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漁業改革 Archive

成長する米国漁業~自由競争を諦めたところがスタート地点


漁業の現状(漁獲量は増えずに生産金額が増える)

最近の米国漁業がどうなっているかというと、漁獲量(重量)はほぼ横ばいです。緑の線が貝類で、青の線が魚類です。1990年代よりも、最近の方が水産資源は回復しているのですが、漁獲規制はどんどん強化されているので、漁獲量を増やすことが出来ないのです。

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金額ベースで見ると2002年までは減少傾向で推移していたのが、2003年から増加傾向に転じています。米国人は貝が大好きなので、漁獲量としては少なくても金額ベースでは魚と良い勝負なのです。
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これらの図は、Fisheries of the United States 2014(FUS2014)からの引用です。

漁業制度の変遷

なぜ、漁業の生産金額がV字回復したかというと、漁獲規制のやり方を変えたからです。それでは、自由競争の早い者勝ちだったところを、漁獲枠を個別配分して早獲り競争を抑制する政策をとったからです。

こちらに米国の個別漁獲枠制度(米国ではIndividual Fishing Quota もしくは Catch Shareと呼ばれています)の歴史について簡単にまとめられています。

1990年代に、アラスカのスケトウダラなど、一部の漁業に個別漁獲枠が導入されました。これが米国内で大きな論争となりました。自由競争が国是の米国では、野生生物の利用に既得権を設けることに強い感情的な反発がありました。また、個別漁獲枠を導入することは、天然資源の私有化や不公平な利用に繋がるという懸念、漁村コミュニティーに悪影響があるのではないかという懸念がありました。

一部の関係者から、個別漁獲枠の禁止を要求する声が上がり、米国の議会は1996年に、2000年まで新しい個別漁獲枠プログラムの導入を禁止しました。そして、米国科学アカデミーに、個別漁獲枠制度について検証して、議会に提言するように依頼しました。アカデミーはモラトリアムを解除して、新しい個別漁獲枠プログラムを開発するように提言しました。

アカデミーが個別漁獲枠制度についてまとめたレポートがこちらです。

十分な時間を使って、国内外の事例について丹念に調べて、それを元に、米国の漁業がどうあるべきかが論じられています。古い本ですが、今日でも通用する内容が多く含まれています。2002年に個別漁獲枠プログラムのモラトリアムが解除され、Catch Shareプログラムの策定に向かいます。議会は個別漁獲枠プログラムを推進するために、2007年に米国における漁業法であるMagnuson-Stevens Actの改正を行いました。自由競争の国、米国ですら、国を挙げて漁獲枠の既得権化を進めているのです。

Catch Shareプログラムは、個々の現実の漁業の現実に合うような形で徐々に導入されています。多くのプログラムに共通する目的は、資源の保全、経済効率の改善、過剰な漁獲能力の削減、早獲り競争の抑制、海難事故の防止などです。アラスカでは、先住民の漁業権を保障するために、特別な漁獲枠が設定されています。独占を防ぐために、個々の漁業者が持てる枠には上限が決められています。米国は漁獲枠で全てを規制するつもりはなく、従来のライセンス制度、最小サイズ規制、漁期や漁場の規制などを併用しています。

成長する米国の漁業

米国の漁業の経済指標のレポートはこちらにあります。

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雇用(Jobs)は2010年から2013年の間に、12%増加しました。売り上げなど全ての経済指標が順調に増えていることがわかります。このように米国の漁業は今も成長を続けています。米国漁業の復活についてはこちらの記事にも書きました。

米国漁業の再生に果たした政府の役割について、経済学者のクルーグマンは次のように述べてます。。

ポール・クルーグマン「漁場再生:政府介入が役に立ちましてよ」

気候変動と戦うのだって,漁場を救うのとそれほどかけはなれたことじゃない.やるべきとわかりきってることをちゃんとやりさえすれば,いまどんな人が予想してるのよりも,首尾よくかんたんにやれるんだ

米国の個別漁獲枠制度の本格導入は、ノルウェーやニュージーランドよりも20年遅れてしまった。しかし、後追いならではのメリットをいかして、先行者の失敗から学び、良い仕組みをつくったと思います。米国の歩みはゆっくりかもしれないが、一つ一つ議論をしながら、改善を続けている。これからも時間をかけて、Catch Shareプログラムを増やしていくだろうし、既存のプログラムについても社会・経済的な指標を精査しながら、改善を重ねていくだろう。基本に忠実に、データに基づいて、政策決定できるところにアメリカという国の強みがあると思います。

水産庁の国会答弁を徹底検証(その1)


しばらくブログをお休みしている間にいろんなことがありました。

発端は、Wedgeの4月号にクロマグロに関する記事を執筆したことです。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4896

これまでブログに書いてきたことをまとめたような記事で、「絶滅危惧種の太平洋クロマグロには、ちゃんと卵を産ませましょう」というごく当たり前の内容です。

5月21日の参議院農水委員会で、鳥取県の舞立議員が、このWedgeの記事に関する質問を行い、水産庁長官は次のように答弁しています。

○政府参考人(本川一善君) この記事につきましては、大中型巻き網漁業による成魚、産卵をする親の魚の漁獲の一部を殊更にクローズアップをして、これが太平洋クロマグロ資源全体を危機に陥れるとの主張がなされているわけでございますけれども、私どもとしては、率直に言って公平性や科学的根拠を欠くものではないかというふうに考えているところでございます。

「科学的根拠を欠く」とまでいわれてしまったので、しっかりと反論をしていきたいと思います。国会答弁の内容はこちらで見ることができます。水産庁の主張を整理するとこんな感じです。

  1. 日本海産卵場の漁獲がクロマグロの産卵に与える影響は軽微である
  2. クロマグロ幼魚の新規加入が減ったのは海洋環境が原因
  3. クロマグロ幼魚の新規加入は成魚の資源量とは無関係に変動する
  4. 成魚ではなく未成魚を獲り控えることが重要と科学委員会が言っている

これら4つの論点について、個別に反論します。

検証1 日本海産卵場の漁獲がクロマグロの産卵に与える影響は軽微である

国会答弁での発言です。

○舞立昇治君
先ほどの縦二枚の二ページを御覧いただければと思いますけれども、二ページの下の表でございます。太平洋クロマグロの産卵量でございますけれども、日本海で三割弱、南西諸島で七割強と。仮に日本海側で、今自主規制、上限二千トンにしておりますけれども、この産卵量に与える影響は全体の六%程度ということが表で書かれております。こういったようなことで、親魚と稚魚の相関関係は確認されないほか、生存率、先ほども言われましたように海洋環境により大きく影響されるということで、ほとんど関係ないということが分かるかと思います。

舞立議員が根拠として示した円グラフは、水産庁の資料と同じものだそうです。

nazocircle

http://www.jfa.maff.go.jp/j/kanri/other/pdf/3data3-1.pdf

水産庁は、 3-5歳魚は日本海で卵を産み、6歳以上は沖縄で産むと仮定て、過去10年の太平洋での産卵量と日本海の産卵量を求めたそうです。その結果、日本海の産卵は全体の3割に過ぎず、自主規制の二千㌧漁獲をしても産卵量全体の6%に過ぎないので、大した影響は無いということです。

北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)のレポートの数値から、年齢別の産卵親魚重量を計算すると次のようになります。

ssbatage

このなかで、3-5歳が日本海、6歳以上が太平洋で産卵すると考えて、2003-2012年の産卵量をまとめてみると、水産庁が出したのと同じような円グラフが書けました。

bft03

水産庁と舞立議員は、その年の産卵量だけをみて、漁獲の影響を議論しているのですが、この考え方は、そもそも間違えています。漁獲によって失われるのは、その年の産卵だけでなく、その先の生涯の産卵機会が全て失われます。特に成熟したての若い親を産卵する場合には、その年の産卵よりむしろ将来の産卵が失われる効果が大きいのです。

境港の水揚げの大半を占める3歳魚を1尾漁獲したときの長期的な影響を考えてみましょう。まず、3歳で産むはずだった26.66kgの親魚が失われます。さらに、約78%が生き残って来年も卵を産むはずでした。翌年の4歳の産卵親魚35.6kgが失われます。失われた未来の産卵を足していくと、448kgの産卵親魚が失われたことになります。

キャプチャ

 

日本海産卵場の漁獲の主体である3歳の親魚を1トン漁獲すると、その先に卵を産むはずだった親魚が17トン失われる計算になります。水産庁は、17年ローンの初年度の返済金額のみを計算して、「「返済金額が少ない」と主張しているのです。

