連載 陸上養殖③ 世界のRASの現状と日本の立ち位置

水産業

前回まで、日本の大型陸上養殖を見てきた。富士山麓のプロキシマーは、飼育成績は良好でも資金が尽きかけている。三重、千葉、富山の計画も、商業生産はこれからだ。

では、世界に目を向けるとどうなのか。閉鎖循環式の陸上養殖(RAS)で、大きな利益を上げている国や企業はあるのか。そして、その中で日本はどこに立っているのか。

結論を先に言うと、サーモンを出荷サイズまで育てる大規模RASでは、生産量を伸ばしながら赤字が続く主要企業が多い。日々の操業費を賄える段階に近づいた企業はあるが、減価償却費や金利まで負担して安定して利益を出すことは、まだ実証されていない。日本の大型案件の多くは海外の技術や運営に頼っており、日本はその採算が試される場になっている。

大規模サーモンRAS――生産拡大でも残る採算の壁

世界ではこの10年、数千トンから数万トンを目指すサーモンの陸上養殖計画が相次いだ。下の表は、大規模陸上養殖の主な事例の直近の業績だ。比較のため、海水を引き込む半循環式のサーモン(Salmon Evolution)と、ブリ類(Kingfish)も含めた。生産を伸ばし、日々の操業費を賄える段階に近づいた企業はある。しかし、減価償却費や金利まで含めて黒字を続けている企業は、ここには見当たらない。

事業者 立地 方式 直近の業績(対象期間)
Atlantic Sapphire 米国フロリダ 閉鎖循環式 2026年上半期:収穫量は増加、純損益は赤字。投資会社が残る株式を強制取得し、上場廃止を申請[1]
Nordic Aqua Partners 中国寧波 閉鎖循環式 2026年4~6月期:営業EBITDAは黒字、純損益は赤字[2]
Salmon Evolution ノルウェー 半循環式(海水を引き込む) 2026年1~9月:養殖部門のEBITDAはわずかに黒字、グループ全体は赤字[3]
プロキシマー 静岡県小山町 閉鎖循環式 2026年10月27日、同月末に手元資金が尽きる見通しを公表。追加の資金調達を協議中[4]
ブリ類:The Kingfish Company オランダ 閉鎖循環式 2026年上半期:創業以来初めて営業EBITDAが黒字。財務再構築の後で、EBITは赤字[5]

各社が掲げる「営業EBITDA」は、減価償却費や金利を差し引く前の数字で、会社によっては生物資産の評価損益や一時的な費用も除いている。EBITDAが黒字でも、減価償却費や金利まで賄えているとは限らない。借入金の返済や設備の更新に必要な資金も、別に考える必要がある。操業段階の黒字化と、投資に見合う利益を生むことの間には、なお距離がある。

象徴的なのが、米国フロリダ州で大規模なRASを運営するAtlantic Sapphireだ。2026年上半期の収穫量は2,842トンで、前年同期より14%増えた。魚を育てることには成功している。しかし赤字は止まらず、資金繰りに行き詰まった。法的な破綻は避けたものの、大株主と転換社債の保有者がつくった投資会社が、債務の株式化などを経て支配権を集め、残る株式を1株0.8クローネで強制取得した。同社は上場廃止を申請している。2026年7月の公開買付けの時点で、この価格で計算した株式価値は約260万ユーロだった[1]。生産には成功したが、経営は軌道に乗らなかった。

RASの難しさは、この構造にある。設備投資が大きく、水の循環や酸素の供給、温度の管理にも継続的な費用がかかる。採算を取るには、既存の設備から安定して多くの魚を出荷し、1キログラム当たりの費用を下げなければならない。施設を大型化して効率を高める方法もあるが、そうすれば初期投資と立ち上げ期の資金負担はさらに膨らむ。魚が育って売上が立つまでには数年かかり、その間の資金も要る。

見通しが甘いまま始めれば、利益が出ないうちに資金が尽きる。しかも、RASの施設はほかの用途に転用しにくく、売ろうとしても高値はつかない。巨額の投資をした後では、撤退も難しい。資金を追加して続けるか、大きな損失を出して手放すか。Atlantic Sapphireもプロキシマーも、この選択を迫られている。

養殖経済学の研究も、RASの採算の難しさを指摘している。米国の生産方式を比べた研究では、分析対象としたRASのモデルは、すべての費用を計上すると採算が取れなかった。採算を大きく左右するのは、水槽の容積当たりにどれだけ出荷できるかだという[6]。

一方で、同じ解説は、利益を出しているRAS事業があることも明記している。米国バージニア州のBlue Ridge Aquacultureは、ティラピアをRASで育て、30年以上操業を続けている。海面養殖に出す前のサーモンの稚魚(スモルト)生産や、少量でも高く売れる特殊な魚種でも、RASは成り立っている[6]。魚種、用途、立地、生産性によって、採算は大きく異なる。このうち稚魚生産が、北欧の強さを理解する鍵になる。

