日本では今、大手企業や海外資本が陸上養殖に相次いで投資している。
日本は、生で食べるサーモンの大きな市場だ。消費地に近い場所で魚を育てれば、輸送の時間や費用を抑え、鮮度を売りにできる。輸入品に対する分かりやすい強みだ。
しかし、市場に近いからといって、利益が出るとは限らない。前回は、静岡県の富士山麓でサーモンを育てるプロキシマーが、飼育成績は良好でも資金繰りに行き詰まっている現状を見た。陸上養殖は、当たれば大きいが、失敗のリスクも大きい挑戦的な試みだ。
国内のそれぞれの事業は、どこまで進んでいるのだろうか。
陸上養殖の二つの方式――掛け流し式と閉鎖循環式(RAS)
陸上養殖には、大きく分けて二つの方式がある。水を使い捨てにする「掛け流し式」と、水を浄化して繰り返し使う「閉鎖循環式(RAS:Recirculating Aquaculture System)」だ[1]。

掛け流し式は、海や川、地下から水をくみ上げて水槽に流し、そのまま排水する。仕組みは単純だが、大量の水が必要になる。魚類は温度への感受性が高く、好適水温を外れるととたんに成長が悪くなる。そのため、くみ上げた水の温度が魚に合わなければ、流し続ける水をずっと冷やしたり温めたりしなければならず、莫大なエネルギーがかかる。魚に合う温度のきれいな水が豊富に得られる場所でなければ成り立たず、適地は極めて限られる。
一方のRASは、水槽の水を、ろ過や殺菌をしながら循環させる。補給するのは、蒸発などで失われる分だけだ[1]。一度水温を調整すれば、その水を使い続けられるので、エネルギーの効率は良い。
ただし、水を使い回すと、魚の排せつ物に含まれる窒素がたまっていく。魚にとって有害なアンモニアは、バクテリアの働きで比較的害の少ない硝酸に変えられる。しかし硝酸は、水槽にたまり続ける。これを水の入れ替えで薄めるか、「脱窒」と呼ばれる処理で窒素ガスとして取り除く必要がある[1]。この水処理を、何年も安定して続けられるかどうかが、RASの成否を分ける。
日本の陸上養殖の多くは、小規模な掛け流し式だ。出荷量が多いヒラメやトラフグ、海ぶどうなどは、良質な水が得られる沿岸で営まれてきた[2]。しかし掛け流し式は、水と立地に縛られるため、大規模化が難しい。
これに対してRASは、水の制約が小さく、消費地の近くを含めてどこでも養殖ができる。海水温の上昇や赤潮、荒天の影響も受けにくい。その代わり、高度な水処理の技術が求められる。水槽、建屋、水処理設備、酸素供給設備などに多額の投資が必要で、操業を始めてからも、電気代、飼料代、人件費、設備の維持費がかかる。水質の異常や停電への備えも欠かせない。
いま国内外で計画されている大型の陸上養殖施設の多くは、このRASを採用している。
魚が育つことと、投資を回収して利益を出せることの間には、大きな距離がある。
国内の大規模サーモン事業
国内では、数千トンから1万トン規模のサーモン陸上養殖事業が動いている。
| 事業者 | 所在地 | 年間生産能力・目標 | 現状(2026年10月時点) |
|---|---|---|---|
| ピュアサーモンジャパン | 三重県津市 | 1万トン | 2026年5月に飼育開始。施設建設は継続中。初出荷は2028年2月の予定 |
| プロキシマー | 静岡県小山町 | 5,300トン(2028年以降の目標。2026年の見通しは約3,000トン) | 2024年9月から出荷。資金繰りが行き詰まり、資金調達を協議中 |
| FRDジャパン | 千葉県富津市 | 3,500トン | 2026年2月に一部操業開始。初出荷は2027年の予定 |
| アトランド | 富山県入善町 | 2,500トン | 建設が遅延。初出荷は2029年度の予定 |
これらは計画上の能力や目標であり、現在の出荷実績ではない。 重量の基準も事業者によって異なる。プロキシマーは頭付き・内臓除去後の重量、アトランドは原魚重量で示しており[3][4]、数字をそのまま厳密に比較することはできない。
プロキシマー――出荷後に直面した資金繰り
プロキシマーは、ノルウェーの養殖ノウハウとイスラエルのAquaMaof社のRASを使い、静岡県小山町でアトランティックサーモンを育てている[5]。2024年9月に初出荷し[6]、丸紅と組んで国内で販売してきた[7]。
同社は年間5,300トンの生産を目標に掲げるが、達成は2028年以降の計画だ。2026年の出荷見通しは約3,000トンにとどまる[3]。首都圏に近く、輸入品より短い時間で生鮮サーモンを届けられることが売りだ。
