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研究 Archive
資源変動と流通加工の変化に対応した多獲性魚類の漁業生産のこれから
- 2008-06-24 (火)
- 研究
水産海洋の和文誌におもしろいシンポジウム記録があった。
東北ブロック水産海洋地域研究集会
資源変動と流通加工の変化に対応した多獲性魚類の漁業生産のこれから
水産海洋 72(2) 113-143, 2008
示唆に富む内容で、「聴きに行かなくて、残念だったな」と思った。
漁業をなんとかしたいという意志を持った人たちばかり、よく集めたと思う。
これ以上の人材は、国内にはあまりいないだろう。
逆にいうと、日本の漁業界の発想の限界が示されたということだ。
漁業が衰退していく中で、どう立ち回るかばかり議論していて、
漁業という産業の構造的な問題に誰も切り込まない。
なんの政策もなく、政局ばかり見ている政治家と同じ構図だ。
獲るところで終わりにせずに、加工・流通までつなげようという意図はすばらしい。
ただ、流通・加工に関しても、獲る側からの視点が強く、
最終的な消費者が頭に無いのは残念だ。
産業を考える起点は、魚を捕りたい漁業者ではなく、消費者であるべきだ。
日本の漁業を、消費者が求める魚を獲るための産業にしないといけない。
物事を考える方向が逆だと思う。
また、「経費削減で採算割れを防ごう」というのが主な関心のようだが、
この考えをいくら進めても、漁業の衰退を止めることはできないだろう。
日本近海の魚は、急激に減り続けている。
資源管理をしないで、今まで通り魚をとり続けようというのは非現実的だ。
補助金で省エネ漁船を新造し、瞬間的に採算を合わせたところで、
赤字に転落するのは時間の問題だろう。漁船を新造する費用が稼げるとは思えない。
今後も、今と同じだけ魚が捕れるように資源管理をしないと駄目だろう。
1)資源管理をしかりやる
2)マーケティングを徹底し、消費者が求める魚を持続的に安定供給する
この2つの視点から、利益が出るような漁業のあり方を考えないといけない。
漁業者が獲れるものを獲れるだけ獲ってくる現状を変えないといけない。
消費者無視の漁業の現状に手を入れず、漁船の構造を多少効率化したぐらいで、
漁業の方向は変わるはずがない。
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日本の流通システム その6 地方で獲れた魚の行方
- 2008-06-19 (木)
- 流通・消費
地方でとれた魚は、こんな感じで流れていく。
地産地消
産地市場の魚は大部分は地元で消費される。
仲卸→地元の小売り(魚屋・料理屋)のつながりは、地方の方が都心部よりも太い。
しかし、地方経済の衰退、過疎化などで、今後細っていく可能性が高い
地産他消
産地市場から外に出て行く経路を地産他消と呼ぶことにしよう。
地産他消は、高級魚と低級魚に二分化される。
高級魚は、地方よりも都市部の方が高い値段がつきやすいので、
築地などの大都市の消費者市場に送られる。
一方、地元でも買い手がつかないようなローソクサバなどは、
養殖の餌になったり、中国やアフリカに輸出される。
他産地消
一方で、地方の小売り店には、よそから入ってくる魚もある。
地方のスーパーマーケットにも世界中の魚が並んでいる。
石垣島のように、漁業が盛んで、輸送料が高い場所でも、
様々な魚が外部から入ってきている。
地域市場では、頭とシッポが輸出され、胴体の部分が地元で消費される。
地元で獲れない魚や、地元の生産が減少した魚は、外から入ってくる。
現在、増えているのが、低級魚の外国向け輸出と、外から入ってくる魚。
減っているのが、高級魚の地産他消と地産地消だろう。
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日本の流通システム その4 スーパーマーケット時代の漁業のあるべき姿
