ホキ Archive
「NZのITQは、資源管理としては機能していない」とか、誰か言ってなかったっけ??
- 2009-06-18 (木)
- ITQ | ニュージーランド | ホキ | 水産庁のNZレポート
そういえば、「NZのITQは経済政策としては成功したが、資源管理としては機能していない」とかいう、面白レポートがあったよね(http://katukawa.com/category/study/reform/nzreport)。あの検討会の議事録は、政府の公式文書として認めてもらえなかったという話を小耳に挟んだけど、内容が内容だけに、仕方がないだろう。
レポートでは、NZのITQが資源管理として機能していない根拠として、ホキ(白身魚)のTACが近年減少していることを挙げていた。実際には、NZの漁業者は過剰漁獲をしていたわけではない。卵の生き残りが悪くて、一時的にホキ資源が減少した。それを素早く回復させるために、NZ政府は予防的に漁獲枠を絞ったのだよ。いくらでも魚が捕れる段階で、漁獲枠を半減できたのだから、立派なもんだ。すぐに元の水準に戻るだろうと予想していた(http://katukawa.com/category/study/species/%E3%83%9B%E3%82%AD)が、予想以上に早く回復したみたいだね。
ノルウェーのカペリンでもわかるように、魚はちゃんと残せば、ちゃんと回復する。早めにブレーキを踏めば、それだけすぐに回復をする。自然変動が原因だろうと、何だろうと、魚が減ったら、漁獲圧をゆるめるのが世界の常識であり、資源が減ったら、漁獲圧が強まる日本のマイワシ漁業のような状態はあり得ないのである。獲りたい放題獲っておいて、「地球温暖化が悪い」とか居直っているから、漁業は衰退を続けるのだ。
もちろん、ノルウェーやNZの漁業だって完璧ではないし、直すべき問題点は山ほどある。しかし、これらの国の漁業が、資源を持続的に利用しながら、経済的にも成り立っているのは、紛れもない事実である。「日本とは状況が違うので、参考にはならない」と居直ったり、生半可な知識で揚げ足取りをしても、かえって自らの無知を晒すだけだ。それよりも、これらの漁業国の成功を謙虚に認めた上で、その長所を日本漁業にどのように取り込むかを議論すべきだ。お互いに、もっと有意義なことに時間をつかいたいものである。
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Hoki Story その3
- 2009-04-10 (金)
- ニュージーランド | ホキ | 水産庁のNZレポート | 研究
資源状態
東と西を合計した親漁量はこんな感じ。ここ20年程度、減少が続いているが、これは資源管理が機能していなかったからではない。この資源は、1970年代はほとんど利用されていなかった。NZ政府は、未開発時の資源量を100%とした場合の40-50%の水準をMSY水準と定義している。NZ政府は、図中に赤で示したMSY水準まで徐々に資源を減らした後に、その水準を維持するつもりだったのだ。アンラッキーなことに、資源がMSY水準に近づいた1995年以降、卵の生き残りが悪い年が続き、予想以上に資源が減少してしまった。
新規加入量の時系列はこんな感じ。1995年から2000年まで、新規加入が低調であった。資源量がMSY水準に近づいてきたので、そろそろブレーキをかけようとしたら、資源の生産力が減少し、MSY水準を下回ってしまったのだ。
漁獲量
漁獲量(緑線)とTACC(*)の時系列はこんな感じになる。1985から2000まで、15年かけて、じわじわとMSY水準まで、資源を減少させた。MSY水準に達した後は、すぐにTACCを削減し漁獲にブレーキをかけている。ただ、残念なことに1995-2000の間の加入の失敗により、漁獲枠を削減した後も資源は減ってしまった。そこで、よりきつくブレーキを踏んだのである。現在は資源が回復に向かっていることから、漁獲枠を徐々に増やしていくフェーズに入っている。政府は13万トンまで増やそうとしたのだが、業界は猛反発。MSY水準に回復するまでは、漁獲枠を控えめにすべきであると、漁業者が主張をしたのだ。結局、政府は当初の予定よりも1万トン少ない12万トンの漁獲枠にした。最新の情報では、今年度は資源の更なる回復が確認されたことから、政府は1万トンの増枠を提案し、業界もこれを受け入れる見通しとのこと。
