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もしも、管理をしていたら・・・

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マイワシを適切に管理していたら、今頃どうなっていたかをシミュレーションしてみよう。
ここでは例として、2004年の親魚量が1993年の水準と等しくなるような漁獲率で
資源を利用した場合を検証する。

1980年代以前の平均的な選択性で、
2004年のSSBが1993年の水準と等しくなるような漁獲圧を計算した。

年齢
0
1
2
3
4
5+

漁獲死亡係数
0.140709844
0.356948433
0.600864557
1.173329302
1.608210854
1.44768474

漁獲率
0.131258654
0.300191416
0.451662638
0.690664646
0.799754438
0.764885992

ちなみに、この漁獲死亡係数は、1980年代以前の水準よりも高い。
別に禁漁のような厳しいことをしなくても、親魚量の維持は楽勝だったのだ。

では、この年齢別漁獲率で漁獲をしていたら親魚量と漁獲量はどうなったかを計算してみよう。
管理シナリオとして、1993年から漁獲規制を行った場合と、
1999年から漁獲規制を行った場合の2通りを考えた。

sardinesim01.png

1993年から資源管理を開始した場合、
1996年の加入の成功によってSSBは1997年以降一時的に増加し、
その後元の水準(568千トン)まで戻る。
2004年の推定SSBは51千トンであり、管理をした場合の11分の1に相当する。
1999年から管理を開始した場合には、2004年のSSBは200千トンとなり、
現状の4倍の親魚量が確保できてたことになる。 

それぞれの管理シナリオでの漁獲量を計算すると次の図のようになる。

sardinesim02.png

93年から管理をした場合
漁獲量が現実を下回ったのは、管理開始初年度の1993年のみであった。
790千トン→558千トンへと、漁獲量を232千トン減少させれば、
資源の生産力と漁獲量のバランスを整えることが出来たのだ。
それ以降は、加入の経年変動で多少ふらつきつつも安定した漁獲量を確保できる。
資源管理をしていた場合、1993年から2004までの漁獲量の合計は、6044千トン。
一方、現実の漁獲量は2900千トンとなっている。
初年度に232千トン我慢していれば、その後の12年間にその10倍以上の見返りが会ったわけだ。
また、赤線のような管理をしていれば、今後も35万トン程度の漁獲量が安定して期待できたはずであり、
この差はさらに広がるだろう。

資源管理反対派は、何かというと安定供給を持ち出すのだが、
現状(黒線)と資源管理をした場合(赤線)のどちらが安定供給できるかは明らかだろう。
すでに乱獲状態にある現状の漁獲量を維持することは不可能なのだ。
より激しく乱獲をすることで一時的に漁獲量の減少率を減らすことができるかもしれないが、
その結果として将来の漁獲量の減少を加速させてしまう。
本当に安定供給をしようと思うなら、
出来るだけ早く資源の生産力に見合った水準まで漁獲量を下げるべきである。

99年から管理をした場合
管理開始してから2004年までの漁獲量は112千トンのプラスとなった。
2004年の親魚量は199千トンで現状の約4倍になる。
今後も、現在の4倍程度の漁獲量が今後も期待できることになる。
現在は資源の生産力が高いので、たった6年であっても、かなりの管理効果が得られるのだ。
逆に言うと、ここ6年の間に資源状態は更に悪化しているのだ。

結論
親魚量を維持しながら漁業を続けていくことは充分に可能であった。
しかし、過剰漁獲によって、資源は現在も激減中である。
とくに問題なのは、低年齢への漁獲圧が強まっていることだろう。
このシミュレーションでは、80年代以前の高齢魚主体の選択制を用いたが、
これが管理効果の改善に非常に大きく寄与している。
幸いなことに、現在でもマイワシの生産力は低下していないので、
今からでも適切な管理を行えば、持続的に利用していく事は可能だろう。

「獲らなくても減った」は真実か?