- 2008-06-12 (木)
- 流通・消費
スーパーマーケットの台頭は、日本の水産の構造を根本的に変えてしまった。
流通の主導権が漁業者から、小売りへと移行したのである。
魚屋時代
スーパーマーケットが台頭する前を魚屋時代と呼ぶことにしよう。 漁業者は、値段がつきそうなものは獲れるだけ獲って、市場に流す。
市場で魚の流れを決定する要は仲卸である。仲卸は、魚の目利きと小売店との密な関係によって、 小売店の需要にも多様性があり、四季折々の多様な魚を柔軟に吸収できた。 流通の末端には、様々な魚を柔軟に料理できる消費者がいた。 魚屋時代には、水産物の流通を規定していたのは漁業者であった。水産物の水揚げは、日々、ドラスティックに変動することを前提として、その変動に対応できるような柔軟な流通システムが構築されていた。多様な魚を多様なスタイルで消費する魚食文化が背景にはある。 |
スーパーマーケット時代
スーパーマーケット時代になると、流通の主導権はスーパーへと移る。まず、スーパーが魚売り場の陳列棚のデザインを決定する。 「どういう魚を、いくらで、どれぐらい売るか」を予め決めてしまうのだ。 スーパーマーケットの魚売り場には季節感が希薄である。その代わり、いつでも定番商品は並べられている。
店頭価格からさかのぼった原価で、必要な魚を手に入れるために、仕入れ担当者が奔走する。 仕入れ先は、多岐にわたる。スーパーは、安定供給を何よりも重視する。当然あるはずの魚がないと、買い物客から苦情が来るし、欠品が続けば、客足にも響くからだ。魚価安により、ほとんどのスーパーは、魚売り場では利益を出していない。にもかかわらず、鮮魚コーナーが全てのスーパーにあるのは、客寄せである。 |
俺自身は、魚屋を好む人間である。
去年までは、保育園のお迎えの前に魚屋に寄るのが日課だった。
魚屋の品揃えは日々変動するので、「今日は何があるかな?」という楽しみがある。
また、品物を吟味して買うのも楽しいし、夕食後にはその日の自分の判断の結果が出る。
日々の楽しみを提供してくれた魚屋は、今年に入って廃業をしてしまった。
老夫婦でやっていた魚屋で、女将さんの具合が悪そうだったから、仕方がない。
その後は、スーパーで魚を買っているが、魚を選ぶ楽しみが減ってしまって残念だ。
ほかの魚屋もあるにはあるが、鮮魚が強いスーパーに品揃えでも品質でも負けている。
ちょっと、あれでは買う気がしない。
個人的には魚屋の衰退は残念だと思うが、
時代の流れがスーパーに傾いているのは明らかである。
漁業者もスーパーマーケット時代に適応した魚のとり方をすべきである。
スーパーマーケット時代の漁業のあり方
スーパーマーケットにとっては、欠品が一番痛いので、
コストも重要だが、それ以上に安定供給を重視する。
一定以上の品質の魚を安定供給できれば、高く売れるだろう。
逆に水揚げされるかわからない、水揚げされても数がそろわない。
従来の「獲れるものを手当たり次第に」という水揚げスタイルでは、
どこまでも、安く買いたたかれてしまうだろう。
下のグラフは毎度おなじみ、日本と欧州のサバの水揚げ年齢の違いである。
日本の漁業者はサバが沸くたびに0歳、1歳という未成魚を乱獲し、資源を低迷させてきた。
こういうとりかたでは、品質は悪いし、量も安定しないので、日本の市場からは相手にされない。
そこで、日本のサバは、中国・アフリカにたたき売りだ。
一方、欧州は大型個体を安定的に水揚げしている。
こういうとりかたをすれば、魚価は確実に上がるのだ。
日本の漁業者は、魚が捕れるようになると、皆で競って水揚げをして、相場を壊す。
サバに限らず多くの漁業で、このような愚かな行為が繰り返されている。
魚の量も質も安定しないので、魚価が上がらないのは全くの自業自得といえるだろう。
計画的・安定的な魚の供給には、ABCを遵守した個別漁獲枠制度がよい。
個別に漁獲枠を配分することで、早獲り競争を緩和することができる。
自然の生産力の範囲に漁獲を抑えることで、資源状態を良好に保つことができる。
