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漁業における競争の質

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人間の漁獲能力が自然の生産力を凌駕している状況で、「競争が無い世界」などは、あり得ない。
例えば、漁業者を今の半分に減らしても、競争は無くならないだろう。
競争は必ずしも悪いものではなく、産業が発展していく上で不可欠なものでもある。

競争が存在するかどうかよりも、競争の質を問わなくてはならない。
その競争のもとで産業がどの方向に進むかが重要なのだ。
産業を長期的に発展させるような良い競争があれば、
産業を衰退させるような悪い競争もあるのである。
水産行政の果たすべき役割は、良い競争によって、産業をより生産的にすることである。

現在の日本漁業はほぼ無管理状態であり、
至る所で早獲り競争が繰り広げられている。
無主物である水産資源を誰よりも早く漁獲するために、
漁業者は網目を小さくして、値崩れを承知で獲りまくる。
限られた自然の生産力から利益を出せるような漁業は、
後先考えず未成魚を根こそぎとるような漁業には太刀打ちできない。
現在の日本漁業の競争原理は「より早く、より多く」である。
その結果、乱獲が蔓延し、漁業はますます非生産的になる。
適切な規制をしないかぎり、漁業の生産性は確実に失われる。
日本は、適切な規制をするどころか、
非生産的な漁業を税金で支えているのだから、漁業は衰退するのは自明である。
すでに漁業から利益をだすことが困難になり、
魚を巡る競争から、補助金を巡る競争へのシフトが進んでいる。
現在の日本漁業の衰退は、何のビジョンもなく「悪い競争」を放置してきた当然の帰着である。
今なら、まだ間に合う漁業もたくさんあるので、
無責任な乱獲放置は一刻も早く止めなくてはならない。

無規制漁業の末路
共有地の悲劇→悪い競争→乱獲→漁業の衰退

この不毛な連鎖を解消するには、個別割当制度が有効である。
予め個々の船や地域に漁獲枠を配分しておけば、早どり競争を緩和できる。
自らの取り分が確保されているので、漁業者は自らに与えられた枠の中で利益を伸ばそうとする。
限られた漁獲枠から、より多くの利益をあげるための競争になる。
競争が変われば、漁業のあり方も変わる。
例えば、日本の漁船は船倉と網が大きい。より多く獲るための漁船である。
一方、個別割当制度が導入されているノルウェーの漁船は、網が小さい。
早獲り競争がないので、網を大きくして一網打尽にする必要がないのだ。
その代わり、彼らは魚の質を上げるための投資を惜しまない。
魚の値段が最も上がるタイミングで漁獲を行い、
魚体を傷つけないようにフィッシュポンプで水揚げをして、
殺菌された冷凍海水をふんだんに使い、素早く水揚げをする。
競争原理を変えることで、漁業の方向性が変わる。
単価を上げる競争がによって、漁業全体の利益は増加していく。
これが、良い競争の条件である。

我々の目標は、「漁獲効率」の意味を変えることである。
現在の漁獲効率とは、「より低コストで、より早く、より多く獲る」ことを意味する。
こういう漁獲効率を皆が追求したところで、乱獲が蔓延して、漁業が衰退するだけである。
21世紀の漁業が目指すべき効率は、資源の再生産に与える影響に対して大きな利益を得ることである。
日本漁業の衰退を食い止めるには、後者の意味で効率的な漁業が生き残れるような漁業制度に変えなくてはならない。
そのための現存する唯一の処方箋が、個別割当制度なのである。

Comments:3

県職員 08-04-02 (水) 8:38

そのための現存する唯一の処方箋が、個別割当制度なのである。
→おっしゃる通り,ITQは理想なのかも知れませんが,既存の漁業制度のドラスティックな改革が必要ですので,出来るだけ近い将来にはそういった方向性で政策を進めるよう水産庁には頑張っていただきながら,例えば目合いを拡大して小型魚を獲らないようにすると言った従来型の漁獲管理に指定漁業には早急に取り組んで頂くというのはいかがでしょうか。多くの沿岸漁業では許可の制限又は条件で目合いやら,操業期間やら,対象魚種やら細々と取り決めがなされているにもかかわらず,指定漁業はあまりにも放置されすぎてますし,指定漁業には資源管理意識すら根付いてないでしょうから。

