABCに代わる科学的指標がでてるはずがないのだから、
科学的根拠を守れということは、結局はABCを守れということになるはずだ。

水産庁サイドの強い希望で、「科学的根拠を遵守するなら、現行のABC以外でもかまわない」
という文面になったらしいが、規制改革会議がこだわっているのは、
「科学的根拠に基づく持続性の確保」だから、別にどちらの記述でもおなじことだ。
また、ABC以外の科学的な指標が出てくるとは思えない現状では、
結局は、ABCを遵守しろと言うことになるのは明白だろう。
どこをどう読んだら、「変節」とか、「底が浅い」とかいうことになるのか、理解に苦しみます。

桜本文書を解読する その4

「ABCの値は合意事項であり、科学的には決まらない」「生物学的に妥当な目標資源水準など科学的には(生物学的には)決められない」というのが私の持論であるが、紙面の関係もあり、その点についてはここでは触れないことにする(興味のある方は資源管理談話会報(2004)、月刊海洋38(2006)をご参照下さい)。 話を簡単にするために、今、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるものとして説明する。例えば、20万トンが生物学的に妥当な目標資源水準であったとする。今、現状の資源水準が10万トンで、20万トンまで資源を回復させる必要があったとする。その時の対応として、本質的に異なる2つの管理方策が考えられる。管理方策Aは20万トンになるまで禁漁する(ABC=0)。管理方策Bは何年かかけて資源水準を20万トンに回復させる、という2つの管理方策である。
資源が多い場合についても同様である。今、資源量が40万トンであれば、管理方策Aは20万トンになるまで最大の漁獲圧で漁獲する(可能な限り獲まくる、ABCは青天井)。管理方策Bは何年かかけて資源水準が20万トンになるように、現状の漁獲量を増やす。
管理方策Aを採用すべきと主張するのであれば、ただ一つのABCの値が科学的に決定できると主張しても誤りではない。ただし、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるという条件付ではあるが・・・。しかし、管理方策Aを採用すべしと主張している人は実際には一人もいない(もし、そう主張される方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。科学的にただ一つのABCの値が決定できるとすれば、条件付ではあるが、この場合しかあり得ないことに注意する必要がある。
管理方策Bは何年で資源を回復させるか(最適な資源水準に持っていくか)ということが問題になる。5年で回復させるべき、10年で回復させるべき、あるいは6年で回復させるべき等々いろいろな提案があるだろう。しかし、5年で回復させるのが科学的に(生物学的に)正しくて、6年で回復させるのは科学的に(生物学的に)正しくないということを科学的に論証できる人などいないはずである(もし、論証できるという方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。つまり、何年で資源を回復させるかという議論の中には、既に生物学とは異なる次元の価値観が入り込んでいることになる。多くの場合その期間は社会的・経済的な要因に深く関係して選択されることになるだろう。
すなわち、何年で資源を回復させるかは生物学以外の要因も考慮した場合の合意事項であって、科学的に1つの値が決定できるといった類のものではない。何年で資源を回復させるか、その年数によって、当然ABCの値もすべて異なってくる。つまり、「ABCの値も合意事項であり、科学的に1つの値が決まるわけではない」ということである。「ABCが科学的に決定できない」から、合意形成のプロセスが重要になるのである。「ABCの値も合意事項であり、科学的には決定できない」ということを正しく理解していない人が「合意形成の重要性」を謳ってみても、「合意形成の重要性」を真に理解して発言しているとはとても思えない。

わかりづらい文章だが、要約すると「ABCは科学者の合意事項に過ぎないので無視して良い」ということだ。あまりに時代錯誤な考えである。90年代以降の世界の動きを全く理解しておらず、
「行政官ならまだしも、こんなことを言う研究者がまだいたのか」とかなり驚いた。

80年代以前には、世界中で、科学的アセスメントよりも、漁業者の目先の都合を優先していた。その結果、多くの漁業が破綻したのである。苦い経験から、不確実性があったとしても、利用可能な最善の科学情報を遵守するようになった。たとえば、92年のリオデジャネイロ宣言は、「科学的情報の欠如を口実に管理を怠ってはならない」と明記されている。また、1995年に公表されたFAOの責任ある漁業の行動規範でも同様のことがうたわれている。