この2つの条件が満たされて、初めて、漁業者は計画的・安定的に魚を捕ることができるのだ。
ノルウェーの漁業者が海に魚を取りに行くのは、倉庫に在庫を取りに行くのと近い感覚だ。
まじめに資源管理をしているから、魚は当然そこに存在する。
また、個別枠なので、自分の都合がよい時期に取りに行けばよい。
ノルウェーのサバは日本人には脂肪が強すぎる。
成熟が進んで脂肪分が卵巣・精巣に吸収されると、徐々に日本人好みの味になる。
成熟と体脂肪率をにらんで、日本市場でもっとも高く売れるタイミングで漁を行うのだ。
ノルウェー的な操業形態に切り替えて、スーパーの需要に応えることができれば、
日本の漁業にも新しいビジネスチャンスが生まれるはずだ。
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日本の流通システム その3 多様化する水産物流通
- 2008-06-11 (水)
- 流通・消費
セリを経由する日本の伝統的な流通システムは制度疲労をしている。
セリを通らずに流通する新しい経路が急速に広がり、現在は主流になっている。
流通システムが多様化する様子を見てみよう。
増加する市場外流通
市場を通る魚の割合が急速に減少している。
市場外流通と言われる新しい取引形態が急増しているのだ。
市場外流通が広まる背景としては、末端の消費者の鮮魚購入先が、
魚屋からスーパーマーケットへと変化したことが大きい。
スーパーマーケットは独自の情報網と大口の消費者ならではの購買力で、
生産者と直接取引をすることができる。
結果として、市場を通らない取引が伸びているのだ。
多様化する市場内流通
市場を経由する割合が減少するのと並行して、
市場の中でもセリを通る従来のルートが衰退している。
下の図は中央卸売市場におけるセリ・入札取引の割合(金額ベース)である。
すでに8割近い魚がセリや入札を経ないで取引されているのだ。
特筆すべきは鮮魚のセリ・入札取引の割合の減少だろう。
15年の間に60%から、38%へと低下している。
もっともセリが効果的と思われる鮮魚で、セリ・入札離れが起きているのだ。
塩干加工、冷凍などは日持ちするため、もともとセリの割合が低いのだが、こちらも減少傾向だ。
伝統的なセリに代わって、市場内流通の主流となっているのが、
荷受と直接交渉をして、売買契約をする「相対」と呼ばれる取引方法だ。
相対で荷受と取引できるのは、仲卸と買参人である。
買参人は、荷受と直接取引に参加できる資格である。
買参人は、仲卸のように場内に店舗を持たずに、
スーパーなどの量販店や水産専門商社向けに大口の買い付けを行う。
仲卸のめがねにかなわなかった魚を、買参人が大量にやすく買いたたき、
スーパーで薄利多売をするという構図だ。
魚の質にこだわるなら魚屋で、
そこそこの質の魚を安く買いたいならスーパーということになる。
まとめ
日本の水産物の流通をまとめると次のようになる。
水産物の流通システムは、緩やかに一定方向に変化を続けている。
このような変化を引き起こしたのは、消費者の行動の変化である。
http://www.maff.go.jp/hakusyo/sui/h16/html/fb.1.2.5.htm
消費者は、魚屋ではなく、スーパーマーケットで魚を買うようになった。
購買スタイルの変化と並行して、魚の流通も大きく変化してきた。
おそらく、今後も現在のトレンドは続いていくだろう。
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日本の流通システム その2
- 2008-06-10 (火)
- 流通・消費
荷主(漁業者)と荷受(せり人)の間は比較的自由度がある。
荷受けは千客万来。売れたら手数料が自動的に入るので、流通量が多い方がよい。
荷主は魚を高く売ってくれそうな荷受けを選ぶ。
ひとたび荷受けに入ると後の流れでは、自由度はない。
セリ場は、排他的な閉鎖空間である。
