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漁業国益論 (3)

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現在は、フード・セキュリティーという観点から、国益が論じられている。
自国で安全で美味しい食料を安定供給するのが国益だと言うのだ。
確かに、食料の安定供給は国としての生命線であり、
多くの納税者はそのために税金が遣われることに異論はないだろう。
だが、水産物の安定供給の最大の障害は、現在の「根こそぎ獲る漁業」だろう。
そして、すでに経営的になりたっていない乱獲漁業を支えているのが税金なのだ。
この事態を株主であるところの納税者は納得するのだろうか。

設備投資を促す補助金
設備投資を促す補助金は、短期的には漁獲量を増加させるが、
長期的には資源の枯渇を招いた。
漁業者は、借金を返済するために、
枯渇した資源に強い漁獲圧をかけざるをえない状況に追い込まれた。

つくり育てる漁業
種苗放流の成果はごく一部の種にとどまり、
魚類では、ほとんど成果を上げていない。
種苗生産の成功例であるヒラメだって、種苗の生産には成功したが、
資源や漁獲量の増加には結びつかなかった。

休漁補償金
資源回復計画の一環として、漁師に休漁をしてもらう代償として、
漁に出られなかった日の費用を税金で保証する制度がある。
これは、資源管理と言うよりは、過剰な漁獲能力の温存である。
例えば、大中まき網という、沖合に大量の魚が居ることを前提とした漁法がある。
マイワシバブルで、拡張した漁獲能力の大部分が未だに残っている。
この過剰な漁獲努力量が、90年代にマサバが増加しようとする芽を2回とも摘んだのだ。
休漁補償金が大中まきに遣われているのだが、
税金をつかってまで、大中まきを温存する理由が俺には全くわからない。
少なくともあと10年は今の船数が必要になるような資源量にはならないだろう。
安易な休漁保証は、資源の回復の芽をつむだけだ。

設備投資の補助金も、休漁保証金も、
漁獲努力量を増やしたり、肥大化した努力量を維持する効果がある。
これらの補助金は、その場しのぎの代償として漁業の寿命を削ってしまう。
補助金で、漁獲努力量を膨張させ続ける限り、
日本の漁業に明日はないだろう。
日本の漁業の補助金に関しては、国際的な圧力が強まっており、
実は存続のピンチだったりする。
このあたりについての情報も近いうちにまとめたい。

なぜ、水産庁の施策は漁業を行き詰まらせるのか?
「日本近海に魚がいない」というのが漁業の行き詰まりの本質だ。
その背後には、
「自然の生産力の限界を超えた漁獲能力」という根本的な問題がある。
資源の生産力と比べて、過大な漁獲能力を維持している限り、
漁業が立ちゆかなくなるのは時間の問題だ。
どんなに資源管理を頑張っても、少し歯車が狂えば、そこで終わり。
現在の水産行政は、過剰漁獲能力という根本的な問題に取り組んでいない。
その代わり、漁業者の目先の問題を解決するために奔走している。
これでは、漁業が悪循環で滅びるのは時間の問題だ。

漁業者は、根本的な問題解決よりは、目先の対処療法を望む。
漁業者に根本的な問題解決を求めるのは酷だろう。
すでに尻に火がついている人間に、
火事の問題を分析して、再発を防止する策を練る余裕はない。
漁業者が、尻の火を消すために必死になるのは、仕方がないだろう。
だれだって、そうなるはずだ。

行政には、長期的な視野から、産業の発展を考える義務がある。
尻に火がついた漁業者にあめ玉を配るだけが仕事ではない。
産業に内在する根本的な問題を解決するためにリーダーシップを発揮して欲しい。
それこそが、国益だろう。

漁業国益論 (2)

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漁業者の利益と国民全体の利益(国益)が乖離したときに、
水産庁は、国益よりも、むしろ、漁業者の利益を選択した。
たしかに、漁業者も国民ではあり、漁業者の利益は国益と言えないこともない。
「漁業者も国民だからサポートするのは当たり前」という理屈であれば、
漁業者からの税収入でやりくりできる規模の予算にすべきである。
産業規模から言えば、経済産業省 食糧部 水産課 ぐらいが妥当だろう。
GNPの0.4%に過ぎない産業に不相応な予算をつかう以上は、
漁業者以外のの国民にサービスを提供する義務があるはずだ。
こういう視点が、漁業者にも行政にも欠けていると思う。

公海漁業が下火になるのは明らかなので、
漁業を維持するには沿岸資源を大切にする以外の方向性はなかったはずだ。
本来であれば、この時点で資源管理を始めなくてはならなかった。
しかし、漁業者はそんなものは望んでいなかった。
漁業者は、「もっと獲りたい、もっと獲らせろ」と要求する。
水産庁は、漁業者の期待に応えるべく、様々な施策を行った。
漁業者と水産庁は、のび太-ドラえもん関係になっていく。
のび太の要求に応えるために、全国に栽培漁業センターを建てたりした。
ドラえもんが大盤振る舞いを続ける背景には、
右肩上がりの税収入という国内事情があった。
「どうやって、税金を消化するか?」という時代が到来したのだ。

