Home > 研究 > 漁業改革 Archive

漁業改革 Archive

日本の意志決定とは何か?


日本には独自の意志決定の伝統がある。伝統的な意志決定方法の特徴を理解するには、日本漁業の歴史を無視することはできない。60歳以上の漁業者に聞けば、日本の沿岸には今からでは考えられないほどの魚がいたことがわかる。魚を巡る競争が激化したのは、ここ数十年なのである。それまでは、魚よりもむしろ漁場や漁港を巡る争いであった。当時の漁具で効率的に魚が捕れる場所は限られていた。当時の船の動力では沿岸の漁場しか利用できなかった。当時の土木技術では、漁港として利用できる場所も限られていた。日本漁業が伝統的に直面していたのは、限られた漁場や漁港を誰が使うかという問題である。場所を巡る競争であれば、その場所を希望する当事者間の折り合いがつけば解決になる。

魚村の内部のことは、構成員全員で話し合う。複数の村にまたがることであれば、それぞれの村の代表同士が話し合う。最終的な決定権はコミュニティーのリーダーにあり、個人的な不満があっても、最終的には村の構成員代表の決定には従う。このような調停システムによって、利害を調整してきたという歴史がある。

沿岸漁業においては、資源管理の問題も、これと同じアプローチで処理された。皆で話し合って「できることをできる範囲でやる」というのが、資源管理型漁業の基本である。ことになる。日本以外の国ではどうかというと、管理には必ず目的がある。MSYにせよ、持続的利用にせよ、何らかの目標を設定し、その目標に到達できる方策を考える。複数の方策があれば、その中で何がベストかを選択することになる。前者を日本型意志決定、後者を合目的意志決定と名付けると、次のように図示できる。

20080417.png

日本型意志決定には、明確なゴールがない。進むべき方向性にできる範囲で進んでいくというアプローチだ。合目的な管理の枠組みを前提とした欧米人にはなかなか理解できないだろう。実際に、京都のズワイのMSC認証でも、このあたりの理解を得るのに時間がかかっているのだろう。

世界の漁業管理を2つの軸で整理しよう


日本では、「日本独自の管理」と「欧米の管理」の二元論で語られることが多い。
ステレオタイプなイメージはこんな感じだろう。

欧米スタイル→トップダウン(上意下達)、漁業者無視、科学絶対視、漁村崩壊、大規模企業独占
日本スタイル→漁業者の自主性、話し合い、ボトムアップ、きめ細かな規制、漁村繁栄

この考え方のおかしな点は、日本以外をひとくくりにしていることだ。
欧米にだって、漁業者を無視している国もあれば、そうでない国もある。
欧米と一口に言ってもその管理制度は千差万別であり、
「欧米の制度」とひとくくりに出来るようなものではないのである。
「資源管理は国それぞれで、複雑である」で終わりにしては単なる思考停止なので、
もう一歩進んで、欧米の管理を2つの軸に沿って分類してみよう。

一つは、合理性・非合理性という軸。
もう一つは、ボトムアップ、トップダウンという軸である。

合理性・非合理性

合理性・非合理性については、2つの条件で判断できる。

あ)科学的アセスメントに基づいて乱獲リスクを管理しているか
い)産業の発展を阻害する不健全な競争を抑制しているか

あ)科学的アセスメントに基づいて乱獲リスクを管理しているか
日本以外の先進漁業国はおおむね条件を満たしている。
先進国では、乱獲を放置していたら、国民が許さないから、
行政もしかりとした対応をとらざるを得ない。
科学的なアセスメントをしっかりやって、その結果に従うことで、
資源の持続的利用への説明責任を果たしている。

い)産業の発展を阻害する不健全な競争を抑制しているか
譲渡可能な個別漁獲枠制度を導入したノウルェー、アイスランド、NZ、AUSに比べて、
オリンピック制度に固執し続けた米国・カナダは非合理的である。
実際に、これらの国の漁業管理は、前者ほどは上手くいっていない。
米国は自由競争を国是とするために、予め枠を配分して既得権化することに消極的であった。
結果として、米国の漁業は混乱し、甚大な悪影響を与えてしまった。
ただ、米国は自国の失敗を認めて、ITQへの方向転換を表明している。
やるとなったら、とことんやるお国柄だけに、どこまで突っ走ってくれるのか実に見物である。
このあたりの経緯については↓を読んでください。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2007/09/itq_4.html

