サイエンスに重要な論文が掲載されたので紹介しよう。
Worm B, Hilborn R, Baum JK, Branch TA, Collie JS, Costello C, Fogarty MJ, Fulton EA, Hutchings JA, Jennings S, Jensen OP, Lotze HK, Mace PM, McClanahan TR, Minto C, Palumbi SR, Parma AM, Ricard D, Rosenberg AA, Watson R, Zeller D (2009) Rebuilding Global Fisheries. Science 325: 578-585.
背景
この論文の背景から少し説明をしよう。まず、Wormらが次の論文で、「このままだと世界の漁業は2048年に消滅する」と述べ、世界中のメディアにこぞって取り上げられた。
Worm B, Barbier EB, Beaumont N, Duffy JE, Folke C, Halpern BS, Jackson JBC, Lotze HK, Micheli F, Palumbi SR, Sala E, Selkoe KA, Stachowicz JJ, Watson R (2006) Impacts of biodiversity loss on ocean ecosystem services. Science 314: 787-790.
それに対して、俺たちのHilborn先生が、「ちゃんと管理されている漁業は、大丈夫」と主張したのがこれ。さらに、「NatureやScienceの査読者は、漁業が破滅に向かっているという先入観に基づき、研究の質ではなく話題性で論文を選んでいる」と痛烈に批判をしたのだ。
Hilborn R (2006) Faith-based fisheries. Fisheries 31: 554-555.
「で、本当のところどうなのよ?」というのが、みんなの関心があるところだと思う。そこで、WormとHilbornを中心に、21人の大御所が集まって、出してきた結論が、この”Rebuilding Global Fisheries”という論文なのだ。おもしろそうでしょ?いろいろと議論をしても、最後は、データに基づいて、白黒つけようという姿勢が素晴らしい。
適当に、要約をしてみたのだけど、興味がある人は、原文を読んで欲しい。そんな長い論文じゃないし、さくっと読めるはずだ。
イントロ
乱獲が、海洋における最大の環境・社会経済問題と考えられている。漁業が、種の多様性と生態系機能に悪影響を与えてきたことに疑問の余地はない。しかし、現在も乱獲が進行しているかについては、議論が分かれている。本研究では、世界中の資源評価研究(生態系モデル、資源評価、調査漁獲)の結果をまとめて、世界の水産資源・生態系が回復に向かっているかを議論する。
資源評価
世界の166の資源評価結果を集計したところ、63%の資源量がMSY水準を下回っていた。(俺注:MSY水準というのは、持続的な生産量を最大にするような資源量のこと。MSY水準を下回ると「資源が健全ではない」→「回復が必要」ということになる)そのうち約半分(全体の28%)の資源は、最近、漁獲圧が減少傾向にあり、資源はMSY水準に向かっている。残り(全体の35%)は、現在も乱獲行為が継続している。
資源量の推定値が得られた144例について、1977年と2007年の資源量を比較すると、全体のバイオマスは11%減少していた。この減少は、主に中層の浮魚類の減少に起因する。北大西洋の底魚の減少は、北太平洋の底魚の増加によって相殺され、底魚バイオマスは全体としては安定だった。
トロール調査(俺注:主に底に住む魚を漁獲する)
タラとサメ・エイが顕著に減少していた。全体のバイオマスは32%減少。大型底魚(最大体長90cm以上)は56%減少、中型底魚(30~90cm)は8%減少、小型底魚は1%減少していた。一方、無脊椎動物は23%増加、浮き魚は143%増加していた。底魚が減少したことによって、余った餌を消費して、増えたのだろう。また、1959年と比較して、最大体長は22%減少していた。
漁獲量
