当ブログでは、漁獲規制の不備によって、日本の漁業が衰退していることを繰り返し指摘してきた。多くの読者から、「なんで水産庁は規制をしないのか?」という疑問の声が上がっている。その疑問に対する水産庁の言い分を紹介しよう。
水産庁が資源管理をしない理由をまとめた背景
2007年に安倍内閣によって設置された内閣府の規制改革会議では、経済重視の観点から様々な規制が議論された。水産分野においては、無駄な規制を取り除くというよりも、漁業が産業として成り立つために必要な漁獲規制を要請する内容であった。
規制改革推進のための第3次答申-規制の集中改革プログラム-(平成20年7月2日)
詳しい内容は上のPDFのP60から先に書いてある。
水産業分野についても、農業・林業分野と同様、就業者数の減少や高齢化が進んでいる状況にあるが、それ以前に、水産資源の状態が極めて悪化しており、それ故、生産、加工、流通、販売、消費などあらゆる面の指標から見て悪循環(負のスパイラル)にも陥っている。
これによると、水産資源の減少に何ら歯止めがかかっておらず、我が国の水産資源の状況は危機的状況であると言っても過言ではない。このような状況にまで陥った要因は、我が国の資源管理の在り方にある。(中略)
他方、海外の漁業国においては、科学的根拠に基づく資源管理を徹底し、また、漁業者においても科学的根拠に基づく漁獲を行うことで、資源回復に成功し、水産業の活性化・自立を実現した国が複数存在している。 我が国の水産業に必要なことは、有効な管理手段として何ら機能しないばかりか、更なる乱獲を促進している我が国の現行の漁業・資源の管理の仕組みを抜本的に改正することである。そのためには、海外の漁業国の成功事例を取入れ、科学的根拠に基づく資源管理を徹底することが必要であり、次のとおり、従来の資源・漁業管理手法の抜本的に改正し、漁業経営の競争環境の整備などを早期に講じるべきである。
これは閣議決定なので、水産庁としても無視はできない。ということで、水産庁は、「科学的根拠に基づく資源管理」について、検討しなければいけなくなった。
水産庁の言い分
水産庁は、「TAC制度等の検討に係る有識者懇談会」という会議を招集し、この議題を検討した。その結論(平成20年12月15日)がこれ。(リンク切れの場合はこちら)
とても読みづらい文章なのだけど、要約すると、こんな感じ。
- 日本と海外では漁業の事情が違う
- 海外は漁獲能力の規制に失敗したので、公的機関による漁獲枠規制が必要になった
- 日本の水産資源は自主管理で適切に利用されている
つまり、「日本の漁業は業界の自主規制で適切に管理されているので、海外のような魚を巡る競争状態にはなっておらず、公的機関による規制は不要」と言うことだ。以下は、水産庁木實谷管理課長の説明の抜粋。
日本と海外は事情が違う
我が国のTAC制度導入の状況と、それから諸外国、これは後述いたします諸外国の状況とは基本的に事情が異なるということを認識しておく必要があるわけでございまして、このことについては前回のこの場におきまして、外国と事情が異なるということを明確に書くべきだというふうな御意見があったことも踏まえまして、このように整理をさせていただいております。
海外は漁業管理に失敗
諸外国におきましては、参入制限やそのトン数規制といった能力の調整が十分に行われていない中で、当該漁業における能力が向上して、努力量の増加が顕著になった。このような中で、資源の管理を図るためにいわゆるインプット、テクニカルコントロールが実施されるわけでございますけれども、漁獲能力の上昇に歯止めがかからない、また資源が悪くなったということでTAC制度が導入されたという経緯があるわけでございます。
しかしながら、導入以降もTACと漁獲能力との著しいアンバランスが生じている結果、競争が激化して、過剰投資ですとか、漁期の短縮が発生したということがOECDではまとめられているという状況にございます。
日本は問題がない
一方、我が国の漁獲可能量管理の状況でございますけれども、先ほど申し上げましたように、我が国の資源管理と申しますのは、漁業法等に基づきます隻数、トン数規制、インプットコントロール、さらにはテクニカルコントロールといういわゆるきめ細かい操業規制をベースとして行われているわけでございます。また、漁獲可能量につきましては、漁業種類ごと、また地域ごとに分割し、管理するというやり方が取られているわけで、さらに漁業者の自主的な協定に基づきまして、漁業者団体による漁獲可能量管理が行われている。ですから、いわゆるオリンピック方式とは大きく異なっているわけでございます。
次に、個別割当方式の具体的な方向性についてでございます。先ほど御説明申し上げましたように、TAC管理におきましては、大幅な漁期の短縮をもたらすようないわゆる漁獲競争は発生していないということを踏まえますと、外国のように個別割当方式を導入しなければならないような状況には至っていないということでございます。
水産庁の言い分を検証する
海外は漁業管理に失敗したのか?
