Home > その他 | マサバ > 北洋シンポ

北洋シンポ

[`evernote` not found]

北洋シンポの発表をアップしました。
ライブではなく、スタジオライブです。

今回もマサバを例に日本の乱獲をDISしているのですが、
「沿岸は沖合と別物だから、分けて話をしてくれ」というコメントがつきました。
本当に、沿岸漁業はここで指摘しているような過剰競争&乱獲とは無縁なのでしょうか?
俺には、沿岸も沖合も50歩100歩にしか見えないのですが・・・

Comments:5

ある水産関係者 08-03-06 (木) 20:15

沿岸漁業が過剰漁獲&乱獲とは無縁か? その答えは日本漁業の戦後史を紐解けば、案外、見えてくるかも知れません。

 戦後、日本の漁業は、昔の漁業白書の「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」という決まり文句通り、前浜から外洋に向けて操業範囲を拡大させました。その背景には、戦後の食糧難を乗り切るために沿岸漁業へ労働者がどっと流れ、漁獲圧力に耐えられなくなった沿岸資源の身代わりを求めて新たな漁場を開拓せざるを得なかった事情があります。その際、漁船・漁具性能の向上、公海自由の原則(当時は3 or 12海里)などの追い風が重なり、沿岸であふれた漁業人口は沖合、遠洋へと、豊富な処女資源を求めて世界中の海域に向かって操業区域を拡大させた一方、沿岸漁場では資源減少と共に経営体の淘汰が進みました(漁獲努力の適正化)。

 つまり、この段階(高度成長期前後)で、多くの沿岸漁場が、現在の沖合・遠洋漁業が直面している過剰漁獲の資源枯渇を経験したことになり、私はそこで沿岸漁場が大きく2つのタイプに分かれたと考えます。
 一つは、そのまま都市化の波に押されて後継者も育たず、漁業や資源が衰退の一路を辿った地域(廃業、又は高齢者が細々と零細漁業を続ける地域)、もう一つは、養殖の成功若しくは積極的な資源管理によって再建策に乗り出し、漁業(資源)の再生を成功させた地域です。

 このように考えると、沿岸漁業は沖合・遠洋漁業の一歩先の運命を辿っている未来形と言えなくもありません。現在、成功している沿岸地域も最初から資源管理に熱心だったと言うより、一度地獄を経験してから2度と酷い目に遭わないように『熱心になった』というのが実情と考えます。
 勿論、沿岸漁業を再生させた地域は、自助努力だけではなく、様々な補助金(税金)等が投入されましたが、沿岸漁業の場合、それらのお金が現在の沖合・遠洋漁業のように単なる『カンフル剤』や『漁獲努力の増大』で終わってしまうのではなく、むしろ資源を育てるための積極的投資として使われ、資源・漁業の再生に成功した(事例もある)との違いがあります。このことは、ホタテ漁業、秋サケ漁業、マダイ・ブリの養殖地域などが典型例でしょう。瀬戸内の海苔養殖に軸足を置き換えた零細な沿岸経営体も該当します。
 沿岸漁業のみで真面目に生計を立てようとする零細漁民は、政治力を使ったり参謀の天下りを受け入れて大本営に『カンフル剤』をせびったり、沖合・遠洋等の新たな漁場に生活の糧を求められない分、前浜(環境、資源)の死守が自らの生活を守るための最大のテーマとなり、一度資源枯渇の地獄を見た地域はその免疫効果もあって一層資源管理に熱心になると思います。

 一言で言えば、乱獲を含め、沿岸漁業が沖合・遠洋漁業の一歩未来を歩んでいる、というのが答えでしょう。ただし、沖合・遠洋漁業が一部の沿岸漁業(%は?)の如く再生できるか否かは別問題です。その理由は、大本営にも漁業者にも『再生しなければならない』という危機感が完全に欠落しているほか、沿岸漁業で成功した資源・漁業再生のための物理的方策(養殖、栽培漁業など)も有効とは思えません。漁獲努力量の淘汰(適正化)も進まないし・・・。

匿名甘えヒト 08-03-07 (金) 1:24

>本当に、沿岸漁業はここで指摘しているような過剰競争&乱獲とは無縁なのでしょうか?