水産庁の援護射撃は、主に設備投資の促進による漁獲効率の向上と、
種苗放流による生産力の底上げであった。
これらの援護射撃は、漁業者からは歓迎されたが、
長期的には漁業が行き詰まる原因となった。
すでに、漁獲は飽和状態で、漁場もどんどん縮小していくなかで、
漁獲効率を向上させたらどうなるかは、一目瞭然だろう。
資源が減少して、獲るものがなくなるのは時間の問題だ。
過剰漁獲量は真綿でクビを締め付けるように漁業経営を圧迫した。
借金がある以上、資源が悪化したとしても、漁業を辞めるわけにはいかない。
こうして、資源・漁業は悪循環の坂道を転がり落ちていった。
また、作り育てる漁業への過度の期待が、
限られた自然の生産力を大切にする意識を低くしたことも否めない。

水産庁の援護射撃は空しく、日本の漁業生産(マイワシを除く)は下り坂。
でも、こうなることは少し考えればわかったはずだ。
すでに世界中で漁獲能力の過剰が問題になっていた。
また、政府による補助金が過剰漁獲問題を深刻化させることは広く知られていた。
例えば、70年代に海底油田が発見されて財政が潤ったノルウェーは、
漁業に気前よく税金をつぎ込んだ。
その結果、漁獲能力が急増し、70年代後半に北海ニシンをほぼ崩壊させてしまった。
補助金→過剰な漁獲能力→乱獲 という事例は枚挙に暇が無い。
構造的にそうなって、当然なのだ。
世界では、補助金=悪 というのが常識であり、
国の漁業政策は、どうやって漁業への過剰投資を抑えるかが主要課題となっていた。
世界的に見ても、生産性が高いのは、漁獲努力量の抑制に成功した漁業のみである。

さて、日本の場合は、そのままズルズルと補助を続けて、現在に至る。
海外の失敗から学ぶことなく、失敗が約束されたレールの上を走り続けた。
借金をして漁獲能力を向上させても、資源が低迷して獲るものがない。
それでも、漁業者は借金を返さないと行けないので、
値段が付かない小型魚を根こそぎ獲り、単価の低さを量でカバーしようとした。
そんなことをするから、魚価は下がるし、ますます資源は減少するのだ。
その結果が、借金漬け、資源枯渇、魚価低迷という現在の三重苦だ。
切り札の種苗放流も、金ばかりかかって、効果は焼け石に水だった。
漁業が存続しているのは、日本近海の生産力の高さに依るところが大きいが、
それもいつまでもつことやら。

漁業国益論 (1)

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現在の水産業は税金に依存している。
例えば、18年度一般会計予算を見てみよう。
水産庁の予算は約1800億円で、漁業の生産額の12%を占める。
特別会計まで考慮すると、この数字はさらに膨らむことになる。
農林水産業以外の産業をサポートする経済産業省の予算は7828億円に過ぎない。
如何に漁業が優遇されているかがわかるだろう。

産業規模と比べると、べらぼうの税金が投入されているのだから、
国民の負担で漁業を支えていると言っても良いだろう。
納税者は、株式会社の株主の相当するのだ。
最大の違いは、株主は自分の意思で株を買うし、株で儲かることもある。
納税者は、一方的に、有無を言わさず、むしり取られるだけだ。
漁業(漁業者および水産庁)は、
株式会社が株主に対して果たす以上の責任を負うべきだろう。
税金で支えてもらっている以上、国益を果たす義務がある。
では、国益とはいったいなんだろうか?
日本の水産業の歴史を、国益という観点から振り返ってみよう。

戦後からオイルショックまでの国益は、食料の確保であった。
戦後の漁業生産の拡大は、主に漁場の拡大によるものだった。
とにかく、たくさん獲る。獲れなくなれば、もっと遠くに行けばよい。
そういう時代だった。
そして、水産庁は漁業者がより多く獲るためのサポートをした。
漁業者と水産庁の二人三脚で、とにかく多く獲る体制を作り上げた。
これは、国益にも適うものだった。
漁業者の関心と国益は食糧増産という点で一致しており、
水産庁はそのために協力をすれば良かった。

1970年代に入ると、日本の漁場は水産業の構造的な転換を迎えた。
世界中の漁場から徐々に閉め出され始めると同時に、
国内でも大きな変化が起こっていた。
1970年から、大規模チェーン店の外食産業が急速に広がっていた。
国民に一通り充分な量の食べ物が確保され、
食べるもの不足していた時代から、飽食の時代へと移行していたのだ。
食糧増産=国益とは言い切れない状況になったのだ。

消費者の高級志向に答えるために増殖事業を発展させることになる。
養殖の起こりは、瀬戸内海のクルマエビである。
どうみても、食糧確保と言うよりは、高級志向を満たすためだろう。
グルメ嗜好を満たすために、税金を使う必要があったかは疑問である。
旨いものを食べたいなら、その人が対価を払うべきだと俺は思う。

本来であれば、水産業と国のあり方をこの時点で問うべきだったと思う。
漁業から還元される税金で運営できる程度の小さな水産庁を目指すのか、
今まで同様に国民の税金を使って漁業をサポートし続けるか。
大きく分けて2つの方向性があったのだが、
何の議論もなく、後者が選ばれてしまった。