勝川 08-04-02 (水) 23:59

もちろん、個別漁獲割り当てと漁具等の規制はalternativeではありません。
私も、両者を組み合わせて使うべきだと思います。

漁具等の規制に関しては、資源回復計画の守備範囲ですが、
たとえばマサバ太平洋系群に関しては、全く効果が出ていないわけです。
実効性のない規制をする代償として、補助金をちゃっかりゲットみたいな感じです。
早獲り競争があるかぎり、いろんな規制をつくったところで、
漁業者は抜け道を見つけるだけでしょう。

個別割り当てにすることで、利益率の高い個体を選択的に狙うことに対して
経済的なインセンティブが生じます。
こういったインセンティブがあって初めて、
目合いの拡大なども受け入れられるのでは無いでしょうか。

ということで、私的には両者を並行して進める、
もしくは、個別割り当てを先に入れるのが良いと思います。

ウエカツ水産 08-04-04 (金) 13:38

to:勝川さま

初めまして、境港在住ウエカツ水産と申します。様々な提議をしていただき、いつも楽しみに拝見しております。

さて今回、
個別漁獲割当制の国内の実例について少々お伝えします。
境港のベニズワイガニ漁業(大臣許可かにかご漁業)は、昨年9月より個別漁獲割当制を導入しました。

取り組んでいる操業船は、境港を根拠地として日韓暫定水域および我が国水域で操業する当該漁業大臣許可船で、島根県5隻、鳥取県5隻、新潟県2隻、計12隻。

ベニズワイガニ(以下ベニガニ)は、深海生物であるため科学的知見も乏しく絶対資源量が把握できていないため、従ってTACも設定できません。TACのない個別漁獲割当制とは?アリですか?あるIQ信者の人は、そんな科学的根拠のない個別割当は詐欺だ、と言いましたが。

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これには背景があります。
当初、当地のベニガニ資源回復計画(平成17年より実施)は、従来7~8月の禁漁期に1ヶ月の休漁追加をもって10%の漁獲努力量の削減をおこない、これによって資源の減少傾向を止め、将来的には増加も期待する、というような、いささかぼやかした内容でスタートしました。スタートを切ることを第一義としたからです。

実際、この休漁でさえ、島根・鳥取・新潟のうち県からの支援体制ができたのは鳥取のみで、他船籍の船は、国と自前の分担金だけで休漁を決断した状態でした。

加えて、平成17年3月の油賠法の施行によるベニガニ加工原料の輸入停止、そして平成18年10月の北朝鮮核実験→経済制裁により北鮮漁場に出漁していた3隻の減船(国内漁場に操業船を増やさないための措置として)が相次いで起こり、加工・仲買サイドから休漁措置を見直してほしいとの要望が出されたわけです。

ちなみに当地では回復計画の実施を契機として平成17年より「境港ベニズワイガニ産業三者協議会」を立ち上げており(三者とは生産者・荷受け・加工仲買)、当該計画の内容はもちろん、安定した需給を確保するための市場形成、自主的な相互監視体制の構築、付加価値向上や流通の改善、産物のPRなど、当該産業に関わる全ての事項を合議・決定する体制にあります。
原則は「前浜あっての沖、沖あっての前浜」の精神です。

さて、原料の供給不足は必至であるが、それではここまで来た回復計画の取り組みを後退させるのか、という議論を当協議会で重ねた結果、「漁獲努力量」ではなく「漁獲量」で10%削減をしてはどうかとの案が浮上。
ちょうど平成17年以降、暫定水域内の漁場を新規開拓したこともあって水揚げが上向きつつあったことを幸いに、「現状より後退しない」を是とし、平成18年度漁期の各船漁獲量の10%を減じた量を上限とし、それを積算した量を総漁獲量上限とすることとしました(通常なら過去5中3の平均、といったところでしょうが)。

そして、更にその総枠を各船の実績に応じて再配分し、平均漁獲に満たない6隻の船に対しては、「暫定水域内の漁場を新規開拓したときに限り(暫定水域内は回復計画の対象外なので)」平均漁獲量までは獲れるようにする留保枠を設定しました。

また、この措置に併せて、漁獲サイズ以下の資源を効率よく残すため、9㎝以下の小ガニを生きた状態で逃がすことのできる脱出口(リング)の導入を開始しました。これは平成23年には全カゴ換装の見込みです。
リングの効果および各船の漁場別の体長組成調査は、鳥取県水産試験場と業界の共同研究という形をとり、継続してモニター中です。

これらの取り組みを全て合わせ、年間総漁獲可能枠約1万トンということで三者協議会において合意し、現在に至っております。この方式は適宜修正を加えていく必要があるかと思われますが、当面、平成23年まではこのまま動かしつつ様子見です。
陸も沖も、常にモニターしながら今後の改善策(資源が回復した場合の増枠や譲渡可能にする妥当性の検討)を練る、というやり方です。

