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宮城県の水産特区の懸案事項


特区第一号がようやく公開された。

宮城・水産特区、まず1件 「石巻・桃浦港」年内申請へ
今年8月30日、地元漁業者15人が共同出資して民間資本の受け皿となる新会社「桃浦かき生産者合同会社」を設立。仙台市の水産物専門商社「仙台水産」が経営参画することで合意した。
毎日新聞 2012年09月04日 東京朝刊

仙台水産は老舗企業だから、地元のことは知り尽くしている。県漁協としても、つきあいが深い相手だけに安心感はあるだろう。また、地元の漁業者16人中15人が加わっている合同会社に漁業権を与えたところで、これまでと大きな違いはないだろう。この件については、県が水面下で調整をしていたみたいなんだけど、漁協を刺激しないような事例を上手にまとめてきたという印象。

桃浦は上手くいきそうな感じがするのだが、横への広がりが無いのが気がかり。漁業権は5年に1回、一斉に更新される。来年の秋の一斉更新で、桃浦の合同会社に漁業権を与える予定。村井知事は「桃浦をモデルケースにして全国に広げたい」と意気込むのだが、今のところ、桃浦の1地区しか候補がなさそうだ。来年の秋までに2地区目が出てこなければ、次の一斉更新がある5年後の13年9月まで、特区が桃浦のみとなる可能性がある。2例目以降がでてくるのが、震災から7年半後では、特区を活用して水産業を復興するには、時期が遅すぎる。去年の4,5,6月に、あれだけ漁協と対立して問題提起をしたにも関わらず、特区を活用して復興できるのは桃浦の15人だけでは、あまりにも寂しい。

復興のための水産特区は、それを望む地元の漁業関係者全員に対して、門戸を開くべきである。漁業権の更新まで、あと1年ある。桃浦の一例で満足せずに、特区の要項と概要を公開した上で、広く公募を募るべきである。

宮城県の水産特区について


宮城テレビの特別番組の収録で、県の村井知事と対談を行った。内容は放射能から、特区構想まで多岐にわたる。最初は県漁協の組合長もくる予定だったらしいのだけど、キャンセルされたので、ゲストは俺と知事の二人。

撮影前日に、塩釜、東松島、雄勝を回って、浜の最新情報をリサーチした際に「特区が動くらしいよ」という噂を耳にした。撮影当日の日経の朝刊に、かなり踏み込んだ内容の水産特区の記事が掲載されていた。石巻の桃浦地区と地元の仙台水産が特区一号になるということ。具体的な特区が表に出てきたタイミングでの知事との対談を収録した番組は9月9日に宮城テレビで放映予定。知事とのやりとりなどは番組放映後のお楽しみとして、今回は宮城県知事の水産特区に関する私見をまとめてみた。

特区の意義について

8月31日の日経新聞が4面には、桃浦地区の牡蠣養殖漁業者15人が共同で出資して設立する新会社と仙台水産が特区一号になるという記事が掲載された。桃浦地区は牡鹿半島の付け根に存在する集落。高齢化が進む中で、津波で壊滅的な被害を受けて、漁業を続けられる状態ではなかったらしい。そこで、地元の大手流通業者の仙台水産が手をさしのべて、一緒に立ち上がろうという流れ。

これまでの養殖漁業は、漁協が生産物を集めて、共同販売(入札)を行っていた。生産者は生産物を漁協に出荷して終わり。流通業者は、漁協が並べたものに値段をつけるだけ。共同販売が壁となって、生産者と流通業者が分断されていたのだ。

漁師と流通業者が分断されている日本漁業の現状を、会社でたとえるなら、製造部門と営業部門が分断されているようなものだ。製造部門が市場を無視して場当たり的に製品をつくる。製品段階で差別化できないので、営業は価格をどこまで下げられるかを競っている。これでは利益が出ないのも仕方が無いだろう。

「一山いくら」の共同販売制度でも、バブル期まではある程度は機能していた。並べておくだけで、全体的な魚価があがったからだ。デフレで全体の価格が低迷しているし、高齢化で食料の需要は落ちる。こういう状況で、ただ並べて値段をつけてもらうだけの共販制度が機能するとは思えない。

「こういう規格で、この数量つくれば高く買うよ」という話が小売りから来ても、それは漁師まで届かない。品質で差別化できないから、値段の安い差で勝負するような販売戦略しかとれないのである。意欲的な漁師が、品質が良いものを作っても、市場で評価されずにその対価を受け取れない。良いものを作っているというプライドに支えられてがんばっているのが実態だ。

実際に海外では、漁師と流通業者の経営統合は、当たり前の話。むしろ、協力をして全体の売り上げを増やす方向に努力をしている。

たとえば、アラスカのカニ漁業は、漁船と加工場の経営統合が進んでいる。加工場がカニを外に販売した売り上げを、漁船と加工場で半々に分けることになっている。漁船と加工場が共同で漁獲・加工・出荷のプロセスを戦略的に一本化することで、余計な経費を削減し、カニの質を上げて、全体の売り上げを増やすことに成功している。

日本でも、良い製品を作って付加価値付けをしたいという生産者と、差別化できる製品をちゃんとした値段で売りたい流通業者が、戦略的な提携をして、win-winの関係を築く余地は大いにある。

今後の進め方について

生産段階から販売まで一気通関をするという、桃浦・仙台水産の特区には、期待をする反面、不安もある。特に、漁民とのコミュニケーション不足が気になるところだ。

1)概要・要項が示されていない

特区構想が、誰のための、何を目指すものなのかが明確では無い。知事は「民業を活用する」というが、どういう形で活用するのかがわからなければ、賛成しようも、反対しようも無い。

民間企業の参入と言っても、様々なやり方がある。
A) 地元漁民が会社組織を作って、販売等の活動を自由に展開していく
B) 地元漁民を排除して、外の企業をいれて漁業をさせる

