Home > コロナウイルス > K値による予測を使うべきでない理由

K値による予測を使うべきでない理由

[`evernote` not found]

K値というものが物理学者によって提唱されて、大阪などでは利用されているようです。7/6のテレビ東京ワールドビジネスサテライトでは、K値によるコロナ感染者の予測が紹介されていました。

K値予測では今週がピーク!?
コロナとの共存を進める中、大事なのが今後の予測です。
https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/wbs/newsl/post_205596/

番組では、7/9には、感染者は減少に転じるという予測が示されました。これを見た人は、コロナがすぐに勝手に減るから、心配はいらないという誤った印象を持ったことでしょう。行動変容もしていないのに、コロナ感染者がひとりでに減ることは無いというのは、その後も感染者は着々と増えて、現在に至っていることからも明らかでしょう。こういった楽観的な予測が一人歩きをすると、本当に必要なコロナ対策の妨げになりかねないので、K値による予測を使うべきでない理由を解説します。


K値理論の基礎は、こちらの論文です。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.26.20140814v2

3500の国や地域の感染者のデータを解析したところ、感染者の増加率は一定ではなく、徐々に下がっていく傾向があり、指数関数よりもゴンペルツ曲線の方が当てはまりが良かったという内容です。

少し説明をすると、指数関数というのは一定の比率で増加していく関数のことです。コロナ感染者の場合は、10日で倍ぐらいのペースで増えたりしますが、このように一定の倍率で増えるのが指数関数です。
ゴンペルツ関数は、指数関数の増加率が、時間経過とともに徐々に下がっていく関数です。最初は指数関数とほぼ同じなのですが、徐々に増加が鈍っていき、やがて減少へと転じます。図にするとこんな感じですね。

コロナウイルスの感染は、まずノーガードのところにウィルスが入ってきて、指数関数的に拡大します。ある程度感染が広まってくると、人々がハイリスクな活動を自粛したり、政府が活動を規制したりするため、増加率は時間経過とともに減少していき、対策が上手くいけば、感染が縮小していきます。一般的に感染者の増加率は時間の経過とともに減少をするのですが、その減少ペースが一定だった場合には、感染者の数の推移はゴンペルツ曲線と近い挙動を示すことになります。

元論文の内容は、「時間遅れで対策が強化されるために、コロナウイルスの感染者の数の推移が、結果としてゴンペルツ曲線に近い挙動を示す場合がある」と解釈をすれば、おかしな話しではありません。


では、新規の感染者の推移がゴンペルツ曲線とどの程度一致するかを実際のデータから見ていきましょう。

ゴンペルツ曲線を片対数グラフでかくと、こんな感じになります。

 

一方、実際の新規感染者のデータはこちらです。

最初の山のピークを過ぎたあたりまでは、「ゴンペルツ曲線に近いかな」という国がいくつかありますが、正直、それほど当てはまりが良いとは言えません。全く当てはまらない国も多く存在します。増加率が一定の割合で減少していくというゴンペルツ関数の仮定が満たされるとは限らないので、当てはまりが良くないのは、当たり前と言えば当たり前です。

また、ゴンペルツ曲線に従うなら、感染はそのまま収束していくのですが、実際はそのようになりません。多くの国で、行動変容のストレスが限界に達して、元の生活が再開されて、感染が再拡大するような事態にもなっています。なので、第一波を凌いだ後の挙動については、人間社会が行動変容の強度を維持できるかが重要であり、時間の経過とともに対策が強化されていくとは限らないので、ゴンペルツ曲線の出番は無さそうです。

と、普通に考えれば、これで終わりの話しなのですが、日本の一部の人たちはゴンペルツ曲線が予測に有用だという風に勘違いをしてしまったようです。


私がこの記事を書こうと思ったきっかけのテレビ番組に戻りましょう。図を見ればわかるように、過去のデータ(赤点)にゴンペルツ曲線(青線)を当てはめて、将来予測を行っています。K値による予測とありますが、実際にはゴンペルツ曲線を当てはめているのです。

この予測には二つの大きな問題があります。
① 現在始まりつつある第二波がゴンペルツ曲線に従うとは限らない。
② 現在の限られたデータから、ゴンペルツ曲線のパラメータを推定しても精度は低い

①についてはすでに述べたので、②について考えてみましょう。現在、我々が持っているデータは、感染増加初期の立ち上がりの部分だけです。ここから曲線全体を推定するのは、山の裾野をみて、山の全体図を予測するようなもので、統計的な難易度が高く、推定精度が低いのです。

下の図の青の線もオレンジの線もゴンペルツ曲線ですがパラメータが異なります。

山の大きさは全然違うのですが、曲線の立ち上がりの部分はほぼ重ねっています。山の裾野だけを見て、山の形が青なのか、オレンジなのかを判別するのは困難です。新規感染者数は、クラスターが発掘されるかどうかで毎日の値は大きく変動します。もし仮に、感染者数がゴンペルツ曲線に従うとしても、ノイズが多い感染初期のデータだけを用いて、曲線の全体図を正確に把握するのは、ほぼ不可能です。

今後のコロナ感染者の推移は、行動変容によって、感染拡大をいかに抑えていくかが鍵になります。感染拡大がいつ止まるかは、我々が行動変容をいつ行うかにかかっています。人間社会を無視して、これまでの感染者の推移だけをみて、将来を予測しようというK値による予測の考え方には、そもそも無理があると思います。人間社会に目を向けていれば、行動変容もしていない7/6の時点で、7/9にピークアウトするという素っ頓狂な予測はしないでしょう。


このような予測がメディアによって広められるのは、望ましいことではありません。何もしなくても、勝手に新規感染者が減少するという根拠のない楽観論を植え付けて、本当に必要な感染症対策を難しくするからです。このような情報を提供した研究者にも、十分な検証をせずに放送したテレビ局にも責任があると思います。テレビ番組のウェブサイトには、今でもこの予測が表示されているのですが、ミスリードしっぱなしで良いのでしょうか。

アカデミアの中に、いろんなことを考える人がいるのは悪くないことです。そのような多様性こそが長い目で見て科学の進歩に繫がるものです。しかしながら、K値とそれを用いた将来予測は、十分な検証がされておらず、現状で予測に使えるようなものではありません。また、実績がある疫学モデルに対する代替案として取り上げるようなものでもありません。そういった良識を、政治や報道に関わる人には、もっていただきたいものです。

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://katukawa.com/wp-trackback.php?p=6228
Listed below are links to weblogs that reference
K値による予測を使うべきでない理由 from 勝川俊雄公式サイト

Home > コロナウイルス > K値による予測を使うべきでない理由

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 4
  • 今日: 464(ユニーク: 174)
  • 昨日: 656
  • トータル: 9519303

from 18 Mar. 2009

Return to page top