では、産卵場巻き網の長期的な影響を評価してみましょう。境港では、漁獲の体調組成データをとっています。このデータを使って、これらの魚が漁獲されずに生き残ったとしたら、産卵親魚量がどのぐらい増えていたかを試算したのが下の図です。

キャプチャ

 

現実の親魚資源量の推移を青線で示しました。2003年から2012年の間に半減しています。日本海産卵場の巻き網操業が無かったシナリオ(緑線)では、親魚の減少幅は半分以下に緩和され、親魚量は、現在の回復目標水準である歴史的中間値と近い水準になりました。太平洋クロマグロのモデルは、自然死亡が高すぎることが複数の研究者から指摘されています。近縁種である大西洋クロマグロやミナミマグロで使われている自然死亡率を採用すると、漁業を免れた個体が産める卵はさらに増えて、紫線のようになります。

この試算では、獲らなかった魚が生き残るところまでしか考慮していないのですが、生き残った魚が卵を産み、それが未来の加入増加につながっていく効果も期待できます。親魚量はこの試算以上に増えていたはずです。以上の試算から、2004年から巻き網が産卵場での操業を始めたために、クロマグロの親魚量が激減し、未成魚の漁獲半減といった規制が必要になったと言えます。

漁業が再生産に与える長期的な影響を考慮するには、俺がやったように、その漁業が無かった場合の親魚量を試算するのが一般的です。そういった試算をすれば、産卵場の操業が大きな影響を与えていることは明白です。産卵場の漁獲が問題視されてから10年近くの歳月が流れていますが、水産庁は未だに当然やるべき試算をせず、適当な円グラフをかいて「影響はほとんど無い」と言い張っているのです。

次回は、「クロマグロ幼魚の新規加入が減ったのは海洋環境が原因」という二番目の論点の妥当性を検証します。

 

Appendix A

3歳魚の1個体の漁獲によって失われる産卵親魚重量の試算

年齢 体重(a) 生残率(b) 失われた産卵親魚重量(a×b)
3 26.66152 1 26.66152
4 45.66521 0.778801 35.5641
5 67.7534 0.606531 41.09451
6 91.52172 0.472367 43.2318
7 115.7943 0.367879 42.59834
8 139.6713 0.286505 40.01649
9 162.5152 0.22313 36.26203
10 183.9116 0.173774 31.95904
11 203.6231 0.135335 27.55739
12 221.5456 0.105399 23.35073
13 237.6705 0.082085 19.50918
14 252.0544 0.063928 16.1133
15 264.7957 0.049787 13.1834
16 276.0169 0.038774 10.70234
17 285.8523 0.030197 8.631992
18 294.4386 0.023518 6.924532
19 301.9095 0.018316 5.529666
20 308.3918 0.014264 4.398972
21 314.0029 0.011109 3.488258
22 318.8505 0.008652 2.758597

持続的な漁業・魚食運動は、どうやら次の段階に突入したっぽい


昨日は、リディラバの安部君の話を聞きに行った。本気で世の中を変えようという人間は面白いし、とても刺激になった。

彼の話の中で、特に印象に残ったのは、「パフォーマンスの高い組織のコミュニケーションは、トップダウンからボトムアップに移行する」という話。

1)最初の段階
最初は、誰か一人がリーダーになって、組織を引っ張る必要がある。明確なリーダーがいて、フォロアーがリーダーをサポートする仕組みで、いわゆるワンマン企業のようなイメージ。こういう組織は規模が小さいうちは高いパフォーマンスを示すのだけど、組織の規模が大きくなると、リーダーのマンパワーがボトルネックになりがちだ。また、何かの事情でリーダーが不在になると、組織構造が維持できない。

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2)ネクストステップ

そこから成長できる組織は、フォロアー同士のネットワークが出来ていく。これによって、リーダーが不在でもある程度は組織の構造が維持できるようになる。

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3)最終ステップ

最終的には、いくつもの核ができて、リーダーの存在が見えなくなる。意志決定の負荷が分散していくというわけだ。

キャプチャ

 

こういう構造になると、いくらでも規模を拡張できる。こんな感じで。

キャプチャ

 

この話は、全然本筋じゃなかったんだけど、俺的には凄く腑に落ちたんだよね。自分がやってきたことが、順調に広がって、次のステップに移ったんだな、と。

10年ぐらい前に、持続的な漁業・魚食を目指す運動を始めたときは、文字通りたった一人。俺自身が動かないと何も起こらない状況からのスタートだった。その後も、俺を含む少人数のグループの活動であって、「俺の知らないところで、何かが起こる」というのは、あり得なかった。最近は、仲間が増えて、その仲間がそれぞれの得意分野で、独自な活動を始めている。その結果、同時多発的にいろいろなことが起こるようになった。俺自身がワクワクしながら、次に何が起こるのかを見守っている感じ。

検討会という茶番


先日、水産庁の資源管理あり方検討会が開かれた。この手の検討会が開かれるのは実に6年ぶりである。6年前の検討会は、資源管理反対派を集めて、資源管理をしない言い訳を並べただけだった。今回も、俺以外はこれまでと同じメンバー。水産庁OBが大勢をしめる委員たちは、「日本の漁業管理はすばらしい」と自画自賛しているだけ。今年の3月から6月まで、密度が低い会議をたった6回しただけで、国の漁業政策の方針を決めようというのだから、乱暴な話である。

水産庁にとって、この手の会議は、財務省と政治家に予算をねだるための儀式である。議論の内容ではなく、会議をやったという既成事実が重要なのだ。会議の着地点(とりまとめ)は、あらかじめ決められている出来レースだ。その証拠に、俺以外の委員は、「日本の漁業は現状でうまくいっている」と言い張って、個別漁獲枠方式(IQ方式)の問題点を並べて反対していたのだけど、会議のとりまとめは「IQを試験的に導入して、実証試験をします」という結論になる。残念ながら、検討会の内容には、大した意味がないのである。

6年前と今とで、「はじめに結論ありきの出来レース」という部分は変わらないのだが、出来レースの着地点が大きく変わった。6年前は「公的機関は資源管理をやりません」という結論の出来レースだったのだけど、今回は「とりあえずIQを試験的にやります」という結論の出来レースだった。出来レースの出口が変わったのは、水産行政を取り巻く情勢が変わったからである。6年前は「資源管理はやらないけど、業界団体に配るから予算をちょうだい」という主張が通った。でも、今は、「資源管理やるから予算をちょうだい」と言わなければ通らなくなったのだ。世論の変化が、じわじわと効いてきている。

では、水産庁もついに資源管理をやる気になったのかというと、どうもそうではない感じ。検討会で何かが決まったからと言って、物事が前に進むとは限らない。下手をすれば、逆方向に走ることだって十分にあり得る。だから、何を言っているかではなく、実際に現場で何をやっているかを見極める必要があるのだ。

検討会で、大臣許可の巻き網漁業を対象にマサバ太平洋系群にIQを試験導入することになった。それ自体は良いことだと思うのだけど、漏れ聞いてくる話を総合するととてもやる気があるようには見えない。大型の巻き網船は5隻ぐらいで船団を組んで操業する。以前は太平洋にに100を超える船団が集まったのだが、たこの足食いのような乱獲レースでつぶし合いをした結果、現在は20程度の船団しか残っていない。今回のIQの実証試験では、規模が小さな2~3船団のみに個別の漁獲枠を導入する計画らしい。個別漁獲枠の目的は、早獲り競争の抑制することによって、魚の質を向上させて、操業コストを削減することである。ごく一部の漁船にだけ形式的な漁獲枠をいれても、早獲り競争は抑制できないのだから、IQの効果が期待できないのは自明だろう。「IQの実証試験をやったけれど、効果がないからやめます」というために実証試験をしているようなものである。実証試験といいつつも、その実態は「資源管理をやらないためのアリバイ作り」なのだ。仕事をしないことにかけては、実に有能な組織である。

資源管理ごっこと本物の資源管理の違い


資源管理ごっこ(日本のスケトウダラ漁業の場合)

スケトウダラにはいくつかの独立した産卵群(系群)があり、そのうちのひとつが日本海北部系群だ。この系群は北海道の日本海側に分布しており、沿岸漁業の延縄や、沖合底引き網によって利用されている。下の図は、青い線が資源量。赤い線が漁獲割合である。1997年から、国が漁獲枠を設定して資源管理していたのだが、1997年以降も資源が直線的に減少するに従って、漁獲割合はむしろ上がっている。ブレーキをかけるどころかアクセルを踏んでいるような状態だったのだ。この資源は過去には韓国が漁獲をしていたこともあるのだが、1999年以降は日本の漁獲のみ。つまり、国内漁業の規制に失敗して、自国の貴重な資源を潰してしまったのである。