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様々な漁獲パターンの元で資源量を維持するために必要なRPS(卵の生残率)を計算したところ、
次のようになった。

SPR(g) 補償RPS(尾数/親魚Kg)
漁獲無し 169 5.9(=1000/169)
減少前(1976-1988) 93 10.8
減少後(1992-2004) 48 20.7

ここで計算された補償RPSとRPSの実測値と比較してみよう。

rps.png

RPSが緑の線よりも低い年には、漁獲が無くても資源は減少する。
1988-1991の4年間は、緑の線を大幅に下回っており、
この時期には漁獲が無くても資源量が激減したことは明らかだ。
この4年間に関しては、マイワシの減少は自然現象と言っても良いだろう。
92年以降、緑の線を下回ったのは黒潮が例外的な蛇行パターンを示した99年だけである。
この年にも漁獲をしなければ、ほぼ横ばいといった程度の加入の失敗であった。
以上のことから明らかなように、92年以降のマイワシ資源は漁獲をしなくても減るような状況にはない。
92年以降の平均RPSは、漁獲がない場合の補償RPSの3倍以上の水準であった。
つまり、漁獲をしなければ毎世代3倍に増えるような高い生産力があったのである。

オレンジ色の線は、80年代以前の漁獲圧のもとでの補償RPSを示す。
92年以降、前述の99年以外の年のRPSは全てオレンジ色の線を上回っている。
つまり、80年代以前の漁獲をしていたら、資源は増えていたのだ。

赤の線が90年代以降の補償RPSである。
96年が大きく飛び出ているが、この部分は無視して考えて欲しい。
この年に産まれた資源は未成熟のうちに強い漁獲圧に晒されて、
結果として例年と大差がない産卵量しか残せなかったからだ。
資源を回復させる絶好の機会をつぶしてしまったのだ。

ここまでの内容のまとめ

  • 88-91の4年間は、RPSが低く、漁獲をしなくても資源が減った
  • 92年以降のRPSは漁獲をしなくても減るような水準ではない
  • 80年代以前の漁獲率を維持していれば、92年以降、資源は増えたはずである
  • 現在のRPSでは、現在の漁獲率のもとで資源を維持することは出来ない

漁獲が産卵に与える影響評価

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減少前(1976-1988)、減少後(1992-2004)にわけて、それぞれの漁獲の影響を考えてみた。
漁獲開始(0歳)から、それぞれの年齢の産卵期までの生残率を計算すると下のようになる。
赤が漁獲がない場合、青が88年以前の漁獲圧、緑が1992年以降の漁獲圧の元での生残率である。
5+は5歳以降の生残率の合計値となる。
5歳、6歳、7歳、8歳・・・・と足していくので、
5+の生残率は漁獲圧が低い場合には4歳を上回る場合もある。

iwashix01.png

1992年以降の年齢別の体重と成熟率は以下の通りになる。

iwashix02.png

iwashix03.png

この体重と成熟率の元での漁獲の影響を評価しよう。

産卵量が体重に比例すると仮定すると、
加入個体が2歳で産む卵の量は、
2歳までの生残率×2歳魚の体重×2歳の成熟率
に比例すると考えることが出来る。

それぞれの漁獲パターンの元での加入個体の産卵量(SPR)は以下の通りとなる。

iwashix04.png

上の図の年齢別SPRを足し合わせることで、
それぞれの漁獲圧の元での加入個体あたりの生涯産卵量を計算できる。

SPR(g) 補償RPS(尾数/親魚Kg)
漁獲無し 169 5.9(=1000/169)
減少前(1976-1988) 93 10.8
減少後(1992-2004) 48 20.7


漁獲が無い場合に、加入個体は生涯に169gの親として産卵に参加できる。
1kgの親を作り出すためには、1000/169=5.9尾の加入が必要になる。
ということは、1kgの親から5.9尾以上の加入があれば、資源は減らないことになる。
このように資源を維持していくために最低限必要な卵の生残率を補償RPSと呼ぶ。

漁獲強度が高まると、SPRは減少し、それに反比例して補償RPSは上昇する。
88年以前のSPRは93gであったところが、90年代以降は48gに半減してしまった。
その結果、88年以前は10.8だった補償RPSは、92年以降は20.7に上昇した。

おまけ:作図に使った数値

マイワシの成長と成熟と自然死亡

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マイワシの生活史はこんな感じになっている。
図2
3つ前の記事で、卵から漁獲開始までの生残率は改善されたことをしめした。
上の図で赤の矢印の部分は1992年以降、順調に回復したのだ。
一つ前の記事で、青の矢印の漁獲死亡の部分が90年以降跳ね上がっていることを示した。
次に、青の矢印の部分の漁業以外の要素がどう変化したかをまとめてみよう。