トロール調査
チャタムライズでは、調査船によるトロール調査が行われ、Hoki, Warehou, Ling, Black oreoなどの底魚の資源量を調査している。
ステーションはこんなかんじ。海区を水深や底質の生態特性で層別化した上で、全体図を把握できるようにデザインされている。
トロール調査によって推定されたHoki(+3)の資源量はこんな感じ。低めで安定はしているが、NZとしてはもう一段階回復させたいようだ。
トロール調査で得られたHokiの分布の時系列はこんな感じ。再近年は、底は脱したが、90年代と比較すると低水準である。
音響調査
NZ政府は、精力的に音響調査を行い、資源の把握に努めている。毎年、Hokiの産卵期には、短期間のうちに複数回のスナップショットを獲っている。
計量魚探を使って、定線を走るとこんな絵が描ける。
魚探の反応の中から、Hokiと思われるものを抜き出し、Hokiの反射強度(ターゲットストレングス)をつかって、資源量を推定する。この作業を全ての定線で行うと、1枚のスナップショットができる。NZ政府は、産卵期をすべてカバーできるように、毎年5~7枚のスナップショットを作成している。たとえば、2006年はこんなかんじ。
The 2006 acoustic survey of spawning hoki abundance in Cook Strait was carried out on Kaharoa from 19 July to 29 August 2006. Seven snapshots were completed, with good coverage of the spawning season.
この時期のクック海峡はいつでも大荒れで、「300トンの船が、木の葉のように波に翻弄される」とのこと。そういう状況で、1ヶ月半に7回のスナッ プショットをとるのは、立派である。
複数のスナップショットを組み合わせて、産卵場に来遊した親魚の量をブートストラップで推定をするとこんな感じになる。
重要資源であり、資源的にも注意が必要なHokiに対しては、出し惜しみをせずに精力的に調査をしている。NZの漁業省の予算は非常に限られている。また、業界の負担が重いだけに、無駄な出費は厳しく批判される。調査計画も(良い意味で)流動的であり、必要な場所に、重点的に投資をしていることがわかる。
で、本当のところはどうなのか?
「漁獲枠は下げておくにこしたことはないのだが、あわてて漁獲枠を半減するような状態なのかなぁ」というのが、俺の率直な感想。資源が本当に減っているのかに関しては、NZ国内でも議論が分かれている。たとえば、西の産卵群を狙った漁業では、過去最高の漁獲を記録したことから、「Hokiは減っていない」としゅちょうする漁業関係者もいる。産卵群は資源量が少なくなるとそれだけ中央に密集する傾向がある。産卵群狙いの漁業で過去最高のCPUEが記録されたとしても、資源が多いとは限らない。漁業とは独立したトロール調査と、魚探調査によって、産卵場も生育上をしっかりとおさえているので、NZの資源評価の信頼度は高い。
NZの漁業関係者の一部には、Hokiの漁獲枠をもっと増やすべきだという意見もある。しかし、政府と業界の「我慢をして、MSY水準まで素早く回復させよう」という声が勝ったのである。NZの業界は、俺よりも持続性に対する意識が高いと言うことだね。「ある指標を見れば資源は減っていないように見えるが、別の指標で見ると資源が減っているように見える」、というのはよくあること。というか、ほとんどの 資源評価はこういう感じになる。自信をもって高水準と言い切れるのは、80年代のマイワシや、現在のサンマのような、超高水準資源のみだ。逆に、スケトウ ダラ日本海北部系群のように、どこから見ても駄目になったら、資源としては手遅れな場合が多い。資源を持続的に利用するには、玉虫色の状態で、漁獲にブ レーキを踏む必要がある。NZ政府と業界は、悲観的なシナリオを想定しても資源が回復するような漁獲枠を設定した。これはとてもすばらしいことである。
