Home > その他 > ベニズワイの個別割当に関するコメントへの返答

ベニズワイの個別割当に関するコメントへの返答

[`evernote` not found]

漁業に携わる当事者からコメントをいただきました。
なんと、日本初の個別漁獲枠割当を導入した境港の方だそうです。
得難い機会ですので、エントリーとして独立させて、返答コメントをしたいと思います。

境港のベニズワイガニ漁業(大臣許可かにかご漁業)は、昨年9月より個別漁獲割当制を導入しました。
取り組んでいる操業船は、境港を根拠地として日韓暫定水域および我が国水域で操業する当該漁業大臣許可船で、島根県5隻、鳥取県5隻、新潟県2隻、計12隻。
ベニズワイガニ(以下ベニガニ)は、深海生物であるため科学的知見も乏しく絶対資源量が把握できていないため、従ってTACも設定できません。TACのない個別漁獲割当制とは?アリですか?あるIQ信者の人は、そんな科学的根拠のない個別割当は詐欺だ、と言いましたが。

IQの合計値が、漁獲量の上限になるので、TACはあるはずです。そのTACが科学的見地に基づいて居ないと言うことですね。漁獲枠の合計がどうやって決められているにせよ、船ごとに漁獲枠が配分されているならば、IQ制度になります。厳密に言うと、IVQ(Individual Vessel Quota)と呼ぶべきでしょう。「あるIQ信者の人」というのは、むしろ、「科学的アセスメント信者」なのだとおもいます。私自身は漁業が上手くいけばよいのであって、科学的に厳密であると言うことはそれほど重視していません。むしろ、漁獲枠が設定できないような資源に対して、もっともらしく漁獲枠を設定する方が詐欺だとおもいます。

これには背景があります。
当初、当地のベニガニ資源回復計画(平成17年より実施)は、従来7~8月の禁漁期に1ヶ月の休漁追加をもって10%の漁獲努力量の削減をおこない、これ によって資源の減少傾向を止め、将来的には増加も期待する、というような、いささかぼやかした内容でスタートしました。スタートを切ることを第一義とした からです。
実際、この休漁でさえ、島根・鳥取・新潟のうち県からの支援体制ができたのは鳥取のみで、他船籍の船は、国と自前の分担金だけで休漁を決断した状態でした。
加えて、平成17年3月の油賠法の施行によるベニガニ加工原料の輸入停止、そして平成18年10月の北朝鮮核実験→経済制裁により北鮮漁場に出漁し ていた3隻の減船(国内漁場に操業船を増やさないための措置として)が相次いで起こり、加工・仲買サイドから休漁措置を見直してほしいとの要望が出されたわけです。
ちなみに当地では回復計画の実施を契機として平成17年より「境港ベニズワイガニ産業三者協議会」を立ち上げており(三者とは生産者・荷受け・加工 仲買)、当該計画の内容はもちろん、安定した需給を確保するための市場形成、自主的な相互監視体制の構築、付加価値向上や流通の改善、産物のPRなど、当 該産業に関わる全ての事項を合議・決定する体制にあります。
原則は「前浜あっての沖、沖あっての前浜」の精神です。

さて、原料の供給不足は必至であるが、それではここまで来た回復計画の取り組みを後退させるのか、という議論を当協議会で重ねた結果、「漁獲努力量」ではなく「漁獲量」で10%削減をしてはどうかとの案が浮上。ちょうど平成17年以降、暫定水域内の漁場を新規開拓したこともあって水揚げが上向きつつあったことを幸いに、「現状より後退しない」を是とし、平成18 年度漁期の各船漁獲量の10%を減じた量を上限とし、それを積算した量を総漁獲量上限とすることとしました(通常なら過去5中3の平均、といったところでしょうが)。