「Aはどんどんやればよいけど、Bはちょっと・・」と感じる人が多いのでは無いだろうか。今回、知事に直接確認をしたのだけど、知事の構想はAであり、よそから縁もゆかりも無い企業が参入することはかんがえていないそうだ。桃浦の場合も、震災前からその土地で漁業を営んでいた地元漁民15人が会社を作って、仙台水産という地元企業と連携をしていこうと言うことだから、1)の形式になっている。

特区の概要・要項をまず公開して、1)の形式の特区を考えていると言うことを明らかにすると同時に、そのことを周知する必要があるだろう。
2)漁民とのコミュニケーション不足

浜では「全否定をするわけでは無いが、特区は何をしたいのか具体的なことが何もわからないので、何とも言えない」という意見が多かった。具体像が見えない中、「民業の活力」とか「浜の秩序」といった抽象論で、知事と県漁協が喧々がくがくの状態。現場を無視した血の通っていない議論だと思う。
漁村によって、抱える問題は多岐にわたる。もともと活力がある浜では、復興がスムーズに進み、「あとはもう自分たちで出来るから、大丈夫」というところもある。一方で、震災で人が減って、集落自体が成り立たないところもある。人はいるけれども、収益が上がらず、じり貧のところもある。漁業者と一緒に、そこの漁業の問題を精査して、一緒に解決策を考えていく。その際に、必要とあれば、特区を柔軟に使えるような体制を整えて欲しい。

3)県漁協との関係悪化

宮城県漁協は、相変わらず「浜の秩序を乱す」と繰り返している。今まで、漁協の浜の秩序の元で、漁業が衰退してきたのだから、浜の秩序を見直す必要があるのは自明だろう。特区を導入せずに、桃浦をどうやって復興するのか、という対案を、県漁協は何ら示していない。対案を示さずに反対のための反対をしているだけの漁協は無責任だと思う。

ある程度の摩擦は仕方が無いとしても、県漁協との関係をもうちょっと上手に出来ないものだろうか。知事と漁協が全面対立ということになれば、漁民は板挟みになる。漁協からの締め付けが増せば、特区に関心がある漁業者とのコミュニケーションが難しくなり、桃浦に続く事例が出てこない可能性もある。

水産特区は、概要を公開した上で、漁民(≠漁協)とコミュニケーションをとり、彼らの理解を得ながら進めていって欲しいと思う。

民間は更に進んでいる

水産特区は、知事と漁協の対立から、議論が空転し、1年半かけて、ようやく、一例目の概要が示された。その間にも、現場レベルでは様々な試みが始まっている。志を同じくする漁民のグループが合同会社を作ったり、株式会社を作ったりして、販売を手がけようという試みが、同時多発的に起こっている。特区とは無関係に企業化が進みつつある。株式会社化をした漁師に取材として、企業化を進める理由を聞いてみた。

1)販売・ブランド化
漁協経由だと、生産者の顔が見えない。宮城の牡蠣は一緒くたに売られるので、自分たちのブランドを育てようがない。現在の販売には限界を感じている漁師が多い。そこで、良いものを高く売りたい仲間で、共同出荷することでブランドを育てようという思惑がある。

2)外部から窓口が見える
合同会社、株式会社であれば、販売窓口が外から見えるので、新しい取引先が見つけやすいだろう。

3)資金調達で有利
外部から、資金を調達しようにも、一般の銀行は漁業者には金を貸さない。水産関係の経営はブラックボックスなので、仕方が無いだろう。一般企業となって、会計を明らかにすることで資金調達がやりやすくなる。

4)経営感覚が養われる
企業として会計をすることで、これまでどんぶり勘定だった収支を数字で見ることになり、経営感覚が養われる。

デメリット

デメリットとしては、経理など、これまでやっていなかった事務仕事が増えることと、販売の手間(売れなかったときにどうするか)があげられる。共販制度は、価格が安くても、納品すれば自動的に全量販売できた。販売の手間をかけるのが面倒くさい漁師には便利な制度である。自分で売るとなると軌道に乗るまでが大変だろう。

まとめ

企業化や販売提携は、そのための労力が必要となるし、販売リスクもある。跡継ぎがいない年金漁業者は、面倒なことを嫌がるのが常である。彼らのためにも組合の共同販売は今後も必要だろう。一方、跡継ぎがいて、親子で従事している漁業者や、若手の漁業者にとっては、まともな値段で販売をするのは死活問題である。販売については個人で行うのは難しいし、販売窓口も必要になるので、合同会社や株式会社をつくるのは自然の流れだろう。漁民の新しい取り組みを応援したい。

これまで通りに漁協の共販を利用したい人はそうすれば良いし、自らが販売まで手がけたい人間はそうすれば良い。漁協は漁業者のための組合であり、組合のサービスを使うかどうかは漁業者自身が決めること。漁協は漁業者のための組合なのだから、漁民が主体的に新しい取り組みを始めるのを応援すべきである。行政は、漁協との対立構図を煽るような動きはできるだけ避けつつ、地元漁民の声を聴いた上で、淡々と必要なサポートをしてほしい。

水産物の放射能検査結果


水産物の検索をリニューアルしました。二〇一二年七月二三日まで検索できます。

https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0ArN_7X0ibziWdENwczYtakh2eDdrNHpOd2txXzlhN2c&single=true&gid=2&output=html

漁業の生産性が上がらない構造的な理由


前回の記事で、「漁師が魚を捕って生計を立てられる」ことの重要性を指摘した。では、漁業の生産性を上げるにはどうすれば良いかを考えてみよう。

漁業の収益は次のように単純化できる。

漁業収益 = 売り上げ-経費
= 魚価 × 漁獲量 - 経費

漁業収益を増やすには、次の3つの方向性がある。

1)魚価を上げる
2)漁獲量を増やす
3)経費を減らす

では、どの方向を目指すかということを考えていくと、八方ふさがりの漁業の現実に直面する。

1)魚価をあげるのは難しい

週末のスーパーの特売のチラシを見れば、「アジ一尾100円」という具合に、まだ獲っていない魚の値段がすでに入っている。購買力をもつ大手小売りチェーンによって、末端の魚価は決められているのだ。スーパーは自分の利益が出るような価格で、どこかから魚を引っ張ってくる。流通業者は、さらに自分たちの経費を引いた値段でしか魚を買えない。出口の価格を決められた上に、複雑な日本の水産流通のすべての段階のコストをさっ引けば、漁師の取り分など残らないのである。

