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TPPが日本の水産業に与える影響について

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「TPPで日本の水産業にどういう影響がありますか?」と質問される機会が多いので、私見を書いておきます。結論から言うと、「日本に安い輸入魚が殺到して、魚の値段が下がって、国内の水産業が衰退する」というような事態は起こりません。その理由は以下の通りです。

1)水産物の関税はすでに低い

現在の水産の関税は3.5%~7%程度です(http://www.customs.go.jp/tariff/2013_4/data/i201304j_03.htm)。日本の水産物はもともと輸出産業だったので、外から魚が入ってくることは想定しておらず、関税が低く設定されています。何百%という関税で守られている農業とは、そもそも現状が違うのです。
日本が外国から魚を買うときに問題になるのは、関税よりもむしろ為替です。円・ドルのレートは2007年に1USDが120円だったのが、2012年には1USDが80円まで円高になりました。日本から見れば、北米の魚は3割安で買えるようになったのです。それで水産物の輸入が増えたかというとほぼ横ばい。それなのに、関税を無くしたとたんに、山ほど輸入魚が入ってくるというのは、あり得ない話です。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23_h/trend/1/t1_2_1_3.html

2)購買力が低下した日本は、水産物争奪戦に負けつつある

近年は世界的な魚価の値上がりによって、日本の水産物の輸入量が減少しています。ここ数年は、空前の円高によって、首のかわ一枚でつながっている状況。世界規模での水産物争奪戦が繰り広げられているのに、日本は蚊帳の外なのです。バブル期ならいざ知らず、購買力が低下した今の日本に、世界の水産物が集まるようなことは、あり得ません。
実際に、水産の貿易に携わっている人と話をすると、「TPPで安い魚が日本にどんどん入ってくることはあり得ない」ということで意見が一致しています。誰が書いたかしりませんが、こちらの回答がわかりやすいです。私もほぼ同感。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6325459.html

 

「TPPで日本の水産業が大打撃」という主張の根拠

「TPPで日本の水産業が壊滅的な打撃を受ける」と主張するひとが、良く引用するのが次の資料です。

農水省の括的経済連携に関する資料
http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/rinsui_hinmoku.pdf

「関税を撤廃したときに国内産業がうける影響を積み上げていくと、4200億円になる」という内容ですが、輸入先がTPP加盟国に限定されていないので、この試算をもって「TPPの影響」とするのは妥当ではありません。残念ながら、この4200億円をTPPの影響試算として使った人は、少なくありません。これとか、これとか、これとか。

農水省は、TPP加盟国に絞った影響試算結果を今年の3月に発表しました。

http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/3/130315_nourinsuisan-2.pdf

平成22年11月に公表した全世界を対象に関税撤廃した試算では、農林水産物の生産減少額を4.5兆円程度と試算。これと同じ方法で、TPP交渉参加11ヶ国に対して関税を撤廃した場合の農林水産物の生産減少額は、3.4兆円程度となるようです。水産分野はこんな感じ。

どう変わったかを見てみましょう。まず、サバのところから、ノルウェーという文字が無くなりました(ノルウェーはTPPと無関係)。TPP加盟国から輸入実績が無い品目については、ゼロになりました。そして、TPP加盟国から輸入実績が少しでもあるものは、一律9割になりました。

微々たる関税を無くしたら、国内のシェアが3割~6割も奪われるというのも凄い話ですが、現在のシェアに関わらず、つまり、関税を撤廃したときに入ってくる水産物のシェアは、TPP加盟国が9割というのも無茶苦茶です。

サバについて見てみましょう。TPPによる生産量減少率が30%というと、約15万㌧程度ですね。ノルウェーのサバは大量に入ってきていますが、TPP加盟国で輸入実績があるのは、カナダのみ。それも日本のサバ輸入量全体の1%にも満たない水準です。そもそも、2007年から30%以上円高になっても、ほとんど入ってこなかったカナダのサバが、TPPによって大量に輸入されるようになるとは思えません。2012年のカナダのサバの輸出量は、全体で2000㌧弱(http://www.dfo-mpo.gc.ca/stats/trade-commerce/can/export/xsps12-eng.htm)ですから、日本の巻き網の1回の水揚げぐらい。漁業の規模自体が小さいのです。

さらに、理解不能なのが「いわし」です。これはおそらくマイワシだと思うのですが、日本のマイワシの生産金額(2001-2010平均)は80億円程度なのに、どうやって230億円の生産減少になるでしょうか。マイワシの冷凍設備をもっているのは米国とメキシコぐらい。現在の輸入実績は、3600㌧、3.6億円です。、2000年前後にマイワシの国内の漁獲生産はほぼ途絶えた状態ですら、ほとんど輸入されてこなかったマイワシが、今後も入ってくる可能性は低いでしょう。

