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ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか

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日本メディアは、ドーハ締約国会議をどのように伝えたか

今回のクロマグロのワシントン条約に関して、日本の報道は、「欧米の資源囲い込みの陰謀から、日本の食文化を守らなくてはならない。水産庁がんばれ!!」という論調一色であった。とくに、読売の社説は、水産庁の主張をそのままコピペしたような感じだ。

「食文化守られた」 マグロ禁輸否決で市場関係者や消費者(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010031902000226.html
マグロを食べる日本の文化が守られた-。マグロの入手困難や、価格高騰を懸念していた東海地方の市場関係者や消費者からは安堵(あんど)の声が上がった。

クロマグロ規制 全面禁輸はあまりに強引だ(3月16日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100315-OYT1T01323.htm?from=y10
日々の食卓にのぼるマグロを、いきなりジュゴンやパンダと同じ絶滅危惧種にするのは強引すぎる。
日本は、禁輸採択の場合、受け入れを留保して漁を続ける方針だ。欧米の資源囲い込みを防ぐには、やむを得ない選択だろう。

日本のメディアは国民に何を伝えなかったか(隠したか?)

情緒的な論調で、消費への危機感を煽る一方で、欧米の世論を保全に向かわせた次の3つの事実を、日本のマスメディアは、国民に知らせなかった。

1.タイセイヨウクロマグロは激減しており、すでに、現在の漁獲を支えられる状態にない
2.ICCATの規制は守られておらず、漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在する。ICCATもそのことを認めている
3.不正漁獲されたマグロのほとんどは日本で消費されており、以前から問題になっていた。

タイセイヨウクロマグロの資源状態については、ここにまとめた。資源は危機的に減少しているというのはICCATの研究者の一致した見解である。日本の報道は、インターネットで公開されているICCATの資源評価について一切ふれずに「絶滅危惧ではない」という日本の政府関係者のコメントを垂れ流すのみ。FAOの専門委員会では、日本政府が派遣した一人をのぞいて全員がワシントン条約で規制をするのに十分な証拠があると認めたのである。国民が公平な判断をするためには、こちらの声も紹介すべきである。南アフリカにはButterworthという研究者がいる。IWCでは一貫して、捕鯨の肩を持ち、英米からは「日本より」と批判されることが多かった人物である。彼ですら、マグロの規制には賛成したのである。

日本政府はICCATの有効性を声高に主張したのに対して、欧米はICCATの規制には懐疑的であった。ICCATのレポートを見れば、どちらが正しいかは明らかだ。漁獲を15000t以下にすべきという科学者の勧告を無視して、2007年に29500tのTACを設定。報告された漁獲枠は34514tだが、実際には61000tの漁獲があったとICCAT自身が認めているのである。

これらの黒いマグロの温床となっているのは畜養である。産卵群をまとめて漁獲して、いけすにいれて、太らせてから日本に出荷する畜養が、地中海で広まっている(実は日本のクロマグロの養殖もほとんどが畜養なのだが、メディアはそのこともふれない)。漁獲枠が3万トンに対して、地中海の畜養イケスのキャパシティーは、6万トンといわれている。そもそも、漁獲枠など守る気がないのである。不正漁獲はマフィアのビジネスになっている。EUでの規制強化を見越して、リビアに黒い畜養の拠点が移動しつつある。もちろん、リビアの畜養に投資をしているのは、先進国の資本である。EU内ではクロマグロの消費は厳しい社会的圧力にさらされており、レストランがテロの標的になりかねない勢いである。そこまでしても、リビアで作って、日本が買うという仕組みが出来たので、EUでの規制強化では対応できない。そこで、今回のワシントン条約と言うことになったのだが、リビアと日本が勝ってしまった。「先進国が減らしたものを、俺たちが我慢するのはおかしい。俺たちにも獲る権利がある」と主張するリビアがICCATの勧告に従うはずがない。ICCATで厳しい枠をつけても、リビア→日本という黒いホットラインがある限り、不正漁獲はなくならない。ICCATの枠組みで、資源管理が出来るという日本の主張は、明らかに無理がある

