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ABCの複数化について


今年の最大の変更点は「ABCの複数化」だろう。
これがどういう意味を持つのか考えてみよう。

ABCとTACの現状

研究者が、生物の持続性の観点からABCの上限と下限を推定してきた。
一方で、水産庁は、ABCを無視して、過剰なTACを設定してきた。

Image0808221.png

幅があるABCはなぜ必要か?

最近、ABCとTACの乖離をネタに水産行政が叩かれている。
ABCについて、行政官はまともな反論はできない。
自分たちがいい加減なことをしているのが、一目瞭然になってしまうので、
水産庁の少なからぬ人間は、ABCを目の上のたんこぶだと思っている。

彼らが以下にABCを憎んでいるかは、この辺を読むと理解できるだろう。
http://www.jfa.maff.go.jp/suisin/yuusiki/dai2kai/giziroku_02.pdf

彼らがしつこく要求してきたのが、、「ABCに幅を持たせろ」という意見だ。
不確実性を理由にABCの幅を増やし、幅の上限を採用することで、
過剰な漁獲枠を維持しつつ、ABCとの乖離をなくそうという考えだ。
Image0808222.png

幅をもつABC派の思惑
1) 水研センターに、幅を持ったABCを出させる。
2) 自分たちの意のままに操れる某審議会で、都合の良いABCを選ぶ
3) 漁獲圧を下げずに、ABCとTACの乖離を解消できて、ラッキー

さてさて、思惑通りにことが運ぶのでしょうか?

今年の北海道ブロックのABCはどうだったか?

北海道ブロックに関しては、明らかに漁獲量が過剰になるような選択肢はとくに見あたらなかった。
そもそも不確実性を考慮して、ABCTargetとABCLimitの2つを決定していたわけだ。
別に今までだって、点推定をしてきたわけではなく、ABCは幅を持っていた。
従来のABCTargetとABCLimitの幅の範囲でいくつかのシナリオが有るような感じかな。

今回のスケトウダラの場合も、いろんなシナリオを作ったが、
ABCとして挙げられたのは、従来のABCLimitの範囲内であった。
下の図で行くと、S1からS3がABCとして提案され、S4、S5は参考値であった。
FSUSを入れるかどうかは微妙なところだが、従来の考え方を逸脱するものではない。
復計画がらみで、管理課の都合もあることだろうから、俺も強くは反対はしなかった。

Image0808223.png

ABCの幅を広げて、なし崩しにしようと思っていた人たちは肩すかしだろう。
俺の方は、「あれもABCに入れろ、これもABCに入れろ」と言ってくるのではないかと
心配をしていたが、逆の意味で肩すかしでした。

資源評価の最終決定はブロック会議にすべきである

俺が漁獲枠を考える上で、最重要視しているのはブロック会議に参加する研究者の集合知だ。
研究者同士で、ああでもない、こうでもないと、議論をしているとだんだん落としどころが見えてくる。
この資源だったら、今年の漁獲はこれぐらいという共通認識ができてくるのだ。
たとえば、スケトウダラ日本海北部系群なら、1万トン弱とかそれぐらいだろう。
数理モデルがどうとか、そう言う問題よりも、集合知として出てくる会議の合意の方が重要。

資源の状態、資源評価の精度、数字に表れていない様々な情報を考慮した上で、
最も適切な漁獲量を決定できるのはブロック会議だろう。
その資源の専門家が一堂に会したブロック会議での集合知以上の判断は国内では無理。
だから、ブロック会議で一つの値を出せばよい。
水産政策審議会の議事録を見れば、大した議論などできないことは明らかである。
現場のことも、資源のことも、ブロック会議の出席者の方が100倍わかっている。
最終決定権を、現場の事情など何も知らない、某審議会に持っていく意味など無い。

それほど害はなさそうだとはいえ、今回の変更は良いことだとは思わない。
1) そもそも幅を持っていたABCを複数化する意味がわからない。
2) ABCについては、最もよくわかっているブロック会議が最終決定をすべきである。