私の目から見ると、この試算は、あまりにもお粗末です。「相手国の資源も産業も考慮せず、とにかく数字を膨らませました」という印象ですね。

TPPが漁業者に与える影響は軽微と思います。では、TPPが水産分野に影響が無いというと、そうではありません。TPPに関する、俺の最大の懸念は、食の安全です。TPP参加国が、日本では許可されていない薬物を利用して養殖をしているケースがあります。該当国で利用許可がでているなら、輸入を禁じることはできません。「TPPの枠組みの中で、どうやって消費者の食の安全をどう守るのか」というのがTPPを進める上で重要な論点なのですが、そっちの議論はほどんど見かけません。

結論

  • TPPでも水産物の輸入はそれほど増えないし、価格も安くならない(生産者のデメリットも、消費者のメリットも、あまりない)
  • 食の安全、特に養殖物の安全性をどの様に担保していくかが重要な課題 (食の安全について、ちゃんとの議論すべき)

Comments:4

maguro 13-06-13 (木) 17:14

北海道で漁師やってます。普段はROMっていて発言しませんが、今回はちょこっと、、、。
TPPで日本の漁業は直接的に影響は薄いだろうなぁ、とは思っとりました。理由は勝川先生と同じ関税率です。

ただ、危惧していることはデフレの悪化です。建設、サービス、製造業などが競争激化や資本移動が益々活発化し、国内から雇用が減ってしまえば我が国の需要は間違いなく低下します。その煽りを受けて水産物は益々売れなくなるだろうなぁ、と。水産物はデフレ下では需要が低下しやすいのです。肉に比べて歩留まりの悪さ、元々そんなに安くない、なので割高感がある、、、現在のスペインやイタリアも水産物の需要減が深刻らしく、我が国同様に国産品消費キャンペーンなんかをやってます。デフレが続けばどの国も同じようになるみたいです。

漁業というのも社会を構成する産業の中のひとつであって、単体で考えても意味がないのです。完全にはできませんが、社会全体をぼんやりと見つつも、そのなかで漁業の役割とは、、、と考えるより他はないかと最近思います。

匿名希望です。 13-06-13 (木) 18:40

こういう事を書くと、たぶん先生は鬼の首を取ったように書かれるかと思いますが、TPP反対のキモは漁業補助金ですよ。関税とかは関係ないです。

aka 13-06-14 (金) 17:10

漁業補助金の原則禁止が決定すれば話は変わってくるでしょうね・・・
基盤整備部分についてはある程度必要部分もあるとは思いますが、
補助金が無くなって良い部分も多々あるような気がします。

フルボ酸鉄 13-06-14 (金) 21:12

勝川様、はじめまして。勝川様の著書、「漁業という日本の問題」を読み、「さかなTV」も毎回見ています。今回TPPについて勝川様が取り上げたことについて一点だけ気になるところがありまして。
2012年1月5日 毎日新聞 で 
 
TPPのポイント:環境 漁業補助金が焦点に

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は環境分野のルール整備も交渉対象になっている。貿易・投資を促進させるために環境規制を緩和しないことなどが議論されている。

 日本が最も懸念するのは漁業補助金の原則禁止を求められる事態だ。世界貿易機関(WTO)は、貿易をゆがめる恐れがある国内産業への補助金のあり方を議論してきたが、漁業補助金について米国などが「乱獲につながる」と主張し、日欧などは「過剰漁獲につながる補助金のみ禁止」と反論してきた。米国などはTPP交渉でも漁業補助金禁止を取り上げる方針だ。

という記事が登載されていました。もし、TPPに参加してしまうと、今の日本の漁業では環境にやさしいといはとても言えず、弁明の余地もなく、「環境保護対策」によって漁業が全般的に規制されてしまい、養殖業を含む、漁業そのものが出来なくなってしまう危険性があるのではないのでしょうか?

そうなってしまうと、もう、漁業の改善をするにも漁業自体が出来なくなってしまい、水産業の復興と改善のはずが本末転倒という形にならないでしょうか?

私自身、勝川様のブログや著書を読んで、補助金の使われ方に疑問を持っていますが、補助金における水産土木も、畠山重篤が行っている「森は海の恋人」広葉樹植林運動や杉本幹生氏の鉄炭散布のように、汚泥の除染(セシウム含む)や水中食物連鎖における基礎となる植物プランクトンの必須ミネラルとなるフルボ酸鉄やクエン酸鉄などのキレート鉄を水中に豊富に提供する、豊かな漁場復興のために幅広く応用できると思います。

水産土木も、広葉樹林をはじめとする森林からのミネラルであるキレート鉄の流れを止めるコンクリートでせき止められた結果、ミネラルが少なく、餌要素がない、貧しい漁場が出来上がってきたのですが、森林からのミネラルが提供されやすい近自然工法による沿岸整備や、キレート鉄スラグ(新日鉄ビバリーなど)を使用するなどして、ITQ導入とともに応用すれば、補助金も無駄とはならないと思います。

長文失礼しました。TPPで補助金が堰き止められたら、魚食そのものが立たれてしまうのではという危機感が募り、感想を正直に述べさせていただきました。

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