そして、更にその総枠を各船の実績に応じて再配分し、平均漁獲に満たない6隻の船に対しては、「暫定水域内の漁場を新規開拓したときに限り(暫定水域内は回復計画の対象外なので)」平均漁獲量までは獲れるようにする留保枠を設定しました。また、この措置に併せて、漁獲サイズ以下の資源を効率よく残すため、9㎝以下の小ガニを生きた状態で逃がすことのできる脱出口(リング)の導入を開始しました。これは平成23年には全カゴ換装の見込みです。リングの効果および各船の漁場別の体長組成調査は、鳥取県水産試験場と業界の共同研究という形をとり、継続してモニター中です。
これらの取り組みを全て合わせ、年間総漁獲可能枠約1万トンということで三者協議会において合意し、現在に至っております。この方式は適宜修正を加えていく必要があるかと思われますが、当面、平成23年まではこのまま動かしつつ様子見です。陸も沖も、常にモニターしながら今後の改善策(資源が回復した場合の増枠や譲渡可能にする妥当性の検討)を練る、というやり方です。

生産者にとってみれば、資源が増えてきてもこれ以上は獲れない→漁場を合理的に管理しカニ質を向上させることによって単価を上げる努力をせざるを得ない。
荷受けや加工仲買にとってみれば、従来の薄利多売型の商売方法にしがみつかず、質の向上したカニをより高価値で販売するための努力を開始せざるを得ない。
ということになり、本来利害の対立する2者および中に立つ1者が、それぞれ智恵を出し合い、死なない程度ギリギリのやせ我慢を続けられるバランス点を維持すること、これが継続のカギです。
結果として、漁期後半に入った現時点で、漁獲量が1割減にもかかわらず、漁獲金額は2割増、単価は最高で4割増というのが現況です。これを聞いて、ヨカッタではないですか、やはりIQですね、と喜び自己確認・持論肯定される方もおられましょうが、これまで述べ来たましたとおり、これで厳密にIQと呼べるのでしょうか。違いますね。

http://www.jfa.maff.go.jp/sigen/nihonkai%20benizuwai.pdfなどを読んで、概要は知っていたのですが、当事者に説明していただくと、大変勉強になります。

漁獲枠を船ごとに配分したから、単価を上げるインセンティブが生じて、結果として、限られた漁獲枠から多くの経済利益を引き出せたということです。IQ制度は、質で勝負する漁業への転換を促すという良い見本だと思います。まあ、「資源管理に基づく漁獲上限制」と呼ぼうと、IQと呼ぼうと、どうでも良い話です。「漁船ごとに漁獲枠を予め配分したら、単価が上がった」ということが重要です。オリンピック制度のままだったら、こうはならないですよね?

境港では、念のため「資源管理に基づく漁獲上限制」という名称にしております。
ま、地域が合意の上でちゃんと前に進めることができるなら名称は何だっていいわけですが、ややこしい人がたくさんいるご時世ですから、誤解は避けねばなりません。
また、カニという移動性の少ない、特にカゴ漁業という固定性の強い漁具において、このような管理ができたからといって、これに汎用性があるかと言えば、必ずしもそうではないでしょう。
逆に、あれはカニだからできたのだと言って終わりでは、何の進化にもつながらない。
要は、ここから日本の地域適応型管理漁業のエッセンスと可能性を抽出してほしいと願う次第です。

「個々の漁業者に上限漁獲枠が設定される→漁業者は漁獲の質で勝負するようになる」というメカニズムはカゴ漁業でなくとも機能します(現に海外では機能してます)。とくに、タコが足を食うように身内で熾烈な競争を繰り広げている某まき網漁業には効果覿面でしょう。

昨今のIQやITQをはじめとする日本漁業の再生理論は、とかく西洋型を模範としている傾向があり、これに対して日本型の管理方策、すなわちTAC・ TAE・IQ・その他可能性のある取り組み全てを含めて地域ごとに最も適した維持管理方法を早急に模索すべき時期なのですが、ZGRやFAGも反発心が先行するが故か遅々として進まず、といったように見受けます。少なくともこの課題について大きな組織が何を考えているのか、境港からは見えないし聞こえてきません。

西洋型、日本型という単純な二元論は物事の本質を誤ると思います。TACにしても、IQにしても発祥は海外です。
TAEというのは日本独自の名称ですが、努力量の規制は何処の国でもやっているでしょう。保護区、禁漁期なども、別に日本独自というものではありません。いわゆる日本の資源管理型漁業には、ポーズだけの実績作りが多いです。日本独自の現象と言えると思いますが、これが日本型管理ではないはずです。では、日本型というのは、なんなのでしょう?

