Home

勝川俊雄公式サイト

無責任発言時代か(岩崎寿男)を読み解く その2

[`evernote` not found]

iwacchi01.jpg

無誤謬性などという一般的ではない単語をもち出てくるので、

一般読者には訳わからんと思うので、説明しよう。



日本の社会というのは「エリートである官僚は失敗をしないので丸投げして安心」という前提で運営されてきた。丸投げする側は思考停止できたし、丸投げされる側は自由裁量で何でもできた。このシステムが、戦後の一時期は機能したのだが、現在は完全に制度疲労をしている。相次ぐ不祥事によって、官僚への信頼は失墜してしまった。これを「官の無誤謬性神話の崩壊」と呼ぶ。



無誤謬性の維持こそが、官僚システムの要であり、官僚のアイデンティティーなのだ。役所は無誤謬性を維持するために、過ちを認めない。また、できるだけ情報を出さないようにする。

岩崎氏の頭の中では官の無誤謬性は健在なのだろう。「過ちを認めて事後的に変更されるABCは無誤謬性がないので信用できない。だから、過ちを認めない水産庁が決定するTACの方が信用できる」というのが彼の主張の骨子だ。

そもそも研究者は最初から無誤謬性など主張していない。資源評価が不確実であることを認めているからこそ、新しい情報が得られるたびに資源評価を更新しているのだ。そして、そのプロセスを公開し、透明性を高めることで社会的信用を得ようと考えている。常識的なアプローチと言えるだろう。

無誤謬な資源評価など世界中どこを探してもないわけだ。だからといって、科学的な資源評価を無視しても良いと言うことにはならない。例えば、UNCED「リオ宣言」では、次のように明記されている。

破壊から環境を保護するために、諸国は、それぞれの能カに応じて、広く予防的アプローチを展開すべきである。深刻なあるいは不可逆的な損傷がじる恐れがあるような場合、費用効果的に有効な対策について、科学的不確実性を口実にして、その実施引き延ばしを図るようなことがあってはならない。

「不確実性を口実に管理・保全をしないというのは駄目ですよ」ということだ。不確実性を前提にするなら、最善の策は、①意志決定プロセスの透明化を徹底することと、②新しい情報を素早く取り入れることの2点である。現行のABC決定に関しては、まだまだ改善の余地があるが、研究者は一貫して、このような方向を目指してきた。

水産庁とわれわれ研究者では目指すところが全く違うのだ。それをまとめると次のようになる。

水産庁の無誤謬性による安心システム

前提条件:エリートである官僚は間違えないだから、国民は丸投げして安心

行動規範:官僚は国民に余計な説明はせず、一度決めたことは変えなければよい



研究者の説明責任による信頼システム

前提条件:人間誰しも間違える

行動規範:説明責任を果たすことで信頼を得る。過ちが明らかになったら、素早く対応する。

ABCが事後的に更新されることをもって、ABCは信用できないと主張する岩崎氏は、自らの無知をさらけ出しているだけである。 そもそもだれもABCの無誤謬性など主張していないのだから、岩崎氏の文章は何の反論にも成っていないのである。


「水産庁はABCを絶対視すべきでないと言ったと勝川氏は非難しているが・・・」の部分は稚拙な印象操作である。元の俺の文章はこれ。

ABCとTACの乖離を批判する声に対して、水産庁は「ABCを絶対視すべきではない」と主張し、ABCへの批判を繰り返している。ABCとの乖離を批判している人間は、ABCを絶対視しているのではなく、根拠がないTACを問題視しているのである。TACに対してABCと同レベルの説明責任を果たした上で、TACの方がより妥当であると示せるなら、誰も文句は言わないだろう。

ABCを絶対視しろと主張しているのではない。むしろ、逆立ちしてもそう読めないように書いたつもりだ。岩崎氏はこの文章に反論をしているのだから、読んでないと言うことはあり得ない。「ABCを絶対視しているのではなく、根拠がないTACを問題視している」と明記しているのだから、うっかり読み違えるはずがない。読者をミスリードするために、故意に読み違えたと考えるのが自然である。まともな反論ができないから、せこい印象操作をしたのだろう。しかし、こんな稚拙な印象操作が通用するほど世の中は甘くない。

