Home > 研究 Archive

研究 Archive

ウナギをどう看取るか?

[`evernote` not found]

某生協から、「ウナギの消費について、俺の意見をききたい」という依頼があった。ウナギを取り扱うかどうかで、内部で議論をしたが、話がまとまらなかったので、俺の意見を参考にしたいというのだ。そのときに話した内容を簡単にまとめてみた。ウナギを食べるかどうかは、なかなか難しい問題だ。こうすべきという正解があるわけではない。そのことを踏まえた上で、一つの意見として読んでもらえれば幸いだ。

ウナギ問題を考える出発点として、日本のウナギ消費がどのような状態であったかを、把握する必要がある。ウナギについては、こちらのサイトが詳しいので、まず読んでほしい。このサイトに目を通したことを前提で、話を進める。

http://nationalgeographic.jp/nng/article/20120710/315508/

我々のウナギ消費の歴史を振り返るとこんな感じ

  • 60年台から、ニホンウナギの漁獲量は減少の一途をたどっていた
  • 今に至るまで、資源保護のための措置はとられていない。
  • 国産が減れば、北米+欧州から輸入
  • 資源は減っているのに、供給量は増えて、値段が下がるという異常な状態
  • 北米・欧州の資源が激減し、ほぼ禁漁に
  • 自国の資源のみに依存せざるを得なくなる
  • 価格の高騰→漁獲圧が強まる→4年連続でほぼシラスが獲れない状況

ウナギ漁業の現状

  • 減少要因が特定できない(河川開発とシラス漁の複合要因)
  • 国内の漁獲量すら把握できていない
  • 密漁の蔓延化
  • 中国・台湾との共同管理の難しさ

結論からいうと、ウナギは、もう詰んでいる。中国や台湾にも生息する広域分布種であり、共同して管理をする必要があるのだが、中国・台湾とは、会話のテーブルを準備したというような段階。実務レベルの協議が出来る状態にはほど遠い。日本単独で見たとしても、未だにシラスウナギの漁獲量すら把握できていない状況である(現在の漁獲量は報告された量を合計しただけで、シラスウナギの漁獲は、報告されないケースがかなりある)。日中台が協力して、これから禁漁したとしても資源が回復するかは微妙な情勢ではあるが、禁漁に近い措置を獲れる可能性はほぼ無い。

10年前なら、ニホンウナギを持続的に利用するという選択肢はあったかもしれないが、もうそういう段階ではない。「ニホンウナギの最後をどう看取るか」という段階である。今、我々がやるべきこと(できること)は、ウナギを反面教師にして、第二・第三のウナギを無くすことだ。水産物を持続的に消費するシステムを確立して、将来の水産物の消滅を食い止めることが重要である。

海の幸を少しでも良い状態で残していく。そのために何が出来るかをしっかりと考え、行動すること。それが、ウナギを食べ尽くしてしまった我々の、未来の世代に対する責任だと思う。

日本のウナギ根絶作戦が、ついに最終段階

[`evernote` not found]

ジャワうなぎ、日本へ 「世界最後の稚魚市場」から 東アジアでの激減背景に  (2013年04月20日)
東アジアでウナギ稚魚の不漁が続く中、ウナギ養殖のインダスト(熊本県玉名市)が、「ジャワうなぎ」の日本輸出を目指して奮闘している。西ジャワで養殖を始めて7年目。成果は実りつつあるが、日本人の口に合うウナギの育成が今後の課題だ。
中川勝也社長はインドネシアを「世界で最後の稚魚市場」と表現する。同社によると、世界で確認されているウナギの仲間18種のうち、7種が生息するインドネシア近海がウナギ発祥の地だと考えられており、稚魚は豊富だという。
ウナギの漁獲量が激減する日本での需要は大きい。日本のコンビニや流通業者から「早く届けてほしい」との要望が日に日に強くなっているという。
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/10643.html

1960年代から、日本国内のシラスウナギ漁獲量が減少した。日本は、資源回復の措置をとることなく、1990年代から、海外のシラスウナギを輸入する体制に移行した。持続性を無視した消費で、北米とヨーロッパのウナギを絶滅寸前まで食べ尽くし、自国のウナギ資源も絶滅危惧種になってしまった。

東アジア、ヨーロッパ、北米のウナギを食べ尽くした日本市場が、「世界で最後の稚魚市場」に食指をのばしている。もし、インドネシアのシラスウナギを大規模に利用するための準備が整ったら、このウナギ資源も、ニホンウナギ、アメリカウナギ、ヨーロッパウナギと同じ運命を辿るだろう。


 ニホンウナギの資源状態についてより引用

魚が無くなるまで食べ尽くし、余所の産地に移る。それを繰り返して、最後のシラスウナギの産地を潰そうとしている。日本人がやっていることはイナゴと同レベル。

「売れるものは、何でも集めてくる」商社と、「いま食えればそれで良い」という消費者。どちらも持続性なんて、これっぽっちも考えていない。無責任で恥知らずな乱消費をしておきながら、なにが「魚食文化」だ。へそが茶を沸かすよ。

持続性を無視した消費を続ければ、いずれは自分たちが食べるものがなくなるということに、日本人は気づかないといけない。

われわれが、いま考えるべきことは、「どうやって、世界最後のウナギ資源を開発するか」ではなく、「乱食を止めて、持続的な水産物消費に移行するには、どうしたらよいか」である。ウナギを反面教師にして、マグロを含む他の水産物を食べ尽くさないように、責任ある水産物消費へと舵を切らなければならない。

漁業資源と国境を守るために、日本は何をすべきなのか

[`evernote` not found]

1つ前の記事で、自国の乱獲を棚に上げて、中国を非難する日本のテレビ番組を批判しました。日本は過去に乱獲をしていたから、中国の乱獲を容認すべきという意図ではありません。「日本と中国のどちらが正しいか」という話ではなく、「どちらも正しくない」のです。日本の乱獲も、中国の乱獲も、出来るだけ早く止めるべきです。ただ、日本がまず取り組むべきは、国内問題である自国の資源管理であり、それをしない限り、中国との関係も変えられないと思うのです。

乱獲にはいくつか種類があって、それぞれ対処法や日本漁業への影響が異なっています。ざっくりと、以下の4つに分類して、それぞれの傾向と対策をまとめてみました。

1.日本の過去の乱獲

日本の過去の乱獲については、当時は乱獲を規制するルールがなかったし、1970年代までは、日本の動物性タンパク質の供給が足りていなかったのだから、当時としては仕方がなかった面もあるだろう。いまさら乱獲してきた過去を変えることはできない。乱獲によって多くの漁場を破壊してきたという事実を認めた上で、そこから学ぶことしかないのである。

2.日本が自国のEEZで現在も行っている乱獲

日本が排他的経済水域(EEZ)の水産資源の排他的利用権を得ているのは、国連海洋法条約のおかげです。日本は国連海洋法条約に批准することで、沿岸から中国船・韓国船を追い出して、自国のEEZで排他的に漁業を行っているのです。国連海洋法条約は、持続的管理の見返りとして、排他的利用権を認めています。「海洋資源は人類共有の財産なのだけど、管理人が必要なので、沿岸国が持続的に管理するなら、排他的に利用して良いよ」ということです。

日本は、EEZを排他的に利用しているにも関わらず、自国の乱獲は放置したままです。権利を享受しながら、義務を怠っているのです。日本政府は自国漁船の乱獲を取り締まる気などありません。「漁業経営に重要だから」とか、「安定供給も必要だ」とか、訳がわからない理由を並べて、乱獲を放置してきました。日本では、乱獲を規制する法律がほとんど機能していないので、乱獲をする日本の漁業者は違法ではないのですが、乱獲状態を放置し続けている日本政府の姿勢は、海の憲法と呼ばれる、国連海洋法条約の理念に反しています

日本の漁業が衰退している要因は、乱獲で間違いないのですが、乱獲の主体は日本の漁業者です。北海道や本州太平洋側は、日本一国で占有している漁業資源が大半ですから、国内漁業を規制すれば、日本漁業の衰退はかなりの部分を食い止められるわけです。日本政府がきちんと漁業管理をして、乱獲を抑制すれば、日本の漁業は持続的かつ生産性な産業に生まれ変わります。

