- 2009-04-24 (金) 17:29
- 書評
いろいろとアラはありますが、こういう本が出たこと自体は、実に喜ばしい。農政トライアングルの「自給率ないない詐欺」にたいして、「なんか変じゃない?」という視点を、消費者が持てるのは良いことだ。食糧危機については、生産者が都合良く危機感をあおりすぎだと思う。ただ、水産分野の内容は、ちょっと、あんまりなので、専門家として、ツッコミは入れておこう。
買い負けの相手は中国ではない
そもそも、買い負けについて、中国を軸にして話をしている時点でわかってない。中国は世界最大の水産物輸出国である。日本のライバルは、水産物の輸入超過な米国と欧州だ。ノルウェーのサバも一部は中国に流れているけど、中国で加工されて、最終的には日本に来る。もちろん、中国への買い負けが全くないわけではないけれど、日本で養殖の餌にしていたサバが、中国に流れてるとか、そのレベル。
養殖では水産物の増産は無理
「水産物の増産は、養殖以外では困難です」と書いているのも、おかしい。養殖1kgをつくるのに、天然魚が5~10kg必要になるので、養殖を増やせば、それだけトータルで利用可能な水産物は減るんですけど・・・
世界の水産物消費は先進国を中心に増えている
世界の水産物消費は、途上国で一時的に増えるだけで、経済発展するとむしろ減る傾向にある、というのが筆者の基本的な主張。FAOStatを見ればそうではないことは明白だ。一人当たり消費量も先進国を中心にふえている。むしろ、低水準にとどまっているのは途上国である。
筆者は先進国での水産物消費が増えてないと主張する根拠は、いったい何かというと、「個人的な伝聞」と「個人的な印象」だ。
現場の人に聞きますと「・・・」と言います。
・・・というのが私の印象です。
どこのレストランに行ってもそういう印象をうけます。
現地の研究者に話をきいても「・・・」だそうです。
こんな表現ばっかりです。客観性の皆無な、印象と伝聞を重ねて、欧米人は魚を食べていないと結論づけている。唯一数字が出てくるのは、英国の水産物の低下を述べた部分である。「イギリスでも1960年代以降、水産物消費は減ってゆく傾向にあって、1961年の一人当たりの水産物消費量が年間20.1キロあったのに対し、2001年には15.6キロまで落ちています」と書いているが、この数値はデタラメだ。1961年がスタートということはFAOの統計だろう。1961年の値は、FAOの統計とあっているが、その後が違う。
確かに英国の水産物消費量は1961年から下り坂であった。しかし、その後、上昇に転じるのである。英国の水産物消費は、肩下がりとはいわない。どう見てもV字である。で、V字の底が、15.6キロなんだよね。最初の値や、底の値などが、中途半端に正しいのが、不思議な感じだ。
1960年代から1980年代までの下降は、魚から肉へのシフトであった。その当時の魚のイメージは悪かったのだろう。しかし、80年代以降、健康志向を背景に、魚のイメージは、肉よりも良くなった。サブプライム直前まで欧州の景気は良かったので、肉がないから、仕方が無く魚を食べるような状況ではなかった。筆者は「欧米ではもとも魚は肉の代用品で、ハイクラスの人が食べる食材ではないのです。」というが、おそらく、現在の欧州では、所得が高い層ほど、魚を食べているだろう。
英国内のデータを集めてみたら、予想以上に家庭に入り込んでいることがわかった。
http://www.seafish.org/upload/file/market_insight/Seafood_consumption.pdf
2007年のドキュメントみたいだけど、家庭での魚の消費は、2000年から2007年に16%増えたようだ。
英国人が水産物を食べる頻度
食べない 10%
週に1回より少ない 13%
魚を週に1回食べる 36%
週に2回食べる 26%
2回より多く食べる 13%
結論
筆者は次のように結論づけるが、同意できない。
しかし世界の水産物消費の傾向をデータとしてみていると、「世界人口の増加と発展途上国の経済成長によって、世界の魚は争奪戦になり、日本人の口に入らなくなる」ということはないのです。
まず、「データを本当に見たのか?」とツッコミをいれたい。また、最近の一連の記事で示したように、途上国の魚を、先進国間が争奪戦をしているというのが基本的な構図であり、筆者は、根っこの部分で勘違いしているようである。「知らないなら、書かなければよいのに」、というのが、俺の率直な感想でした。
これから魚の輸入量は減るという俺の主張と、魚は余っているというこの筆者の主張のどちらが正しいかは、FAOStatでもつかって、読者の皆さんで検証してみてください。
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Comments:2
- 大は小を飲み込む 09-04-25 (土) 12:41
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書評、大変参考になりました。本書を読み、おそらく農業の部分についても、玉石混合の分析なのではないかと思いました。提示した分析が部分的に正しく、筆者の示す鳥瞰図が間違ったものである場合に、これを的確に指摘できるのは専門家だけでしょう。もちろん、本書にもかなりの真実があるだけに、科学的議論の土俵に乗せるのは、この著者の方にとっても、読者にとっても有意義なことであると思います。地球温暖化説や石油枯渇論なども、ミクロな分析が個々に正しくとも、これを統合すると奇妙な見解となったりする場合が多いじゃありませんか。漁業や農業などは、人口・所得・投入エネルギーといったパラメーターを動態的に分析しつつ、自然科学の知識、地政学等を加味したうえで、著者が全体像を総括するということなのでしょう。本書のような一般向けに書かれた書がヒットして、勝川先生が厳しいコメントを述べたというのは、いかにも健全な民主主義であるな~と感じました。これこそ、持続的漁業・農業への第一歩なのではないでしょうか。
- 勝川 09-04-27 (月) 6:41
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漁業以外の部分は、斜め読みですが、共感できる部分もかなりありました。漁業の部分をとりあげて、本書の内容を全否定するのはもったいないですね。自給率ナイナイ詐欺で消費者を脅して、高い国産物を買うように仕向ける、従来の食料本とはひと味も、ふた味も違う。あと、漁業の部分については、情報が少ないので、門外漢が書くとピントがずれてしまうのは仕方がないと思います。食料全体で考えたとき、漁業の情報が欠如しているのです。これに関しては、水産分野の専門家がろくに情報を公開してこなかった、というか、食料という視点で漁業を扱ってこなかった弊害です。
マクロ的視野で水産についても問題を明確にした上で、他の食料分野の専門家と共同で、日本および世界の食糧問題について考えていく必要があると痛感しました。
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