前回は、スルメイカの資源に関する情報を整理して、資源量は依然として低水準であり、漁獲枠を慌てて増やすような状況でないことを示しました。このような状況で、日本政府は、増枠を繰り返しています。このような政治判断がなされる背景には、次の二つの要因があります。
- 展望を欠く陳情政治
- 心情論ばかりのマスコミ報道
展望を欠く陳情政治
青森と北海道の国会議員が、地元漁業関係者の陳情を受けて、漁獲枠を増やすように政府に働きかけています。与野党の政治家が、漁獲枠が増えたのは自分の功績だと、SNSでアピールをしています。
こちらは青森県の自民党議員です。漁獲枠が増えたのは、自分が大臣と長官にお願いした成果だと宣伝しています。

https://x.com/Jun1CanDo/status/1969180976547823920
また、こちらの新聞記事では青森県漁連の要望で自民党議員が水産庁に働きかけることが報じられています。
「残り2カ月も操業できるよう」 県漁連がスルメイカの増枠を要望
このうちスルメイカについて県漁連は、今年残り2カ月も操業できるよう漁獲枠を増やすことや来年度の漁獲枠の確保を国に働きかけるよう自民党県連に要望しました。 要望を受けた自民党県連の津島会長は、水産庁への働きかけを早急に行う考えを示しました。
野党も同じようなスタンスです。函館周辺の選挙区の立憲民主党議員も、地元の水産業者の陳情を受けて、政府に働きかけています。

https://x.com/Ohsaka_office/status/1981168955122438232
興味深いのは、次の報道です。
スルメイカ漁獲枠、再拡大を 歴史的不漁から一転「豊漁」で―立民有志
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025100301013&g=eco#goog_rewarded
逢坂氏らは既に引き上げた枠の上限に迫る勢いだとして、再拡大の検討を要請した。
スルメイカをとる定置網漁で漁獲可能枠を超えると、網に掛かった他の魚も放さざるを得ず、影響は他の魚種にも及ぶ。逢坂氏は「資源管理も念頭に置きながら科学的なアプローチをして増枠について考えてもらいたい」と述べ
枠の上限に迫る勢いで漁獲をしていたら、漁獲にブレーキをかけようとするのが、普通の考え方です。「枠がなくなりそうだから、枠を増やせ」という発想は、資源の持続可能性への配慮が欠如しています。また、「科学的なアプローチをして増枠について考えてもらいたい」という言葉からも、科学軽視の姿勢がよくわかります。水産資源学では、MSY水準を大きく下回る現状で、漁獲枠を増やすという選択肢はありません。科学のことを自分たちの決定を正当化する道具ぐらいに考えているのでしょうか。
地元の声を中央に届けることは、地方の政治家の役割の一つですが、結果として、日本近海の資源を破壊して、水産業を衰退され、沿岸地域の過疎化を進行させています。地域の水産業の振興に対して、中長期的な視点を持つ必要があります。
心情論一辺倒のマスメディア
マスコミ報道は、「漁師さんが困っている!!!」という心情論ばかりです。議論の前提となる資源状態などの情報については、まともに報じません。「増えた」「獲らせろ」「困っている」という漁業者の声を拡散するだけで、その妥当性や水産業の将来については、何も伝えません。マスコミ報道の見出しを並べてみました。
- スルメイカ漁・小型漁船停止継続 漁業者「何のための増枠か 早く漁に出たい」 2025.11.06 NHKニュース
- スルメイカ一転豊漁だが…漁できない 資源回復のための漁獲枠超過、小型船に停止命令 2025.11.06 東奥日報
- スルメイカ漁 停止継続 「漁師つぶす気か」「不公平」 県内小型船主ら 憤りと落胆 2025.11.06 東奥日報
- スルメイカ漁獲枠拡大 専門家「環境変化に科学的判断追いつかず 判断できる体制を」 2025.11.05 NHKニュース
- スルメイカ:スルメイカ増枠、からむ利害 漁獲量大幅増、初の停止命令 乏しい科学的根拠、決定過程に危うさ 2025.11.05 毎日新聞
- スルメイカ漁獲 再度増枠を検討 水産庁 漁期迎える漁業者救済 2025.11.05 岩手日報朝刊
- スルメイカ漁、再度増枠を検討 停止命令の漁業者救済、水産庁 2025.11.04 共同通信
- ◎スルメイカ漁獲枠拡大を要望=「死活問題」-函館市と羅臼町 2025.10.30 時事通信行政ニュース
- 小型イカ釣り全県休漁 全国の漁獲枠超過で自主規制 好漁さなか 県内業者困惑 2025.10.21 東奥日報 朝刊
マスコミは、「根拠が薄弱な科学に基づき、国が理不尽な漁獲枠を設定したせいで、豊漁なのに漁業者が困っている」というトーンです。一般人は、漁業の現場のことも、スルメイカ資源のことも、前提知識がありません。ほぼ唯一の情報源のマスメディアが、この体たらくでは、日本の世論が、持続可能性に無関心なのもしかたがありません。残念なことに、こういったマスメディアの世論づくりは、我々が思っている以上に、政治に負の影響を与えています。
政府は増枠に消極的だが…
地元政治家とマスメディアが、増枠のために働きかける一方で、政府は慎重な態度を維持してます。例えば、農水大臣も、副大臣も、漁獲枠を超過していない漁業への影響を危惧しつつ、すでに超過漁獲をしている漁業については、歯止めをかける方針です。政府が「漁師さんのためにバンバン枠を増やしますよ!」というようなスタンスではないのは救いですが、枠内に調整することを断念し、増枠を繰り返しているのは残念です。
漁獲枠超過で操業停止のスルメイカ漁 山下農水副大臣「とったもの勝ちみたいな形にならないように」青森県宮下知事「今の数量が本当に適性なものなのか検証必要」 青森県
安易な増枠を繰り返したことでモラルハザードが起こり始めています。まだ枠が余りまくっているにもかかわらず、富山県の漁業者が増枠を要求しているのです。日本海の来遊量は去年よりも少なく、水揚げは低調ですから、現在の枠が一杯になることは無いと思われますが、こういう要求に応え続ければ、漁獲規制など夢のまた夢です。
もちろん、自分たちが漁獲をしていないのに、他の漁業者が枠を無視して獲りまくり、増枠を勝ち取っていたら、不公平感を感じるのはわかります。でも、その不満は、枠を無視して獲っている漁業者に向けるべきであり、すでに過剰な漁獲枠を、さらに広げるように主張するのは間違いです。
スルメイカは、日本の漁業の縮図
今、スルメイカで起こっていることは、日本の水産業の構造的な問題の縮図です。獲れるだけ獲ろうとする業界。目先の票のことしか考えない陳情政治。資源状態などの情報を無視して、心情論で漁業者の肩を持つマスコミ。水産業や食卓の未来のことを誰も考えていません。結果として、日本周辺の水産資源は、ことごとく減少しています。例外は、国際機関が管理しているクロマグロぐらいです。

漁獲量(万トン)
生活がかかっている漁業者が、より多くの漁獲枠を求めるのは仕方が無いとしても、資源が超低水準であることを無視して、心情論一辺倒のお涙ちょうだい記事を乱発するマスコミや、水産庁に怒鳴り込んで地元に恩を売ろうとする政治家は有害です。これから先も日本の海の幸を食べ続けたいなら、一刻も早く方向転換すべきです。