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日本型の意志決定の長所と短所と限界

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日本型の意志決定の欠点は、方向性と実効性に欠けるということだ。「方向性の欠如→非合理的な努力→無駄な痛み」となりやすい。たとえば、多大な手間・暇・金を費やして種苗放流をしても、その効果が一切検証されていないような場合も多い。また、日本の資源管理型漁業の実効性は、漁業者の都合次第である。一般的に、日本の漁業には余裕は全くない。乱獲をしても採算がとれないような経営体が多い中で、自己満足的な全く不十分な取り組みで終わっている場合がほとんどだ。乱獲の度合いが多少軽減されたからといって、「管理している」とはいえないだろう。「やらないよりマシ」かもしれないが、それで満足していては話にならない。

では、管理を機能させるには、何が必要だろう。方向性を与えるのが研究者、実効性を与えるのがタイミングだと思う。成功事例に共通するのは、現場に根を下ろした研究者の存在である。非合理的になりやすい日本型意志決定に方向性を与える人間が必要なのだ。また、漁業者が努力できる範囲は一定ではなく、資源管理を始めやすいタイミングが明確に存在する。たとえば、秋田のハタハタは、資源が枯渇し、収入としてあまり期待できなくなった段階で管理が導入された。また、三河湾のイカナゴはマイワシバブルの時代に管理を開始した。対象となる資源に依存する度合いが少なくなったタイミングこそ、資源管理を開始するのに適しているのだ。こういったタイミングをとらえるには、その現場に長期的に接する人間が必要だ。たとえば、5年で水産系の職員を異動させる県もあるようだが、そういった県の職員がうまくタイミングをつかむのは困難だろう。

自主管理の成功には、資源管理の基礎を理解した上で漁業者と同じ目線で会話ができる人間を、長期的に常駐させる必要がある。これは、国にはできない。また、できていない県も多い。研究者ではなく、漁協の職員に資源管理普及員としての機能を期待するのも一つの方向だとおもう。どこの漁協も内部はガタガタで統廃合が続いている。資源管理に対して主体的な役割を果たすことで、漁協の必要性をアピールすれば、今後の生き残り有利になるだろう。

漁業者の相互監視は確かに有効な手段である。たとえば、京都府のズワイガニ管理では、禁漁区の効果を確認するため、県の職員が漁船をチャーターし禁漁区で定期的に試験操業をしている。ある時、連絡に不備があって、一部の漁業者に試験操業のことが伝わっていなかった。試験操業のことを知らない漁師から、試験操業をしていた漁師に、無線で「そこは禁漁区だろう」というつっこみが入ったという。こういう状況なら、行政がコストをかけて監視しなくてもよいだろう。ただ、自主管理の強制力の範囲は、顔が見える範囲に限られる。村社会の掟の適用範囲は、村社会に限られてしまうのだ。魚の分布が、いくつかの県をまたいでいることもよくある話である。また、大臣許可の沖合漁業の多くは会社経営であり、村社会の理論ではなく、中小企業の理論で動いている。自主管理がうまく機能するのは、利用者が限定された沿岸資源に限られるだろう。これは、漁業者の相互監視に頼る自主管理の構造的な限界である。

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