日本政府は、水産業における人手不足への対応として、外国人労働者の受入れを進めている。
技能実習に加えて、2019年には在留資格「特定技能」が導入された。さらに2023年には、漁業も特定技能2号の対象に追加された。特定技能2号には在留期間の上限がなく、配偶者や子どもの帯同も認められる。外国人を一時的な労働力としてではなく、長期的な漁業の担い手として受け入れる制度である。
水産庁も、特定技能2号の外国人について、単なる人手不足対策ではなく、「地域において優秀な漁業人材として末永く活躍」することを期待している。今後は育成就労制度によって外国人を受け入れ、3年間の就労を通じて特定技能1号の水準まで育成し、その後も日本の漁業で働いてもらう仕組みが整えられようとしている。
しかし、この政策には根本的な疑問がある。
日本の漁業で人が集まらないのは、本当に「働く人の数が足りない」からなのか。
魚が減り、漁獲が不安定になり、将来の所得が見通せない。そのため漁業者自身が、自分の子どもに漁業を継がせたがらない。このような状態を放置したまま、外国人を新たな担い手として呼び込むことは、果たして責任ある政策なのだろうか。
増産目標からつくられた「人手不足」
水産庁は、漁業分野で深刻な人手不足が生じるとして、外国人労働者の受入れを正当化している。
その人手不足の計算方法を見ると、問題の所在がよく分かる。
水産庁は、2022年度の魚介類生産量348万トンに対して、2028年度の生産目標を460万トンと設定し、その生産に必要な就業者数を17万人と推計した。一方、高齢化などによって実際の就業者は10万7,300人まで減少すると見込み、その差である6万2,700人を「人手不足」としている。
そして、生産性向上や国内人材の確保によって4万5,300人分を補っても、なお不足する1万7,400人程度を、特定技能や育成就労による外国人で補うという考え方である。
ここで重要なのは、この6万2,700人が、現在の漁業生産を維持するための不足人数ではないことである。
将来、生産量が460万トンまで増えるという前提を置き、その増産に必要な人数を逆算している。つまり、水産庁がいう「人手不足」の相当部分は、現実の求人の未充足ではなく、政府が設定した増産目標によってつくられた数字である。
繰り返されてきた非現実的な増産計画
日本の水産基本計画は、これまでも繰り返し生産量の維持や増加を目標に掲げてきた。しかし、実際の漁業・養殖業生産量は直線的に減少している。

過去の水産基本計画でも、生産量は目標を下回り、増産目標は達成されなかった。水産庁自身も、漁業・養殖業生産量について、「海洋環境の変化や水産資源の減少等により緩やかな減少傾向が続いている」と認めている(水産庁、令和5年度 水産白書)。
2024年の生産量は前年から約19万トン減り、約364万トンまで落ち込んだ。マイワシ、サバ類、サンマなど主要資源も低水準にあり、漁獲量が大幅に増える見通しはない。
それにもかかわらず、政府は今回も増産を前提に人手不足を計算している。資源状態や過去の実績を見れば、数年で生産量が100万トン以上増えるという想定は非現実的である。
政府は、実現性のない政策目標を将来予測のように扱い、そこから算出した人手不足を根拠に、在留期間の上限がなく、家族帯同も可能な外国人労働者の受入れを広げている。しかし、目標を掲げることと、その実現可能性を示すことは別である。増産目標を先に置き、達成に必要な労働力を「不足」と呼ぶのは、論理が逆転している。
背景には、漁業現場が低コストの労働力を求めている事情がある。外国人労働者を受け入れれば、現在の経営体を一時的に延命できるかもしれない。しかし、それでは低収益・低賃金の構造が温存されるだけである。
必要なのは、外国人で人手を補うことではない。資源を回復させ、適正な賃金を支払える産業に転換し、日本人にとっても働く価値のある雇用をつくることである。
本当に必要なのは、増産ではなく減産である
日本の水産業が置かれている状況を考えれば、まず必要なのは増産ではない。
資源が減少し、漁獲圧が過大な状態にあるなら、持続可能な水準まで漁獲量を減らさなければならない。
その上で、減少した漁獲量でも漁業者が生活できるように、産業の規模と構造を調整する必要がある。
必要な政策は、次の二つである。
- 漁獲量を持続可能な水準まで減らすこと。
- 減産の痛みを緩和しながら、その漁獲量で成り立つ産業構造へ転換することである。
