漁業システム論 Archive
漁業システム論(7) 共同体は十分条件ではなく必要条件
- 2006-10-17 (火)
- 漁業システム論
この前の記事では、漁村共同体管理の限界について論じたのだが、
「現にコミュニティーベースの管理の成功例があるじゃないか!」
という反論があるだろう。
たしかに、自主管理の成功例はあるにはあるが、
引き合いに出されるのは、秋田のハタハタ、伊勢湾のイカナゴ、京都のズワイガニの3つだけ。
逆にこれしか上手くいっている事例が無いのだ。
ここ数年、新しいものは出てきていないし、
俺が把握している範囲では上手くいきそうな次の計画は見あたらない。
3つの例外的に上手くいった事例を除いて、全く広がっていかなかった。
成功例があるということよりも、成功例が非常に少なく、
後に続く漁業が無いことに着目すべきだろう。
3つの成功例の共通点から、自主管理が機能するための条件が見えてくる。
1)生産力が高い資源を自分たちだけで囲い込める
2)コミュニティーに個人の利益よりも全体の長期的利益を重んじるリーダーがいる
3)長期的な視点から、漁業者にものが言える現場系研究者がいる
4)資源の壊滅的な減少を経験
成功例である3つの漁業は、共同体で管理をするための条件が整っている。
ここまで条件がそろった資源は、かなり例外だろう。
さらに、これらの条件がそろった資源だって、最初から上手く資源を利用していたわけではない。
どの例をみても、過去に資源を壊滅的に減少させているのだ。
資源の崩壊を経験した後に、ようやく厳しい管理が出来るようになった。
コミュニティーがあれば乱獲を自動的に回避できるといった、
甘っちょろいものではないのだ。
漁村共同体があるから、管理をしなくても乱獲が回避できるわけではない。
実態は全く逆なのだ。
日本は行政主導のトップダウン型管理が機能していないから、
漁村共同体でボトムアップ型管理ができる資源しか守れない。
漁村共同体は、乱獲を回避するための十分条件ではなく、必要条件なのだ。
日本で資源管理が成功するのは、ラクダが針の穴を通るようなもの。
その針の穴がコミュニティーベースの自主管理であり、
針の穴を通り抜けた3匹のラクダが、ハタハタ漁業、イカナゴ漁業、ズワイガニ漁業である。
現在の日本で機能している資源管理の実例から学ばない手はない。
日本の漁業を守るためには、この3つの成功例を手本に、
自主管理の条件が満たされている資源から管理を進めるべきだろう。
自主管理が出来そうな資源は限られると思うが、探せばいろいろとあるはずだ。
11月の海洋研のシンポジウムでは、ハタハタとイカナゴの当事者の話が聞けてしまう。
3つのうち2つをまとめて勉強できてしまう、貴重な機会はそうあるものではない。
ズワイガニがそろえば大三元だったが、小三元でも実質4翻だ。
全ての水産関係者は、午前中だけでも聞いておくべきだろう。
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漁業システム論(8) ジーコジャパンと日本漁業
- 2006-10-18 (水)
- 漁業システム論
世界のサッカーでは、システムとして機能するチームが勝ってきた。
スーパースターを並べればそれで勝てるわけではない。
歴代のサッカーチームのなかで、最もタレントが豊富だったと言われる
黄金のカルテットですら、結果を残せなかったのだ。
ジーコ・ジャパンのシステムは素人目にも破綻していた。
システムが破綻しているときに、選手個人に出来ることはほとんど無い。
ジーコ・ジャパンがドイツで惨敗したのは選手の責任ではない。
誰がピッチに立とうと、同じような結果に終わっただろう。
システムの不全は、監督であるジーコの責任だ。
だからといって、ジーコを非難してもしょうがない。
彼なりにベストを尽くしたのだろうから。
世界のサッカーは90年代以降、戦術が急速に進化したのだが、
ジーコはその時期に日本でプレーして、そのまま引退した。
プレイヤーとしてシステマチックな近代サッカーを経験していないし、監督経験もない。
80年代のサッカーしか知らない人間に、近代的なチームを作れといっても無理だろう。
ジーコを監督に選んだ時点で、システムが破綻することは確定的だった。
ネームバリューだけでジーコを選んだのが日本サッカー協会であり、
それを暗に支持したのが日本のサッカーファンなのだ。
ファンの多くは、日本を応援をして騒ぎたいだけで、サッカーの内容には興味がないだろう。
ジーコジャパンと日本の漁業は共通点が多い。
上の文章を日本の漁業に置き換えると次のようになる。
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資源管理の成功例:ノルウェー(1)
ノルウェーの最近30年の歩みは、日本漁業の将来を考えるうえで、貴重なモデルケースになると思う。
1970年中頃までのノルウェー漁業は補助金漬けで、漁業経営は悲惨な状態であった。
「補助金漬け→過剰努力量→資源枯渇→漁獲量減少」というおきまりの路線を進んだ。
乱獲スパイラルに巻き込まれて、多くの漁業が瀕死の状態であった。
まるっきり、今日の日本と同じ状況だ。
そこから、ノルウェーは漁業政策を転換して、20年がかりで漁業を立て直した。
減少した資源を回復させて、漁業生産高を着実に伸ばしている。
資源の枯渇が最も顕著だったNorth Sea herringを例に、どのようにして漁業を立て直したかを見てみよう。
この資源の長期的なデータはICESのレポートにまとまっている。
http://www.ices.dk/products/AnnualRep/2005/ICES%20Advice%202005%20Volume%206.pdf
以下の図は、このpdfファイルのp195からの引用である。
North Sea herringは、伝統的に重要な資源であり、1965年のピークには120万トンもの水揚げがあった。
しかし、過剰な漁獲圧によって、60年代後半から坂道を転がり落ちるように漁獲量が減少した。