ボトムアップ、トップダウン

漁業者の意向を無視して、行政機関が方針を決めて、実行してしまうのがトップダウンである。
NZ, AUS, 米国がこのスタイルだ。
これらの国の漁業者は「行政は俺らの意見など聞きやしない」と、諦め顔である。
ただ、トップダウンだからといって、これらの国の行政官が好き勝手に裁量を振るっているわけではない。
納税者全体への説明責任を重視して、漁業者の意向よりも科学的アセスメントを重視しているのだ。
漁業者の意向は無視されていても、日本のTAC制度のようにお上の胸先三寸ではないのである。

国民の大多数が漁業に関連しているアイスランドや、漁業者の政治力が強いカナダでは、
より漁業者よりの政策を採用している。

漁業者の意向を全面的に採用しているのが、ノルウェーである。
ノルウェーの資源の多くは国際資源であり、ノルウェーの漁獲枠はEUとの国際交渉で決まる。
ノルウェー国内で沖合漁業と沿岸漁業に漁獲枠を配分するのだが、
その配分比を決めるのは、毎年行われる漁業者の代表の話し合いである。
漁具漁法の規制なども、この漁業者間の話し合いで決定する。
漁業者が合理的な選択をする手助けをするのが研究者の役割であり、
漁業者の決定を法制化し、監視・取り締まりをするのが行政の役割だそうだ。

俺はこの話をきいて、たまげてしまった。
漁業者の話し合いで、漁獲枠の配分が決まるとは、にわかには信じられなかった。
「話し合いがまとまらなかったら、どうするの?」とノルウェーの行政官に質問をしたら、
「その時は、放置しておく。そういう事例もあったが、2年後には漁業者が結論を出した」とのこと。
彼の話の端々に、漁業者の意思決定能力への揺るぎない信頼を見て取ることができた。

まとめ

世界の資源管理を図にするとこんな感じになるだろう。

image08041101.png

次回は、日本のTAC制度と資源管理型漁業が、この図の何処に来るかを議論しようと思う。
読者の皆さんも、日本の資源管理の位置付けを考えてみてください。

個別割当制度で優良漁業を守れ


漁業全体の長期的な利益を増やすという観点からは、
小さい魚を多く獲って安く売る漁業より、
大きな魚を少なく獲って高く売る漁業の方が望ましい。
現在の日本漁業は早い者勝ちの自由競争であり、
他の漁業者よりも早く、根こそぎ獲る漁業しか生き残れない。
資源管理をしないということは、
不合理漁獲をする漁業を優遇することに他ならないのだ。

大分県の例でも、状態を放置しておけば、巻き網の乱獲が進行し、
関サバ漁業は消滅する可能性が高い。
1尾5000円で十分に卵を産んだ大型個体を獲る漁業が淘汰され、
1尾10円で未成熟魚を中国に売る漁業が生き残る。
それが、現在の日本の漁業システムの当然の帰着なのだ。

関サバ漁業が淘汰されるような制度では、日本漁業に明日はない。
日本人が高い金を出してでも食べたいと思うような良質な魚を
安定供給できるようなシステムに作り替える必要がある。

まず、TACをABCまで下げるのは、資源管理として当然だ。
でも、それだけでは関サバ漁業は生き残れない。
オリンピック制度では、スタートダッシュで獲りまくれる巻き網が漁獲枠を独り占めするだけだろう。
漁業者間の競争によって、漁期が短縮し、漁業の利益は限りなく減少していく。
漁獲枠を厳格にしたところで、オリンピック制度では資源は守れても漁業は守れない。
このことは、米国、カナダの失敗から明らかだろう。

過剰な早獲り競争を抑制するには、個別割当方式(IQ・ITQ)しかないだろう。
IQは、予め漁獲枠を個々の漁業者・漁船に割り振っておく制度である。
関サバ漁業者と巻き網漁業者にそれぞれ漁獲枠を予め配分しておくことで、
双方の漁獲量を保証することが出来る。
それぞれの漁業者は与えられた枠内での、利益の最大化を目指すことが出来る。

まとめ
漁業から持続的に利益を得るためには、
資源の再生産への影響を少なくしつつ高い利益を上げるのが望ましい。
関サバ漁業は、極めて理想的な漁業と言える。
しかし、現在の無管理状態では、不合理漁獲に淘汰されてしまう。
持続的に利益を上げられる漁業を守り、育てるためには、
IQやITQのような権利ベースの漁獲枠配分システムの導入が必要である。

グランドデザインから、国内組と国際組の違いを説明してみる


日本の水産政策のグランドデザインは次の2点である。

1)公海に日本漁業の縄張りを確保する
2)縄張り内からより多くの漁獲量を得られるように漁業者をサポートする。

1)と2)がセットになって、戦後の日本漁業の生産が伸びていった。魚を乱獲しながら、外へ外へと広がっていく、焼き畑漁業である。焼き畑漁業の前提条件として、新漁場や未開発資源を常に開拓する必要がある。1)を国際組が、2)を国内組が担当していたのだが、どちらも破綻すべくして破綻してしまった。そもそもの基本戦略が時代に即していなかったのである。