現在、畜養クロマグロは在庫が余っている。不況によって、値段を下げても、売れないのである。こういう状況で、冷凍の在庫が1年以上ある。絶滅の心配をされるほど減っている魚を、在庫が余るぐらい買いあさる必要があるのだろうか。すぐに食べないなら、海に泳がしておけばよい。そうすれば、勝手に成長して、卵を産んでくれるのに。日本商社の乱買が資源枯渇に拍車をかけているのだが、これだって、日本メディアにかかれば「しばらくは食卓への影響はあまりないので安心です」となるのだから、物は言い様である。
「ワシントン条約を妨害したから、日本の食文化が守られた」という、日本メディアの報道は事実に反している。タイセイヨウクロマグロは、持続性を考えれば、ほぼ禁漁に近い措置が必要になる水準まで減っている。ICCATがまともに規制をすれば、ほぼ禁漁になるし、今のままとり続ければ数年で魚は消えるだろう(絶滅ではなく、商業漁獲が成り立たなくなると言う意味)。どのみち、現在の水準で輸入はできない。大西洋のマグロを日本が大量消費をしている現状は、すでに破綻しているのである。今後、クロマグロの供給が減少するのは確実だが、その原因は、ワシントン条約でも、中国の消費でもなく、まともに漁獲規制ができないICCATと日本人による乱買と乱食である。

それにしても、危機感を煽るようなデタラメな表現が目立つ。読売新聞は「日々の食卓にのぼるマグロ」と表現しているが、タイセイヨウクロマグロは日々の食卓に上るような魚ではない。毎日、クロマグロを食べているのは、高給取りの読売新聞社の社員ぐらいだろう。また、「大西洋のマグロは減っていないのに、ヨーロッパが資源囲い込みのために騒いでいる」というなら、読売新聞はマグロが減っていないという証拠を出すべきである。ICCATの科学委員会もFAOもデタラメだというつもりだろうか。

いまだに大本営発表の日本メディアとそれに踊らされる国民

「資源はどうなのか」、「ICCATの管理体制はどうなのか」というのは、ワシントン条約での規制の妥当性を考える上で、必要な判断材料である。最初に、こういう情報を、正確に伝えるのが、本来のメディアの役割である。少し調べれば、幾らだって情報はでてくる。俺自身も、いくつかのメディアの取材に対して、「こういう資料があります。国民にとって重要な判断材 料になるので、紹介してください」と教えたにも関わらず、すべて無視された。海外メディア経由であれば、幾らでも情報は手に入った。知らなかったとは考えづらい。日本のメディアは、判断材料を国民に隠した上で、情緒的な表現で煽って、予め決められた結論へと誘導したのである

日本の消費者は、地中海のマグロ漁業の現実を理解した上で、なおかつ、「ワシントン条約の規制は欧米の保護団体のジャパンバッシングであり、規制ができなくて良かっ た」と心の底から言えるだろうか。ほとんどの人は、そう思わないだろう。むしろ、「本当に規制は不要なのか?」とか、「日本のマグロ輸入はこれで良いの か?」という疑問を持つはずだ。これらの事実を報道すれば、「欧米の理不尽な仕打ちに対する日本が被害者」という、水産庁に都合の良いストーリーが成り立たな くなる。情緒的な報道を繰り返して、水産庁の望む政策を支持するように世論を誘導してきたのである。

日本にとって、都合が悪い情報をすべて隠蔽して、情緒的な表現で煽っている日本のメディアと、そのメディアに踊らされて、日本中が「鬼畜英米に、勝った」とお祭り騒ぎ。未だに、大本営発表で世論が簡単にコントロールできてしまう日本という国に、危機感を感じる。

追記(2010 3/27)

この記事は極めて舌足らずですので、次の記事も読んだうえで、この問題について考えていただけると幸いです。

もう一つ、知っていただきたいのは、日本のクロマグロ資源の現状です。日本近海のマグロ資源には漁獲枠がなく、地中海以上に無秩序な状態です。未成魚を捕りひかえれば、大西洋から輸入している分は補えます。地球の反対の減少したマグロを捕る権利を主張するまえに、自国の資源管理にきちんと取り組むべきではないでしょうか。

