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桜本文書を解読する その7


おわりに
規制改革会議の第3次中間とりまとめには、「我が国の水産資源の状況は危機的状況である」、「有効な管理手段として何ら機能しないばかりか、さらなる乱獲を促進している我が国の現行の漁業・管理の仕組み・・・」、「資源のほとんどが枯渇ないし減少している状況で・・・」等々の文言が並んでいるが、これらはいずれも事実に反しており、一般の人々に大きな誤解を与えるものである。

「魚は減っていないし、我が国の資源管理は機能している」と言いたいようだが、
それを真に受ける漁業関係者はいるだろうか。

国産の高級魚は姿を消し、輸入魚が日本市場を席巻しているのが現実である。
「昔は網を下ろせば魚は幾らでも捕れたが、今は一日中探しても魚がいない」というような話は、
どこにでも転がっている。漁船の性能が格段に上がっているにもかかわらず、だ。
むしろ、昔と同じぐらい獲れている漁業の方が希だろう。
海に沢山いる魚を捕れないほど、日本の漁業者は無能ではない。
日本の漁業者は、魚を捕ってくることに関しては実に有能である。
彼らに欠けているのは、魚を残すことである。
漁業者が、乱獲をするのは、資源管理が機能していないからである。

この文章では、TAC制度は機能していると言いたいようだが、
残念ながら、TAC制度を国内で評価する声は皆無である。
水産庁と水産政策審議会が自画自賛をして居るぐらいで、
漁業者、加工業者、研究者のいずれも、「あれでは意味が無い」ということで意見が一致している。
TAC制度で漁獲を止められると思っている漁業関係者などいないのが現実である。

そういう状況で、「魚は減っていない」とか、「我が国の資源管理は機能している」とか、
書かれても何の説得力もないのである。

魚が獲れないから、漁業者はことあるごとに、補助金を要求する。
漁業者と違って、加工業者には補助金はないので、
今年に入ってからも、多くの加工業者が廃業を余儀なくされている。
魚屋はバタバタつぶれ、スーパーの鮮魚コーナーの殆どは赤字だ。
こういう危機的な状況を、桜本先生にも、正しく認識してもらいたいものである。


TAC 制を実施するにあたって最も重要なことは、「ABCの値は(したがって、もちろんTACの値も)合意事項であり、科学的には決まらない」ということを正しく理解することである。「科学的に決まる」ということは「科学的に(私情をはさまず、客観的に、つまり誰がやっても)一つの解が決定できる」ということである。「科学的情報を用いてある事柄を決定する」ということと、「科学的に一つの解が決定できる」ということは同じではないことを理解すべきである。しばしば、「目的関数が決まれば、科学的に一つの解が決定できる」という人がいるが、残念ながらこの人は「どの目的関数を選択するかは科学的には決められない」ということに気がついていない。


TAC制を実施するに当たり最も重要なことは、「科学者の合意事項を尊重すること」だろう。
科学には限界があり、科学者のしめす漁獲枠が常に正しいとはかぎらないのは、当然である。
だからといって、何をやっても良いと言うことにはならないのだ。
「一意に決められない」というのは、今のようにABCを無視する理由には成らない。

法定速度が60kmの道があるとしよう。
この道の法定速度が60kmでなくてはならない理由を科学的に証明できる人間は居ない。
日本の基準で60kmとなっても、他国の基準なら別の速度になるかもしれない。
「61kmじゃだめなの?」とか、言い出したらきりがない。
では、一意に決められないからといって、速度制限は不要かというと、そんなことはない。
一意に決められなくても、何らかの基準は必要なのだ。
ある程度妥当な値が、きちんと明示され、それが守られることが重要なのだ。

日本の外に目を向ければ、科学者の合意事項の重要性は自明である。
科学者の合意事項を尊重している漁業は、確実に生産を伸ばしている。
ノルウェーを初めとする先進漁業国には、
漁獲枠を一意に決められる魔法のような方法があるわけではない。
科学者は、政府や漁業者の圧力に晒されずに、漁獲枠について協議をする。
そして、科学者の合意事項を「科学的決定」と捉えて、尊重するのである。
ICESも、米国も、豪州も、NZも科学者が合意の上で勧告する漁獲枠は一つである。

そして、その1つの漁獲枠を守ることで、漁業を発展させているのである。
日本で資源管理が出来ない理由は、「科学的に一つの解が決定できない」からではない。
不確実性を口実に、科学者の合意事項を無視するから、ダメなのだ。


ABCを無視したいなら、現行のABCに代わる、より良い基準を示す必要がある。
桜本先生は、ABCに対する対案を示さず、現状擁護を繰り返している。
では、現状のTAC設定はどうなっているのかというと、資源量を上回るTACを設定したり、
低水準資源に対して、資源量を現状維持する漁獲量の4倍のTACを設定したり、まるでデタラメだ。

水産庁は、ABCを無視した過剰な漁獲枠設定について、
社会経済的な要因を考慮した結果であると、説明をする。
しかし、どのような社会経済的な要因を考慮した結果として、
その漁獲枠の数字が算出されたのかを示した試しがない。
天下り先の漁業者団体の希望を聞いて、鉛筆を舐めて漁獲枠を設定しているのだろうか。