漁師の仕事は魚を海から捕ってきて市場に並べるところで終わり。魚の値段は、漁協が主催するセリで決まることになる。バブル期までならいざ知らず、現在、高い値段がつくことはまれである。良い魚が、高く売れるとは限らない。良い魚も、悪い魚も、一緒くたに安値で買いたたかれている。

日本の漁業者には、価格の決定権が無い。それどころか、価格形成にほとんど関与できない仕組みになっている。また、漁協のセリの運営は極めて排他的であり、魚を買いたたきやすい状況を作っている。川下主導の価格形成が行われている既存の流通システムの中で、漁師の努力で手取りを上げるのは至難の業である。

2)漁獲量を増やすのは難しい

漁獲量を増やすのは難しい。というのも、獲るべき魚が減少しているからだ。現状ですでに漁獲圧が過剰だからだ。農水省のアンケートでは、日本近海の水産資源が減少していると答えた漁業者が9割。資源が増えていると答えた漁業者は0.6%に過ぎなかった。日本の資源が減少している原因は、日本漁業者による乱獲である。日本国内では、漁獲規制が不十分であり、大型漁船が沖で未成魚を根こそぎ獲ってしまう事例が後を絶たない。

漁獲が過剰な現状で、いきなり漁獲量を増やすと、資源を減らしてしまう。長い目で見ると、漁獲量をむしろ減らすことになりかねない。漁獲量を増やすには、公的機関はしっかりとした漁獲規制をして、資源を回復させる必要がある。漁業者の自己努力で漁獲量を増やすのは難しいだろう。

3)経費を下げる余地は無い

もう何十年も、漁業の利益は減少傾向にある。日本の漁業者は、すでい簡単に削れるコストは、削減済みである。 コストの大部分を占める燃油については、漁業者の価格決定は難しいだろう。

結論

とてもネガティブな話になってしまったが、これが日本の沿岸漁業の現実だ。出口の見えない八方ふさがりの状況で、漁業者はもがいている。

被災地・非被災地を問わず、今の日本漁業には希望が無い。漁業が衰退するのは構造的な問題だから、未来につながる形に漁業のあり方を変えていかなればならない。

ミッション:未来につながる漁業のビジョンを示し、それを地元漁民と共有する

猿払村は、いかにして地域漁業を復興させたのか?


一つ前のエントリで、今までの復興政策では、漁業は衰退する一方だということを示した。では、水産業に金を入れるのがそもそも無駄なのか。というと、そうではない。従来の予算の使い方が未来につながっていないと言うだけの話だ。

では、何を目指すべきだろうか。漁村が中長期的に生き残るために何よりも重要なことは、漁業の生産性を、新規参入できる水準まで改善することだ。同じ北海道の遠隔地である猿払村を例に、未来につながる漁業復興について考えてみよう。猿払村は、北海道の北端に位置する。

 


大きな地図で見る

 

猿払組合のサイトはここにある。

http://hotatebin.net/modules/pico/index.php/content0001.html

魚家数が187戸で、売り上げが6,228百万円だから、一戸当たり3300万円の水揚げだ。これなら、跡を継ぎたくもなるだろう。

猿払村の漁業データはこんな感じ。
http://www.machimura.maff.go.jp/machi/map2/01-03/511/fisheries.html

猿払と奥尻の年齢組成を比較すると下のようになる。猿払は20~50代が中心になっている。漁業で十分に生活できる猿払では、若者は再び村に帰ってくるのである。そして、「猿払に生まれて良かった~」と言いながら、海に向かって生活をしているのだ。

利益を出しているホタテ漁業も順風満帆であったわけではない。もともと、このあたりは樺太から産卵のために南下してくるニシンを狙った漁が盛んだった。お隣の網走には、ニシン御殿や、ゴーストタウン化した繁華街のような、ニシン漁で栄えた時代の名残が残されている。過去には日本で一番の漁獲量を記録したこともあるニシンは、昭和30年代に姿を消した(参考:ニシン漁の歴史)。消えたのはニシンだけではない。「乱獲により姿を消してしまったほたて貝、漁業資源は軒並み枯渇、漁業経営が極端に衰退の一途を辿った」のである。獲るものがなくなり、「貧乏を見たけりゃ、猿払に行け・・・」と言われるような状況になってしまったのだ。

この状況から村役場と水産試験所が試行錯誤をして、ホタテ養殖を成功させる。そのプロセスについては次のPDF(よかネットNO.24 1996.11)を読んで欲しい。

http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

漁業には良い年もあれば、悪い年もある。漁師の多くは、まとまった金が入ると、「宵越しの金は持たぬ」とばかりに夜の町で景気よく浪費し、不漁年に借金を増やす。猿払村の場合は、不漁年を確実に乗り切るために給料の天引きが行われている。「天引き貯金を確実に実行するために、組合員には生活費7万円の月給制として強制積み立て」をしたと説明されていた。これが行われたのは、万博景気の昭和45年のことだそうだ。一部の漁協が「漁師の勤労意欲を奪う」と批判をしている「漁師のサラリーマン化」である。漁師のサラリーマン化が進んだ結果、どうなったのか。

漁師さん一人当たりの平均年収が、いまでは4000万円。去年、村を訪ねてみたら、ひと昔まえの大貧乏はどこへやら‥…。白い壁の鉄筋コンクリート三階建ての豪邸が、あっちにも、こっちにも。出かせぎに行く若者は皆無、嫁不足なんかどこ吹く風、北海道の町や村ではまず見かけることのない高級車がひしめいていた。」(村野雅義著、昭和61年刊)
10年後(昭和58年度)、稚内税務署管内の高額納税者(1000万円以上)99人の内59人が、人口3000人余の猿払村の人によって占められることになった。
http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