減産すれば、すべての船、すべての経営体を現在のまま維持することはできない。減船、廃業補償、転職支援、経営統合、省力化、高付加価値化などを組み合わせ、資源量に見合った規模へ移行しなければならない。
漁獲量が減る一方で、漁船数、経営体数、加工能力、雇用だけを維持しようとすれば、一経営体当たりの漁獲機会は減り、経営はさらに苦しくなる。
本来は、限られた漁獲量を適正な数の経営体で利用し、一人当たり、一経営体当たりの所得を高める必要がある。
実際の政策は逆を向いている
ところが、日本政府が実際に進めている政策は、この方向とは逆である。
第一に、過去に何度も達成できなかった増産計画を、再び将来の前提として置く。
第二に、漁獲枠を削減すれば漁業者の経営が成り立たないという反対を受け、科学的な資源状態よりも漁業者の意向を配慮して、過大な漁獲枠を認めている。
第三に、低収益と低賃金のため国内で労働者が集まらない経営体に、外国人労働者を供給する。
この三つは、別々の政策ではない。
増産目標があるから、必要な就業者数が大きく計算される。
その人数と現実の就業者数との差が、「深刻な人手不足」と呼ばれる。
人手不足とされるから、外国人労働者の受入れが必要だという結論になる。
外国人を受け入れて船や経営体を維持すれば、次は、その雇用と固定費を維持するために、より多くの漁獲枠が必要になる。
その結果、漁獲削減がさらに難しくなり、資源回復が遅れる。資源が減れば経営は悪化し、さらに安い労働力と過大な漁獲枠が必要になる。ますます、漁獲規制が難しくなり、漁獲量の減少は加速するだろう。
人手不足は、産業からの警告である
低賃金、厳しい労働条件、不安定な経営、乏しい将来性によって人が集まらないのであれば、人手不足は産業構造に問題があるという警告である。
通常、人手不足は、賃上げ、省力化、働き方の改善、経営統合を促す。それができない経営体は退出し、残る経営体に資源と労働力が集約される。ところが、外国人労働者で人員を補えば、この調整が止まり、低収益構造が温存される。
漁業では、この問題は特に深刻である。製造業と違い、労働者や船を増やしても魚は増えない。資源が減る中で労働力だけを維持すれば、増えるのは生産量ではなく、限られた魚を獲る能力と漁獲枠を求める圧力である。
日本人が見切った産業に、外国人を呼び込む
漁業者が子どもに漁業を継がせたがらないのは、魚が減り、漁獲と所得が不安定で、将来を見通せないからである。これは単なる後継者不足ではなく、現場が産業の将来性を評価した結果である。
その構造を改めず、日本人が離れていく仕事を外国人に担わせるのは、公平な人材政策とは言い難い。
問題は外国人ではなく、利用の仕方である
問題は、外国人が漁業で働くことではない。資源が持続的に利用され、適正な賃金と労働条件が保障されるなら、国籍を問う必要はない。
問題は、外国人を使って低コスト構造を維持し、改革すべき経営体を延命することである。特定技能では日本人と同等以上の報酬が求められるが、外国人は言語や情報の壁、雇用主への依存を抱えやすい。閉鎖性の高い漁船内では、労働条件も外部から見えにくい。
批判すべきなのは外国人ではなく、外国人を産業構造改革の代替手段として使う政策である。
定住させる以上、将来に責任を持つべきである
特定技能2号には在留期間の上限がなく、家族帯同も認められる。外国人は一時的な労働力ではなく、地域社会の住民となり得る。
その受入れには、日本語教育、子どもの教育、住宅、医療、福祉、失業時の支援など、長期的な責任が伴う。実質的には定住を含む移民政策であり、既存経営体の人手不足を埋めるだけの手段ではない。
資源管理を怠ったまま外国人を呼び込み、資源悪化で経営が成り立たなくなれば、その負担は外国人と家族に及ぶ。外国人を産業調整の緩衝材として使ってはならない。
まず、子どもに継がせたい漁業をつくる
まず漁獲量を持続可能な水準まで削減し、その規模で成り立つ漁船数、経営体数、雇用を明らかにする。減産と再編の痛みは、減船補償、廃業・転職支援などで緩和する。残る経営体は、省力化と高付加価値化によって、少ない漁獲量でも十分な所得と賃金を生み出す必要がある。
その上で、適正な待遇を示しても不足する人材を、国内外から受け入れればよい。
非現実的な増産目標から人手不足をつくり、過大な漁獲枠で現在の規模を守り、その維持に外国人を利用する政策では、資源も、漁業者の生活も、外国人の将来も守れない。
まず、漁業者が自分の子どもに継がせたいと思える漁業をつくるべきである。






