水産庁は風車であって、扇風機ではない

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いろいろと水産行政の問題点を指摘してきた。
国内漁業は、大変に危機的状況にあることは間違いないだろう。
でも、こうなったのは水産庁の怠慢とは言い難い。
役所という組織は、何か新しい方向性を自分たちで打ち出していくのが苦手。
というか、そもそも、そういう組織ではないのだ。
水産庁は、風が吹かないと回らない風車のようなもの。
この風車を回す風は、世論などの外的圧力である。

さて、水産庁に対してどういう風が吹いているかというと、
一般人(納税者)は漁業に対して実に無関心。
漁業者は、長期的な産業の発展よりも、
むしろ、短期的なその場しのぎを求めている。
このような状況で、要求をしてくる漁業者の願いを叶える以外の選択肢は無い。
産庁は責務を立派に果たしてきたと言える。
現在の水産庁のなわばり分布だって、地方住民がそれを望んだから、
黄色組と緑組が勢力を伸ばしたという側面は否めない。
非常に民主的な組織運営の結果が、今の水産庁というわけだ。

国民は無関心で、漁業者は目先のその場しのぎを要求する。
こういう状況では、水産庁がリーダーシップを発揮して、
現在の水産業が抱える問題を解決することは不可能だ。
水産庁は扇風機ではないのだから。

ただ、水産庁は風車としては優秀なので、
充分な風を送れば、きちんと対応するはずだ。
例えば、水産庁は、国際資源では責任ある漁業を進めている。
国際漁場では、責任を問われるから、きちんと対応が出来るのだ。
一方、国内漁場では、責任ある漁業を進めようとはしない。
国内資源に対して、責任ある漁業を進めるような圧力がないから、
水産庁としても動きようがないだろう。

水産基本計画があれほどぐだぐだなのは、
風車であるところの水産庁が扇風機の真似事をしたからだ。
自給率を10%上げるという目標を上げたところで、
そこに風は吹いていない。
もちろん、自給率が上がること自体に反対の人はいないだろうが、
なんとしてでも自給率を上げるべきだと思っている人は少ない。
「まあ、自給率って高い方が良いよね」というノリだろう。
これでは、役所は力を発揮できない。
縦割りシステムのチームワークの悪さもあり、
水産基本計画は、破綻すべくして破綻したと言える。
漁業が先細りの中で、どこからも風は吹いてこない。
こういう状況では、水産庁も背伸びをせざるを得なかったのだろう。

水産基本計画(8) 計画と勢力図の違い

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水産基本計画にも、自給率を65%まで上げるという目標があるように、
計画というものは、なんらかの目標を達成するために存在します。
計画の中身を決めるに当たっては、目的達成に寄与する政策をリストアップし、
それぞれの政策にプライオリティーをつける必要があります。
その上で、重要度が高いものから実行していくのが普通のやり方です。
予算が不十分なら、プライオリティーが低い施策から切っていき、
目標達成に必須な施策を残すことになる。
限られた予算で目的達成率を最大にしようと思ったら必ずこうなります。

kihon9.png

例えば、上図の例で行くと、
限られた予算で目的達成率を最大にするように、
予算が少なければ重要度が低い施策Eから切ります。
目的達成に必至な施策Aと施策Bはなんとしても死守します。
水産基本計画が、自給率を上げるためのプランであれば、
必ず、こういうスタイルになるはずなんです。

当ブログのコメント欄がきっかけで興味深い発言を見つけました。
http://www.jfa.maff.go.jp/sinseisaku/keikaku_19/minute/180629.htm
これは、水産政策審議会企画部会で、「具体策はないのか?」という質問への解答。

坂井企画課長 「先ほど委員長から話がありましたように、この審議会、秋以降もまた行っていく、これまで御議論をいただいている目的は水産基本計画、新たな計画を来年3月につくるということで、そういった意味では水産施策全体の基本的な方針を定める計画ですので、やはりある程度抽象的な面がございます。もちろん、具体化できるところはできる限り基本計画の中でも具体的に書いていくということが必要ですし、そういった方向で御議論いただいて努力をしたいと思いますけれども、他方、具体的な個別の施策ということになりますと、これは毎年の予算要求で行っている予算でしたら施策になりますので、それはまた現在ですと19年度の予算に向けて検討しておりますので、そこはそういった予算を基本計画に書くということではございませんので、そういった意味では方向性をどうやって示していくかという議論が中心になってくるということで考えていただきたいと思います。」

要するに「まだ来年の予算要求が通っていないから、
具体的な話はできないよ」ということなのです。
一般常識からすると、具体的な計画があって初めて、予算の見通しが立つはずです。
もし、基本計画が自給率改善のための計画であれば、
計画開始して5年目で、具体的な話ができないということはあり得ない。
この発言からも、自給率改善計画というより、
むしろ、庁内予算配分であることは明らかでしょう。