ホタテ養殖には、ヒモにつるす「垂下式」と、地面にばらまく「地捲き式」の2種類がある。垂下式は所有者がはっきりしているのだが、地捲き式はホタテが移動しているので所有者がはっきりしない。猿払は地捲き式なので、早い者勝ちでホタテを捕っていたら、小さいうちに獲り尽くされてしまう。猿払では天然資源を枯渇させた教訓から、競争を排除して、グループ操業を徹底しているのである。

面白いのが、利益を出している猿払では、グループ操業を徹底しているところ。グループで役割分担や操業の効率化が図られていて、「会社のような感じ」らしい。多くの沿岸漁業が、漁業者同士の競争で自滅しているのとは好対照だ。猿払と同じように利益を出している漁村は他にもあるが、組合長のリーダーシップと地域としてのまとまりがあるのが共通点。

猿払の海を拓いた多くの先人の苦労と偉業を偲び其の意志を我々も子孫もうけつぎ実践することを肝に銘じて建てられた「いさりの碑」に刻まれた「撰文」には、

人間は神々と力を競うべきではない
人間は自然の摂理に従うべきだ

と書かれている。実に共感できる文章ではないか。

猿払の漁業が復興した理由は、次の一文を読めばわかる。

所得のないところに福祉はありえない、両方進めていきたいけれども、どうしてもできない場合は生産の方を先にやらなければならない
昭和45年「過疎地域振興特別措置法」ができた。これに基づく過疎地域振興計画をつくるのだが、猿払付の振興構想は、「住民の福祉向上のためには、一つは産業振興による所得を増大すること。“所得のないところに福祉はありえない”を前提にして、他の一つは生活環境を改善することであるとし、しかもこの双方が並進することが望ましいけれども、とにかく低所得水準の克服を先決とする」と決めた。産業振興の2本柱が「未利用の広大な土地資源を利用した酪農振興と、かつて繁栄した前漁の活用による浅海根付資源(ホタテガイ、昆布)の増養殖とし、さらに、それに加えてこれらの加工産業や特殊林産物の導入を図ることとした。
http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

漁家の所得向上が最優先。実に明快ではないか。昭和45年の段階で、とにかく、地域の基幹産業として、酪農と漁業を再生するという意気込みで、背水の陣で望んだのである。奥尻はどうだったか。高齢者福祉と土木工事に公的資金を集中投下して、一時的に潤っても、後に残るのは借金だけだった。三陸漁業は、奥尻と猿払のどちらを目指すべきだろうか。議論の余地は無いだろう。

残念ながら、この国の政治も、行政も、漁協も、奥尻型の復旧をすることしか頭にない。「予算が足りないから増税をしよう」などと言う前に、土木工事偏重の復興のあり方を根本的に見直すべきなのだ。もちろん、漁業の生産性に関わる土木工事は必要だが、漁業の生産性に関する議論がなにもないまま、土木工事だけしていても、漁業が良くなるはずがない。

漁業の生産性とインフラ(港の立派さ)は、ほとんど関係が無い。漁港が立派になれば、「台風の時に船を陸に揚げなくても良い」とか、「水揚げ作業が楽」という利便性はあるが、それによって、漁業の利益が大きく変わるようなものではない。だから、もともと儲かっていなかった漁業のためのインフラを立派に整備したところで、その土地の漁業には未来がないのである。つまり、奥尻型のインフラ再整備では、未来の地域の雇用に寄与しないし、中長期的に見れば、漁業の衰退を緩和する効果すら期待できないのである。これは、やる前から、少し考えればわかる話だろう。

今の水産行政には、漁船などのインフラを整備して、燃油を安くして、今いる漁業者に出来るだけ長く漁業を続けてもらおう、という後ろ向きの発想しかない。新規加入が途絶えた状態で、高齢漁業者が漁業を続けざるを得ない状況をつくったところで、彼らも遅かれ早かれリタイアする。その先の担い手がいないのだから、地域漁業は確実に死に向かっているのである。現在の復興政策は、終末医療と同じようなものである。終末医療に金をいくらかけても、いずれ、命は失われる。

こういう主張をすると「弱者切り捨て」とか、「企業の理論」とか、「アメリカの手先」だとか、意味が良くわからない批判に晒されるのが常なのだが、俺だって、高齢者福祉的な政策を全て無くせと主張するつもりはない。「高齢者福祉に全ての予算を投入しても先がない」と言いたいのである。未来のためと称して、未来には全くつながらないことばかりに金を使って、挙げ句の果てに増税・借金が未来の世代に先送りされ、地域には立派な防潮堤しか残らない。そんな未来は、納税者のためにも地方のためにもならない。

大切なことは、未来につながる漁業をあたらしくつくることだ。そのためには、漁師が魚を獲って生活が成り立つようにしないといけない。漁村に生まれた子供達が、その土地に戻って漁業を継げるところまで生産性を高めないといけない。

そのためにどうすればよいかは、下の二冊の本に書きました。これらの本を読んだ被災漁業者から、「一緒に考えて欲しい」というオファーが来るようになった。時間の許す範囲で三陸に行って、漁業者と協力して地域漁業の生産性を高めるための取り組みを行っている。そう言った取り組みについても、追々、紹介していきます。

奥尻の失敗を、三陸でも繰り返すのか?