生産者にとってみれば、資源が増えてきてもこれ以上は獲れない→漁場を合理的に管理しカニ質を向上させることによって単価を上げる努力をせざるを得ない。
荷受けや加工仲買にとってみれば、従来の薄利多売型の商売方法にしがみつかず、質の向上したカニをより高価値で販売するための努力を開始せざるを得ない。
ということになり、本来利害の対立する2者および中に立つ1者が、それぞれ智恵を出し合い、死なない程度ギリギリのやせ我慢を続けられるバランス点を維持すること、これが継続のカギです。

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結果として、漁期後半に入った現時点で、漁獲量が1割減にもかかわらず、漁獲金額は2割増、単価は最高で4割増というのが現況です。

これを聞いて、ヨカッタではないですか、やはりIQですね、と喜び自己確認・持論肯定される方もおられましょうが、これまで述べ来たましたとおり、これで厳密にIQと呼べるのでしょうか。違いますね。
境港では、念のため「資源管理に基づく漁獲上限制」という名称にしております。
ま、地域が合意の上でちゃんと前に進めることができるなら名称は何だっていいわけですが、ややこしい人がたくさんいるご時世ですから、誤解は避けねばなりません。

また、カニという移動性の少ない、特にカゴ漁業という固定性の強い漁具において、このような管理ができたからといって、これに汎用性があるかと言えば、必ずしもそうではないでしょう。
逆に、あれはカニだからできたのだと言って終わりでは、何の進化にもつながらない。
要は、ここから日本の地域適応型管理漁業のエッセンスと可能性を抽出してほしいと願う次第です。

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昨今のIQやITQをはじめとする日本漁業の再生理論は、とかく西洋型を模範としている傾向があり、これに対して日本型の管理方策、すなわちTAC・TAE・IQ・その他可能性のある取り組み全てを含めて地域ごとに最も適した維持管理方法を早急に模索すべき時期なのですが、ZGRやFAGも反発心が先行するが故か遅々として進まず、といったように見受けます。
少なくともこの課題について大きな組織が何を考えているのか、境港からは見えないし聞こえてきません。

いずれにせよ、仮に大きな中央組織がアテにならないようであったとしても、たとえば現場の各漁業(産業)ベースの組織(既存の漁連単位、もしくは新たな機構等の設立)に西洋案に代わる具体案を創出する機能を求めていく必要があると思っています。その中で欠かせないのが、金が出ない以上、関係者のやせ我慢の臨界点を探るための調整であり、問題は、それをダレがやるのか、です。

抜本的改革が必要、と言う人が多い昨今ではありますが、現場から見るとそんな大げさなものではなく、今よりも一歩でも良い方向に進むために、地域や漁業種類に最も適した取り組みを合理的に発想・選択し、それらを複合的に取り組み、継続する、ということだけなのです。手段は問いません。

つまり“抜本的”ではなく、地域ごとに短・中・長期的ビジョンをしっかりつくり、ひとつひとつこなしていく、ということに尽きます。

端的な表現になりますが、IQ派もアンチIQ派も、理論的にはそれぞれおありでしょうが(ない方もおられるようですが)、失礼ながら、いずれも頭の体操に見えるのです。勉強にはなるのですが。
いずれの考え方にせよ、実際に、その理論でちゃんと現場を調整して資源管理へ向けて進んでごらんなさいと申し上げたい。公的に意見を述べる責任がそこにあると思います。分業でもいいのですけど、その場合は連携作業が必要になります。

水産の世間を見渡しますれば、漁師はもう信用できないとして全面的に大きな力で管理しようとするのか、あるいは、漁師は必ず自らを管理できるようになるとして新たな連携作りを構想するのか、あるいは論外ですが単に保身に腐心してうわべだけもっともらしく飾るのか、このへんで議論の方向性とこの問題に対する姿勢が分かれているように見えます。

私は、日本の水産業に関わる限り、有象無象の漁業者の可能性を追究し、徹底的につきあうスタンスをとっていただくことを各方面に期待しています。
たしかに中にはヒドイ漁業もありますが、これもまた、調整・教育・脅し(もとい危機感の煽り)によって活路を開けるものと考えています。いずれにしても今のままでは早晩死に絶えてゆくわけですから。

ご参考まで。
不躾な長文、失礼いたしました。

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