スルメイカの「倍増」漁獲枠は本当に米国流? 水産庁の“謎の計算式”を調べてみたら、全くの別物だった件

スルメイカの漁獲枠が意味不明です

今年のスルメイカのTAC(漁獲可能量)が、昨年の倍以上に増枠されました。水産庁の説明によると、これは「カナダマツイカ(Illex illecebrosus)に対する米国の管理方式」を参考にした、新しい算出方法を採用した結果だといいます。

水産庁の資料(資源管理方針に関する検討会・第8回)には、「過去最高の漁獲量の時の漁獲率 × 最近の資源量」をABC(生物学的許容漁獲量)にする、という旨の計算式が書かれています。

私が知る米国の資源管理の考え方とは、どうしても合致しません。「米国は本当にそんな意味不明な方式でABCを決めているのだろうか?」と疑問に思い、米国の一次情報を徹底的に調べてみました。

結論から言うと、やはり水産庁の説明は米国の実態とは全く異なるものでした。


AIの回答から米国公式文書の「一次情報」へ

まず、AI(ChatGPT)に米国のカナダマツイカのABCについて尋ねたところ、以下のような回答が得られました。

Illex illecebrosus のABC(Acceptable Biological Catch)40,000トンは、「資源量推定から機械的に計算された値」ではなく、不確実性の高い資源に対してSSC(Scientific and Statistical Committee)がリスク評価に基づいて採択した管理上の上限値です。

この情報の真偽を確かめるため、米国の中部大西洋漁業管理評議会(MAFMC)が公開している2023年4月のブリーフィング資料(2024~2025年の仕様設定レビュー)を確認しました。

2023年の漁獲枠40000トンを2024と2025も据え置きするとのことです。例の計算式は使っていないようです。

Staff recommends no change to the 2023 Illex specifications – the Scientific and Statistical Committee endorsed the status-quo 40,000 metric ton (MT) Illex Acceptable Biological Catch (ABC) for 2023 and recommended the same for 2024-2025.

さらに資料を読み進めると、漁獲枠を増やす議論(根拠)もあったものの、「比較的高い不確実性を考慮し、4万トンの据え置きを推奨する」と結論付けられていました。

There could be some rationale from the updated NEFSC analyses to support ABC increases.However, considering the relatively high uncertainties involved, staff recommends maintaining a 40,000 MT ABC for 2023-2025.

SSCが行ったリスク評価の具体的な中身は以下の通りです。

  • F:M比(漁獲死亡係数Fと自然死亡係数Mの比率): 現在の4万トンという漁獲量なら、データが乏しい魚種における一般的指標(F:M比が2:3)を超える確率はわずか5%である。

  • エスケープメント(親魚の生き残り率): モデル解析によれば、産卵親魚を50%以上海に残せる(逃げ切らせる)計算になる。

結論

つまり、現在の「4万トン」という枠は、経験的なアセスメント(F:M比や生き残り率)に基づき、「この水準なら安全だから据え置こう」という予防的な措置として決定されているのです。水産庁が提示したような「過去最高時の漁獲率を掛け合わせる」といった、意味不明な機械的計算で枠を無理やり広げているわけではありません。


最新の連邦官報(2026年3月)が示す最新の議論

さらに直近の動向を調べるため、米国の連邦官報(Federal Register / Vol. 91, No. 50 / 2026年3月16日発行)を確認しました。

https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2026-03-16/pdf/2026-05050.pdf?utm_source=chatgpt.com

There is no accepted stock assessment
model for Illex squid; therefore,
reference points for the stock cannot be
determined and stock status continues
to be unknown.

(カナダマツイカには承認された資源評価モデルが存在しない。そのため、管理基準値は決定できず、資源状態は依然として『不明』である)

米国政府は公式に、このイカの「資源状態はわからない」と言い切っています。だからこそ、科学委員会(SSC)はリスクを最小限に抑えるため、2026~2028年もABCを4万トンに据え置くよう提言しているのです。

官報にはこうも書かれています。

“The SSC determined that a 40,000-mt ABC would result in a low probability of the fishery falling below an escapement threshold of 40 percent (…) and only a moderate risk of exceeding an F:M ratio of 2:3 (…) Additionally, given the high level of uncertainty associated with the Illex squid stock assessment (…) the SSC determined that an increase in the ABC was not justified.”

SSCは、4万トンのABCであれば、世界のイカ類管理で使われる親魚生き残り閾値40%を下回る確率は低く、F:M比2:3を超えるリスクも中程度以下であると判断した。資源評価と代替漁獲限界解析に伴う不確実性の高さを考慮すると、ABCの引き上げを正当化することはできないと結論付けた

「情報が少ない資源(Data-poor stock)だからこそ、とりあえず控えめな漁獲枠を設定し、安全が確認できるまで枠を増やさない」。これが米国の徹底した予防原則であり、資源管理の典型例です。近年は、カナダマツイカの資源量は安定的に推移しています。


歴史的背景とカナダの姿勢、そして日本への疑問

そもそも、カナダマツイカ(Illex illecebrosus)は1970年代後半に国際的な漁業が行われ、1979年には約18万トンもの漁獲ピークを記録した歴史があります。しかし、1980年代に入ると資源が突如として激減。その後、90年代に一定の回復を見せたものの、過去の手痛い経験から、現在は「控えめな漁獲枠で慎重に付き合う魚種」として扱われています。

ひるがえって、日本のスルメイカはどうでしょうか。 歴史的な不漁に喘ぎ、明らかに資源が減少して「回復」させなければならない緊迫した状況にあります。

それにもかかわらず、水産庁は「資源状態は不明だが、安全だから枠を据え置いている」という米国の(文脈も前提も全く異なる)データ不足魚種の管理を都合よく引き合いに出し、どこを探しても見つからない「謎の掛け算式」を使って、日本のスルメイカの漁獲枠を昨年の倍以上に引き上げました。

米国の先進的な管理方式を参考にしたかのように見せかけて、その実態は、科学的根拠を無視して漁獲枠を上積みするための「隠れみの」にすぎないのではないでしょうか。今回の増枠における水産庁の算定根拠には、到底納得がいきません。

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