厚生労働省は、食品の放射能の暫定基準値を見直すようだ。新聞記事で新しい方針についての記述があった。
食品の放射能規制:新基準、海外より厳しく 現行の値「緩い」は誤解 改定後はより子供に配慮
Q 新しい規制値はどうなるのですか。
A 年間被ばく限度が5ミリシーベルトではなく、1ミリシーベルトに決められます。その根拠として、小宮山洋子厚労相はコーデックス委員会の1ミリシーベルトを挙げています。規制値は間違いなく、いま以上に厳しくなります。Q 新たな規制値の特徴は?
A 規制対象の食品区分が▽飲料水▽牛乳▽一般食品▽乳児用食品の四つになります。被ばく限度の評価にあたっては、年齢層を「1歳未満」「1~6歳」「7~12歳」「13~18歳」「19歳以上」の五つに分け、その最も厳しい数値を全年齢に適用して新規制値とする方針です。さらに、乳児用食品は大人とは別の規制値を設けます。食品安全委員会の「子供はより影響を受けやすい」という答申に従ったものです。新規制値が今の5分の1~10分の1ほどになれば、世界でも相当に厳しい規制値となります。http://mainichi.jp/life/food/news/20111219ddm013100039000c.html
良い機会なので、食品の基準値についての私見をまとめてみよう。
国際放射線防護委員会 が1977年勧告で示した放射線防護の基本的考え方を示す概念として、ALARA(アララ)原則というのがある。
As Low As Reasonably Achievable「すべての被ばくは社会的、経済的要因を考慮に入れながら合理的に達成可能な限り低く抑えるべきである」
食品の基準値もALARA原則を遵守すべきである。そこで、問題になるのが、Reasonably Achievableの解釈だ。「食品の基準値は、人体への影響のみを考えるべきであって、それ以外の要因を考慮するのは御用学者だ」みたいなことを言う人がいる。閾値無しモデルでは、被曝は低ければ低いほど良いので、純粋に人体への影響のみを考えて決めるならば、基準値はゼロになる。では、基準値はゼロでよいかというと、それは合理的に達成可能ではない。まず、セシウム、ストロンチウムが全く含まれていない食品は無いと言うこと。水道水だって、ものすごく感度を上げれば、なにがしかのセシウムは検出できる。基準値をゼロにしたら、口にできるものなど無いのである。さらに、検査精度の問題もある。放射能を一桁Bq/kgよりも高い精度で測るには、高価なゲルマニウム検出器をつかって、一つの検体で5分程度の検査が必要。(訂正:セシウム狙い撃ちなら、だいぶ短い時間で一桁の精度がでます。ソースはこれの p12表2。牧野さん、ありがとう )半日かそれ以上の時間が必要になる。とてもではないが、そんな精度で十分な数の食材を計測できない。(ゲルマの計測時間は思ったよりも短い。2Lマリネリ容器に入れるサンプルのミキサー処理などの時間がボトルネックになるだろう。少ないサンプルで10Bq/kgの精度が出せるような装置があれば、更に上は目指せそうな気がしてきた。十分な遮蔽と、凹型結晶の組み合わせが良いかもしれない。このあたりは計測機器の専門家の意見を聞きたいところ)
基準値の設定においては、食品の汚染実態と、検査能力という2つのファクターが重要になる。これらを無視して、実現不可能な目標を立てるとどうなるかというと、高い検出限界で放射性物質が無いことにするか、ごく一部のみを測って残しは安全だとみなすか、のいずれかだろう。つまり、実態は良くわからないけど、測ったことにして安全なことにするわけだ。透明性のある検査態勢がないのに、ただ基準値を下げても、「測ったことにするだけ」というごまかしが横行するだろう。検査能力を無視して、とにかく基準値を下げれば良いという主張は、炉内のことは良くわからないのに冷温停止宣言をする政府と同じ発想。非現実な目標を立てて、目標が達成されたようにごまかすよりも、実現可能な目標を立てて、着実に前進していく方が良い。
食品の汚染状況
