岐路に立つ水産行政

せっかくTAC制度について、詳しく書いたので、もう少し突っ込んだ話をしよう。

TAC制度において、水産庁は方向転換を余儀なくされた。どうしてそうなったのか。その構図を明らかにしたうえで、今後の方向性について、論じてみよう。


TAC制度を導入するとき、水産庁の担当者は、漁業者と、それ以外に、全く逆のことを言っていた。

TAC制度が1997年に導入されてから、漁業者に約束した通りに、全く骨抜きの運用をしてきたのである。漁獲枠が緩いことに対して、漁業者は不満を言わなかった。見栄えのよいパンフレットを配り、お手盛りの審議会で漁獲枠を操作すれば、一般人は簡単にだますことができた。資源管理をやっているフリをするだけで、難しい調整もせずに、漁業者に恩を売ることが出来たのだから、ある意味、とても賢いやり方と言えるだろう。

最初の数年は、平穏無事に、資源管理ごっこをやってきたのだが、外部から非難の声が高まり、ついにはシステムを放棄することになった。資源管理ごっこシステムを支えてきた、2つの条件が失われたのだ。

1)情報操作で、外部(納税者・消費者)に、資源管理の実態を隠せる
2)全ての漁業者が、無規制をありがたがる


1)情報操作の限界

情報公開の時代になると、誰もが、ネット経由で、簡単にデータを入手できる時代になった。ABCやTACの値は別々の場所に、目立たないように置いてあるので、一般の人が偶然目にしてしまう確率は低い。しかし、知っている人間なら、5分もあれ ば、数字を拾ってきてグラフを作れてしまう。また、インターネットの世界では、漁業者向けに発信した情報が、一般向けに簡単にリークされてしまう。相手によって情報を変えて、上手く立ち回るというこれまでの方法論は、機能しなくなった。情報公開は、 今後も進んでいくのは明らかなので、これは一時的な現象ではなく、構造的なものである。

2)資源枯渇による、漁業者間の利害対立

全ての漁業者が無規制漁業の短期的恩恵を等しく教授するわけではない。ノーガードで打ち合えば、最後には、効率的な大型巻き網やトロールが勝つに決まっている。釣りなど漁獲効率で劣る沿岸漁業が生き残るには、沖合漁業への漁獲枠が必要なのだ。たとえば、カツオ一本釣りの明神さんは、ずいぶん前から、個別漁獲枠制度の導入を社会に訴えている。カツオの一本釣りや、マグロの一本釣り業界からは、こういう声が上がり始めている。規制を望む漁業者は今後も増えいていくだろう。

岐路に立つ水産行政

水産庁は大きな分かれ道に立っている。これまでのやり方を続けて、信用を失い続けるのか。それとも新しい方法論を模索するのか。

今までのやり方は、すでに通用していない。ABCとTACの乖離を非難されたときに、水産庁は「TACが過剰なのは、漁区の偏りを無くすための調整枠である」という説明をした。これは明らかに無理がある。たとえば、スケトウダラ日本海北部系群の場合、ABCが4000トンのところを、TACが16000トンであった。沿岸の漁場は1カ所だし、沖合底引きは漁場を自由に移動できるので、ABCの3倍も調整枠が必要になるわけが無いのである。無茶な正当化を繰り返した結果として、組織としての信用を失い、最後には方向転換を余儀なくされた。屁理屈をつけて先延ばしをしているうちに、スケトウダラ日本海北部系群は、ほぼ壊滅してしまった。この悲しい歴史を繰り返してはならない。

では、新しい方法論について論じてみよう。重要な点は、情報公開を前提とすることだ。情報を全てオープンにしたときに、ある程度説明がつくような施策でなければ、後で立ちゆかなくなる。情報をオープンにした上で、消費者(納税者)、沿岸漁業者、沖合漁業者、加工・流通業者が、納得するような落としどころを探らなくてはならない。

消費者(納税者)を納得させるには、科学的アセスメントに基づき、資源の持続性を維持する必要がある。つまり、生物学的許容漁獲量よりも低いTACを設定しなくてならない。限られた漁獲枠が、無益な早どり競争で浪費されるのを防ぐために、漁獲枠をそれぞれの大型船と沿岸コミュニティーに事前に配分する必要がある。ようするに、ABCを守った上で、個別漁獲枠(IQ)制度をやればいいわけだ。IQ制度によって、質の高い魚がコンスタントに捕れるようになれば、加工・流通業者の支持は必ず得られる。

簡単な話じゃないか 😛

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岐路に立つ水産行政 への9件のフィードバック

  1. kaku_q のコメント:

    なるほど簡単な話ですね。なのにどうして遠周りして来たのか・・・
    水産庁の方(全てでは無いでしょうが・・)は、本来のすべき仕事をして来なかったんですね

    日本における漁業は衰退産業では無く、適切に管理すれば
    有望な産業になり得ると考えています
    (かつて輸出世界一の時代もあったし)