2510-04

漁獲圧にブレーキがかからなかったのは、2つの理由がある。ひとつは、資源の減少に応じて管理目標が下方修正されたこと。二つ目は科学者の提言を無視した漁獲枠設定である。

日本のTAC制度の枠組みとしては、まず、科学者が資源評価をして、資源の持続性の観点から漁獲枠(Acceptable Biological Catch)を提言することになっている。そのABCを踏まえて、行政が実際の漁獲枠(Total Allowable Catch)を設定するのである。ABCを設定する際の管理目標は毎年のように下方修正されてきた。2008年には緩やかな回復を目指すと言うことで、どこまで減ってもその時点を基準に、漁獲枠が設定できるようになった。これでは資源の減少が下げ止まらないのも当然だろう。

2004 親魚量をBlimit 20.7万㌧へ回復
2005 親魚量をBlimit 14.0万㌧に維持(Blimit変更は資源評価の修正によるもの)
2006 親魚量をBlimit 18.1万㌧に10年で回復
2007 親魚量をBlimit 18.4万㌧に15年で回復
2008 親魚量の緩やかな回復(減った水準を基準に漁獲枠を設定)

ABC(科学者の勧告)よりもさらに問題が大きいのがTAC(国が設定した漁獲枠)である。ABCを遙かに上回るTACが設定され続けているのだ。持続性を無視した漁獲枠を設定し続けたのだから、資源の減少にブレーキがかかるはずが無いのである。2006年ぐらいまでは、多くの魚種でTACがABCを上回っていた。そのことをマスメディアを通じて徹底的に非難し続けたところ、スケトウダラ日本海北部系群以外はABCと等しいTACが設定されるようになった。

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では、この資源に未来が無いかというと、そうでは無い。下の図は、様々な管理シナリオの元での資源の動態だ。たとえば、緑の線(Frec10yr)は、かなり厳しい漁獲圧の削減をすると、10年で目標水準(Blimit)まで回復する可能性があることを示している。現状は赤の線(Fcurrent)である。資源が再生産できないような強い漁獲圧を、今もかけ続けているのである。つまり、乱獲を止めれば、資源は回復するのである。

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 資源管理(ニュージーランドのホキ漁業)

このような悲劇を二度と繰り返さないために、「資源が減ったときにどうやってブレーキをかけるのか?」について議論をすべきだろう。その前提として、他国の成功事例について学んでおく必要があるだろう。同じように卵の生き残りが悪くて、水産資源が減ったときにニュージーランド政府がどのような対応をしたかを紹介しよう。

ホキは、 タラに似た白身魚であり、ニュージーランドの主力漁業。フィレオフィッシュの原料として、世界中で利用されている。

この資源のレポートはここにある。1990年代後半から、卵の生き残りが悪く、資源が減少した。NZ政府はB0(漁獲が無い場合の資源量)の40%前後を管理目標(Target Zone)、20%B0をソフトリミット(回復措置発動の閾値)、10%B0をハードリミット(強い回復措置の閾値)としている。資源状態が良かった時期を基準に、目標水準とそれ以下には減らさないという閾値が事前に設定されているのである。

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1990年代は、資源量がターゲットを大きく上回っていたことから、25万㌧という多めの漁獲枠が設定されていた。2000年に資源量がターゲットゾーンに入ると、NZ政府は徐々に漁獲枠を削減した。ちょうどこのタイミングで卵の生き残りが悪い年が数年続いたために、資源は目標水準を下回って、減少を続けた。漁獲枠の削減を続けた。2007年には、資源回復の兆しが見えてきたことから、政府が12万㌧の漁獲枠を提示したが、業界は資源を素早く回復させるために更なる漁獲枠の削減を要求し、漁獲枠は9万㌧まで削減された。その後は、資源の回復を確認しながら、徐々に漁獲枠を増やしており、現在の漁獲枠は15万㌧まで回復している。 

ニュージーランド政府が設定したホキの漁獲枠(≒漁獲量) 単位㌧

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本物の資源管理と資源管理ごっこの見分け方

資源管理ごっこと本物の資源管理を見分けるには、資源量が減少したときに、漁獲にブレーキがかかったかどうかに着目すれば良い。スケトウダラ日本海北部系群とニュージーランドのホキは、同じように卵の生き残りが悪くなって資源が減少した。日本は産官学が連携して、過剰な漁獲枠を設定し続けて、資源を潰してしまった。どれだけ立派なことを言おうとも、資源が直線的に減少していく中で、漁獲圧にブレーキがかけられなかったという事実が、日本の漁業管理システムの破綻を物語っているのである。それとは対照的に、ニュージーランドでは資源の減少に応じて漁獲圧を大幅に削減して資源回復に結びつけた。

車にたとえると、ニュージーランド漁業は、ちゃんとしたブレーキがついている車。いざというときにはきちんと止まることができる。日本はブレーキっぽい物はついているけど、本物のブレーキがついていない車。いざというときに減速ないのだから、事故が起こるのもやむを得ないだろう。

日本の漁業を守るために我々がやるべきことは、きちんと資源管理をしている諸外国から謙虚に学び、魚が減ったときに漁獲にブレーキがかけられるような仕組みを導入することである。それをやろうとせずに、ブレーキっぽい物を本物のブレーキだと言い張っているから、進歩が無いのである。

6年ぶりに「資源管理のあり方検討会」が開催されております。でもって、俺が委員です。


前回の記事で紹介した会議は平成20年なので6年も前の話です。「資源管理のあり方検討会」というのが、今年の3月から開かれています。何の風の吹き回しか解らないのですが、水産庁から委員になって欲しいという依頼がありました。「資源管理をやることを前提に、前向きに議論をしたい」という話だったので、委員を引き受けました。

資源管理のあり方検討会 概要
水産資源の適切な保存管理は、国民に対する水産物の安定供給の確保や水産業の健全な発展の基盤となる極めて重要なものです。
しかし、かつて1千万トンを超える水準にあった我が国の漁業生産は、現在は500万トンを下回る水準となっています。こうした状況の中で、水産日本の復活を果たすためには、世界三大漁場と言われる恵まれた漁場環境を活かしながら、水産資源の適切な管理を通じて、水産資源の回復と漁業生産量の維持増大を実現することが喫緊の課題となっています。
このため、現在の水産資源の状況を踏まえ、資源管理施策について検証するとともに、今後の資源管理のあり方について幅広い意見を聞くため、本検討会を開催するものです。
なお、今回の会議資料及び議事録は、後日、農林水産省のホームページで公開します。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kanri/140314.html

1)日本の水産資源に問題は無いという現状認識

会議の最初に確認をしたのですが、水産庁サイドは「日本の水産資源は総じて良好」という認識だそうです。他の委員も、それに追従。おとぎ話の世界の住人と、仮想の世界の話をしているような不思議な感じでした。どこに行っても漁業は末期的な状況で、多くの漁村が消滅の危機に瀕しているのに、霞ヶ関に集まった有識者たちは、「日本型漁業のすばらしさを海外に発信しよう」と意気投合しているのです。もちろん、日本の漁業には固有の長所がたくさんあることに異論はないのですが、多くの漁村が消滅の危機に瀕している現状で、上に立つ人間がやるべきことは、日本の漁業が抱えている問題点を特定して、解決するための方策を探すことのはずです。

「日本の漁業はまずます上手くいっていて、大きな問題は無い」というところがスタート地点なので、委員会の存在意義が不明です。水産庁の言うように「日本の資源管理が成功している」なら、検討することなど無いはずです。会議の進むべき道筋がまるで見えないので、複数の委員から「この会議では、何のために、何を議論するのか」という質問が投げかけられたのですが、水産庁からも、議長からも、明確な答えは得られませんでした。

2)あり得ない会期の短さ

年あけて2月ぐらいに委員の打診がありました。委員会では、3月末から初めて6月中旬には結果をとりまとめる予定だそうです。前回の検討会から6年も塩漬けにしておいて、いきなり「3ヶ月で結論」ですよ? たった3ヶ月で3魚種の資源管理に関する議論をして、とりまとめをするのは、どう見てもスケジュール的に無理があります。

他の委員からも「なぜ6月までに急いで結論を出すのか」という質問がでました。それに対する水産庁の返答は、「今年の予算要求に間に合わせるため」だって。議論の内容よりも、むしろ、予算請求をするために議論をした実績が重要なのでしょう。最初は、「6月からクロマグロの産卵期なので、それまでに産卵場を守る計画をきめたいのかな」と、好意的に考えていたので、がっかりしました。