北海道はこんな感じだったけど、余所のブロックはどうだったのだろう?
ABC複数化については、今後の経緯を注意深く見守ろうと思う。

Comments:11

ある水産関係者 08-08-23 (土) 9:31

「ABC」とはそもそも何なんだ?と言うことを改めて考えさせられる事件ですね。

 大本営のHPにも、ABC=「Allowable (またはAcceptable)Biological Catch 生物学的許容漁獲量
その資源について、現状の生物的、非生物的環境条件のもとで持続的に達成できる最大の漁獲量(最大持続生産量)を目指そうとする場合に生物学的に最も推奨できる漁獲量。ここでは、原則としてABC算定のための基本規則に基づいて算定する。」と明記しているのに、Bbanを割り込みかけた資源に「親魚量の現状維持
」?????
 「生物学的に最も推奨できる」の解釈が大本営の日本語と一般国民の日本語で明らかに違うようですね。

 国民に分からないように、TACだけではなく、ABCまで完全に骨抜きにして自分たち(大本営)の利益誘導(漁業のためでもない)に利用しようとする姿勢は大いに公に暴いていく必要があります。補正予算に向けた燃油対策でも、単なる税金の無駄遣いにしかならない訳のわからない事業がまぐろ業界(・というか大本営?)から持ち上がっているようですし・・・。

 大本営の利益のために「ABC」の定義が改竄されないように、活躍されることを祈っています。

県職員 08-08-25 (月) 16:12

資源評価会議の協議結果とTACの関係性についてぴんと来ていない研究者が多いのではという印象を受けました。(TAC対象種以外の魚種については当然のことですが)今後ABCを越えないTACの設定に移行していく中で,関係者の意識が変わっていき,資源評価の重要性に気づかされるようになっていくのでしょうね。

業界紙速報 08-08-25 (月) 18:38

規制改革会議中間とりまとめに対する問題提起として、桜本東京海洋大教授が本日の水経に寄稿されています。その演題は「科学的根拠に基づく資源管理は科学的か?」となっています。その中心的な主張を抜粋します。