1)成長は早くなった

下の図は、マイワシの年齢別の平均体重の経年変化を示したものである。
iwashix01.png
青線が増加期、赤線が高水準期、オレンジが低水準期、緑が超低水準期に相当する。
資源が高水準になると、餌を巡る競争がおこるために成長が鈍る。
そして、資源が低水準になると餌が余るので、成長速度が速くなる。
特に近年は、高水準期を上回る早い成長速度が観察されている。

2)成熟年齢は早くなった

マイワシは、2歳以上はほぼ全ての個体が成熟する。
70年代・80年代は、1歳魚はほぼ未成熟で、その成熟率は10%に過ぎなかった。
90年代にはいると1歳魚の成熟率が上昇し、1996年以降は50%が成熟している。

生物は餌から得たエネルギーを、自らの成長や成熟に配分する。
もし、餌環境が一定であれば、成長速度と成熟速度はトレードオフになるはずである。
最近のマイワシは、成長と成熟が同時に早まっていることから、
90年代以降のマイワシの餌環境は良くなっていることが示唆される。

3)自然死亡の変化は不明

自然死亡率の推定は、技術的に困難であり、その推定精度も低い。
多少の変化があったとしても、我々人間が把握できない可能性が高い。

自然死亡の主な原因は、捕食と考えられている。
小型の個体は遊泳力が低いため、捕食されやすい。
近年、個体の平均的な成長速度が上がっているため、
自然死亡は減っていると思われる。
ただし、自然死亡がどの程度減るかは定かではないし、
実際に自然死亡が減っているという知見は得られていないので、
資源評価票で以前と同じ自然死亡係数を使うのは妥当だろう。

ちなみに、自然死亡係数は一定で、毎年33%の個体が自然死亡すると仮定されている。


まとめ

  • 成長は明らかに早くなっている。
  • 成熟年齢も目に見えて下がっている。
  • 自然死亡率は恐らく下がったと思われる。

以上のことを考慮すると、マイワシの生物学的な生産力が落ちたとは考えづらい。
むしろ、70年代や80年代よりも最近の方が生産力が上がった可能性が高い。
生活史のどこの段階を見ても、
現在の海洋環境がマイワシに不適だという要素は見あたらないのだ。

マイワシへの漁獲の影響

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マイワシ太平洋系群(以下マイワシと呼ぶ)の資源重量(バイオマス)と漁獲割合を下図に示した。
80年代後半の加入失敗で資源が減少すると同時に、漁獲割合が増加をした。
資源減少前の11年間(1976-1986)の漁獲率の平均は16%であり、比較的低目で安定していた。
1992年以降の平均漁獲率は41%であり、以前の2.5倍の水準まで跳ね上がっている。

image01.png

マイワシ漁業のように、資源が減少すると同時に漁獲率が上昇する現象は、
管理されてない漁業にありがちなパターンである。
魚は数年といった時間スケールで減ることもあるが、漁業者はそれほど早く減らない。
マイワシのように高水準期に肥大した努力量で、減少した資源を利用すれば、
漁獲率が上がるのは自明だろう。
マイワシが豊漁だった時代に漁獲率が安定していたのは、
陸上の加工能力によって漁獲の上限がきまっていたからである。
資源が減少し、加工能力にゆとりができた結果、漁船の能力がフルに発揮されるようになった。
マイワシが回遊するタイミングや場所の違いで、毎年の漁獲率は変動するが、
低水準資源でもその気になれば4割から5割ぐらいは獲れてしまうのだ。

毎年、現存資源の40%を漁獲している現在の漁業を支えるためには、
マイワシ資源は毎年1.66倍に増える必要がある。
寿命が5年を超えるような生物にこのような高い生産力を期待するのは無理だろう。
1992年から2004年までの12年間でマイワシのバイオマスは5%まで減少した。
もし、この時期にマイワシの生産力が本当に低かったらどうなっていただろうか。
漁獲がない場合になんとか世代交替できるような生産力であったなら、
マイワシ資源は毎年60%に減り続けていたはずである。
0.6^12=0.002となるので、この場合に資源は0.2%(0.002)に減っていたはずである。
マイワシの生産力が低かったら500分の1に減っても仕方がないところを、
生産力が高かったために、20分の1の減少ですんだと見るべきなのだ。
漁業者が主張するように、マイワシが獲らなくても減るような状態であったなら、
とっくの昔にマイワシは幻の魚になっていたことだろう。
海洋環境が悪くてマイワシが減少しているのではない。
海洋環境が好適なおかげで、なんとか資源が存続しているのだ。
マイワシの生命力には驚かされるばかりである。