Comments:23

bn2islander 10-03-21 (日) 11:05

>「大西洋のマグロは減っていないのに、ヨーロッパが資源囲い込みのために騒いでいる」

ご指摘の部分は下記の所だと思いますが「大西洋のマグロは減っていない」などとは記載されていないように思います。

>禁輸が実現しても、大西洋や地中海の沿岸国は領海内でクロマグロ漁ができ、EU域内の流通は
>制約を受けない。今回の動きは、環境保護を名目にした漁業資源の囲い込みだ、との指摘もある。

また、以下の文章に関しては読売新聞の筋が通っている様に思います

>まず、国際委員会による漁獲規制強化を図るのが筋だろう。
>密漁の厳格な監視、漁獲数の不正申告の根絶など

nekoyama 10-03-21 (日) 12:58

1.タイセイヨウクロマグロは激減している
2.地中海では漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在し、ICCATもそれを認めている
3.不正漁獲されたマグロのほとんどは日本で消費された

これくらい隠さなくてもだいたいの人は気づいてるんじゃないの?
そうでなければクロマグロの規制に乗り出すわけないし・・・

め~ん 10-03-21 (日) 12:59

今日の毎日新聞にはその3つとも載ってましたけどね。

ssm 10-03-21 (日) 13:18

>1.タイセイヨウクロマグロは激減している
>2.地中海では漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在し、ICCATもそれを認めている
>3.不正漁獲されたマグロのほとんどは日本で消費された

普通にテレビでも言ってたtけど?
「日本が主導して行わなければいけない責任が生まれた」って報道はは何回も見聞きしたろ。

>ICCATがまともに規制をすれば、ほぼ禁漁になるし、
>今のままとり続ければ数年で魚は消えるだろう(絶滅ではなく、商業漁獲が成り立たなくなると言う意味)

科学的根拠が必要なのはここだろ。
すでに回復傾向にあって、漁獲枠を正しく守っていれば、もっと回復するって話もあったが?

aki 10-03-21 (日) 13:29

め~んさんとは違いますが、私も隠されているという三つの内容の報道はニュースで見ましたよ。
確かに政府偏向の報道もありましたが、それが全てではありません。
一部の報道だけを見て、世論が簡単にコントロールできると嘆くのはどうでしょうか。
もちろん、報道のコントロールがされていることを否定する気はありませんが。

感情的になりすぎていませんか?

せいたろ 10-03-21 (日) 13:41

絶滅じゃなく商業用マグロが成り立たないのであれば
困るのは結局推進した連中でありそれはそれでいいのでは?
結局未来の資源を先取りしただけってことですよね?
二度とクロマグロが復活できないのであれば問題だとは思いますが。
あとICCATが絶対的に正しい分析だという根拠もあるのでしょうか。
いえ、地球温暖化でちょっと不信になっているもので。

ほる 10-03-21 (日) 14:10

>1.タイセイヨウクロマグロは激減している

これが日本の消費量が増えたからだという証拠はあるの?

ツナ缶の消費量も増えているし、歯鯨やいるかも増えている。

kkk 10-03-21 (日) 15:12

マグロの事は置いておいて外交が下手と言われている日本が
劣勢と予想されていた会議で鮮やかに勝利を勝ち取ったのは誇れる事です

aho? 10-03-21 (日) 16:48

ほとんどは蓄養なんだ? 
なら規制する意味なんてないじゃないかw
蓄養の意味を誤解してるみたいだけど、まあ、それはいいか。

今年の日本のクロマグロ漁獲割り当てが4割減らされてることは
承知なわけ?
このところ輸入超過が続いてるのに。大西洋地中海が禁輸とか
って大問題だろ。jk。
EU内で資源確保しても、クロマグロのありがたみわからん奴らだ。
世界的にスシが流行ってるっても、EUだとマグロ出さない方向に
進んでるから、ほぼ缶詰か飼料にされることになる。
キハダ食ってろって感じ。

浜村拓夫 10-03-21 (日) 16:56

確かに、マスコミが国民に対して「必要な判断材料」を提供していない場合があると感じます。
現代は、インターネットによって個人も容易に情報発信できる時代になったので、マスコミ以外の情報源が増えるといいですね。
この記事も一つの判断材料として参考になりました。
これからも有益な情報発信、問題提起を期待いたします。