致命的な「基本概念の誤り」
 61ページでは、「現行の我が国の水産資源の管理は、ABCを算定し、漁業の経営その他の事情を勘案してTACを決定している。しかしながら、科学的根拠に社会経済的要因を加味することは、科学的根拠をないがしろにし、それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長しているといえる」と述べている。すなわち、以上の記述はTACが社会的・経済的要因を加味して決定されること自体を否定している。
 しかし、社会的・経済的要因を加味しTACを決定すべきことは、TAC法にも明記されており、漁業生物資源の管理を考える際の至極当然な考え方である。例えば、サンマ資源は資源量が極めて大きく、ABCは200万トン近い。規制改革会議はサンマについても、社会的・経済的要因を加味することをよしとせず、TACを200万トン近く(2008年TACの約4.5倍)に設定すべきと主張するつもりだろうか?
 サンマの例もさることながら、経済的要因を一切考慮することなく、生物学的に妥当と思われるABCを計算し、その値をTACとすることが、「科学的根拠に基づく資源管理の徹底になる」という考え方自体が、根本的に間違えている。なぜなら、規制改革会議が「科学的根拠」として取り上げているABCの値自体がそもそも合意事項であって、科学的に一つの値が決定できるといった性質のものではないからである。
 実はこのことを正しく理解している研究者は意外と少なく、そのことが今日の混乱を助長させている大きな要因にもなっている。このことは極めて重要であるので、以下に簡単に説明しておこう。
「ABCの値は合意事項であり、科学的には決まらない」
 「生物学的に妥当な目標資源水準など科学的には(生物学的には)決められない」というのが私の持論であるが、紙面の関係もあり、その点についてはここでは触れないことにする(興味のある方は資源管理談話会報、月刊海洋38をご参照ください)。
 話を簡単にするために今、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるものとして説明する。例えば、20万トンが生物学的に妥当な目標資源水準であったとする。今、現状の資源水準が10万トンで、20万トンまで資源を回復させる必要があったとする。その時の対応として、本質的に異なる管理方策が考えられる。管理方策Aは2万トンになるまで禁漁する(ABC=0)。管理方策Bは何年かかけて資源水準を20万トンに回復させる、という2つの管理方策である。
 資源が多い場合についても同様である。今、資源量が40万トンであれば、管理方策Aは20万トンになるまで最大の漁獲圧で漁獲する(可能な限り獲りまくる、ABCは青天井)。管理方策Bは何年かかけて資源水準が20万トンになるように、現状の漁獲量を増やす。
 資源管理方策Aを採用すべきと主張するのであれば、ただ一つのABCの値が科学的に決定できると主張しても誤りではない。ただし、生物学的に妥当な目標資源水準が科学的に(生物学的に)決定できるという条件付きではあるが…。しかし、管理方策Aを採用すべしと主張している人は実際には一人もいない(もし、そう主張される方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。科学的にただ一つのABCの値が決定できるとすれば、条件付きではあるが、この場合しかあり得ないことに注意する必要がある。
 管理方策Bは何年で資源を回復させるか(最適な資源水準にもっていくか)ということが問題になる。5年で回復させるべき、10年で回復させるべき、あるいは6年で回復させるべきなど、いろいろな提案があるだろう。しかし、5年で回復させるのが科学的に(生物学的に)正しくて、6年で回復させるのは科学的に(生物学的に)正しくないということは科学的に論証できる人などはいないはずである(もし、論証できるという方がおられたら名乗りを挙げていただきたい)。つまり、何年で資源を回復させるかという議論の中には、すでに生物学とは異なる次元の価値観が入り込んでいることになる。多くの場合その期間は社会的・経済的な要因に深く関係して選択されることになるだろう。
すなわち、何年で資源を回復させるかは生物学以外の要因も考慮した場合の合意事項であって、科学的に一つの値が決定できるといった類のものではない。何年で資源を回復させるか、その年数によって、当然ABCの値もすべて異なってくる。つまり「ABCの値も合意事項であり、科学的に一つの値が決まるわけではない」ということである。「ABCが科学的に決定できない」から、合意形成のプロセスが重要になるのである。「ABCの値も合意事項であり、科学的には決定できない」ということを正しく理解していない人が「合意形成の重要性¥を謳ってみても、「合意形成の重要性」を真に理解して発言しているとはとても思えない。

最近は業界紙速報といいながら手前味噌なことばかり開陳していたので、今回は原文の一部を書き出しました。
自分の意見は云わない積もりでしたが、しかしこれは、ひど過ぎる。生物学的に妥当な資源水準が決められるとして矛盾を導き出せば背理法でなるほどと思いますが、いったい何を謂わんとしているのでしょうか?「何年で資源を回復させるか、その年数によって、当然ABCの値もすべて異なってくる。」と書いておられるが、こんなことが「当然」と片付けられるはずはないでしょう。このお方は、TAC有識者懇親会の委員でもあられる。なんということでしょうか、驚くよりも呆れます。

県職員 08-08-27 (水) 16:29


 読み込みが足りないので,とんちんかんなことを私は言っているかもしれませんが,桜本教授のご意見はもっともだと思います?!
 自然界における各種(個体群,系群?呼び方は色々ありますが)の理想的状態(平衡状態)というものが一義的にわかっているならばそれに近づくことのみが,真の資源管理であるとは思いますが,それは残念ながら神のみぞ知る事柄です。 
 魚やカニたちは今は仲間が少ないから,何年以内で仲間を何尾に増やしたい等とは考えてもいないでしょうから,それを決めるのは結局人間だと言うことではないでしょうか。
 資源を何年で回復させるか,その年数でABCが変わるのも至極当然でしょう。
 当然,回復に要する年数を長く設定する程,漁業者の「痛み」は軽減されるわけで,社会通念?,世論,科学者の意見によってそれをできるだけ短くしようとすればいいのではないでしょうか。
 