マイワシ資源は80年代後半から一貫して減少しているが、
その減少要因は大きく2つに分けることが出来る。
1988-1991年は環境変動による卵の生残率の低下が原因であり、1992年以降は漁獲率の上昇が原因である。
資源減少のきっかけを作ったのは、漁業とは無関係な卵の生残率の悪化かもしれないが、
1992年以降も資源が減少し続けたのは乱獲が原因である。

減少要因が変わったことは、年齢組成を見れば一目瞭然だ。
下の図はマイワシのバイオマスの年齢組成を示したものである。
1988年から1991年までは、新規加入(0歳)が殆ど居ないことに注目して欲しい。
この時期は新規加入が途絶えたために、若齢魚がどんどんといなくなり、
高齢魚が資源に占める割合が上昇していく。
環境が悪い場合(=卵の生き残りが悪い場合)には、必ずこのような年齢組成パターンになる。
加入が失敗した年に産まれたコホートは黒い実線で囲んでみた。
これらのコホートのバイオマスが特異的に低いことがわかる。
iwashix07.png

対象となる期間をのばしてみると、その傾向はさらに明確になる。
1988年から1991年の4年間は特異的に0歳の加入が少なくいことがわかる。
1992年以降は、0歳魚が毎年安定して発生し、
数年後には以前と同じような年齢組成に戻っている。
この時期の卵の生き残りは良好であり、海洋環境が資源減少の原因とは考えられない。

image06.png

日本国内では、海洋環境が変動したからマイワシが減っているというのが定説であるが、
この定説を改める必要があるだろう。

1992年以降のマイワシ減少は自然現象では無い

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70年代に急増し、80年代中頃にピークを迎えたマイワシ資源は、
1988年から1991年までの4年間、卵の生き残りが悪化したために激減した。
1988-1991の4年間で資源量1777万トンから、246万トンへと落ち込んだ。
1992年以降もマイワシは順調に減少を続け、2003年には10.2万トンまで落ち込んだ。
このマイワシ減少は海洋環境が原因ということになっている。
image09.png

海洋環境が不適とはどういう意味か?

魚の生活史を下の図のように2つに分けてみよう。
図2
1)産卵から新規加入(漁獲開始)まで
このステージでは、基本的に漁業の影響は受けないが、
その代わりに、海洋環境の影響を非常に受けやすい。
産まれたばかりの卵は遊泳能力がないので、海流によって受動的に輸送される。
遊泳能力が育つまでは、捕食者から逃れる術はない。
また、卵黄を吸収して、摂餌する必要が出来たときに、
貧弱な遊泳力と未発達な口で捕食可能な餌がいるかどうかは運次第と言うことになる。

2)新規加入(漁獲開始)から、産卵まで
一方、漁獲対象となるような大きさまで成長すると遊泳能力があるので、
自分で好適な環境を選ぶことが出来る。
そこで、加入以降の生き残りは、海洋環境の変化にあまり影響をされない。
1988-1991年に産まれた卵はほぼ全滅したが、
これらの年の成魚の死亡率は例年並みであったようである。

卵の生残率は本当に減ったか?

海洋環境がマイワシに不適であると言うことは、
卵から加入までの生残率が低いということを意味する。
Watanabe et alが示したように、1988-1991の4年間は卵の生き残りが悪かったので、
海洋環境がマイワシに不適であったために減少したと考えることが出来る。
では、1992年以降はどうだろうか?

卵の生残率を見るには、RPSという指標を使うのが一般的である。
加入尾数を産卵量で割ったものをRPS(Recruit per Spawning)と呼ぶ。
RPS(尾/Kg)は、親1kgに対して、何尾の子供が漁獲開始サイズまで生き残ったかを示す。
卵の生残率を示すRPSの値が高いほど、
海洋環境がマイワシにとって好適であったということになる。

ここから先は資源評価票の元データを見ながら進めていこう。
マイワシの資源評価(17年度版)をダウンロードして欲しい。
http://abchan.job.affrc.go.jp/digests17/details/1701.pdf
41ページの表7に毎年に産卵量、加入尾数およびRPSの数値がある。
これを図示するとこうなる。
RPS01