欧米諸国でも、社会経済的な要因を考慮して、漁獲枠を設定している。
あくまで、対象生物の持続性を損なわない範囲で、経済学者、社会学者が、
根拠を明確にした上で、漁獲枠を決定するのが大原則である。
例えば、米国の場合は、ABC>TACという制約条件下で、
水産資源学者、経済学者、社会学者が協議をして、TACを決定する。
他国でも、たしかに社会経済的要因を考慮しているのだが、
日本のように根拠も示さずに、漁業者に言われるままに、
漁獲枠を野放図に増やしているわけではない。


現在、水産庁は「TAC制度等の検討に係る有識者懇談会」によるTAC制度の見直し作業を実施している。適切なABCの決定方法や、ABCを決定する際の不確実性に如何に対処するかということに議論が集中している(経過については、水産庁ホームページをご覧ください)。まだ、議論の途中であるが、大きく2つの点が変更されることになりそうだ。(1)複数のABCの提示。これは複数の管理シナリオの提示と言い換えてもいいだろう。現行では、1つのABC、1つの管理シナリオしか提示されておらず、これが人々に誤解を与える原因ともなった。(2)TACの期中改訂。資源量の推定精度の向上やABCの決定方法の改善を行ったとしても、資源量の将来予測が大きく外れる可能性を根絶することは困難である。それらの不確実性に対応するためには、厳格なルールの下での TACの期中改訂は不可欠の要件との判断である。

>適切なABCの決定方法や、ABCを決定する際の不確実性に如何に
>対処するかということに議論が集中している

「TACが非公開であり、算出根拠が不明」とか、
「TACを超過する漁獲が野放しで、ルールを守った人間が馬鹿を見ている」とか、
TAC制度は、いろんな方面から非難を浴びている。
もし、現在のTAC制度を改善したいのなら、参考にもしていないABCのあら探しより前に、
検討すべきことはたくさんあるはずだ。
この懇談会の目的は、漁業の未来のためにTAC制度を改善することなのか、
それとも、水産庁の自己弁護のために、ABCのあら探しをすることなのか?
だいたい、漁業組合代表なんて、水産庁からの天下り役員ばかりであり、
人選からして、まともな議論をするつもりがあるようには見えない。

また、ABCの複数化と期中改定で、TAC制度が機能するとは思えない。
一意に決められないから、複数のABCを出せば、問題が解決するわけではない。
複数のABCの中から、誰がどういう基準で、えらぶかが問題だ。
どうせ、一番大きいABCを選ぶだけだろう。
漁獲枠を下げると、漁業者から苦情が出るから、
ABCを増やすことで、ABCとTACの乖離を減らそうという作戦だろう。
ただ、ABCを複数化したところで、現存量を超えるABCなんて出るはずもないので、
これでABCとTACの乖離が無くなるとは思えない。

また、期中改定にしても、重箱の隅をつついているだけだ。
たしかに、今までのように、誰かが怒鳴り込んでくる度に、気前よく漁獲枠を水増ししているよりは、
期中改定に関しても、何らかのルールを作った方が良いのは間違いない。
ただ、それは本質的な問題ではない。

そもそも、期中改定より前に、TACの決定に対する厳格なルールを作るのが先だろう。
TAC設定自体がいい加減なのに、期中改定だけ厳格なルールをつくっても、砂上の楼閣だ。

また、その厳格なルールとやらは、だれがどういう基準で決めるのだろう。
ABCにはさんざんケチを付けているけど、誰が決めても一つに定まるような期中改定のルールは、
作れるとは思えないのだが。改定ルールも複数化するのだろうか。

>1つのABC、1つの管理シナリオしか提示されておらず、これが人々に誤解を与える原因ともなった。

ICESも米国も、IWCのRMPも一つの漁獲枠を提示している。何が問題なのだろうか?
逆に、複数の漁獲枠を出して、上手くいっている管理など聞いたことがない。

「人々に誤解を与える」とは、具体的に誰がどう誤解をしているのかがわからないが、
誤解であれば、専門家が誤解を解くように努力すれば良いだけの話ではないだろうか。
というよりも、水産庁が、印象操作で、必死にミスリードしているように見えるんだけど。
「魚離れ」とか、「TAC真理教」とか(笑)


 現行の我が国のTAC制度についても、今後ともさらなる改善を行っていく必要があることはもちろんであるが、正しい現状認識とABC等に関する正しい理解のないTAC制やITQ制への盲信と猛進は、単に社会を混乱に陥れる結果をもたらすだけになるだろう。

「ABC等に関する正しい理解のないTAC制」とは、TACがABCを超えている現状に他ならない。
資源管理の名の下に、乱獲を容認しているから、単に社会が混乱するだけで、
漁業は衰退を続けるのである。
現在のTAC制度は、単なる税金の無駄づかいだろう。

ABCを無視する過剰なTACに対する非難の声は、日増しに大きくなっている。
社会的非難に晒されているのはABCではなく、
根拠も示されず、値もデタラメなTACなのである。


桜本先生には、責任ある委員会の長として、TACの設定根拠を説明して欲しいものである。

自分たちが承認したTACの根拠も示さず、ABCの揚げ足取りをしているだけでは、

科学者としての社会的責任を果たしているとは言えないだろう。



今度もABCを無視し続けるつもりなら、以下の2点が必要だろう。

1)過去に遡り、TACがどうしてその数字になったかを説明すること

2)そのTACが、ABCよりも妥当であることを説明すること
この2点をきっちりやらない限り、幾らABCの悪口を言ったところで、
TACが信頼を得られるはずがはないのである。

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