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なぜ、ノルウェー漁業は、自己改革できるのか?

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自己改革と言っても、ほとんどの日本人にはピンとこないだろう。
そこで、ノルウェーがどのように自己改革をしてきたかを、構造的に解説しよう。

ノルウェーの漁業管理の意志決定

ノルウェーでは、年に1回、漁業省主催の漁業者代表ミーティングが開かれる。
この会議で、来年の漁業管理の意志決定がなされるのである。
代表ミーティングには、漁業関係者(代表)、科学者、環境NGO、行政などが参加をするが、
純粋に漁業者の話し合いの場であり、行政と環境NGOは傍聴、科学者は助言をするのみである。

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この漁業者ミーティングが、ノルウェーの漁業政策を決定する。
たとえば、漁獲枠の配分も、漁業者の話し合いで決まるのである。
ノルウェーはほとんど全ての水産資源をEUと共有しているので、
国としての漁獲枠はEUとの交渉により、外向的に決定する。
そこで得た漁獲枠を、国内でどう配分するかは、このミーティングで決まる。
たとえば、コッドの場合は、次のように細かく配分されている。

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2007年のノルウェー全体の漁獲枠は199500トン。このうち30%がトロール漁船に割り当てられた。
トロール漁船は船毎に漁獲枠が比率で配分されているので、56903トンを比例配分していく。
1%の権利を持っている漁船には、569トン配分される。
70%が伝統的な漁業に配分されるのだが、北の小規模漁業者に優先的に漁獲枠が配分されている。
それらの配分は、漁業者の話し合いで決まっており、行政や研究者は口出しをしない。
ここで決定された配分を遵守するように、法的な手続きをおこない、
監視・取り締まりをするのが行政の役目である。

ノルウェーでは、日本よりもきめ細かな漁具・漁法の規制が行われている。
この漁具・漁法の規制についても、決定権は漁業者にある。
漁業者が予め提案した素案の管理効果を科学者が評価し、レポートを作成する。
そのレポートを参考にして、漁業者が話し合い、どういう規制をするかを決定する。
操業規制に関しても、政府は基本的に介入しない。
漁業者が決めたルールが守られているかを監視し、
違反を取り締まるのが国の役割だ。

読者の多くは、「漁業者の話し合いで、本当に漁獲枠の配分が決定できるのか?」と疑問を持つことだろう。
俺もそう思ったので、決定に至るまでのプロセスを根掘り葉掘り、質問してみた。
今でこそスムーズに配分できるようになったが、70年代に資源管理を開始した当初は、
大もめにもめたそうだ。
いくつかの漁業では、漁獲枠が決まらなかった。しかし、その後のノルウェー政府の対応が凄い。
何もせずに、放置しておいたというのだ。「漁業者は、自分たちで決定することが出来る。2年待ったら、
お互いに納得の上で、漁獲枠の配分をすることが出来た」ということだ。
ノルウェー政府は、漁業者の自主性を信じて待ったのである。
漁獲枠の決定が少し遅れただけで、自分の出世に響くからと言って、
安易に漁獲枠を増やして話をまとめようとするどこかの国の役人とは大違いだ。

ノルウェーの漁業政策の決定プロセス

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この意志決定過程を理解すれば、ノルウェーが自己改革できた理由は自明だろう。
漁業者自らがルールを決定するから、理不尽なルールや無駄なルールは改善される。
科学者が助言を与えることで、政策に合理性をもたせている。
そして、行政が漁業者の決定を尊重し、その取り締まりをしっかりするから、
漁業者は納得の上、安心して、規制を守ることが出来るのだ。
これらのプロセス全てが、環境NGOに公開されている。
彼らの目を通して、一般市民は漁業が国益に適うやり方で行われていることを確認できる。
漁業者の決定に問題があれば、すぐに外からプレッシャーがかかる。
ノルウェーの漁業組合の人間によると、「外部の目は業界にとってはプレッシャーだが、
漁業の健全化に不可欠」とのことである。

ノルウェーの漁業制度は実に合理的なのだが、
はじめから、洗練された制度が導入されたわけではなく、
30年間、議論と試行錯誤を通じて、現在に至ったのである。

結論

ノルウェー漁業は、民主化によって、自己改革・効率化を成し遂げている。

Comments:4

kato 09-02-10 (火) 10:59

このミーティングというのは何人くらいの参加があるものなのでしょう?また日本と比較して地域差や規模格差はどの程度あるものなのでしょう。

もし日本で全国会議を開催すると100人程度の規模にはなると思うのですが、やはりその位の規模の会合になるのでしょうか。

あと分かりにくいのが、国民性も(しっかり自己主張できるような)文化のあるお国柄なのかどうかです。日本は根回しの国なので、オープンな議論と言っても、そのあたりの比較がイメージしづらいような気がします。

勝川 俊雄 09-03-13 (金) 14:22

規模はわからないです。実際に参加してみたいと思うのですが、ノルウェー語だろうなぁ。

>日本は根回しの国なので、
水面下で政治力で話をつけている限り、特定の声が大きい人間の都合に支配され続けるでしょうね。
結論に至る道筋がオープンである必要があります。