1993年の北海道南西沖地震とそれに続く津波によって、奥尻島は甚大な被害を受けた。東日本大震災をきっかけに、奥尻島の復興について触れられる機会が増えてきた。奥尻の復興については、意見が分かれている。農林中金(農協系金融機関)や朝日新聞は、復興をポジティブにとらえているが、北海道新聞をはじめとする地方紙は、地域の衰退を問題視している。

農林中金
http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1108jo1.pdf

水産業の復興が順調に進んだ要因として,①漁協による漁業者への対応,②漁船の共同利用,について述べる。

朝日新聞
http://www.asahi.com/edu/news/HOK201202120002.html

 防災教育旅行を積極受け入れ 津波から復興果たした奥尻町

問題点を指摘しているのは、岩手日報、河北新報、北海道新聞などの地方紙。

岩手日報
奥尻島ルポ(下) 町悩ます過疎、高齢化
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/saiko/saiko111030.html

高齢化率は30%を超し、毎年、地元高卒者約25人は進学や就職でほぼ全員が島を出る。2集落が震災で消滅し31集落が残ったが、96年から限界集落(住民の半数以上が高齢者)が現れ始め、今年3月末には8集落に拡大。1集落が消滅した。
高齢化は防災対策の見直しも迫っている。低地から5分以内の高台避難を目指し、42カ所の避難路を整備したが、階段やスロープが急で高齢者の利用が難しくなっている。
新村町長は「高齢化対策に取り組んでくるべきだった。建物などもコンパクトに造る必要があった」とする。

河北新報
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

集落再生のほか、防潮堤建設なども含めた復旧・復興事業の総事業費は763億円に上る。工事は被災者の雇用を維持し、島外から最大2000人の作業員が入る「復興特需」が島を潤した。半面で町の事業費負担158億円が財政を圧迫した。地方債残高は92年度の39億円から98年度には94億円に膨張。年間約40億円の町予算のうち、償還額が7億~10億円という状態が続いた。
復旧・復興事業が終了した島は停滞感が漂う。人口は1960年の約7900人をピークに減少を続けており、2010年の国勢調査速報値では3041人で、05年からの人口減少率は16.5%に達した。
高齢化も著しく、ことし8月末現在で65歳以上の高齢者は人口の31.7%を占める。就職先が島にないため、25人前後の奥尻高の卒業生ほぼ全員が進学などで島を出ていくのが現状だ。

北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/touhokukou2/

復興しても人が減る 奥尻の教訓、もがく被災地
義援金5年で消えた■街の活性化 手回らず
義援金は5年でほぼ使い切った。さらに高台移転などの復興関連事業で町が支出した158億円の借金返済が、その後の町財政を圧迫。街の活性化に回せる財源は狭まった。

奥尻島の復興について

具体的にどのような復興施策が行われて、その結果、どうなったかを見てみよう。

1993年の奥尻地震では、津波によって沿岸漁村は壊滅的な打撃を受けた。被害総額は664億円となっている。復興事業費は763億円(国221億、道384億、町158億)。それとは別に、義援金が総額190億円寄せられた。被害地域が局所的であったために、被害額を上回る復興事業費が準備できたのだ。潤沢な資金を背景に、手厚い被災者支援事業を展開することができた。

住宅を新築する場合は見舞金も含めて1世帯に最大約1400万円を配分した。青苗の住民を中心に結成された「奥尻の復興を考える会」の会長だった明上雅孝さん(61)は「義援金のおかげで自己負担なしで家を建てた人もいる」と振り返る。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

義援金が集まりすぎて、配るのに苦労をしたという話をきいたことがある。義援金をそのまま現金で配ったら、島の老人たちは、町に出た子供や孫の家のそばにマンションを買って出ていってしまうかもしれない。人口流出を防ぐために、島の中に新しい家を建てるのを補助するというような方式にしたらしい。「被災者にとって、何が幸せか」というよりは、「なんとか島の人口を維持したい」という切実な思いがあったのだろう。

防災のための大規模な公共事業が行われた。数年間は復興特需で潤ったが、後には巨額の借金が残された。

町の事業費負担158億円が財政を圧迫した。地方債残高は92年度の39億円から98年度には94億円に膨張。年間約40億円の町予算のうち、償還額が7億~10億円という状態が続いた。
「負担は大きく、その後の産業振興などに十分な予算を回せなかった」。地震発生時の町総務課長で、助役を経て2001年から町長を1期務めた鴈原徹さん(68)が嘆く。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

漁業の復興にも、潤沢な予算が投入された。そのディテールについては、農林中金のレポートの後半部に説明がある。

被災漁船を公的資金で準備する場合には、漁協に漁船を与えて、複数の漁業者が共同利用することが前提となっている。しかし、制度運用によって、漁業者個人所有の船を、新調したのと近い状況になっている。まず、個々の漁業者の希望に添った船を新調し、貸し与えた。この時点では、漁船は漁協の所有なのだが、5年後に減価償却で費用が10%に減少したとして、格安で利用者に売却した。結果として、漁業者は、ほぼ公的資金で、自分の好みの新船を建造できたのである。日本では漁業者が減少し、どこでも漁船が余っている。そういう中古漁船を持ってくることも可能だったはずだが、公的資金で新調してもらえるなら、新船の方が良いに決まっている。共同利用漁船の導入実績は,新造船249隻,中古船購入9隻であった。

被災漁民への大盤振る舞いに対して、船が被災しなかった漁業者から不満の声が上がる。そこで、「公平感」のために、被災しなかった船も公的資金で更新をした。

5t未満船で被害を受けなかった老朽化漁船(主に木船)については,復興基金(「漁業振興特別助成事業」助成率:2/3)で更新できるようにした。これは漁船の被害を受けた人が新造船で,そうでない人が古い船ということでは,「公平感」が得にくいということでの対応であった。

漁業の経済規模を無視して、巨大な漁港を作り、津波の被害を受けたかどうかを問わずに、島の漁船を補助金で新造した。これらの手厚い補助によって、漁業のインフラはすっかりリフレッシュされたわけだ。

 漁業の現状について

奥尻町のウェブサイトには、

奥尻町は、四方を日本海に囲まれていることから、豊富な水産資源の恩恵を受けながら漁業を主産業として発展し、古くから「宝の島」、「夢の島」と呼ばれ続けてきました。本町の水産業は、イカやマス、ホッケなどを対象とする漁船漁業と、ウニやアワビを対象とする磯根漁業に大別されますが、新しい奥尻の水産業は21世紀に向けて既に動き出しています

