環境調和論という授業をした

東京大学の工学部で環境調和論という授業を2日分担当した。

前半は漁業の現状(惨状)について解説し、

後半は水産業改革について紹介した。
後半は異動日前日で、午前中に辞令を受け取ってから、午後に授業だったので、
「ここで交通事故にあったら、俺の身分は35歳無職なのかな?」と思い、車に注意しながら本郷に向かった。

後半の内容はこんな感じ

  • 専門知識をつかって社会を良くする新しい研究者のありかた
  • 水産庁と全漁連はなぜ改革に反対するのか?
  • 役所と闘うにはどうしたらよいか?
  • マスコミ対応(失敗談&成功談)
  • ウェブサイトの効用

とにかく学生に刺激を与えて欲しいという依頼だったので、
授業と言うよりは、放談会みたいな感じ。

パワーポイントファイルは、ウェブでは公開できません(笑

やばいところを削ったのを作るのは可能だけど、それじゃおもしろくないからなぁ。



漁業の現状を解説した前半の授業は寝ていたり、
下を向いていたりしている学生が多かったが、

後半はほとんどの学生が顔を上げて最後まで集中力を持って聞いてくれた。

俺としても情熱を持ってはなせるテーマで、そのために準備もした。

そうすると、学生も関心を持って聞いてくれる。

聞いてくれていることが伝わるとこちらも話し甲斐があるから、さらに楽しくはなせる。

授業もライブだということを実感したよ。

教官と学生の相互効果が合ってこそ、良い授業になる。



つまらない授業の原因は、教官の側にある場合が多い。

そこで学生が露骨につまらなそうなリアクションをすると、教官の側もモチベーションが低下する。

そうするとますます授業がつまらなくなると言う悪循環だ。

この悪循環を避けるために、教官は授業のスキルを磨かねばならない。

逆に学生の側も、自分の態度が教官のモチベーションを通じて授業に影響を与えることを自覚した方がよい。

まあ、俺も学生の頃は、つまらない授業は速攻で寝てた口なんだけどね(笑
逆の立場になると見えてくるものがあります。



俺が授業において伝えたかったことは次の2点。

● 自分の信念をつらぬくことは、大変だけれども、楽しいことだ。

● 若いうちから、守りに入らずに、自分の考えを大切にした方がよい。

俺のメッセージはどの程度、伝わったのだろうか。

まあ、授業の時間を楽しく過ごしてくれて、

「自分もなんかやってみるか」と少しでも積極的な気持ちになってくれれば、

俺としては授業をした意味があったと思う。

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三重に来ました

三重大にやって参りました

異動に関連する手続きに追われております。
それにつけても、居室から、海が見えるのが素晴らしい。
なんだか、とても和みます。

今日は夕方から東京で会議ですよ。
新幹線で仕事をしようと思ったら、ノートの電源を忘れて、電池切れです。
まいっちんぐ

 

 

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英国で青魚ブームらしい

http://www.japanjournals.com/dailynews/080627/news080627_4.html

魚奪い合いの時代を象徴するニュースですな。
世界の金持ちが魚を買うから、
日本の貧乏人は魚が食べられなくなるかもしれない。
その一方で、乱獲された日本の魚は世界の貧乏人の食卓に並んでいる。

自国の資源を海外に投げ売りする漁業を税金で支えて、
いったい納税者に何の利益があるのだろうか。
食料自給にとってもマイナスでしかない。

せめて日本人が食べる大きさにしてから獲るべきだろう。

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引っ越し難航中

月曜の朝いちばんに荷物の積み込みなのに、
全然、片付かないであります。
あらかた詰め終わったんだけど、細々したモノが残りまくりで、嫌になる。

サーバの引っ越し作業どころじゃないです。

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資源変動と流通加工の変化に対応した多獲性魚類の漁業生産のこれから

水産海洋の和文誌におもしろいシンポジウム記録があった。

東北ブロック水産海洋地域研究集会
資源変動と流通加工の変化に対応した多獲性魚類の漁業生産のこれから
水産海洋 72(2) 113-143, 2008

示唆に富む内容で、「聴きに行かなくて、残念だったな」と思った。
漁業をなんとかしたいという意志を持った人たちばかり、よく集めたと思う。
これ以上の人材は、国内にはあまりいないだろう。
逆にいうと、日本の漁業界の発想の限界が示されたということだ。
漁業が衰退していく中で、どう立ち回るかばかり議論していて、
漁業という産業の構造的な問題に誰も切り込まない。
なんの政策もなく、政局ばかり見ている政治家と同じ構図だ。

獲るところで終わりにせずに、加工・流通までつなげようという意図はすばらしい。
ただ、流通・加工に関しても、獲る側からの視点が強く、
最終的な消費者が頭に無いのは残念だ。
産業を考える起点は、魚を捕りたい漁業者ではなく、消費者であるべきだ。
日本の漁業を、消費者が求める魚を獲るための産業にしないといけない。
物事を考える方向が逆だと思う。