しかし、今回の発表によれば、想定を下回る売上と支払い条件の変更により、手元資金が急速に減少した。転換社債の利払いも行われておらず、追加資金について関係者との協議が続いている[8]。同社は生産面の改善も説明しているが、事業を続けるには、まず資金繰りを乗り切る必要がある。
消費地に近いという利点が、事業の安定を自動的に保証するわけではない。
ピュアサーモン――1万トンの巨大施設を建設中
三重県津市では、ピュアサーモンジャパン(旧ソウル・オブ・ジャパン)が年間1万トンを目標とする施設を建設している。完成すれば、国内最大のサーモン陸上養殖施設となる。RASは、グループの技術部門であるPure Salmon Technologyが開発したものだ[9]。
2026年5月には最初の卵を導入し、飼育を開始した[9]。一方、施設全体の建設は続いている。初の商業出荷は2028年2月の予定だ[10]。
見過ごせないのは、計画の遅れだ。2020年の着工時には、初出荷は2023年末ごろと見込まれていた[11]。当初の計画から4年以上遅れていることになる。
事業には巨額の資金が投じられている。総事業費は約700億~800億円と報じられ[12][13]、2026年4月には1億8,000万ドル超の追加資金調達が公表された[10]。大規模化によって1キログラム当たりの固定費を下げられる可能性はある。ただしそのためには、施設を安定して動かし、計画に近い量を継続的に販売しなければならない。
FRDジャパン――日本の技術を大型化
FRDジャパンは、バクテリアを利用した独自の水処理技術を使い、サーモントラウトを育てている。水を繰り返し利用し、換水量を抑えることで、水の使用量や水温調整にかかる費用の削減を目指す[14]。
同社は、さいたま市と千葉県木更津市の実証施設で生産・販売を行ってきた。その経験をもとに、千葉県富津市に年間3,500トン規模の商業施設を整備している。建設資金などのため、2023年には総額210億円の第三者割当増資を実施した[15]。2026年2月には施設の一部の引き渡しを受け、最初の発眼卵を孵化機に入れて操業を始めた[16]。富津からの初出荷は2027年を予定している[17]。
FRDは、日本発の水処理技術を大規模事業に展開しようとする例として重要だ。ただし、実証施設で魚を生産・販売できたことと、年間数千トンの施設で採算を確保できることは別である。
実際の出荷量、生残率、成長速度、販売価格に加え、設備費や金利を含む総コストがどうなるか。富津ファームは、これからその答えを示す段階に入る。
アトランド――計画段階で膨らむコスト
三菱商事とUmios(旧マルハニチロ)の合弁会社アトランドは、富山県入善町に年間2,500トン(原魚ベース)規模のサーモン陸上養殖施設を計画している[4]。
2022年の設立発表時には、2025年度の稼働開始と2027年度の初出荷を目指していた[4]。しかし、建築資材や人件費の高騰などで建設が遅れ、初出荷は2029年度(2030年3月期)に延期された[18][19]。Umiosの報告によると、2025年時点では土地の取得と井戸の掘削を進めていた[19]。
設立時の資本金は約100億円と報じられた[20]。その後の建設費上昇を受けて総事業費がいくらになるのかは、今回確認できなかった。
大手企業が参画していても、建設費の上昇や計画の遅れを避けられるわけではない。陸上養殖では、魚を育て始める前から事業の条件が変わり得る。
サーモン以外にも広がる陸上養殖
サーモン以外でも動きがある。
NTTグリーン&フードは静岡県磐田市でバナメイエビを生産している。生産能力は年間180トンで、陸上養殖のバナメイエビでは国内最大のシェアを持つという[21]。この施設は主にバイオフロック方式を採用しており、一部で閉鎖循環式RASの実証も行っている[22]。
また、ニチモウは岩手県久慈市で、国産のRAS設備を使ったトラウトサーモンの飼育試験を進めている。成魚の生産に加え、陸上で育てた種苗を海面養殖に供給することも視野に入れる[23]。
評価すべきは、計画ではなく実績
水産庁が把握した2023年度の陸上養殖の出荷量は6,392トンだった。この集計は、古くから河川などで営まれてきた陸上養殖やウナギ養殖を除く。品目別に多いのはヒラメ、トラフグ、ニジマス、アユ、海ぶどうだ[2]。2024年9月に出荷を始めたプロキシマーの生産は、まだ含まれていない。
これに対し、大型事業の計画では、1施設だけで数千トンから1万トンの生産が掲げられている。計画どおりに進めば、国内の生産構造は一変する。