SSB(産卵親魚バイオマス)を見ると、1960年代の高い漁獲量は、資源を切り崩していたことがわかる。
その後も漁獲圧を上げ続けたので、1970年代後半に親魚量はほぼ壊滅状態になる。

下の図が、漁獲死亡係数の変動である。
1960年代後半から、資源が減少するに従って、漁獲率が急上昇していく。
漁獲死亡係数F=1.5というのは、現在の日本のマイワシ漁業に匹敵するような非常識に強い漁獲圧だ。
現在のマイワシ漁業と似たようなことをやっていたのだ。
ただ、0歳や1歳の漁獲圧は低めに保たれていたので、日本のマイワシよりもマシだろう。

1970年代中頃には、このまま漁業を放置すれば、資源は崩壊し、漁業も壊滅することは明白だった。
そこで、ノルウェー政府は、努力量を抑制すると同時に、厳しい漁獲量規制を行った。
1970年代後半のFの急激な減少を見て欲しい。
1.5もあった漁獲死亡係数が、殆ど0まで下がっている。
70%近い漁獲率の漁業を、ほぼ禁漁にしたのだから、かなり思い切った措置である。
経済は大混乱したが、これによって崩壊の瀬戸際にあった資源を生き残らせることが出来た。
あと一歩でもブレーキをかけるのが遅ければ、Newfoundlandのコッドのように壊滅していただろう。
首の皮一枚で、資源が生き残ったのだ。
禁漁の効果は、徐々に現れて、1980年代には資源は目に見えて回復した。
その後は、資源の回復にあわせて漁業を復活させたが、努力量を厳しく抑制する政策がとられたので、
資源は以前の水準に戻っても漁獲率は低く抑えられたままだった。
近年、漁獲量が伸びていないのは、予防的措置に基づいて漁獲率を低めているからであり、
SSB(産卵親魚バイオマス)を見ればわかるように資源状態は極めて良い。
短期的な漁獲量を追求するのではなく、資源を良い状態に保ちつつほどほどの漁獲量で利用しているのだ。
漁獲量は抑えつつも、世界的な魚の値上がりを背景に、着実に生産高を増やしている。
North Sea Herringを回復させるために、ノルウェー政府は画期的な資源管理をしたわけではない。
回復のための管理は、努力量を抑制と、TACによる漁獲量の規制のみである。
使い古された管理手法であっても、徹底して行えば効果はでるのだ。
過剰漁獲量はガン細胞のようなもので、放置すれば資源を食いつぶし、
健全な経営体まで乱獲の渦に引きずり込んでしまう。
ノルウェー政府は、大規模な外科手術によって、
過剰な努力量を削減し、資源と漁業の一部を生き残らせることに成功した。
漁業が自然淘汰されるのを指をくわえて眺めていたならば、
Newfoundlandのタラのように資源を崩壊させていただろう。
その場合、今でもこの漁業が存在しない可能性が高い。
ノルウェー政府の決断が資源と漁業を救ったのだ。
この例を見ると、日本海北部のスケトウダラだって、諦めるのはまだ早いと思う。
今すぐにTACを5000トンぐらいに落として、その漁獲量で食っていけるだけの船に減らす。
そして、今後10年は船を一切増やさなければ、きっと回復するだろう。
首を完全に切ってしまうか、首の皮一枚残せるかで、漁業の運命は右と左に泣き別れで、
今がその境目なのだろう。
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資源管理の成功例:ノルウェー(2)
North Sea herringの復活に成功した背景には、国の政策の大転換があった。
特定の漁業だけ頑張ったわけではなく、国の漁業全体を方向転換させたのだ。
ノルウェー政府の基本政策
1.資源の保護を最優先した漁獲量の規制を徹底する
2、漁業ライセンスの発行を控えて、漁業者を減らす
3.補助金を減らして、水産業の自立を促す
これら3つの古典的な管理手法が、如何に効果的であったかは歴史が証明している。
資源量
資源量はコンスタントに上昇を続けて、浮魚・底魚共に、85年から倍以上に回復した。
浮魚のSSBの合計値