3)社会的関心の高まり

6年前の会議と、委員の人選もほぼ同じ。危機感の無さも同じ。ということで、あまり前向きな議論は期待できないでしょう。にもかかわらず、今回の会議では、大きな希望を感じました。6年前の会議とは一転して、大勢の傍聴が集まったのです。

この手の会議には業界紙の記者など、ごく少数の傍聴しか集まらないのが普通です。この会議もはじめは水産庁内の小さな会議室で行うはずだったのですが、傍聴希望者があまりに多かったために、農水省の講堂に会場が変更されました。傍聴は120名も集まったという話です。テレビ、一般紙、東スポといったマスメディアも、多数取材にきました。 「やっぱり、日本人は魚が好きで、これからも魚を食べ続けたいと思っているんだ」ということを再確認しました。

クロマグロやウナギの激減によって、水産資源の持続性への関心は高まっています。「水産庁が水産資源の減少を認めるはずがない」というのが漁業村の常識であり、水産庁の会議では資源が減っていないことを前提に議論をするというのが暗黙のルールみたいです。でも、それが漁業村の外部の人間の目にはどう映るか。私の知人はこのように感じたそうです。

勝川委員の最初の問題提起「現状をどうとらえるかという共通認識を持つ必要がある」ということにしごくもっともだと思いました。それがないと話は平行線のままですからね。それにしても、「資源はおおむね安定している」という水産庁の見解には愕然としました。資源評価をしている魚種だけでも40%が「低位」なのに、よくも「おおむね安定」などと言えるものです。聞いていて恥ずかしくなりました。
漁業者の9割が「魚は減っている」と答えたというアンケート結果に対する八木委員の発言もひどかったですね。「アンケートのやり方が悪い」で一蹴してしまいました。景気についてのアンケートの例を出していましたが、もし仮に国民の9割が景気回復を感じておらず、景気回復を感じているのが0.6%だったとして、それでも日本の景気は回復していると言い張るならば、それは指標が間違っているのだと思います。

下半分の部分について説明をすると、「農水省の調査では、漁業者の9割が水産資源は減少していると回答している。増加していると答えたのは0.6%。資源は総じて良好という水産庁の見解は、漁業の現場の感覚と乖離しているのではないか」と、俺が指摘をしたのです。俺の経験から言うと、漁師は本当に魚がいなくなるまで、水産資源の減少を認めません。また、減少を認めたとしても、漁業の責任だとは認めたがりません。そういうバイアスがかかったうえで、この結果です。

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それに対して水産庁OBの八木委員が、「アンケートのやり方が悪かったから、おかしな結果になったのだろう」と言って、次の話題に移ってしまいました。ちなみに、アンケートの設問はこんな感じ。どこが悪いのかサッパリわかりません。

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水産資源の持続性は、魚を獲る人だけの問題では無く、消費者の日常生活とも密接に関わってくる問題。一人でも多くの国民に関心を持ってもらいたいです。社会の関心が高まれば、それだけ漁業村の身内の理論は通用しなくなります。その意味では、第一回目の会議は成功と言えるのではないでしょうか。ということで、第二回会議の傍聴のお知らせです。

「第2回 資源管理のあり方検討会」の開催及び一般傍聴について

開催日時及び場所

日時:平成26年4月18日(金曜日)13時30分~16時30分(予定)
会場:農林水産省 本館 7階 講堂
所在地:東京都 千代田区 霞が関1-2-1

議題

  • 第1回検討会の結果等について
  • IQ・ITQ*に関するフリートーキング
  • スケトウダラ、マサバの資源管理について
  • その他

http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kanri/140408.html

平成26年4月15日(火曜日)18時00分必着なので、まだ間に合います。水産資源に関心のある方は、傍聴してみてはいかがでしょうか?

日本は、なぜ乱獲を放置し続けるのか?水産庁の言い分を検証


当ブログでは、漁獲規制の不備によって、日本の漁業が衰退していることを繰り返し指摘してきた。多くの読者から、「なんで水産庁は規制をしないのか?」という疑問の声が上がっている。その疑問に対する水産庁の言い分を紹介しよう。

水産庁が資源管理をしない理由をまとめた背景

2007年に安倍内閣によって設置された内閣府の規制改革会議では、経済重視の観点から様々な規制が議論された。水産分野においては、無駄な規制を取り除くというよりも、漁業が産業として成り立つために必要な漁獲規制を要請する内容であった。

規制改革推進のための第3次答申-規制の集中改革プログラム-(平成20年7月2日)

詳しい内容は上のPDFのP60から先に書いてある。

水産業分野についても、農業・林業分野と同様、就業者数の減少や高齢化が進んでいる状況にあるが、それ以前に、水産資源の状態が極めて悪化しており、それ故、生産、加工、流通、販売、消費などあらゆる面の指標から見て悪循環(負のスパイラル)にも陥っている。
これによると、水産資源の減少に何ら歯止めがかかっておらず、我が国の水産資源の状況は危機的状況であると言っても過言ではない。このような状況にまで陥った要因は、我が国の資源管理の在り方にある。

(中略)

他方、海外の漁業国においては、科学的根拠に基づく資源管理を徹底し、また、漁業者においても科学的根拠に基づく漁獲を行うことで、資源回復に成功し、水産業の活性化・自立を実現した国が複数存在している。 我が国の水産業に必要なことは、有効な管理手段として何ら機能しないばかりか、更なる乱獲を促進している我が国の現行の漁業・資源の管理の仕組みを抜本的に改正することである。そのためには、海外の漁業国の成功事例を取入れ、科学的根拠に基づく資源管理を徹底することが必要であり、次のとおり、従来の資源・漁業管理手法の抜本的に改正し、漁業経営の競争環境の整備などを早期に講じるべきである。

これは閣議決定なので、水産庁としても無視はできない。ということで、水産庁は、「科学的根拠に基づく資源管理」について、検討しなければいけなくなった。

水産庁の言い分

水産庁は、「TAC制度等の検討に係る有識者懇談会」という会議を招集し、この議題を検討した。その結論(平成20年12月15日)がこれ。(リンク切れの場合はこちら

とても読みづらい文章なのだけど、要約すると、こんな感じ。

  1. 日本と海外では漁業の事情が違う
  2. 海外は漁獲能力の規制に失敗したので、公的機関による漁獲枠規制が必要になった
  3. 日本の水産資源は自主管理で適切に利用されている

つまり、「日本の漁業は業界の自主規制で適切に管理されているので、海外のような魚を巡る競争状態にはなっておらず、公的機関による規制は不要」と言うことだ。以下は、水産庁木實谷管理課長の説明の抜粋。

日本と海外は事情が違う

我が国のTAC制度導入の状況と、それから諸外国、これは後述いたします諸外国の状況とは基本的に事情が異なるということを認識しておく必要があるわけでございまして、このことについては前回のこの場におきまして、外国と事情が異なるということを明確に書くべきだというふうな御意見があったことも踏まえまして、このように整理をさせていただいております。

海外は漁業管理に失敗

諸外国におきましては、参入制限やそのトン数規制といった能力の調整が十分に行われていない中で、当該漁業における能力が向上して、努力量の増加が顕著になった。このような中で、資源の管理を図るためにいわゆるインプット、テクニカルコントロールが実施されるわけでございますけれども、漁獲能力の上昇に歯止めがかからない、また資源が悪くなったということでTAC制度が導入されたという経緯があるわけでございます。
しかしながら、導入以降もTACと漁獲能力との著しいアンバランスが生じている結果、競争が激化して、過剰投資ですとか、漁期の短縮が発生したということがOECDではまとめられているという状況にございます。

日本は問題がない

一方、我が国の漁獲可能量管理の状況でございますけれども、先ほど申し上げましたように、我が国の資源管理と申しますのは、漁業法等に基づきます隻数、トン数規制、インプットコントロール、さらにはテクニカルコントロールといういわゆるきめ細かい操業規制をベースとして行われているわけでございます。また、漁獲可能量につきましては、漁業種類ごと、また地域ごとに分割し、管理するというやり方が取られているわけで、さらに漁業者の自主的な協定に基づきまして、漁業者団体による漁獲可能量管理が行われている。ですから、いわゆるオリンピック方式とは大きく異なっているわけでございます。
次に、個別割当方式の具体的な方向性についてでございます。先ほど御説明申し上げましたように、TAC管理におきましては、大幅な漁期の短縮をもたらすようないわゆる漁獲競争は発生していないということを踏まえますと、外国のように個別割当方式を導入しなければならないような状況には至っていないということでございます。

水産庁の言い分を検証する

海外は漁業管理に失敗したのか?

