陸上養殖④ 陸上養殖で世界を目指す日本政府――その成長戦略に現実性はあるか

水産業

第2回では国内の大型事業を、第3回では世界のRASの現状と日本の立ち位置を見た。今回は、こうした現実を踏まえて、日本政府の成長戦略を評価する。

日本政府は、陸上養殖を成長戦略の重点分野に位置づけている。

2026年7月21日に決定された日本成長戦略は、17の戦略分野の一つにフードテックを掲げ、その中に陸上養殖を含めた。官民投資ロードマップでは、フードテック分野の4項目(植物工場、陸上養殖、食品機械、新規食品)のうち、陸上養殖だけで、2040年度までに官民合わせて2.9兆円の投資を想定し、47.1兆円の経済波及効果を見込んでいる[1]。

政府は、日本の水処理技術や種苗生産、育種などを組み合わせ、陸上養殖システムを国内外に展開する構想を描く。国内の食料供給を支え、海外市場も獲得するという狙いだ[2]。

陸上養殖は、海面の養殖適地という制約を和らげる野心的な挑戦であり、国が後押しする意義はある。ただし、足元の事業を見ると、構想の実現には乗り越えるべき課題が多い。

2.9兆円は利益ではない

まず、数字の意味を整理したい。

2.9兆円は、2040年度までに想定される官民の投資額である。政府だけが2.9兆円を支出すると決まったわけではない。

また、47.1兆円は経済波及効果の想定額である。陸上養殖事業者が47.1兆円の利益を得るという意味ではない。政府資料は、この効果を官民投資額と投資による生産増加額から産業連関分析で算出したとしている。項目間で重複があるため、他の項目と単純に合算することもできない[1]。こうした試算は、前提とした投資や生産増加が実現して初めて成り立つ。

規模感もつかんでおきたい。ピュアサーモンジャパンは、年間生産能力1万トンの施設に約700億~800億円を投じている[3][4]。仮に、2.9兆円のすべてを同程度のサーモン養殖施設の建設に充てるとすると、年間生産能力1万トンの施設を36~41基建設できる計算になる。その合計生産能力は年間36万~41万トンで、国内のサーモン類の消費量とされる年間30万トン規模を上回る[5]。もちろん、実際の投資対象には他の魚種や種苗生産なども含まれるし、重量の基準もそろっていない。あくまで規模感をつかむための単純計算だが、想定投資額の大きさが分かる。

道路や建物を造れば、建設会社や資材メーカーに仕事が生まれる。養殖施設でも同じだ。しかし、施設の完成後に魚を売って投資を回収できなければ、その事業は続かない。他に使い道のない巨大な箱物だけが残される。

日本の強みは何か

政府が挙げる日本の強みには、水処理・浄化技術、複数魚種の種苗生産技術、ゲノム関連技術などがある。こうした技術を組み合わせ、魚種や立地に応じた陸上養殖システムを開発し、国内外に展開するという構想である[2]。

日本企業が持つ個別技術に可能性はある。FRDジャパンは独自の水処理技術を使い、サーモントラウトの商業生産を始めた[6]。ニチモウも国産RAS設備の実証を進めている[7]。

ただし、個別の技術があることと、養殖システム全体で世界市場を獲得できることは別である。

海外には、長年にわたってサーモンの育種、種卵供給、養殖設備の設計、飼育管理を積み重ねてきた企業がある。国内の大型事業でも、プロキシマーはイスラエルのAquaMaof[8]、ピュアサーモンジャパンはグループのPure Salmon Technology[9]のRASを採用している。

日本の技術が世界で優位だと言うためには、海外の競合と比べて、建設費、運転費、魚の生残率や成長、保守のしやすさなどで、どのような優位があるのかを示す必要がある。

「日本には優れた水処理技術がある」という説明だけでは、どの市場で、誰に、何を売り、どれだけ利益を得るのかは分からない。

国内市場の近さは、世界市場での優位とは異なる

日本には、生鮮魚を高く評価する大きな市場がある。輸入に頼る生鮮サーモンを国内で生産できれば、輸送時間や輸送費を削減し、鮮度を売りにできる可能性がある。

この利点は、国籍を問わず、日本国内に施設を置く事業者に共通する。実際、プロキシマーもピュアサーモンジャパンも、海外資本が日本に建てた施設だ。反対に、日本企業が海外に施設を建てれば、日本の消費地に近いという利点は使えない。