と書かれている。このサイトを見ても「がんばってます」というアピールだけで、島の主産業である漁業が、今どういう状態なのかはまるでわからない。

奥尻町の水産動向について新しい数字が国交省のレポートにあった。(このレポートによると、防災目的で、さらに83億円もかけて、港湾整備を平成30年まで整備するようですね。そのころ、島の人口はどのぐらいに減っているのだろう?)

http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/singi/h221104_2_6_1.pdf
P4

漁業者101人で漁獲高1億9300万円だから、一人あたり 年収 191万円ということになる。しかも、操業コストが高いイカが主流なので、利益はほとんど出ないだろう。もしかすると赤字かもしれない。この島に住むなら、延々と借金を返して、インフラの維持費を払い続けないといけないのだから、ハードルは更に高い。この状況では、新規加入など夢のまた夢だ。

新規加入が途絶えた状態で、深刻な高齢化が進んでいる。跡継ぎがいない高齢漁業者をいくら手厚く保護したところで、長い目で見て、漁業の再建にはつながらない。

 

養殖施設(ハコモノ)の建造にも余念が無い。99年に完成した「あわび種苗育成センター」によって、年間を通して安定したアワビが供給されることになっていた。http://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_zyoho_bako/tokutei/pdf/sub82_07.pdf

奥尻町のアワビの水揚げ金額のデータはここにあるのだけど、種苗センターが稼働してからも低迷している。

町は「捕る漁業」から「育てる漁業」への転換を目指すが、99年に完成した「あわび種苗育成センター」の漁業者への種苗提供は、2003年度の15万個から10年度は7万4千個に半減している。
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/saiko/saiko111030.html

種苗育成センターは、地域漁業の救世主にはなりそうにない。むしろ、維持費を誰がどう負担していくかが心配だ。

防災教育旅行に未来はあるか?

観光客は1990年度の58563人から、2010年度は36100人へと、6割も減っている。現状では、「 防災教育旅行で、津波から復興」とは言えないだろう。復興バブルがはじけたあとに残ったのは箱物だけ。それを利用せざるを得ないというのが実情ではないだろうか。奥尻観光協会のサイトに、巨大コンクリート構造物の写真がある。わざわざ時間をかけて、こういうものを見に行きたいとは思わない。また、防災訓練にしても、遙かな離島でやるよりも、自分の生活圏でやることが重要だろう。朝日新聞が主張する「観光防災で町おこし」というのは、無理があると思う。

 「水産土木栄えて、水産業滅ぶ」の愚

奥尻のデータをみると、漁業が産業として成り立っておらず、新規参入が途絶え、漁村が消滅に向かっているように見える。奥尻に限らず日本の多くの漁業は、収益性が低く、魚を捕っても生活できない状態だ。これを放置したまま、ハコモノにどれだけ公的資金をつぎ込んでも効果が無い、というのが奥尻の教訓だろう。

日本の漁業政策は、「漁場の利用は漁師に丸投げしておいて、インフラ整備をすれば漁業は良くなる」という基本方針がある。震災をきっかけにこの方針が、かつて無いレベルで達成できたのが奥尻の事例と言えよう。奥尻の事例からわかったことは、産業政策を無視して、公共事業にいくら予算を投入しても、無駄だということ。今の考え方は根本的に間違えているのである。自治体は、急速に衰退している現状を無視して、「あんなことをやってます」「こんなこともやってます」と宣伝ばかりするのだけど、様々な取り組みが機能していない現実を認めた上で、別の対策をとるべきではないだろうか。

奥尻の復興をどうとらえるかはくっきり分かれる。行政、自治体、農協、漁協はおおむねポジティブな評価。公的資金を配った側ともらった側は自画自賛をしている。一方、地方の衰退が将来の部数減少に直結する地方紙にとっては、死活問題であり、当事者視点できちんと分析している点が面白い。

過去の失敗をうやむやにしている限り、同じ失敗を繰り返すことになる。奥尻は採算度外視で、全ての漁業インフラを最新の大規模なものに切り替えたが、漁業の衰退は進む一方だった。三陸漁業の復興でも同じような議論がなされている。宮城にも、岩手にも100以上の大小様々な漁港がある。10年後には使う人が無いような所も少なくない。「利用者がいるかどうかは関係なく、すべての港を元通りにしましょう。これまで以上に高い大規模な防潮堤で沿岸を覆い尽くしましょう」というような話が着々と進行する一方で、魚を獲っても生活が成り立たない漁業の現状には何ら手を加えようとしない。だから、この先に希望がもてない漁業者がどんどん離れているのが現状だ。震災復興のために増税までして、三陸漁業を、今の奥尻のような状態にすることに、何の意味があるのだろうか。残るのは、人がいなくなった漁村と、コンクリートの巨大建造物と、返すあてのない借金だけだろう。

復興サポート:三陸から漁業は生まれ変わる


本日10:05からNHK総合で放映される復興サポートという番組に出演します。

三陸から漁業は生まれ変わる
~岩手・陸前高田市広田町~

被災漁業者と一緒に、地域の漁業をどのように再生するかを議論しました。
活発な意見がでて、なかなか、面白い会でした。
一次産業の活性化は日本の田舎に共通の課題だと思いますので、
是非、見てください。

http://www.nhk.or.jp/ashita/support/

空間線量の測定値のばらつきについて


空間中をランダムに飛んでいるガンマ線をセンサーでとらえられるかどうかは、運次第。ということで、放射能の測定では、誤差はつきものです。では、どれぐらいの幅を考えれば良いのでしょうか。例として、エアカウンターSをつかって、0.1Sv/hの場所で空間線量を計測する場合を考えてみます。