「日本は漁獲努力量の管理に成功したが,他国は失敗した」と水産庁は主張しているが、漁船のトン数制限では水産資源を守ることが出来ないのは世界の常識である。漁船の漁獲能力は日進月歩だからだ。一昔前の船と、今の船では、同じトン数であっても、魚を獲る能力は桁違いなのだ。

漁具漁法の規制や、トン数の規制では、資源を守る上で十分な効果が得られない。この構造上の問題に直面した漁業先進国は、漁獲量に上限を設ける方式に移行した。テクノロジーの進化に対応できるように、規制も進化させたのである。その結果として、資源を回復させて、漁業が持続的に利益を伸ばしているのだから、資源管理に失敗したとは言わない。

日本の漁業調整は成功しているのか?

水産庁の言うように、日本の漁業がそれなりに上手くやっているなら、改革のための改革など不要である。しかし、日本の漁業は一人負けで、底が抜けたバケツのごとく公的資金を吸い込みつつ、漁村の限界集落化が進んでいる。

世界銀行レポート FISH TO 2030:世界の漁業は成長し、日本漁業のみが縮小する
予定通り、北海道日本海側のスケトウダラ資源が減少し、漁業が消滅の危機
資源回復計画が予想通り破たんして、青森県のイカナゴが禁漁となった

水産庁が胸を張る「トン数制限などのきめ細かい操業規制」の実態

日本では、実際の届け出よりもトン数を水増しして漁船を作るのが当たり前のように行われている。これは漁業の現場では周知の事実である。漁船の大きさの規制はあまり意味が無いのだが、それすらも守られていないのだ。

 

国土交通省:船舶トン数の適正化の実施

国土交通省は平成24年度、船舶のトン数が適正に維持されていることを確認するため、1,067隻の船舶について地方運輸局等の船舶測度官による立入検査を実施しました。その結果、漁船では25%の47隻、漁船以外の船舶では6%の56隻について、トン数が適正でないことを確認したため、これを是正し、トン数の適正化を図りました。

公的な規則すら守れていない現状で、自主管理に多くは期待できない。ある浜では、「みんな生活のために海区違反の違法操業をしている。自分たちの漁場には魚がいないから。獲り過ぎてしまったんだ」という話を聞いた。これが放置国家・日本の漁業の現実である。

「世界中で機能しなかった努力量規制が日本でだけ成功している」という水産庁の主張は事実ではない。他国の政府は従来の規制の限界を認めて、より実行力のある規制に移行した。それに対して、日本では、失敗を認めずに、「成功していることにしている」のである。

日本と海外は事情が違う

水産庁は「日本は状況が違う」、「日本には問題が無い」と言い張って、漁業先進国では30年前に解決積みの問題を放置したまま、今日に至っている。日本と海外の漁業の違いは、産業構造よりも、むしろ、公的機関の姿勢の差に起因する。問題を明らかにして、その解決に取り組んだ諸外国と、「問題は無い」と言い張って何もしていない日本の差が広がるのは当然である。

「都合が悪い事実は無いことにして、出来ていることにすればそれで良い」という態度は、漁業に限ったはなしでは無い。今も、この国の至る所で、同じことが繰り返されている。華々しい報道とは裏腹に、破滅的な敗戦へと突き進んだ太平洋戦争の大本営発表と同じ構図である。この構図を打破していかない限り、閉塞状況は打ち破れないだろう。

戦わなきゃ、現実と

世界銀行レポート FISH TO 2030:世界の漁業は成長し、日本漁業のみが縮小する


世界銀行が、「2030年までの漁業と養殖業の見通し」についてのレポートを公開しました(プレスリリース)。この102ページからなるレポートは、IMPACTというモデルを使って、2030年までの世界の天然魚・養殖魚の生産・消費・貿易を予測したものです。世界の漁業と日本の漁業の未来を考える上でなかなかおもしろい資料なので、キーとなる図表を引用しながら、読み解いていきます。このエントリの図は、ことわりがないかぎり、このレポートからの引用です。
カバー

 PDFをこちらからダウンロードできます。


世界と日本の漁業生産の動向(過去から現在まで)

下のFIGURE 1.2は、1984-2009年の世界の食用水産物の生産量を示した図です。一番下から上がってきている線が養殖魚(Farmed)、真ん中の横ばいの線が天然魚(Wild)、一番上の濃い線がそれらの合計(Total)です。天然の生産は横ばいだけれども、養殖の生産の増加することで、水産物全体の生産量は増加を続けています

多くの水産資源が持続性の限界近くまで利用されている現状では、今後も天然魚の生産に大幅な伸びは期待でき無いでしょう。一方、養殖はコンスタントに成長を続けています。養殖魚の餌として、天然魚由来の魚粉が利用されるケースが多いのですが、なぜ天然魚の漁獲が増えないのに、養殖魚の生産が伸びているのでしょうか。一つの理由は餌をやらないでよい粗放的な養殖の存在です。たとえば、海藻は光合成をするし、牡蠣などは餌をやらなくても水中のプランクトンをこしとって成長します。また、餌をやる魚にしても、より少ない餌で魚を成長させることが出来るようになってきました。そういったわけで、2000-2008年の間に、魚粉の生産が12%減少したにも関わらず、世界の養殖生産は63%増加しました。

キャプチャ01

下の図は、日本の漁獲統計を使って、上と同じものを作ったものです。日本の養殖生産は低空飛行で横ばい。天然魚の生産は激減です。こちらの記事でも書いたように、世界のトレンドと日本のトレンドはリンクしておらず、「養殖生産が急激に伸びている」というの世界全体の傾向は、日本には当てはまりません

キャプチャ02

 


 国と地域別の漁業生産と貿易収支

国と地域で見ていきましょう。Figure2.8が天然の生産量、Figure 2.10が養殖の生産量です。上の薄い棒線が2008年の実測データ。下の濃い棒線がIMPACTモデルの予測値です。誤差はあるものの、IMPACTモデルの値は現実とそれほど乖離が無いことがわかります。

実測データ(2008 Data)に着目しましょう。天然の漁獲量は中国がトップ。ラテンアメリカ(LAC)、東南アジア(SEA)、欧州中央アジア(ECA)が続きます。日本は、1980年代には、現在の東南アジアと同じぐらいの漁獲量があったのですが、今は見る影もありません。

養殖生産は、中国がダントツの一位です。まさに桁違いと言って良いでしょう。中国の養殖生産を牽引しているのが淡水魚の養殖です。中国では草食性の淡水魚を大量に生産しています。池に自生する藻を食べて成長するので、人間が餌をやる必要が無く、環境への負荷が少ないことから、エコな養殖業として注目されています。

天然魚の生産量養殖生産量


水産物の貿易

Figure 2.14は、輸出と輸入の差を表したものです。プラスが輸出超過の国と地域、マイナスが輸入超過の国と地域を示しています。上の薄い緑の棒が2006年の実測データ。濃い緑がIMPACTモデルの予測値です。先ほど同様に薄い緑の実測値に注目します。

ざっとまとめると、以下の2つのグループに分けることができます。

輸出超過の国と地域: ラテンアメリカ(LAC)、中国(CHN)、東南アジア(SEA)
輸入超過の国と地域: 欧州中央アジア(ECA)、北米(NAM)、日本(JAP)

ここから、途上国の水産物を、先進国が消費しているという図式を見て取ることができます。日本では、「中国が世界の魚を食べ尽くしている」と広く信じられているのだけど、中国は最大の輸出超過国です。自らが生産する以上の水産物を消費しているのは、欧州、北米、日本です

03

 


  2030年の漁業生産はどうなるのか?(2030までの将来予測)

このレポートの核心部分である将来予測について見てみよう。figure 3.1は漁業生産の実測値(実線)およびIMPACTモデルの予測値(点線)を示しています。天然魚の生産は今後も横ばい、養殖は順調に増加して、天然の生産を凌駕するというのが、IMPACTモデルの予測です。ちょっと楽観的という気もしますが、現在の世界の水産業の成長具合を考えるとこんなものかもしれません。

漁業生産の過去の変動と将来予測


 国と地域別の生産量と成長率の予測

こちらの表には、国と地域べつの生産量の予測があります。注目して欲しいのは一番右の%CHANGEです。これは2010年から2030年の間に、漁業生産が何パーセント変化するかという予測値です。世界平均では23.6%の増加で、増加の割合は、国や地域によって異なっています。マイナス成長の国と地域は日本(-9.0%)のみです。このことからも、日本漁業の衰退は,世界の中でも特異的であるかと言うことがわかります。

キャプチャ04


 まとめ(日本漁業に明日はあるか?)