    これまでは
    獲る為の技術の進歩に比べ、資源の維持・増大の技術及びマインド醸成の
    バランスが悪かったのだと思います

    そこに気付いた方が少しずつ増えて来たのですね
    良くなって欲しいです
    砂漠のような海は悲しい豊穣の海であって欲しいです
    頑張ってください

  2. 沿岸漁業の一漁師 のコメント:

    >インターネットの世界では、漁業者向けに発信した情報が、一般向けに簡単にリークされてしまう。相手によって情報を変えて、上手く立ち回るというこれまでの方法論は、機能しなくなった。情報公開は、 今後も進んでいくのは明らかなので、これは一時的な現象ではなく、構造的なものである。

    情報統制は年寄り相手にはまだまだ威力を発揮するんでしょうけどね。

  3. U生 のコメント:

     「IQ制度によって、質の高い魚がコンスタントに捕れるようになれば、加工・流通業者の支持は必ず得られる」というのは本当でしょうか?
     確かに質の高い魚がコンスタントに捕れる」のはすばらしいことです。
     しかし・・・
     質が悪くても(魚体サイズが小さくても)大量の魚が必要!
    という加工業もあります。その典型がすり身・かまぼこ産業です。
     IQ制度によって浜値が上がれば、北海道や東北地方にある大規模なすり身加工場は間違いなく採算が合わなくなるでしょう。また、すり身を生産するシーズンに水揚量が平準化されれば、工場の稼働率が落ち、採算が悪化します。廃業が出るかもしれません。
     あえてどこの地域とは申しませんが、すり身・かまぼこ産業は過剰な漁獲量(外国漁獲枠の超過や乱獲)によって成り立ってきた側面が否定できません。
     だから資源管理をしなくて良い、というつもりはまったくありませんが、魚価の上昇と漁獲量の平準化が、すり身工場の経営に深刻な打撃を与えるのは目に見えています。すり身メーカーが水産都市の地域経済を支えている場合も往々にしてあり、加工業者の廃業・撤退に伴う地域経済への影響が心配されます。

  4. 勝川 のコメント:

    kaku_q さん

    >日本における漁業は衰退産業では無く、適切に管理すれば
    >有望な産業になり得ると考えています
    >(かつて輸出世界一の時代もあったし)

    ポテンシャルは無限ですね。
    現在の日本漁業の衰退は完全に人災です。

    >これまでは
    >獲る為の技術の進歩に比べ、資源の維持・増大の技術及びマインド醸成の
    >バランスが悪かったのだと思います

    研究者と行政が協力して、漁業者教育を行い、意識を変えないといけないのです。
    にもかかわらず、一部の心ない官僚が、漁民の無知につけ込んで楽をしてきた。
    この構図を何とかしたいですね。

    沿岸漁業の一漁師さん

    >情報統制は年寄り相手にはまだまだ威力を発揮するんでしょうけどね。

    そういうところに的を絞って情報操作をしていますね。
    水経とか、漁協系の雑誌にしか、出てこない。

    U生さん

    限られた海の幸ですから、価値が出るような取り方、食べ方をすべきです。
    東北地方では、高級魚のキチジを金魚のようなサイズで大量に漁獲し、
    鮮魚には出せないので、すり身にしています。
    値段が上がるのはわかっているのに、ちょっと待てない。実に、もったいないです。
    水産資源研究者のはしくれとしては、
    自国の漁業が総じてこういう状態になっていることを
    恥ずかしく思います。

    我々の最低限の義務は、海の幸を次世代にきちんと残すことです。
    まずは、十分な親を残すこと。
    その上で、限られた漁獲枠で、金魚のようなキチジをとって、
    値段がつかないすり身にするというなら、それは一つの選択でありますが、
    おそらく、そうはならないでしょう。
    漁業者だって、安くしか買えないところには売りたくないですから。

    日本では、すり身にしかならないような魚しか揚がってこないので、
    加工場がすり身を作っているだけの話しです。
    大型の魚主体になれば、鮮魚だけではなく、加工の選択も増えます。
    とうぜん、加工場のビジネスチャンスも広がるわけです。

    アラスカのスケトウダラ漁業は、個別枠が導入されてから、
    すり身が減って、欧州向けのフィレの出荷が増えています。
    そちらの方が値段がつくからです。
    加工場も、すり身から、フィレの加工に軸足を変えつつあります。

    魚の価値が上がれば、地域経済にも良い影響の方が多いと思いますよ。
    日本の加工場も、すり身だけに依存せずに、
    より単価がつく売り方、売り先を探せば良いだけの話しと思います。

  5. 沿岸漁業の一漁師 のコメント:

    こういった方々ってTwitterとか厄介に思ってるんじゃないでしょうかねw?
    ミャンマー軍政や金正日体制、イラン、中国共産党が嫌がるシステムですよね。
    双方向と拡散システムで良いにつけ悪いにつけ情報が広がりますからね。

    自分としましては行政が日本の水産業をどのような方向に持って行きたいのかよくわかりませんねw。
    ノルウェーのような方向に持って行くのか、中国や東南アジアみたいにガンガン獲って加工して安く売ってくのか?