ZGRは、なんのビジョンも無いのは明白です。FAGも若手を中心に危機感は高まっていますが、役所の中には処方箋が無いようです。要するに、困っているだけで、問題解決には動いていない(動けない)のが実情でしょう。

いずれにせよ、仮に大きな中央組織がアテにならないようであったとしても、たとえば現場の各漁業(産業)ベースの組織(既存の漁連単位、もしくは新 たな機構等の設立)に西洋案に代わる具体案を創出する機能を求めていく必要があると思っています。その中で欠かせないのが、金が出ない以上、関係者のやせ 我慢の臨界点を探るための調整であり、問題は、それをダレがやるのか、です。
抜本的改革が必要、と言う人が多い昨今ではありますが、現場から見るとそんな大げさなものではなく、今よりも一歩でも良い方向に進むために、地域や 漁業種類に最も適した取り組みを合理的に発想・選択し、それらを複合的に取り組み、継続する、ということだけなのです。手段は問いません。
つまり”抜本的”ではなく、地域ごとに短・中・長期的ビジョンをしっかりつくり、ひとつひとつこなしていく、ということに尽きます。

方法は問わず、上手くいけばそれで良いというのは、全く同感です。機能するなら、西洋案でも構わないと思いますが、なぜ西洋案ではだめなのですか。IQに関して言えば、日本の制度ではありませんが、機能するのはたしかです。個々の漁業者は自らの利益を増やそうとする以上、自分の漁獲量が限られれば、質を上げるように努力します。理論的にもそうなるし、現にIQを導入した漁業はそうなっています。現に、境港でも個別漁獲割当を導入して、漁獲量を減らしながら、漁獲金額が上がったではないですか。

私は、現在の漁業の問題点を分析した上で、長期的なグランドデザインが必要だと思います。今の漁業にはあるのは、当事者間の利害調整だけで、ビジョンなど無いでしょう。ZGRやFAGを批判するのは簡単ですが、漁業者にもビジョンがあるとは思えません。長期的ビジョンをもつというだけでも、漁業にとっては抜本的な変化だと思います。実際に出来ることは、小さいことを積み重ねていくのが近道かもしれませんが、どちらの方向に何を積み重ねていくかを決めるためには、長期的なビジョンが不可欠です。長期的なビジョンが無ければ、なにが「合理的」かをだれがどう判断するのでしょうか?

端的な表現になりますが、IQ派もアンチIQ派も、理論的にはそれぞれおありでしょうが(ない方もおられるようですが)、失礼ながら、いずれも頭の体操に見えるのです。勉強にはなるのですが。

アンチIQ派の理論というのはお目にかかったことがないですね。「漁業大国の日本が他国のマネをするなど、まかり成らん」というような心情論が全てだと思います。IQよりオリンピック制度が優れているという理論はありません。そのことを理論的に示せるなら、世界の水産資源学に革命的なインパクトを与えるでしょう。理論的に示せるものなら、示してもらいたいですね。

いずれの考え方にせよ、実際に、その理論でちゃんと現場を調整して資源管理へ向けて進んでごらんなさいと申し上げたい。公的に意見を述べる責任がそこにあると思います。分業でもいいのですけど、その場合は連携作業が必要になります。

研究者として、自らの理論には責任を持つつもりですが、それが実行に移されるかどうかは社会的な問題です。私自身は、現場の調整などという不向きな仕事をやるよりは、大きな方向性を示すことにエネルギーを費やすつもりです。このスタンスをどう評価するかどうかは、ひとそれぞれでしょうね。

水産の世間を見渡しますれば、漁師はもう信用できないとして全面的に大きな力で管理しようとするのか、あるいは、漁師は必ず自らを管理できるように なるとして新たな連携作りを構想するのか、あるいは論外ですが単に保身に腐心してうわべだけもっともらしく飾るのか、このへんで議論の方向性とこの問題に 対する姿勢が分かれているように見えます。私は、日本の水産業に関わる限り、有象無象の漁業者の可能性を追究し、徹底的につきあうスタンスをとっていただくことを各方面に期待しています。
たしかに中にはヒドイ漁業もありますが、これもまた、調整・教育・脅し(もとい危機感の煽り)によって活路を開けるものと考えています。いずれにしても今のままでは早晩死に絶えてゆくわけですから。

