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マイワシ Archive

1992年以降のマイワシ減少は自然現象では無い

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70年代に急増し、80年代中頃にピークを迎えたマイワシ資源は、
1988年から1991年までの4年間、卵の生き残りが悪化したために激減した。
1988-1991の4年間で資源量1777万トンから、246万トンへと落ち込んだ。
1992年以降もマイワシは順調に減少を続け、2003年には10.2万トンまで落ち込んだ。
このマイワシ減少は海洋環境が原因ということになっている。
image09.png

海洋環境が不適とはどういう意味か?

魚の生活史を下の図のように2つに分けてみよう。
図2
1)産卵から新規加入(漁獲開始)まで
このステージでは、基本的に漁業の影響は受けないが、
その代わりに、海洋環境の影響を非常に受けやすい。
産まれたばかりの卵は遊泳能力がないので、海流によって受動的に輸送される。
遊泳能力が育つまでは、捕食者から逃れる術はない。
また、卵黄を吸収して、摂餌する必要が出来たときに、
貧弱な遊泳力と未発達な口で捕食可能な餌がいるかどうかは運次第と言うことになる。

2)新規加入(漁獲開始)から、産卵まで
一方、漁獲対象となるような大きさまで成長すると遊泳能力があるので、
自分で好適な環境を選ぶことが出来る。
そこで、加入以降の生き残りは、海洋環境の変化にあまり影響をされない。
1988-1991年に産まれた卵はほぼ全滅したが、
これらの年の成魚の死亡率は例年並みであったようである。

卵の生残率は本当に減ったか?

海洋環境がマイワシに不適であると言うことは、
卵から加入までの生残率が低いということを意味する。
Watanabe et alが示したように、1988-1991の4年間は卵の生き残りが悪かったので、
海洋環境がマイワシに不適であったために減少したと考えることが出来る。
では、1992年以降はどうだろうか?

卵の生残率を見るには、RPSという指標を使うのが一般的である。
加入尾数を産卵量で割ったものをRPS(Recruit per Spawning)と呼ぶ。
RPS(尾/Kg)は、親1kgに対して、何尾の子供が漁獲開始サイズまで生き残ったかを示す。
卵の生残率を示すRPSの値が高いほど、
海洋環境がマイワシにとって好適であったということになる。

ここから先は資源評価票の元データを見ながら進めていこう。
マイワシの資源評価(17年度版)をダウンロードして欲しい。
http://abchan.job.affrc.go.jp/digests17/details/1701.pdf
41ページの表7に毎年に産卵量、加入尾数およびRPSの数値がある。
これを図示するとこうなる。
RPS01

1988-1991を底にして、V字型になっている。
Watanabe et al(1995)が研究対象とした1988-1991の4年間は、確かに卵の生き残りが悪かった。
しかし、1992年以降の卵の生き残りは、1987年以前と比べて遜色がない。
平均値は1987年以前よりも若干落ちるが、1988-1991の4年間とは根本的に異なるレベルである。
1992以降の卵の生残率は、それ以前と同じような水準まで回復している。
また、漁獲開始後の成長・成熟は1987年以前よりもむしろ良くなっている。
マイワシが自然減少するような要因は、どこにも見あたらないのだ。
にもかかわらず、マイワシの減少は現在まで止まるところを知らない。
その原因は、消去法的に漁業しかないだろう。

マイワシの変動と海洋環境

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ここで紹介したページを読めばわかるように、
マイワシは、海洋環境の影響で増えたり、減ったりする。
海洋環境が資源変動に影響を与えるのは、マイワシに限った話ではない。
多くの種で産卵場の水温と卵の生残率の間に相関があることが経験的に知られているのだが、
変動幅の大きさという意味では、マイワシやニシンなどのニシン科魚類がずば抜けている。

海洋環境が水産資源に与える影響は、つい最近まで過小評価されてきた。
水産生物資源の自然変動に関する研究の歴史を理解するには、
このパワーポイントファイル(California Sardines: A Fishery Biologist’s History)が最適だろう。
マイワシの自然変動を考える上で、重要な研究を2つ紹介しよう。

