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食の安全 Archive

エコラベルという新しい試み


消費者には、その魚が持続的に漁獲されたものか、
それとも乱獲されたものかを区別できない。
乱獲された魚と資源管理された魚では、
短期的には乱獲された魚の方が値段が低くなる。
悪貨は良貨を駆逐するということになるわけだ。
これは、まじめに資源管理をしている漁業者にとっても、
将来も魚を食べ続けたいと考える消費者にとっても不幸な事態である。

この状況を変えるための試みとして、
MSCのエコラベルが世界的に広まりつつある。
MSCのエコラベルは持続的に漁獲をされた魚にシールをはる。
意識の高い消費者が持続的な魚を選べるようにする試みだ。
下の青いシールが目印だ。

Image200801201.png

エコラベルの取り組みは、ユニリーバとWWFが初めて、
現在は非営利団体(Marine Stewardship Council)が運営している。

 合計で、およそ70の漁業がMSCの取り組みに携わっており、
24漁業が認証済み、34漁業が審査中、さらに20から30が非公開予備審査を受けている。
これらの漁業を合わせた水産物の年間漁獲量は4 百万トンを超える。
日本の海面漁業生産と同じぐらいだ。
世界の海面漁業生産(中国のぞく)の7%がMSC認証を受けている計算になる。

特にMSC認証率が高いもの
世界の天然サケ漁獲量の42パーセント
世界の主要な白身魚漁獲量の40 パーセント
世界の食用イセエビ漁獲量の18 パーセント

日本では、イオングループがMSC認証の水産物を販売しているものの、
あまり目にする機会はないだろう。
しかし、欧米ではすでに市民権を得たと言っても良い。
たとえば、マクドナルドやウォールマートは、
MSC認証製品以外の水産物は扱わないと宣言している。
07年11月に、MSC認定製品が1000に達した。
最初の製品から500 番目の製品までには7 年もかかりましたが、
それからわずか9 カ月間でその数は倍増したのだ。
持続可能な認証水産物の需要はきわめて高い。
消費者の意識の低い日本ではアレだが、
世界では持続的であることがビジネスチャンスを生むのである。

日本漁業でもMSC認証を目指す動きがある。
京都府機船底曳網漁業連合会(アカガレイ、ズワイガニ漁)、
北海道のホタテとサケが審査中だったかな。
まあ、どこもすんなりとはいかないようですね。
京都のズワイガニはまだ正式に認証されてはいませんが、
すでにフランスから輸入の申し込みがあったりするようです。
小サバの輸出みたいなのは即刻止めるべきだけど、
日本人よりも高く買う国には、輸出を促進すべきだろう。
そのための一つの手段として、エコラベルは重要だ。
ただ、認証には数百万単位で費用がかかるのがネックかな。
まあ、まじめに審査をすればそれぐらいの出費にはなると思う。

意識の高い生産者が、生産現場の情報を消費者に与える。
意識の高い消費者が商品を買うことで、持続的な漁業を支える。
エコラベルは、生産現場と消費者を結びつけることで、漁業を変えようという新しい試みだ。
MSCの今後の発展に期待をしたい。

魚の小売り価格は、肉が決めている


情報の分断に小売りが果たす役割は大きい。
小売りは徹底的な情報規制をする。
「大丈夫。店に並んでいる物はすべて安全です。
皆さんは値札だけをみて、好きな物を選んでください。」
その結果、消費者はどんどん買いたたく。

では、小売りが一人勝ちかというと、そうでも無さそうである。
小売りは小売りで、厳しい競争に晒されており、
自分たちで好きな値段をつけられるわけではないのである。

生鮮食料品(肉・魚)の価格の変化を消費者サイドから見てみよう。
内務省統計局の家計調査(二人以上の世帯
http://www.stat.go.jp/data/kakei/2006np/02f.htm)から、
家計が購入した生鮮魚介と生鮮肉の平均単価を抽出した。

image08011801.png

70年代、80年代を通して、魚の単価は安定的に上昇し、1990年代前半に肉の単価に追いついた。
その後は、同じようなトレンドで推移している。
1991年の牛肉自由化によって、肉の単価が下落すると、魚の単価も同じように下落した。
2003年12月に米国でBSE感染牛が発見されると肉単価の上昇した。
その後、魚の単価も引きずられて上がっている。
肉と魚は競合関係にあり、その価格には強い相関がある。。
魚の末端価格を決定するのは、肉の値段であり、
肉の値段は様々な国際情勢に左右される。