(http://www.fiskeridir.no/fiskeridir/content/download/7568/61949/file/tabeller2005_1.xlsのFigur 1Aより引用)
底魚のSSBの合計値

(http://www.fiskeridir.no/fiskeridir/content/download/7568/61949/file/tabeller2005_1.xlsのFigur 2Aより引用)
漁業者の数
漁業者の数は、どんどん減っている。資源が高水準にあっても、漁業者の数を絞るための努力が続けられている。

ノルウェー漁業白書のp5より引用
漁獲量
一時的に漁獲量が減らし、資源を回復させた。
そして、資源回復後も、漁獲量を増やし過ぎないように努力をしている。

http://www.fiskeridir.no/fiskeridir/content/download/5459/43391/file/rapport2004.pdfのP40より作図
漁獲高
漁獲高(million Nok)は、上昇の一途を辿っている。
世界中で魚の需要が高まり、魚の単価が上昇しているので、漁獲量が横ばいでも収益は増えている。
豊富な資源から、需要があるサイズを安定的に供給できるので、
日本のように獲れるものをその都度獲りきる漁業よりも、価格の面で有利である。
ゆとりある資源利用によって、経済効率を高めているのだ。
「漁獲量を減らし、収益を増やす」というのが、ノルウェーの政策目標である。