漁師は短期的な経済的な個人利益の追求という面では信用できますが、資源の持続的利用に関しては不安が残ります。信用できる部分は丸投げし、不安が残る部分は研究者&行政がサポートするのが重要でしょう。役割分担をしっかりすることです。それぞれの要素が、自らの役割について、しっかりと説明責任を果たせるようにすれば良いと思います。

漁業者が利益を伸ばすために努力をすると持続的に漁業が発展するようなルールをつくるのが、私の仕事です。現状では、ITQが最もその理想に近いルールです。もし、ITQよりも優れたルールが見つかれば、その瞬間にでもそちらに乗り換えます。

Comments:5

匿名甘えヒト 08-04-07 (月) 22:43

すごいな・・・

海豚親父 08-04-08 (火) 19:42

久しぶりに失礼します。

>研究者として、自らの理論には責任を持つつもりですが、それが実行に移されるかどうかは社会的な問題です。私自身は、現場の調整などという不向きな仕事をやるよりは、大きな方向性を示すことにエネルギーを費やすつもりです。このスタンスをどう評価するかどうかは、ひとそれぞれでしょうね。

ブログ全体からは、少なく獲って高く売り、利益と資源を守ろうとのご意見に納得しております。しかし周りを見ると、仰せの通り雇用の流動性はノルウェーほど高くない。社会的な問題の最重要点はここだと思います。離業して他の仕事で食っていけるなら問題はありません。次善として少なくとも一時的には漁業者への公的な経済援助なくしては勝川さんのご高説は実現できないように思われます。私も関係者として、社会のあり方が変わらないとどうにもならないという無力感を抱いているのは事実です。しかし上記のお書きぶりのように役割分担してしまっては、身もフタもありません。私は浜も歩くし、行政にももの申してゆくつもりです。

県職員 08-04-09 (水) 9:56

浜歩きから,OMまで全てこなせる巨人になれる人になれる人はなかなかいないでしょうから,それぞれの専門家が部分的にオーバーラップしながら,1つの目標に向かって進んで行ければ良いと思います。

ウエカツ水産 08-04-10 (木) 17:10

to:勝川さま

当地ベニズワイの資源管理を取り上げてくださり、ありがとうございました。自分たちがこの3年間取り組んできたことを振り返って考えるよい機会となりました。

一点申し上げるならば、今でこそ時流に合わせてTACとかIQといった言葉を使って会話しておりますが、これは便宜上のことで、実際に私たちが進めている管理措置は、カニカゴ漁業の現場における資源管理、および関連産業三者の「調整」の産物なのです。
つまり、用語やその意味・思想の導入から始まったのではなく、考え方と方策自体が現状に対して連続する現場調整の中から生まれた、というのが実態です。

それが結果的に洋の東西いずれの型であろうと判断することはその道の方におまかせすることとして、当該産業が少しずつでも好ましい方向に進んでいる以上、当事者においては何等こだわるところはありません。

恥ずかしながら私も、海外の事例を知っているわけでもなく、用語の意味を正しく理解しているのかどうかも疑わしいことと自戒しております。ただ“それでもできる”ということが、自分たちの方向性を評価する判断基準となっています。

ですから逆に、私たちがやっていることを研究者の方々の科学的視点から整理をしていただけることすれば、結果としてそれが日本型(というより「当地型」。仮にそれが西洋型と同じであったにせよ)と言っていいのではなかろうかと思っています。
そこに辿り着くまでには、地道な活動の連続があるだけであり、普遍的な理論から入って行くにはどうしてもギャップがあるように感じます。

今構想している中長期的視野は、こうしてこれまで考えながら具体的に一歩ずつ前に進み、修正していくうちに見えてきたものです。
これが合理的かどうか、科学的かどうかの判断は、これもやりながら評価を受けたり考えたりの中でなされるであろうと期待しています。

現在の当地ベニズワイ産業における中長期的視野を述べますと、具体的には次のとおりとなります。

①漁場に加入する漁獲前サイズのカニの保護による資源の持続的利用への期待。
②漁獲上限を個別設定することによって生じる各漁業者にとっての適度な緊張感の中で生じる、各自の計画生産性、および品質価値向上努力の醸成への期待。
③年間10ヶ月間の漁期から得られるベニズワイの仕向け配分の調整(最低限必要な加工原料の確保と更なる価値、たとえば冬季のみならず春・夏のカニ販売の促進等への試み)。また、これによって最低限老朽化した漁船を代船できる程度の収入・貯蓄の確保。
④総じて関連産業が最小限の犠牲でとどまるような調整の下に創出される競争力が資源に向かわないバランスのとれた当該魚種の市場形成。

