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資源回復計画が予想通り破たんして、青森県のイカナゴが禁漁となった


青森県でイカナゴが禁漁となった。この背景について、考えてみよう。

毎日新聞: イカナゴ:全面禁漁へ 春の味覚、乱獲で激減 陸奥湾6漁協、特定魚では初 /青森
陸奥湾でとれる春の味覚「イカナゴ(コウナゴ)」が乱獲などで激減していることを受け、県と湾内6漁協は今春から、全面禁漁することで合意した。当面、禁漁期間は定めないまま資源量の回復を待つ。
昨年の湾内の資源量は1000万匹以下とみられ、県は3億匹まで回復させることを目指す。

 湾内でのイカナゴの漁獲量は73年の約1万1745トンをピークに減少が続き、昨年は約1トンまで落ち込んだ。漁獲金額も77年の約11億円から昨年は約40万円に減っている。海水温の低下でイカナゴが育ちにくくなったことや乱獲が原因とみられる。
http://mainichi.jp/area/aomori/news/20130214ddlk02040018000c.html

東奥日報: 陸奥湾イカナゴ、今春全面禁漁
禁漁措置について、脇野沢村漁協の千舩五郎参事は「ここ数年、ほとんど漁獲されず、ここまで落ち込めば禁漁はやむを得ない」、三厩漁協の廣津長一参事は「イカナゴの稚魚を餌にする他の魚種の漁獲にも影響するためイカナゴの資源回復は重要」と話した。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2013/20130213110002.asp?fsn=eb33f76037153e93cde084f7e7644d6f 

「青森県のイカナゴが減少をしたので、資源回復のために禁漁します」 ということなんだけど、以下の2点に注意してほしい。
1) 親魚量が適正水準の1/30まで減少している
2) 漁獲がほぼ成り立たない水準(県全体の生産金額が40万円) まで落ち込んでいる
ようするに、漁業が成り立たなくなって、禁漁してもしなくても、変わらないぐらい魚が減ってから、ようやく禁漁にしたのである。ノーブレーキで壁に激突してから、ブレーキを踏んでいるようなものです。これをもって、美談とするのは大間違い。むしろ、「なんでここまで減らしたのか」を考えて、再発防止をしないといけない。

イカナゴ資源の減少は、かなり前から問題になっていた。2007年から、 「青森県イカナゴ資源回復計画」が行われていた。行政と漁業者が、資源回復に努めていた(はずの)資源がここまで、減ってしまったのである。

青森県がウスメバルとイカナゴの「資源回復計画」を作成
青森県は日本海、陸奥湾、津軽海峡海域のウスメバルに関する「青森県ウスメバル資源回復計画」、陸奥湾湾口周辺海域、白糠・泊地区周辺海域のイカナゴに関する「青森県イカナゴ資源回復計画」を作成し、2007年3月28日付けでこの2つの計画を公表した。
「資源回復計画」は悪化傾向にある日本周辺水域の水産資源の回復を漁業関係者や行政が一体となって取組むために策定されるもので、複数県にまたがり分布する資源については国が、分布が一都道府県内にとどまる場合は都道府県が計画を作成することになっている
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=15742

資源回復計画の概要はここにある。(水産庁は頻繁にURLを変えるので、リンクが切れていた場合は、”青森県” “イカナゴ” “資源回復計画”で検索してください。)

http://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_keikaku/pdf/aomori_ikanago.pdf

できれば内容に目を通してほしいのだけど、資源回復計画が策定された当時の状況を見てみよう。

長期的な漁獲量のトレンドは、下図のようになる。1980年代から、1990年代中ごろまでの不漁は、マイワシが増加した影響だろう。1990年代中ごろに、マイワシがいなくなって、イカナゴに努力量がシフトして、すぐにイカナゴの漁獲量が減少を始める。1997年から2006年までに漁獲量は5%程度まで減少をしている。6年前には、すでに、何らかの資源回復措置が必要という共通認識が、行政にも漁業者にもあったのだ。

 

資源回復計画の目的は、産卵量の確保であった。イカナゴの産卵数と新規加入個体数には次のような関係がある。産卵数が5兆粒を下回ると、翌年の加入資源尾数(卵の生き残り)が減少するという傾向が見て取れる。この資源を持続的に有効利用するには、良好な加入が期待できる5兆粒以上の親を残しておくことが望ましいのである。この産卵量を維持するのに必要な親の量は3.5億尾となる。この分析自体は、非常に良いと思う。問題は、そのための措置が取られなかったことである

 

回復計画を作った時点で、「2006 年の親魚数は1.1 億尾であり、漁獲努力量を維持した場合、10 年後の親魚数が0.3 億尾に減少する」ということはわかっていた。資源量は適正水準を下回っているうえに、漁獲圧は非持続的な水準であった。明らかな乱獲状態である。本来は、漁獲圧を下げて、親魚量を回復させなければならなかったのは明白である。