エアカウンターSは、1μSv/hの場所で、1分間に40回、ガンマ線を関知できると言われています。これを40cpm(Count Per Minutes)と呼びます。0.1μSv/hの場所で計測をした場合、1分間に4回、ガンマ線を検出することになります。ただし、実際に1分間測っても、必ず4回検出できるとは限りません。ガンマ線はランダムに飛び込んでくるので、偶然多くのガンマせんを検出できる時もあれば、全く計測できない場合もあるでしょう。
検出回数がどの程度ばらつくかは、ポアソン分布で表現することができます。下の図は、ポアソン分布の乱数を100回繰り返したものです。

1分間測定

カウント数の期待値は4です。結果は、かなりばらつきます。

2分間測定

カウント数の期待値は8になりますが、それでも値はばらつきます。短時間の測定では、検査結果がばらつくことを理解しておく必要があります。

10分間測定

カウント数の期待値は40回になります。この場合、値は40を中心に、徐々にまとまってきます。

50分間測定

カウント数の期待値は200回まで増えます。それでもまだ多少のばらつきは残ります。

 

今回はエアカウンターを例に出しましたが、測定時間が短いと誤差が大きくなると言うのは、全ての放射能計測器に共通しています。cpmさえ分かれば他の検出器でも同じような計算はできます。多種多様な検出器のcpmがまとまっているのはこちら→ http://www.mikage.to/radiation/detector.html#6

一般的なGM管は100cpmぐらい。高性能のシンチレーションカウンターだと1000cpmを超えます。例えば、HoribaのRadiだと2000cpmぐらいあるらしいので、0.1μSv/hなら1分間で、カウント数の期待値が200に達します。同じ精度を得るのにエアカウンターの1/50の時間で済むと言うことですね。まあ、このあたりはピンキリで、お値段次第です。

おまけ

リンク先のCDFPlayerというプラグインをインストーすると、下の図が表示されて、自分でガンマ線の検出数の期待値を動かすことができるようになります。時間を増やすと、ばらつきが減っていくのが体感的にわかるので、是非、トライしてください。

 

書評:スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか


実践マニュアル スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか
実践マニュアル スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか

アマゾンは品切れだけど、他の店には在庫があるみたいです。出版元から確認できます→こちら

チェルノブイリ事故を経験したスウェーデンは、どのような放射線防護をしているのかは気になるところだ。本書は、スウェーデン防衛研究所を中心に、農業庁、農業大学、食品庁、放射線安全庁が協力して作成した「プロジェクト・どのように放射能汚染から食料を守るか」(1997~2000年)の報告書の翻訳であり、オリジナルのスウェーデン語の報告書はここ

結論から言うと、超お勧め。放射能の基礎知識から、防護の考えまで、一通り網羅されており、ものすごく勉強になった。ICRPのドキュメントよりもずっと読みやすくて、今まで読んだ中では、一般人に最もお勧めできる。残念ながら、アマゾンは在庫が切れているけど、待っていれば、入荷すると思う。

内部被曝関連の情報が多かったのが、嬉しい。また、食品への移行係数などの情報もあるので、消費者のみ成らず、生産者も読んでおくと良いだろう。

特に重要だと思う部分を抜粋した。より詳しく知りたい人は、本書を手にとってもらいたい。

1章 チェルノブイリ事故からの警鐘

チェルノブイリ事故の当時、スウェーデンではどのような混乱した状況にあったかを読み取ることができる。事前警告・警報システムや汚染対策を迅速に実施できる防災組織が機能しなかったという反省にたち、組織の役割分担などを見直している。3節 の「情報提供の重要性」には、次のように書かれている。

  • 行政当局は、ときに、国民に不安をあたえることを危惧して、情報発信を躊躇する場合があります。しかし、各種の研究報告によれば、通常、情報発信によってパニックの発生を恐れる根拠は無く、むしろ、多くの場合、十分に情報が得られないことが大きな不安を呼び起こすのです。とりわけ、情報の意図的な隠蔽は、行政当局に対する信頼を致命的に低下させかねません。
  • 行政当局が十分な理由を説明することなく新しい通達を出したり、基準値を変更したりすれば、人々は混乱してしまいます。

まさに、日本政府の対応そのものではないだろうか。過去の他国の失敗に学んでいれば、ここまで致命的に信頼を失うことは無かっただろう。また、十分な説明無く、食品の基準値を370Bq/kgから、500Bq/kgへ引き上げた。この引き上げによって、不信と混乱を招いたのだが、それだけの価値があったかどうかは検証すべきだろう。

2章 放射線と放射性下降物

ここは、放射能に関する一般的な説明。計算をするとこういう数値になるとは書いてある。けれども、「この程度なら無視できる」とか、「~よりも少ない(から、大丈夫だ)」というような、書き手の意見を押し付けるような表現が無い点が良い。驚いたのが、P54-56の食品の検査に関する記述。酪農農家の24人に1人の割合で災害対策名簿に登録してあって、災害の際はその一部から、牧草と牛乳の調査はするようだが、他は無いみたい。

  • 放射性物質が降下した直後に放射線被曝をもたらす恐れのある食品は、牛乳のほかに放射能が付着した葉物野菜があげられます。葉物野菜に関してもサンプルを採取し測定するプログラムを整備すれば、放射能汚染の対策や被曝線量の推計を行う上で、役に立つでしょうが、測定費用が高くつく割りに、被曝線量の抑制にも余り繋がらないと考えられるため、実際にそれを行う根拠は乏しいとされています。
  • 食肉用の家畜から、サンプルを採取し測定するための特別プログラムも、同じような理由から、国のレベルでは整備されていません。
  • 国レベルの測定準備体制には、販売用の食品に含まれる放射能の測定は含まれていません。商品の放射能検査は、業界や食品加工企業が自らの責任で行うべきだからです。

「コストに見合わないから、牧草と牛乳以外は測りません。売り物は勝手に測ってね」というのは、日本で許されるとは思えないのだが、スウェーデン市民はどのような反応をしているのだろうか。