3. 中国が日中暫定水域で行っている乱獲

まずは、日中暫定水域について説明をします。1997年に締結された日中漁業協定において、日中の双方が領有権を主張している場所には、暫定措置水域が設置されています。暫定措置水域内の漁業には次のような取り決めがあります。

  • 日中双方の漁船が相手国の許可を得ることなく操業できる
  • 操業条件は、日中共同漁業委員会が決定する
  • それぞれの国が、取り締まり権限を持つのは、自国の漁船のみ
  • 相手国の違反を発見した場合には、漁船に注意喚起すると共に相手国に対して通報することができる

今、暫定水域で操業をしているのはほとんどが中国船です。日本船は数える程度しかいない。規制をしたところで、日本漁船には影響がほとんど無いのです。日本は、乱獲で資源を潰しておきながら、自国の漁船が撤退したら「規制を強化しよう」と提案しているわけです。欧米の捕鯨国と、何ら変わりがありません

では中国が日本の提案を飲むかというと、飲むわけがない。中国にとって、撤退済みの日本と共同管理をするメリットは何もないのだから。日本国内でいくら中国を非難したところで、外交的に見れば、何の得にも成りません。はっきり言うと詰んでいるわけです。

4.  中国の日本のEEZ内での違法操業

これは問答無用の違法操業ですから、中国当局と連携して、きちっと取り締まらないといけない。 漁船の監視には、Vessel Monitoring Systemという機器の導入を義務づけるのが効果的です。これは1時間に1度ぐらいの頻度で漁船の位置情報を管理当局に強制的に報告する装置です。すでにほとんどの漁業先進国では導入が義務づけられています。ちなみに、ロシア領で操業をする日本漁船にはすべてVMSの導入が義務づけられています。日本近辺で操業する中国船にはVMSの導入を義務づけるべきです。

合法? 対応可能性 日本漁業への悪影響 管理主体 やるべきこと
1 日本の過去の乱獲 × 過去の失敗に学ぶ
2 日本が自国のEEZで現在も行っている乱獲 × 日本政府 自国の資源管理
3 中国が日中暫定水域で行っている乱獲 地域漁業管理期間 公海での管理の枠組みをつくる
4 中国の日本のEEZ内での違法操業 × 日本政府と中国政府 中国政府と連携して取り締まりの強化

結局、日本は何をすべきなのか?

日本の国益(漁業資源と国境の維持)という観点から、未来志向で何をすべきかを整理してみよう。

優先順位が一番高いのは、日本のEEZの資源管理をすることです。日本の漁業が衰退している主要因は日本漁船による乱獲。たとえば、スケトウダラやハタハタの例を見ればわかるように、今のまま乱獲を放置し続ければ、中国漁船がいなくても、日本漁業の消滅は時間の問題です。自国の漁業管理は、完全に国内問題ですから、これが出来ていないのは政府の怠慢。日本は実に幸運なことに世界第六位の広大なEEZをもち、その中に世界屈指の好漁場がすっぽり含まれている。国内漁業の規制をするだけで、太平洋・北海道の漁業の生産性は改善できる。また、日本海側にしても、日本のEEZでほぼ完結する資源は多い。ちゃんと手入れをすれば、自分の庭から大きな利益が期待できるのである。こんなに恵まれた国はなかなかない。たとえば、ノルウェーは水産資源のほとんどをロシアとEUと共有している。苦労して国際交渉をしながら、資源管理をしている。ちなみにノルウェーがEUに加盟しない理由の一つが水産資源管理です。ノルウェーはEUの資源管理(共通漁業政策)よりも、かなり進んだ資源管理を行っています。自国の資源管理をEU水準に落として、漁業の生産性を下げたくないのです。

日本がやるべきことは、ノルウェーやニュージーランドのような資源管理先進国の成功から謙虚に学び、資源管理をすることです。つまり、産卵親魚の保護と、未成魚の漁獲規制をすると言うこと。こういった当たり前のことをしないで、国内の乱獲を補助金で支えているから、日本の漁業が衰退するのは当たり前です。政治家も官僚も、国内の漁業者から猛反発を受けるので、自国の乱獲という国内問題を避けてきました。「日本の漁業者は意識が高くて、自分たちで資源管理をしているから、公的機関は何もする必要が無い」という神話を作り出して、何もせずに今に至っています。日本の漁業が衰退しているのは、中国のせいではなくて、日本の責任です。

日本の国境を守るには、離島の漁業を守る必要がある

離島に日本人が住んでいる限り、その島が日本の領土であることは疑問の余地がない。しかし、無人島になってしまえば、そこを守るにはコストがかかるし、実効支配されたら打つ手がなくなってしまう。日本の領海を守るには、離島に日本人が住み続ける必要がある。そのために、欠かせないのが離島の雇用です。

離島の基幹産業は、バブル期までは建築業でした。離島に補助金をつけて、誰も通らないような道や誰も使わないような港や公園を作りまくったのである。島の人口の半分以上が建築業で、観光資源の自然を公共事業で破壊しているようなケースが多かった。バブル崩壊以降、公共事業が縮小された関係で、建設業の雇用が減っている。残された産業は漁業と観光ぐらいしかない島が多い。

日本海側の離島の漁業には、中国・韓国との競合が少なからぬ影響を与えているのは事実です。しかし、離島の漁民の悩みの種は、日本本土の大型船による乱獲です。日本の漁業従事者のほとんどは沿岸漁業者であり、9トン程度の小型船で日帰りで漁に出る。つまり、日本のEEZ内で操業をしているのです。かつて八丈島にはサバ棒受け網漁業が栄えたのですが、日本の巻き網船のサバ未成魚を乱獲によって、漁場が消滅し、漁業自体が消滅してしまいました。巻き網漁船の乱獲によって、日本海の一本釣り漁業は窮地に立たされています(参考:壱岐漁業者インタビュー)。

韓国との国境の島である対馬でも、漁業は厳しい状況の置かれているのです。先日、対馬市が島の漁業者を集めてワークショップを行ったのですが、日本本土の巻網船をなんとかしてほしいという声が大きかったです。対馬の周辺漁場に魚群がまとまると、長崎あたりから大型巻き網船が来て、根こそぎ魚を持って帰ってしまうのです。中国船・韓国船は暫定水域までしか入れないのですが、日本の大型船は、対馬の沿岸3マイルまで入って操業できるので、地元の小規模漁業に多大な影響を与えています。対馬では大型船の線引きをもう少し外にしてほしいと、陳情していますが、何十年も放置されたままです。島の基幹産業である漁業がこのまま衰退していけば、対馬には韓国の観光地として生き残る以外の選択肢がないでしょう。国防の観点から、離島の漁業を守るのは、国益上重要ですが、そのためにまずやるべきことは、国内の資源管理なのです。

 中国の膨張を止めるには・・・

中国漁船の規制は、相手があることだから、日本の思い通りには進みません。中国政府は、日本政府よりは、資源の重要性を理解しているので、近いうちに漁業管理を始めるはずですが、その際には、国内の規制として進める可能性が高い。共同水域の漁場をすでに実効支配している現状で、中国にとって、日本と共同管理をするメリットが無いからです。この海域の資源管理秩序を日本主導で打ち立てるには、日本が実効支配していた時期に、手を打っておく必要がありました。残念なことに、当時の日本政府は、自国の漁船に出来るだけ多くの魚を捕らせることしか考えていませんでした。まあ、今も似たようなものだけど・・・

日中漁業協定については、こちらのサイトが詳しいです。1975年の漁業協定はつぎのようなものでした。

中国沿岸部よりに6つの漁区が設けられ,そこでの底引き網・まき網漁業について船舶の隻数や網目に関して制限が設けられている。これは以前から懸念されていた日本側漁船の中国沿岸における乱獲,およびそれに伴う資源枯渇を意識したものであり,当時の日本漁業の中国漁業に対する圧倒的な優勢を前提としたものであった。

つまり、「中国の沿岸は手加減してやるけど、沖合は俺たち日本が好きなように獲るよ」という協定だったのです。この時期に「この海域の資源をしっかりと共同管理しよう」と日本が提案していれば、ほとんど操業実績が無い中国は、一も二もなく賛成をしたでしょう。その当時に、「過去の漁獲実績ベースで、漁獲量を厳しく規制する」というような枠組みをつくっておけば、中国漁船はそう簡単に進出できなかったはずです。今となっては、後の祭りだけど。