ちなみに、もし私が水産庁の役人だったら、技術立国日本ならではの対応策として、鯨やマグロの細胞を培養=人工肉(刺身)を作る方法もやってると思います。(・∀・)

mao_mk68 10-03-21 (日) 17:01

扇情的発信であるとコメントから類推できます。
勝川さんのこのクロマグロに関するブログの発信は、「禁輸が必要」という結論を設定して論を展開するにあたり、日本とリビアのマグロ漁をマフィアによる乱獲とその市場という意識誘導と言われても仕方ないです。
データによるとタイセイヨウクロマグロは減ってますし、その為にインド洋や太平洋でのクロマグロ漁は一年の内に禁漁期を設定しているのに対し大西洋や地中海にはそのそぶりが見られない。
モナコとEU案は資源の囲い込みと言われても仕方がない案で、実際にタイセイヨウクロマグロが乱獲で減っているなら、ワシントン条約で禁輸にするのではなく、大西洋と地中海で禁漁にするべきです。
クロマグロの最大の消費国は日本ですが、ツナ缶にするためにクロマグロを捕って、消費している国は日本だけではないです。そしてクロマグロはクロマグロでも近海物は那智勝浦で水揚げされます。
そういうものは普通に食べますよ、かなりの日本人が。高級品のオオトロは食べる人は限定されますけど。

☆諒 10-03-21 (日) 19:14

ほるさんへ。ツナ缶に使われるのはビンチョウマグロであってクロマグロではありません。

こmこm 10-03-21 (日) 22:24

>ICCATがまともに規制をすれば、ほぼ禁漁になるし、今のままとり続ければ数年で魚は消えるだろう

ならば、逆にワシントン条約で決める必要性はないってことですよね?
ここで決めるべきっていうのが、日本の主張です。
つまり、ここでの規制ならば受け入れるということですよ。

それにほぼ禁漁と禁漁の距離は果てしなく遠いと思うんですが。
完全に取れなくなってしまうと、
取れるようになるまでの道のりが凄く大変になるのです。

U生 10-03-21 (日) 23:11

操作ミスでメールが送れなかった可能性があるので、もう一度送信します。
内容が重複したら、申し訳ありません。

昨年9月27日にICCATのホームページからクロマグロ養殖施設のキャパシティを集計したところ、63042トンでした。なので、先生の「地中海の畜養イケスのキャパシティーは、6万トンといわれている」というご指摘は妥当である、と考えます。

・地中海のクロマグロは単に減少しているのではなく「激減」している
・地中海のクロマグロは不正な漁獲量が、正規の漁獲量を超えている可能性がある
・不正に漁獲したマグロはほとんど日本で消費された

については、確かに新聞で正確に報道されたとは言えないと考えます。

IUU漁業は「違法」な海賊漁船だけでなく、規制の網の目をすり抜けた漁船の漁獲物も含むため、先生はあえて「不正」という言葉を使われたのだと思います。この辺りの実態も、正確に伝えられているとはいえません。
むしろ、環境保護団体のほうが、これまでは詳細な情報を発信して来ました。

今回のクロマグロ禁輸問題の本質は「資源が激減している」のを認めたうえで「適正に管理すること」であり、それがICCATにできるならば、任せるべきです。
ただ、長い歴史と伝統とノウハウを持ち、世界の資源管理機関の中で早くから漁獲枠を設定して資源管理に取り組んできたICCATでさえ、大西洋クロマグロをIUU漁業から守ることには成功していません。これは、日本政府も良く知っていることでしょう。

なぜ、IUU漁業なり、過剰な漁獲努力量が削減できないか。理由はいくつかあるでしょうが、1つにはIUUの漁獲物でも買い付ける商社や流通業者がいるからです。正規の漁獲枠をオーバーする数量が日本に輸入されても、冷凍倉庫や魚市場でどの魚が「IUU」なのか見分けるすべはありません。ましてや、スーパーや外食の段階になると、いわずもがなです。

流通(輸入と国内流通)の段階で正規の魚とIUUを分別・管理できない限り、大西洋クロマグロの資源管理の徹底は期待できません。だから、絶滅するとか、しないとか、というのは別にして、「国際商取引禁止」のような提案が台頭してくるのでしょう。