Hokiの漁獲枠の削減は、資源の減少を漁獲枠が追従しているのではない。資源を良好な状態に保つために、政策的に漁獲にブレーキをかけているのである。 網をひけば、いくらでも獲れる状態で、最重要魚種の漁獲枠を厳しく削減するというのは、なかなかできることではない。この漁獲枠の減少こそ、NZの資源管理システムQMSが機能している証に他ならないのだ。ここまで迅速に思い切った行動をとれる国は、そう無いだろう。俺が思うに、NZとノルウェーぐらいではないだろうか。Hokiの漁獲枠が削減されたことをもって、「NZのQMSは資 源管理として機能していない」など主張をする、日本の有識者の不見識にはあきれてしまう。彼らは管理された漁業というものを知らないのだ。まともな漁獲規制がない日本では、漁獲量の減少は資源の減少を意味する。日本で漁獲枠が削減されるのは、資源が減少して、がんばっても獲れなくなってからである。日本の常識に照らし合わせて、「Hokiの漁獲枠の削減→NZの資源管理は機能していない」と考えたのだろうが、あまりに浅はかである。データを見ればわかるように、Hokiは獲り尽くされたのではない。NZは壊滅的な減少を回避するために予防的に漁獲枠を半減させているのである。日本の漁業関係者には、魚がまだ捕れる状態で漁獲枠を減らす国があるなど想像もつかないの だ。
結論
Hokiの情報をまとめてみるとこんな感じ。
- 網を引けばいくらでも魚が捕れる
- 獲れば獲るだけ、高く売れる
- いくつかの指標では、資源が減っていないようにみえる
- 資源量としては、MSY水準をわずかに下回った状態
NZ政府の対応はこんな感じ
- MSY水準に達した2年後には漁獲枠を削減
- その削減では不十分と見るや、すぐに漁獲枠を半減
- 資源の回復を確認しながら、徐々に漁獲枠を増枠中
NZの業界の反応
- もっと獲っても良いという意見もあるが、慎重派が主流
- MSY水準への回復が確認できるまで、漁獲枠を控えめにすべきという意見
- 政府の増枠に難色を示し、低めの漁獲枠を採択させる
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Hoki Story その2
まずは、Hokiの生態について、簡単に説明しよう。俺の手元には、NZのホキレポートがある。280ページで、凄い分量だ。漁獲の情報、漁獲の体長・年齢組成、CPUE、トロール調査、ぎょたん調査と、内容もてんこ盛り。ネットにもそれに近い情報があるので、関心があるひとは目を通してほしい。
http://fpcs.fish.govt.nz/science/documents/%5C2008%20FARs%5C08_62_FAR.pdf
この資料は基データに近い情報も多く含まれており、一般人には理解できない部分もあるだろうが、かなりしっかりとした評価をしているのは理解できるとおもう。
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Hoki Story その1
まずはNZの漁業の大まかな動向を抑えておこう。NZでは、漁業は輸出産業である。輸出金額の推移を見れば、国内の漁業生産を把握できる。
輸出金額は、2000年の1400m$から、2007年の1200m$に減少をしたが、その減少はHokiの減少と一致する。NZの輸出金額は、Hokiをのぞけばほぼ横ばい。2000年には、Hokiがダントツで1位であったのが、2007年には3位まで落ち込んでいる。Hokiは、NZの漁業生産金額に影響を与えるような重要な資源なのだ。