1988-1991を底にして、V字型になっている。
Watanabe et al(1995)が研究対象とした1988-1991の4年間は、確かに卵の生き残りが悪かった。
しかし、1992年以降の卵の生き残りは、1987年以前と比べて遜色がない。
平均値は1987年以前よりも若干落ちるが、1988-1991の4年間とは根本的に異なるレベルである。
1992以降の卵の生残率は、それ以前と同じような水準まで回復している。
また、漁獲開始後の成長・成熟は1987年以前よりもむしろ良くなっている。
マイワシが自然減少するような要因は、どこにも見あたらないのだ。
にもかかわらず、マイワシの減少は現在まで止まるところを知らない。
その原因は、消去法的に漁業しかないだろう。

マイワシの変動と海洋環境

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ここで紹介したページを読めばわかるように、
マイワシは、海洋環境の影響で増えたり、減ったりする。
海洋環境が資源変動に影響を与えるのは、マイワシに限った話ではない。
多くの種で産卵場の水温と卵の生残率の間に相関があることが経験的に知られているのだが、
変動幅の大きさという意味では、マイワシやニシンなどのニシン科魚類がずば抜けている。

海洋環境が水産資源に与える影響は、つい最近まで過小評価されてきた。
水産生物資源の自然変動に関する研究の歴史を理解するには、
このパワーポイントファイル(California Sardines: A Fishery Biologist’s History)が最適だろう。
マイワシの自然変動を考える上で、重要な研究を2つ紹介しよう。

Kawasaki(1983)は、太平洋の両岸でマイワシの増えたり減ったりするタイミングが同期している事を発見した。
これらのマイワシは、分布が独立した別種であるにも関わらず、同じタイミングで増加・減少をしたのだ。
北太平洋の全域をカバーするような大規模な海洋環境の変動によって、資源変動が引き起こされていると示唆される。

Baumgartner et al.(1992)は、海底の堆積物のマイワシの鱗の数を計測し、
過去2千年にわたりカリフォルニアのマイワシとカタクチイワシが交互に増減を繰り返してきたことを明らかにした。
マイワシは、人間の漁獲が軽微であった時代から、大変動を繰り返していたのだ。

こういった一連の研究を組み合わせていくと、
大規模な海洋環境の変動に対応して増えたり減ったりするという、
マイワシの生物学的な特性が見えてくる。

1)マイワシは、数十年周期で自然に増えたり減ったりする。その変動幅は極めて大きい。
2)自然変動は、太平洋の全域をカバーするような大規模な海洋環境の変動によって引き起こされる。


では、日本のマイワシの歴史を簡単に振り返ってみよう。
マイワシの長期漁獲量は、ここにある。
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave21.html
1930年代に豊漁であったマイワシは、1940年代後半から減少し、
60年代には幻の魚と呼ばれるぐらい減少し、漁獲量が7千トンまで減った年もある。
そのマイワシが1972年から突如増加し、単一種で450万トンというとんでもない漁獲量を記録した後、
1988年から突如減少を始めた。
この減少に関しては、乱獲か、それとも自然現象かという議論があった。
この論争に白黒をつけたのが、Watanabe et al.(1995)だ。

太平洋海域におけるマイワシの年間総産卵量を見ると(図5)、再生産が順調であった1984~1987年の平均産卵量は3700兆粒、再生産が不調になった1988~1991年は4600兆粒と推定されている。再生産水準が著しく低下した1988年以降十数年のうちの最初の4年間の産卵量は、再生産が順調であった1980年代半ばと比べて決して低くなかった。産卵量の減少が1988年以降の再生産の失敗を引き起こしたのでないことは明らかである。
1988年以降も数年間は、マイワシ親魚が大量の卵を産みだしていたにもかかわらず、1988年から再生産の失敗が連続しということは、産み出された卵が資源に成長するまでのある段階で大量に死亡したことを意味する。

マイワシが激減しだした1988-1991年には、産卵量は多かったが漁獲対象となる前に死んでいたのだ。
漁業が関与できない生活史段階で減耗が起こっていた以上、激減は自然現象と考えるしかない。
Watanabe et al.(1995)によって、一時は有力であった乱獲説は完全に消滅した。
Wikipediaにも、「イワシ資源変動の原因については諸説があるが、
基本的に長期的に資源量に変化があるものであり、乱獲や鯨などの海洋生物の捕食によるものではなく、
長期的な気候変動(とその影響の餌のプランクトンの増減)による
ということが今日では通説となっている。」と書かれている。
これ以降、日本のマイワシ研究において、漁業の影響は無視されるようになる。
研究者の関心は、マイワシを変動させる環境条件を特定することへと移行した。
現在まで、マイワシの減少のメカニズムは特定されていないが、
その間も順調にマイワシ資源は減少を続けている。