「日本は漁獲努力量の管理に成功したが,他国は失敗した」と水産庁は主張しているが、漁船のトン数制限では水産資源を守ることが出来ないのは世界の常識である。漁船の漁獲能力は日進月歩だからだ。一昔前の船と、今の船では、同じトン数であっても、魚を獲る能力は桁違いなのだ。
漁具漁法の規制や、トン数の規制では、資源を守る上で十分な効果が得られない。この構造上の問題に直面した漁業先進国は、漁獲量に上限を設ける方式に移行した。テクノロジーの進化に対応できるように、規制も進化させたのである。その結果として、資源を回復させて、漁業が持続的に利益を伸ばしているのだから、資源管理に失敗したとは言わない。
日本の漁業調整は成功しているのか?
水産庁の言うように、日本の漁業がそれなりに上手くやっているなら、改革のための改革など不要である。しかし、日本の漁業は一人負けで、底が抜けたバケツのごとく公的資金を吸い込みつつ、漁村の限界集落化が進んでいる。
世界銀行レポート FISH TO 2030:世界の漁業は成長し、日本漁業のみが縮小する
予定通り、北海道日本海側のスケトウダラ資源が減少し、漁業が消滅の危機
資源回復計画が予想通り破たんして、青森県のイカナゴが禁漁となった
水産庁が胸を張る「トン数制限などのきめ細かい操業規制」の実態
日本では、実際の届け出よりもトン数を水増しして漁船を作るのが当たり前のように行われている。これは漁業の現場では周知の事実である。漁船の大きさの規制はあまり意味が無いのだが、それすらも守られていないのだ。
国土交通省は平成24年度、船舶のトン数が適正に維持されていることを確認するため、1,067隻の船舶について地方運輸局等の船舶測度官による立入検査を実施しました。その結果、漁船では25%の47隻、漁船以外の船舶では6%の56隻について、トン数が適正でないことを確認したため、これを是正し、トン数の適正化を図りました。
公的な規則すら守れていない現状で、自主管理に多くは期待できない。ある浜では、「みんな生活のために海区違反の違法操業をしている。自分たちの漁場には魚がいないから。獲り過ぎてしまったんだ」という話を聞いた。これが放置国家・日本の漁業の現実である。
「世界中で機能しなかった努力量規制が日本でだけ成功している」という水産庁の主張は事実ではない。他国の政府は従来の規制の限界を認めて、より実行力のある規制に移行した。それに対して、日本では、失敗を認めずに、「成功していることにしている」のである。
日本と海外は事情が違う
水産庁は「日本は状況が違う」、「日本には問題が無い」と言い張って、漁業先進国では30年前に解決積みの問題を放置したまま、今日に至っている。日本と海外の漁業の違いは、産業構造よりも、むしろ、公的機関の姿勢の差に起因する。問題を明らかにして、その解決に取り組んだ諸外国と、「問題は無い」と言い張って何もしていない日本の差が広がるのは当然である。
「都合が悪い事実は無いことにして、出来ていることにすればそれで良い」という態度は、漁業に限ったはなしでは無い。今も、この国の至る所で、同じことが繰り返されている。華々しい報道とは裏腹に、破滅的な敗戦へと突き進んだ太平洋戦争の大本営発表と同じ構図である。この構図を打破していかない限り、閉塞状況は打ち破れないだろう。
戦わなきゃ、現実と
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