http://www.fish.govt.nz/en-nz/SOF/ExportEarning.htm?DataDomain=SpeciesGroup&DataCount=10&ChartStyle=Line&text=short
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規制改革と日本の資源管理(無修正版)
10月に農林漁業金融公庫が、他の公庫と合体し、日本政策金融公庫が誕生した。
農林漁業金融公庫時代から続く機関誌AFC Forumの10月号(日本政策金融公庫としての第一号)は、
「規制改革急ぎ水産再生を」ということで、必読です。
http://www.afc.jfc.go.jp/information/publish/afc-month/2008/0810.html
俺がトップバッターで、小松さんに加えて、アミタの有路さんと大水の石原理事という布陣。
この4人でも個々の意見に多様度はあるが、
漁業の現状を何とか打開したいという思いは同じだろう。
この原稿は、8月に学生の航海実習で海に出ているときに、一気に書き上げた。
「いま、この文章を書かねばならない」という使命感に燃えて、暑く書いたのだけど、
AFC事務局の手直しで、かなりぬるくなってしまった。読んでいて、テンポが悪いのです。
俺としては、元の文章の方がしっくりくるので、このブログには修正前のバーションを掲載する。
PDFや印刷物とは、細部が少し違うのですが、こっちがオリジナルです。
規制改革と日本の資源管理
かつては世界一の水揚げを誇った日本漁業は、衰退の一途をたどっている。日本近海の水産資源は枯渇し、漁獲量および漁獲高の減少に歯止めがかからない。日本漁業の生産性が極めて低く、公的資金によって存続している状態だ。
日本では漁業は衰退産業だと考えられているが、世界的に見れば、漁業は成長産業である。持続的に利益を伸ばしている漁業国が複数ある以上、漁業自体が衰退産業なのではなく、日本漁業の構造に何らかの問題があると考えるのが自然だろう。
漁業を持続的に発展させる4つの条件
ノルウェー、アイスランド、豪州など、積極的に資源管理に取り組んできた国は、資源量を維持しながら、漁業生産をコンスタントに伸ばしている。これらの国は豊かな先進国であり、人件費は日本よりも高い。また、国内の水産物市場が小さいため、高い輸送料を上乗せした上で、変動の大きな国際市場で利益を出している。成功している漁業国の共通点から、漁業の持続的な発展に必要な4つの条件が見えてくる。
①個別漁獲枠制度
漁獲枠を漁業者にあらかじめ配分する管理方法を、IQ(個別漁獲割当)制度と呼ぶ。IQ制度には、無益な早獲り競争を抑制し、無駄な投資を抑える効果がある。個人の漁獲量が制限されれば、他の漁業者よりも早く獲る必要性がなくなるからだ。IQ制度のもとで利益をのばすには、重量あたりの単価を上げる以外に方法はない。漁業者は、自ずと価値の高い魚を選択的に獲るよう努力し、結果として漁業全体の利益が増加する。
②譲渡可能性
個人に配分された漁獲枠を、相互に売買することを許可する制度をITQと呼ぶ。譲渡によって、漁獲枠の譲渡によって、漁業から無駄を省き、経済効率を高めることができる。漁獲枠の譲渡をどこまで許容するかは、漁業の方向を決定する上で重要なファクターである。ここでは保守的なノルウェーと、進歩的なニュージーランドの事例を紹介しよう。
ノルウェー方式(減船する場合のみ譲渡が可能)
ノルウェーは、漁業者の既得権を最優先に考え、過剰努力量の削減のみ目的とした、限定的な譲渡を認めている。ノルウェーでは漁獲枠を漁船に配分しているので、漁業者以外は漁獲枠をもてない。漁獲枠の売買は原則として禁止されているが、漁船を廃船にする場合に限り、他の漁船へ漁獲枠を移転できる(図1)。漁獲枠を他の漁業者に売ることで、採算のとれない漁業者が、漁業から撤退する道筋を作ったのである。
ニュージーランド方式(漁獲枠の自由な譲渡が可能)
ニュージーランドは、経済効率を高めるために、漁獲枠を漁船から切り離した上で、自由な譲渡を認めている。利益率の高い漁業者が漁獲枠を買い集めることで、漁業全体の利益増加する。また、漁獲枠を投機の対象とすることで、外部から資金を調達できるというメリットもある。