現在、利用可能な最善の科学情報とは、「専門家集団の合意事項」に他ならない。日本政府が「これを実行に移さないのは科学軽視である」と他国を非難している。IWCのRMPにしても、科学者委員会の合意事項に過ぎない。桜本氏の考えを捕鯨に当てはめれば、「RMPは科学者の合意事項に過ぎないから無視して、漁業者の希望に応じてRMPで計算された捕獲枠を超過してもよい」ということになる。こんな主張が、通るわけ無いだろう。

また、「5年で回復させるのが科学的に(生物学的に)正しくて、6年で回復させるのは科学的に(生物学的に)正しくないということを科学的に論証できる人などいないはずである」という例は全く現実に即していない。
今の日本のTAC設定は「5年で崩壊させるのか、それとも1年がよいのか」というお粗末なレベルである。たとえば、マイワシでは海にいる魚の量を上回る漁獲枠が設定されていた。激減しているスケトウダラ日本海北部系群(参考資料1)の場合、資源量を維持するための漁獲枠4.6千トンに対して(参考資料2)、水産庁の設定した漁獲枠は1万8千トンであり、資源を保護するどころか、もっと漁獲圧を増やして良いという計算になる。

NZでは、ホキ資源が減少したときに、政府は漁獲枠を20万トンから10万トンに削減した。資源の回復を確認した後に、政府が漁獲枠の増枠を提案したところ、漁業者団体は、より早く確実な資源回復を実現するために、もっと漁獲枠を減らすように主張し、結果として、漁獲枠は1万トン削減された。そういうレベルでTAC設定の綱引きがされているのであれば、桜本氏の「漁獲枠は科学のみで決めるべきでない」という反論も理解できる。しかし、日本では、あり得ない過剰な漁獲枠に対して非難の声が上がっているのである。これらのTAC設定を容認してきた委員の長である桜本氏には、資源量を超える漁獲枠が、どのような社会経済学的理由によって、正当化されるかを、説明する義務があるはずだ。「資源回復の早さは科学的に決められない」などと、とぼけるのは、あんまりだろう。

参考資料1 スケトウダラの資源量(http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1910.pdfより引用)

img08101001.png

参考資料2 研究者が勧告したスケトウダラの許容漁獲量は、3.4~4.2千トン(http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1910.pdf)。にも関わらず、水産庁が設定した漁獲枠は180千トン。現在の過剰な漁獲圧を更に増やして良いことになる。

img08101005.png

補足資料:アラスカのTACとABCの設定

ABCはメイドインUSAの舶来品

日本のTAC制度は、米国の管理制度を模倣していることは、周知の事実である。
日本には資源管理の枠組みは存在しないのだから、仕方がない。
実際にABCの引用文献を見ても、いくつか欧州の文献が混じる程度で、米国の政府文書がほとんどだ。

ABCのルーツはアラスカにあり

米国の中でもアラスカが独特の長い資源管理の歴史を持っている。
米国本土ではITQモラトリアムという愚行をしていたが、アラスカは独自路線を貫き、
スケトウダラにITQを導入し、資源の回復に成功している。

さて、そのアラスカでは、70年代にすでにABCが利用されている。
例:1987年のアラスカ湾周辺の底魚の資源状態に関する文書
http://www.st.nmfs.noaa.gov/tm/nwc/nwc119.pdf#page=151
img08091002.png

ABCはAcceptable biological Catch, OY はOptimum Yieldである。
すでに70年代から、アラスカではABCが存在したのだ。
OYは社会経済的要素を加味した上で、設定される漁獲量であり、日本のTACに相当する。
1984年をのぞいて、すべてABC>OYとなっている。

ABCの現状
2007年にシアトルで開かれた会議の資料に、科学者委員会の役目が書かれている。
http://www.fakr.noaa.gov/npfmc/membership/ssc/SSCrole507.pdf

img08091003.png

最後の部分に注目をして欲しい。

北太平洋漁業会議は、科学統計委員会(SSC)のアドバイスに従い、
TACs≦ABC≦OFLの不等式が成り立つようにTACを設定すること。
(一つの資源にたいして、常に一つの数字)

