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TAC制度における説明責任

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このブログでは、繰り返しTACとABCの乖離を問題にしてきた。
http://kaiseki1.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/blosxom.cgi/diary/200512011622.writeback
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/08/post_31.html

この機会に、ABCについておさらいをしよう。
ABC(生物学的許容漁獲量)は、これ以上の漁獲量は乱獲になるという閾値であり、
漁獲量をABC以下に抑えることが、資源管理の目的となる。
乱獲の線引きをするのは、技術的にとても難しい。
これ以上は乱獲、これ以下なら安全というような乱獲の閾値を一意的に決めるのは不可能だ。
そこで、不確実性を考慮するために、2種類のABCを計算するのが一般的だ。
ABCLimit:これ以上の漁獲量は明らかな乱獲という閾値
ABCTarget:これ以下の漁獲量なら、明らかに安全という閾値
2つのABCを利用することで、資源がどのような状態で利用されいてるかが一目瞭然になる。
信号

ABCLimitを越える漁獲量は、明らかな乱獲なので絶対に避けなくてはいけない→赤信号
ABCLimitとABCTargetの間は乱獲の疑いがある領域であり、
資源の安全のためには避けるべきである→黄色信号
ABCLimit以下の漁獲量は持続性に問題がないので、OK→青信号
漁獲量をABCLimit以下に抑えつつ、収益を上げることが資源管理のゴールになる。

マイワシに限らず、ほとんどの魚種で、「社会・経済的な要素を考慮して」
ABCLimitをはるかに超過する漁獲枠(TAC)が設定されている。
自分で乱獲の線引きをしておいて、乱獲を許可しているのだ。
こういう状態を避けるために管理をしているのであり、本来はあってはならない状況だ。
もちろん、漁業が経済行為である以上、社会・経済的な考慮は必要だし、
場合によってはABCを超過する漁獲量も一時的に許されるかもしれない。
ただし、大切な国の財産を切り崩す以上、それなりの説明はあってしかるべきだ。
ABCについては、資源評価票で公開されるようになってきたが、
TACの決定は全くのブラックボックスのままである。
漁獲量の規制に使われるTACの決定プロセスが秘密な現状では、
説明責任を果たしているとは言えない
最低限の説明責任を果たすためには、以下の3つが必要だろう。
1)どのような「社会経済的要因」によってABCが守れないのかを明らかにする
2)いつまで、どれぐらいABCを超過する予定なのかを明らかにする
3)その結果、資源と漁業はどうなるのかというビジョンも示す

俺のことをABC原理主義者と揶揄する向きもあるようだが、
俺は「ABCは絶対的に正しくて、神聖にして犯すべからず」とは思わない。
明確な理由と、それなりの将来展望があるならば、
漁獲量がABCを一時的に超えたとしても問題ないと思っている。
ただ、具体的な理由を明らかにせずに、慢性的にTACがABCを越えている現状は論外だろう。
社会経済的理由というのは、水戸黄門の印籠ではないのだ。