割増価格が続くかどうかにも注意が要る。米国の養殖経済学者エングルは、RASの経済性を整理した論考で、買い手が割増価格を払い続けると想定するのは現実的ではなく、新規参入で供給が増えれば価格が下がり、割増価格は維持しにくくなると指摘している[10]。国内で大型施設が相次いで稼働すれば、国産の生サーモンが輸入品より高く売れるという前提そのものが崩れかねない。

国内で輸入品と競争する事業と、海外に設備やノウハウを販売する事業では、必要な競争力が異なる。

政府の戦略では、この2つを分けて考える必要がある。国内生産を支援するのであれば、輸入品や国内の海面養殖魚と比べて、どの条件で採算が合うか。設備輸出を目指すのであれば、海外の競合製品と比べて、どの技術に優位があるか。それぞれの根拠を示すべきだ。

大規模化すれば、もうかるのか

陸上養殖では、施設を大きくすることで、魚1キログラム当たりの固定費を下げられる可能性がある。だが、大規模化には多額の先行投資が必要で、魚の出荷までに時間がかかる。

エングルは、RASの失敗率はかなり高く、集約的な方式であるため判断の誤りや事故を吸収する余地がほとんどないとも述べている[10]。大規模化によって固定費を抑えられる可能性はある。しかし、採算は規模だけでは決まらない。エングルらの分析では、設備投資などの資本費が採算を左右する大きな要因だ。設備と人を効率よく使い、水槽の容積当たりの出荷量を確保できるかに加え、飼料や電力などの費用、販売価格も重要になる。

施設が予定どおり完成し、生残率と成長が計画に達し、十分な量を想定価格で販売できれば、投資を回収できるかもしれない。その一方で、建設費が上がる、出荷が遅れる、死亡率が上がる、販売価格が下がるといった事態が起きれば、資金繰りは一気に厳しくなる。

実際、プロキシマーは出荷を始めた後、資金繰りに行き詰まった。2026年10月27日に、同月末に手元資金が尽きる見通しを公表し、11月に入っても追加の資金調達の協議を続けている[11]。ピュアサーモンジャパンは、着工時に2023年末ごろとしていた初出荷の予定が、2028年2月にずれ込んだ[12][13]。アトランドは建設資材や人件費の高騰などで、初出荷を2年延期した[14]。FRDジャパンは、商業規模での出荷と収益をこれから示す段階にある。

こうした状況で、大型施設を次々に建設すれば成長産業になると考えるのは早い。まず必要なのは、先行事業がどの条件で利益を出せるのかを検証することだ。

食料安全保障にも条件がある

政府は、陸上養殖によって水産物の輸入依存を下げ、食料安全保障に貢献することも目指している。

国内で魚を生産することには意味がある。海外の供給障害や輸送の混乱が起きたとき、国内に生産拠点があれば、供給源を分散できる可能性がある。

ただし、施設が日本にあっても、種卵、飼料原料、エネルギー、設備や部品を海外に依存していれば、その影響は受ける。前述のとおり、国内の大型施設の多くは、システムの中核となるRASそのものを海外企業から導入している。輸入サーモンの代わりに国内で生産した量だけを見ても、供給の安定性は測れない。

卵も同じだ。調達先が公表されている国内の大規模陸上養殖は、すべて海外から卵を輸入している。プロキシマーは、アイスランドの育種会社からサーモンの卵を輸入している[15]。ピュアサーモンジャパンも、海外から輸入した卵で飼育を始めた[16]。政府は種苗生産の技術を日本の強みに挙げるが、少なくともサーモンでは、国内の大型事業が国内で種苗を調達していない。施設が国内にあっても、養殖の出発点となる卵を海外の特定の企業に頼っていれば、食料安全保障への貢献は限られる。種苗の生産体制を国内で整えないかぎり、その弱さは変わらない。

どの資材をどこから調達しているのか。円安や国際価格の上昇にどれだけ耐えられるのか。停電や設備事故が起きたときに生産を維持できるのか。食料安全保障への貢献を評価するなら、そこまで見る必要がある。

支援するなら、何を検証するのか

陸上養殖には、海面養殖に比べて生産環境を管理しやすいという特徴がある。海面養殖に使う種苗を安定して供給したり、立地に適した魚種を育てたりする用途にも可能性がある。