予算配分表を、自給率改善の計画書に変換するのは、大変な作業です。
そういう観点か見ると、「基本計画」は実に良く出来ています。
役人の文書作成能力の高さがうかがえます。
ただ、やはり自給率改善計画の皮をかぶった予算配分計画なので、
いろいろとボロが出ます。
最大の問題は具体的な話が出来ないことでしょう。
具体的なことを基本計画に記述すれば、
その施策には最低でもその分の予算を配らざるを得ない。
具体的な施策の話をするのは、予算につばをつける行為であり、
余所に先駆けて具体的な内容を発表するのはフライングなのです。

基本計画の目標が自給率になった理由はきわめて簡単です。
例えば、資源回復を目的にすると、特定の部の縄張りに業務が集中してしまい、
明らかに資源回復と関係のない事業の記述が難しくなる。
水産基本計画から、事業に関する記述が抜かれたら、
それは予算打ち切りを意味するわけで、死活問題です。
全ての既存事業を盛り込みやすいように自給率を目標にしたのでしょう。
これが、「玉虫色」という奴ですね。

基本計画が、縦割り組織の縄張り争いの産物である以上、
基本計画の内容は誰にも変えられないのです。
自分の縄張りの事業の作文を少し変えるぐらいがせいぜいでしょう。
変える権限など、誰にもないのだから、変わるはずがない。
漁業白書も、水産基本法も、水産基本計画も、
縄張り争いの結果の勢力地図としての側面があり、
同じような割合で、同じような施策が盛り込まれることになる。
水産庁の文章が、全部同じに見えるのは、そういう理由があるのです。

水産基本計画から事業に関する記述が抜かれたら、
それは予算打ち切りを意味するわけで、担当部局には死活問題です。
そういう部分には、水も漏らさぬ配慮がなされていることでしょう。
その一方で、数値目標が達成できるかどうかは、全く考慮されていない。
一応、自給率65%という目標を出したなら、
それにむけて努力をしているポーズぐらいはしてほしい。
ゴールがどんどん遠ざかるのは、まずいと思ってほしい。
少なくともまずいと思っているポーズぐらいしてほしい。
あまりにも危機感がないのです。

なぜ、危機感がないか?
誰もつっこみを入れないからでしょうね。
水産基本計画は、自給率向上計画としては破綻しています。
それは少し考えればわかるんです。
でも、だれもそのことにつっこみを入れない。
メディアも取り上げないし、漁業者はあめ玉的な政策を望むばかり。
こういう状況で「危機感を持て」という方が無理でしょう。

水産基本計画(7) その正体は水産庁基本計画

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基本計画の内容を検証した結果、次のような問題点が明らかになった。

目標の設定根拠が不明
「自給率を10%上げようぜ」といって、
ゴールに向かって定規で線を引いただけというレベル。

目標が非現実的
日本の漁業生産を左右する魚種は限られている。
それらの魚種を個別に見ていくと、目標達成はかなり厳しいことがわかる。
昨日の記事は、ネットで数字を拾ってから文章をアップするまで数時間の作業だが、
水産庁では、このレベルの作業すらしていない可能性が高い。

目標をどう達成するかというビジョンがない
自給率を上げるとか、漁獲量を増産するとかいいつつも、
具体的な計画は無きに等しい
今までと同じことをしていて、V字回復はあり得ない。
目標を達成する気があるようには見えない。

目標を達成できなくても良いらしい
5年経って、増えるどころか漁獲は減っている。
にも関わらず、計画の中身が変わっていない。
目標を達成する気はないと判断しても良いだろう。

水産基本計画は、漁業政策としては、計画のレベルまで達していない。
どうやって目標を達成するかなんて考えていないし、
目標達成が難しくなっても何の緊張感がないことからも、
基本計画が自給率増加のための計画でないことは明らかです。

水産基本計画は、漁業者や国民のための計画ではなく、
水産庁による水産庁のための水産庁基本計画と考えるとつじつまが合います。

—-

水産基本計画は、財務省から予算をゲットするための文書なのです。
一応、自給率や漁業生産量の目標がありますが、アレは飾りです。

水産基本計画の正しい読み方
例として、水産基本計画の一文を抜き出してみました。

国内の漁業生産の増大を図ることを基本として水産物の安定供給を確保するためには、漁業生産が水産資源の持続的利用を確保しつつ消費者や実需者のニーズに適合した水産物を供給できるよう、漁業者その他の関係者が、水産資源の適切な保存及び管理増養殖の推進漁場環境の保全及び改善等を図るとともに安全性や鮮度等の面での水産物の品質の向上、流通の合理化等積極的に取り組む必要がある。

さらに、これら資源の持続的利用や国民の需要への対応の基礎条件として、生産コストの削減、付加価値の向上等により漁業経営基盤を強化するとともに、担い手の育成及び 確保、水産業の基盤の整備新技術の開発と実用化漁協の事業及び組織基盤の強化等の課題に取り組む必要がある。