北欧の強み――システムとして売る力

世界のRAS設備市場をリードしているのは、ノルウェーやデンマークなど北欧の企業だ。

彼らの強みは、個々の部品ではない。水槽、ろ過、殺菌、酸素供給、給餌、監視をひとつの養殖工場として設計し、建設から運転開始まで引き受ける「システムとして売る力」だ。ノルウェーのAKVAや、旧Krüger Kaldnes(現在はPure Salmon Technology)がその代表だ[7][8]。こうした統合企業は、部品メーカーを買収して自社のシステムに取り込んでもいる[9]。

この力はどこから来たのか。答えは、海面養殖だ。

ノルウェーのサーモン養殖会社は、稚魚を陸上の大型施設で大きく育ててから海に移すようになった。海で過ごす期間が短くなれば、寄生虫や病気による死亡が減るからだ。最大手のモウイでは、こうした大型の稚魚が年間の稚魚生産の4分の1に達している[10]。この用途なら、陸上で余分にかかる費用を、海での死亡の減少で回収できる[11]。

つまり、北欧のRAS産業は、利益を出す海面養殖という確実な顧客に支えられて育った。稚魚施設を何十も建て、運転し、失敗を積み重ねた経験が、システムとして売る力の土台になっている。

ただし、北欧の技術でも、成魚まで育てる大規模施設は苦戦している。RAS設計の草分けで、Atlantic Sapphireの施設設計にも関わったデンマークのBillund Aquacultureも、2024年に倒産した[12]。倒産の理由は個別の施設の成否とは別に説明されているが、専門企業であっても経営は安泰ではない。北欧の強みが実証されているのは、今のところ稚魚生産の分野だ。

日本は世界のRASの実験場

日本の大型サーモン陸上養殖では、海外企業の技術や事業運営に依存する案件が目立つ。一方、国内資本と独自のシステムで商業化を目指す取り組みもある。

  • プロキシマー:ノルウェーの企業が、イスラエルのAquaMaofのRASを使って運営している[13]
  • ピュアサーモンジャパン:海外の投資会社8F Asset Managementが出資し、ノルウェーの旧Krüger Kaldnesの流れをくむ技術を採用している[8][14]
  • FRDジャパン:国内企業などから総額210億円の出資を受け、独自の閉鎖循環システムで商業化を目指している[15]

海外勢が日本に進出する理由としては、主に次の2点が挙げられる。

第一に、市場だ。日本は生のサーモンを大量に食べる大消費地で、その多くをノルウェーやチリから輸入している。国内で新鮮な生のサーモンを届ければ、輸入品より高く売れる可能性がある。実際、プロキシマーの大きな魚は、ノルウェーからの輸出価格を大きく上回る値で売れた時期がある[16]。

第二に、参入のしやすさだ。日本の海面養殖には漁業権があり、新しい企業が入るのは難しい。一方、陸上養殖には漁業権が要らず、対象となる陸上養殖には都道府県への届出制が適用される[17]。

こうして日本は、国内外の技術と資本が、市場に近い大型施設という賭けを実際に試す「実験場」になった。海外の技術も、FRDジャパンのような国内の技術も、日本の条件の下で採算を実証する段階にある。

日本の技術的な立ち位置――優位は限られる

では、日本には世界に誇れるRASの技術はないのか。「日本には優れた水処理技術がある」とよく言われる。しかし、その強みが、RAS全体の価格、性能、運転実績での優位につながっていることを示す資料は乏しい。主要な装置の市場では、海外の大手が目立つ。

  • 機械ろ過:ドラムフィルターでは、スウェーデンのHydrotechなどが世界をリードしている[18]
  • 紫外線・オゾン殺菌:米国Xylemのブランドが大手だ[19]
  • 脱窒:原理自体は国際的に知られており、日本に固有の技術ではない。競争力を判断するには、実際の養殖施設で、どれだけ低コストかつ安定的に運転できるかを比べる必要がある[20]

日本企業が世界大手なのは、海水淡水化などに使う逆浸透(RO)膜だ[21]。ただしRO膜は、RASの心臓部ではなく周辺の装置だ。素材の強さが、養殖施設全体の競争力にそのままつながるわけではない。

日本の強みとしてよく挙げられるのは、装置ではなく魚そのものの側だ。マダイやトラフグなど、温水性の海産魚の種苗生産には長い研究の蓄積がある。しかし、ノルウェーのサーモンのように、育種した良質な種苗を大量に安定供給する仕組みができているわけではない。ブリ類の養殖は、いまも天然の稚魚(モジャコ)に大きく頼っている。それを支える養殖業も、小規模な経営が多く、産業としての基盤は弱い。

