ソチオリンピックが終わりましたね。2020年の東京オリンピックのホスト国として、考えておかないといけない問題があります。今のままだと、オリンピックで日本の魚を提供できない可能性があるのです。
実は、五輪でも水産物の持続性が問われる時代になっています。ロンドン以降の五輪では、ホスト国が提供する水産物は、持続的な漁業で獲られたことが認証されたエコラベル製品に限られています。すでに、リオ五輪では、大会で提供される1400万食に含まれる水産物全てを、MSCとASCのエコラベル認証取得品のみにすると宣言しています。
Rio 2016 Olympics to Serve Sustainable Seafood
According to the memorandums of understanding (MOUs) between the Rio 2016 Organizing Committee for the Olympic and Paralympic Games, the Marine Stewardship Council (MSC) and the Aquaculture Stewardship Council (ASC), only sustainable seafood will be served to the athletes, officials, press and at the onsite restaurants, representing some 14 millions meals during the course of the games.
東京オリンピックでも、水産物の持続性を無視できるはずがありません。最低でも、リオと同様のスタンダード(MSC認証、ASC認証)が求められるでしょう。この記事を書いている時点で、日本でMSC認証を取得しているのは、京都の底引き(ズワイガニ・アカガレイ)と北海道のホタテのみ。本審査の申請中なのが、北海道のシロザケのみです。審査は厳格で、お金を積めば認証がとれるようなものではありません。現状で審査をしても、認証が取得できる漁業はほとんど無いでしょう。東京五輪で、国産魚を胸を張って提供するには、国際基準の漁業管理を導入した上で、認証を得る必要があるのです。審査には時間がかかるので、今から、急いで準備をしても、間に合うかどうかは微妙です。
現在、MSC認証を取得している漁業はこの地図で確認できます。リオ五輪では、これらの漁業で獲られた水産物が提供されるでしょう。持続性に投資をしてきた漁業が、ビジネスチャンスを広げているのです。
タイムリミットが迫る中で、日本政府はどういうことをしているかというと、こちら。エクセレントな日本の水産物のラベルだそうです。
「エクセレント」な日本の魚、ロゴでPR 水産庁
日本の水産物を海外に売り込む武器にと、水産庁が14日、輸出品にあしらうロゴマークを発表した。キャッチコピーは「エクセレント・シーフード・ジャパン」(素晴らしい日本の水産物)。4月以降、使用の手続きをすれば、業者が無料で使えるようにする。
審査等は何も無しで、「使用の手続きをすれば、業者が無料で使えるようにする」というのは、まさに、護送船団、みんな平等です。
水産庁によると、「平成32年までに我が国水産物の輸出額を2倍に拡大する目標を掲げ、日本の魚のブランディングをその達成に向けた主な取組の1つとして位置付けました」とのことですが、誰でも貼れるラベルが海外市場で評価されるはずがありません。
日本の漁業が管理されていないことは、日本以外ではよく知られています。「日本産」というだけで売りになるとは思えません。持続性を意識する海外の消費者からは、管理されていない水産物を避ける際の目印として、利用される可能性すらあります。「護送船団ラベルで輸出を促進する」という我が国の国家戦略は、根底から間違えています。
今、日本が国を挙げて行うべきことは、以下の2点です。
1)自国の漁業の持続性を高めること
2)そのことが海外からもわかるように情報発信をすること
東京オリンピックでは、乱獲による国産魚の減少と、資源管理への取り組みの不備から、国産魚での「おもてなし」は難しそうです。競技ばかりか、食材まで、「国際色豊かな世界の競演」になりそうですね。
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Comments:7
- てんてん 14-02-25 (火) 13:18
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こんにちは。
日本の漁業や資源保護に関する記事、いつも興味深く拝読してます。水産物の貿易に関わる仕事に従事しております。
職業上、日本の輸入や小売業者の、MSCやASCに対する見解を聞く機会が多いのですが、日本でエコラベルがスタンダードになるには、道はまだまだ険しいように感じます。買付け担当者やバイヤーが、エコラベルの意義を理解できていないし、とにかく安く買うことしか頭にないような気がします。
「消費者が求めるのはとにかく安いもの」という実感があって、そこから離れられないんだと思います。
こっちが消費者を教育してやる!くらいの意識で臨まないと、小売業界にとっても状況は悪くなるばかりなんですけどね・・・。エコラベルがスタンダードになるには、資源保護に対する消費者の意識の高さが重要なファクターだと思います。
やっぱり小売としては、消費者が求めない商品を売り場に置きたくはないでしょうし。
それでは、どうやって消費者の意識を高めていくのかとなると、ありがちですが消費者教育くらいしか思いつきません。
生産者や小売業者、環境保護団体、政府が協力して、イベントや教室を開いて地道に消費者教育をしていく、といったところでしょうか。
勝川先生はどんな方法が有効だと思われますか? - katukawa 14-02-25 (火) 15:47
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こんにちは。
日本の場合は、消費者のエコラベル認知度が低く、
現状ではプレミアムを取れる状況にはありません。
日本の消費者には、水産物が減っているという実感も無いだろうし、
消費者が水産物の持続性に対する責任をおっているという自覚も無いでしょう。