まず最初に、当たり障りのないスローガンがきます。
「漁業生産の増大」、「水産物の安定供給」、「消費者のニーズ」などがキーワード。
これらのスローガンには、誰も反対はしないでしょうが、内容的には意味がありません。
コンビニ弁当の葉蘭(緑のギザギザのやつ)みたいなものです。
どうでも良い部分なので、灰色にしてしまいます。
スローガンの隙間に、各種の施策が盛り込まれています。
水産庁は縦割り組織ですから、どの仕事はどこの部署という区切りが明確です。
例えば、「水産資源の適切な保全及び管理」は資源管理部、
「増養殖の推進」は増殖推進部という風に、
それぞれの施策がどこの部のなわばりかを色分けできます。
詳しく知りたい人は、http://www.jfa.maff.go.jp/jfasosiki/index.htmlを見て、
自分で考えてください。

kihon8.png

これが現在の水産庁内の勢力地図になります。
個人的には赤組と青組を応援しているのですが、
やはり、緑組と黄色組が強いですね。
緑組が番長、黄色組が裏番という感じでしょうか。

水産基本計画(6) もしも神風が吹いたなら・・・

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水産基本計画は、全く機能していないことは疑いの余地がない。
しかし、水産資源は予測がつかない動きをすることが多々ある。
80年代のマイワシバブルのようなことが起こらないとは限らない。
再び神風が吹いて、基本計画の数値目標を達成できる可能性はあるだろうか。
(神風に期待すること自体、計画としては破綻しているということだが・・・)

俺の試算では、平成24年の漁獲量は478万トンまで減少する。
基本計画の目標は669万トンだから、200万トン近い差が生じてしまう。
神風が吹いて、200万トン程度の漁獲量の底上げが可能かどうかがポイントになる

主要な多獲性資源の一覧

2002漁獲
過去最高
マージン
トレンド
増産可能性
まいわし 50313 4488411 4438098
低位減少
×
すけとうだら 213254 3035285 2822031
低位減少
×
さば類 279633 1625865 1346232
低位増加
するめいか 273567 668364 394797
高位減少
×
かれい類 63812 583323 519511
低位減少
×
まあじ 196044 551603 355559
中位横ばい
かたくちいわし 443158 484230 41072
高位横ばい
さんま 205282 483160 277878
高位横ばい
かつお 301915 446318 144403
中位横ばい

単位はトン

 

過去の漁獲量の最大値 - 最近の漁獲 = 神風マージン

と定義し、神風マージンを漁獲量増産のポテンシャルと考えてみよう。
神風マージンが200万トンを超えるのは、マイワシとスケトウダラのみ
どちらも資源状態が非常に厳しいので、単独での目標達成は無理だろう。

マイワシは超低水準だから、1度の加入の成功では資源はそれほど回復しない。
加入に成功したコホートを産卵まで保護して、
そこで再び加入が成功すればそれなりの水準まで行けるだろう。
まともな漁獲が出来るようになるには、5年では足りない。
1970年代にマイワシが増えた時は、殆どゼロだった漁獲量が最初の5年で50万トン、
次の5年で200万トンまで増えた。
抜群の瞬発力を誇るマイワシの神風が吹いたとしても、基本計画の目標達成は無理だろう。

スケトウダラに関しては、300万トン揚げていたときとは、漁場の広さが違う。
また、資源動向をみても、急増は無さそうだ。
また、寿命が長い資源なので、いきなり倍増とかいうことは無いだろう。

マサバは、最近、増加傾向にある。
成長が早く、マージンが135万トンもあるので、短期的な増加も可能である。
単独で200万トンは無理だが、漁獲量回復の軸になりうる存在である。
2004年生まれがとても多かったので、これを成熟まで残すことが重要。
2004年生まれが卵を産んでいる間にうまいこと卓越が発生すれば、
高水準まで一気に行けるかもしれない。
この資源の一番の不安要因は、太平洋の大中まきだろう。
実は1992年と1996年にマサバの卓越年級群が発生したけど、
成熟前に根こそぎ巻いてしまった前科があるのだ。
去年の評価表の詳細版をみればわかるように、0歳で9万トンも獲っている。
まさに、ザ・不合理漁獲という感じで、今回も増加の芽を摘んだかもしれない。
今年のダイジェスト版の将来予測をみると、
http://abchan.job.affrc.go.jp/18pbcom/fig/1805-6.png
これから減るという予測になっているのが、とても気がかり。
増える可能性がある資源だけに、回復計画を頑張って欲しい。

スルメイカは、すでに高水準なので、
減ることはあっても、大幅に増えることは無いでしょう。
マージンが多いのは、60年代に漁場が広かったからかな(未確認)。

かれいは、このまま減るでしょう。
加入が増えたとしても、成長が遅いので、5年間での漁獲量の回復はたかがしれています。

マアジは、資源状態が悪くないので、若干増やす余地はあり。
ただし、増えたとしても10万トンとかそのレベルだと思う。

カタクチとサンマは、資源的には漁獲量を増やしても問題ないのだが、需要が無い。
サンマはすでに値崩れぎりぎりのところなので、漁獲量増産は経済的に難しいのだ。
どちらも大幅に需要が伸びるとは考えづらいので、厳しいところ。
逆に言えば、需要があればこれらの資源も、今頃低水準だっただろう。