無責任発言時代か(岩崎寿男)を読み解く その1

[`evernote` not found]

俺の基本スタンスとして、自分に対する反論は大歓迎だ。議論を通して、論点が明らかになることもあるだろう。ただ、岩崎氏の反論はレベルが低すぎて、議論にも何にもなりゃしない。そもそも無理解や誤解の上に批判を展開しているから、どうしようもないのだ。まあ、水産庁の中枢にいた人間のレベルがよくわかるという点では価値はある。また、改革に反対する勢力のお粗末さもよくわかるだろう。まともな反論はできない上に、勝手に墓穴を掘ってくれる岩崎氏には今後も活躍をしてもらいたいものだ。ただ、残念なことに、この人の文章は、ほとんどの人には理解不能だろう。これではもったいないので、解説を入れることにする。

まずは、4/10日の文章について分析してみよう。

最初の3段は、独善的とか、無責任とか、抽象的に誹謗しているだけで、特に内容はない。「おまえのかあちゃんでべそ」レベルですね。

笑ってしまったが「多くのデータにより普遍的に自分の主張が成立することを実証して論じるという通常の学者のルール」の下りだ。水産庁→北まき理事という都合の悪い過去を隠してる人間が偉そうに何を言う。当事者が第三者を装って自己弁護をするのは、人としてのルールに反していると思うけどな。

4段目はまっとうな内容だと思ったら、俺の文章の要約だった。ABCを超えたら乱獲というのはABCの定義から自明だし、根拠が不明なものより、根拠が明らかな方が信用できるというのも当然だろう。ルールを破る不届きものがいるのだから、何らかの強制力が必要なのは自明だし、現在まったく機能していないTAC制度を改善するのは当然だ。俺の言っていることは、実にわかりやすいじゃないか。

ABC値以上獲ると乱獲は誤り
これは、岩崎氏のABCに対する無理解を示している。ABCとは、そもそもの定義からして、それを超えたら乱獲になる閾値なのだ。「ABCを超えても乱獲ではない」というのはあり得ない。ABCを超えても乱獲ではないなら、それはABCではないわけだ。


資源が減るとか不都合なことが起きているか。起きていない。
では、大中巻き網対象魚種の資源量を見てみよう。マイワシは明らかに減っているし、マサバは増えているとか言い切っているが、対馬系群は明らかに減っている。マサバ太平洋についても、卓越を獲り尽くしただけだ。「乱獲で資源回復の芽を摘んだ」というのが適切な表現だろう。マアジも太平洋は減少傾向だし。まともなのはマアジ対馬ぐらいじゃないか。
img08051901.png
そもそも、北巻きなんて、獲るものが無くてモグラたたきみたいに未成魚が沸くたびに根こそぎ獲っているんだから、不都合があるのは明白だろうに。不都合がないなんて寝言は、休漁補償金を返納してから言ってほしいね。

サンマの漁獲はABCを下回っていたが、ここ数年、資源は下がり気味であり、ABC値は資源管理の基準として不適切である。
魚は自然変動する。歴史的にも希な高水準にあるサンマが、平均的な水準まで自然減少するのは当然だろう。サンマは超高水準から、高水準へと自然減少をしただけで、資源状態は現在も良好だ。資源量と比べて漁獲の規模は小さいから、まだまだ獲れる。出荷調整をしているだけで、まじめに計算すればABCはもっと多い。
岩崎氏は「ABC以下の漁獲なら資源は必ず増える」と勘違いしているようだが、そんなことはない。高水準のサンマは獲らなくても自然に減る。だからといって、ABCをゼロにして、現状を維持するために種苗放流をするべきだろうか。それこそ理不尽だろう。高水準資源については、ABCは漁獲の妨げにならないように設定すべきだし、実際にそうなっているのだ。
サンマや、するめいかは、高水準から、通常の水準へと戻っているだけで、今の資源状態は悪くない。ここ数年は、もっと獲っても問題は無かった。一方、マイワシとかマサバとか超低水準の資源は、一刻も早く回復措置を執る必要がある。特にマイワシは、現状を維持するだけでは危険な水準なので、安全を見て控えめに獲るべきなのだ。ABCは資源の状態を考量した上で、設定されている。「漁獲がABCを超えたら資源が減る」とか、「漁獲がABC以下なら資源が増える」と言ったものではないのだ。まあ、こんな勘違いをするのは岩崎氏ぐらいだろうが。