海外水産開発 09-02-13 (金) 15:51

2/9付けブログ「なぜ、ノルウェー漁業は、自己改革できるのか?」を拝見していたら、伊勢湾の事例と共通点があるように思えました。

勝川さんがたびたび紹介されているように、伊勢湾でのイカナゴ資源管理は数少ない資源管理成功例の一つであり、自主管理の代表例と呼べるものでしょう(まさに2006年10月に勝川さんがブログで解析された自主管理が機能するための4条件を満たすものです)。

伊勢湾のイカナゴ資源管理では、愛知・三重両県のイカナゴ漁業者による協議会が年数回開かれて、解禁日、終漁日、禁漁区などが決定されています。協議会は両県のイカナゴ漁業者の話し合いの場であり、県試験場研究員は助言、行政は傍聴をするのみです。

協議会は漁獲枠の配分を決めるものではありませんが、試験場提供の科学的データに基いた資源管理措置が決定されます。例えば、親イカナゴ漁の解禁日協議会では、試験曳きで得られた親魚が漁業者の目の前で研究員により解剖されて産卵状況が集計、報告されます。その結果を元に漁業者が解禁を協議します。

イカナゴを漁獲する船曳網/バッチ網漁は知事許可漁業であり、漁船隻数、船トン数、網目サイズなどの規制を受けていますが、その他の資源管理措置は全て漁業者団体が自主的に実施しているものです。 具体的には、下記のような管理措置が実施されているそうです。
1)産卵親魚の保護:
 漁業者自らが親魚試験操業を行い、試験場研究員による解剖結果を元に両県漁業者協議で親イカナゴ漁の解禁を決定。*試験場は親魚メスの80%以上が産卵済みであったら漁解禁可能と助言しているが、漁業者は親魚の90%以上が産卵済みになるまで親イカナゴ漁を解禁しない。
2)シラスイカナゴ解禁日の設定:
  試験場と漁業者がシラスイカナゴの分布調査を行い、試験場による解析結果を元に市場価格がもっとも高いサイズ(体長35mm)を漁獲できるように両県漁業者協議で解禁日を決定する。
3)シラスイカナゴ終漁日の設定:
 試験場による毎日の漁獲データの解析結果を元に、翌年の再生産に必要な親魚を確保できるように両県漁業者協議で終漁日を決定。 *試験場は当歳魚の推定残存尾数が20億尾となる時点で終漁すれば良いと助言しているが、漁業者は残存尾数が40億匹以上となるように早めに終漁する。
4)休漁日の設定:
 試験場による直近の漁獲モニター結果に基づき両県漁業者協議により、シラスイカナゴ漁期中に休漁日を設けることで市場価値最大となる体長(35mm)の群れを効率的に漁獲する。*「資源管理」と「儲かる漁業」の両立が図られている。
5)禁漁区の設定:
 試験場による直近のモニター結果に基づき両県漁業者協議により、①産卵前親魚保護のための禁漁区、②ふ化直後の仔魚保護のための禁漁区、③次年度の優良親魚確保のための禁漁区が設置される。これらの禁漁区は漁期中にも位置、サイズが順応的に変更される。
6) 夏眠場所の保全:
 水温上昇とともに砂中に潜り夏眠するイカナゴを守るため、夏眠海域の保全を実施(伊勢湾では6月から12月まで湾口付近で夏眠)。

愛知と三重では漁獲対象サイズや漁法が異なるため、かつては協議会で喧嘩沙汰になることもあったようです。しかし1978年から5年間続いた大不漁を経験してからは、「不漁はもう二度と御免だ」との意識もあり、(比較的)穏やかに合意形成がされているようです(パイプ椅子が飛ぶくらいは穏やかだそうです)。ですが、今でも自然環境の変化により想定外の低資源となった年などは、ヒートアップするそうです(今年はまさに低資源となっているので、真剣で緊張感に溢れた協議会でした)。

漁業者同士が相互監視を行い違法操業を摘発しており、組合長がルール違反者から水揚げを没収してまで管理措置の徹底を図っているそうです。これにより、違反取締りの行政コストの低減が図られていると言えましょう。また、試験操業など試験場の調査への協力により、行政コスト削減に貢献されています。

このように漁業管理・資源管理に関する「明確な役割分担、民主的な意思決定」は明らかに存在するのですが、「外部の目」は協議会に参加していませんので「情報公開」は不足していると言えます。
特定の地域の特定の魚に係る話ですし、極めて稀な条件を満たした事例ですので、自主管理の有効性を証明するものではありませんが、我が国おいてもノルウェーに似た事例があると考えて投稿した次第です。

長文失礼しました。あまりにも長くご迷惑になりそうですので、コメント表示されなくとも構いません。

勝川 俊雄 09-03-13 (金) 21:30

イカナゴの資源管理は、ノルウェーの資源管理と共通点が多いですね。
まねをしたわけでは無いと思いますが、
最適化を進めていくと、資源管理の方向性は自ずと限られてくるのでしょう。

重要なことは次の2点

十分な親を取り残すこと
限られた漁獲を経済的に有効利用すること

4月になったら時間ができるはずだから、勉強に行きたいですね。

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