歴史は繰り返すと言いますが、1960年代に日本が世界中でやっていたことを、今度は中国からやられているのです。ノーガードで打ち合っても、コストが高い日本漁船に勝ち目はありませんし、その前に資源が崩壊するでしょう。漁場を実効支配されている中国には、日本のために妥協をするメリットがないのだから、一筋縄ではいかない。中国の乱獲に対する日本国内の世論をいくら高めたところで、中国サイドから見れば「負け犬の遠吠え」です。

ただ、方法が全くないわけではありません。日本は自らの苦い歴史から学べば良いのです。中国の膨張を食い止めるには、欧米諸国が日本漁業を封じ込めるときにやったことをやればよい。つまり、資源の持続性や生態系保全という大義名分で、他の先進国と共同戦線を張って、規制を導入させるのです。これ以外に選択肢はないでしょう。残念なことに、日本の水産外交は全く逆のことをしています。ワシントン条約の締約国会議でも、中国と組んで、ありとあらゆる規制に反対をしています。日本漁船の国際競争力は低下しており、自由競争をして勝てる状況にないのに、すべての規制に反対をして、中国の膨張をアシストしているのです。追われる立場になっているのに、追う側と一緒になって、規制に反対しているのだから、つける薬がありません。

生態系保全の必要性を国際世論に訴えるには、自国の乱獲を止めるのが必要条件です。海外では、日本の乱獲はよく知られているので、今のままで問題提起をしても、「まず、おまえが乱獲を止めろ」と鼻で笑われるのがオチです。

結論

日本政府は、資源管理をして、自国の乱獲を止めさせること。それにつきます。自国の漁業を規制すれば、日本漁業が抱える問題の多くは解決します。逆に、自国の乱獲を放置したまま、中国を非難していても、国際世論の支持は得られないし、日本の漁業が衰退して、離島が浸食されていくのは時間の問題です。

俺が出演した回のさかなTVがYoutubeにアップされました

[`evernote` not found]

先週、ニコ生で放映されたものと同じ内容ですが、こちらは、どなたでもごらんになれます。

話の内容はこんな感じです。

  • 日本の漁業は、乱獲で自滅をしている
  • 国の漁獲規制は全く機能していない
  • きちんとした規制をすることで、漁業の生産性は大幅に改善できる

予定通り、北海道日本海側のスケトウダラ資源が減少し、漁業が消滅の危機

[`evernote` not found]

北海道日本海側のスケトウダラが激減しています

スケトウダラは、北海道で重要な水産資源の一つであり、ニシンがほぼ消滅した現在は、スケトウダラに依存した漁村も多い。同じスケトウダラでも、産卵場や生育場所が異なる複数の群れが存在し、それを「系群」と呼びます。日本周辺には、

  • 太平洋系群
  • 日本海北部系群
  • 根室海峡系群
  • オホーツク海南部系群

の4つのスケトウダラの系群があります。このうち日本海北部系群の資源が極度に悪化しているのです。

資源量が減って、漁獲割合が上がる?

漁業資源の状態は、独立行政法人 水産総合研究センターによって、まとめられています。

http://abchan.job.affrc.go.jp/digests24/html/2410.html

1990年代後半から資源が直線的に減少し、底引き網、延縄ともに撤退が相次いでいます。1997年から、国によって漁獲枠が設定されて、漁業者がそれを守ってきたにも関わらず、「北海道の日本海側に漁業者がいなくなるかもしれない(漁業者談)」というような事態になっているのだ。

ここで、着目して欲しいのは上の図の漁獲割合(赤丸線)です。1997年から、2007年まで、漁獲割合が増加している。普通に考えれば、漁獲にブレーキをかければ漁獲割合は下がるはずなのに、スケトウダラの場合は、資源が減少するのと並行して、漁獲割合が上がっていったわけです。資源が減ってもブレーキをかけるどころか、アクセルを踏んでいたことになります。

科学者の勧告

詳細な資源評価(アセスメント)はここにあります。このPDFの2ページ目の管理シナリオの一覧を見てください。

重要なポイントは、下から二行目です。親魚量の維持が0.44Fcurrentとあります。これは、現在の親魚水準を維持するには、漁獲圧を現在の44%の水準まで落とす必要があることを意味します。いまだに、資源量を維持できる水準の倍以上の漁獲圧をかけているのだから、資源が減るのは当然でしょう。ちなみに、この年の科学者の勧告した漁獲量は下から3番目の7.7千トンでした。現在の資源量はあまりにも低水準なので、回復の必要がある。かといって、急激な漁獲の削減は現実的に難しい。そういうことで、(わずかでも親魚量を増大)というシナリオを選んだものと思われます。

持続性を無視する漁獲枠設定

これに対して、水産庁がどのような漁獲枠を設定したかという資料がこれ( 水産政策審議会に水産庁が提出した資料) → 24年漁期TAC(漁獲可能量)設定の考え方(PDF:101KB)

科学者が勧告したABC(生物学的許容漁獲量)0.77万トンのところを、水産庁が提案した漁獲枠は1.3万トンですよ。毎年、大勢の研究者が集まって、時間をかけて資源評価をしているのに、まるで無視。

水産庁が示した漁獲枠の根拠は次の通り。

【日本海北部系群】 資源回復計画(努力量削減、小型魚保護等)と組み合わせた資源管理を実施。資源が低位で横ばい傾向にあり、漁業経営におけるスケトウダラへの依存度が高いことを踏まえつつ、TAC(案)は23年漁期と同量の13,000トンとする。(北海道知事管理分の一部(1,000トン)については留保)

「資源が低位で、漁業経営における依存度が高いから、持続性を無視して良い」というロジックが私には理解不能です。審議会に出席している有識者のどなたかに突っ込みを入れてほしいところですが、鰈にスルーされています(第55回資源管理分科会議事録)。唯一、佐藤委員が「前年同期と同じ1万 3,000 トンというような書き方なのですが、基本的には、歯止めをかけるのであれば、もっと少ない方がいいかなとは思うのですけれども、経営のことがございますので、やむなしと思っているのです」と、水産庁の決定に理解を示したのみでした。今年のTACを決める会議は、平成25年2月22日に開催されましたが、ABCが7.6千トンで、TACが1.3万トンでした。状況は何ら変わっていないのです。

平成18年から、平成25年までの科学者の勧告(ABC)と日本政府が設定した漁獲枠(TAC)をグラフに示すとこうなります。本来は、科学者が勧告した漁獲量(青い棒)の範囲で、漁獲枠(赤い棒)を設定しないといけないのですが、そうなっていません。みごとに、資源の持続性を無視してきたことが、よくわかります。日本では、資源管理の名の下に、このようなことが行われているのです。

日本では国が漁獲枠を設定しているのはたったの7魚種しかありません。そのうちの一つがこのスケトウダラです。数少ない資源管理対象であっても、国が持続性を無視した漁獲枠を設定したせいで、残念ながら、資源を守ることができませんでした。

魚が減るとわかっている漁獲枠を設定し続けた結果、順調に魚が減ったのだから、「予定通り」です。「漁業経営のため」といって、乱獲を放置して、漁業自体をつぶして、いったい誰の得になるのでしょうか。水産庁という組織が、日本の漁業をどうしたいのか、私には全く理解不能です。

資源回復計画が予想通り破たんして、青森県のイカナゴが禁漁となった

[`evernote` not found]

青森県でイカナゴが禁漁となった。この背景について、考えてみよう。

毎日新聞: イカナゴ:全面禁漁へ 春の味覚、乱獲で激減 陸奥湾6漁協、特定魚では初 /青森
陸奥湾でとれる春の味覚「イカナゴ(コウナゴ)」が乱獲などで激減していることを受け、県と湾内6漁協は今春から、全面禁漁することで合意した。当面、禁漁期間は定めないまま資源量の回復を待つ。
昨年の湾内の資源量は1000万匹以下とみられ、県は3億匹まで回復させることを目指す。