せり人、仲卸は、ほぼ毎日同じ作業を繰り返す顔見知りである。
仲卸はセリのライバルであると同時に、仲間でもある。
お得意の小売りが必要としている商材が不足してしまった場合など、
他の仲卸から融通をしてもらうような相互扶助の関係がある。
仲卸はせり人の特徴を把握している。
どういう順序で魚を出すか。サンプルとして良い魚を選ぶか、無作為で出すかなど。
せり人の特徴も考慮に入れた上で、値段をつけるのである。
閉鎖社会の繰り返しゲームの結果、セリ場の相場観は共有されていく。
その結果、セリ場では買い手がつかなくて買いたたかれることはあっても、
魚が法外な値段で高く売れることはまず無いだろう。
仲卸と小売りの関係も閉鎖的である。
仲卸は、取引先(飲食店や小売店)の需要をきめ細かく把握した上で、
専門知識を活かして、適切な魚を適切な値段で供給する。
これにより、取引先のカラーに合った、きめ細かなサービスができるという利点がある。
逆に、価格においても、内容においても、売買の硬直性を招く怖れがある。
水揚げは、天候や市況や人為的な不確定要因で日々変動するのだが、
日本の伝統的流通システムは、水揚げの変動を柔軟に吸収し、
鮮魚を素早くに小売りまで流すことができる。
このシステムは閉鎖的な人間関係で結ばれているのが特徴だ。
逆に言うと、顔見知り以外が参加することはまず不可能なシステムである。
日本の流通システム
地産地消を前提とした、鮮魚マーケットに特化している
排他的・固定的な商関係を前提
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日本の流通システム (せり、仲卸)
- 2008-06-06 (金)
- 流通・消費
ノルウェー漁業と日本漁業は好対照だと思う。
特に流通も含めた全体のシステムとして、比較をするとおもしろい。
当サイトの読者の中には日本の流通システムについて不勉強な人も多いだろう。
水産資源学なんてやってても、流通には縁が無いからね。
比較の前段階として日本の水産物流通システムについてまとめてみよう。
日本で伝統的に行われていたのは、市場でのセリだ。
これこそが、日本的なシステムと言えるだろう。
まず、漁業者が海で魚を獲ってくる。
魚を市場(いちば)に集めるのが荷受である。荷受には専属のセリ人がいて、市場でせりを開催する。
市場で荷受から品物を買うには資格が必要である。この資格をもっているのが、仲卸(仲買人)である。
仲卸は消費者に直接販売をしない。 |
地方卸売市場で実際にセリの現場を見てみよう。
ここは関係者以外立ち入り禁止なのだが、場長さんにお願いをして、
セリの邪魔をしないという条件で見学させてもらった。
港に隣接した市場に、毎朝、魚が集まってくる。
集められた魚は発泡スチロールの箱に並べられる。
セリが始まってしまえば、一瞬で値段が決まるので、
セリが始まる前に仲卸は入念に魚の品定めをする。
無言で魚をなめるようにチェックする仲卸は、まさに「プロ」という感じです。
品定めのために、セリの数時間前から、魚を展示しておくことになる。
これがセリの風景です。
オレンジの帽子がセリ人で、水色の帽子が仲卸です。
セリ人が独特の調子で商品の説明をすると、仲卸が指で値段をつける。
もっとも高い値段をつけた仲卸が落札することになる。
あっというまに、大量の箱が処理されていきます。
築地の場合は、仲卸が場内に店舗を持っており、そこに小売店から魚を買いに来る。
この市場には仲卸の店舗らしきものが無かったので、
落札された魚を仲卸が小売店へと配達するのかな。
伝統的流通システムまとめ
伝統的な水産物の流通システムは上のようになっている。
市場に上がってくる質も量も不安定な鮮魚を、
多種多様なニーズを抱える小売店へと適切に流すための洗練されたシステムである。
このシステムで中心的な役割を果たすのが、高度に専門化した仲卸である。
荷受は、落札額が高くなるようにセリの順番を工夫したりもするが、