もちろん、無縁です!・・・と、言いたいところですが、実際は、あります・・・残念ながら。。。

密漁;犯罪。
漁業者が手を染める場合もあり、暴力団がかかわっている場合もある・・・これは論外。

悪意のない「乱獲」、これが、あります。
現実に、資源を枯渇させてしまった例があるだけに、否定することができない事実です。
「おれらだって自主規制してるんだ!」と言われました。
しかし、「それじゃ、足りないんですょ!」、あるいは、「その考え方、ちょっと間違ってますぜ」
気持ちはある。
でも、できていない。

かつては、魚は沸いて出てくるとでも思っていたのか、上述のような気持ちもなかった時代があったみたいな状況も見られますが、近年では、「やっているけど、できていない」 というのが、沿岸漁業の現状ではないでしょうか。

「ホントはいるんだ。オレはドコにいるか知っているから、獲れるんだ」と言う漁業者がいます。
でも、それって、ドンブリに目一杯入れたモズクみたい・・・箸を入れると、最初はたくさん取れるけど、だんだん、取り難くなってくる。でも、見た目はあるように見える。何回も何回も箸を入れれば取れる」

でもね、彼らはやっているんです。それが「間違い」であるかもしれないけど、「ちゃんと」やっているんですょ。
その努力を方向修正してやれれば、良い方向に向くと、私は信じています。
幸い、「ちゃんとやっている」漁業者には耳がついています。話を聴いてくれます。
これまで信じていた「資源管理」を直させるのには相当根気はいりますが、はなから「資源の変動は自然のものだし、科学はそれを予測できないのだから、偉そうなコト言うな! 俺等は生活がかかってるんだ!!!」なんて、門前払いを食らうことはないです。

私は漁業者に「社会教育」が必要だと思っています。水産系の大学を出ている「親方」は理解を示してくれますが、大多数はそのような教育を受けておらず、経験とカン、そして職人としてのウデが全てなのです。

漁師は職人です。
だから、納得したとき、彼らは行動します。
そして、沿岸の漁師の耳の穴は、開いています。
あとは、右から左へ素通りさせないよう、人間関係をつくり、理解してもらうよう努力する。

人間は理論では動きません。
「好き嫌い」といった感情と「利害」、これが行動原理だと、私は思っています。

時間はかかるかもしれないけど、そういう人間関係を作って、納得してもらって資源管理をする。
あるいは、
強権発動によって強制的にやる。
現実なのは、ドッチでしょうか?
少なくとも、後者を強行するほど、水産庁も都道府県の県庁の星達も腹は据わっていないでしょ。。。

「前浜資源は俺等のもんだ」って意識・・・それが良いのかどうかは議論のあるところでしょうが、「子供や孫達がこの浜で生きていってほしい」って思っているのならば、まだ、救いはあります。

HACCPだって取り入れられるんだから、何だって、やる気になればできる素地が前浜漁師にはある、と私は信じています。

氏に期待するのは、今の気持ちを持ち続けて、直言し続けてほしいというコトです。
第三者的に、冷静であれば冷静であるほど、分かりやすいし、理解しやすい。
漁業者に対して、説得力をもつようにするのは、現場の我々の仕事です。

北洋 08-03-09 (日) 16:49

活発な議論、勉強になります。
勝川先生の注目度の高さを感じます。

この場を借りて、
私の「沿岸」と「沖合」の経営の性質の違いの理解を申し上げ、
階層毎に資源管理方法の設定が必要であるのではないか、という問題提起をさせて頂きます。

「沖合」漁業の構成員は、経営者と雇用者です。
経営者は、雇用者に賃金(固定給以上)を支払う義務があります。
固定給を支払うためには、資源の厳しい時でも資源よりも賃金支払、経営維持に重点が置かれます。
ただでさえ漁獲圧力の高い規模の漁業が、資源危機的状況下で漁業をしてしまえば状況を悪化させます。
しかし、そういった行動を選択せざるを得ない経営状況下にあります。
また、その漁場で漁ができなくなれば、他の漁場へ移動することも可能な階層です。
しかし、漁獲量・額が大きく、その地の産業連関に大きな影響力をもち、地域の基幹産業として欠かせないという重要な面もあります。

一方
「沿岸」漁業は家族経営で、単身操業もしくは2人操業が一般的です。故に、構成員も家族及び親族が主流です。
経営形態が家族経営ゆえに、その収入はその構成員で分配されます。
不漁により収入が少なくなれば、無理に賃金を工面するというより、痛み分けで節約生活です。
不漁が続けば、節約生活が続くだけです。つまり、経営維持のために、節約生活が営まれるだけです。企業経営に比べ、フレキシブルに対応できる側面です。
ただし、そのような不漁続きであれば、後継者の確保は難しくなります。
漁獲圧力は強くはありませんが、過剰就業の際、磯根資源の乱獲が発生する可能性はあります。しかし、経営体が減少する現状においては、より漁獲圧力は低下しています。
また、その漁場環境が悪化しても、その漁場で漁を続けるしかありません。
ただし、沿岸漁業就業者の多い地でなければ、地域経済に与える影響力は弱い面があります。しかし、その就業者が多く、基幹産業となっている地域もあります。