ニュージーランドでは、97魚種384資源がITQで管理されている。漁獲枠はTACに対する割合で配分される。ある資源のTACが10トンだったとしよう。20%の漁獲枠を持っている漁業者は、2tの年間漁獲権(ACE Annual Catch Entitlement)を得ることになる(図2)。ニュージーランドでは、漁獲枠の譲渡だけでなく、ACEの売買も認めている。この漁業者は、自分で2tの魚を獲っても良いし、漁獲の権利を他の漁業者に売ることもできる。漁獲枠を売却すると来年以降のACEも手放すことになるが、ACEのみを売却すれば、来年以降もACEを得ることができる。
ACEの売買によって、短期的な操業の自由度が増し、漁業の適応力が高まる。たとえば、燃油価格が高騰し、燃費がわるい漁業者は漁に出ても赤字になるとしよう。赤字の漁業者は、黒字の(燃費の良い)漁業者にACEを売却することで、一定の収入を得ながら、燃油価格が下がるのを待つことができる。ACEの売却が許可されていなければ、赤字の漁業者が利益を確保する手段はない。
ACEの売買を許可すると、漁獲枠の所持者と実際に魚を獲る人間が一致しなくなるので、不在地主問題が生じる。ニュージーランドでは先住民に15%の漁獲枠を与えているが、彼ら自身は商業漁業を行わず、ACEをレンタルして収入を得ている。一方、漁業者の中には、漁獲枠を持たず、ACEを購入して漁業を営んでいる者もいる。
ニュージーランドでは、一つの経営体が保持できる漁獲枠の上限が、35%と定められている。漁獲枠を集中した方が、合理的な操業が可能な種については、寡占化を促進するために、上限を45%まで引き上げている。ニュージーランドでは、規制の範囲内で寡占化が進行しているが、同じくITQを導入している豪州では寡占化の動きはない。ITQにすれば、必ず寡占化が進行するというわけでは、ないようだ。
③予防原則に基づく控えめなTAC
先進漁業国では、科学者が予防原則に基づく控えめな漁獲枠を提案し、漁業者もそれを当然のものとして受け入れる。原因が人為的か否かを問わず、資源が減れば禁漁を含む厳しい措置をとる。たとえば、ノルウェーはシシャモが自然減少したときに、素早く禁漁にして、短期的に資源を回復させた。また、ニュージーランドの主要魚種のホキが加入の失敗により減少した時に、政府がTACを20万トンから12万トンに削減するよう提案した。それに対して、漁業関係者は、より保守的なTACを要求し、TACが9万トンへと引き下げられた。資源状態が悪くなると、価値の高い大型魚が減り、単価が下がる。無理に漁業を続けるよりも、資源回復を最優先させた方が、結果として長期的な利益につながるのだ。TACを早めに削減するのは、合理的な経営判断である。
④厳正な取り締まり
自分が我慢をしても、他の漁業者が根こそぎ獲ってしまうような状況では、規制は守られない。資源管理に実効力を持たせるためには、厳正な取り締まりが必要である。厳正な罰則規定は、漁業者を罰するためではなく、皆が安心してルールを守るために必要なのだ。資源管理が軌道に乗れば、安定した漁業利益がえらるようになる。その段階になれば、リスクを冒してまで、違法行為をする漁業者はいなくなる。
日本の資源管理の現状
①TAC対象魚種が少ない
TAC制度の対象はたったの7魚種しかない。そのうち法的な拘束力があるのはスケトウダラとサンマの2種のみ。他の5魚種に関しては、「中国・韓国との漁業協定が無い現状では、日本人だけ取り締まれない」という理由で法的拘束力を除外している。少なくとも太平洋側の資源に関しては、日本のみで管理できるはずである。多種多様な魚を利用する日本漁業の管理としては、極めて不十分である。
② 早い者勝ちのオリンピック制度
日本のTAC制度は、全体の漁獲枠を決めているだけで、個別に配分されていない。他に先駆けて早く大量に魚を捕れば、自分の取り分が多くなる仕組みである。漁業者間の過剰な競争をあおることから、「オリンピック制度」と呼ばれている問題が多い方法だ。他の漁業者よりも早く獲るために、過剰な設備投資をして、高く売れないことが分かっている小魚まで、根こそぎ獲ることになる。