最終的な値段は仲卸が決める。
仲卸は魚の目利きでなければつとまらない。
それと同時に、仲卸は顧客である小売店・飲食店のニーズを正確に把握しておく必要がある。
競り人と仲卸は顔見知りである。毎日の取引を通じて、相場を熟知している。
仲卸と小売りとは専属契約のような関係にある。
専門知識と人間的なつながりによって、
顧客のニーズに合ったきめ細かいサービスを提供するのが仲卸の強みである。
仲卸が介在することによって、質・量ともに日々変動する水揚げ物を効率的に消費者まで流すことが可能なる。
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ノルウェー漁業の情報公開
ノルウェーでは、ありとあらゆる情報が公開されていることに、大変な衝撃を受けた。
組合のページを見れば、どの船が、いつ、どこで、どの大きさのどの魚をどれだけ獲ったかが一目瞭然だ。
また、バイヤーとして登録すれば、落札額なども見ることができる。
その情報は、伝票システムで幾重にもチェックされているので非常に正確なのだ。
ノルウェーでは、魚が取引されるたびに伝票(sales note)が発生する。
伝票には、ありとあらゆる情報が記述されている。
売り手、買い手、漁業者、漁船、漁船所有者、魚種、重量、漁具、航海番号、漁場番号、漁獲枠の種類、etc
魚が漁業者→加工業者→輸出業者と流れていくたびに伝票が組合と管理当局に提出される。
伝票の整合性は細かくチェックされ、不正のにおいがする倉庫には抜き打ち検査が入る。
俺が見学に行った加工場でも、全ての箱に下の写真のような伝票が張ってあった。
この伝票から07年10月20日に漁獲された400-600gのサバが70kgあることがわかる。
伝票番号も記載されているので、漁獲されたときからこの場所までの経緯を、即座にたどることができる。
不正の疑いがある場合は、箱の中身と伝票が一致するかどうかをチェックする。
伝票と倉庫の中身をつきあわせることで、不正があれば確実にばれるだろう。
ノルウェーでは組合のオークションを通さない魚の売買は禁止されている。
オークションの情報がそのまま水揚げ統計になるのだ。
さらに、水揚げをするときに、再び正確な重量を量る。
そして、魚が移動するたびに、必ず伝票が組合に提出される。
また、倉庫に保管してある魚にもすべて伝票の写しが張ってある。
トレーサビリティーもばっちりだ。
もちろん、公開性を高めることは短期的にはデメリットもある。
毎日の落札金額が世界中に公開されているし、気が利いた人間なら輸出業者の在庫量まで逆算できるだろう。
こうなると、買い手はノルウェーの輸出業者の足下を見ることもできる。
また、アイスランドなど他の漁業国が、ノルウェーよりも安い値段を提供して商談をまとめる場合もあるようだ。
短期的に見ると、ライバルに出し抜かれ、ビジネスチャンスを失うこともあるだろう。
「こんなに公開しちゃって、漁業者は反対しないの?」という質問を組合の人にぶつけてみたところ、
「もちろん、公開には消極的な意見もあるが、全体的には透明性を高める方向の意見が多い。
現在の情報公開は、民主的な結果である。
社会的な合意を得ながら徐々に公開を進めて、現在の水準に時間をかけて到達した。
今後の情報公開の方向性に関しても、議論を通して決めていくことになる」という答えが返ってきた。
出し抜くことで勝てるのは一瞬だ。長い目で見れば信用がある方が勝つ。
信用を高めることが長期的に見れば利益につながるという確固たる信念がノルウェー漁業にはある。
そして、ノルウェー漁業の成功は、彼らの考えの正しさを裏付けている。
信用こそが、日本ブランドの最大の武器であったはずだ。
現在、日本社会では信用が急速に失われつつある。
信用の価値が世界で失われてしまったわけではない。
ノルウェー漁業は信用の価値を高めて、しっかりと利益をあげているのだ。
信用の価値が失われている日本と、信用の価値を高めているノルウェー漁業はどこが違うのだろう?