カツオも資源状態が良いので、もう少し増やす余地はあるかな。
でも、増えて10万とかそのレベルだろう。

水産基本計画目標達成へのシナリオ
まず、マサバに神風が吹くのが最低条件。
2004年級群に卵を産ませれば、資源はかなり増えるはずだ。
最低でも50万、あわよくば80万トンまで漁獲量を増やしたい。
マアジとカツオをそれぞれ10万トンずつ増やす。
これで100万トンの増産となる。
残りはカタクチとサンマで何とかするしかない。
国を挙げて、カタクチイワシとサンマを食べようキャンペーンを実施する。
安倍さんと中川大臣がサンマを食べるテレビCMを作成。
学校給食は毎週サンマとカタクチイワシ。
これだけやっても、目標の漁業生産には届かないだろうなぁ。

とりあえず、サンマをたくさん食べて、基本計画を援護射撃しよう。
まずは、そこからだ。

水産基本計画(5) 見直し案を見直そう

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水産庁による「見直し案」を検証する

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上の図を見ればわかるように、水産基本計画に於いて、
「今後10年間、漁獲量を増やします」という目標を立てた。
計画半ばの5年目にして、目標に近づくどころかますます遠ざかっている。
基本計画に何らかの問題があるのは間違いないだろう。
水産庁は、基本計画の見直しを行い、中間論点整理を公開した。
http://www.jfa.maff.go.jp/sinseisaku/keikaku_19/doc/180725.htm
いったい、どこがどう改善されるのだろうか?
水産庁による見直しの内容を検証してみよう。

目標達成度の検証

水産基本計画の変更についての中間論点整理

① 水産物(食用魚介類)の自給率の検証
ア我が国漁業の持続的生産目標
食用魚介類の生産量は、近年は下げ止まり傾向が見られるが、増加には 転じていない。現状のまま推移すれば持続的生産目標の達成は厳しい状況 にある。
 生産量の変化を部門別にみると、沿岸漁業(養殖業含む)はほぼ横ばい、 遠洋・沖合漁業は減少が続いているが、生産量や資源の状況は漁業種類や 魚種によって異なることから、より詳細に、具体的には漁業種類や魚種に 着目して生産量の推移や生産目標との関係を分析することが必要である

「減ったから、その内訳を分析してみよう」では、お話にならない。
詳細な分析をするのは当たり前で、その上で問題点を特定して、
改善案を出していかなければ、見直しとは言わない。
具体的に何をどう改善するかというビジョンが無い。

生産量は下げ止まりという認識は、甘すぎるだろう。
近年、減少率が緩やかになっているのは、
90年代に急激に減少したマイワシの漁獲が殆どゼロになっただけである。
マイワシを除く漁獲量のトレンドは、30年間殆ど変わっていない。

新たな対策は?

現状では目標達成は厳しい状況。
では、政策をどのように変更するかを見てみよう。

4.政策改革の方向性
(1) 水産資源の回復・管理の推進
科学的知見に基づく水産資源の保存・管理、回復を着実に実施するとともに、我が国の排他的経済水域等の水産資源の基礎生産力の向上に集中的に取り組むこと、藻場・干潟の減少や沿岸域の漂流・漂着ゴミ問題、磯焼け問題の深刻化に対応して、早急な対策を講ずることが必要である。

① 我が国の排他的経済水域等における資源管理
我が国周辺水域の水産資源の多くが低位水準にある状況を踏まえ、種苗放流、休漁・漁獲制限や漁場環境の保全といった手法を活用した資源回復・資源管理の取組を積極的に推進していくことが必要である。併せて、漁船漁業の構造改革を進め、資源状況に見合った生産体制の再編を進めることが必要である。また、水産資源の動向や管理の状況について国民の理解を促進することが必要であり、このような観点からできる限りわかりやすい形で情報提供を行うことが重要である。

どこかで読んだような文章が続き、どこがどう改善されたのか全くわからない。
こういう文章では、オリジナルにどういう問題点があって、
そこをどう変更したかを書く必要があると思うのだが。
仕方がないから、オリジナルの水産基本計画と中間論点整理の比較表を作ってみた。

オリジナル

  1. 漁獲量及び漁獲努力量の管理により資源の回復を図る
  2. 積極的な種苗放流の推進
  3. 魚礁の設置、増殖場の造成等により資源の培養を図る
  4. 漁場環境の改善を図る


見直し案

  1. 種苗放流
  2. 休漁・漁獲制限や漁場環境の保全といった手法を活用した資源回復・資源管理の取組
  3. 資源状況に見合った生産体制の再編
  4. 水産資源の動向や管理の状況について国民の理解を促進する(情報提供)

あれ?どこが変わったの?