 湾内でのイカナゴの漁獲量は73年の約1万1745トンをピークに減少が続き、昨年は約1トンまで落ち込んだ。漁獲金額も77年の約11億円から昨年は約40万円に減っている。海水温の低下でイカナゴが育ちにくくなったことや乱獲が原因とみられる。
http://mainichi.jp/area/aomori/news/20130214ddlk02040018000c.html

東奥日報: 陸奥湾イカナゴ、今春全面禁漁
禁漁措置について、脇野沢村漁協の千舩五郎参事は「ここ数年、ほとんど漁獲されず、ここまで落ち込めば禁漁はやむを得ない」、三厩漁協の廣津長一参事は「イカナゴの稚魚を餌にする他の魚種の漁獲にも影響するためイカナゴの資源回復は重要」と話した。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2013/20130213110002.asp?fsn=eb33f76037153e93cde084f7e7644d6f 

「青森県のイカナゴが減少をしたので、資源回復のために禁漁します」 ということなんだけど、以下の2点に注意してほしい。
1) 親魚量が適正水準の1/30まで減少している
2) 漁獲がほぼ成り立たない水準(県全体の生産金額が40万円) まで落ち込んでいる
ようするに、漁業が成り立たなくなって、禁漁してもしなくても、変わらないぐらい魚が減ってから、ようやく禁漁にしたのである。ノーブレーキで壁に激突してから、ブレーキを踏んでいるようなものです。これをもって、美談とするのは大間違い。むしろ、「なんでここまで減らしたのか」を考えて、再発防止をしないといけない。

イカナゴ資源の減少は、かなり前から問題になっていた。2007年から、 「青森県イカナゴ資源回復計画」が行われていた。行政と漁業者が、資源回復に努めていた(はずの)資源がここまで、減ってしまったのである。

青森県がウスメバルとイカナゴの「資源回復計画」を作成
青森県は日本海、陸奥湾、津軽海峡海域のウスメバルに関する「青森県ウスメバル資源回復計画」、陸奥湾湾口周辺海域、白糠・泊地区周辺海域のイカナゴに関する「青森県イカナゴ資源回復計画」を作成し、2007年3月28日付けでこの2つの計画を公表した。
「資源回復計画」は悪化傾向にある日本周辺水域の水産資源の回復を漁業関係者や行政が一体となって取組むために策定されるもので、複数県にまたがり分布する資源については国が、分布が一都道府県内にとどまる場合は都道府県が計画を作成することになっている
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=15742

資源回復計画の概要はここにある。(水産庁は頻繁にURLを変えるので、リンクが切れていた場合は、”青森県” “イカナゴ” “資源回復計画”で検索してください。)

http://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_keikaku/pdf/aomori_ikanago.pdf

できれば内容に目を通してほしいのだけど、資源回復計画が策定された当時の状況を見てみよう。

長期的な漁獲量のトレンドは、下図のようになる。1980年代から、1990年代中ごろまでの不漁は、マイワシが増加した影響だろう。1990年代中ごろに、マイワシがいなくなって、イカナゴに努力量がシフトして、すぐにイカナゴの漁獲量が減少を始める。1997年から2006年までに漁獲量は5%程度まで減少をしている。6年前には、すでに、何らかの資源回復措置が必要という共通認識が、行政にも漁業者にもあったのだ。

 

資源回復計画の目的は、産卵量の確保であった。イカナゴの産卵数と新規加入個体数には次のような関係がある。産卵数が5兆粒を下回ると、翌年の加入資源尾数(卵の生き残り)が減少するという傾向が見て取れる。この資源を持続的に有効利用するには、良好な加入が期待できる5兆粒以上の親を残しておくことが望ましいのである。この産卵量を維持するのに必要な親の量は3.5億尾となる。この分析自体は、非常に良いと思う。問題は、そのための措置が取られなかったことである

 

回復計画を作った時点で、「2006 年の親魚数は1.1 億尾であり、漁獲努力量を維持した場合、10 年後の親魚数が0.3 億尾に減少する」ということはわかっていた。資源量は適正水準を下回っているうえに、漁獲圧は非持続的な水準であった。明らかな乱獲状態である。本来は、漁獲圧を下げて、親魚量を回復させなければならなかったのは明白である。

県水産総合研究センターの資源解析のシミュレーションでは、イカナゴ資源を回復するためには少なくとも現在の漁獲努力量から3 割削減する必要があると予測された。しかしながら、このような大幅な削減措置を行った場合、漁業者には多大な負担を強いることとなり、漁業経営を極度に圧迫するおそれがあるため、漁期の短縮や操業統数の制限により漁獲努力量を削減し、産卵親魚を保護することにより、イカナゴ資源の減少傾向に歯止めをかけ、過去3 ヵ年(2004 年~2006 年)の平均漁獲量600 トンを維持することを目標とする。

漁獲圧を削減するときに、普通の先進国では、漁獲枠を削減する。というのも、現在の漁船の性能をもってすれば、少数の漁船で、減少した資源を短期的に獲りきることが可能だからである。漁期の短縮や操業統数の制限は、実質的な効果があまりないというのは、我々の世界の常識である。

こういった実効性の低い緩い措置が日本では主流である。その理由は、実効性が低い措置は、漁業者からの反発もすくないからである。日本では、補償金と引き換えに、こういった緩い措置を導入して、「資源管理をしていることにする」のが一般的だ。

で、どうなったかというと、こうなったわけだ。

一直線に減少し2012年の漁獲量は1トンで、生産金額は40万円。さすがにここまで減ると、市場でも扱いづらい。ということで、実質、漁業は崩壊したといってもよいだろう。「600トンの漁獲量を、400トンまで減らすのは、漁業経営を極度に圧迫する」からといって、10年もしないうちに漁業自体を消滅させてしまったのだ。

資源回復計画は、実効性のない取り組みをして、やっているふりをしているだけ。「資源管理」ではなく、「資源管理ごっこ」だから、効果はない。そんなことは、やる前から、わかりきっていたことだけどね。

資源回復計画はなぜ失敗するのか?(2007年に書いたブログの記事です)
http://katukawa.com/?p=383

日本は、漁業者が困るからと言って、乱獲を放置して、漁業を衰退させている。資源の持続性に対して責任を負うべき行政の無作為が、産業の衰退を招いてきたのである。

海外の資源管理はどうなっているかというのは、こちらを参考にしてほしい。

ノルウェー式の資源管理は日本の水産資源復活に直結するか?
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2518?page=3

アイスランドのシシャモ漁業は、取り残すべき親の量(赤線)を維持できるように漁獲枠が決まっている。

アイスランドのシシャモは、2008年の漁獲シーズンに、資源量が少ないので禁漁という情報が流れました。しかしこの時も、禁漁になることに対して漁業者が大騒ぎするわけではなく、資源量が少ないので「回復を待たねばならない」という意識が強かったのが印象的でした。日本であれば「魚はいる!獲らせろ!」と大騒ぎになるケースであったことでしょう。

アイスランドの場合は、ちゃんと赤の線が維持できるように漁獲枠の削減をしたから、すぐに資源が回復した。アイスランドは、網を引けば魚がいくらでも獲れる時期に禁漁をしている。ノルウェーもシシャモが減ったらすぐに禁漁だし、ニュージーランドに至っては、漁業者が「資源回復のために漁獲枠を減らせ」と主張して、政府に漁獲枠を削減されせている。魚が獲れなくなってから禁漁をする日本とは根本的に違うのである。

読者の皆さんにも考えてほしい。漁業者がかわいそうだからと言って魚がいなくなるまで規制をしなかった日本と、資源の持続性を守るために魚がいるうちにきちんと規制をしたアイスランドと、どちらの漁業者が本当にかわいそうだろうか。ちなみに、アイスランドの漁業者は、儲かって、儲かって仕方がないようですよ

クロマグロに関する報道の内外格差の検証:クロマグロは増えていて、安くなるのか?