http://www.fiskeridir.no/fiskeridir/content/download/5459/43391/file/rapport2004.pdfのP40より作図
補助金について
70年代の補助金依存体質からの脱却には15年かかった。
この図は80年代からのデータだが、実は70年代よりも80年代の方が補助金は増えている。
過剰努力量が自然淘汰されるのを待っていては資源が持たないので、税金を使って淘汰したのだ。
ピークの81年には200億円ぐらいだった補助金が、現在は殆どゼロまで削減されている。
漁業の採算を自立させる方向に誘致したので、補助金を打ち切ってからも生産性は向上している。
不適切な補助金を出さないことが、漁業の競争力を高めて、漁業者の経営を安定させるという実例だ。
(http://www.fiskeridir.no/fiskeridir/content/download/7568/61949/file/tabeller2005_1.xlsのFigur 13より引用)
日本とノルウェーの漁業構造の比較
| 日本 |
ノルウェー |
|
| 漁業従事者 | 21万人 | 1.9万人 |
| 漁獲量 | 550万トン | 280万トン |
| 漁業者あたり漁獲量 | 26トン | 147トン |
| 資源状態 | 低位減少 | 高位横ばい |
| 補助金 | 1800億円+α | ほぼゼロ |
| 貿易(重量) | 輸入一位 | 輸出一位 |
ノルウェーの漁業者あたり漁獲量は、日本の5倍以上。
この表面的な数字以上に、日本の漁業の方が効率が悪い。
ノルウェーは資源量を高めに維持しつつ、経済的に価値が高いサイズを計画的に漁獲している。
一方、日本では値段がつけば何でも獲る漁業が主流であり、
こんなことまでしている。
http://www.hokkoku.co.jp/_today/H20061002001.htm
これは、ぼちぼちやっている魚屋さんのBBSで仕入れたネタなのだが、
サゴシで豊漁貧乏とは酷すぎる。1年待てば高級魚なのに・・・
こういう漁獲をしていたら、日本の市場が輸入品に席巻されても仕方がないだろう。
負けるべくして負けているのだ。
補助金漬けの日本漁業に国際競争力がないのは当然だ。
国内の漁業関係者は、10年後には漁業者が10万人に減るとか心配しているようだが、
10年後には資源も半減しているだろうから、それでもまだまだ漁業者が多すぎる。
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日本漁業がノルウェーのようになれない理由
ノルウェーの事例は、漁獲圧を厳密に管理すれば、
持続的に漁業生産を増やせることを示している。
ノルウェーは、漁獲圧と漁獲量の規制という単純な手法で漁業を再建した。
日本にも、漁獲量を規制するTAC制度と、努力量を規制するTAE制度が存在する。
資源管理をするための道具はそろっているが、
漁業活動を邪魔しないように、細心の注意を持って運用されているのが現状だ。
すでに道具はあるが、適切に使われていないのだ。
まさに、道具の持ち腐れと言えよう。
では、これらの道具が適切に使われれば資源管理は可能なのだろうか?
残念ながら、そうは思わない。
ミナミマグロの事例は厳しい規制を導入するだけでは、
資源管理が出来ないことを示している。
今の日本でTACをABCまで下げたとしても、
TACとしてカウントされない漁獲が増えるだけだろう。
現在の日本で、自然淘汰を待たずに漁獲量と漁業者を減らすのは困難だ。
逆に、なぜノルウェーでは、漁獲量と漁業者が減らせたのかを考えてみよう。
ノルウェーは、社会民主主義的な福祉国家であり、
すべての国民に労働の機会を与えることを国是としている。
雇用を高めるためにワークシェアリングが徹底されている。
労働者の流動性は高く、OECD諸国でも失業率は最低レベルであり、長期失業者も少ない。
(参考資料:完全雇用とノルウェー労働市場)
社会構造として、漁業を離れても生活の不安が少ないのだ。
雇用の流動性が高いノルウェーでも、漁業再建の道は平坦ではなかった。
ノルウェーの成功のツボは、漁獲量を減らすために税金を投入したことだろう。
ノルウェーは、公的資金を導入して、漁獲量を素早く削減した。
これによって、比較的短期間で、低迷した資源を回復することができた。
その過程では「資源管理には成功したが、漁業管理には失敗した」などと揶揄されたものである。
漁業者の自然淘汰を待っていたら、多くの資源を回復不可能な水準まで減らしていただろう。
厳しい漁獲規制と努力量削減へは、短期的にみれば経済を混乱させたかもしれないが、
長期的に見ればノルウェー漁業を世界一の国際競争力に押し上げた。
では、日本でも同じことができるだろうか?
日本でも金額としては十分な税金が投入されているが、
それらは主に漁港や養殖場などの建築と維持に使われている。
この税金を漁業者に魚を獲らせないために使うのは困難だろう。
水産庁は短期的な漁獲量を増やすことが自分たちの役目だと思っている。
水産基本計画をみれば、そのことは明白だろう。
また、漁業者も生活を守るために、漁獲規制をしないように水産庁に働きかける。
水産庁も漁業者も漁獲量の減少を遅らせるために奔走し、
結果として資源を追いつめて、漁業を衰退させているのだ。
マイワシバブルを除けば、日本の漁業生産は30年以上単調減少を続けている。
70年代以降の日本の漁業政策は、根本的に機能していないのだ。
にもかかわらず、短期的な小手先の使い古された施策でなんとかしようとあがいている。
現在の漁業の延長線上には明るい未来などありはしないのに。
長期的な視野を持たなくてはならない。
大局的な戦略を持たないとならない。
その上で、日本漁業を守ることの意味を問い直さなくてはならないだろう。
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