日本では、以下のように広く信じられてきました。

「日本の漁業は世界の最先端」
「日本の養殖技術は世界一」
「先進国では漁業の衰退は当たり前」
「世界の魚を中国が食べ尽くしている」

これらはどれも誤りであり、データを見ればそうで無いことは一目瞭然です。正しくは、以下の通りなのです。

「日本の漁業は一人負け」
「日本の養殖業は世界でも希な衰退産業」
「漁業が衰退しているのは日本ぐらい」
「中国は最大の水産物輸出国」

当ブログでは、「世界では漁業は成長産業。日本の一人負け」と言い続けてきました。客観的に見るとそう言わざるを得ないのです。では「日本の漁業に未来は無いか」というと、そうではありません。日本の漁業が衰退しているのは、漁業のやり方が悪いのです。もちろん、今の延長線上には明るい未来は無いのですが、漁業のやり方を変えることで未来を変えていくことは可能です。最も成功している漁業国の一つであるノルウェーの政策を参考に、日本漁業の問題点を一つずつ潰していけば、日本の漁業が成長する余地はまだまだあります。具体的にいうと、「資源管理」と「マーケティング」の2つを徹底することです。次世代を産む魚をちゃんと残した上で、限られた漁獲の価値を伸ばすことです。当たり前のような話ですが、日本の漁業はこれらができていないのです。

日本は、これまで自国の漁業の構造的な問題に向き合ってきませんでした。その代わりに、「クジラが悪い」、「中国が悪い」と外部に責任転嫁してきたのです。日本人は、中国の漁業に対して非常に悪い印象を持っています。 「中国漁船は、魚がいれば根こそぎ獲ってしまう」 「中国人は、持続性を無視して、世界中の水産物を食べ尽くす」 と言うのが一般的なイメージでしょう。前者に関しては、その通りだと思います。しかし、それは日本の漁師も全く同じです(参考)。中国漁船の乱獲を他人事のように非難するだけでは無く、自国の問題としても認識する必要があります。後者に関しては、的外れもいいところです。水産物に関して言うと、中国は輸入よりも輸出の方が多いのです。つまり自給率が100%を超えているのです。このレポートのベースケースでは、2030年になっても、中国は水産物の輸出国のままです。近年、中国人の水産物の消費量が増加しているとはいえ、一人あたりの消費量は日本の半分程度です(Figure 2.12)。「世界中の水産物を食べ尽くす」という非難は、一人あたりの水産物輸入量が一番多い日本にこそ当てはまるのでは無いでしょうか。

「中国を非難して、自国の問題について思考停止する」という態度をとり続ければ、日本の漁業はますます衰退し、中国を含む海外の漁業への依存度が高まることになります。この流れを断ち切るには、「日本の漁業が一人負けである」という厳しい現実を認めた上で、「日本の漁業が衰退しているのは、日本の国内問題である」という認識を持たなければなりません。

一人あたりの食用水産物消費量

宮城県復興特区における漁民の自治の侵害について


宮城県が復興庁に申請していた「水産業復興特区(水産特区)」について、所管の水産庁は、
1)地元漁民のみでは養殖業の再開が困難である
2)地元漁民の生業の維持
3)他の漁業との協調に支障を及ぼさない
という要件を満たすと判断し、昨年4月にゴーサインをだした。これをうけて、復興庁は昨年4月23日付で、宮城県が申請していた水産特区を認定した。そして、今年の9月の漁業権の一斉更新によって、水産特区に申請をしていた有限責任会社「桃浦かき生産者合同会社(桃浦LLC)」が漁業権を得ることになった。漁業震災から、2年半が経過して、ようやくの船出である。一方で、未だに宮城県漁協は、特区に対して反対の姿勢を崩していない。

特区に関して、多くのメディアは批判的な報道を繰り返してきた。たとえば、これを読んでほしい。

視点・論点 「漁業再生」
これに対して、漁民らは漁場利用の秩序が乱れると猛反発しました。
水産特区は、漁場を自ら管理してきた、漁民の自治を無視した考えと批判されてもしかたないのです。
民主主義を重んじる漁民の自治を排除した、漁民不在の構想でした。

NHKの視点・論点といえば、社会的な影響力がある番組だ。そこで、「水産特区は、漁民の自治の排除である」と非難されている。「NHKが呼んでくるような立派な専門家がいうなら、そうなんだろう」と一般の人は思うだろう。筆者は全く逆の意見を持っている。漁民の自治の結果が水産特区であり、それに反対している宮城県漁協の方が漁民の自治を侵害していると思う。一般の人には、「漁業権」といわれても、なじみが無いだろうから、「漁業権とは、そもそもどういうものなのか」から、じっくり説明しよう。

漁業権って何?

農業と漁業の大きな違いは、生産基盤が私有物か共有物かということだ。農業の場合、土地は農家の私有物である。自分の土地で農業を営むには、特別な「農業権」を取得する必要ない。「土地の所有権=農業権」なのだ。一方、海や河川は、公共の空間であり、漁師の私有物では無い。これらの「公共の空間で排他的な漁業をする権利」が、「漁業権」である。ちなみに、陸上養殖(陸上にいけすをつくって行う養殖)の場合は、農業と同じく漁業権は必要が無い。

ポイント その1
農業の生産基盤 → 農地 → 農家の私有物 → 土地の所有権がすなわち農業権
漁業の生産基盤 → 海・河川 → 公共用物 →  公共の水面で漁業を行うには漁業権が必要

「海はみんなのもの」というルールだけでは、漁業という産業は成り立たない。たとえば、「共有の土地で農業ができるか」を考えてみよう。共有地の作物は、誰の物でも無いので、誰でも収穫できてしまう。この状態では、まともな農業は成り立たない。沿岸漁業も同じように、誰でも獲れる状態では、獲った者勝ちになる。外から誰でもやってきて、自由に獲れる状態では、利益が出ないような状態になってしまうのは時間の問題である。ということで、海はみんなのものだけれど、「そこで排他的に漁業をする権利(すなわち漁業権)」を、認めておく必要があるのだ

漁業権の歴史

貝塚などの遺跡からもわかるように、有史以前から、沿岸の住民は漁業を行ってきた。自分が住んでいる前浜を、自家消費に近いかたちで利用していたのだろう。現在の日本漁業制度の起源は、江戸時代といわれている。昔から、沿岸のアワビや海藻などをめぐって、漁業者間の紛争が絶えなかった。江戸幕府はそれぞれの漁村集落の縄張りを定めて、前浜の排他的利用権(および納税の義務)を認めたのである。このように地域集落に漁業権を与える方式は、地域漁業権(regional fisheries right)と呼ばれ、日本以外でも、伝統的に利用されてきた一般的なやり方である。

当時の日本の漁船は、一本の櫓(ろ)をつかう和船であった(時代劇の渡し船をイメージしてほしい)。漁業権が設定されたのは、和船の櫓が海底につくところまで。つまり、沿岸のごく浅い場所のみに地域集落の排他的漁業権を認めたのである。当時は遊泳性の魚を乱獲するほどの漁獲技術が無かったので、資源を巡る競争が無い沖まで線引きをする必要は無かったのである。これが、いわゆる「沖は入り会い、根は地付き」という制度である。

くわしくはこちらを読んでください。→ http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h21_h/trend/1/t1_11_2_3.html

川とか海に面している土地の所有者が、その土地の地番先の川とか海の公有水面を利用出来る権利を、地先権(ちさきけん)と呼ぶ。日本の漁業権制度の根底にあるのが地先権なのだ。漁業の場合は、個人では無く、地域コミュニティーが、地先権としての漁業権を伝統的に行使してきた歴史がある。地先権は、慣習上の権利であり、法律上の権利ではない。そこで、地元漁業者の地先権を保障できるように、漁業法という法律があり、地域の漁民がつくる漁協に漁業権を与えている。漁業権の行使について、その地域の漁業者が話し合う場として、それぞれの浜に漁協を組織した。「沿岸漁場の利用は、そこで漁業をしている漁業者がみんなで話し合って決める」ということ。