変更点の整理
種苗放流の順位が上がっている。
見直し案の2は、オリジナルの1と4を組み合わせたものである。
見直し案の3は、努力量の管理のことであり、オリジナルの1に含まれる。

順位や語句の入れ替えがメインであり、大きな変更は無い。
「魚礁の設置、増殖場の造成等により資源の培養を図る」が無くなった。
水産資源の動向や管理の状況について国民の理解を促進する(情報提供)が増えた

見直し案 = 元の基本計画 - 資源の培養 + 情報公開
ということになる。

この変更によって、目標を達成できるかどうかを考えてみよう。
種苗放流の効果が限定的であることは、すでに述べた。
資源管理や努力量の削減は重要だが、まじめにやれば漁獲量は確実に下がる。
情報公開も重要なテーマだけど、漁業生産の増加には寄与しない。
ということで、見直し案を実行したら、漁獲量は減る。
当初の目標である682万トンなど、夢のまた夢だろう。


総評
「現状のまま推移すれば持続的生産目標の達成は厳しい状況にある」
という状況にもかかわらず、実効性のある対策は無きに等しい。
以前の基本計画と同じことを、表現を変えて書いてあるだけだ。

この見直し案は、期待できない。
恐らく今までと同じように資源も漁獲量もズルズルと減り続けるだろう。
水産行政の柱の基本計画が破綻しているのに、危機感が無さ過ぎる。

水産基本計画って、達成できても出来なくても、どうでも良いものなの?

「ふやす」は、攻めか?

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水産総合研究センターの成果発表会が開かれるらしい。 
http://www.fra.affrc.go.jp/seika/

今年のテーマは「ふやす、とる、たべる-攻めの水産研究-」だそうです。

相も変わらず、増産のための研究しかしていないのですが、
それを攻めの水産研究と呼ぶあたりが、なかなかお茶目ですね。

ここ30年ぐらいの歴史を振り返ってみると、
「減った、獲れない、輸入-自滅の水産業-」であったわけです。

減ってしまった資源を種苗放流で回復させよう、というのが水産庁の考えです。
種苗放流には、何十年も湯水のように税金を投入してきました。
そろそろ効果が出てきても良いと思うのですが、資源の減少はとどまる様子がない。
「種苗放流って、効果がないんじゃないの?」と考えるのがふつうでしょう。

栽培漁業は効果が出る種と出ない種の差が顕著です。
栽培漁業が効果的だったのは、海草類やホタテ貝のような定着性の生物です。
張り付く場所を提供することで、安定的に生産できるようになりました。
磯焼けなど様々な問題点もありますが、これらの種にとって栽培漁業は機能しました。
一方、魚類に関しては、種苗放流はあまり機能していないのが実態です。
種苗の大量生産に成功をして、もっとも積極的に種苗放流が行われているのはヒラメです。
平成16年度でみると、生産量で39%、放流尾数で33%でどちらも一位です。
http://www.jasfa.or.jp/00kenkyu/001topics/060topics_083.html
さて、種苗生産の成功例であるヒラメの資源がどうなったか見てみましょう。

漁獲量はこんな感じです。

semenosuisann.png 

ぜんぜん、増えてません!

一応横ばいなので、一般的な底魚よりはマシといえるでしょう。
ただ、種苗放流にかかるコストをかんがえると、果たして黒字になるかは疑問です。
(このあたりは、今後、情報を集めてみます)
ヒラメは種苗の生産には成功しましたが、資源の増加には結びつかなかった。
すでに全国で大量に種苗を蒔いているのにこの程度ですから、
今後も減ることはあっても、増えることはないと思われます。

しかし、今後、種苗生産技術が飛躍的に向上しないとは限りません。
もし、放流技術が革命的に進歩をして、ヒラメ資源が増加したならば、
日本の漁業生産は回復するのでしょうか?
2005年の漁獲統計を見てみましょう。
http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/gyogyou-yousyoku2005/gyogyou-yousyoku2005.xls
ヒラメの漁獲量は6千トン、海面漁業は4412千トンだから、
海面漁業生産の0.136%です。

種苗生産の成功例といわれるヒラメですら、
漁業全体の0.1%程度の小さな資源を横ばいにするのが精一杯
なのです。
種苗放流で日本の漁業生産を回復させるのは、
B29を竹槍で撃退するのと同じぐらい無理があるでしょう。

漁業生産の減少は、資源の枯渇が原因です。
親を残さなければ子供が居なくなるのは当たり前のこと。
充分な親を獲り残すこと以外に、資源を回復させる道はないでしょう。
一番大切な「のこす」というキーワードが抜けているのです。

過去30年、結果を出せなかったことを今も繰り返しているだけで、
「ふやす、とる、たべる」というキャッチコピーには、何の新鮮さもない。
現状の組織を守るための極めて保守的な方向性と言えるでしょう。
資源の現状に目をやらずに、増やす、増やすと非現実的なことを繰り返している。
これは「攻め」ではなく、「現実逃避」でしょう。
従来の「多く獲る漁業」から、「ちゃんと残す漁業」へと方向転換をすることが、
本当の意味で攻めの水産政策であり、そのための研究をして欲しいものです。

水産基本計画(4) 海の中は無視ですか、そうですか

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水産基本法は、漁業の現実を無視しており、実現性がないのは明らかだ。
なぜ、このように非現実的な計画が国策となったのか、その原因を探ってみよう。

水産業は、資源→漁獲→流通→消費というような流れ構造になっている。

kihon7.png

資源を漁獲して港に持ち帰るまでが海の中のプロセス。
港に水揚げされてから胃袋に収まるまでが陸上のプロセスとなる。
また、資源は生態系であり、漁業・加工・流通・需要は人間社会に属する。