Comments:1

ある水産関係者 07-01-25 (木) 15:58

TAC制度における説明責任というのも大変興味深いテーマと思います。これについても若干のコメントを書かせていただきました。参考になれば幸いです。

1.TACの法的位置付け
 そもそも日本のTAC制度については、私見ながら、国連海洋法条約の発効に伴って条約の批准を迫られたゆえ、急遽それに併せて作り上げた制度とのイメージが歪めないと思います。平たく言えば、米国のように、本当の意味の資源管理を目的に作られた制度ではなく、前述のような事情から、日本の漁業実態に影響しない内容によって、やむなく作り上げた制度と理解します(ちなみに米国は海洋法条約を未批准ですが・・・)。
 海洋法上、TACを設定する根拠は、第61条第1項「沿岸国は、自国のEEZにおける生物資源の漁獲可能量(the allowable catch)を決定する。」にあり、さらに同2項において「沿岸国は、自国にとって入手可能な最良の科学的証拠を考慮して、排他的経済水域における生物資源の維持が過度の漁獲によって危険にさらされないことを適当な保存措置及び管理措置を通じて確保する。・・(以下省略)・・。」、同第3項において「2項の措置は、環境上及び経済上の関連要因(沿岸漁業社会の経済上の必要等を含む)を勘案し、かつ、漁業の態様、資源間の相互依存関係及び一般的に勧告された国際的最低基準を考慮して、MSYを実現できる水準に漁獲魚種の資源量を維持し又は回復することを目的とするものでなければならない。」と規定されています。
 これらを分かりやすく要約すれば、「沿岸国は自国EEZに関するTACを決めることが出来るが、TACは入手可能な最良の科学的証拠を考慮して過剰漁獲にならないようにするとともに、環境上及び経済上の関連要因等を勘案してMSYが実現可能な資源量確保を目的とするものでなければならない。」と言ったところでしょうか。
 一方、日本のTAC法の規定では、第3条第3項において「TAC魚種の漁獲可能量に関する事項については、TAC資源をMSYが実現できる水準に維持又は回復させることを目的として、TAC資源の動向に関する事項や他の海洋生物資源との関係等を基礎に、TAC資源にかかる漁業経営その他の事情を勘案して定めるものとする。」と規定されています。
 両者の最大の相違点は、TAC設定にあたり、海洋法が「経済的要因は考慮するけれども最終的にはMSYを実現可能な水準に資源量を確保することが目的」としているのに対し、日本のTAC法は「MSYを実現可能な水準に資源確保を目的にABC等を基礎にするけれども、最終的には漁業経営等を勘案して決定する」といった具合に読める点だと思います。言わば、海洋法がTAC設定において、資源の維持・回復を主眼としているのに対し、日本のTAC法は漁業経営等が主眼になっていると読めます。

2.TACとABC
 さてTACとABCの関係ですが、海洋法及び日本のTAC法ともにABCに関する具体的規定・定義はありませんが、海洋法では概念的に「入手可能な最良の科学的証拠を考慮して、生物資源の維持が過度の漁獲によって危険にさらされないことを確保する」という部分が該当し、純粋な科学的視点から算定される印象を受けます。一方、日本のTAC法では、そもそも「科学的」とか「生物学的」と言った文言すら見当たらないと共に、同法に基づき定められる「海洋生物資源の保存及び管理に関する基本計画」の「漁獲可能量の基礎とする数量 」についても、漁業経営などの視点が入り込むため、純粋な意味のABCとは乖離しているように思います。
 このように考えますと、法的には、海洋法上は(純粋な)ABCがTAC算定に重視される一方、日本のTAC法ではそれほどでもないとの印象を持たざるを得ません。

3.日本におけるABC
 勝川さんの指摘されたABC(limit)を明らかに超過するTACが不当というのは、少なくとも海洋法の視点から考えれば全くその通りと考えますが、残念ながら日本のTAC法に照らしてみれば、必ずしもそうは言えない灰色の仕組みになっていると言わざるを得ません。もちろん、良い悪いは言うに及びませんが・・・。そもそも日本の制度では、特に(純粋な意味)のABCが軽視されていると言う印象があります。
 さらに、日本の場合、そのようなABCを決める段階においてさえ、様々なフィルターによって純粋な意味(科学的)を持ったABCが決められない仕組みになっているのは周知の通りです。奇しくも、2004年のあるマイワシ系群のABC騒動のゴタゴタがそれを象徴していると考えます(この件は別の問題を孕んでいますが・・・)。

4.お役所の情報開示
 私はこれまでの経験から、お役所の情報開示については以下の特徴があるとの疑いを抱いています。
  ①お役所に都合の良い情報しか開示しない。
  ②情報のパーツパーツについて明らかなウソは言わない。後から言い訳できるように例えでっち上げでも何らかの根拠が用意されている。
  ③知られたくない情報は例え文章全体の意味が変わってしまっても伏せる。
  ④読者の誤解を恣意的に招くような表現を使う。
  ⑤いかようにでも解釈可能な表現振りにする。
  ⑥最小限の情報しか開示しない。
  このため、勝川さんが指摘された3点については、少なくともお役所から自主的に情報開示がなされることは絶対にあり得ず、残念ながら当面は各人の想像で考えるしかなさそうです。一つだけ可能性があるとすれば、「議員は国民に弱い、国民はお役所に弱い、お役所は議員に弱い」という日本社会の力関係が利用できれば何とかなるかも知れません。ただ現状では議員を動かすだけの世論(国民)の理解が貧弱なため、もっと世論に訴える取り組みが必要になると思います。

 長くなって失礼しました。今回はこの辺で、see you!

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