「ちがうかー」
  

ある水産関係者 08-08-27 (水) 21:25

↑ 「ABC」の決定プロセスにおいて「資源を何年で回復させるか」というファクターが入った時点で、その「ABC」は「ABC」ではなくなっていると思います。
 もちろん、「何年」というのが生物学的に決められるのであれば問題なしですが、日本の場合は明らかに「社会・経済的要因」によって決められており、正確に言えば、そういう「ABC」は、どちらかと言えば「理想的なTAC」に等しい数字と言えるかも知れません。尤も、日本のTACは論外で更にインチキなファクターが入っているため話になりません。
 ABCを日本のように「社会・経済的要因を踏まえて・・・」決定するというのは、ほかのどの国で実施されているでしょうか???
 CCSBTのみなみまぐろのTACには、同様の考え方が取り入れられているようですが、それはTACであってABCでは無かったのでは???
 日本の「ABC」は、実は既に”Japanese English” の如く”Japanese ABC”、 或いは”ADC(Acceptable DAIHONEI’S Catch)” に成り下がっているのでは、とつくづく情けなくなる次第です・・・。

業界紙速報 08-08-28 (木) 17:28

小子のものの言い方が悪かったです。速くお知らせしようと記事を抜粋したまではよかったのですが、不用意な発言をしてしまいました。

小子は、桜本教授の「ABCの値は合意事項であり、科学的には決まらない」以下のパラグラフにおいて、『科学的に(生物学的に)妥当な目標資源水準』をABCに置き換え、『ABC』をTACに置き換えた姿が現在行われているTACの決め方なんじゃないかなあ、とぼんやりと思ったのです。
しかし、20万トンの妥当な目標資源水準の下、資源量が40万トンのときにABCは青天井、なんて考えるものなんでしょうか?せめて、20万トンまで早い者勝ちで獲り放題、とでも書けないものかと思い、このことで平常心を失ってしまい、ぶざまな筆致になったことをお詫びいたします。

業界紙速報 08-08-29 (金) 18:18

「規制改革会議 中間とりまとめ」の反論への意見を、横浜国大の松田教授がブログで述べておられます。

そのなかで;
後半のABCに社会経済要因を加えてTACを決めること、ABC(資源回復計画に基づく)は自然科学だけでは決められないと言う点は、水産総研センターの資源評価外部評価会でも何度も指摘された点であり、仰るとおりです。しかし、これが新聞記事だとすると、私は賛成できません。低水準になったあとも明らかに資源を減らし続けるようなTACが設定されていること、ABCを0(混獲を除く)と設定した年にもTACで漁業を続けたことは、国連海洋法条約の趣旨に反すると思います。そのような指摘をせずに上記の主張だけをすれば、どうTACを決めてもよいという印象を読者に与えるものとなるでしょう。【】この点は賛成できません。
と、書いておられます。

小子は不勉強でそのような議論が交わされていることも知らないで、戯言を開陳しているだけなので申し訳ないのですが、自然科学だけでは決められないと言う点、こそが理解できない要点のようです。
小子は、「生物学的」と冠するのであれば、生物学に関することだけで(すなわち自然科学だけで)決定するものと思っていました。どのようにABCを算出するか、そこのところは議論百出でまったく構わないと思いますが、「TACを決める基礎となる」ABCは一意に決定するものではないでしょうか?そして、百出する議論は、あくまでも生物学に関することだけで行うものとする。
こんなのは難しいことなんでしょうか?