日本の資本がIUU漁船が漁獲した蓄養魚を扱う海外の養殖業者、輸出業者をサポートし、規制の抜け道を教えたり、流通段階で黒いマグロを白くするのに手を貸しているかどうかはまったく分かりません。

しかし、結果として流通のどこかの段階でIUUマグロがロンダリングされ、小売店や外食店に並ぶときにはすべて正規品となっています。日本人のサポートがまったくなく、そんなことができると考えるのは不自然です。

今回、クロマグロの国際商取引禁止問題をめぐる議論の中で、まったく「隠れて」しまったのはこうした貿易・流通関係者の存在です。すでに業界最大手の三菱商事は昨年9月16日に大西洋・地中海クロマグロに関する声明を発表して立場を鮮明にしましたが、中堅商社、小規模商社から「責任あるマグロ貿易」を推進しよう、という声は聞こえてきません。

資源減少の核心部分がまったく表に出ないまま「終結」してしまった今回のクロマグロ騒動。問題の根深さを感じさせる出来事でした。

TOTOTO 10-03-22 (月) 2:38

ICCATの規制がうまくいっていないことは問題ではあっても、それをもって
ワシントン条約の希少種保護での禁漁は筋違いで、それは今回の本論ではない。

また他の方がすでに指摘されているとおり、今後の課題として指摘する報道もあり、
隠蔽を声高に言うほど偏向報道とは言えない。むしろ今回の提案が多数の参加国の
国益を沿う理由の追及が甘い。
賛成国が日本との国際関係よりも環境保護団体の支持・保護ビジネスを優先していると
捉えるとそら恐ろしい。
くろまぐろに限らず、一方的感情論が国際的コンセンサスを得るようなことがないよう
冷静な対話を根気よく続けていく必要を感じる。

井田徹治 10-03-22 (月) 7:16

 今、ドーハにいます。メディアに身を置くものとしてひと言。
 今回の報道には多くの問題点がありました。ほぼ、勝川さんご指摘の通りです。

 その1:「クロマグロは絶滅の危機に瀕してはいない。シーラカンスやパンダとは違う。一緒にするのはおかしい」―。こんな報道を多く見かけました。これは水産庁や「国営」の研究者のコメントをそのままメディアが伝えたものです。最大の誤解は、CITESはある生物種に絶滅の危険があるかどうか、あるとしたらどれくらい危険なのかを決める場ではありません。これはIUCNの仕事です。それではワシントン条約は何を決めるのでしょう?
 条約には付属書掲載基準があります。個体数減少の程度や速度、生息域の縮小の度合いなどの生物学的基準に加え、それに国際取引が関与しているかどうかが判断基準となります。この基準に合致した認められる場合、規制に妥当性が生じます。「このままのペースで取引が続いたら、絶滅する可能性が高い。だから取引を禁止することでその可能性をなくそう」という訳です。CITESが判断するのは、基準に合致しているかどうかなので、合致していると認められ、付属書掲載が決まった種の中に、現在の絶滅危険度について差があることは当たり前です。そもそも誰が考えたってマグロとパンダが違うことなど分かります。このようなコメントを無批判に流すのは、メディアの不勉強、CITESに関する無知に端を発しており、規制反対派がそこを利用した、ということになります。

 その2:「クロマグロが規制されたら、次はミナミマグロ、メバチマグロと次々規制対象にされる。だからいけない!」というコメントが何度も流れました。いわゆる「ドミノ理論」というヤツです。日本ん政府は漁業をしている途上国に対して、この理論を駆使して説得工作をしたようです。ところが、先に述べたように、CITESはそれぞれの種について、生物学的クライテリアを満たしているかどうかを個別に判断するので、ドミノは起こり得ません。クロマグロがリストされようがされまいが、ミナミマグロが基準を満たしていれば掲載の議論が俎上に上るし、ミナミマグロがリストされてもメバチマグロの状況が基準からほど遠ければ、議論さえされないでしょう。このようなコメントを無批判に流すとしたら、やはりそれは「不勉強だ」とのそしりを免れません。