そしてこれらを、行政主導ではなく、全て当該産業三者協議会で合議して進めていく点に、私は浜の関係者の可能性と期待を見出しています。

日本の漁業は体系立って管理されていない部分が多く、ひとつの管理方策理論を現場におろすにしても、10の漁業があれば10通りの調整方法があってもおかしくないように見受けます。
私が今の日本の水産業に対して危機感をもつのは、その作業が具体的に進んでいない点です。誰が旗振りをするのでしょうか。このままでは大きな権力や理論に流されてしまったとしても文句をつぶやくだけで終わってしまうかもしれません。
なんとかガンバッテいただきたいものです。

とりいそぎ、お礼とコメントまで。今後ともよろしくお願いいたします。

ウエカツ水産 08-04-12 (土) 16:49

たびたび失礼いたします。

ここで勝川さんが『漁獲枠を船ごとに配分したから、単価を上げるインセンティブが生じて、結果として、限られた漁獲枠から多くの経済利益を引き出せたということです。IQ制度は、質で勝負する漁業への転換を促すという良い見本だと思います。まあ、「資源管理に基づく漁獲上限制」と呼ぼうと、IQと呼ぼうと、どうでも良い話です。「漁船ごとに漁獲枠を予め配分したら、単価が上がった」ということが重要です。オリンピック制度のままだったら、こうはならないですよね?』
と述べられたことにつき、私の説明で言葉足らずの部分があったと思われたので追加ご説明いたします。

個別割当というものをオリンピック制の対極として比較すると、たしかに当地での単価上昇は個別割当導入後に起こっているので,それが故の結果であったと思われがちですが,,,
実際には、北鮮漁場への入漁がなくなって従前の供給量の3割が減少したこと、加えてその3隻を資源管理措置のために(国内水域の操業船を増加させないために)国際減船したことによる更なる供給量の減少があったことが、最も効いているものと思われます。
北鮮出漁船3隻が減船して操業を停止した直後から単価は急激に上昇していたのであって,必然的にタイミングとしてそれが個別割当導入と重なったので,個別割当が単価上昇に大きく貢献したと見えやすいのです。従って,仮に個別割当制導入が単価上昇に貢献した,と判断するためには,あらためてここ3年間一連の市場経済的動きを解析する作業が必要となります。そのような研究者は今のところおられないようですが,誰かおやりになりませんかね。

個別割当導入後、当然のことながらその枠を超えないように、各船とも漁獲枠消化率をにらみながら年間計画を立てて漁獲・入港する傾向にはありますが、それは加工仲買側にとって工場を計画的に回す上ではありがたいことでこそあれ、単価を上げる主たる理由にはなりませんでした。
なぜなら、当地のベニズワイかご漁業は、兵庫から北海道にかけての知事許可小型船による同漁業と違い,一部の生鮮扱い(全体の1割未満)を除けば,量的に処理できる加工業があってこそ成立する漁業種類であるため,末端の加工品(むき身やカニミソなど)の単価の値上げに限界がある現状下で漁業者と加工業者の両立を図ろうとすれば,「単価は上がりすぎても下がりすぎてもいけない」という市場バランスが求められるわけです。よほどのことがない限り,基本的に急激な単価の上昇はあってはならない産業です。逆に,これがどちらかに偏ってしまえば,どちらかが先に倒れていき,ひいては総倒れになるのです。

では,どれほど漁獲量を削減すれば単価が上がるのかという考え方で進めてしまうと,こんどは加工業が成り立たず,これも総倒れ。それでは資源量に基づき科学的に妥当な漁獲規制をしようとすれば,当該魚種は絶対資源量を把握できない深海生物であるということで,結局何もできないということになりかねない。