③ 生物の持続性を無視した過剰なTAC
日本では、科学者の勧告を無視した、過剰なTACが慢性的に設定されている。乱獲を抑制するどころか、乱獲のお墨付きを与えているようなものである。特に資源状態が悪いマイワシやスケトウダラで乖離が大きくなっている(図3)。
④TAC超過は野放し
近年、漁獲量がTACを超過する現象が頻発している。昨年2月に大臣許可漁業のサバ類の漁獲量がTACを6.6万トン超過したが、水産庁は自主的な停止を要請したのみであった。その後も、「アジなど」、「混じり」という名前のサバが水揚げされ続けた。また、去年の8月に、知事許可漁業がマイワシ太平洋系群のTACを超過したが、その後も漁獲は続けられ、最終的にはTACの倍近く漁獲をした。どちらの事例も、超過漁獲をした漁業者には何のペナルティーもなかった。
日本とノルウェーのサバ漁業の比較
資源管理をしていない日本と、資源管理をしているノルウェーのサバ漁業を比較してみよう(図4)。日本のマサバ太平洋系群は極めて低い水準にあるが、「漁業者の生活を守るため」に過剰な漁獲枠が設定されている。また、漁獲枠の超過も放置されているので、実質的には無管理状態と言える。日本のマサバは、0歳・1歳で獲り尽くされ、中国やアフリカに投げ売りされている。成熟する3歳まで生き残る個体はほとんどいない。
サバ漁は7月から新しい漁期が始まる。今年も、7月上旬に、大量の水揚げが記録された。漁期はじめにまとめてとっても、港の冷凍能力にも限界があるし、相場も崩れてしまう。漁業者もそのことは理解しているはずだが、資源管理をしていない日本では、値段が上がるまで待つことはできない。魚に価値が出るまで待っていたら、他の漁業者に全て獲り尽くされてしまうからだ。漁業者個人にできることは、他の漁業者よりもより早く獲ることのみである。
国内漁業では大型のサバを安定供給できないので、日本のサバ市場はノルウェーからの輸入に頼っている。ノルウェーは、十分な親を残した上で、全ての年齢の魚をバランスよく利用している。ノルウェーのサバは、夏には脂がのりすぎているが、秋に成熟が進むにつれて体脂肪が減っていく。ノルウェーの漁業者は毎日、試験操業によってサバの成熟度を調べて、日本市場で値段が最も高くなるタイミングで操業に出かける。ITQ制度によって早獲り競争を抑制しているので、単価が上がるまでじっくりと待てるのだ。
規制改革で日本漁業を再生する
日本のTAC制度は、資源管理としての機能を全く果たしていない。資源管理を放棄した日本漁業が衰退するのは、自明の理である。サバ漁業を見ればわかるように、日本漁業は非生産的な操業で、自滅をしている。漁業の生産性を上げるには、「親の敵と魚は見たら獲れ」という姿勢を改めて、魚の価値で勝負する必要がある。その変化を促すには、資源管理によって、早獲り競争を抑制しなくてはならない。
そのために何をすべきだろうか。オリンピック制度のままTACを下げると、早獲り競争が激化して、漁業が破綻する可能性が高い。まず、重要魚種の全てにIQ制度を導入し、違法操業への取り締まりができるよう法制度・組織を整えるべきである。その次に、過剰なTACを徐々に削減していくのが良いだろう。
日本には、資源の生産力と比べて、過剰な漁業者が存在する。IQ制度を導入しただけでは、みんなで貧乏になる以外に選択肢はない。漁業者の生活を安定させるには、数を減らすしかない。ノルウェーのように、漁業からの撤退を前提とした漁獲枠の譲渡を許可すべきだろう。ここまでやれば、漁業は自ずと回復へと向かうはずだ。
漁獲枠の譲渡をどこまで自由化するは、時間をかけて慎重に議論をすべきテーマである。譲渡の自由度を増せば、それだけ経済的な最適化が進む反面、寡占化などの社会的リスクが増大する。日本はどのような漁業を目指すのかを明確にした上で、適切な政策設定をする必要がある。