3章 放射性降下物の影響

主に、動物、農作物への移行や、ほこりや外部被曝の説明。

4章 基準値と対策  ~食品からの内部被曝を防ぐ有効な対策

食品基準値の変遷が書いてある。

  • 1986年のチェルノブイリ事故後、個人がこの事故のために食品を通じて受ける被曝線量の増加分が年間1ミリシーベルトを越えないようにすることを目標としました。ただし、特定の状況に限り、事故後1年間は、最高五ミリシーベルトまでの被曝も容認するとしました。そして、食品庁はこの目標を達成するために、市場に流通する全ての食品に対するセシウム137の基準値を300ベクレル/kgと定めました。
  • この後、スウェーデン人が一般的に少量しか食べないと判断された食品については、1987年に基準値が1500ベクレル/kgに引き上げられました。野生の動物やトナカイの肉とその加工品、野生のベリー類とキノコ類、淡水魚、そして、ナッツです。しかし、この引き上げは各方面から抗議を受けることとなり、その結果、特に食品庁などの行政当局は情報提供に尽力せざるを得なくなりました。
  • 基準値引き上げの背景には、スウェーデンで行われた食品購買調査があります。この調査の結果、平均的なスウェーデン人が市販の食品から摂取する放射性セシウムが、1日当たりせいぜい約30ベクレルでしかないことが明らかになりました。つまり、放射線防護庁が定めた目標に比べると、相当低い値だったのです。

放射性物質を除去する方法についても細かい記述がある。

家庭における汚染対策についてのアドバイスでは、「市場に流通している食品を除選する必要はほとんどない」としつつ、自家栽培をしている場合については「実践的なアドバイスが必要となる」と指摘している。

最後に「戦略的行動が必要」であり、一般的な原則として次を挙げている。

  • 現行法や国際的な取り決めに反した対策は行わない
  • 急性の深刻な健康被害を防ぐために、あらゆる努力を行う
  • 対策は正当性のあるものでなければならない
  • 講じる対策は、なるべく良い効果をもたらすように最適化する
  • 対策の柔軟性が成約されたり、今後の行動が成約されることは出来るだけ避けるべき
  • 経済的に費用が高くなりすぎない限り、農作物・畜産物は生産段階で汚染対策を行う
  • 一般的に大規模な投資の必要がない汚染対策を実行すべき

 まとめ

基準値や検査については、「えー、こんなんで良いの?」と思う部分もあるが、情報公開やコミュニケーションの重要性については頷ける点が多かった。いろんな意味で参考になるとおもうので、一人でも多くの人に読んで欲しいです。

内部被曝の影響は、トータルの被曝量(総ベクレル数)を基準に考えよう


内部被曝の影響は実は良くわかっていない。100mSv以下の被曝では、発がん率の上昇などの影響が見えてこない。喫煙のような明らかなリスクと比べると低いレベルだと思われるが、「影響が無い」と断定はできない。未知な部分があるから、放射能は予防的に避けておくことが望ましい。ICRPが掲げるALARA原則というのがある。「合理的に達成できる限り低く保たなければならない。(As low As Reasonably Achievable)」。体に良いものではないので、避けておけば間違いないだろう。

個人の被曝リスクを考える上で重要なのが、トータルでの被曝量。基準値を超えた食材を食べたかどうかかよりも、トータルで何ベクレル摂取したかが重要。たとえば、500Bq/kgの食材を10g食べると5Bq。50Bq/kgの食材を1kg食べれば50Bqの内部被曝になる。前者よりも後者が影響が大きいのは自明だろう。ALARAの原則に基づいて、被曝量をできるだけ抑えるという観点からは、摂取量が少ない食材の濃度よりも、米のように日常的に食べるものの値をいかに下げるかが重要になる。

ICRPは一般人の被曝量は年間に1mSv以下に抑えるべきとしている。

ICRPの公衆防護の基本的な考え方:
1)100mSvの被曝で、0.5%の発がん率の上昇がある。それ以下の被曝では、発がん率の上昇は明らかではない(検出できないような水準ではあるが、無いとは言えない)。
2)公衆が生涯にうける被曝量を、明らかな影響がでる100mSvよりも低い水準に抑えよう
3)1年間被曝量を1mSv以下に抑えておけば、100歳まで大丈夫。

ICRPのように、年間の被曝量の上限を設定すると、セシウムのベクレル数の上限も計算できる。

成人の場合は、セシウム134とセシウム137は1ベクレルでそれぞれ0.000019mSvと0.000014mSvに相当する。現状では、セシウム134とセシウム137はほぼ同量なので、セシウム1ベクレルには、セシウム134とセシウム137が0.5ベクレルずつと仮定すると、0.0000165mSvの被曝に相当する。よって、1mSvの内部被曝に相当するセシウムのベクレル数は、60606Bq(=1/0.0000165)となる。

1年の内部被曝を1mSv以下に抑えようと思うと、年間のセシウムのベクレル数を60606以下に抑えれなければならない。毎日のセシウム摂取量は、平均で166ベクレル以下に下げれば良い。もし、1年の内部被曝を0.5mSvに抑えたいなら、セシウムはその半分に減らさなければならない。

年齢群による実効線量換算係数の違いをまとめてみた。

実効線量変換係数(mSv/Bq)
成人 幼児 乳児
セシウム134 0.000019 0.000013 0.000026
セシウム137 0.000014 9.7E-06 0.000021

年齢群ごとの実効線量換算係数を利用すると、被曝量の上限を設定すると、セシウムのベクレル数の上限を年齢群ごとに計算できる

 被曝量(年) 成人(Bq) 幼児(Bq) 乳児(Bq)
年間 1mSv 60606 88106 42553
0.5mSv 30303 44053 21277
0.1mSv 6061 8811 4255
1日 1mSv 166 241 117
0.5mSv 83 121 58
0.1mSv 17 24 12

内部被曝をどのレベルに抑えるかという目標を設定すれば、毎日のセシウムをどのレベルに抑えるべきかの目安が計算できる。これを食材選びの判断基準に利用すると良いだろう。

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