単価が大幅に上昇した今漁期を踏まえ,何が問題になっているかといえば,こんどは単価が上がりすぎないようにするにはどうしたらよいか、一方入札において最低単価を設定できないか、これが現在当地三者協議会が抱える課題です。
これを解決するためには、たとえば「カニは冬のもの」という世間の既成概念を崩すべく周年カニ食の普及を図るとか、流通・消費のラインに対して根強い需要が定着するよう絶え間ない継続した働きかけを展開する必要があります。多様性のある消費末端あっての市場単価の上昇ですから。
中長期展望の中で“バランスのとれた市場”としているのはこのようなことをひっくるめて言っているのです。

では,そもそも保障もないのに,なぜ個別割当制に踏み切れたのでしょうか。
当地での個別割当は、はじめから単価が上げることを想定ないし目的として導入したものではなく(仮にそのような目的であれば三者協議会における当該陸上産業との調整がとれず)、既に述べたとおり,あくまでも資源管理の取り組みを後退させないための休漁措置に代わる“何か”を模索した結果ですし、加えてほかにも資源に対して貢献できることはないかと探した結果の小ガニ脱出口導入の併用でした。
「事情により休漁ができなくなった→個別割当と脱出口の抱き合わせで対応」つまり,資源回復計画をツールとして今のピンチを別のチャンスに転じ,先は見えないながらもギリギリ勝負に出た,という,今振り返れば乱暴なことであります。
これまでずっと,日頃から準備だけは進めておき,いくつものカードを手に持ち,チャンスを逃さずにできることからやる,という方式でやってきました。これがたとえば行政や研究者主導の“ねばならない”型の一定の理論の下にすっきり一刀両断する方式では,流れる血が多すぎるのです。

資源のことを考えますと,漁獲の10%削減と個別割当自体はあくまでも10%休漁追加の代替品であったとしても、小ガニ脱出口の導入が資源維持に直接効果あることは調査結果で明らかになっていたので、2年ばかりこれを導入するチャンスをうかがっていたのですが,漁場別の甲幅組成を示し,三者協議会で合意を得て,抱き合わせ導入が可能となりました。カニのサイズが大きくなれば必然的に漁獲量は減るので,単価が上がってほしいのは当然ですが,しかし当初から単価が上がることが見えていたわけではなかったので(先述したようなベニガニ市場原理がありますので)、これは「ひとつの賭けであった」と言えます。
一歩間違えば,再び資源回復計画以前の状態に戻る危険性をはらんでいましたが,幸い,北朝鮮への経済制裁および減船という一種の“事故”によって単価が上がり救われたため、現在も支援なしで資源管理措置を継続することができている、というのが本当のところです。

そういうわけで運良く今漁期は単価が上がりました。
が、海洋環境もここ2年くらいで急激に変化してきていますし、北鮮経済制裁が解除すれば再びアチラからの輸入が再開して単価が下落する可能性もあるなど、この先何が起こるかわからない状況に変わりはなく、日々油断はできません。燃油も高騰していることであり、けして楽ではありません。ヤセ我慢をしつつ将来へ向けての布石をうち続け,それがどこまで持つかの勝負です。