今日のブログはお休みです

[`evernote` not found]

みなと新聞の原稿を鋭意執筆中です。
今日が締め切りなんだけど、まいったなぁ。
というわけで、今日はブログを書く余裕がないです。
今回は、Wormの2048年漁業消滅説の解説をします。
国内のネタは扱いませんので、
肩の力を抜いてお楽しみください。

無責任発言時代か 岩崎寿男 その2

[`evernote` not found]

iwasaki2.png

無責任発言時代か 岩崎寿男 その1

[`evernote` not found]

TAC制度をちゃんと見直すように、厳しく批判をしたところ、変なところから反論(?)がきた。

iwasaki1.jpg

この人は水産庁から、北巻き理事に天下ったんだけど、業界の守護神を自認しているみたいで、
俺に関する怪文書をばらまいたり、いろいろとがんばっているのだ。
水産庁&北巻きといえば、俺が常にやり玉に挙げているツートップであり、
水産庁から北巻に天下った岩崎氏は、当事者の中の当事者と言えるだろう。
岩崎氏が部外者だったら、当事者なんて日本に一人もいなくなるというレベルのバリバリの当事者だ。
にもかかわらず、みなと新聞では「漁業経済学会会員」とか「「民間の学識経験者」とか名乗っているから、
あきれてしまう。
まあ、確かに天下りしたら民間人だし、金を払って学会に入っていれば学識経験者と言えないこともない。
嘘ではないかもしれないが、当事者が当事者であることを隠して批判をするのは、フェアではない。
このあたりの行動が岩崎氏の本質をよく表していると思う。
まあ、岩崎氏が自らの過去を隠しても、俺が書いちゃうから、隠している意味はないんだけどね。

みなと新聞連載 08年3月 後編

[`evernote` not found]

みなと新聞 3月21日

minato0802b.png

TAC制度の見直しに入る前に、問題点を指摘しておこうと思ったんだけど、
問題点を列記していくときりがないんだよ。
当時のブログにはこんなことが書いてあったりする。

水産庁が4月からTAC制度を見直すらしい。良い機会なので、みなと新聞の連載用に「TAC制度の問題点と改善案」をまとめてみたのだが、気がついたら9ページもの大作になっていた。連載記事の目安は1500文字なんだけど・・・

ど う す れ ば い い ん だ ?
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/03/post_311.html

1回で納まるようにがんばって削ったんだけど、結局、2回になってしまったよ。
みなと新聞が太っ腹だから、全部載せてくれたのでよかった。

この連載で言いたかったことは、
1)TAC制度は資源管理になっていないので、現状を正当化するのは無理。
2)ABCが駄目だとか居直って、何も変えないつもりなら、後で困るよ。
3)だから、気合いをいれて見直した方が良いよ。でないと後で公開するよ
ということだ。
これだけストレートに書けば、誰が読んでもわかるだろう。

みなと新聞連載 08年3月 前編

[`evernote` not found]

TAC制度を見直しするとはいうものの、聞こえてくるのはABCへの非難ばかり。
使いもしないABCじゃなくて、TACを何とかしないとだめだろうに。
ということで、「今のままじゃ駄目なんだから、ちゃんと見直してください」と熱いエールを送ったのがこれ。
みなと新聞の08年3月20日の1面に掲載されました。

img08050803.png

エールは届いたかな?