ゲノム編集も同じだ。2021年には、可食部を増やしたマダイが、国への届出を経て販売された。ゲノム編集した動物の食品としては世界初とされる[22]。外来遺伝子を含まないゲノム編集食品を届出だけで販売できる日本の制度が、商用化を後押しした面はある。ただし、世界初の販売という事実だけでは、技術や量産の競争力は判断できない。商用販売は始まっているが、生産量や生産コストなど、産業としての競争力を判断できる公開情報は限られている。

日本にあるのは、強みというより「強みの種」だ。それを産業の競争力に育てるには、種苗を大量に安定供給する仕組みと、それを使いこなす養殖業の基盤が要る。

また、これらはいずれもサーモンの技術ではない。北欧には、サーモンの選抜育種と卵の商業供給について、数十年にわたる蓄積がある。

一方で、資本の面では動きもある。ヤンマーが、ノルウェーの大手AKVAの買収で合意し、2026年10~12月期の完了を目指している[7]。日本企業が自前で統合力を育てるのではなく、北欧の統合企業ごと取得しようとする形だ。これも、日本の技術的な立ち位置を物語っている。

サーモンで北欧と勝負するのは厳しい

ここまでをまとめると、次のようになる。

  • 世界の大規模サーモンRASでは、生産を伸ばしても、設備投資まで賄って安定して利益を出す段階には至っていない。
  • 北欧の強みは、利益を出す海面養殖に支えられて育った、システムとして売る力だ。
  • 日本は、市場に近い立地として、国内外の技術と資本が採算を試される場になっている。
  • 日本の水処理技術の強みが、RAS全体の優位につながっていることを示す資料は乏しい。

この状況で、日本がサーモンのRASで北欧と正面から勝負するのは厳しい。北欧には、サーモンの育種、稚魚生産、施設の設計と運転の経験が数十年分ある。その土台にあるのは、稼ぐ海面養殖だ。

日本には、その土台がない。本来は利益を出しやすいはずの海面養殖ですら、産業として伸ばせていないからだ。

それでも、日本に可能性がないわけではない。恵まれた漁場と、多様な魚種の種苗を育てる技術がある。北欧の土俵ではなく、自分たちの土俵で勝負する。そのとき、陸上養殖はどのような役割を果たせるのか。一方、政府はこの状況で、陸上養殖を成長戦略の柱に据えようとしている。次回は、その成長戦略を評価する。

参考文献

  1. Baird Maritime, “Atlantic Sapphire narrows H1 loss as investor group pursues takeover”, 2026年9月3日/ Salmon Business, “Atlantic Sapphire: takeover offer opens as delisting looms”, 2026年7月31日/ Salmon Business, “Atlantic Sapphire: narrows losses as takeover moves company towards delisting”, 2026年9月/ SeafoodSource, “Atlantic Sapphire files to delist from Oslo Børs”, 2026年10月
  2. Quartr, “Nordic Aqua Partners (NOAP) Q2 2026 earnings summary”, 2026年8月
  3. Investing.com, “Salmon Evolution Q3 2026 slides: losses narrow as phase 2 nears”, 2026年10月
  4. Proximar Seafood AS, “Update on liquidity, financing and strategic review”, 2026年10月27日
  5. We Are Aquaculture, “The Kingfish Company reaches profitability milestone in H1 2026”, 2026年8月
  6. World Aquaculture Society, “The economics of recirculating aquaculture systems”
  7. Fish Farming Expert, “AKVA agrees £463 million sale to Yanmar”, 2026年
  8. Salmon Business, “RAS provider signs deal to supply Nova Sea-owned smolt producer’s new $100 million facility”, 2023年11月
  9. Fish Farming Expert, “RAS maker buys up equipment suppliers”
  10. Mowi, “Freshwater production”
  11. The Fish Site, “Study assesses optimal weights for smolt transfer”
  12. IntraFish, “AKVA replaces bankrupt rival as supplier to Norwegian post-smolt project”/ Salmon Business, “We have built over 500 RAS facilities around the world”, 2019年
  13. Proximar Seafood, “Our farming facility”
  14. Salmon Business, “Pure Salmon Japan: first fish enter feeding tanks at €378m land-based farm”, 2026年7月
  15. 長谷工コーポレーション、「FRDジャパンの第三者割当増資の引受けについて」、2023年7月20日
  16. We Are Aquaculture, “Proximar on track to reach year-end biomass target of 2,000 tonnes”, 2025年
  17. 静岡県、「陸上養殖業の届出制について」
  18. Fish Farmer, “Hydrotech by Veolia Water Technologies”
  19. Xylem, “Xylem expands its aquaculture offering with new ultraviolet, saltwater-resistant treatment solutions”
  20. 財務省、「ファイナンス」2026年10月号 経済トレンド「養殖ビジネス」
  21. 藤原雅俊・青島矢一、“Membrane System: A Case Study of Toray Industries, Inc.”、一橋大学イノベーション研究センター
  22. Fish Farming Expert, “First gene-edited fish goes on sale in Japan”, 2021年

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