他国を悪者にして、国内問題から目をそらす――クロマグロ報道の無責任

クロマグロ交渉決裂を、日本のメディアはどう報じたか

交渉決裂の経緯については、先の記事で説明をした。今回は、それを日本のマスメディアがどのように伝えたかを見てみよう。

WCPFC北小委員会(NC22)における太平洋クロマグロの交渉決裂について、主要な全国ニュースがどのように報じたかを整理した。

掲載日時 媒体・番組 見出し
7月14日 17:26 テレビ朝日 太平洋クロマグロの国際会議 来年の漁獲枠拡大の合意至らず メキシコが反発
7月14日 18:41 TBSテレビ クロマグロ獲れすぎ…売れば10万円も「海に捨てるしかない」 日本提案の漁獲枠25%拡大案、メキシコが直前で別案支持し合意至らず
7月14日 20:15 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 クロマグロ国際会議 増枠合意至らず この夏、安くなる魚は? クロマグロ25%増提案
7月14日 22:32 TBSテレビ クロマグロ漁獲枠に関する国際会議 増枠で合意ならず メキシコが直前に翻意
7月15日 1:37 テレビ朝日「報道ステーション」 豊漁なのに…『クロマグロ』漁獲枠拡大の合意ならず メキシコが反対した理由は
7月15日 4:00 TBSテレビ クロマグロの漁獲枠増、メキシコが突如反対で合意に至らず 年内合意は厳しい状況に

「日本の提案をメキシコが妨害した」という報道

全国テレビ報道の見出しは、概ね次の構図に集中していた。

  • 「豊漁」「獲れすぎ」「海に捨てる」と国内漁業者の窮状を強調する
  • 日本が25%の増枠を提案したと説明する
  • メキシコが「反発」「直前に翻意」「突如反対」したため、合意できなかったとする
  • 交渉の主要争点だった東西太平洋間の配分比率には触れない

特に目立つのは、「メキシコが直前に態度を変えた」「一カ国の反対で合意できなかった」という水産庁側の説明を、そのまま見出しの中心に据えた報道である。

これらの記事から受ける印象は明快だ。

日本は合理的な増枠案を提示した。それにもかかわらず、メキシコが突然反対し、合意を妨害した。

しかし、メキシコがなぜ反対したのか、メキシコが何を要求していたのかは、ほとんど説明されていない。報道されたのはメキシコの「行動」であり、メキシコの「主張」ではなかった。

本当の争点は、増枠の可否ではなく東西の配分だった

今回の交渉で中心となった争点は、クロマグロの総漁獲枠を増やすかどうかだけではない。資源回復によって生まれた漁獲機会を、西太平洋と東太平洋の間でどのように配分するかであった。

日本は、現在に近い西82%・東18%という比率を基本的に維持する案を支持した。これに対し、米国とメキシコは、将来的に東太平洋の比率を拡大する案を支持していた。最終局面では、メキシコが初年度から東太平洋に25%を配分するよう求めた。

つまり、メキシコはクロマグロの増枠自体に反対していたのではない。

総枠が増えることには反対しない。しかし、増加分が西太平洋に偏り、東太平洋側の取り分が十分に増えない案には同意しない。

これがメキシコの一貫した立場である。

したがって、今回の交渉決裂を「日本の増枠案にメキシコが突然反対した」とだけ説明するのは正確ではない。実際には、増枠分の国際配分をめぐる利害対立が解消できなかったのである。

「日本の増枠で価格が下がるから反対した」という説明

主要報道のなかで、メキシコ側の背景に踏み込もうとしたのはテレビ朝日の「報道ステーション」である。

同番組では、北海学園大学の濱田武士教授の分析として、次のような説明が紹介された。

  • メキシコは太平洋クロマグロを漁獲し、いけすで肥育して日本に輸出している
  • 日本はクロマグロの漁獲シェアが大きい
  • 日本の漁獲枠が増えると、日本市場への供給が増えて価格が下がる
  • その結果、メキシコのマグロ養殖・輸出産業が不利益を受けるため反対した可能性がある

しかし、この説明は交渉の経緯を十分に踏まえていない。

メキシコが本当に総供給量の増加そのものを嫌っていたのであれば、資源評価の不確実性や予防原則を持ち出し、総漁獲枠の拡大自体に反対したはずである。実際のメキシコの交渉はそうではなかった。メキシコは総枠の増加を否定せず、東太平洋側にも相応の増加分を配分するよう求めていた。

