「ノルウェーのような漁業が日本でもできないのか」と、自民党の議員が、水産部会で発言したそうだ。ノルウェーの漁業のことを、テレビで知ったのだろう。国政の場でも、こういう発言が出てきたのは、喜ばしい限りである。地道に、メディア対応をしてきた成果だ。
吉田議員は、地元・新潟の水産業の現状に、問題意識をお持ちのようだ。「沿岸漁業をはじめとして、新潟の水産業も資源の低下などにより、ずいぶんと疲弊している」というのは、新潟に限らず、日本中に共通する問題だ。雇用が少ない地方では、漁業が産業として成り立つかどうかは死活問題である。漁業を魅力ある産業にして、地元の雇用を確保したいという、地方の悲痛な思いは、容易に想像できる。
漁業改革は、地方雇用の切り札の一つになり得ると思う。日本で、魚を獲って生計を立てようとすると、労働条件はかなり厳しくなる。また、まともな資源管理がない現状では、産業の長期的な展望は皆無である。漁業者自身も、漁業の未来に希望を持っておらず、子供に継がせようとはしない。日本にも例外は、いくつかある。たとえば、北海道には、昆布やホタテの養殖で大変な利益を上げている浜がある。そういう場所では、後継者がいくらでもいる。また、駿河湾のサクラエビ漁も、資源管理・プール制度で、安定した利益を上げているので、後継者は順番待ちである。これらの利益を出している浜に共通するのは、組合が出荷量とタイミングを決定している点である。資源管理によって、漁業の労働条件をノルウェーに近づけていければ、漁業をやるために地元に残る人(残れる人)は増えるはずだ。
水産庁はこのような動きには、常に目を光らせている。今回も、管理課長あたりが、素早く説明に赴いたのだろう。内容は、容易に想像できる。
1)日本は産業形態が海外と違います
2)零細漁民が存在するので効率化はむりです
この2点は、日本の漁業が非生産的である理由にはならない。むしろ、日本の特殊性とは、方向を示すべき行政官や研究者が、漁業が産業として破綻しつつある現実を無視して、現状を肯定するための屁理屈を並べるだけという点だろう。新規加入が途絶え、日本の漁業自体が絶滅に向かっている。この現状を維持することは、零細に限らず全ての漁民を見殺しにすることに他ならない。こういう言い訳を並べるだけでは、この難局は乗り切れない。
漁業は変わらなければならない。高木委員提言から連なる一連の流れの中で、漁業に変化の兆しを感じた人は多かった。TAC懇談会も、当初は変化の兆しが感じられたので、俺としても、あまり批判をせずに見守ろうと思っていた。しかし、去年の7月ぐらいから、状況が一転し、だだっ子のように、やらない言い訳を並べるだけの組織に逆戻りしてしまったようだ。懇談会も会を追うごとに、酷くなっていた。終盤は、日本漁業がうまくいっているというお花畑の妄想を垂れ流し、海外のあら探しをしているだけである。しかも、資源管理のことなどまるでわかっていないので、あら探しすらまともにできていないというお粗末さだ。こういう態度が、現実問題として困っている漁業関係者の目にどう映るかを少しは考えた方が良いだろう。漁業の衰退は誰もが認めるところであり、水産庁の自画自賛を信用する人間などいない。今まで大本営発表で、情報操作ができたのは、国民を情報から遮断できたからである。大本営発表の嘘を、業界紙やインターネットで解説する物好きな人間が現れた以上、大本営発表を繰り返しても、失笑を買うだけである。そのことに早く気づいてもらいたいものだ。
水産庁は、存在意義が問われている。漁業を立て直すために、主体的な役割を果たせるかどうかを問われているのである。残念ながら、今の管理課は、「そのつもりはない」ということを全力で表明しているようである。資源管理に反対の組織は喜ぶだろうが、それ以外の国民や漁民がどう思うかも少しは考えた方が良い。まともな役所なら、資源管理みたいに国民に存在意義を示しやすい美味しいネタを、自分から投げ出すようなことはしないだろう。組織防衛という視点からは、最悪の選択である。一日も早く、長い谷を抜け出して、長期的ビジョンに基づく組織運営をしてほしいものだ。今後の鍵は、責任・情報公開・持続性です。この3つを抑えておけば、組織は安泰。まちがいない。

