Kawasaki(1983)は、太平洋の両岸でマイワシの増えたり減ったりするタイミングが同期している事を発見した。
これらのマイワシは、分布が独立した別種であるにも関わらず、同じタイミングで増加・減少をしたのだ。
北太平洋の全域をカバーするような大規模な海洋環境の変動によって、資源変動が引き起こされていると示唆される。

Baumgartner et al.(1992)は、海底の堆積物のマイワシの鱗の数を計測し、
過去2千年にわたりカリフォルニアのマイワシとカタクチイワシが交互に増減を繰り返してきたことを明らかにした。
マイワシは、人間の漁獲が軽微であった時代から、大変動を繰り返していたのだ。

こういった一連の研究を組み合わせていくと、
大規模な海洋環境の変動に対応して増えたり減ったりするという、
マイワシの生物学的な特性が見えてくる。

1)マイワシは、数十年周期で自然に増えたり減ったりする。その変動幅は極めて大きい。
2)自然変動は、太平洋の全域をカバーするような大規模な海洋環境の変動によって引き起こされる。


では、日本のマイワシの歴史を簡単に振り返ってみよう。
マイワシの長期漁獲量は、ここにある。
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave21.html
1930年代に豊漁であったマイワシは、1940年代後半から減少し、
60年代には幻の魚と呼ばれるぐらい減少し、漁獲量が7千トンまで減った年もある。
そのマイワシが1972年から突如増加し、単一種で450万トンというとんでもない漁獲量を記録した後、
1988年から突如減少を始めた。
この減少に関しては、乱獲か、それとも自然現象かという議論があった。
この論争に白黒をつけたのが、Watanabe et al.(1995)だ。

太平洋海域におけるマイワシの年間総産卵量を見ると(図5)、再生産が順調であった1984~1987年の平均産卵量は3700兆粒、再生産が不調になった1988~1991年は4600兆粒と推定されている。再生産水準が著しく低下した1988年以降十数年のうちの最初の4年間の産卵量は、再生産が順調であった1980年代半ばと比べて決して低くなかった。産卵量の減少が1988年以降の再生産の失敗を引き起こしたのでないことは明らかである。
1988年以降も数年間は、マイワシ親魚が大量の卵を産みだしていたにもかかわらず、1988年から再生産の失敗が連続しということは、産み出された卵が資源に成長するまでのある段階で大量に死亡したことを意味する。

マイワシが激減しだした1988-1991年には、産卵量は多かったが漁獲対象となる前に死んでいたのだ。
漁業が関与できない生活史段階で減耗が起こっていた以上、激減は自然現象と考えるしかない。
Watanabe et al.(1995)によって、一時は有力であった乱獲説は完全に消滅した。
Wikipediaにも、「イワシ資源変動の原因については諸説があるが、
基本的に長期的に資源量に変化があるものであり、乱獲や鯨などの海洋生物の捕食によるものではなく、
長期的な気候変動(とその影響の餌のプランクトンの増減)による
ということが今日では通説となっている。」と書かれている。
これ以降、日本のマイワシ研究において、漁業の影響は無視されるようになる。
研究者の関心は、マイワシを変動させる環境条件を特定することへと移行した。
現在まで、マイワシの減少のメカニズムは特定されていないが、
その間も順調にマイワシ資源は減少を続けている。


References

Kawasaki, T. 1983. Why do some pelagic fishes have wide fluctuations in their numbers? – biological basis of fluctuation from the viewpoint of evolutionary ecology., p. 1065-1080. In G.D. Sharp and J. Csirke (eds.), Reports of the Expert Consultation to Examine Changes in Abundance and Species Composition of Neritic Fish Resources. FAO Fish. Rep. 291 (2, 3): 1224 p.

Baumgartner, T.R., Soutar, A., and Ferreirabartrina, V. 1992. Reconstruction of the History of Pacific Sardine and Northern Anchovy Populations over the Past 2 Millennia from Sediments of the Santa-Barbara Basin, California. California Cooperative Oceanic Fisheries Investigations Reports 33: 24-40.

Watanabe Y, Zenitani H, Kimura R (1995). Population decline of the Japanese sardine Sardinops melanostictus owing to recruitment failures. Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences., 52, 1609-1616.