 1970年の段階で、日本の漁業は世界に広がっており、これ以上の拡張は望めなかった。沿岸国の排他的利用は時代の流れであり、日本の外交力では世界的な流れを逆行できるはずがない。また、貿易摩擦が取りざたされた時代には、自動車や半導体のために漁業を犠牲にするという国としての政治判断もあった。国内外の逆風の中で、国際組にできることは、撤退を遅らせることのみであり、その観点からは良い仕事をしたと思う。
 本来であれば、国際組が時間稼ぎをしている間に、国内組は資源管理を徹底して、自国の資源と漁業を立て直すべきであった。ちょうどこの時期に神風が吹き、マイワシが増えた。マイワシでなんとか凌ぎながら日本沿岸の回復を図ることは可能だったはずだ。しかし、実際には、マイワシが増えたからといって、安易に漁船規模を拡張して、自らの首を絞めた。国際組が時間を稼いだ間に、乱獲で資源を枯渇させ、後に残ったのは借金と過剰な漁獲努力量だけ。これでは、幾ら時間を稼いでも、何の意味もなかった。そもそもグランドデザインの時点で、破綻していたのである。捕鯨を見ればわかるように、水産庁は未だにこの破綻したグランドデザインにしがみつき、漁業を衰退させているのである。

 研究においても、グランドデザインに従って、国際組と国内組は全く違うミッションの下にあった。

 国際組の役割は、国際会議において、日本に有利な結果を通すことである。そのような会議においては、参加者全てがデータを共有するのが前提である。データが同じである以上、解析手法で優劣が問われることになる。統計解析においては最新の手法が、モデル解析においては、出来るだけ多くの要素が入った複雑なモデルが良いとされた。国際組の戦場は、米ソ軍拡競争のように複雑化の一途を辿ったのである。こういった軍拡競争は勝者を産まず、資源の有効利用にも繋がらなかったが、泥沼の中からOMという新しい考え方が産まれたのだが、その当たりの経緯は、このブログでも前に書いたので省略。http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/study/490om/でも読んでくれ。

 国内組は、日本の漁業にブレーキをかけるような研究は御法度だった。ちょっと調べれば「獲りすぎ」という結果が出てくるに決まっているので、日本では漁業に直接関係する研究はほとんどできなかった。資源研究者には、国際組に入って帝国軍人として大本営の命令通りに闘うか、国内組として仮想資源の仮想的な話をするかの選択肢しかなかったのである。その一方で、漁獲を続けるための理由付けを助ける研究は大いに奨励された。例えば、「海洋環境と資源変動の関連を調べて、資源が減った理由を海洋環境から説明しよう」という研究には多額の予算が付いた。「魚が減ったのは海洋環境のせいだから、人間は悪くない!」と居直るのに使えるからだろう。また、純粋な意味での生物学・生態学も、乱獲問題に触れない限り、自由であった。

 国内では、魚自体や、魚と海洋環境の関係を対象とした研究は進んだが、漁業に関してはアンタッチャブルであった。その状況を変えたのがTAC制度である。資源評価を外部に公開でやることになったのだが、前述のような事情で、漁業の影響を評価できるような人材は国内には殆ど居なかった。しょうがないから、別の専門分野の研究者に資源評価をやらせているのである。無茶なことをさせるものだと思うが、人材が居ないのだから仕方がない。人材育成については、大学の責任もある。国内の資源評価に関して言うと、担当者がそれぞれ手探りでやっているというのが実情だろう。苦しい台所ながら、頑張っていると思う。

国際組の研究は統計学・シミュレーション解析に偏っており、国内組の研究は魚の生態・海洋環境と資源変動の関係に偏っている。お互いに無いものをもっているのだ。国内の資源評価の質を高めていくためには、国際組を活用しない手はないだろう。上手くはまれば、良い関係になると思う。ただ、国際組のスキルは縄張り争いで喧嘩に勝つための道具であって、より合理的な資源管理をするための道具ではないことに注意が必要だ。決まった大きさの土俵があって初めて相撲の技術は意味をなすように、同じデータを使って正しさを競い合うという前提があって初めて意味をなす技術も多い。複雑すぎる統計手法は国内では不要だろう。そもそも厳密な議論をするほどの情報の精度ではないし、国内資源に関しては、データをとりに行くことも可能だからだ。最近年の資源量の推定に関しては、VPAのチューニングを頑張るより、音響調査などの漁獲統計と独立した資源評価をした方が良いだろう。国際組の財産の中で特に重要だと思うのはOMに関連する部分だ。日本でも資源管理をまじめにやることになれば、OM的なアプローチは必要になるから、準備をしておいて欲しいものだ。