また、「経費削減で採算割れを防ごう」というのが主な関心のようだが、
この考えをいくら進めても、漁業の衰退を止めることはできないだろう。
日本近海の魚は、急激に減り続けている。
資源管理をしないで、今まで通り魚をとり続けようというのは非現実的だ。
補助金で省エネ漁船を新造し、瞬間的に採算を合わせたところで、
赤字に転落するのは時間の問題だろう。漁船を新造する費用が稼げるとは思えない。
今後も、今と同じだけ魚が捕れるように資源管理をしないと駄目だろう。

1)資源管理をしかりやる
2)マーケティングを徹底し、消費者が求める魚を持続的に安定供給する

この2つの視点から、利益が出るような漁業のあり方を考えないといけない。
漁業者が獲れるものを獲れるだけ獲ってくる現状を変えないといけない。
消費者無視の漁業の現状に手を入れず、漁船の構造を多少効率化したぐらいで、
漁業の方向は変わるはずがない。

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授業でした

今日は工学部で環境調和論の授業でした。

yahoi.jpg

その後は、RIETIで丹羽さんの話を聞いています。
いろいろと勉強になります。

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異動のお知らせ

来月から、国立大学法人 三重大学 大学院生物資源学研究科の准教授になります。

というわけで、近いうちにこのサイトも引っ越します。
三重大学にサーバをおくか、それとも外部のサービスを使うか検討中です。

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日本の流通システム その6 地方で獲れた魚の行方

地方でとれた魚は、こんな感じで流れていく

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地産地消
産地市場の魚は大部分は地元で消費される。
仲卸→地元の小売り(魚屋・料理屋)のつながりは、地方の方が都心部よりも太い。
しかし、地方経済の衰退、過疎化などで、今後細っていく可能性が高い

地産他消
産地市場から外に出て行く経路を地産他消と呼ぶことにしよう。
地産他消は、高級魚と低級魚に二分化される。
高級魚は、地方よりも都市部の方が高い値段がつきやすいので、
築地などの大都市の消費者市場に送られる。
一方、地元でも買い手がつかないようなローソクサバなどは、
養殖の餌になったり、中国やアフリカに輸出される。

他産地消
一方で、地方の小売り店には、よそから入ってくる魚もある。
地方のスーパーマーケットにも世界中の魚が並んでいる。
石垣島のように、漁業が盛んで、輸送料が高い場所でも、
様々な魚が外部から入ってきている。

地域市場では、頭とシッポが輸出され、胴体の部分が地元で消費される。
地元で獲れない魚や、地元の生産が減少した魚は、外から入ってくる。

現在、増えているのが、低級魚の外国向け輸出と、外から入ってくる魚。
減っているのが、高級魚の地産他消と地産地消だろう。

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日本の流通システム その5 産地市場と消費地市場

勝川さんが説明された「卸売市場」に関し、是非、「産地市場」と「消費地市場」に分けて整理されることをお勧めします。

このエントリーで言及された「卸売市場」とは、恐らく「消費地市場」についてであって、「市場外流通」の話も漁船が直に水揚げしている産地市場の現状とは別次元と思います。

産地市場で取引された水産物(主に鮮魚)は、そのまま小売店経由で消費者に流れるもの、消費地市場を通ってから小売店・消費者へと流れるもの、消費地市場から更に消費地市場に流れて同消費者へ流れるものなど、流通経路は想像以上に複雑です。また、養殖魚の流通は、一般の鮮魚とも経路が少し異なります

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/06/post_359.html#comments

 ある水産関係者さんから、アドバイスをいただいたので、少し整理してみた。

地方卸売市場(産地市場)というのは、水揚げする場所に市場があるような感じ。
産地市場では、セリが今でも主役である。
産地の小売りに卸すよりも、中央卸売市場(消費地市場)の方が値がつくものは、そちらに送られる。
地方卸売市場には、地域の台所としての役割と、他の地域へ送る魚を選別する機能がある。

中央卸売市場(消費地市場)は、大都市に設置されている。
日本各地から集めてきた魚を、その都市の消費者に流すのが目的だ。
日本を代表する消費地市場の築地には、日本中、世界中から、魚が集まってくる。
前述のように、中央卸売市場では、セリ以外の取引が主流になっている。

昨日、築地で飲んできたのだが、9時半頃には市場は動き出していた。
そのときに聞いた話では、築地では商品は毎日2回転するらしい。
1回転目はスーパー用の商材で、市場としても利益はでない。
スーパーの鮮魚コーナーの8割は赤字だから、利益が出るはずがない。
2回転目は、おそらく仲卸の相対が主体なのだろう。
そして、2回転目の終わりにセリがある。
セリは築地の中心行事ではなく、1日の終わりの合図なのである。

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日本の流通システム その4 スーパーマーケット時代の漁業のあるべき姿