以上のように
沖合=企業経営
沿岸=家族経営
この経営形態の違いで経営の性格は異なります。

誤解の無いよう申し上げますが、「沖合」は漁獲圧力が高いから漁業を制限して欲しいなどと申しているわけではございません。
「沖合」も、地域経済に与える影響は大きく、また、漁業就業機会としての重要な側面もあり、欠かせない存在だと存じます。

「沖合」用、「沿岸」用の資源管理を模索し、互いに「共存」できる環境を作っていく必要があると考えます。

勝川先生の持続可能な漁業の実現を望む熱い思いに感動し、
今後の議論に心より期待致します。

匿名甘えヒト 08-03-11 (火) 23:36

北洋さんのおっしゃっているコト、分かります。
でも、「獲りすぎ」っていう状況に陥った場合は、どちらも同じになっちゃうんじゃないかなぁ、と思いました。
ただ、対処療法はかなり違ったモノになることでしょう。

現在の技術水準で、できるだけ正解に近い結果を得るというのは、沿岸も沖合いも同じことですょね。
問題は、それを漁業者に理解してもらえるか否か・・・実行に移せるか否か・・・彼らの環境・生活実態は異なる以上、説明・説得の仕方もおのずと異なっていくでしょ。
私自身は、沖合いの漁業者を知らないので、比較はできませんが、沿岸の漁師の場合、手痛い経験をし、かつ、「おらが浜」を何とかしたい、と思っている人たちがいる浜では、前向きになる感じがします。
ただし、そのような浜でも、利己的なヒトはいるわけですけどね・・・

勝川 08-04-02 (水) 3:21

ある水産関係者さん

>このように考えると、沿岸漁業は沖合・遠洋漁業の一歩先の運命を
>辿っている未来形と言えなくもありません。

指摘されるまでは気づきませんでしたが、
確かにそういう面はありますね。
1)沖合、遠洋漁業に、努力量の逃げ場があったこと。
2)沿岸では漁獲の対象となる魚種が多く、ある資源が枯渇しても代替がある。
という2点が違うように思います。

>現在、成功している沿岸地域も最初から資源管理に熱心だったと言うより、
>一度地獄を経験してから2度と酷い目に遭わないように『熱心になった』
>というのが実情と考えます。

地獄を見ないと価値観は変わらないですね。
不適切な補助金でその場しのぎをすると、必要な変化が妨げられます。
大本営と懇意な漁業ほど非生産的なのは、そのせいもあるでしょう。

>沖合・遠洋漁業が一部の沿岸漁業(%は?)の如く再生できるか否かは別問題です。
>その理由は、大本営にも漁業者にも『再生しなければならない』という危機感が
>完全に欠落しているほか、沿岸漁業で成功した資源・漁業再生のための
>物理的方策(養殖、栽培漁業など)も有効とは思えません。
>漁獲努力量の淘汰(適正化)も進まないし・・・。

確かに、危機感が無いですね。
末端は危機感を通り越して絶望感なんだけど、上は脳天気ですよ。
努力量の淘汰が進まない背景には、借金大杉という問題もあるみたいですね。

匿名甘えヒトさん

沿岸は自主管理に頼ることになるでしょう。
管理をするためのリソース(人・予算)がありません。
ただ、放っておける状況ではないので、「沿岸の自主管理が導入できる条件はなんだろう?」とか、「その条件を整えるためにできることはないだろうか?」といったことを考えています。

>私は漁業者に「社会教育」が必要だと思っています。

これは同感ですね。本当にその通りです。
日本の漁業者にも、資源管理をして利益を出している漁業があることを知って欲しい。
ノルウェーの漁業者を呼んで、話でもしてもらうとおもしろいかも。

北洋さん

問題提起をありがとうございます。
今後の政策を考える上で参考にさせていただきます。

沿岸と沖合は、どちらも乱獲抑制の必要がありますが、
それぞれ処方箋が異なるというご指摘はその通りだと思います。
私案では、TAC=ABCとした上で、TACを沖合は船ごとに、
沿岸は漁協ごとに配分するのが良いと考えています。
その地域で漁獲枠をどう配分するかは、裁量に任せて良いと思います。

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://katukawa.com/wp-trackback.php?p=532
Listed below are links to weblogs that reference
北洋シンポ from 勝川俊雄公式サイト

Home > その他 | マサバ > 北洋シンポ

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 0
  • 今日: 257(ユニーク: 72)
  • 昨日: 618
  • トータル: 7687175

from 18 Mar. 2009

Return to page top