県水産総合研究センターの資源解析のシミュレーションでは、イカナゴ資源を回復するためには少なくとも現在の漁獲努力量から3 割削減する必要があると予測された。しかしながら、このような大幅な削減措置を行った場合、漁業者には多大な負担を強いることとなり、漁業経営を極度に圧迫するおそれがあるため、漁期の短縮や操業統数の制限により漁獲努力量を削減し、産卵親魚を保護することにより、イカナゴ資源の減少傾向に歯止めをかけ、過去3 ヵ年(2004 年~2006 年)の平均漁獲量600 トンを維持することを目標とする。

漁獲圧を削減するときに、普通の先進国では、漁獲枠を削減する。というのも、現在の漁船の性能をもってすれば、少数の漁船で、減少した資源を短期的に獲りきることが可能だからである。漁期の短縮や操業統数の制限は、実質的な効果があまりないというのは、我々の世界の常識である。

こういった実効性の低い緩い措置が日本では主流である。その理由は、実効性が低い措置は、漁業者からの反発もすくないからである。日本では、補償金と引き換えに、こういった緩い措置を導入して、「資源管理をしていることにする」のが一般的だ。

で、どうなったかというと、こうなったわけだ。

一直線に減少し2012年の漁獲量は1トンで、生産金額は40万円。さすがにここまで減ると、市場でも扱いづらい。ということで、実質、漁業は崩壊したといってもよいだろう。「600トンの漁獲量を、400トンまで減らすのは、漁業経営を極度に圧迫する」からといって、10年もしないうちに漁業自体を消滅させてしまったのだ。

資源回復計画は、実効性のない取り組みをして、やっているふりをしているだけ。「資源管理」ではなく、「資源管理ごっこ」だから、効果はない。そんなことは、やる前から、わかりきっていたことだけどね。

資源回復計画はなぜ失敗するのか?(2007年に書いたブログの記事です)
http://katukawa.com/?p=383

日本は、漁業者が困るからと言って、乱獲を放置して、漁業を衰退させている。資源の持続性に対して責任を負うべき行政の無作為が、産業の衰退を招いてきたのである。

海外の資源管理はどうなっているかというのは、こちらを参考にしてほしい。

ノルウェー式の資源管理は日本の水産資源復活に直結するか?
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2518?page=3

アイスランドのシシャモ漁業は、取り残すべき親の量(赤線)を維持できるように漁獲枠が決まっている。

アイスランドのシシャモは、2008年の漁獲シーズンに、資源量が少ないので禁漁という情報が流れました。しかしこの時も、禁漁になることに対して漁業者が大騒ぎするわけではなく、資源量が少ないので「回復を待たねばならない」という意識が強かったのが印象的でした。日本であれば「魚はいる!獲らせろ!」と大騒ぎになるケースであったことでしょう。

アイスランドの場合は、ちゃんと赤の線が維持できるように漁獲枠の削減をしたから、すぐに資源が回復した。アイスランドは、網を引けば魚がいくらでも獲れる時期に禁漁をしている。ノルウェーもシシャモが減ったらすぐに禁漁だし、ニュージーランドに至っては、漁業者が「資源回復のために漁獲枠を減らせ」と主張して、政府に漁獲枠を削減されせている。魚が獲れなくなってから禁漁をする日本とは根本的に違うのである。

読者の皆さんにも考えてほしい。漁業者がかわいそうだからと言って魚がいなくなるまで規制をしなかった日本と、資源の持続性を守るために魚がいるうちにきちんと規制をしたアイスランドと、どちらの漁業者が本当にかわいそうだろうか。ちなみに、アイスランドの漁業者は、儲かって、儲かって仕方がないようですよ

いつ頃から、誰が「魚離れ」と言い出したか


朝日新聞を使って、いつ頃から、誰が「魚離れ」と言い出したかを調べてみた。

1976年 若い女性は魚離れ 料理は苦手、鮮度にも関心薄い おさかな普及協会調査
1978年 消費者に“魚離れ”52年度200カイリ時代初の漁業白書_漁業白書
1981年 魚離れ一段と 値上がりの分析不十分 漁業白書_漁業白書
1984年 魚離れ防止へ農水省がPR_水産業

朝日新聞に最初に魚離れが登場したのは1976年。
紙面には、

「魚が好き」やっと半数
一匹買わずに切り身で
魚屋よりスーパーが好き

という見出しが躍っている。実に、34年前の記事なんだけど、昨日の記事と言っても通用しそうだ。ちなみに、この「おさかな普及協会」というのは、大手水産と荷受け59社が作ったそうだ。

1978年から、水産庁が漁業白書で魚離れキャンペーンを開始する。当時は魚の値段が上がって、肉との価格差が無くなったことから、魚の消費の低下が懸念されていたので、販促をしたのだろう。その後もバブルによって、日本人一人当たり1年間の水産物消費量(KG)は増加を続けた。

2001年から、消費が落ちているのは、世界的な魚の値上がりで、輸入が減少のが理由。こちらは構造的なので、今後も魚の消費量は下がるだろう。ただ、これは、消費ではなく供給の問題。日本の消費者が魚を避けているのではなく、世界の魚が日本から離れているのだ。

急速に進行しているのは、「日本人の魚離れ」ではなく、「魚の日本離れ」

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