ポイント その2
日本の漁業権の基礎にあるのが地先権。地先権を尊重する漁業権運営をするために、漁協に漁業権が与えられている。

かつては、日本の沿岸の至る所に、漁協があった。昭和42年には全国に2443の漁協があり、それぞれの漁場を分割統治していたのだ(http://www.jfa.maff.go.jp/hakusyo/11do/11hakusyo.htm)。浜の意志決定機関である漁協が決めたルールで漁場が利用されるという点では、地先権に基づく地域コミュニティーによる自治が成り立っていたのだ。(残念ながら、民主的とは言いがたい運営がされている漁協も多々あるのだけれど)

平成の大合併

1970年代から、日本の漁業は衰退の一途をたどった。漁師の子供は漁業を継がず、高齢化が進み、漁業者の数はピーク時の1/5まで減少した。漁協の存続には、最低25人の正組合員が必要になる。正組合員の資格を得るには、年間100日漁業に従事する必要がある。原則として、25人の正組合員がいない漁協は解散するか、合併することになる。

新規加入が途絶えた状態で、高齢化が進み、25人の組合員が確保できない漁協が急増した。引退してほとんど漁に出ていない人を正組合員として登録して、数あわせをしていた漁協も少なくない。着実に漁村の限界集落化が進む中で、こういった一時しのぎは限界に達していた。

本来ならば、地域の漁業を支えるのに最低限必要な人員を確保できるように、漁業の生産性を改善した上で、外部から参入できるような仕組みを作らなければならなかったのだが、そうはならないのが日本の漁業村だ。これまでの枠組みを維持しつつ、正組合員の数あわせをするために進められたのが、漁協の大規模合併である。「県の漁協を一つにまとめてしまえば、組合員不足の危機は乗り越えられる」という考えだ。また、組織をまとめることで、財政が悪い漁協を護送船団方式で守ろうという意図もあっただろう。漁協の生き残りのために大型合併を、水産庁と地方行政が協力に後押しした。

漁民の高齢化・減少が深刻な宮城県でも、2007年に県内のほとんどの漁協が合併し、JF宮城(宮城県漁協)になった。一般的に、経営が悪い漁協は合併を望み、経営が良い漁協は合併をいやがる。単独でやっていける漁協が、業績が悪い漁協と経営統合したくないのは当然だろう。宮城県の中でも経営状況が良かったいくつかの漁協は合併に抵抗したが、、結局は2009年に併合させられてしまった。その直後に震災である。

桃浦の漁民はなぜ特区を申請したのか?

話を水産特区に戻そう。特区を申請した宮城県石巻市の桃浦地区では、残った漁民全員が60歳以上の高齢で、後継者がいなかった。なんでも、女の子ばかりが産まれたらしい。震災前から、「もう5年先は無いだろう」という状態であった。緩やかに消滅に向かっていた浜が津波で流された。この浜の主要な漁業は、カキ養殖である。養殖の資材をゼロからそろえるとなると、それなりの資金が必要になる。高齢で、跡継ぎがいない桃浦の漁民にとって、ゼロから立ち上がるのは困難であり、このままでは皆が廃業せざるを得ない状況であった。

桃浦の漁民は話し合いをした結果、自力での復興は困難と考えて、宮城県の水産特区を利用することにした。桃浦地区のカキ養殖の漁業者14名が,有限責任会社「桃浦かき生産者合同会社(桃浦LLC)」を設立し,地元の水産物卸売会社の仙台水産が経営参画した。桃浦地区には、刺網の漁業者が1名いるが、漁業形態が完全に異なるために、特区には参加していない。

震災前から、桃浦で漁業をしてきた人間15人中、14人が特区を利用する決断をしたのだから、桃浦の漁民の総意といっても差し支えないだろう。「当事者の合議制で漁場の利用を決める」という本来の考えに従えば、彼らの意見が優先されるのは当然である。もし、桃浦漁協が存在したなら、桃浦特区は何の問題も無かったはずだ。実際に、地元の合意の元で企業が漁業に参入している例は、いくつか存在する。静岡県では、「雇用と漁場を守るには、それなりの資本が必要」という判断から、企業を定置網に参入させている。その結果、地元に雇用がうまれ、漁師の平均年齢は60代から、30代に若返った。合併前なら、何ら問題が無かったのである。

桃浦地区が合同会社形式になったとしても、他地区の漁業活動に支障を及ぼすとは考えづらい。なぜなら、牡蠣の養殖は桃浦の漁場で完結しているので、余所の浜ともめる要因が無いのだ。俺が周辺の浜の漁業者と話をしたときには、「桃浦の人たちとは、小学校から一緒で、彼らの苦しい状況はわかる。応援したい気持ちはあるが、県漁協から反対するように言われて、しかたなく反対している」と、苦しい胸中を語ってくれた。去年の8月に牡鹿半島を訪問したときには、道沿いに下の写真のようなのぼりがずらっと並んでいたが、浜を分断しているのは、いったい誰なのか。
nobori

今後の漁業権のあり方を考える

宮城県の復興特区にまつわる一連の騒動から、今後の漁業権のあり方を考えてみよう。漁協の大型合併を機に、漁業権の法的な主体が、浜ごとに設置された漁協(単協)から、県漁協という大きな組織に移行した。宮城県漁協は、宮城県全体の組織であり、それぞれの浜の代弁者では無い。漁業権を前浜は失ってしまったのである。

平時に、これまで通りの漁業活動を行うならば、漁業権の法的主体の変化は、大きな摩擦を起こさなかっただろう。現に、県一漁協に合併をした他の県ではそれほど大きな問題は今のところ生じていない(いろんな県の漁業者と話をしたが、合併して良かったという声は皆無だけど)。宮城県では、桃浦の漁民が特区を選択したことによって、地域漁民と県漁協が対立構図になり、この問題が顕在化した。宮城県漁協からみれば、「俺たちの権利を勝手に切り売りしやがって」ということになるだろうし、逆に、桃浦の漁民からすれば「なぜ、前浜のことが自分たちで決められないのか」ということになる。

漁業権が漁協に与えられた経緯を考えれば、宮城県漁協と桃浦のどちらの主張が正当化は明らかだろう。そもそも、地元漁民が地先権を行使できるように漁協に漁業権を与えていたのである。その理念に立ち返れば、桃浦の漁民の選択が優先されるべきなのだ。しかし、漁業法がつくられた当時には予想もできなかった沿岸漁業の衰退と、漁協の大合併によって、漁協がそれぞれの浜の代表機関では無くなってしまった。県一漁協という大組織が漁業権を持っているが故に、地域漁民の自治(地先権の行使)が妨げられるという本末転倒な事態になっている。漁民の自治が、漁協や漁業権によって、疎外されているのである。

宮城県に限らず、多くの都道府県で、漁協の合併が進んでいる。今は、顕在化していないかもしれないが、いずれ地域漁民が変化を望んだときに、宮城県と同じ状況に陥る可能性はある。地域の漁業の消滅を食い止めるには、漁業の生産性の改善(漁師が魚を獲って生活できるようにすること)が不可欠である。特区が最良の回答かどうかはわからないが、当事者である漁民が新しいことにチャレンジしようというのを、漁業権によって妨害されるのはおかしな話である。地先権を漁業権の根拠という基本理念に立ち返るなら、県一漁協ではなく、各支所に漁業権の行使の最終決定が出来るようにすべきだと思う。

視点・論点では何が語られなかったのか?