実に明快ではないか。

で、実際の運用がどうなっているかも見てみよう。
http://www.fakr.noaa.gov/sustainablefisheries/specs07_08/BSAItable1.pdf
img08091004.png

全ての魚種で、Overfishing Level ≧ ABC ≧ TACとなっている。
アラスカはがんばっているじゃないか。
こういう風に資源管理をしっかりやっている漁業は、産業として着実に伸びている。

米国はABCは値は一つだけ。日本は欧州の流用で、limitとtargetの2つのABCを設定している。
日本のTAC制度との整合性を考えると、 こんな感じだろう。

米国

日本

OFL ABCLimit
ABC ABCTarget
TAC 期中改訂後のTAC
ITAC TAC


アラスカでのTACの期中改訂は、ABCを上回らない範囲で、常に上方修正だ。
漁業を経済行為としてとらえた場合に、期中改訂で漁獲枠を削るのは難しい。
期中改訂で漁獲枠が削られると思えば、早どりをせざるを得ないし、
漁業経営上望ましくないのである。
そこで、最初は安全を見て低めのTACを配分しておく(ITAC)。
その上で、情報を集めながら、TACを上方修正し、漁獲枠を追加配分していく。
漁獲枠の追加配分は、スケジュールに組み込まれている。
最終的な漁獲枠をABCいかに抑えつつ、資源分布の不確実性にも順応的に対応できる。
ちなみに、南アフリカもこのスタイルだ。

TACがABCを下回るのは大前提であり、ABC-TACが不確実性に対するマージンになる。
アラスカでは、社会的・経済学的な要素を加味して、
マージンの大きさ、つまり、「TACをABCからどこまで減らすか」を決定する。
その場合も、日本のように行政官が鉛筆をなめて決めるのではなく、
資源研究者と経済学者からなる専門委員会で、
社会経済的な要素をちゃんと考慮した上で、TACを決定するのである。

いろいろな国の資源管理制度を調べてきたが、社会的・経済的な要因を口実に、
ABCを上回るTACを正当化している国など日本以外にない。

桜本文書を解読する その3

致命的な「基本概念の誤り」
61 ページでは、「現行の我が国の水産資源の管理は、ABCを算定し、漁業の経営その他の事情を勘案してTACを決定している。しかしながら、科学的根拠に社会経済的要因を加味することは、科学的根拠をないがしろにし、それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長しているといえる」と述べている。すなわち、上記の記述はTACが社会的・経済的要因を加味して決定されること自体を否定している。しかし、社会的・経済的要因を加味しTACを決定すべきことは、TAC法にも明記されており、漁業生物資源の管理を考える際の至極当然な考え方である。例えば、サンマ資源は資源量が極めて大きく、ABCは 200万トン近い。規制改革会議はサンマについても、社会的・経済的要因を加味することをよしとせず、TACャを200万トン近く(2008年TACの約 4.5倍)に設定すべきと主張するつもりだろうか?
サンマの例もさることながら、経済的要因を一切考慮することなく、生物学的に妥当と思われる ABCを計算し、その値をTAC とすることが、「科学的根拠に基づく資源管理の徹底になる」という考え方自体が、根本的に間違がえている。なぜなら、規制改革会議が「科学的根拠」として取り上げているABCの値自体がそもそも合意事項であって、科学的に1つの値が決定できるといった性質のものではないからである。実はこのことを正しく理解している研究者は意外と少なく、そのことが今日の混乱を助長させている大きな要因にもなっている。このことは極めて重要であるので、以下に簡単に説明しておこう。



この文章の是非を論じる前に、ABCの基本についておさらいをしておこう。
法定速度が60kmの道路は、60km以下で走れば良いわけで、
別に60kmぴったりで走らなければならないわけではない。
ABCは法定速度のようなものであり、必ずしもABCぴったりまで漁獲をする必要はない。
0~ABCの間で、社会経済的な要素を考慮してTACを決めればよいのである。
現に日本をのぞく世界中では、そのようになっている。