水政審はTACへの説明責任を果たしてください


水政審でTAC制度の見直しをするらしいのだが、コメントを聞くと水産庁の従来の主張を繰り返しているだけだ。水政審はTAC制度が批判を受けている理由が理解できていないのだろう。

資源研究者が、水産生物の持続的な利用のための漁獲量の閾値(ABC)を毎年計算している。それを元に、実際の漁獲枠(TAC)が設定されることになっている。本来は漁獲枠(TAC)は持続性の範囲(ABC以下)でなければならないのだが、日本ではABCを大きく上回る漁獲枠が慢性的に設定されている。そして、そのような乱獲とも思われるTACが許容されている根拠が示されていない。さらに、いくつかの魚種でTACを大幅に超過する漁獲が野放しにされている。TAC制度が批判されている点を箇条書きすると次のようになる。

  1. ABCを大幅に上回るTACが慢性的に設定されている
  2. TACの値を設定する根拠が全く示されていない
  3. TACを超える漁獲が野放しであり、資源管理としての実効性がない。

残念ながら、水政審は、これらの問題に真摯に対応するつもりはなさそうである。

 資源管理分科会の櫻本和美分科会長(東京海洋大教授)も現在のTAC制度について「早急に見直しを行い、制度を改善する必要がある」との見解を示した。「従来の日本の管理方式とは異なるものの、システムとしては洗練されたものとなってきた」としながら、一方で「不満がないとは言えない。TACが資源管理に有効に機能していないとの批判が出ており、資源管理分科会としてもこれを真摯に受け止め、説明責任を果たす必要がある」と強調した。

実際の漁業への影響力がないABCのあら探しをしている暇があったら、実際に管理で使われているTACに対する説明責任を果たしていただきたい。 水政審には、TACの設定根拠を明らかにした上で、ABCよりもTACの方が妥当であることを説明する責任がある。きちんと筋を通した上でABCを無視するなら、文句を言うつもりはない。水政審は、自らが承認したTACの根拠を示さずに、ABCのあら探しをしているだけでは論外である。

 具体的には、TACがABCより大きく設定されている批判に対しては①漁場形成などの関係からTAC達成率の低い魚種に対しては、ABC=TAC達成のためには「ABC÷TAC達成率=TACとすることが必要」(すなわち、TACはABCより大きく設定しなければならない。ただ過去のデータから妥当性を検討すべき)と説明。

漁場形成が変化しても漁獲量をTAC以下に抑える漁獲枠配分システムを作れば良いだけの話であり、漁場形成を口実に安易にTACの水増しをすべきではない。「ただ過去のデータから妥当性を検討すべき」という部分もぶっ飛んでいる。ABCを超えるTACを設定しておきながら、その妥当性は検証してないってことだよね。無責任にもほどがある。

加えて②ABCの定義の問題として、唯一のABCの値があたかも絶対的なものと解釈されている。TACがABCより大きいことがすぐ乱獲であると一般に理解されるが、ABCはあくまでも人間が定義するもので、研究者間でも合意が得られていない。合意できるABCの再定義が必要。

「ABCを少し超えた」というレベルではなく、倍や3倍は当たり前なんだから、明らかに乱獲である。マイワシのTACなんか現存量を超えていたのだ。こういった漁獲枠の妥当性に対する水政審の見解をお聞きしたいですね。 ABCが絶対に正しいとはおもわないけど、マイワシのTACは絶対に間違えていると思う。

 研究者の合意が得られてないと言うが、合意していない研究者って誰だろう。俺が知っている範囲で、ABCに文句を言っているのは、自称研究者の天下り役人ぐらいなんだが。TACと違って、ABCは公開の会議で議論の上、承認されている。納得いかない研究者がいるのなら、ブロック会議で意義を唱えれば良いだけの話である。

「日本漁業にITQはなじまない」という嘘


ITQへのありがちな反論として、「日本は多様な魚を利用しているから、ITQは無理」というのがある。
これがいかに的外れな批判かを説明しよう。

たしかに日本は多様な魚を利用しているが、そのすべてをITQで管理しろなどとは誰も言っていない。
俺の主張は、現在のTAC魚種の管理をオリンピック制度をITQに置き換えろというものだ。
日本漁業において、生産量として重要な魚種は限られている。
主要な魚種数が世界の漁業と比べても、特別に多いわけではない。
そのことを数字を使ってみてみよう。