新しい技術の研究や実証を支援する価値はある。ただし、支援の目的を明確にし、結果を検証しなければならない。

例えば、事業ごとに次のような情報が必要だ。

  • 計画生産量に対して、実際に何トン出荷したか
  • 水槽の容積当たり、年間に何キログラム出荷できたか
  • 生残率や成長速度は、計画と比べてどうだったか
  • 販売単価は、比較対象となる輸入品や国内養殖魚と比べてどうか
  • 飼料、電力、労務、設備の維持・更新にいくらかかったか
  • 減価償却費や金利を含め、補助金に頼らず事業を続けられるか
  • 種苗、飼料、エネルギー、部品の調達にどのようなリスクがあるか

企業の営業上の秘密に配慮は必要だとしても、公的資金を投じる以上、政策としての成果を判断できる情報は求められる。

施設が完成したことや、投資額が増えたことを成果として数えるだけでは、産業が自立できたかどうかは分からない。

「世界で戦う」前に、足元の採算を

政府のロードマップが掲げるのは、国内での生産拡大と、技術・システムの海外展開である。しかし、その土台となる大型事業は、まだ立ち上げの途中にある。

陸上養殖には、大きな可能性があるが、莫大な投資を必要とする割に、成功率が低い茨の道でもある。日本の技術に可能性はあり、市場に近いという利点もある。それでも、高額な施設を建設し、魚を育て、売り、投資を回収するまでには、多くの不確実性がある。

そもそも、陸上養殖を水産業の成長を支える柱の一つと位置づけることが妥当なのかも、検討する必要がある。エングルは、温室栽培や水耕栽培が露地の農業を置き換えたわけではないことを例に挙げ、RASも既存の生産を補う役割を担うと指摘している[10]。

RASには可能性がある一方で、高い設備費や運転費を負担しても採算が合う魚種や立地は限られるだろう。陸上養殖を一律に拡大するのではなく、海面養殖や天然魚の供給をどのような条件で補えるのかを見極める必要がある。

成長戦略に必要なのは、大きな市場予測を掲げることだけではない。どの魚種を、どこで、どの技術を使って生産すれば、競争相手よりも価値を生み、利益を残せるのか。その条件を事業の実績で確かめることだ。

陸上養殖を持続的な産業に育てたいのであれば、期待と投資額を競うより先に、採算を検証しなければならない。

最終回では、日本における陸上養殖の可能性と、進むべき方向を考える。

参考文献

  1. 内閣府 経済財政諮問会議、2026年7月21日 資料4(官民投資額・経済波及効果)
  2. 内閣官房、「日本成長戦略」、2026年7月21日
  3. Salmon Business, “Pure Salmon Japan: first fish enter feeding tanks at €378m land-based farm”, 2026年7月23日
  4. News On Japan, “Japan’s Salmon Farming Industry Moves Inland”, 2026年
  5. 長谷工コーポレーション、「FRDジャパンの第三者割当増資の引受けについて」、2023年7月20日
  6. FRDジャパン、「サーモントラウトの陸上養殖商業プラント(“富津ファーム”)の引渡完了、操業開始」、2026年2月5日
  7. ニチモウ、「サステナビリティ特集」
  8. Proximar Seafood, “Our farming facility”
  9. We Are Aquaculture, “Pure Salmon Japan’s first fish are already in the tanks”, 2026年7月
  10. Engle, C.R., “The economics of recirculating aquaculture systems”, Journal of the World Aquaculture Society 54(4): 782–785, 2023年
  11. Proximar Seafood AS, “Update on liquidity, financing and strategic review”, 2026年10月27日/ Fish Farmer, “Proximar Seafood still battling for survival”, 2026年11月2日
  12. SeafoodSource, “Pure Salmon Japan secures USD 180 million for land-based farm”, 2026年4月
  13. Undercurrent News, “Pure Salmon breaks ground on Japan land-based farm”, 2020年9月23日
  14. Undercurrent News, “Maruha Nichiro, Mitsubishi-backed Japan salmon RAS delays first shipment by two years”, 2025年4月8日
  15. Benchmark Genetics, “Benchmark Genetics signs new supply agreement with Proximar”, 2021年7月
  16. Salmon Business, “Pure Salmon Japan: first eggs placed at 10,000-tonne RAS facility”, 2026年5月21日

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