スーパーマーケットの台頭は、日本の水産の構造を根本的に変えてしまった。
流通の主導権が漁業者から、小売りへと移行したのである。


魚屋時代

スーパーマーケットが台頭する前を魚屋時代と呼ぶことにしよう。

漁業者は、値段がつきそうなものは獲れるだけ獲って、市場に流す。

市場で魚の流れを決定する要は仲卸である。仲卸は、魚の目利きと小売店との密な関係によって、
相場をつくり、その魚を必要とする小売りへと 魚を最適配分する。 

小売店の需要にも多様性があり、四季折々の多様な魚を柔軟に吸収できた。 流通の末端には、様々な魚を柔軟に料理できる消費者がいた。

魚屋時代には、水産物の流通を規定していたのは漁業者であった。水産物の水揚げは、日々、ドラスティックに変動することを前提として、その変動に対応できるような柔軟な流通システムが構築されていた。多様な魚を多様なスタイルで消費する魚食文化が背景にはある。 

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スーパーマーケット時代

 

 

 

 

 

 

スーパーマーケット時代になると、流通の主導権はスーパーへと移る。まず、スーパーが魚売り場の陳列棚のデザインを決定する。 「どういう魚を、いくらで、どれぐらい売るか」を予め決めてしまうのだ。 スーパーマーケットの魚売り場には季節感が希薄である。その代わり、いつでも定番商品は並べられている。

 

 

 

 

 


 

店頭価格からさかのぼった原価で、必要な魚を手に入れるために、仕入れ担当者が奔走する。 仕入れ先は、多岐にわたる。スーパーは、安定供給を何よりも重視する。当然あるはずの魚がないと、買い物客から苦情が来るし、欠品が続けば、客足にも響くからだ。魚価安により、ほとんどのスーパーは、魚売り場では利益を出していない。にもかかわらず、鮮魚コーナーが全てのスーパーにあるのは、客寄せである。

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俺自身は、魚屋を好む人間である。
去年までは、保育園のお迎えの前に魚屋に寄るのが日課だった。
魚屋の品揃えは日々変動するので、「今日は何があるかな?」という楽しみがある。
また、品物を吟味して買うのも楽しいし、夕食後にはその日の自分の判断の結果が出る。
日々の楽しみを提供してくれた魚屋は、今年に入って廃業をしてしまった。
老夫婦でやっていた魚屋で、女将さんの具合が悪そうだったから、仕方がない。
その後は、スーパーで魚を買っているが、魚を選ぶ楽しみが減ってしまって残念だ。
ほかの魚屋もあるにはあるが、鮮魚が強いスーパーに品揃えでも品質でも負けている。
ちょっと、あれでは買う気がしない。

個人的には魚屋の衰退は残念だと思うが、
時代の流れがスーパーに傾いているのは明らかである。
漁業者もスーパーマーケット時代に適応した魚のとり方をすべきである。

スーパーマーケット時代の漁業のあり方  

スーパーマーケットにとっては、欠品が一番痛いので、
コストも重要だが、それ以上に安定供給を重視する。
一定以上の品質の魚を安定供給できれば、高く売れるだろう。
逆に水揚げされるかわからない、水揚げされても数がそろわない。
従来の「獲れるものを手当たり次第に」という水揚げスタイルでは、
どこまでも、安く買いたたかれてしまうだろう。

下のグラフは毎度おなじみ、日本と欧州のサバの水揚げ年齢の違いである。
日本の漁業者はサバが沸くたびに0歳、1歳という未成魚を乱獲し、資源を低迷させてきた。
こういうとりかたでは、品質は悪いし、量も安定しないので、日本の市場からは相手にされない。
そこで、日本のサバは、中国・アフリカにたたき売りだ。
一方、欧州は大型個体を安定的に水揚げしている。
こういうとりかたをすれば、魚価は確実に上がるのだ。

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日本の漁業者は、魚が捕れるようになると、皆で競って水揚げをして、相場を壊す。
サバに限らず多くの漁業で、このような愚かな行為が繰り返されている。
魚の量も質も安定しないので、魚価が上がらないのは全くの自業自得といえるだろう。

計画的・安定的な魚の供給には、ABCを遵守した個別漁獲枠制度がよい
個別に漁獲枠を配分することで、早獲り競争を緩和することができる。
自然の生産力の範囲に漁獲を抑えることで、資源状態を良好に保つことができる。
この2つの条件が満たされて、初めて、漁業者は計画的・安定的に魚を捕ることができるのだ。

ノルウェーの漁業者が海に魚を取りに行くのは、倉庫に在庫を取りに行くのと近い感覚だ。
まじめに資源管理をしているから、魚は当然そこに存在する。
また、個別枠なので、自分の都合がよい時期に取りに行けばよい。
ノルウェーのサバは日本人には脂肪が強すぎる。
成熟が進んで脂肪分が卵巣・精巣に吸収されると、徐々に日本人好みの味になる。
成熟と体脂肪率をにらんで、日本市場でもっとも高く売れるタイミングで漁を行うのだ。

ノルウェー的な操業形態に切り替えて、スーパーの需要に応えることができれば、
日本の漁業にも新しいビジネスチャンスが生まれるはずだ。

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