少なくとも2024年以降の増枠交渉では、総枠の拡大そのものよりも、増加する漁獲機会を西太平洋と東太平洋にどう配分するかが一貫した対立点となっていた。

また、2024年の貿易統計によると、バハ・カリフォルニア州から輸出された生鮮・冷蔵の大西洋・太平洋クロマグロは、総額9520万ドルであった。主な仕向け先は米国7240万ドル、日本2080万ドルであり、すでに米国市場が最大の輸出先となっている。日本市場への依存度はすでに低くなっている。

日本側だけの増枠によって市場価格が下落すれば、メキシコが不利益を受ける可能性はある。しかし、それをメキシコが合意を拒んだ理由に直接結びつける根拠は示されておらず、推測の域を出ない。実際の交渉記録から直接確認できる中心的な争点は、価格維持ではなく、増加する漁獲機会を西太平洋と東太平洋の間でどのように配分するかであったと考えるのが妥当である。

定置網の投棄は日本国内の制度問題である

報道では、「豊漁なのに獲れない」「売れば高値になるクロマグロを海に捨てざるを得ない」といった国内漁業者の窮状が繰り返し強調された。

しかし、定置網でクロマグロが捨てられている原因は、国際的な漁獲枠が少ないことだけではない。

より直接的な原因は、

  • 定置網に配分された国内枠が少ない
  • クロマグロは定置網に突然大量に入るため、漁獲量を事前に調整しにくい
  • 枠を超過しそうになった際に、他の漁業や地域から枠を移転する仕組みが乏しい
  • 枠を超過した場合に柔軟に精算する制度がない

という日本国内の配分・運用制度にある。

国際的な日本枠が増えても、その増加分が定置網に適切に配分されず、枠の移転や融通ができなければ、同じ問題は繰り返される。

したがって、定置網でクロマグロが投棄されていることを持ち出して、メキシコを非難するのは筋違いである。国内制度の不備によって生じている問題を、国際交渉で日本案に同意しなかった国の責任に転嫁しているにすぎない。

報道で欠落していた論点

今回確認した主要報道では、次の重要な点がほとんど説明されていなかった。

本来説明すべき論点 報道での扱い
増加する漁獲機会を西太平洋と東太平洋にどう配分するか ほぼ説明なし
日本が西82%・東18%に近い比率の維持を支持したこと ほぼ説明なし
米国とメキシコが東太平洋側の比率拡大を求めてきたこと ほぼ説明なし
メキシコが初年度から東太平洋25%を求めたこと ほぼ説明なし
メキシコの要求が以前から続いていたこと ほぼ説明なし
定置網の投棄が日本国内の枠配分・運用問題であること ほぼ説明なし

一方で、次の説明は大きく扱われた。

報道上の説明 扱い
メキシコが直前に態度を変えた 多くの記事が強調
メキシコ一カ国が合意を妨げた 多くの記事が強調
日本の増枠で価格が下がることを懸念した テレビ朝日の専門家分析
日本では豊漁なのにクロマグロを捨てている 多くの記事が強調

メキシコの行動は報じたが、主張は報じなかった

今回の報道の最大の問題は、メキシコが反対したという事実だけを伝え、その背景にある配分交渉を説明しなかったことである。

その結果、

日本は資源回復に対応して合理的な増枠を提案したのに、メキシコが自国の都合で突然妨害した

という単純な物語が作られた。

しかし、国際漁業交渉では、どの国も自国の利益を最大化しようとする。資源回復によって新たな漁獲機会が生まれれば、それをどの国・地域が獲得するかをめぐって争いが生じるのは当然である。

メキシコは増枠そのものを否定したのではなく、西太平洋に偏った配分を拒否した。日本もまた、自国に有利な現行比率を維持しようとした。これは善悪の対立ではなく、国際的な利益配分をめぐる交渉である。

日本の主要報道は、この交渉の本質を十分に伝えなかった。水産庁側の説明をそのまま受け取り、メキシコの主張を確認しないまま、他国非難の物語を作ってしまった。

定置網でクロマグロが捨てられている原因は、定置網への配分枠が少なく、枠を超過した場合に柔軟に調整できないという国内制度の問題である。国際的な漁獲枠が増えても、根本的な解決にはならない。この問題でメキシコを非難するのは筋違いである。

勉強不足のまま、国内制度の問題を他国に転嫁する報道はやめるべきである。

カテゴリー: クロマグロ, マスメディア, 魚種別 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です