References

Kawasaki, T. 1983. Why do some pelagic fishes have wide fluctuations in their numbers? – biological basis of fluctuation from the viewpoint of evolutionary ecology., p. 1065-1080. In G.D. Sharp and J. Csirke (eds.), Reports of the Expert Consultation to Examine Changes in Abundance and Species Composition of Neritic Fish Resources. FAO Fish. Rep. 291 (2, 3): 1224 p.

Baumgartner, T.R., Soutar, A., and Ferreirabartrina, V. 1992. Reconstruction of the History of Pacific Sardine and Northern Anchovy Populations over the Past 2 Millennia from Sediments of the Santa-Barbara Basin, California. California Cooperative Oceanic Fisheries Investigations Reports 33: 24-40.

Watanabe Y, Zenitani H, Kimura R (1995). Population decline of the Japanese sardine Sardinops melanostictus owing to recruitment failures. Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences., 52, 1609-1616.

マイワシについて書くことにするが、その前に宿題

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新聞記事では、マイワシ乱獲の背景について充分に書いてもらえなかった。
まあ、紙面の都合もあるから、仕方がないだろう。
スペースに何ら制約のないこのブログで、詳細について書くことにする。

もともと、マイワシ漁業については書く気満々だったんだけど、
どうせ書くなら資源評価票の最新版が出てからと思っていたのだ。
でも、資源評価票の詳細版が全然アップされない。
遅くとも12月には出るという話だったのに、何か問題があったのだろうか?
まあ、マイワシに関しては状況が劇的に変わったわけではないので、
去年の評価票のデータを元に話を進めることにする。

他のサイトにも書いてあることを書くのは時間の無駄なので、
最低限ここで紹介するサイトには目を通しておいて欲しい。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/hiki/?%A5%DE%A5%A4%A5%EF%A5%B7%BE%F0%CA%F3
これが次回までの宿題。

これらのサイトの内容は理解していると言うことを前提に、
今まで語られてこなかった部分の解説をしていこう。

TAC制度における説明責任

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このブログでは、繰り返しTACとABCの乖離を問題にしてきた。
http://kaiseki1.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/blosxom.cgi/diary/200512011622.writeback
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/08/post_31.html

この機会に、ABCについておさらいをしよう。
ABC(生物学的許容漁獲量)は、これ以上の漁獲量は乱獲になるという閾値であり、
漁獲量をABC以下に抑えることが、資源管理の目的となる。
乱獲の線引きをするのは、技術的にとても難しい。
これ以上は乱獲、これ以下なら安全というような乱獲の閾値を一意的に決めるのは不可能だ。
そこで、不確実性を考慮するために、2種類のABCを計算するのが一般的だ。
ABCLimit:これ以上の漁獲量は明らかな乱獲という閾値
ABCTarget:これ以下の漁獲量なら、明らかに安全という閾値
2つのABCを利用することで、資源がどのような状態で利用されいてるかが一目瞭然になる。
信号

ABCLimitを越える漁獲量は、明らかな乱獲なので絶対に避けなくてはいけない→赤信号
ABCLimitとABCTargetの間は乱獲の疑いがある領域であり、
資源の安全のためには避けるべきである→黄色信号
ABCLimit以下の漁獲量は持続性に問題がないので、OK→青信号
漁獲量をABCLimit以下に抑えつつ、収益を上げることが資源管理のゴールになる。