 その3:「ICCATで規制すればワシントン条約はいらない」という政府のコメントも再三、報道されました。ワシントン条約は禁漁を求めないし、その力もありません。ICCATは禁漁措置などは決められても、貿易規制はできません。本当は貿易的措置を取れるのですが、ICCATのクロマグロの議論の中では、まったく俎上に上りませんでした。最後の手段としてCITESで貿易を縛ろう、ということになりました。つまり、CITESかICCATか、ではなく、ICCATとCITESは相補的で、クロマグロの置かれた厳しい状況を考えれば、ICCATが貿易的措置を取らない(取れない?)以上、CITESでやるのも仕方ない、と多くの国が考えた、という訳です。このことは少し考えれば分かるのですが、やはり無批判に流されました。

 つまり、メディアは不勉強で、政府の意見を批判的に見る力がなかった、という訳です。

 どなたかのコメントにありましたが、違法なものと(半分)知りつつ買い付けてきて市場にばらまくバイヤーの罪は巨大です。それを知らずに安ければいい、おいしければいい、と食べ続ける消費者の無知も大きな罪です。この事実や、日本のこの「黒」マグロ消費に対する海外に厳しい目があることをきちんと伝えてこなかったメディアにも(私自身はきちんとやってきたとある程度胸を張って言えますが)大きな罪があります。
 ICCAT自身が設置した外部評価委員会で「本来の目的をまったく果たしていない」と厳しい評価を受け「マグロを禁漁にすべきだ」と言われたなんて記事をご記憶の方がいらっしゃいますか? 政府は都合の悪いことは教えてくれません。これらの情報はメディア自身の努力で掘り出すべきものなのですが、多くのメディアはこれをやっていません。

 メディアの問題は、個体数が急減していることを伝えた伝えない、違法取引の有無を伝えた伝えない、という議論よりももっと問題の根は深いところにあります。そりゃあさすがに少しは伝えるでしょう。こんなこと、当たり前です。「日本はさらに大きな責任を負った」って当たり前です。何をいまさらのように。今までも責任は大きかったのです。それをみんなが果たしてこなかったから、こんなことになったのです。子供や孫の分まで、マグロを食べて平気な顔をしていたのですから。

 ドーハでは、面と向かって批判する人はあまりいませんが、少し話をすれば、CITESで科学(絶滅の危機に瀕している、ということではなく、リスティングのクライテリアを満たしているという科学者のマジョリティの結論のこと)が無視されたこと、日本がリビアと手を結ぶまでしてその議論をリードしたことへの批判が出てきます。リビアという国が、これまで大西洋の蓄養ビジネスのなかで、どれだけ危ういことをやってきたかは多くの人が知っているのですから。
 今日の会議でも、宝石サンゴの規制提案に反対する日本を支持したリビアの代表は雄弁でした。ただ、その内容には多くの誤りがありました。日本はそのお友達だと思われています。
 日本が得たものは何だったのか、その代償として失ったものや、しょい込んでしまったものは何だったのかを考えなければいけません。
長くなってしまった・・・失礼しました

こども 10-03-22 (月) 15:48

こどもニュースで説明されていた部分と言うのは、以下の三点の話でした。
1.タイセイヨウクロマグロは激減している
2.地中海では漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在し、ICCATもそれを認めている
3.不正漁獲されたマグロのほとんどは日本で消費された

委員会で話している専門家の話についてはどう評価されます?
http://www.youtube.com/watch?v=CET8lKacWHs
この番組では、番組が作ったビデオ、専門家の説明、パネリストの意見はすべて分けて考えてください。
その中で、専門家(2/9が削除されてしまっているので、お名前がわからないですが)の話についてどう評価されます?

ssm 10-03-22 (月) 18:30

> CITESが判断するのは、基準に合致しているかどうかなので
>ITESはそれぞれの種について、生物学的クライテリアを満たしているかどうかを個別に判断するので、ドミノは起こり得ません。

そこに科学的根拠があるのかどうか疑問
クジラや象、ウミガメも対象となってますが?