FAOのThe State of World Fisheries and Aquaculture 2006のP29に以下のような記述がある。

Most of the stocks of the top ten species, which account in total for about
30 percent of the world capture fisheries production in terms of quantity (Figure 6 on p. 11), are fully exploited or overexploited and therefore cannot be expected to produce major increases in catches.
image08012301.png

世界の漁業では、上位10種で全体の漁獲量の30%を占めているというのだ。

一方、日本の漁業では上位10系群で海面漁業生産の約50%を占めている。
上位10種にしたら、もっと割合は上がるだろう。
日本で利用されている魚種は多いが、量として重要な魚種はそれほど多くないのである。

Image200801091.png

ITQは、企業的な大規模漁業を管理するためには不可欠である。
大臣許可漁業、特に巻き網のような漁業をターゲットにITQを導入すべきだと議論をしてきた。
それらの重要魚種の殆どは、既にTAC制度で管理の対象になっている。
現在のTAC対象種は、漁獲量の個別配分と譲渡のルールさえ決めれば、ITQの導入は可能である。
それだけで、日本の漁獲量の半分程度はカバーできるのである。
まずは、そこからやるというのは全然無理な話ではない。
むしろ、ITQではなく、オリンピック方式を採用していることが非常識なのだ。

現行のオリンピック制度をITQに改めろという我々の主張に対して、
「日本は多様な魚を利用しているから、ITQは無理」という反論はそもそも的外れなのだ。
「日本全国津々浦々の海産物全部をITQで管理しろ」なんて、誰も言っていない。
ITQの適用範囲は、現在のTAC魚種+数種に限定されるだろう。
日本の脆弱な研究体制では、ローカルな魚のABCまで推定できないことは、
実際にABCの計算に携わっている我々が一番よく知っている。
そもそも、ITQ先進国のアイスランドだって、ITQで管理しているのは沖合漁業のみで、
沿岸は地域ベースの管理である。それでも十分な効果があるのだ。

「日本漁業にはITQがなじまない」と主張する人間には、
現在のTAC魚種を、ITQではなく、オリンピック方式で管理すべき理由を示すべきである。
もちろん、ITQが完璧な管理システムだなどというつもりはない。
しかし、世界の主要な漁業を見渡せば、ITQがもっとも成功している管理方式であり、
既に使えないことが証明済みなオリンピック方式よりも優れていることに異論の余地はない。
オリンピック方式を使わなければならない理由があるなら、それを示してもらいたいものだ。

「ITQは日本漁業にはなじまない」と主張する人間が、日本になじむ資源管理の実例を示した試しはない。
対案をださずに、ただ、反対をしているだけである。

ITQに反対している人たちは、資源管理自体に反対なのだろう。 
 

次のTAC魚種は、ずばり、これだ!

  • 2008-01-09 (水)
  • ITQ

規制改革会議から出された今年の宿題に「TAC対象魚種の拡大の検討」というのがある。
水産庁もいろいろ忙しくて大変だろうから、宿題を手伝ってあげよう。

評価票に漁獲量の記載があった79系群の漁獲量をどんどん足していくと、次ような図になる。

Image200801091.png

最初の立ち上がりは急だが、20を超えた当たりからほぼ頭打ちになっている。
上位20系群で260万トンに対して、全79系群で280万トンである。
21位から79位までを足しても20万トンにしかならない。
確かに、日本沿岸の水産資源の種類は多いが、漁獲量として重要な種は限定的である。
日本沿岸が南北に長く、黒潮・親潮が混ざる複雑な海洋環境だから、地域によって魚が違う。
結果として、地域色豊かな海洋生態系がはぐくまれ、地域色豊かな多様な食文化が生まれたのである。
利用している魚の種類は多いけれど、漁獲量として重要なものは限られているのである。

2005年の漁獲量の上位20のランキングは、つぎのようになる。

魚種
系群
2005漁獲量
合計
1 サンマ 太平洋北西部系群 469479 469479
2 カタクチイワシ 太平洋系群 250974 720453
3 マサバ 太平洋系群 226493 946946
4 スルメイカ 秋季発生系群 223640 1170586
5 マサバ 対馬暖流系群 207000 1377586
6 マアジ 対馬暖流系群 183000 1560586
7 スルメイカ 冬季発生系群 178213 1738799
8 ゴマサバ 太平洋系群 160000 1898799
9 スケトウダラ 太平洋系群 159868 2058667
10 ホッケ 道北系群 121769 2180436
11 ゴマサバ 東シナ海系群 86000 2266436
12 カタクチイワシ 対馬暖流系群 74143 2340579
13 カタクチイワシ 瀬戸内海系群 57100 2397679
14 ブリ 55591 2453270
15 マアジ 太平洋系群 48000 2501270
16 マダラ 太平洋北部系群 26604 2527874
17 スケトウダラ 日本海北部系群 25910 2553784
18 マイワシ 太平洋系群 24877 2578661
19 ウルメイワシ 対馬暖流系群 20240 2598901
20 イカナゴ類 宗谷海峡 19777 2618678