[`evernote` not found]

太平洋クロマグロを管理する国際機関WCPFCのレポートのドラフトが公開されました。例によって、例のごとく、国内外で報道の方向が180度違います。

太平洋マグロ、規制継続なら20年で3・6倍に
読売新聞(2013年1月10日09時22分) 

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130109-OYT1T00226.htm

日本近海を含む太平洋産のクロマグロ(親魚)が、2030年までに最大で10年の3・6倍に増える可能性があるとの予測を、漁業管理機関「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」の科学委員会が8日公表した。
日本で消費されるクロマグロのうち、太平洋産は約7割を占めている。資源量の増加は、将来的な価格下落につながる可能性もあり、日本にとっては朗報といえそうだ。

web魚拓

太平洋のクロマグロは2030年に3・6倍に 国際委員会が予測、現行水準で規制続けば
産経新聞(2013.1.10 18:34)  

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130110/biz13011018360038-n1.htm

中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の科学委員会が、太平洋クロマグロの漁獲規制が現行と同水準で続けば、2030年には親魚の資源量が10年水準の約3・6倍に増える可能性があると予測したことが10日、分かった。

日本で消費されるクロマグロの7割弱は太平洋クロマグロ。資源量が増えて漁獲規制が緩和されると、価格下落につながる可能性がある。

科学委員会は8日公表した報告書で、10年の親魚の量が2万3千トン弱と歴史的な低水準にあると指摘した。

web魚拓

どちらも同じような「増えるよ、安くなるかもね」という大変に楽観的な論調。産経新聞が現在の資源量が低いことにさらっと触れているが、読売にはそれすら無い。

一方、同じ報告書を元にした海外発のニュースはこんなかんじ。

太平洋クロマグロの資源量急減、漁獲規制が不十分-環境団体
ブルームバーグ(2013/01/09 13:42 JST)

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MGCAA86KLVS001.html

太平洋クロマグロの資源量は過剰な漁獲が影響し、漁獲しなかった場合の水準を96.4%下回っているとピュー環境グループが指摘した。

詳しくはリンク先を全文読んでほしいのですが、全く違う論調です。実はこれ同じ報告書を元にしているのだから、驚きですね。どこを抜き出すかによって、読み手に全く異なる印象を与えることができるのです。

 

実際に、報告書を見てみよう

ソースによって内容が大きく違う場合は、一次情報に当たるのが鉄則。ということで、報道の元となった報告書の中身を見てみよう。公開文書ですので、こちらからダウンロードできます。

http://isc.ac.affrc.go.jp/pdf/Stock_assessment/Final_Assessment_Summary_PBF.pdf

英語だし、専門用語が多いので、要点となる部分を説明します。

太平洋クロマグロの資源状態については、3ページ目の 4. Status of Stockに重要な記述があります。

Although no target or limit reference points have been established for the Pacific bluefin tuna stock under the auspices of the WCPFC and IATTC, the current F (average 2007-2009) is above all target and limit biological reference points (BRPs) commonly used by fisheries managers (Table 2), and the ratio of SSB in 2010 relative to unfished SSB is low (Table 3).

地域漁業管理機関WCPFC・IATTCは、太平洋クロマグロ資源の管理目標となる指標を何も示していないのだが、現状の漁獲圧(2007-2009の平均)は一般的に利用される管理指標のすべてを上回っており(Table 2)、漁獲が無かった場合と比較した産卵親魚量(SSB)も減少している(Table 3)。

少しでも専門知識があれば、これを読んだだけで「こりゃ駄目だ」とわかります。それぐらいダメダメなのです。どこがどう駄目かを、3つのポイントに絞って説明しましょう。

1)管理目標を設定していない

目標の設定は資源管理の大前提です。「資源をどういう状態に維持します」という目標があって、「ではどうする?」という議論ができる。

たとえば、大西洋の水産資源を管理するための機関であるICESは、資源量を目標値(Bpa)以上に、漁獲圧を目標値(Fpa)以下にするという明確な方針がある。資源量が目標値を下回った場合、および、漁獲死亡が目標値を上回った場合には、速やかに漁獲圧を削減する。このように、維持すべき目標があって、初めて、迅速な管理措置がとれるのです。「太平洋クロマグロには、管理目標すらない」というのは、管理が体をなしていないことの証です。

2) 現状の漁獲圧は一般的に利用される管理指標のすべてを上回っている

乱獲には、乱獲行為と乱獲状態という2つの形態がある。

乱獲行為: 非持続的な漁獲圧をかけること
乱獲状態: 生物の生産力が損なわれる状態まで資源を減らしてしまうこと

肥満にたとえると、カロリーのとりすぎが乱獲行為。健康に害がでるほど太ってしまうことが乱獲状態ということになる。カロリーを取り過ぎたからといって、必ずしもすぐに肥満になるとは限りません。乱獲行為と乱獲状態は分けて考える必要があります。漁業資源の管理の場合は、漁獲圧を強くしすぎない(乱獲行為の回避)、産卵親魚を減らしすぎない(乱獲状態の回避)、という2点が重要です。

乱獲状態の指標には、いろいろな考え方があるのですが、一般的なものを並べてみるとTable 2のようになります。

FmaxやFmedなどが、一般的に利用されている管理指標です。表の数値はこれらの管理指標と現在の漁獲圧の比を表しています。値が1よりも小さいということは、現在の漁獲圧が管理指標よりも大きいことを意味します。太平洋クロマグロの場合は、一般的に利用されいている管理指標を上回っているので、乱獲状態にあると言えます。管理指標にもいろいろあるのだけど、一般的にはF0.1, F30%, F40%が採用されます。たとえば、F30%のところには0.35という数字があります。これはF30%という管理指標を採用するなら、漁獲圧を現在の35%まで削減する必要があることを意味します。

Table2のなかで、注目してほしいのがFmedです。Fmedというのは、過去の平均的な条件で資源が平衡状態になる漁獲圧なので、現状の漁獲圧がFmedを上回っているということは、過去の平均的な環境のもとで、資源は減少することを意味します

3) 現在の産卵親魚量は、漁獲が無かった時代の3.6%まで減っている

クロマグロがどのぐらい減っているのかというのは、最後のページのTable 3をみるとわかります。

この表の右から2番目のDepletion Ratioというのが、漁獲が無い時代の親の量と2010年の親の量の比です。Run1からRun20まであるのは、シミュレーションの設定による違い。 自然死亡など、正確な値がよくわからないパラメータがたくさんあるので、様々な可能性を検討するために、20のシナリオを作って、シミュレーションをしているのです。20のシナリオの中で、現時点で一番もっともらしいと考えられているのが、ベースケースのRun2です。この場合、資源量は未開発時の3.6%まで減少していることになります。どんなに楽観的なシナリオでも5.4%、悲観的なシナリオだと2.1%まで減っているのです。

一般的な水産資源管理では、産卵親魚量は、未開発時の40%から50%を維持すべきと言われています。その水準を下回ったら漁獲規制を厳しくして、未開発時の20%を下回ったら禁漁にするというのが一般的な考え方です。10%を下回ったら、資源崩壊と見なされます。太平洋クロマグロの場合は、其れを遙かに下回る資源状態で、Fmedを上回る漁獲圧をかけているのだから、あまりにも非常識かつ無責任です。

2030年までに3.6倍に増えるとか言ってますけど、3.6%が3.6倍に増えても、未開発時の13%です。「資源が乱獲状態を脱した」というには、未開発時の40%程度まで回復させる必要があります。今からちゃんと漁獲規制をしたとしても、俺が生きている間にそこまでたどり着けるかどうか・・・。

そもそも、乱獲されていない資源は、短期的に3.6倍には増えません。未開発時の40%までしか減らしていなければ、禁漁をしたところで2.5倍にしか増えないのですから。

日本のメディアは、なぜこのレポートを元に、楽観的な報道をできるのか?