石井敦 10-03-23 (火) 5:19

井田徹治さん同様、ワシントン条約の交渉にオブザーバー参加しております、東北大学の石井と申します。

で、井田さんのコメントに書かれたマスコミに対する批判に全面的に賛成です。で、この原因を陰謀説と力量不足に求めるのは簡単ですが(もちろん力量不足は要因の一つで解決されなければならない問題ですが)、この要因はもっと日本社会の根本的なところにあると思います。

つまり、条約の規定や科学的知見の内容を理解し、日本政府の立場を批判的に検証し、営利活動ではなく(営利活動が悪いわけでは決してありませんが、営利活動の立場では市民全体の利益を考えることはできません)市民の立場から行動するためには何が必要なのかを考えますと、やはり日本政府からも企業からも独立している海洋資源管理を専門とする監視NGOと、調査報道機関が必要不可欠だと思います。この二つは日本にはありません。NGOといっても基本的に水産業界のNGOですし、マスコミが調査報道機関になるのはほとんど無理です(一部努力しているところはありますが)。

で、この二つの組織を作るためには何が必要かといえば、お金に余裕のある日本の市民がこういった組織を作るために寄付をすることが必要不可欠です。現代社会は非常に複雑な問題に取り組まなければなりませんが、監視の役割を担うNGOと調査報道機関が社会に備わっていない場合は、そもそも何が不利益になるのかさえ分からずに、意思決定をしなければならなくなります。今回のワシントン条約の交渉会議ではまさにこれが起こっています。つまり、永久にマグロを世界中で食べられるようにするためには何が本当に必要なのかということを判断する知見がそもそも日本人の手の届くところにはありません。

繰り返しになりますが、こうした知見を手に入れるためには、必要なスタッフを確保し、監視NGOと調査報道機関をつくるための寄付金集めを行い、実際に行動を起こす以外、道はありません。

取り急ぎ
石井敦

石井敦 10-03-23 (火) 5:25

井田徹治さん同様、ワシントン条約の交渉にオブザーバー参加しております、東北大学の石井と申します。

井田さんのコメントに書かれたマスコミに対する批判に全面的に賛成です。で、この原因を陰謀説と力量不足に求めるのは簡単ですが(もちろん力量不足は要因の一つで解決されなければならない問題ですが)、この要因はもっと日本社会の根本的なところにあると思います。

つまり、条約の規定や科学的知見の内容を理解し、日本政府の立場を批判的に検証し、営利活動ではなく(営利活動が悪いわけでは決してありませんが、営利活動の立場では市民全体の利益を考えることはできません)市民の立場から行動するためには何が必要なのかを考えますと、やはり日本政府からも企業からも独立している海洋資源管理を専門とする監視NGOと、調査報道機関が必要不可欠だと思います。この二つは日本にはありません。NGOといっても基本的に水産業界のNGOですし、マスコミが調査報道機関になるのはほとんど無理です(一部努力しているところはありますが)。

で、この二つの組織を作るためには何が必要かといえば、お金に余裕のある日本の市民がこういった組織を作るために寄付をすることが必要不可欠です。現代社会は非常に複雑な問題に取り組まなければなりませんが、監視の役割を担うNGOと調査報道機関が社会に備わっていない場合は、そもそも何が不利益になるのかさえ分からずに、意思決定をしなければならなくなります。今回のワシントン条約の交渉会議ではまさにこれが起こっています。つまり、永久にマグロを世界中で食べられるようにするためには何が本当に必要なのかということを判断する知見がそもそも日本人の手の届くところにはありません。

繰り返しになりますが、こうした知見を日本の市民が手に入れるためには、必要なスタッフを確保し、監視NGOと調査報道機関をつくるための寄付金集めを行い、実際に行動を起こす以外、道はありません。

取り急ぎ
石井敦

勝川 10-03-23 (火) 14:28

日本のメディアは、ちゃんと報道していたという皆様へ
ベタな情報としては、出ていたようですね。ただ、本当に重要な以下の2点が伝わったのかどうかは疑問です。
●不正漁獲・畜養の拠点がリビアに移行しており、すでにICCATの枠組みでの規制に限界がある。
●現在の産卵場での違法操業が続けば、資源は早ければ2012年にほぼ消滅する
次の2点がきちんと報道されて、理解された上で、国民が納得の上で、リビアと組んでワシントン条約に反対したということであれば、メディアは責務を果たしたと思います。残念ながら、そういう報道はされていなかったというのが私の理解です。