一部の生産・加工業者は、安売りをする小売りが諸悪の根源のように言うのだが、
それは違うだろう。
魚の値段を決めているのは小売りではなく、肉を巡る国際情勢である。
小売りは小売りで、与えられた条件の中で厳しい競争を繰り広げている。

ただ、競争の結果のひずみが弱いところに集中している現状はある。
獲った魚を並べて、「値段はそっちでつけてくれ」というスタンスの漁業者が最も弱い。
漁業者もブランド化などの努力をしているが、
現在のように生産現場と消費者が分断された状態では限界があるだろう。

食の安全はどのようにして失われたか


赤福、不二家、雪印、ミートホープなどの事件によって、
食の安全に対する信頼が揺らいでいる。
生産者サイドは消費者の信頼を取り戻そうと必死になっているが無理だろう。
パンドラの箱は空いてしまったので、知らないで安心という状態には戻れない。

ミートホープの偽装肉事件では、
経営者は「半額セールで(冷凍食品を)喜んで買う消費者にも問題がある」と逆ギレし、
「この値段でまともな肉を出せるわけ無い」といなおった。
これに対して、他の食品生産者はミートホープにおおむね同情的だった。
「ミートホープがやったことは許されることではないが、気持ちはわかる」
明日は我が身、他人ごとではないのだろう。

一方、消費者にとってそんなことは寝耳に水だ。
「表示を信じて、安心して買っていたのに、、、」となる。
店に並んでいるものは、最低限の安全水準をクリアしていると疑わない。
だから、値札だけ見て、安心しきって買っていたのである。
消費者にとっては、ミートホープのような偽装は、背信行為に見えるだろう。
ただ、食品業界をそういう方向に導いたのは責任の一端は消費者にもある。

消費者の選択基準が、見た目と値段しかないなら、
それ以外の要素は極力排除されるのは当然のことである。
食料生産の現場は「見た目を維持しながらコストダウンをする」という競争に晒されている。
まず、大手スーパーなどの小売りが値段を決める。
値段は上がらないが、経費は上がっていくなかで、
損失は生産、加工、流通が飲むことになる。
ギリギリもしくは限界を超えたようなコストを要求されている食料生産の現場から、
見た目と値段に影響を与えない要素が失われていく。
添加物による見た目のごまかしは、もちろんのこと、
安全基準に抵触するようなコストダウンの誘惑もあるだろう。
このような背景があれば、ミートホープへの生産者サイドの同情的な態度はよくわかる。
「いけないことだというのはわかるが、そうでもしないとやっていけない」
食料生産の現場は、そこまで追い込まれているのだ。

食料生産と消費者の関係は、悪循環である。
思考停止して、安全を信じる消費者は、容赦なく買いたたく。
小売りが間にはいることで、一方的に値段をつけられてしまう。
生産者サイドは、無理難題を押しつけられても、飲まざるを得ない。
生産者サイドの悲鳴は、消費者には届かない。
ギリギリまでコストを削減した結果として、安全性や味が失われていく。
卵、牛乳、肉、野菜、魚など、本来の味がしない食材があふれている。

コスト削減の結果、不正ぎりぎりのところまで追い詰められる生産者、
安かろう悪かろうといった食べ物を知らずのうちに食べさせられる消費者、
この両者にとって、不幸な事態である。
食料生産の現場と、消費者が切り離されている限り、この悪循環は続くだろう。
いずれ、そういう食品しか製造できなくなっていくだろう。

食の安全が砂上の楼閣であることは、想像力を働かせればわかるはずだ。
外食産業で働いている人間の多くは「この店でだけは食べたくない」という感想を持つ。
内情を知ったら食欲が無くなるような店が少なくないのだ。
消費者と距離が近い外食産業だって、壁一枚隔てればこんな感じなのだから、
消費者との距離が更に遠い製造、加工、流通がどうなっているかは推して知るべしだ。

ぼろが出たところを「例外」と切り捨てて、
社会的制裁といわんばかりにバッシングしても、問題は何一つ解決しない。
食の安全が失われている現状を変えない限り、幾ら安全宣言をしても無駄だろう。
消費者はいくらなんでもそこまでバカではないし、情報を隠すにも限界がある。

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from 18 Mar. 2009

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