レポートの内容を見ていくと、太平洋クロマグロの悲惨な状態がわかると思います。このレポートをみてもため息しか出ませんでした。レポートでも、資源は乱獲されているという明記されています。

このレポートをもとに「クロマグロが、3.6倍に増える。安くなるかも!」という記事を書ける日本のメディアはなんなんでしょうね。救いようが無いことに、業界紙を含む国内メディアの大半が、足並みをそろえて、同じ論調の報道をしました。「3.6倍に増える可能性が示された」というのは嘘では無いのですが、前提となる悲観的な情報を取り除いて、その部分だけを楽観的に伝えるのは、世論操作と言っても良いと思います。消費者が資源の減少について知らされないまま、持続性を無視した消費活動を続けていけば、食卓から魚が減っていくのはやむを得ないと思います。

産経新聞にツッコミを入れつつ、まぐろ養殖業について、まじめに語ってみた

[`evernote` not found]

「近大マグロ」庶民の味になるか 天然と遜色なし「ほとんど区別がつきません」
産経新聞 12月23日(日)12時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121223-00000513-san-bus_all

養殖業を否定する気は無いし、マグロ養殖が持続的な産業として、発展してほしいと思っている。マグロ養殖業の現状について、正しく知ってもらうために、情報を整理してみよう。

1)タイトルと記事の内容が一致していない

「庶民の味になるか」というタイトルなのに、本文には、安くなる要素が示されていない。むしろ、高止まりするという内容ばかり。産経新聞的にはどっちだと言いたいのだろうか。

  • ブランドの知名度も上がっており、意外と高値のままかもしれない!?
  • 脂の乗り具合もきわめて良いことから高級」とされ、高値で取引される。
  • 業界関係者は「有名になってきたことで取引が活発化すれば、値段は意外と安くならないかも」と推測する。

新聞の報道記事で、タイトルと本文の内容が逆というのは、いただけないですね。

2)天然と養殖の味が違う

気になる養殖クロマグロの味だが、「天然のマグロと食べ比べましたが、遜色(そんしょく)は全くなく、ほとんど区別がつきませんでした」とサントリーHDの担当者は打ち明ける。クロマグロの体長は大きなもので3メートルを超え、重さは400キロにもおよぶ。脂の乗り具合もきわめて良いことから高級」とされ、高値で取引される。

運動不足でメタボな養殖マグロと、常に運動をしている天然マグロは、味的には別物です。天然ものでも、脂ののりは時期によって大きく異なります。境港のクロマグロは産卵場で産卵群を漁獲するので、脂が抜けている。冬に北で獲れるマグロは、腹の部分を中心に一部に脂がのるが、ほとんどが赤み。もともとトロは、ほんの一部だからこそ、珍重されてきたのです。それに対して、畜養は運動不足な状況で、餌を多く与えるので、腹ばかりか背中までトロのようになる。

脂の量: 養殖>>>天然(冬)>天然(産卵期)

 天然よりも脂が多いから養殖はダメかというと、そうではありません。脂が多い方が日本市場で価値が出るから、わざわざそういう育て方をしているわけです。養殖マグロの脂の多さは商品価値なわけです。ただ、味や食感が違うので「遜色が無い」というは無理があるように思います。むしろ、脂がたっぷりと言うことをアピールすれば良いだけの話だと思うのですが。

俺の個人的な感想としては、養殖マグロが天然とはべつものだけど、なかなか美味しいと思う。「養殖マグロはイワシ臭い」と言う人もいるけど、俺はそう感じたことはないな。養殖マグロのトロは脂が多すぎて苦手なのだけど、赤身の部分はほどよい脂で美味しいと思います。技術革新があるので、味は年々向上しているので、今後が楽しみです。

養殖は天然とは、良くも悪くも別物。養殖は天然と比べて様々なコストがかかるのだから、養殖ならではのメリットを明らかにして、差別化をする必要があるわけです。

養殖のメリットとしてはこんな感じ。

1) 時期を選べる(多少しけても出荷できる)
2) 処理の最適化
3) 脂ののりを調整できる

在庫管理とQCが出来ると言うことです。安定供給が重要な取引先からは重宝されるでしょう。

養殖マグロの水揚げを見学したことがあるのですが、なかなか面白いですよ。いつもと同じように餌やるのだけど、餌の中に針をしこんだものを混ぜておく。マグロが針を食べたら、糸を通して針に電気をびりっと流して、感電したマグロを釣り上げる。マグロが気絶しているうちに、神経抜きをして、えらわたを抜いて、氷漬けしてしまう。この作業はほんの一瞬。泳いでいたと思ったら、次の瞬間には処理されてしまうのだから、鮮度は抜群です。天然はなかなかこういう風にはいかない。一本釣りは、釣ってから、船に上がるまで、長時間、魚と格闘をする。その間に、魚は疲れるし、必死で泳ぐから体温が上がる。築地のまぐろ屋いわく、大間のマグロは半分ぐらい焼けているらしい。当たり外れがあるわけだ。また、船によっては魚を冷やし込むスペースが無いので、そのまま船の脇にぶら下げて港に帰ったりする。巻き網の処理はさらに遅くなる。網みの中で大暴れした後、一昼夜かけて港まで帰る。それから慌てて、処理をする。境港のマグロは、港に着く頃はすでに冷凍できる状態では無い。

素早く適切な処理ができるかどうかは、味に大きく関わってくる。まともな処理をされていない天然よりも、ちゃんとした処理がされている養殖の方が、外れは少ない。そのあたりのメリットを出していくと良いと思う。養殖マグロも、天然とは別の価値をもつブランドを築いてほしいし、そうでなければ産業として残れないだろう。

あと、「クロマグロの体長は大きなもので3メートルを超え、重さは400キロにもおよぶ」というのは、天然の話です。養殖クロマグロは30kgぐらいで出荷されます。このサイズを超えると卵を持つようになるので、成長が悪くなるから、非効率だからです。

3)養殖はえさ代がかかるので、庶民の味にはなり得ない

1kgのマグロをつくるのに、20kgのイワシ・サバが必要。これらの餌は1kgが70円として、えさ代だけで1400円になる。必要経費はそれだけでは無い。マグロ養殖の場合は、設備投資、人件費、種苗代など諸々込みで、2500円ぐらいが損益分岐点と言われている。養殖は、網ごと津波で流されたり、病気などのリスクがあるので、キロ3500円では売りたい。現状よりも安くなると経営的に厳しいのである。実は、現状ではマグロ養殖は余り儲かるとは言えない。だいたいがトントンで、経営体によっては赤字だろう。将来的に技術が確立されてくるとコストが下がって、回収できるとふんで、先行投資をしているのである。

値段がどんどん安くなって、庶民の味になったらどうなるだろうか。マダイとハマチの養殖が、現在どうなっているかを見ればわかる。マダイとハマチ(ブリ)は、養殖技術が70年代に確立されて、急激に広がった。その結果、高級魚であったマダイとハマチの値段が安くなった。「めでたしめでたし」というと、そうでは無い。生産現場はかなり末期的な状況だ。

マイワシの不漁と魚粉の国際価格の上昇によって、えさ代が原価の8割以上になってしまった。これに設備投資やワクチン代、種苗代などと入れると、つくる前から赤字確定の場合もあります。マダイやハマチの養殖業者は零細が多いので、夏頃にはえさ代がショートするわけです。そこで、スーパーマーケットに安く前金で販売して、冬場までのえさ代に充てるというような状況になっています。スーパーのために、ただ働きをしているようなものですね。マダイ、ブリの養殖業者はばたばた倒産しています。獲る漁業よりも、むしろ、養殖業の方が経営体の減少率が大きいのです。漁業経営体全体が23/5%減る間に、ブリ養殖業者は34.7%、マダイ養殖業者は40.1%も減っています。

http://nria.fra.affrc.go.jp/kenkyu/sekai/2_3_2.html

獲る漁業は、船を出さないと経費はかからないのですが、養殖は設備投資をしているので、魚をつくらないわけにはいかない。でも、今の餌代と魚価では、つくっても赤字が確定的。結果として、体力が無いところから淘汰されているという状況。養殖マグロの場合も、1kg2500円を割るとこのような事態になります。マグロ養殖業が産業として生き残るには、キロ単価2500円+αを死守する必要があるのです。1kg 2500円ということは、100gで250円。売値は原価の3倍程度になるので、店に並ぶのは、100gで750円ということですね。利益を出すにはもっと高く売らないと駄目。つまり、マグロ養殖業が産業として成り立つためには、豚肉や鶏肉のような値段にはならないのです。

4)天然の方が安い場合も多い

24年1月には東京・築地の中央卸売市場で、269キロの青森県大間産のクロマグロが、築地では過去最高値となる5649万円で競り落とされた。1キロあたり21万円。仮に握りずし1貫(2個)分の価格を計算すると、「赤身で1万円以上、大トロで2万~3万円」(市場関係者)で、庶民が気軽に食べられるものではない。