松田裕之 08-10-07 (火) 19:56

勝川さんのブログは役に立ちますね。規制改革と漁業権制度への「距離感」は少し私と違いますが、具体的に計算して白黒明言される態度から、読者も多いですね。
 さて、2008年08月28日に頂いた業界紙速報さんのご意見で、「小子は、「生物学的」と冠するのであれば、生物学に関することだけで・・・決定するものと思っていました」と言う部分への私見を述べます。資源管理には目標があります。その目標は社会合意で決まりますが、決めた目標を達成する漁獲量は生物学的に決まります。
 これは貯蓄計画と同じです。5年後に1000万円とか目標を決めれば(金利が変動するので不確実性はありますが)毎月必要な貯蓄学は計算できます。それと同じことです。資源回復目標が決まれば、ABCは決まるんです。(桜本さんの記事から、そう読めますか?)
 その後の勝川さんの修正案「社会経済的要因を理由に、科学的根拠をないがしろにした過剰な漁獲枠が設定され、それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長しているといえる」もそれと同様の趣旨と思います。

業界紙速報 08-10-10 (金) 19:14

松田先生にお応えするような輩ではありませんが、ここ2、3日、自分なりに考えたことを氏のブログ上で申し訳ないのですが、ちょっと書いてみます。

まず、素朴な疑問ですがABCを定めるときは必ず「目標資源水準」までの年数(以後、これを「目標年数」と呼びましょう。)を勘案するのでしょうか?あるいは、資源管理計画を策定している魚種に限り、そのような措置をとるのでしょうか?

小子は、桜本教授は「ABCなんて、目標年数が変われば変わってくるんだから、生物学的に一意には決まらない」と仰っている、と見ています。松田先生が仰っているように、目標年数を決めれば一意に決まる、ということであればわからなくはないです(本質的には理解していないんですが)。もともと桜本教授は、目標資源水準なんて生物学的には決まらないとの立場とお見受けしますので、それに引き続く議論は教授にとっては無用のことだろうと推測します。以上のような教授の議論の進め方に対して、小子は、ABCは一意には決まらないものであるということを言いたいがための進め方と受け取って、TAC懇親会の座長なのに、と批判的に書いたのです。

小子にはこのような状況を整理する能力はないので黙っていろと言われれば黙るしかないですが、最初に書いたように小子はABCの決定に当たっては「目標資源水準」とか「目標年数」とか勘案するものなのか、確認したいところです。資源管理するときは「目標資源水準」を定めるやり方は一つの方法ではあろう、と思います。しかし、目標年数によってABCの値が変わってくるから絶対的なものでない、と一刀両断にするのは間違ってる。資源管理する手段のなかで目標年数は定めるものではないのか、それならABCは決まるんじゃないか、と思うのです。このような思考のもとに、桜本教授のものの言い方がABCは絶対的なものでないというためだけのものだと極め付けたのです。(ただし、小子はABCを定めるにあたり、「目標資源水準」「目標年数」とかは必要なのかどうか、理解していません。)

桜本教授は、ABCは生物学的、科学的に決まるものではなく合意の上で決まるものだ、と仰るのであれば、合意の上で決まった「許容される漁獲量」(敢えてABCと書かない)でも絶対的なものとは見ないのでしょうか?小子は、TAC制度を運用していくためにはひとつの絶対的なABCが不可欠だと思います。現状のABCは不確かだから受け容れられないと関係者が合意の上で、TAC制度を運営するために別の「許容される漁獲量」を決めるのならそれでいいのでしょう。その「許容される漁獲量」は、例えば社会学的な要素だけで決めるということで、みなさんの合意でそうするなら議論の余地はなくなるんでしょう。
でも、小子は、生物学的な要素を勘案しないものはABCとして絶対採用すべきではない、との立場をとりたいです。そして、いつも言っていることですが、目標資源水準を目標年数で達成するために決めるもの、それはABCではなくTACなんじゃないんですか、と問い続けているのでした。

さて、松田先生の貯蓄の喩えはちょっと乱暴で受容できません。日本では、貯蓄は元本割れしないという前提に立ってしまうから、とだけ申し上げます。(いろいろ考えていますけれども、同じところをぐるぐる回ったりしてまとまった答えを出すことができません。ですから、受容できない、といっているのは全く感覚的なものでしかないので、御放念くだされば幸いです。)