日本とノルウェーでは、「信用」の意味が本質的に違うのだと思う。
日本社会は「調べずに安心」を前提としているのに対して、ノルウェー漁業は「調べて安心」を徹底している。
特に輸出をしようというなら、今の日本の信用システムでは、ノルウェーとは勝負にならないだろう。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_288.html
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ノルウェー漁業の大まかな流れ
ノルウェーの漁業の全体図について説明をしよう。
魚を獲った漁師は、その場で、漁獲重量と体重組成を計測する。オークションシステムでは、正確な情報が流れることが重要なポイントである。 平均体重や組成の測定方法は、1トンにつき何尾計測するとか、細かいことまで決められている。測定がいい加減な船は、信用を失うために、オークションでの落札額が低くなる。漁業者の申告と水揚げ内容が違うというクレームがあれば、組合の職員が必ずチェックを行う。不正確な報告をした漁業者にはしっかりと技術指導をする。
漁業者は携帯電話で、漁業組合に漁獲の内容を伝える。この部分を電子化するための取り組みも行っているようだ。
漁業者から漁獲の情報を受け取った漁業組合は、インターネットのオークションサイトに情報を掲載する。このオークションの様子は世界中に公開されている。ただし、入札をするには、組合から入札資格を得る必要がある。入札資格を得るには、ちゃんとした水揚げ場所をもっていることと、保証金が必要。
落札者が決定すると、落札者が指定した港に水揚げに行く。水揚げとその後の冷凍処理については、動画を参照して欲しい。
こうして冷凍されたものが、商社を経由して世界中に輸出されていく。
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ノルウェーの漁業協同組合
ノルウェーの漁業協同組合について紹介しよう。ノルウェーの浮魚販売組合のサイトを見て欲しい。
http://www.sildelaget.no/default.aspx
この組合は、ニシン、サバ、シシャモなどの浮魚の販売を行っている。組合は、漁業収益の0.65%で運営されている。日本と違って、公的資金など1円も入っていない。漁業の利益があることが、ノルウェーの組合の死活問題であり、そのために必死の努力をしている。結果として、漁業者の経済活動をがっちりと組合が支えている。これが本来の組合のあり方なんだよね。補助金にあぐらをかいて、漁業部門で赤字を垂れ流す、某国の漁連とはえらい違いである。
ノルウェーでも、漁獲した魚は競りにかけられるのだが、日本とはシステムが違う。魚を捕ったら、漁師は船上で魚の量と体重組成を組合に報告する。組合はウェブ上でオークションを行う。オークションではもっとも高値をつけた業者が落札者となる。落札者は水揚げする港を指定するので、船はそこに向かう。と、まあ、そういうシステムだ。この販売組合は、オークションの全てを取り仕切っている。
トップページには、現在、漁業が行われている魚種、漁獲枠の消化割合や、過去1週間の平均落札額などを見ることができる。今はオフシーズンだから、情報があまり無いけど、これから徐々に賑やかになっていくことでしょう。
右下のCATCH AREAをクリックするとノルウェー近海の地図が表示される。
色がついたマス目が過去24時間に漁獲があった場所だ。色がついたマスをクリックすると詳しい情報をみることができる。
左から、水揚げの時間、船の名前、漁獲量(トン)、CTとMNはなんだか忘れた、%1から%4は魚体の大きさ。%1は一番大型で、この場合は、全て大型が100%ということになる。Averageは平均体重。Bid. areaとETAはオークションのなんかだ。でもって、Buyerが落札者で、Plantが落札者が指定した水揚げ場所だ。とまあこんな感じで、リアルタイムで漁業の状態を見ることができる。
このオークションに参加するには組合に登録する必要がある。登録しているのはノルウェーの業者ばかりではない。たとえば、スコットランドの業者が落札し、そのままスコットランドに水揚げをするというような例もあるらしい。事後処理が良い船の魚は、オークションで良い値がつくらしい。
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無責任発言時代か(岩崎寿男)を読み解く その4