これに対し、今回の料理店では「養殖クロマグロの頭の先から尾ひれまで、あらゆる部位を食材として活用し、少しでもお値打ちな料金で提供したい」(近大担当)。客単価は、昼食時で1千円前後、夕食時で3500~6千円を想定しており、いずれも大阪・梅田付近では平均的な価格となる。

産経の記事のおかしなところは、築地の初セリという例外中の例外のような価格を引き合いにして、近大マグロの割安感を引き出していることだ。1キロ21万円のマグロなんて、誰も食べないよ。すしざんまいも、別に初セリのマグロで利益を出そうとは思っていないので、「初競り 大間産まぐろ 中トロ」だって、1貫 312円で店に並べていたのです。1キロ21万円はマグロの価値では無くて、広告費だから。初セリのマグロを落とせば全国ネットでテレビ取材されて、店の露出になる。たったの5千万円で、NHKから民放までゴールデンタイムに放送してくれるのだから、えらく効率が良いのです。こういう法外な値段がつくのは、メディアが取材をする築地の初セリの1番良いマグロ1本だけ。普通は、大間の本マグロだってキロ1万円とかそれぐらいですよ。この辺の仕組みはメディア関係者なら知っているはずなんだけど。

では、養殖マグロの市場の評価はどんなもんでしょうか。クロマグロの養殖と天然のキロ単価(産地)を図示したのがこの図になる。

養殖まぐろの産地価格(漁業情報サービスセンター)

天然は冬に価格が高いですね。12月から3月ぐらいの脂ののったマグロは実に旨いです。一方、7~8月は天然の相場が急落します。これは、産卵場のやせたマグロを巻き網で集中漁獲しているためです。養殖マグロは1年を通して、価格が安定していますが、市場の評価としては、天然の低ランクと同程度というところでしょうか。注目して欲しいのは、7月、8月には天然の方が養殖よりも安くなっている点です。大量漁獲される産卵期の巻き網のクロマグロは、1kg1200円ぐらいまで落ちるので、養殖の半値ですね。同じく巻き網で漁獲される未成魚(ヨコワ)は1kg500円ですから、養殖マグロの1/5ぐらいの値段なわけです。餌代を考慮すると、こういう値段のクロマグロとは太刀打ちできません。

つまり、天然は高いけど、養殖は安いというような単純な構図ではないのです。天然はピンキリに対して、養殖は品質が安定しているのが特徴です。

築地の初セリ(広告費)>>>>>>冬の一本釣り・延縄のマグロ>普通の天然マグロ>養殖マグロ>境港の巻き網マグロ>巻き網のヨコワ

養殖よりも安い天然はいくらでも存在するのです。例外中の例外である築地の初セリを引き合いに出して、「近大マグロは安い」というのはあまりにも無理がある話。そもそも、養殖マグロは、天然と比較しても、それなりの値段で売らないと利益が出ないわけです。

5)場所の制約があるので、養殖の生産量は増やせない

一般人が誤解しやすいポイントなんだけど、養殖って、いくらでも魚を作れるわけじゃ無いのです。養殖をするにはそれに適した場所が必要。

マグロ養殖.net http://www.yousyokugyojyou.net/index4.htm

ここにマグロ養殖場の地図がある。太平洋側は三重が、日本海は隠岐が北限。これより水温が低くなると、魚の成長が遅くなって、採算がとれないのだ。三重の経営体は、巻き網漁船が、兼業でマグロの養殖もやっている。自前で餌が確保できるという経営上の強みがあるから、この水温でも何とかなっているみたい。餌を外から買ってくる方式だと厳しいのでは無いかな。

水温が暖かくて、マグロ用の大きな生け簀を浮かべられて、それなりに深い湾というのはそう多くない。マグロの養殖適地は、企業の争奪戦でほぼすべてが埋まっている。ということは現状の1万トンから、養殖マグロの生産量を増やす余地は無いのである。日本人が消費するマグロ40万トンのうち、クロマグロ(太平洋・大西洋)は4万トンに過ぎない。日本の養殖で生産できるのはそのうちの1万トンが上限。もちろん、陸上養殖や沖合沈下型養殖といった技術が場所の制約を軽くする可能性はある。これらの技術は、大量生産の目処は立っていないし、生産コストがかかるので、現状以上に割高になるのは避けられない。養殖で安くいくらでも生産できるという甘い話は無い。

まとめ

「養殖による大量生産で本当にクロマグロが手の届く価格になるまでにはもう少し時間がかかるかもしれない」とあるけど、具体的にどういう生産体制になってどこまで値段がさがるのか、まるでビジョンが見えない。どれだけ技術革新をしたところで、漁場の制約や餌のことを考えると、養殖クロマグロを安価にいくらでも食べられる日は、未来永劫こないだろう。養殖技術が完成の域に達しているマダイやハマチはどうなったかというと、現在は採算がとれずに縮小している。

クロマグロ養殖の課題は、採算度外視で公的資金を垂れ流してやってきた事業を、黒字ベースにすることだろう。規模を拡大してスケールメリットでコストを抑えるというのは、養殖適地が限られているので難しい。量で勝負というのは、構造的に出来ないのだから、質で勝負するしか無い。現在の8千~1万トンの生産を維持するには、生産コストに見合った価格で販売することが必須。天然と差別化できるものをつくって、その価値をきちんと消費者に伝える努力が必要だろう。

なぜ、道の駅「萩しーまーと」では、地魚が飛ぶように売れるのか?

[`evernote` not found]

スーパーマーケットの鮮魚コーナーは、おなじみの魚が並ぶ。日本全国、どこでも似たような品揃えだ。多種多様な魚を扱っていた魚屋は、全国的に衰退し、四季折々の地魚はどんどん売れなくなっている。

そんな中、山口県の道の駅「萩しーまーと」では、地魚が売れて売れてしかたが無いという噂をキャッチした。どうして、よそでは売れない地魚が、萩しーまーとでは売れるのだろうか? 先日、水産学会が下関で開催されたので、萩まで足を伸ばして取材をしてきました。

萩のシーマートはここ。

萩漁港のすぐ隣です。萩の市場に水揚げされた魚をリアカーで裏の店まで運んでくる。朝の競りの後に、魚をすぐに並べられるという絶好のロケーションになっている。

訪問した日は、大型の台風が九州を直撃していた。電車は普通になって、萩は陸の孤島になっていた。そんな中でも9時の開店前から、お客さんが続々とやってきた。自家用車で、地元のナンバーが多い。観光地の道の駅というと、観光客向けというイメージがあるのだが、ここは地元に支持されている。

道の駅の中には、昔ながらの魚屋さんが軒を並べている。それぞれに店員がいて、いろいろ教えてくれる。道の駅と言うより、魚屋が集まった市場のような感じ。

色とりどりの地魚が並んでいます。見たことが無い魚でも、店の人が食べたかを教えてくれるので、安心です。昔はどこの町にもあったこういう光景は、今ではすっかり消えてしまいましたね。

 

萩しーまーとは全国に1000近くある道の駅において、売り上げおよびビジネスモデルの卓越性で有名になっている。全国的に魚屋が廃れる中で、魚屋スタイルの道の駅が繁盛している。そのポイントを中澤店長に直撃しました。

 

 

↓ 萩しーまーとのビジネスモデルに興味を持った人は、こちらをご覧ください。

http://www.shokosoken.or.jp/jyosei/soshiki/s19nen/s19-5.pdf

宮城県の水産特区について

[`evernote` not found]

宮城テレビの特別番組の収録で、県の村井知事と対談を行った。内容は放射能から、特区構想まで多岐にわたる。最初は県漁協の組合長もくる予定だったらしいのだけど、キャンセルされたので、ゲストは俺と知事の二人。

撮影前日に、塩釜、東松島、雄勝を回って、浜の最新情報をリサーチした際に「特区が動くらしいよ」という噂を耳にした。撮影当日の日経の朝刊に、かなり踏み込んだ内容の水産特区の記事が掲載されていた。石巻の桃浦地区と地元の仙台水産が特区一号になるということ。具体的な特区が表に出てきたタイミングでの知事との対談を収録した番組は9月9日に宮城テレビで放映予定。知事とのやりとりなどは番組放映後のお楽しみとして、今回は宮城県知事の水産特区に関する私見をまとめてみた。