**********
ベニズワイかご漁業を取り巻く環境,および私共の取り組みとその効果について整理すると,次のようになります。

①資源回復計画→絶対資源量が把握できないため相対資源量をみながらできることから取り組むという緩やかかつ可能性を孕んだ内容とした。当該計画の策定作業過程で,それまでバラバラだった漁業者同士,更には本来利害対立関係にある生産者と加工仲買および仲介調整者である荷受けが,常に顔を合わせて合議する体制(三者協議会)につながった。
②回復計画に基づく追加休漁(漁獲努力量の10%削減)→休漁に必要な経費は国・県・漁業者それぞれ1/3ずつの負担であったが,県の予算措置がなされたのは島根・鳥取・新潟3県のうち,鳥取の1県のみ。しかも単年見直しの暫定予算であったため,極めて苦しい取り組みとなった。
③禁漁中の網スソの開放→当該大臣許可漁業は,漁場が極めて遠方であるため,従来より漁期終了前には,餌を入れない漁具を,漁場以外の深場にまとめて沈設して禁漁に入っていたが,研究報告からゴーストフィッシングの可能性が指摘されたことを受け,沈設するカゴの網スソを全て開放する措置を実施した。
④カニ甲幅の自主計測および抜きうち取締の実施→全船全航海を対象として荷受けが自主計測をおこなうことによって,行政による抜き打ち検査と合わせることによって,三者における資源期管理意識が緊張感をもって持続されることとなった。
⑤北鮮出漁船3隻の国際減船→大幅な供給量の減少につながったため(約30%),単価の上昇につながった。これによって,平成19~20年の燃油高騰に対して経営を維持することができた。またその結果,代替として同時に開始した個別割当制と小ガニ脱出口の導入によって生じたかもしれない急激な漁獲金額減による致命的なダメージを受けずに済んだ。
⑥個別漁獲割当制の導入→北鮮出漁船の減船に伴い,三者協議会にて追加休漁の廃止および代替措置の実施について検討した結果,前年度漁期の10%削減漁を各船に実績に応じて割り当てることとした。その結果,漁業者においては投機性が低下し,各船が自主的に操業日数を調節するなど,計画性をもった操業・水揚げ習慣が定着しつつある。これを受けて陸上加工産業も,計画的な生産および付加価値向上に対してより努力を投じる結果となった。ただし,これが単価の上昇につながるかは,今後の取り組み方(主に売り方)次第。
⑦小ガニ脱出口の導入→個別割当制と併せて導入した結果,資源に対して最も貢献しているのはこの取り組みである。結果として1航海当たりの漁獲量は抑えられているが,これでもやっていけるのは⑤の減船があったから。現在鳥取水試と協働でおこなっているモニタリング調査によれば,漁場における甲幅組成に今後加入する大きな山が二つ見えており,ここ1~2年間が辛抱の時と期待。
⑧自社販売枠の設定→これまで9割以上を地元の加工業に依存していた漁業者に,自らも売る努力をする姿勢を持たせるため,また品質の良いベニズワイを広く全国に広めるため,船主による自社販売および従来の流通を阻害しない販売方法の開拓を一定の枠を設けて推進する。これは徐々に効果が上がっている。
**********

上昇した単価を維持できるかどうかは、むしろ国内陸送や海外からの輸入動向をしっかり把握し,これらに負けない,あるいは視点を変えた流通形態の開拓など,今後の販売戦略・PR等,ベニズワイガニ産業三者+行政が真剣にどこまで努力できるかにかかっていると思います。逆にこれをしないまま個別割当制を導入した場合,苦しさだけが残る結果になるのではないでしょうか。

よそ様の業界に口出しては恐縮ですが,たとえばまき網のような大資本投入大量漁獲型の漁業が抱える現状に対して,ポンとIQ導入を義務づけたとしたら,これの崩壊は明らかです。というより,具体的には導入までの入念な準備が必要で,しかも準備を進めつつ段階的な措置を併せて実施していかなければなければなりません。たとえば当地でいいますと,まずは夏季に大量漁獲されるクロマグロから,とか。いろいろとストーリーが作れますので。
いずれにせよ,これに至るには多くの調整とそれを考えおこなう人材,そして時間が必要だと思います。

ちなみに私共のベニズワイかご漁業では,全力投球して丸4年かかり,ようやく目鼻がついてきたかな,というところです。現場の三者協議会も頑張りましたが,これには水産庁をはじめとして多くの行政担当者の働きが欠かせませんでした。現に自主的にカニの甲幅測定を実施し,これを当地境港漁業調整事務所に毎日報告しているほか,同事務所取締担当による抜き打ち検査もあり,また,個別割当制の遵守を担保するため,全船全航海の日報により漁獲位置と揚げカゴ数および漁獲量をリアルタイムで把握し,かつ荷受けの仕切り書との照合までしておりますが,この作業をしているところは,全て当地の行政機関なのであります。要は「人」です。誰と誰が協力して具体的にやるのかです。

ということで補足まで(にしてはいささか長くて恐縮です)。

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://katukawa.com/wp-trackback.php?p=554
Listed below are links to weblogs that reference
ベニズワイの個別割当に関するコメントへの返答 from 勝川俊雄公式サイト

Home > その他 > ベニズワイの個別割当に関するコメントへの返答

Search
Feeds
Meta
Twitter
アクセス
  • オンライン: 2
  • 今日: 429(ユニーク: 213)
  • 昨日: 413
  • トータル: 9520332

from 18 Mar. 2009

Return to page top