TAC制度の見直し会議1回目の感想

[`evernote` not found]

みなと新聞4月28日 1面より引用

minatoTAC.png

ついにTAC見直し審議が始まりましたね。
プレスリリースはこちら→http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kanri/080417.html
委員についての詳細はこちら→http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kanri/pdf/080417-01.pdf

まず、須能委員の「水産業管理という視点が必要。漁業者だけでなく、加工・流通を含む国民的視点で議論を」という発言には全面的に賛成。また、川本委員の「金額により漁業が成り立つかが最大の眼目」というのは、資源が無ければ漁業は無くなるので、それだけではだめでしょう。重量ではなく金額(利益)ベースで考えるという視点は、大切なことですね。限られた自然の生産力の範囲で、最大の利益を得られるようなサプライチェーン(漁獲→加工→流通)を構築することが重要です。その上で、漁業者・加工業者・流通業者に利益が平等に配分できるような枠組みを模索すべきでしょう。

馬場座長代理は、いつもの「反対!!反対!!」ですね。

黒倉・大倉委員の「納得できるプロセスを設けるべき」というのは、「誰が」納得するのかが不明です。「国民が」なのか、「特定漁業者が」なのか、「水産庁が」なのかによって、大きく異なるはずです。藤島委員の「漁業者が納得しないと無理」というのは、「漁業者が反対するから資源管理は無理」という意味なのか、「資源管理をするために漁業者を納得させる必要がある」という意味なのか判断がつきません。魚がいなくなれば、漁業がなくなるわけですから、納得しようがしまいが、乱獲はだめでしょう。漁業者だけの問題ではないのですから。ただ、漁業者にも納得できるように説得をすることは重要だと思います。

大倉委員の「(TAC)対象となる要件が曖昧」という批判は当たらないでしょう。重要な広域資源を網羅するという意味では、現在のTAC対象魚種はかなり妥当な判断だと思います。ただ、問題がある資源も無いわけではない。TAC対象でも分布の中心が日本のEEZの外側にあり、資源評価ができないようなものは、国際的な枠組みで管理をすべきでしょう。また、ブリやイトヒキなどはTAC対象とすべきだろう。「いたずらに対象種を増やす」べきでないのはあたりまえだが、この部分はちゃんと議論をする必要がある。6回も会議があるんだから、1回ぐらいはTAC対象の見直しにつかっても良いだろう。

長屋委員の「ITQは構造政策に関係する」というのはまさにその通り。今の構造ではだめだから、ITQを導入して構造を変える必要があるのだ。川本委員の「ITQは寡占化を招く、非常に問題を含んでいる」というのは論外でしょう。「ITQを導入しなければ寡占化を防げると思っているなら、とんだ世間知らずだなぁ」と思ったら、全巻関係者でした。納得。
img08050102.png
日本の漁業者は激減し、20万人を割り込み、さらに減少中だ。60歳以上が約半数を占める一方で、24歳以下は3%にも満たない。つまり、ITQをやらなくても、漁業者は減り、寡占化は進むことは確実なのだ。

日本漁業は、どう転んでも、ある程度の寡占化は不可避なのだ。ただ、今まで通りの早いもの勝ちを続けるか、生物学的な漁獲枠を遵守するITQを導入するかで、その先の漁業の行く末は大きく異なる。

早い者勝ちの無管理状態では、より早く、より根こそぎ獲った漁業者が生き残る。乱獲力の高い漁業者が生き残り、資源の枯渇は加速していく。今のままでは、資源をどこまでも減らし、漁業者もどこまでも減るだろう。行き着く先は漁業という産業の崩壊である。

漁業者の減少を食い止めるには、ABCを遵守して資源の減少を食い止める必要がある。その上で、ITQを導入すれば、漁獲枠あたりの利益が多い漁業者が生き残る。漁獲枠あたりの利益の向上が、漁業者の維持につながる。一定の漁獲枠から得られる利益が倍になれば、倍の数の漁業者が生き残れる。生物学的な漁獲枠を遵守するITQこそ、漁業者の減少を最小限に抑える方策なのだ。

「非常に問題を含んでいる」のはITQではなく、資源管理を放棄してきた日本漁業の方である。ITQは日本漁業の構造的な問題の一部を解消するのに役立つだろう。

長屋委員が指摘するように、ITQの導入は漁業のあり方を大きく変えることになるので、いきなりITQを導入というのは、難しいだろう。まずはIQを導入し、漁獲枠の譲渡に関しては時間をかけて議論をしていくのが良いと思います。

「漁業不振は諫早干拓が原因」賠償など求め漁業者が国を提訴

[`evernote` not found]