U生さん
IUUの構図をみていくと、単なる漁獲枠規制で何とかなるようなものではない事が解りますね。ICCATで持続的管理をとか言いながら、リビアと手を組んでいるんだから、言っていることとやっていることが違いすぎる。さらに、実は日本近海のクロマグロ漁業は地中海より無秩序だし。困ったものです。

井田さん
詳しい説明をありがとうございます。

ドーハはどうですか?
今回の締約国会議は、いろんな意味で歴史の節目になりそうですね。

>日本が得たものは何だったのか、その代償として失ったものや、
>しょい込んでしまったものは何だったのかを考えなければいけません。

これは同感ですね。めでたし、めでたしではないですよね。

石井さん
>やはり日本政府からも企業からも独立している海洋資源管理を専門とする
>監視NGOと、調査報道機関が必要不可欠だと思います。
>この二つは日本にはありません。

その通りですね。で、いま、そういうのをつくろうという話もあります。
消費者が、持続性のために投資をするというのが、日本で浸透するかどうか。

環境NGOが弱いというのは、日本漁業にとっても不幸ですね。
ノルウェーにしてもNZにしても、保護団体の目が光っている国の方が、
資源管理がスムーズで、漁業は安定して利益を出しています。

日本でそういう枠組みをどう作ったらよいのか、悩ましいですね。
日本では、生協などの消費者団体が一つの鍵を握っているような気がします。

井田さん、石井さん
帰国したら、ドーハの情報をおしえてください。
今回の締約国会議が日本にどのような意味をもつのか、
水産資源、国際条約、国際世論などいろいろな視点から整理をしてみる必要がありそうです。
我々で、座談会でもしますか?

Sakaguchi 10-03-25 (木) 19:39

早速リンクを貼らせていただきました。ありがとうございます。

メディアも当初は情報源が水産庁や業界に偏っていたため、資源状態まで踏み込んで報道しないところが多かったようですが、最後の方はまともな報道も増えていたと思います。ワシントン条約不要論を論じられていた水産研の魚住も、資源状態のトレンドを示すグラフを前にして、流石に危機が差し迫っていることをテレビで認めていました。NHKや朝日も終盤はそんな感じだと思います。流石に、軽い番組では相変わらずでしたが。

また、なぜか『国際水産資源の現況』が平成20年度までしかHPでアップされていませんね。不思議です。

FAOの専門家パネルの報告書も既に公開されていましたが、1国だけが付属書I掲載に反対したとまでは書かれていませんでした。日本の委員だけの反対は正確な情報と考えて大丈夫でしょうか?

勝川 10-03-29 (月) 3:55

Sakaguchiさん

>ワシントン条約不要論を論じられていた水産研の魚住も、
>資源状態のトレンドを示すグラフを前にして、流石に危機が差し迫っていることを
>テレビで認めていました。

ワシントン条約が不要というなら、
グダグダなICCATをどうやって機能させるのかというビジョンを示す必要があるのですが、
それをしない時点で、日本の主張は管理をしない言い訳にしか見えないです。

>NHKや朝日も終盤はそんな感じだと思います。流石に、軽い番組では相変わらずでしたが。

NHKのクローズアップ現代の評価が高いようですが、出演していた東大準教授は
元水産庁国際課の人間ですから、身内に都合が悪いことは言うはずがないです。
水産庁的に、本当にふれて欲しくないところは、報道されていないと思います。

>FAOの専門家パネルの報告書も既に公開されていましたが、1国だけが付属書I掲載に反対した
>とまでは書かれていませんでした。日本の委員だけの反対は正確な情報と考えて大丈夫でしょうか?

FAO専門家パネルが終わってすぐに複数の筋からそういう情報を得ましたが、
裏はとれていないです。あくまで、未確認情報ととらえてください。

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ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか from 勝川俊雄公式サイト
trackback from achikule! 10-03-27 (土) 15:37

Japanese Fisheries Scientists on Japanese Media Coverage of the CITES Bluefin Tuna Decision

this is a crosspost of an unedited version of the Global Voices article CITES (Convention on International Trade in Endangered Species) has rejected a ban on Atlantic bluefin tuna. CITES was created to regulate certain species through controls on inter…

Home > マグロ輸出規制 | マスメディア > ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか

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