さて、この一連の流れの中で、どこに問題があるかを整理してみよう。
現在、水産物に対して、大きな需要がある。
水産物に需要はあるが、生産が追いつかないので輸入に頼らざるを得ないのだ。
流通、加工、漁獲能力は充分にある。
現在の資源の生産力からすると、多すぎるぐらいだ。
強い需要を背景に、過剰な漁獲をかけ続けた結果、資源を枯渇させてしまった。
それが漁業が行き詰まった原因なのだ。
需要、加工、流通、漁獲ではなく、資源が漁業生産を制限する要因となっている。
漁業が衰退する根本原因は、海の中の生態系の問題である。

1)水産庁の資源軽視
水産基本計画は、すべて官僚が考えたものであるが、
基本的に水産庁の人は海の中のことを知らない。
ある程度は実務に関わっている資源管理課ですら
資源に対して無知な現状を考えれば、その他の部署の人も推して知るべしだ。
水産庁が発足した1948年当時は、資源はあるし、需要もあるが、
漁獲手段がないという状況であった。
水産庁は、漁業者が漁獲を増やすのを援護するために作られた組織である。
今でもそれが自分たちの役割だと思っている。
陸上の人間社会の利害関係を整理すること以外には関心が低い。
海の中の問題(資源の枯渇)を、人間社会の問題として捉えるところに、
水産庁の根本的な限界がある。

2)委員会の人選の偏り
水産基本計画には、当然ながら、外部の人間も関わっている。
外部の専門家で作る委員会が基本計画に関する審議を行っているのだ。
外部の委員には、基本計画の問題点を明らかにして、
方向修正をさせる役割があると思うのだが、
現状では充分に機能していないようだ。
その理由は、委員のメンツを見るとよくわかる。
人間の問題を扱う専門家ばかりで、海の中の問題をあつかう人がいないのだ。

水産基本計画の見直しに関する中間論点整理(案)の最後に委員名簿がある。
まず、小委員会が「経営」と「加工」しかないというところからして、ダメっぽい。
消費者団体代表、漁協の偉い人、さかなクン、および、大学関係者。
大学関係者は、経済学やコミュニティーが専門の文系ばかり。
唯一、海の中を専門とするのは長崎大の山口さん。
ただ、山口さんは鮫の生態が専門で、漁業とか資源管理の研究者ではない。

研究者としては一流の人ばかりだが、分野が偏りすぎているので、
専門分野外の資源枯渇や乱獲といった海の中の問題に対応しきれない。

資源は獲りきれないぐらいあって、漁獲能力も十分にある。
でも、魚が高く売れない。
そういう状況だったら、現在の人選は素晴らしいと思う。
そんな資源は、サンマぐらいだろう。

ちなみに、議事録はここで見ることができる。
案の定、海の中の資源の話は殆どなく、価格や消費の話に終始している。
このメンバーなら、そういう話題になるに決まっている。
そんな中で、漁業協同組合の矢野特別委員の発言はなかなか的を射ている。

多分、現場サイドから出ているのは私ぐらいじゃないですかね。
一応、漁業協同組合の組合長をやっております。 
その観点から言いますが、今の水産基本法というのは、
まるっきり基本からなっていませんね。

有効な手立てがあるかといったら何もやらないで生産量だけふやせと、
そんな虫のいい話はないですよ。

漁業の現場を知っている人に受け入れられるような代物ではないのだ。

3)人材はいないのか?
資源のことを理解できている人材が国内にいないわけではない。
議論に参加していないだけだ。
たとえば、水研センターの資源研究者は、
資源が低迷し、厳しさを増している現状を理解しているので、
さすがに漁獲量を増やせるとは思っていないだろう。
でも、彼らは基本法に関心がない。
「水産基本法?なにそれ」というノリだ。
無関心すぎるような気もするが、
委託された業務以外によけいな口出しはしないという処世術だろう。
本当のことを言うと、自分の立場が危うくなるので、お口にチャック。
君子危うきに近寄らずなのだ。
そういう文化が水研センターには蔓延していると思う。
そうやって組織にしがみついていても、
このまま漁業が衰退すれば組織自体が消滅するかもしれない。
そういう危機感はないのだろうか?

日本漁業では、太平洋戦争末期と同じことが起こっている。
どの戦場も戦況は悪く、戦線は着実に後退し続けている。
戦略に大きな誤りがあるのは、現場を知るものなら誰の目にも明らかだ。
しかし、現場で戦況の悪化を肌で感じている人間の意見は、
国策にフィードバックされないのだ。
戦況が厳しさを増す中で、大本営は非現実的な右肩上がりの政策を発表する。
高らかと鳴り響く進軍ラッパの音に、空虚さは隠しようもない。
こうして、軍の指導者たちは国を滅ぼしたのだ。

現在の日本漁業は、資源枯渇が原因で沈没しつつある。
それでも、生物資源の枯渇という根本的な問題に目を向けずに、
従来の人間社会の問題を扱う手法で何とかしようとあがいている。
経営とか、加工とかでなんとかしようという現在の水産庁の対応は、
沈みつつあるタイタニックでデッキチェアーを整えるようなものだ。
問題の本質から目をそらし、表面的に取り繕っているだけである。

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from 18 Mar. 2009

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