TAC制度に強制力を持たせるのは非常識
水産庁は形ばかりのTACを設定しておきながら、超過漁獲を取り締まらない。そして、TACの超過は日常茶飯事だ。これでは管理とは呼べないだろう。昨年度のマイワシを獲っていた沿岸漁業者のなかには、自分たちがTACを超過していることを知らない人も少なくないだろう。要するに、はなからやる気がないのである。
世界に目を向けると、漁獲枠のごまかしには厳罰が当たりまえになりつつある。ノルウェーなどの資源管理先進国では、違反をする気も失せるほど、徹底した監視体制が導入されている。そして、同じシステムがイギリスやスコットランドなどの周辺国にも広がっている。国際的に見れば、非常識なのは日本の水産庁である。
資源管理のルール違反にお目こぼしをすると、ルールを守った正直者だけが馬鹿をみることになる。これでは、ルールを守るものなどいなくなるだろう。資源管理に対して日本の漁業者が消極的な原因の一つは、「自分が獲らなくても、他の誰かが獲ってしまうのでは?」という心配である。「自分が獲り残した魚は、後でちゃんと獲れる」という安心感を植え付けるためにも強制力をもったルールが必要なのだ。たとえば、ノルウェーは非常に厳しい監視をしているが、実際には違法者はほとんどいない。違法者を罰するためと言うよりは、むしろ、安心して漁業者がルールを守れるように、強制力が必要なのだ。
パトカーのたとえ話は意味不明なのだけど、おそらく「漁業者は自主的にルールを守っているので、強制力は不要」と言いたいのだろう。TAC制度の規制が無視されていることについては、3月21日の記事で説明済みだ。
昨年2月に大中巻きのサバ類の漁獲量がTACを超過したが、水産庁は自主的な停止を要請したのみであった。その後も、「アジなど」、「混じり」という名前のサバが水揚げされ続けた。
意図的なTAC超過の部分には、岩崎氏は何の異論もないようだ。まあ、当事者だけに、反論するだけやぶ蛇だとわかっているんだろう。「TAC?知ったこっちゃねーよ。俺たちは巻きたいだけ魚を巻くだけだ」という無法集団がいる以上、性善説ではだめなのだ。
法律論についても、何が言いたいのかわからない。そもそも水産庁自身が穴だらけのTAC法を作っておいて、「取り締まるのは法律違反」と開き直るのは論外だ。それに納得する納税者はいないだろう。そもそも法律を作る時点で確信犯的にやる気がないというのが、根本的な問題なのだ。また、法の下の平等というなら、北海道のスケトウダラ漁業者はTACによる操業停止を義務づけられたにもかかわらず、マサバやマイワシはTAC超過を野放しという方が、不平等だろう。一律できちんとやるべきである。
マイワシ、サバをTACで管理しているのは、日本と韓国のみ
これは爆笑してしまった。あまりにも世間を知らなすぎる。岩崎氏は、日本とせいぜい韓国のことしか知らないのだろう。自分が知らないことを無いと言い切れる自信は流石だな。
米国は漁獲枠のことをHarvesting Guidelineと呼んでいる。岩崎氏は、「ガイドライン=強制力がない」と勘違いしているようだが、日本のTAC制度と違って米国のHarvesting Guidelineには強制力がある。サバの場合も、EEZでの漁獲量がHarvesting Guidelineに達したら、漁業が閉鎖されることになっている。
http://www.fishtheisland.com/National_fish_news.htm#11
EU・ロシア・ノルウェーの共同管理については、ここで紹介している。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/02/post_301.html
また、ネットで検索すれば、オーストラリアをはじめとする多くの国が漁獲枠を設定していることがわかるだろう。
サバは世界中に生息する広域分布種である。たとえば、マサバ(Scomber japonicus)の分布はこんなに広い。
http://fishbase.sinica.edu.tw/tools/aquamaps/receive.php
世界中にローカルなサバ漁業は無数にある。一部の先進国をのぞいて資源管理の文書はあまり整備されていないので、サバを漁獲枠で管理している国がないことを示すのは不可能だ。少しでも国際的な資源管理について調べた経験がある人間なら、「特定の魚種が、特定の方法で管理されていない」などと不用意なことは言わないはずだ。
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