以上を踏まえた上で、規制改革の二次答申に目を通して欲しい。二次答申では、具体的施策として以下の4点が挙げられている。
(ア)生物学的に計算される漁獲許容水準に基づくTAC設定の厳正化、決定プロセスの透明化
(イ)TAC設定魚種の拡大
(ウ)TACの厳守に向けた合理的操業モデルの樹立
(エ)IQ制度の導入対象魚種の拡大及びITQ制度の検討
これら施策の必要性は、本文章で説明したとおりである。この4つの施策を軸に資源管理を行い、日本の漁業を持続的に利益を出せる産業に再生することが、規制改革の狙いである。
人間の漁獲能力が生物の生産力を凌駕している現状では、適切な資源管理を抜きに漁業の存続は不可能だ。「早い者勝ちで、獲れるだけ獲る漁業」を続ける限り、いくら公的資金を投入しても、日本漁業は衰退をつづけるだろう。ITQ制度を導入し、質で勝負する漁業に切り替えねばならない。日本では、漁業改革の取り組みは始まったばかりだ。今後もしばらくは厳しい時代が続くだろうが、我々は進まねばならない。何も考えず、好きなだけ魚を獲っていれば良かった、幸せな時代は終わってしまったのだ。
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桜本文書を解読する その4
「ABCの値は合意事項であり、科学的には決まらない」「生物学的に妥当な目標資源水準など科学的には(生物学的には)決められない」というのが私の持論であるが、紙面の関係もあり、その点についてはここでは触れないことにする(興味のある方は資源管理談話会報(2004)、月刊海洋38(2006)をご参照下さい)。 話を簡単にするために、今、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるものとして説明する。例えば、20万トンが生物学的に妥当な目標資源水準であったとする。今、現状の資源水準が10万トンで、20万トンまで資源を回復させる必要があったとする。その時の対応として、本質的に異なる2つの管理方策が考えられる。管理方策Aは20万トンになるまで禁漁する(ABC=0)。管理方策Bは何年かかけて資源水準を20万トンに回復させる、という2つの管理方策である。
資源が多い場合についても同様である。今、資源量が40万トンであれば、管理方策Aは20万トンになるまで最大の漁獲圧で漁獲する(可能な限り獲まくる、ABCは青天井)。管理方策Bは何年かかけて資源水準が20万トンになるように、現状の漁獲量を増やす。
管理方策Aを採用すべきと主張するのであれば、ただ一つのABCの値が科学的に決定できると主張しても誤りではない。ただし、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるという条件付ではあるが・・・。しかし、管理方策Aを採用すべしと主張している人は実際には一人もいない(もし、そう主張される方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。科学的にただ一つのABCの値が決定できるとすれば、条件付ではあるが、この場合しかあり得ないことに注意する必要がある。
管理方策Bは何年で資源を回復させるか(最適な資源水準に持っていくか)ということが問題になる。5年で回復させるべき、10年で回復させるべき、あるいは6年で回復させるべき等々いろいろな提案があるだろう。しかし、5年で回復させるのが科学的に(生物学的に)正しくて、6年で回復させるのは科学的に(生物学的に)正しくないということを科学的に論証できる人などいないはずである(もし、論証できるという方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。つまり、何年で資源を回復させるかという議論の中には、既に生物学とは異なる次元の価値観が入り込んでいることになる。多くの場合その期間は社会的・経済的な要因に深く関係して選択されることになるだろう。