4事業の計画生産量を合わせると約2万1千トンで、現在の陸上養殖全体の3倍を超える。いまはヒラメやトラフグなどの小規模な掛け流し式が中心だが、計画どおりなら、陸上養殖は「サーモンのRAS」という別の産業になる。RASは立地の制約が少ないことから、これらの事業が軌道に乗れば、他地域への展開も期待できる。
しかし、現時点で確かなのは、多額の投資が動いていることまでだ。予定した数量を安定して出荷し、設備の更新費や資金調達費用まで含めて利益を出せるかは、これから分かる。
陸上養殖を評価する際には、施設の大きさや計画生産量だけでなく、実際に何トン売れたのか、いくらで売れたのか、どれだけの費用がかかったのかを見る必要がある。
次回は世界に目を向け、海外の大規模RASの現状と、その中での日本の立ち位置を見る。
参考文献
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- 財務省、「ファイナンス」2026年10月号 経済トレンド「養殖ビジネス」
- 水産庁、「令和5年度 陸上養殖業の出荷数量について」、2025年7月7日
- Investing.com, “Proximar Q2 2026 slides: harvest strategy shifts, profitability path emerges”, 2026年8月
- 三菱商事・マルハニチロ、「三菱商事とマルハニチロによるサーモン陸上養殖事業会社の設立について」、2022年6月30日
- Proximar Seafood, “Our farming facility”
- Proximar Seafood AS, “Q2 2026: Strong biological performance and positive growth outlook”, 2026年8月28日
- Food Business MEA, “Proximar Seafood begins harvesting Atlantic Salmon in Japan”, 2024年
- Proximar Seafood AS, “Update on liquidity, financing and strategic review”, 2026年10月27日
- We Are Aquaculture, “Pure Salmon Japan’s first fish are already in the tanks”, 2026年7月
- SeafoodSource, “Pure Salmon Japan secures USD 180 million for land-based farm”, 2026年4月
- Undercurrent News, “Pure Salmon breaks ground on Japan land-based farm”, 2020年9月23日
- Salmon Business, “Pure Salmon Japan: first fish enter feeding tanks at €378m land-based farm”, 2026年7月23日
- News On Japan, “Japan’s Salmon Farming Industry Moves Inland”, 2026年
- 水産庁、「令和5年度 水産白書」
- 長谷工コーポレーション、「FRDジャパンの第三者割当増資の引受けについて」、2023年7月20日
- FRDジャパン、「サーモントラウトの陸上養殖商業プラント(“富津ファーム”)の引渡完了、操業開始」、2026年2月5日
- 三菱UFJ銀行、「株式会社FRDジャパンへの出資について」、2023年7月20日
- Undercurrent News, “Maruha Nichiro, Mitsubishi-backed Japan salmon RAS delays first shipment by two years”, 2025年4月8日
- Umios、「ブルーボンド レポーティング」
- 時事通信、「富山県でサーモン養殖=27年度初出荷―三菱商事・マルハニチロ」、2022年6月30日
- プレジデントオンライン、NTTグリーン&フードのバナメイエビ養殖
- 静岡放送、NTTグリーン&フード 磐田市のエビ養殖、2026年2月
- ニチモウ、「サステナビリティ特集」

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