    しかし、タイや台湾、中国の煙台や舟山の方が設備のレベルが高いらしいですねw。

  6. U生 のコメント:

    なるほど。
    勉強になりました。
    ていねいな回答ありがとうございます。

    かなり問題点がはっきりしてきました。
    日本漁業で資源管理が進むと、存在基盤が揺らぐのは「すり身メーカー」よりも「かまぼこメーカー」かもしれません。

    日本のすり身メーカーは現在、北海道だけでせいぜい10社。大手は3社に集約され、いずれも大手業者のヒモ付きになっています。
    彼らは確かに「すり身にしかならないような魚しか揚がってこないので加工場がすり身を作っている」だけかもしれませんが、魚が豊富に獲れた時代はもっとたくさんの加工場がすり身を作っていました。
    その理由の1つは、日本国内に世界最大の「ねり製品」マーケットがあるからです。これに対して、冷凍フィレーのマーケットは小さく、しかも中国加工のダブルフローズン、南米のホキなどと競合しています。国産の冷凍白身魚フィレーマーケットはまだまだ小さく、対するかまぼこ向けすり身の需要はとても強固です。国際的な資源の争奪戦が激しくなれば、(北米産よりはるかに安価な)日本産のすり身需要はますます大きくなるはずです。

    かまぼこ産業は本質に大きくて高い魚を必要としません。資源管理が厳密になって魚価が上がれば、必ず安いすり身の需要が増大します。彼らにとって資源問題とは、「資源管理」問題ではなく、「資源確保」問題です。

    仮にすり身メーカーがすり身からフィレーに生産を転換して生き延びられたとしても、かまぼこメーカーはすり身を使うより他に方法がありません。「乱獲助長」のレッテルを貼られないためにも、資源管理にもっと神経をとがらすべきかもしれません。

  7. kohakutom のコメント:

    先日RIETIのセミナーに参加しました。ブログを拝見しているともう少しアグレッシブなご意見が出るかと思っておりましたが、最後に「消費者の義務として持続可能性に配慮するなど責任を果すことが必要」と仰っていましたね。その通りだとは思いますが、持続可能性を判断する材料・情報がほとんど無いままに、責任を果すことは難しいです。水産エコラベルが出来ても、ほとんど目にすることは無く。MSCの成果が漁業者に還元されているかというとそこまでには至っていない。残念ですね。流通の課題が大きいと思っています。持続可能な消費を支える流通の確保が必要です。もちろん、情報やエコラベル商品があったとしても、大多数の消費者は安い魚を求めるでしょう。しかし、まだ少数であっても、適正価格で購入する消費者は居ます。そこにシッカリとアクセスして、ここを広げていくことが先ず必要です。妙案はありませんが・・・。twittwerもフォローさせていただきました。よろしくお願いいたします。

  8. 勝川 のコメント:

    U生 さん

    > 仮にすり身メーカーがすり身からフィレーに生産を転換して
    >生き延びられたとしても、かまぼこメーカーはすり身を使う
    >より他に方法がありません。「乱獲助長」のレッテルを貼ら
    >れないためにも、資源管理にもっと神経をとがらすべきかも
    >しれません。

    鮮魚の世界価格が高騰する中で、
    すり身の原価が上がるのはやむを得ないでしょう。
    日本だけそうなっていないのは、資源管理をしていないから、
    世界の鮮魚市場で戦えないからです。

    もし、資源管理を徹底した場合、かまぼこメーカーも、
    すり身を適正価格で購入せざるを得なくなります。
    その場合、かまぼこが適正価格で売れるかというのが、死活問題です。
    高くても、買う価値があるかまぼこだけは残るとおもいます。
    逆に、薄利多売戦略のメーカーは厳しいでしょう。

    kohakutom さん

    指をくわえていれば消費者意識が高まるというわけではありません。
    次の2点に対する消費者教育が重要です。
    1)日本漁船による国内資源の乱獲に関する情報をしっかり出す。
    2)その上で、消費者に魚を食べる責任を意識して貰う。

    私個人では、この取り組みはすでに始めています。
    生協、その他消費者団体へのセミナーなど、できる限り対応しています。

  9. 匿名甘えヒト のコメント:

    漁業では、どうしても市場に出せない「雑把」が獲れてしまいます。
    買い手もつかないので、ただの産廃です。
    「チュンチュンが桶に何杯もとれて困った」
    なんて話も耳にしたことがあります。
    チュンチュンって、カワハギの幼魚のコトですょ。

    すり身技術も含め、良い対応策があればいいのですが、
    なかなか、見つけられないのが現実です。

    もちろん、「確信犯」は別ですょ。

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