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なぜABCを守らないといけないのか

  • 2006-08-29 (火) 4:33
  • 研究
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資源管理のことを知らない人にも、
何が問題なのかがわかるようにその背景から詳しく説明をしよう。

ABCとは何か?
漁業者は、できるだけ多くの魚を獲りたいと思うのは当然だろう。
しかし、漁獲能力が生物の生産力を上回っている現状で、
獲りたいだけ獲れば資源が枯渇し、産業自体が成り立たなくなってしまう。
生物へ非持続的な漁獲圧を避けるためには、漁獲規制が必要になる。

生物の生産力は時代と共に変わるし、現存資源量の推定精度も低い。
様々な科学的な限界から、生物学的に乱獲の線引きをすることは容易ではない。
切迫した人間の都合と不確実性の高い生物の持続性を一度に論じると、
どうしても人間の都合が優先されてしまう。
結果として、過剰な漁獲枠が設定されて、いくつかの重要資源が崩壊してしまった。

これらの失敗を糧に、人間の都合とは切り離して、
生物の持続性のみを論じる場所を作ることにした。
それがABCなのだ。
ABCは、正確にはAcceptable Biological Catchの略である。
わざわざバイオロジカルと断りを入れて、
TACとは別にABCを推定するのはそういう意味がある。

ABCの大原則

ABCとは純粋に生物の持続性の観点から決定しなくてはならない
人間の都合や希望は、ABCの決定から排除すること

もちろん、漁業は経済行為であり、人間の都合を無視することはできないので、
ABCとは別に社会経済的要因を考慮してTACを決めることになっている。

ABCの推定 + 社会経済的要因 → TAC

以上は、水産資源管理先進国でのお話。
日本は資源管理後進国であり、生物の持続性を考えた管理は最近まで実施されてこなかった。
国連海洋法条約のからみで、急遽、資源管理を始めることになり、
水産資源管理先進国で利用されている上記の枠組みが輸入されることになった。

日本のTAC制度
さて、日本にTAC制度を導入するにあたって、
ABCの推定と、TACの決定は、それぞれ別の部署が担当することになった。
この枠組みを決めた人は、ABCの本質を良く理解していると思う。
水産庁は行政機関であり、水産庁内部でABCの推定を行うことは不可能だ。
そこで、ABCの実質的な計算は、外郭団体の水研センターに業務委託される。
日本国内には、ABCの業務が出来る機関は水研センター以外に無い。
水研センターが資源評価において果たすべき役割・責任はきわめて重い。

組織図

ABCを守る理由
日本のTAC制度において、資源の持続性を考慮するのはABCのみだ。
ABCをきちんと人間の都合とは切り離さなければ、日本のTAC制度は機能しない。
にもかかわらず、TACを決める元締めのような立場の人間が
「つべこべいわずに、資源評価票を言うとおりに書き換えろ」と怒鳴り込んでくる。
これがとんでもないルール違反であることはABCが誕生した経緯からも明らかだ。
ABCに人間の都合を持ち込んだら最後、TACは資源の持続性は無視して、
人間の都合だけできまることになる。
そうなれば、TAC制度はもはや資源管理ではなく、たんなる漁業調整である。

さらに言うと、ABCの基礎となる資源評価票は、
日本の漁業政策において資源の現状を判断する最大にして唯一の手がかりなのだ。
その評価票を一部の人間の都合に合わせてねじ曲げてしまえば、
資源の現状を誰も把握できなくなるだろう。
日本の漁業は厳しい時代に突入し、難しい舵取りが要求されている。
そんなときに、厳しい現実に目をつぶってしまえば、どうなるかは明白だ。
ABCへの政治介入は、TAC制度のみならず、
日本の漁業政策全体を破綻させる。

様々な政治圧力からABCを守ること。
生物の現状が正確に反映された資源評価票を書くこと。
これが、日本の水産政策が正しい方向へ向かっていくための最低条件だ。
だから、俺は「ABCに人間の都合を持ち込むな」と口を酸っぱくして言い続けている。
大学の研究者が水産庁の資源評価システムを機能させようと必死になっているのに、
資源管理を担当する行政官がそれをないがしろにしようとする。
この奇妙な現実をどう考えるのか、水産庁の偉い人に訊いてみたいものだ。

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