すなわち、何年で資源を回復させるかは生物学以外の要因も考慮した場合の合意事項であって、科学的に1つの値が決定できるといった類のものではない。何年で資源を回復させるか、その年数によって、当然ABCの値もすべて異なってくる。つまり、「ABCの値も合意事項であり、科学的に1つの値が決まるわけではない」ということである。「ABCが科学的に決定できない」から、合意形成のプロセスが重要になるのである。「ABCの値も合意事項であり、科学的には決定できない」ということを正しく理解していない人が「合意形成の重要性」を謳ってみても、「合意形成の重要性」を真に理解して発言しているとはとても思えない。
わかりづらい文章だが、要約すると「ABCは科学者の合意事項に過ぎないので無視して良い」ということだ。あまりに時代錯誤な考えである。90年代以降の世界の動きを全く理解しておらず、
「行政官ならまだしも、こんなことを言う研究者がまだいたのか」とかなり驚いた。
80年代以前には、世界中で、科学的アセスメントよりも、漁業者の目先の都合を優先していた。その結果、多くの漁業が破綻したのである。苦い経験から、不確実性があったとしても、利用可能な最善の科学情報を遵守するようになった。たとえば、92年のリオデジャネイロ宣言は、「科学的情報の欠如を口実に管理を怠ってはならない」と明記されている。また、1995年に公表されたFAOの責任ある漁業の行動規範でも同様のことがうたわれている。
現在、利用可能な最善の科学情報とは、「専門家集団の合意事項」に他ならない。日本政府が「これを実行に移さないのは科学軽視である」と他国を非難している。IWCのRMPにしても、科学者委員会の合意事項に過ぎない。桜本氏の考えを捕鯨に当てはめれば、「RMPは科学者の合意事項に過ぎないから無視して、漁業者の希望に応じてRMPで計算された捕獲枠を超過してもよい」ということになる。こんな主張が、通るわけ無いだろう。
また、「5年で回復させるのが科学的に(生物学的に)正しくて、6年で回復させるのは科学的に(生物学的に)正しくないということを科学的に論証できる人などいないはずである」という例は全く現実に即していない。
今の日本のTAC設定は「5年で崩壊させるのか、それとも1年がよいのか」というお粗末なレベルである。たとえば、マイワシでは海にいる魚の量を上回る漁獲枠が設定されていた。激減しているスケトウダラ日本海北部系群(参考資料1)の場合、資源量を維持するための漁獲枠4.6千トンに対して(参考資料2)、水産庁の設定した漁獲枠は1万8千トンであり、資源を保護するどころか、もっと漁獲圧を増やして良いという計算になる。
NZでは、ホキ資源が減少したときに、政府は漁獲枠を20万トンから10万トンに削減した。資源の回復を確認した後に、政府が漁獲枠の増枠を提案したところ、漁業者団体は、より早く確実な資源回復を実現するために、もっと漁獲枠を減らすように主張し、結果として、漁獲枠は1万トン削減された。そういうレベルでTAC設定の綱引きがされているのであれば、桜本氏の「漁獲枠は科学のみで決めるべきでない」という反論も理解できる。しかし、日本では、あり得ない過剰な漁獲枠に対して非難の声が上がっているのである。これらのTAC設定を容認してきた委員の長である桜本氏には、資源量を超える漁獲枠が、どのような社会経済学的理由によって、正当化されるかを、説明する義務があるはずだ。「資源回復の早さは科学的に決められない」などと、とぼけるのは、あんまりだろう。
参考資料1 スケトウダラの資源量(http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1910.pdfより引用)
参考資料2 研究者が勧告したスケトウダラの許容漁獲量は、3.4~4.2千トン(http://abchan.job.affrc.go.jp/digests19/details/1910.pdf)。にも関わらず、水産庁が設定した漁獲枠は180千トン。現在の過剰な漁獲圧を更に増やして良いことになる。
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