上位20種の中でTAC対象資源を青で塗ってみた。
なんだかんだ言って、重要資源は既に資源管理の対象になっているのである。
誰が選んだか知らないが、TAC魚種というのはなかなかよく考えられている。
ただ、その管理の内容に問題が大ありだ。
TAC対象種の数を増やすよりも、現在のTAC制度をまともな資源管理に改良していくのが先決だろう。

TAC対象ではないのは、カタクチ、ホッケ、ブリ、マダラ、ウルメ、イカナゴがランキングした。
これらも将来的にはTACの対象にした方が良いとは思うが、難点も多い。
カタクチイワシは、単価がべらぼうにやすくて、漁業としての重要度は低い。
また、ホッケは親は岩場に入ってしまうので、まとまってとれるのは未成魚だけ。
親はつりでしかとれないので、資源量の推定が非常に難しい。
未成魚だけをみて資源全体を把握するのは至難の業である。
ただ、難しいからといって、放置しておいて良いわけではない。
カタクチイワシは最近減少が顕著であり、要注意資源になりつつある。
日本海のスケトウダラの崩壊が確実な北海道では、ホッケに崩壊フラグが立っており、
ホッケの管理体制を整えるのが急務である。
十分な情報が無いのはわかるけど、関係者で知恵を絞って何とかしないとまずい。

ランキングには入らなかった系群でも、漁獲枠で管理すべきものはいくつかある。
ロシアが大量に利用しているイトヒキダラ 太平洋系群は早急に管理を始めるべきである。
沿岸国の権利をしっかりと主張して、守るべきものは守らないといけない。
ベニズワイやアカガレイなどの底もの重要種も管理をした方がよいだろう。
この辺を重点的に検討してください>中の人


過去の最大漁獲量をつかって、同じような図をかいてみた。

Image200801092.png

こちらも20系群で頭打ち傾向が顕著である。
歴史的にみても重要種は限られているのである。
こちらの上位20位は次の通り。

魚種
系群
Max
合計
1 マイワシ 太平洋系群 2915763 2915763
2 マサバ 太平洋系群 1474434 4390197
3 マイワシ 対馬暖流系群 1283914 5674111
4 マサバ 対馬暖流系群 821000 6495111
5 サンマ 太平洋北西部系群 469479 6964590
6 カタクチイワシ 太平洋系群 415437 7380027
7 スルメイカ 冬季発生系群 379422 7759449
8 スルメイカ 秋季発生系群 317385 8076834
9 スケトウダラ 太平洋系群 294765 8371599
10 スケトウダラ オホーツク海南部 279135 8650734
11 マアジ 対馬暖流系群 277000 8927734
12 ホッケ 道北系群 205086 9132820
13 スケトウダラ 日本海北部系群 162898 9295718
14 ゴマサバ 太平洋系群 160000 9455718
15 カタクチイワシ 瀬戸内海系群 149900 9605618
16 カタクチイワシ 対馬暖流系群 128250 9733868
17 ゴマサバ 東シナ海系群 116000 9849868
18 スケトウダラ 根室海峡 111406 9961274
19 マアジ 太平洋系群 83000 10044274
20 ムロアジ類 東シナ海 80698 10124972


トップ4はマイワシとマサバが独占だが、どちらも巻き網に乱獲されて激減中。
巻き網はとても効率的に小さい魚からとれてしまう漁法だから、
日本のように補助金をばらまくだけで、まともな漁獲規制をしなければ必ずこうなる。
巻き網業界が困るのは自業自得なんだけど、
他の沿岸漁業者や加工や流通や消費者にとって、迷惑この上なしだ。

サンマは業界が強いので、巻き網に魚をとらせていない。
これがサンマ豊漁の秘訣だろう。
また、小型魚を投棄する選別機の使用を止めた英断も、資源に良い影響を与えたはずだ。
ただ、資源状態が良くなっても、それが収入につながっていない現状がある。
鮮魚にこだわらずに利益が出るような取り方を模索して欲しい。
工夫次第で、いろいろなやり方があると思う。