科学的根拠を遵守するというのは、TACをABC以下に抑えると言うことであり、
サンマのTACは、ABCを遵守しているので問題はない。
問題はサンマ以外の資源である。
水産庁は、サンマ以外の全ての資源に対して、ABCを上回る過剰なTACを設定してきた。
「社会的・経済的要因」を口実に、漁業者から言われるままに、
非持続的なTACを設定してきたのである。
特に、低水準資源ほどABCを過剰に上回るTACが設定されている。
たとえば、激減しているマイワシ太平洋系群には、
2001年、2002年とABCどころか資源量を上回る漁獲枠が設定されていた。
現在、資源崩壊に向かっているスケトウダラ日本海北部系群に関して、
今後15~20年にわたり現状の親魚量を維持する漁獲量が4.6千トンというアセスメントの結果が得られた。
http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/html/1910.html
それに対して、水産庁の設定したTACは18.0千トンである。
科学的アセスメントを無視して、資源量を現状維持できる漁獲量の何倍もの漁獲枠を、
まともな国ならとっくに禁漁をしているような低水準資源に対して設定しているのだ。

そもそもABCを大幅に上回るTACを設定するのは、TAC制度の根幹に関わる大問題である。
TAC制度のパンフレットには、「水産資源の適切な保存・管理を行うための制度です」とかいって、
過剰な漁獲枠を設定しているのは、納税者に対する裏切り行為だろう。
明らかに持続性に反するTAC設定をするならば、その理由をきちんと公開した上で、
国民の理解を求めるのが筋ではないだろうか?
水産庁および水産政策審議会は、社会的・経済的な要因を理由に、
ABCを遙かに上回る漁獲枠を設定している現状について、きちんと説明をする義務があるはずだ。
不都合な過剰漁獲には何もふれずに、例外的にABCを守れているサンマをとりあげて、
「ほら、どこに問題があるんだ」と居直るというのは、明らかに誠意に欠ける。

「漁業者が獲りたがっているから、明らかに非持続的なTACを設定することが至極当然だ」と主張するのが、
日本のお粗末な現状である。
社会経済的な要素を勘案したからといって、ABCを超えてTACを設定して良いことにはならない。
「遅刻しそうで、急いでいるから」などの理由で、制限速度を超えて良いことにしていたら、
実質的に速度規制が無いも同然だろう。
日本の水産資源も管理されていないも」同然なのだ。

規制改革会議はサンマについても、社会的・経済的要因を加味することをよしとせず、
TACャを200万トン近く(2008年TACの約4.5倍)に設定すべきと主張するつもりだろうか?

ABCは、社会経済的な要素を排除して、生物の持続性の観点から漁獲量の上限を定めたものである。
その定義に照らし合わせれば、200万トン獲っても資源の持続性に問題がないなら、
ABCは200万トンにするのが当然だろう。
ただ、ABCが200万トンだからといって、必ずしも200万トン獲る必要はない。
TACは社会経済的要素を加味して60万トンとしても、何も問題はないのである。
重要なことはABC≧TACであることなのだ。
問題なのは、本来のABCの定義を無視して、ABCをつかって出荷調整の道具にしていることだ。
値崩れを防ぐための出荷調整は、TACかもしくは業界団体の自主規制でやるべきである。




規制改革会議は、資源の低下に歯止めがかからない現状を問題視しているのだから、
ABCの倍以上のTACが設定されているスケトウダラ日本海北部系群や、
ABCはおろか資源量を超えるようなTACが設定されていたマイワシのことを批判しているのは自明だろう。
ただ、指摘されたように、規制改革の原文は、社会経済的な要素を考慮すること自体を否定しているように読める。
0~ABCの範囲で、社会的・経済的な要因を考慮してTACを設定することには問題はない。
ABCの超過を問題していることを明確にするように、文面を修正した方がよいだろう。

元の文章:
科学的根拠に社会経済的要因を加味することは、科学的根拠をないがしろにし、それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長しているといえる

修正案:
社会経済的要因を理由に、科学的根拠をないがしろにした過剰な漁獲枠が設定され、それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長しているといえる

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