食品の汚染状況については、公的機関の調査結果がある。が、しかし、牛肉ばかり測って、他の品目の検査が不十分だし、生産者&行政という、値が低い方が嬉しい人間しか検査に関わっていないという不安材料もある。現場レベルで恣意的なサンプルの選び方をしている可能性は否定できない。公的機関の発表を全面的に信頼してしまうのは、お人好しというか、世間知らずだと思う。
何らかのダブルチェックが不可欠なのだけど、そこで有効なのが生協の放射能検査だ。食品の放射能問題について、情報発信をしてきたので、多くの生協から取材とか、検査の相談などを受けている。そういった機会に、放射能検査担当者から、生の情報を入手することが出る。複数の生協の放射能検査で、シイタケなどの特定の品目以外では、ほとんど放射能は出ないという共通の結果が出ている。先日、利用したベクミルでも、一般の人が気になる市販品を計測しにきても、ほとんどがNDという話だ。公的機関の公開情報と、自分自身の得た諸々の情報を総合すると、日本の食材の汚染状況はかなり低いという感触を持っている。
先日のベクミルオフ会では、できるだけ高そうな水産物を、手を尽くしてかき集めた。漁業が行われていない福島の魚まで集めたのに、最高値が164Bq/kg。市販品は松島のハゼが30Bq/kgだった以外は、ほとんどND。市販の食材から、50Bq/kgを超えるものを見つけ出すのは至難の業である(←この部分は異論をげっと。キノコ、ぎんなん、淡水魚、福島産の果物など、一部の食材ではこのハードルは越えられるかも。)。
基準値を今の年間5mSvから、年間1mSvに引き下げる場合、基準値は全体的に1/5になるだろう。その場合の基準値は、水と乳製品は40Bq/kg、その他の食品は100Bq/kgになる。100Bq/kg以上の食材など、現時点でもほとんど無いのだから、内部被曝の削減という観点からは、余り意味がない。30Bq/kgまで下げても、それほど多くの品目が引っかかることはないだろう。10Bq/kgまで下げると、いろいろ引っかかるだろう。というのが、現時点での俺の感触。
食品の検査態勢
基準値を下げる際にネックになるのが、検査態勢の問題。きちんと検査をして、基準値以上の食材を除外するには、それなりの設備が必要になる。基準値が100Bq/kg以下になれば、食品の検査には、しっかりとしたシールドつきの食材専用のNaIカウンタが必要になるだろう。現在やっているシールドなしで、NaI検出器を当てるだけのモニタリングは、意味を失うだろう。カリウムが多い食材は、カリウムとセシウムをしっかりと分離する必要が出てくるので、スペクトルを見られないLB200のような機器もお役ご免になるだろう。基準値を20Bq/kgに下げると、数百万円の性能の良い食品専用のNaI検出器でそれなりの時間の計測が必要になる。基準値が10Bq/kgを切ると、ゲルマニウム検出器が必須になる。
検査態勢の大幅見直しは避けて通れない。現場での簡易スクリーニングは難しくなるだろう。これまでの検査情報を精査して、実験計画法に基づき効率的なサンプリングをする必要がある。科学者が関与して、検査のグランドデザインから設計し直す必要があるだろう。特定の製品のみ精密に測って、あとは抜き取り調査で対応すれば、50Bq/kgまで落とすことも可能かもしれない。それ以下に落とすとなると、大幅な検査態勢の拡充が必要になり、時間と予算が不可欠になる。まず、100~50Bq/kgに下げた上で、段階的に先を考えるのがよいと思う。
基準値を下げる際のネックになるのが水産物だろう。ということで、被災地の意識の高い漁業者と共同で、水揚げした魚の放射能を検査する体制をつくろうと努力している。また、その情報を消費者に届けるために、水産物のトレーサビリティーシステムを日本IBMと共同で開発中だ。パイロットプロジェクトを立ち上げるために、年明けにも被災地に行く予定。
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