マイワシに限らず、ほとんどの魚種で、「社会・経済的な要素を考慮して」
ABCLimitをはるかに超過する漁獲枠(TAC)が設定されている。
自分で乱獲の線引きをしておいて、乱獲を許可しているのだ。
こういう状態を避けるために管理をしているのであり、本来はあってはならない状況だ。
もちろん、漁業が経済行為である以上、社会・経済的な考慮は必要だし、
場合によってはABCを超過する漁獲量も一時的に許されるかもしれない。
ただし、大切な国の財産を切り崩す以上、それなりの説明はあってしかるべきだ。
ABCについては、資源評価票で公開されるようになってきたが、
TACの決定は全くのブラックボックスのままである。
漁獲量の規制に使われるTACの決定プロセスが秘密な現状では、
説明責任を果たしているとは言えない
最低限の説明責任を果たすためには、以下の3つが必要だろう。
1)どのような「社会経済的要因」によってABCが守れないのかを明らかにする
2)いつまで、どれぐらいABCを超過する予定なのかを明らかにする
3)その結果、資源と漁業はどうなるのかというビジョンも示す

俺のことをABC原理主義者と揶揄する向きもあるようだが、
俺は「ABCは絶対的に正しくて、神聖にして犯すべからず」とは思わない。
明確な理由と、それなりの将来展望があるならば、
漁獲量がABCを一時的に超えたとしても問題ないと思っている。
ただ、具体的な理由を明らかにせずに、慢性的にTACがABCを越えている現状は論外だろう。
社会経済的理由というのは、水戸黄門の印籠ではないのだ。

ある水産関係者さんのコメント

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ある水産関係者さんから、重要なコメントをいただきました。
現在の漁業の問題がわかりやすく整理されていて、勉強になります。
一人でも多くの人に目を通してもらいたいので、新たにエントリーとして掲載しました。

現在の漁業について厳しい内容も含まれていますが、
今後も漁業という産業を維持していくためには、
避けて通ることはできない問題だと思います。

勝川さん、匿名さん、レス有り難うございました。今回はヒマにまかせて少し戯れ言を書いてみました。

1.漁業者と遊漁者
 漁業者と遊漁者の関係と言うのも、日本の漁業制度を考える上で根本的な問題かも知れません。そもそも日本の法制度では、基本的に水産動植物(一部を除く)は無主物とされ、その無主物を採捕するために漁業を営む権利は漁業法によって規定されています。遊漁者の遊漁を行う権利は基本的に自由で制限のみ(漁法等の制限)が都道府県漁業調整規則で規定されています。つまり、同じ無主物を採捕するのでも、漁業者には大規模なまき網、刺し網や延縄等の漁具使用、海面の占有と言った様々な手段・権利が認められる一方、遊漁者には竿釣り、手釣り、たも網など、ごく限られた簡単な漁具の使用が認められているのみで、トローリングは殆どの県で禁止しているほか、船釣りを禁止している県もあります。
 このように、日本の法律では、漁業者と遊漁者の水産資源の利用(無主物の採捕)に対し一定の交通整理が行われ、法律が制定された当時(S20~30年代)は、資源も比較的豊富にあったことや、漁業(採捕)の技術も未熟だったため、法律が有効に機能していたと考えられます。
 ところが、その後、資源の急激な減少とともに、遊漁者の装備(ボート、漁具など)が漁業者並みに発達したほか、所得の向上や余暇時間の充実によって遊漁人口も増加し、当時制定された法律だけでは、漁業者と遊漁者の調整や効果的な資源管理が出来なくなったというのが実情でしょう。
 このような事態を打開するにはどうすればいいか(正確に言えば、良かったか)? その答えが、既存の漁業法体系を改め、漁業者にも遊漁者にも受益者負担の概念を適用し、両者とも資源管理(増殖?)や行政サービスに対し、一定の経費を負担する制度を導入し、負担に見合った妥当な権利を与える一方、権利の行使に対しては合理的な規制・制限(遊漁であれば採捕尾数制限、漁業であれば操業制限、モニタリングなど)を整備すべきと考えます(遊漁ではライセンス制か?)。特に、権利行使への規制・制限については、ザルとならないように監視体制を従来の性善説に立脚した手法ではなく、最初から違反の発生を前提とした性悪説に立脚した手法を採り入れることが不可欠と思います。具体的には、HACCPの取締り版のような監視体制を考えていく必要があるでしょう。もちろん、モラルの低い一部の遊漁者を念頭においた毅然とした対策も同様です。