特区の意義について

8月31日の日経新聞が4面には、桃浦地区の牡蠣養殖漁業者15人が共同で出資して設立する新会社と仙台水産が特区一号になるという記事が掲載された。桃浦地区は牡鹿半島の付け根に存在する集落。高齢化が進む中で、津波で壊滅的な被害を受けて、漁業を続けられる状態ではなかったらしい。そこで、地元の大手流通業者の仙台水産が手をさしのべて、一緒に立ち上がろうという流れ。

これまでの養殖漁業は、漁協が生産物を集めて、共同販売(入札)を行っていた。生産者は生産物を漁協に出荷して終わり。流通業者は、漁協が並べたものに値段をつけるだけ。共同販売が壁となって、生産者と流通業者が分断されていたのだ。

漁師と流通業者が分断されている日本漁業の現状を、会社でたとえるなら、製造部門と営業部門が分断されているようなものだ。製造部門が市場を無視して場当たり的に製品をつくる。製品段階で差別化できないので、営業は価格をどこまで下げられるかを競っている。これでは利益が出ないのも仕方が無いだろう。

「一山いくら」の共同販売制度でも、バブル期まではある程度は機能していた。並べておくだけで、全体的な魚価があがったからだ。デフレで全体の価格が低迷しているし、高齢化で食料の需要は落ちる。こういう状況で、ただ並べて値段をつけてもらうだけの共販制度が機能するとは思えない。

「こういう規格で、この数量つくれば高く買うよ」という話が小売りから来ても、それは漁師まで届かない。品質で差別化できないから、値段の安い差で勝負するような販売戦略しかとれないのである。意欲的な漁師が、品質が良いものを作っても、市場で評価されずにその対価を受け取れない。良いものを作っているというプライドに支えられてがんばっているのが実態だ。

実際に海外では、漁師と流通業者の経営統合は、当たり前の話。むしろ、協力をして全体の売り上げを増やす方向に努力をしている。

たとえば、アラスカのカニ漁業は、漁船と加工場の経営統合が進んでいる。加工場がカニを外に販売した売り上げを、漁船と加工場で半々に分けることになっている。漁船と加工場が共同で漁獲・加工・出荷のプロセスを戦略的に一本化することで、余計な経費を削減し、カニの質を上げて、全体の売り上げを増やすことに成功している。

日本でも、良い製品を作って付加価値付けをしたいという生産者と、差別化できる製品をちゃんとした値段で売りたい流通業者が、戦略的な提携をして、win-winの関係を築く余地は大いにある。

今後の進め方について

生産段階から販売まで一気通関をするという、桃浦・仙台水産の特区には、期待をする反面、不安もある。特に、漁民とのコミュニケーション不足が気になるところだ。

1)概要・要項が示されていない

特区構想が、誰のための、何を目指すものなのかが明確では無い。知事は「民業を活用する」というが、どういう形で活用するのかがわからなければ、賛成しようも、反対しようも無い。

民間企業の参入と言っても、様々なやり方がある。
A) 地元漁民が会社組織を作って、販売等の活動を自由に展開していく
B) 地元漁民を排除して、外の企業をいれて漁業をさせる

「Aはどんどんやればよいけど、Bはちょっと・・」と感じる人が多いのでは無いだろうか。今回、知事に直接確認をしたのだけど、知事の構想はAであり、よそから縁もゆかりも無い企業が参入することはかんがえていないそうだ。桃浦の場合も、震災前からその土地で漁業を営んでいた地元漁民15人が会社を作って、仙台水産という地元企業と連携をしていこうと言うことだから、1)の形式になっている。

特区の概要・要項をまず公開して、1)の形式の特区を考えていると言うことを明らかにすると同時に、そのことを周知する必要があるだろう。
2)漁民とのコミュニケーション不足

浜では「全否定をするわけでは無いが、特区は何をしたいのか具体的なことが何もわからないので、何とも言えない」という意見が多かった。具体像が見えない中、「民業の活力」とか「浜の秩序」といった抽象論で、知事と県漁協が喧々がくがくの状態。現場を無視した血の通っていない議論だと思う。
漁村によって、抱える問題は多岐にわたる。もともと活力がある浜では、復興がスムーズに進み、「あとはもう自分たちで出来るから、大丈夫」というところもある。一方で、震災で人が減って、集落自体が成り立たないところもある。人はいるけれども、収益が上がらず、じり貧のところもある。漁業者と一緒に、そこの漁業の問題を精査して、一緒に解決策を考えていく。その際に、必要とあれば、特区を柔軟に使えるような体制を整えて欲しい。

3)県漁協との関係悪化

宮城県漁協は、相変わらず「浜の秩序を乱す」と繰り返している。今まで、漁協の浜の秩序の元で、漁業が衰退してきたのだから、浜の秩序を見直す必要があるのは自明だろう。特区を導入せずに、桃浦をどうやって復興するのか、という対案を、県漁協は何ら示していない。対案を示さずに反対のための反対をしているだけの漁協は無責任だと思う。

ある程度の摩擦は仕方が無いとしても、県漁協との関係をもうちょっと上手に出来ないものだろうか。知事と漁協が全面対立ということになれば、漁民は板挟みになる。漁協からの締め付けが増せば、特区に関心がある漁業者とのコミュニケーションが難しくなり、桃浦に続く事例が出てこない可能性もある。

水産特区は、概要を公開した上で、漁民(≠漁協)とコミュニケーションをとり、彼らの理解を得ながら進めていって欲しいと思う。

民間は更に進んでいる

水産特区は、知事と漁協の対立から、議論が空転し、1年半かけて、ようやく、一例目の概要が示された。その間にも、現場レベルでは様々な試みが始まっている。志を同じくする漁民のグループが合同会社を作ったり、株式会社を作ったりして、販売を手がけようという試みが、同時多発的に起こっている。特区とは無関係に企業化が進みつつある。株式会社化をした漁師に取材として、企業化を進める理由を聞いてみた。

1)販売・ブランド化
漁協経由だと、生産者の顔が見えない。宮城の牡蠣は一緒くたに売られるので、自分たちのブランドを育てようがない。現在の販売には限界を感じている漁師が多い。そこで、良いものを高く売りたい仲間で、共同出荷することでブランドを育てようという思惑がある。

2)外部から窓口が見える
合同会社、株式会社であれば、販売窓口が外から見えるので、新しい取引先が見つけやすいだろう。

3)資金調達で有利
外部から、資金を調達しようにも、一般の銀行は漁業者には金を貸さない。水産関係の経営はブラックボックスなので、仕方が無いだろう。一般企業となって、会計を明らかにすることで資金調達がやりやすくなる。

4)経営感覚が養われる
企業として会計をすることで、これまでどんぶり勘定だった収支を数字で見ることになり、経営感覚が養われる。

デメリット

デメリットとしては、経理など、これまでやっていなかった事務仕事が増えることと、販売の手間(売れなかったときにどうするか)があげられる。共販制度は、価格が安くても、納品すれば自動的に全量販売できた。販売の手間をかけるのが面倒くさい漁師には便利な制度である。自分で売るとなると軌道に乗るまでが大変だろう。

まとめ

企業化や販売提携は、そのための労力が必要となるし、販売リスクもある。跡継ぎがいない年金漁業者は、面倒なことを嫌がるのが常である。彼らのためにも組合の共同販売は今後も必要だろう。一方、跡継ぎがいて、親子で従事している漁業者や、若手の漁業者にとっては、まともな値段で販売をするのは死活問題である。販売については個人で行うのは難しいし、販売窓口も必要になるので、合同会社や株式会社をつくるのは自然の流れだろう。漁民の新しい取り組みを応援したい。

これまで通りに漁協の共販を利用したい人はそうすれば良いし、自らが販売まで手がけたい人間はそうすれば良い。漁協は漁業者のための組合であり、組合のサービスを使うかどうかは漁業者自身が決めること。漁協は漁業者のための組合なのだから、漁民が主体的に新しい取り組みを始めるのを応援すべきである。行政は、漁協との対立構図を煽るような動きはできるだけ避けつつ、地元漁民の声を聴いた上で、淡々と必要なサポートをしてほしい。

Home > 研究 Archive

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 3
  • 今日: 1513(ユニーク: 888)
  • 昨日: 1254
  • トータル: 9370647

from 18 Mar. 2009

Return to page top