マイワシについて書くことにするが、その前に宿題

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新聞記事では、マイワシ乱獲の背景について充分に書いてもらえなかった。
まあ、紙面の都合もあるから、仕方がないだろう。
スペースに何ら制約のないこのブログで、詳細について書くことにする。

もともと、マイワシ漁業については書く気満々だったんだけど、
どうせ書くなら資源評価票の最新版が出てからと思っていたのだ。
でも、資源評価票の詳細版が全然アップされない。
遅くとも12月には出るという話だったのに、何か問題があったのだろうか?
まあ、マイワシに関しては状況が劇的に変わったわけではないので、
去年の評価票のデータを元に話を進めることにする。

他のサイトにも書いてあることを書くのは時間の無駄なので、
最低限ここで紹介するサイトには目を通しておいて欲しい。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/hiki/?%A5%DE%A5%A4%A5%EF%A5%B7%BE%F0%CA%F3
これが次回までの宿題。

これらのサイトの内容は理解していると言うことを前提に、
今まで語られてこなかった部分の解説をしていこう。

TAC制度における説明責任

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このブログでは、繰り返しTACとABCの乖離を問題にしてきた。
http://kaiseki1.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/blosxom.cgi/diary/200512011622.writeback
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/08/post_31.html

この機会に、ABCについておさらいをしよう。
ABC(生物学的許容漁獲量)は、これ以上の漁獲量は乱獲になるという閾値であり、
漁獲量をABC以下に抑えることが、資源管理の目的となる。
乱獲の線引きをするのは、技術的にとても難しい。
これ以上は乱獲、これ以下なら安全というような乱獲の閾値を一意的に決めるのは不可能だ。
そこで、不確実性を考慮するために、2種類のABCを計算するのが一般的だ。
ABCLimit:これ以上の漁獲量は明らかな乱獲という閾値
ABCTarget:これ以下の漁獲量なら、明らかに安全という閾値
2つのABCを利用することで、資源がどのような状態で利用されいてるかが一目瞭然になる。
信号

ABCLimitを越える漁獲量は、明らかな乱獲なので絶対に避けなくてはいけない→赤信号
ABCLimitとABCTargetの間は乱獲の疑いがある領域であり、
資源の安全のためには避けるべきである→黄色信号
ABCLimit以下の漁獲量は持続性に問題がないので、OK→青信号
漁獲量をABCLimit以下に抑えつつ、収益を上げることが資源管理のゴールになる。

マイワシに限らず、ほとんどの魚種で、「社会・経済的な要素を考慮して」
ABCLimitをはるかに超過する漁獲枠(TAC)が設定されている。
自分で乱獲の線引きをしておいて、乱獲を許可しているのだ。
こういう状態を避けるために管理をしているのであり、本来はあってはならない状況だ。
もちろん、漁業が経済行為である以上、社会・経済的な考慮は必要だし、
場合によってはABCを超過する漁獲量も一時的に許されるかもしれない。
ただし、大切な国の財産を切り崩す以上、それなりの説明はあってしかるべきだ。
ABCについては、資源評価票で公開されるようになってきたが、
TACの決定は全くのブラックボックスのままである。
漁獲量の規制に使われるTACの決定プロセスが秘密な現状では、
説明責任を果たしているとは言えない
最低限の説明責任を果たすためには、以下の3つが必要だろう。
1)どのような「社会経済的要因」によってABCが守れないのかを明らかにする
2)いつまで、どれぐらいABCを超過する予定なのかを明らかにする
3)その結果、資源と漁業はどうなるのかというビジョンも示す

俺のことをABC原理主義者と揶揄する向きもあるようだが、
俺は「ABCは絶対的に正しくて、神聖にして犯すべからず」とは思わない。
明確な理由と、それなりの将来展望があるならば、
漁獲量がABCを一時的に超えたとしても問題ないと思っている。
ただ、具体的な理由を明らかにせずに、慢性的にTACがABCを越えている現状は論外だろう。
社会経済的理由というのは、水戸黄門の印籠ではないのだ。

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from 18 Mar. 2009

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