ということで、NHKの視点・論点 「漁業再生」とは全く逆の結論に到達したのだが、視点・論点の文章を読み返しながら、そうなった原因を考察してみよう。

一番のポイントは、視点論点では、特区に賛成の漁民の存在が完全に無視されていることだ。

以上の二つの例は、民主主義を重んじる漁民の自治を排除した、漁民不在の構想でした。
漁民らは漁場利用の秩序が乱れると猛反発しました。確かに、漁民らの主張は否定できません。
行政庁は、一方的に復興方針を決めて押しつけるのではなく、漁民の自治を尊重しつつ、その意向を通して、復旧・復興を進めていくことが肝要です。

漁民の反対を押し切って、知事が独断で企業を参入させようとしているというような論調である。当事者である(地先権をもっている)桃浦の漁民が、特区を選択したという重要な情報が抜け落ちている。宮城県知事が地元漁民の意向を無視して、企業を押し込んでいるなら、非難されても仕方が無いのだが、実際は地元漁民が選択したから、桃浦の特区が成立したのである。

ここでいう漁民とは、ようするに宮城県漁協のことである。宮城県漁協の方針の賛同しないは、漁民と見なされないのだろうか。一番の当事者である桃浦漁民の存在を無視することで、「宮城県漁協 VS 桃浦地区の漁民」という対立構図を、「漁民 VS 企業」という構図にすり替えているのだ。この論者が守りたいものは、地先権に基づく漁民の自治権ではなく、漁協の既得権としての漁業権なのだろう。

その他の反対理由についても、俺には理解しがたい。

同じ漁場の中で複数の漁民が養殖業を営む場合には、もめ事が多くなります。そのため、漁民らは漁業権行使規則などの自主ルールを策定して、それに基づいて喧嘩にならないよう漁場を共同管理しています。漁協はまさに漁民の自治の場です。漁協に漁業権の管理権が優先的に免許される理由はここにあります。

とあるが、桃浦で牡蠣養殖をしているのは、特区のメンバーだけ。牡蠣の養殖は、場所を固定して行うので、他の浜との競合は起こりえない。水産庁がきちんと調べたうえで、「他の漁業との協調に支障を及ぼさない」と判断したことからも明らかだろう。

これまで漁民は、漁業権という「権利」を得るだけでなく、漁場利用のためのコストを支払って、秩序形成を図ってきました。それは漁民の「責任」です。そのような漁民らと、「責任」を背負わなくて良い漁民会社とが、もし漁場で競合することになれば、漁場紛争は避けられません。

たしかに、漁場維持のために漁民がコストを払ってきたのは事実である。その責任が企業だから、免除されるというのは、おかしな話である。企業にも、漁協と同等の責任を負わせれば良い。それだけの話だろう。また、漁業権を行使する上で負うべき責任については、きちんと議論をする必要があると思う。組合であろうと、企業であろうと、資源の持続性に対する責任を負うべきである。

桃浦特区があまりに誤解されているので、見るに見かねて、このエントリを書いてみた。ただ、本来はこういう説明は、部外者の筆者の仕事では無い。新しい枠組みを作ろうというなら、その枠組みの正当性を外部の人間に認めさせるのは、当事者の義務である。今後は、当事者の積極的な情報発信に期待したい。

水産業における世界の常識と日本の非常識


BBCに水産資源管理の記事が掲載された。なかなか面白い記事なので、要約をしてみた。

Collective rights ‘offer hope for global fisheries’

http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-24209950

アイスランドのアーナソン教授の見解。(Prof Arnason outlined his views at the ICES science conference in Iceland.)

世界の水産資源は乱獲と、生態系の破壊という深刻な問題を抱えている。
一部の海域では、水産資源の減少が停止したようである(オセアニアや北米の資源管理をしている国のことを指す)
世界中の最も貴重な水産資源は壊滅的な状況だが、良いニュースもある。乱獲問題を解決する方法がすでに発見されているのだ。
その方法とは、個人の漁獲権利を保障するような枠組みの漁業管理を導入することで、操業者が、長期的な視点から、漁業の持続性や資源回復に関心を抱くようにすることだ。。

“We have a severe problem of over-exploitation of global fish stocks, with the associated damage of marine ecosystems,” he told BBC News ahead of his presentation.
“There is some indication that things may have stopped declining – at least in some parts of the world.
“However, we have essentially devastated the world’s most valuable fish stocks but the good news is that we basically know how to solve the problem.
“That is by installing fisheries management regimes based on individual rights to fisheries or fishing communities so that operators, on behalf of the population, will find it in their own interests to treat the fisheries carefully and sustain or even rebuild them with long-term benefits to them and others.”

 

漁場に行って、捕れる魚を捕らなければ、他の人間が漁獲してしまう状況では、乱獲をしなかった漁業者は、結果として、さらに多くを失うことになる。漁業者間の協調関係がなければ、乱獲をせざるを得ない状況に追い込まれる。そうすることが良くないことだと解っていたとしても。これが、共有地の悲劇である。

“If you are only one of many and you cannot co-ordinate your actions with others then you are almost forced to overexploit, even if it is against your better knowledge.
“But if you do not go out and take what you can then others will and you will lose even more – this is the tragedy of the commons,” said Prof Arnason,

機能することが経験的に知られている唯一の方法は、個人の所有権を認めることです。

“The only system that empirically has been found to function have been based on private property rights,” he recalled.

一般的に行われているのは、漁場の利用権を漁業者グループに与えることです。これは地域漁業権と呼ばれています。こういう方法は貝のような定住性の資源を管理する場合に有効です。

“In fisheries, this is usually done by saying that an area of the ocean belongs to a group – this is called territorial rights. It works pretty well if you have sedentary species, such as shellfish.

移動性の資源では定量的に漁獲する権利を与えるのが一般的です。全体の漁獲枠を定めた上で、たとえばその1%と言った具合に、決まった割合を個人に配分します。

“When you are dealing with fish stocks that are moving about then you usually have quantitative catch rights. So out of the total allowable catch for that particular stock, you would get a fixed [allocation], for example 1%.

そうすれば仲間の漁業者と競争をしないで済むのです。その権利が長期的なものであれば、漁業者は水産資源の持続性に関心を払うようになります。水産資源/生態系が良い状態に保たれることによって、自分に配分される漁獲枠が増えるからです。

“You then do not have to race or compete against your fellow fishermen. If this right is a long-term right, you also have a greater interest in the welfare of the fish stock and ecosystem because the amount you are allowed to catch increases as the state of the fish stocks/ecosystem improves.

会社の株主が、会社の成功を望むような感じになるのです。

“So you become a little bit like a shareholder in a company, you want the company to succeed.”

こういった管理を行うには、強制力と監視が必要になります。そのための費用は先進国では大した負担にはなりません(水揚げ金額の3%ぐらいです)。しかし、何千もの小規模でローテクな漁船がひしめいている途上国では、管理コストが問題になります。

But he explained that these measures have to be enforced and monitored.
While, he argued, this was not prohibitively expensive in fleets of industrialised nations (about 3% of the value of the landed catch), it became problematic in many developing nations, where fisheries were made up from thousands of small-scale low-tech fishing vessels.

管理費用がまかなえない途上国では、漁業者のコミュニティーに漁業権を与える方式が良いだろう。
その場合には、すでに減少した資源をどのように回復するかという難しい問題がある。
世界の漁業はこちらの方向に向かっているので、私はその未来については楽観している。

 総評

「小規模定住性資源は地域漁業権で、遊泳性資源は個別漁獲枠方式で」という彼の主張は、世界の水産資源研究者の間では常識になっている。本当に当たり前の話なんだけど、その当たり前の話が理解できている研究者が日本にはほとんどいない。日本では、細かく区切った漁場の排他的利用権を地元の漁協に与えている。この方式で管理しうるのは小規模定住性の資源だけ。この場合、移動性の魚は、「誰かに獲られる前に獲っておけ」と言うことになる。日本では、サバもクロマグロも商業価値が出るまえの未成魚の段階でほとんど漁獲されてしまう。なぜそういうもったいない捕り方をするかというと、「自分が獲らなくても他の誰かが獲ってしまうから」だ。日本の漁業は、この記事で批判されているような「仲間との競争で乱獲をせざるを得ない状況」にあるのだ。

キャプチャ

遊泳性の資源は国が全体の漁獲量の調整をしたうえで、早獲り競争にならないように、漁獲枠を個別配分しなければならない。そうしなければ、魚の奪い合いになってしまう。「早獲り競争を放置していたら漁業が非生産的になる」というのは水産資源学の常識なのだが、日本の水産業はまさにその状態にある。構造的な問題を放置したまま、場当たり的に補助金を配って、問題をごまかしてきた。

ノルウェーでは、この記事で書かれているように、全体の漁獲枠を定めた上で、個々の漁業者に漁獲枠を個別配分をしている。漁業者は、自分の取り分が確保されているので、ライバルよりも早く魚を捕る必要が無い。だから、一番良い時期に、一番価値が高いサイズのサバを捕るように努力をする。日本で獲っているような未成熟な小型のサバの群れは、注意深く避けて操業する。結果として、日本ではサバが安定供給できないが、ノルウェーでは良質のサバが安定供給できる。日本のサバの加工品は、押し寿司にせよ、へしこにせよ、ほとんどがノルウェー産だ。この違いは、日本とノルウェーの漁業者のモラルの問題では無い。この状況を招いたのは、遊泳性の資源を適切に利用する上で必要な漁獲規制が日本には無いからである。日本の漁獲制度の欠陥の問題なのだ。

日本がやるべきことは決まっている。アジ・サバ・イワシ・クロマグロなど遊泳性の資源に個別漁獲枠制度を導入することである。この記事にも書かれているように、この方法が大規模資源の乱獲を解消する特効薬なのだ。

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