松尾弥生 08-10-29 (水) 21:39

勝川先生 はじめまして

私は都内私立高校で政治経済を教えております。先生の大学の二年下、文学部社会学科を卒業しました。今からでも農学部に入りなおして、先生の授業を受けに行きたい気持ちです。非常に勉強になると同時に自らの無知を恥じております。先生の著作の出版をお待ちしておりますので、ぜひこのブログでもそのような暁にはお知らせくださいませ。

さて、実は書き込みさせていただいたのは、先日10月29日朝日新聞の夕刊で、「秋刀魚の価格が暴落しているのは円高のせいだ」という記事があり、首を捻っていたからです。

というのも、日本人の人件費で魚が輸出されるとしても、それは相当の安値だと思ったから、それこそ「薄利多売」。円高はその薄利多売構造に追い討ちをかけただけではないか?という漠然とした疑問が浮かんだからです。

また、近所に都内でも有名な商店街があり、そこの魚屋は非常に安く新鮮なものを売る店でマスコミにもしばしば登場しているのですが、先日そこで付いた値が「サンマ5尾100円」だったのです。

家の者は、「これでは猟師さんは食っていけないのでは」と心配する価格でした。

ですので、このブログでITQ制度のことを始めて知り(すみません。受験に出ないので、高校ではTACまでしか教えないのです・・・こういうところが日本の教育者のダメなところなんですよね。)目からウロコが落ちました。

私もITQ信者となっております。もちろんITQが万能ではないでしょうが、持続可能な漁業(漁師にとっても魚にとっても)を実現させるにはITQしかない、というご趣旨はよくわかりまいsた。

それにしても問題は、ITQなど全然新聞に載らないというところです。

この朝日の記事は間違ってはいないのでしょうが、先生のご趣旨を下にすると、的が大きく外れているような気がします。お忙しいでしょうが、先生の円高と漁業には大きな影響があるのか、に関するご意見もお聞かせいただければと思います。

勝川 08-11-08 (土) 3:00

皆さん、こんにちは。

松田さんも登場して、議論が白熱しているようなので、
私見を述べたいと思います。

>これは貯蓄計画と同じです。5年後に1000万円とか目標を決めれば
>(金利が変動するの>で不確実性はありますが)毎月必要な貯蓄学は
>計算できます。それと同じことです。資源回復目標が決まれば、
>ABCは決まるんです。(桜本さんの記事から、そう読めますか?)
>その後の勝川さんの修正案「社会経済的要因を理由に、
>科学的根拠をないがしろにした過剰な漁獲枠が設定され、
>それ故、水産資源の悪化と乱獲(過剰漁獲)の悪循環を助長している
>といえる」もそれと同様の趣旨と思います。

回復目標が、科学的に一意に決まらないというのは、ご指摘の通りです。
ただ、それは日本で資源管理ができない理由ではありません。
今の日本のTAC設定は「5年で崩壊させるのか、それとも1年がよいのか」
というお粗末な状態であり、不確実性の範囲を超えています。
資源量を上回る漁獲枠を正当化する理論など有るはずがないので、
目標設定の不確実性を理由にすることはできません。
不確実性以前に、持続性を無視する姿勢に問題があるのは明白です。

また、松田さんの貯蓄計画のたとえには、私も同意できません。
数理モデルには様々な不確実性がありますから、目標を決めたからと言って、
その目標を達成するための漁獲量は、一意にきまりません。
どの計算方法、モデルを使うかは、専門家で議論をして決めるしかありません。
回復目標を設定することで計算できるABCというのも、
絶対的な正しさをもつものではなく、科学者の合意事項なのです。
桜本先生の主張を要約すると、「一意に決められないなら、
科学者の合意事項は無視して良い」ということです。