ここにかかれていないものとしては、ニシンの100万トンというものあるんだが、
完全に今は昔の夢物語になってしまった。
マサバ、マイワシをニシンの二の舞にしてはいけない。

日本のTAC制度はオリンピック方式ではない。それどころか資源管理ですらない。


今まで見てきたように、ダービー方式(オリンピック方式)は問題が多い。
資源を守る代償として、漁業がぼろぼろになってしまうのである。
日本の漁業もぼろぼろだが、それはダービー方式の副作用ではない。
それ以前の問題なのだ。
資源管理には、乱獲を抑制して持続的に漁業をするというゴールがある。
ダービー方式でもきちんと運用をすれば、資源は守れる。
日本のTAC制度には、漁獲量を抑制する効果が全くないので、資源は減り続けている。
これを資源管理と呼ぶのは、まじめに資源管理をしている漁業に失礼だ。

正しい資源管理
生物の生産力を評価して、持続的な漁獲量の上限を推定する。
この持続的な漁獲量の上限が、ABC(Acceptable Biological Catch)である。
生物の持続性を守るためには、漁獲量をABC以下に抑える必要がある。
そのために全体の漁獲枠(TAC: Total Allowable Catch)を設定する。
TACはABCよりも低くないといけない。
乱獲を回避するために設定されたTACを配分する手段として、
ダービー、IQ、ITQなどがあるわけだ。
配分法によって、漁業の行く末や漁業者の痛みは全然違うが、
TAC<ABCであれば、生物の持続性は守られる。
ダービー制度、IQ,ITQはすべて、乱獲回避というゴールを達成できる。
そのいみで、これらの制度は全て資源管理なのである。

日本のTAC制度は乱獲のお墨付き
日本のABC、TAC、実際の漁獲量の関係はこんなかんじ。
image07092501.png
青棒がABC。「これ以上獲ったら乱獲になります」という漁獲量を科学者が推定したものだ。
赤棒が日本国によって実際に設定されたTAC。
白棒が実際に漁獲された量。
本来はABC>TAC>TAC採捕数量となるべきなんだが、
まともなのはサンマぐらいで、軒並みABCを上回るTACが設定されている。
これでは、国として乱獲にお墨付きを与えて推奨しているようなものである。
ただ、日本国が幾ら獲って良いと言っても海に魚が居ないんだから、
漁獲量がTACまで到達することは極めて希である。
この希なことがおこると、漁獲を制限するどころか、TACの方を増やしてしまう。
これで資源が守れるなら、資源管理なんて必要ないだろう。

日本のTAC制度は、ダービー制度ですらない。
資源枠組みを輸入したが、運用の段階で完全に骨抜きになっているのだ。

まっとうな資源管理と日本のTAC制度の違い

image07092508.png

まっとうな資源管理では、道筋こそ違えども、乱獲回避というゴールにはたどり着く。
一方、日本のTAC制度は、乱獲状態を容認している時点で、資源管理とは言えない。
日本漁業は、実質的には無管理であり、
時代遅れのオリンピック制度ですらないのである。
日本の資源管理は、スタート地点にすら立てていないのだ。

米国ですらITQに方向転換


自由競争を国是とする米国では、権利ベースのITQへのアレルギーはすさまじかった。
1990年に最初にITQが導入されたものの、
1996年にITQモラトリアムを決定した。
すでに実施中のものをのぞき新規のITQ導入を見合わせることにしたのだ。
過剰な漁獲能力の削減は、税金による減船で行うことになった。
世界の流れとは、全く逆の方向に進んだのである。
その結果として、米国の漁業管理は難航し、漁業者は苦しんだ。

ダービー制度でちゃんと資源を守ろうと思うと、漁期はどんどん短くなる。
漁期が1月とかは良くある話で、3日とかいうのも少なくない。
俺がカナダで聞いた話では、産卵親魚を対象としたある漁業は、
漁業開始から終漁まで、なんと15分しか無いと言う。
最初は冗談だろうと思ったら、本当の話らしい。
どうやって漁獲量を集計するのかわからないけど、凄い話だ。
よーいドンで、狭い漁場に漁船が一斉に向かうわけだ。
すさまじい場所合戦で、船が転覆したり、死傷者が出たりするらしい。
「今年は、死人が出なくて良かった」とか話してるんだから、呆れてしまったよ。
そんな競争を毎年やらされる側にとっては、溜まったもんじゃないだろう。