そこを変えない限り、状況は変わらないでしょうね。おっしゃるように教育が重要なのですが、日本の「魚食教育」は反対のことをやっています。
持続性には一切ふれず「(国産)魚をもっとたくさん食べろ」という内容です。
これでは、消費者の意識が改善されるはずがありません。消費者教育は、私自身もやってきました。
イベントや教室は波及効果が限られているので、大きな流れは作れないと思います。
今、取り組んでいるのは、飲食店を巻き込んで、持続的な魚食について消費者に関心を持ってもらうことです。
メニューに持続性に関する情報を表示してもらったり、
接客の際に説明してもらうようなことから始めようかと思っています。 - shuri 14-02-26 (水) 18:04
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こんにちは。エコラベルの普及について私も関心を持っており、興味深く拝読しました。
農林水産省が23年度に公表した消費者の意識調査によると、回答者の55.4%が日本の漁業資源が枯渇しつつあるとの認識を持っているそうです(意外と高い印象がありますが、近年メディアに多く取り上げられるようになった効果でしょうか)。
この数字が本当だとすると、単に消費者の意識不足だけではなく、じつは消費者側にサステナブルな商品への潜在的な関心や需要があるにも関わらず、それとわかる商品が市場に出回っていないために、購入したくても購入できない、という実情も大いにあるのではないでしょうか?また、水産物輸出倍増政策に関して素朴な疑問があります(水産庁にすべき質問かもしれませんが・・・)。国内の天然資源が減少傾向にあり養殖も横ばいであるのに、昨年の日本の水産物輸出額が過去最高となり、さらに今後6年間で輸出額を倍増できる算段があるというのは、この政策はどのような根拠やしくみになっているのでしょうか?
- てんてん 14-02-27 (木) 18:37
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お返事ありがとうございます。
飲食店での魚食アピール、たいへん面白い試みですね。
消費者教育の最大の課題は、無関心なマジョリティーをどう巻き込むかだと思うのですが、勝川先生の取組みなら、おいしいものが好きな人や、食にこだわりがある人は関心を持ってくれそうですね。勝川先生は既に取り組んでおられるのかもしれませんが、私個人としては、全体的な意識の底上げのために、学校教育でもっと効果的な教え方ができないだろうか、と考えています。
まとまった時間を確保して、テーマに対する関心の有無に関係なく強制的に話を聞かせる、考えさせる「場」としては、やはり学校は捨てがたいツールだと思うんですよね。教え方を工夫して、最新のデータに即した授業ができれば、社会全体の意識の底上げも少しずつ進むのではないかなと。実際には、政府が漁業や魚食に対する現在の方針を変えない限り、公教育の場で問題の本質を伝えるのは難しそうですが。
政府に期待できないなら、現状をよく理解している企業が、もっと直接消費者教育にもっとコミットすればいいのでは、と思います。個人的な試みとしては、企業のCSR活動と絡めて(出前授業や総合学習などで)学校教育の場で新しい試みを実現するべく活動中です。余談になりますが、防災教育の難しさについて、群馬大の片田教授の講演を聞く機会があったのですが、私が感じている消費者教育の難しさと共通点が多いと感じました。
片田教授の防災教育は、例の「釜石の奇跡」の成果から、防災教育の成功例として一躍有名になりましたが、そこに行き着くまでには大変な苦労があったそうです。
片田教授は震災前から釜石市の防災アドバイザーを勤めており、何度も防災の講演会を開いていたのですが、参加者はもともと防災に関心のある一部の人ばかりで、防災に興味がない層を巻き込むことはできなかったそうです。
その経験を経て片田教授が考えたのが、義務教育に防災教育を組み込んでしまうことです。赤の他人の専門家の話は聞かなくても、自分の子供が話すことなら親も関心を持つだろう、と踏んだのですね。将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということですね。
そこから教員を説得し、効果的な教育プログラムを考えて、それを日々の授業で地道に実践していった結果、子供はもちろん、大人や地域社会にも徐々に当事者意識が波及していったそうです。もちろん、資源保護や魚食の教育にそのまま流用できる話ではありませんが、なんらかのヒントにはなると考えています。
人命に関わる防災と資源保護とでは、一般人の関心の高さは比べ物にならないレベルですから、防災教育よりもずーっとハードルが高いのは間違いないですけどね(涙) - まぐろ漁師 14-03-08 (土) 10:43
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>日本でMSC認証を取得しているのは、京都の底引き(ズワイガニ・アカガレイ)と北海道のホタテのみ。本審査の申請中なのが、北海道のシロザケのみです。
これは直売している漁師さんだと思われます。
MSC認証水産物の供給企業は既に数多くあり、
またそれらの企業に直で売っている数多くの漁師さんたちもMSCの審査を受け、認定を受けています。 - katukawa 14-03-08 (土) 16:33
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MSCの認証を受けた流通企業であろうと、
MSC認証されていない漁業の製品に、
勝手にMSCのラベルを貼ることはできません。なにか勘違いをされているのでは?
- まぐろ漁師 14-03-08 (土) 18:38
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MSCの認証を受けた流通企業の仕入れ先の漁師さんの船にもMSCの監査が入ります。
基準を満たしていないと認証は通りません。国内のMSCの認証を受けた流通企業と取引している漁師さんが0であればこの限りではありませんが、
そんなわけないのはご存じのとおりです。
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