1950年から4倍に増加した。80年代終盤に、8千万トンに達した後、安定的に推移している。大型底魚類が漁獲に占める割合は、1950年の23%から、現在は10%へと減少した。
種の崩壊
バイオマスが、漁獲がない場合の1割以下に減少すると「崩壊状態」と定義をする。資源評価で得られたバイオマスに着目すると、全体の14%の資源が崩壊状態であった。ベーリング海は崩壊率がほぼゼロなのに対し、カナダ東海岸では、6割が崩壊、米国の北東は25%が崩壊状態であった。
情報が得られている10の生態系のうち、7つの生態系で、近年、漁獲圧が減少していた。しかし、個々の資源は十分に回復していない。全体の漁獲圧の削減は、漁業の影響を受けやすい種にとっては、まだ不十分なのだろう。漁獲の影響を受けやすい種については、さらに取り組みを強化する必要があるだろう。
小規模漁業
この研究では、117の科学的資源評価と、1309のトロール調査の結果を解析した。これらの調査が行われているのは、主に先進国である。先進国の50万人の大規模漁業者にたいして、1200万人の小規模漁業者が存在する。これらの小規模伝統漁業の漁獲量は、2000年に2100万トンと推定されているが、漁獲統計が取られていない場合も多く、よくわかっていないのが現状である。小規模漁業は、データが少なく、地理的にも分散している。そして、漁業者は、漁業以外の食糧源や雇用を持たない場合が多く、これらの管理は難航している。
回復の手段
乱獲を抑制した生態系はどのような手法が使われていたか。重要性を含めて加点をすると次のようになる。
TAC | 18 |
禁漁区 | 15 |
漁具規制 | 14 |
個別枠 | 13 |
漁獲能力削減 | 10 |
コミュニティーベース | 8 |
努力量削減 | 5 |
それぞれの方法の効果は、漁業、生態系、行政システムの特性によって、大きく異なる。
魚が激減し、乱獲が明白になってから、資源回復の試みが始まる場合が多い。漁業の不確実性を考えると、そうなる前に毅然とした対応をとる必要がある。特に地球規模での海洋変動を考慮すると、早い行動が必要になる。
回復の問題点
漁業を回復さえるための短期的なコストが問題になる。乱獲状態からの回復には、10年から数十年かかることも少なくない。その期間は、漁獲量を低く抑えることになる。
世界規模で見ると、先進国から、途上国への漁獲努力量の移動が問題である。先進国の船が、途上国で漁獲を行っている。これらの外国船によって、漁獲される魚のほぼ全てが先進国で消費される。漁獲の南北問題が、途上国の食糧安全、生物多様性への脅威と成っている。
結論
海洋生態系が、直面している漁獲圧は、場所によって大きく異なる。漁業資源・生態系も、安定、減少、崩壊、回復など様々な状態が入り交じっている。資源管理によって、漁獲圧が削減された場所もあるが、現状のままでは、多くの資源が枯渇へと向かうだろう。
この論文は、漁業が比較的管理されているエリアのみを扱った。これは、海全体の25%をカバーしているに過ぎない。しかし、漁獲規制を行ったいくつかの生態系で、回復が観察されたことから、漁獲圧を十分に下げれば、他の海域でも生態系が回復すると考えることが出来る。水産学研究者の間では、MSYを実現する漁獲圧を、管理目標ではなく、上限にすべきだというコンセンサスが広がっている。他の管理手法も併用しつつ、大幅に漁獲圧を下げる必要があるだろう。
また、水産学の研究者と、保全生態学の研究者が、データを共有し、異なる学問領域の橋渡しをすることで、生態系の管理を発展することができる。生態系の回復は、短期的なコストを必要とする、険しい道のりである。しかし、それ以外に、漁業と海洋生態系の衰退を食い止める方法は無いのである。
資源研究不毛の地の研究者の独り言
この論文で注目して欲しいのは、図1の調査・研究を行った場所の分布。
北米東海岸 | 16 |
欧州 | 15 |
北米西海岸 | 14 |
オセアニア | 8 |
中南米 | 5 |
アフリカ | 3 |
東南アジア | 2 |
東アジア | 0 |
日本周辺は全くの空白地帯。この論文に使われた調査・研究がゼロです。漁業大国、ニッポンを擁する東アジアが、アフリカよりも、東南アジアよりも、資源研究で遅れているのです。
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