北米では、ダービー漁業による魚の奪い合いに明け暮れる中、
自由競争を捨てて権利ベースのIQ・ITQに移行した国々は、着実に漁業収益を伸ばした。
学習能力がある米国は、2002年にITQのモラトリアムを解除した。
そして2006年に、漁業資源保存管理法が改定され、
ITQが政策の中心として推進されることになった。
やると決めたら徹底的にやるお国柄だから、本気でITQに向けてひた走るだろう。

自由競争原理主義の米国ですら、権利ベースのITQへ移行している。
これは、キリスト教原理主義者がコーランを受け入れる様なものである。
ダービー制度の総本山が既に敗北宣言をしているのだから、
全ての資源管理は、権利ベースの配分制度に進んでいると言っても良いだろう。
残された問題は、漁獲枠の譲渡をどこまで許容するかであろう。 

日本は何も考えずに、米国の漁業制度の猿まねをしてきた。
現在の日本のTAC制度は、90年代の米国の管理システムを、
そのまま骨抜きししたようなものである。
そして、米国ですら諦めたダービー制度に、未だにしがみついている。
自由競争好きの米国と違って、日本は既得権大好きなんだから、
そもそもダービー制度に固執する理由など無いと思うのだが。

まあ、水産庁の米国好きは筋金入りだから、
米国のITQ移行が本格化したら、日本もすぐさまITQに移行するかもしれない。
いや、冗談抜きで、本当に。

米国の漁業制度に関しては、これが参考になります。

水産振興 473号
米国の漁業管理政策について
-マグナソン・スティーブンス漁業資源保存管理法改正からの示唆-
水産庁資源管理部管理課資源管理推進室 課長補佐 大橋 貴則

http://www.suisan-shinkou.or.jp/gekkann.htmから申し込むとタダでもらえるので、
興味がある人は是非。
442号の「本音で語る資源回復計画」とセットで読むと、味わい深いです。

管理方式のまとめ


それぞれの管理方式によって、漁業を異なる方向に導くことを延々と説明してきた。
今までの内容をまとめてみよう

ダービー方式は、漁業者間の早どり競争を引き起こす。
漁業者はスタートダッシュでより多く獲るために設備投資を行うので、漁獲能力は更に過剰になる。
IQ方式は、早どり競争を緩和するので、漁業者は魚価をあげるために設備投資が出来る。
ただ、IQ方式には、過剰な漁獲能力を削減する機能はないので、
すでに漁船が過剰な状態では「みんなで貧乏」な漁業しか実現できない。
過剰な漁獲能力を削減するためには、漁獲量を譲渡して減船をする制度を導入する必要がある。
ノルウェー型の譲渡可能IQ方式なら、漁獲枠に見合った規模まで自動的に漁獲能力を削減できる。
漁船の維持に費やされるコストを削減できるので、収益性が増し、競争力が高まる。
売買を自由にしたITQ方式(ニュージーランド型)では、
利益率の高い経営体に漁獲枠が集まり、経済効率を向上できる。
限られた生物の生産力から、最大の収益を得るという観点からは優れているが、
漁業が企業化・大規模化する代償として、社会的平等性は失われる。

image07091201.png

 
ダービー方式からiTQまで、様々な管理方式を比較したが、
これらの管理方式はTACをベースにしている。
生物の持続性を損なわないようにTACを設定することが大前提だ。

TACをABC以下にするという前提があって、これらの資源管理は成り立つのである。
慢性的にABCを遙かに上回るTACを設定している日本のTAC制度は、
ダービー(オリンピック)方式ですらないのである。
日本のTAC制度は資源管理ではなく、乱獲を容認する道具に過ぎないのだ。

乱獲放置状態の日本漁業は、ダービー方式と同じような方向に進んでいる。
過剰な漁獲能力による早獲り競争が、過剰装備と漁獲物の小型化を招く。
単価は下がる中で、少ない魚を我先に奪い合うようになる。
ダービー方式と無管理の違いは、資源の持続性が守られるかどうかである。
ダービー方式では、過剰競争で生産力が低下した漁業が、
産業として成り立たなくなるのは時間の問題である。
漁業はいずれ滅びるだろう。でも、資源は守られるのである。
無管理では、資源を道連れにして漁業が滅びるだろう。

管理方式のまとめ 

資源の持続性 早獲り競争緩和 過剰漁船の削減 経済的最適化
無管理(日本)
ダービー方式 +
IQ(譲渡無し) + + 0 0
IQ(譲渡あり) + + + +
ITQ + + + ++

 

 

Home > 研究 > 漁業改革 Archive

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 5
  • 今日: 817(ユニーク: 227)
  • 昨日: 1643
  • トータル: 6530540

from 18 Mar. 2009

Return to page top