科学者の合意事項を無視するかどうかは、資源管理の根幹に関わってきます。
単に、目標設定のみに関連するわけではないのです。
漁業においては、個人の目先の利益の追求が、産業全体の長期的利益と対立します。
だから、完全な自由競争を容認せず、不確実なことを承知で、
科学者の合意を尊重するひつようがあるのです。
それができるかどうかが、その国の民度なのだと思います。

次に、松田さんと私のスタンスの違いですが、
松田さんは、回復目標(いつまでに、どの水準)を漁業者に決めさせろと言います。
漁業者による目標設定を重視するのは、管理の実効性のためでしょう。
私は、回復目標に関しても、国および研究者が責任を持つべきだと思います。
北まき、および、その取り巻きの話を聞いていると、とてもではないが、
目標設定を任せられそうにありません。
「その資源がどのくらい危なくて、どのくらい素早く回復させる必要があるか」、
というのは、専門家が考えるべき問題です。

持続性を無視したら、結局、産業が衰退し、社会的にも経済的にも、
大きな損失になるのは明白ですから、
あくまで、持続性の範囲内で、社会経済的な要因を考慮すべきです。。
ニュージーランドの漁業者のように、「資源をより素早く回復させたいから、
漁獲枠を減らして欲しい」というのなら、何ら問題はありません。
彼らは、科学を無視しているのではなく、科学を尊重した上で、
経営の安定を追求しているのです。
社会経済的な要素はこのように取り入れるべきなのです。

>小子は、ABCは一意には決まらないものであるということを言いたいがための進め方と受け取って、
>TAC懇親会の座長なのに、と批判的に書いたのです。
私にも、ABCを無視するための方便にしか見えません。
水産庁管理課が主張してきたこと、そのままです。

松尾弥生さん

初めまして。
時間ができたら、授業を動画にしてネットにアップしようと思っていますので、
しばしお待ちください。

>さて、実は書き込みさせていただいたのは、先日10月29日朝日新聞の夕刊で、
>「秋刀魚の価格が暴落しているのは円高のせいだ」という記事があり、
>首を捻っていたからです。

記事を読んでいませんが、その主張は私には理解できません。
日本はサンマを輸出も輸入もしていませんので、為替の影響は軽微です。
もちろん、円高が進み、食品全体の値段が下がれば、
サンマの値段も下がるかもしれませんが、
サンマの値段に影響を与えるほど食品の値段は下がっていません。

サンマがなぜ安いかというと、国内の鮮魚市場しか見ていないからです。
鮮魚需要が限られているのに、サンマを過剰供給すれば、単価が下がるのは自明です。
単価が下がるから、皆がより多く獲ることで、採算をとろうとする。
その結果、ますます単価が下がるという悪循環ですね。
漁獲量を今の半分にした方が、売り上げは増加するようです。

国内の小売業者に、ただ同然で買いたたかれるぐらいなら、
サンマを輸出すればよいのにと思うのですが、
日本の漁業関係者は、新しい取り組みには消極的です。
日本のEEZのすぐそばで、韓国船やロシア船がサンマを大量に漁獲しています。
彼らはサンマを輸出して大もうけしているわけです。
ニュージーランドでは、Sammaという名前で、1尾200円ぐらいで売られていました。
5尾100円だとすると、単価は10倍になりますね。
日本の漁業者も、限られた国内市場を奪い合うのではなく、
業界全体の利益を増やす方向を目指して欲しいものです。

>それにしても問題は、ITQなど全然新聞に載らないというところです。

漁業に関する知識を持っているメディアの人間はごく少数です。
国内では、共同通信の井田さんぐらいじゃないかな。
現段階で、知識がないのは、我々専門家の責任でもあります。
基本的に、マスコミ関係者は、理論的に話せばわかってくれるので、
ITQについても取り上げてもらう機会が増えてきました。
我々専門家が、しっかりとした情報を流し続けることが大切ですね。

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