 長崎県の国営諫早湾干拓事業を巡り、有明海の漁業不振は同事業が原因として、同県諫早市と佐賀県太良町の漁業者41人が30日、国を相手取り、潮受け堤防の常時開門や総額約2億4800万円の損害賠償などを求める訴訟を長崎地裁に起こした。同事業を巡る訴訟で諫早湾内の漁業者が原告となるのは初めて。
 訴えたのは、諫早市小長井町漁協の9人と佐賀県有明海漁協大浦支所の32人。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20080501-OYS1T00187.htm

この裁判は要チェックですね。干拓事業と漁業不振の因果関係を裁判で証明できるかがポイントでしょう。

書評「築地 魚河岸三代目」

[`evernote` not found]

料理漫画といえば、お○しんぼが有名だが、もうぐだぐだみたいだね。美味しんぼに関してはここのレビューが秀逸。100冊まとめて振り返るとという、そのエネルギーに脱帽だ。

初期を「山岡アウトロー編」、その次を、栗田との恋愛関係を描いた「恋の鞘当て編」そして「東西新聞の危機編」最後に「もうただなんか食ってるだけ編」といった感じ。

この分析も実にわかりやすい。アウトロー編は楽しかったんだけどなぁ。

それはそうと、料理漫画といえば、これですよ、「築地 魚河岸三代目」。映画化されるみたいだから、人気があるのでしょう。

この漫画の特徴は、しっかりと一次情報に取材をしたうえで、事実をふまえてストーリーを組み立てていることろだろう。たとえば、21巻のハンスさんは実在するし、22巻の海和商店は亀和商店のことだろう。フィクションというよりは、ドキュメンタリーのような感じだ。取材をしないことで有名な某長寿漫画とはえらい違いだな。いろいろと勉強になることは多いんだけど、特に今日紹介する21巻と22巻は絶対に読んでおくべき。


築地魚河岸三代目 21 (21) (ビッグコミックス)
鍋島 雅治
小学館
おすすめ度の平均: 5.0

5 遂に映画化!目指せ釣りバカ(笑)

21巻のみどころは、ノルウェー編です。三代目がノルウェーにいって、現地の漁業&サーモンの養殖を見学します。 ノルウェーの漁業を見た後の隠居(二代目)と三代目の会話が実に良い。

隠居 「近代的な捕鯨や遠洋漁業などの水産業は主にノルウェーから学んだのだよ。俺はノルウェーに来て日本の水産業はもう一度、ノルウェーを見習う必要があると思ったんだ。」
隠居 「ノルウェーの水産業がすばらしいのは、官・学・民の協力体制によって行われていることだ。」
隠居 「それは、官も学も民も同じ目的意識を持っているからだと思う。」

三代目 『同じ目的意識・・・』

隠居 「ああ・・・絶対にコモンズの悲劇を起こしてはならないという、強い共通の意志だ。」

俺もノルウェーに行って、ご隠居と同じことを思った。


築地魚河岸三代目 22 (22) (ビッグコミックス)
鍋島 雅治
小学館
おすすめ度の平均: 4.0

4 映画化決定の人気作!

22巻は「海を守るロゴマーク」の話が良い。MSCの生い立ちや現状がわかりやすく書かれている。俺がこれまで目にしたMSC関連の文章の中で、この漫画が一番わかりやすい。漫画には、漁業の現状を憂える千満四代目(小学生)が登場する。この四代目のストレートな発言が実ににすがすがしい。

四代目「ばかじゃないの?魚を獲るのが仕事なんでしょ!
魚を根こそぎ捕ったら絶滅しちゃうじゃん!
魚のすみかやえさ場まで破壊したりしたら、次からとれなくなっちゃうじゃん。
なんでそんなことがわからないんだよ!!」

四代目「やっぱり僕は無駄だと思うよ。
   ・・・
生産者側の意識が高くても消費者側の意識が低ければ話にならないんじゃないの?
   ・・・
そんな日本でMSCが広まると思う方がどうかしているよ・・・・」

まあ、実際その通りなのですが、それをどう変えるかを真剣に考えていかないとね。

Home

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 0
  • 今日: 310(ユニーク: 76)
  • 昨日: 655
  • トータル: 9476589

from 18 Mar. 2009

Return to page top