2.漁業は経済活動
 そもそも私は、漁業といえども他のビジネスと同列の一つの経済活動と考えるべきだと思っています。確かに、「匿名さん」がおっしゃるような磯掃除等のほか、ヒラメ・マダイなどの種苗放流といった公益に関わる活動をしていることも事実ですが、これらは必ずしも法律上の正式な義務となっていない上、せっかく漁業者が放流した種苗も無主物となって、何の対価も払っていない遊漁者に合法的に採捕されてしまうというような法制度の問題もあり、これらの活動が漁業者の権利を裏付ける義務になっているとは言い難いと考えます。
 水産基本計画の根拠となる水産基本法の第2条には「水産物は健全な食生活その他健康で充実した生活の基礎として重要なものであることに鑑み、将来にわたって、良質な水産物が合理的な価格で安定的に供給されなければならない。」と規定されておりますが、面白いことにこのフレーズには主語?(行為者)が記されていません。普通に考えればこのフレーズの主たる行為者は漁業者のハズですが、「漁業者」が行為者となるフレーズはこの部分を含む水産基本法のみならず、水産基本計画でも全く見当たりません。そもそも水産基本法自体、「国及び地方自治体の責務等を明らかにすること」が目的のため、無くて当然といえばそれまでですが、一方で、第8条には、「消費者は、・・・積極的な役割を果たすものとする。」といった具合に消費者の役割について規定しているのに、漁業者の責務等について規定しないのは全くの片手落ちとしか思えません。
 常識的に考えて、漁業者といえども、まずは経済的にペイすること大前提であり、経済的な基盤を確保した上で適切な資源管理や公益的な活動を行うモチベーションが発生すると思います。言い換えれば、経済的にペイしない状況下では、適切な資源管理は期待できないと言うことです。実際、沿岸・沖合・遠洋において資源管理が適切に機能していない現在の状況は、多くの漁業者の苦しい経済状態を象徴する現象であり、これに対する国の施策は、残念ながら、資源管理(取締りを含む)にお目こぼしをし、補助金等のカンフル剤によって漁業者の延命を図る消極的な手法に過ぎず、これでは資源の回復が望めないどころか、勝川さんのおっしゃるように限りなく資源枯渇に向かうのが関の山と考えます。
 では、その打開策として具体的に何が必要か? 可能性はともかく、言うまでもなく、根本的に現在の施策に対する発想転換が不可欠です。具体的には、現在のように資源水準を無視しつつ多額の税金まで投入し、単に実現不可能なスローガンを並べ立てただけの妄想的施策を改め、漁業の規模を少ない資源量に見合ったものに縮小するとともに少ない資源から利益を最大限導き出せるような流通・加工のあり方を考える、いわゆるリストラが避けて通れない道になると考えます。リストラの是非については、多々あると思いますが、民間会社や公的機関でも実施される現状を考えれば、もはや漁業の世界を例外扱いするのはどうかと思います。特に、国民の財産である水産資源が枯渇するかどうかという問題を考えれば、その必要性はなおさらと考えます(漁業を票としかみない人達には理解されないでしょうが・・・)。

3.反国益の元凶
 漁業については、様々な公益が指摘される中で、それとは正反対に直接国益を損ねる活動を多々行っている事実も見逃せません。その代表的なものが、マグロをはじめとする国際約束に対する違反事件です。ただ漁業者のみならず日本人一般の感覚として、国際約束違反に対するあまりにも鈍感な意識が存在していることも無視できません。ミナミマグロ事件の時もそうでしたが、漁獲枠の削減に対し、「マグロが食べられなくなる」とか「マグロが値上がりする」といったことを心配する日本人は多数いても、「日本人の国際信用が大きく損なわれた」と真面目に考えた人がどれほどいたでしょうか? マグロだけではなく、ロシアに捕まった底引き漁船やカニ漁船の場合も同様です。ロシアの世論調査で日本との関係を悪いと考える理由の2番目に「日本漁船の違反事件が多いから」があげられたとの報道がありましたが、この報道を聞いてどれだけの日本人が残念に思ったでしょうか? ましてや漁業者はどう感じたでしょうか? 税金や施策で手厚く保護されているはずの漁業が、実は、日本人全体の国際信用といった正に国益を損ねている事態を、日本国民として黙って見逃すべきではないでしょう。しかしながら、マグロ事件の際、水産庁はおろか、当事者のマグロ漁業団体まで、国際信用を損ねたことに対する日本国民への謝罪が一切ありませんでした。豪州の畜養マグロの増肉係数にケチをつけるだけで・・・。正に、「怒髪天をつく」思いがしました。
 長くなりましたので、続きは次回と言うことで・・・。see you!

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from 18 Mar. 2009

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