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漁業国益論 (6)


国益という観点から、
水産行政のあり方を根本的に問い直す必要がある。

現在の国益は、食料の安定供給である。
そのためには生物資源の持続性を維持することが不可欠だ。
現在の漁業は、資源を持続的に利用しておらず、国益に反している。
にもかかわらず、大量の税金が漁業に投入されている
(漁業者のもとに届いていないという別の大問題もあるが、、、)。
対価は受け取るが、サービスは提供しないでは通用しない。
選択肢としては、対価を受け取るのを止めるか、
サービスをちゃんと提供するかの二者択一だろう。

産業と国益の関係を、根本的に問い直す必要がある。

漁業は、国益に答える義務を負う覚悟があるか?
国民は、漁業に国益の対価を払う合意があるか?

そのことを問い直す必要があるだろう。

現在の一般会計は、年間1800億円→国民一人あたり1500円
特別会計もいれると、その数倍にふくれあがるはずだが、詳細が不明。
3000円~6000円の範囲に収まるだろう。
俺の個人的意見をいうと、
魚をこれからも食べ続けることができるなら、
これぐらいの出費は全然惜しいと思わない。

1)漁業は国益に応えて、納税者はその対価を払う
国民全体で水産物安定供給のための費用を捻出する以上、
漁業者には資源を持続的に有効利用する義務が生じる。
「俺たちの生活がかかっているんだから、部外者はつべこべ言うな」とか、
「魚をどこまで減らしても漁業者の勝手でしょ?」という言い分は通用しない。
漁業者には乱獲をしたり、資源を枯渇させる権利が無くなるのだ。

現在の科学水準では、適切と思われる漁獲を行っていても、
資源が枯渇したり、経営が立ちゆかなくなったりする場合が必ず出てくる。
そういった場合に、漁業者が乱獲も首つりもしないで済むような仕組みが必要だ。
現在、公共事業に使っている予算の10%も回せば楽勝だろう。

2)漁業は国益には縛られず、納税者から対価を受け取らない
水産資源は、漁業者の私有物であり、
生かすも殺すも漁業者の勝手という考え方。
経営が厳しくなれば、勝手に乱獲をすればよく、
資源が枯渇すれば勝手に廃業すればよい。
現在の漁業はそんな感じだろう。
無秩序な自由競争の元では漁業という産業は確実に衰退する。
競争→過剰投資→資源枯渇→産業の荒廃
というコンボは共有地の悲劇として古くから知られている。
全体の利益を確保するためには、抜け駆けを防ぐ権力が必要になる。
その役をすべき水産庁が、全く機能していない。
だから、日本で資源管理がそれなりに上手くいくのは、
比較的小規模な浜で生産性の高い資源を占有している場合に限られる。
秋田のハタハタ、伊勢湾のイカナゴ、京都のズワイガニのような
一部の地域性の高い資源だけが残っても、日本の漁業に未来はないだろう。
この方向を選ぶなら、将来の水産物の供給は輸入に頼ることになるだろう。
また、EEZ内の生物資源を持続的に有効利用する義務が明記されている
国連海洋法条約を破棄するのが筋だろう。

日本漁業はどちらを選択するのだろう?
常識的に考えて、後者を公式に選ぶというのはあり得ないだろう。
国際社会に向けて、「日本は無責任な国内漁業を支持します!」
などというのは無理だ。
かといって、水産基本計画を見る限り、資源を管理する気はなさそうだ。
「食糧供給を安定させます」と外部には言っておいて、
実際の漁業は無秩序なままでもよいと思っているだろう。
その見通しはズバリ甘すぎる。今後の展開を予想してみよう。

水産庁が現状のままであれば、漁業はじり貧を続けるだろう。
国家財政が厳しい中で、縮小する産業への予算は削られ続けるだろう。

資源低迷→漁業生産低下→水産業衰退→予算削減→食料庁水産課

サプライズ人事&早速の不祥事などから、別の芽も出てきた。

トップが大失策→農水省不要論→農水省解体が行政改革の目玉に→水産庁消滅

現在のスタイルを維持したところで、現状は維持できない。
結果として、漁業に関係する全てのセクションが縮小の方向に進んでいくだろう。
漁業者にとっても、国民にとっても、役人にとっても、良い選択だとは思えない。

一方、資源管理を選んだ場合、最初は厳しいが、長期的にはバラ色の未来が待っている。

管理徹底→漁獲減→資源回復→漁獲増→漁業者ウハウハ→国民満足→海洋省誕生

日本の沿岸の生物生産力はまだまだ高い。
やりようによっては、持続的な漁獲量を倍増させることも可能なのだ。
長期的視野から、合理的に問題を整理していけば、
長い目で見て、みんなが幸せになる方向はある。

漁業国益論 (5)


税金の無駄遣いは確かに問題だ。
でも、水産行政の問題は更に深刻と言えよう。

行政が特定の産業を援護射撃しようとしても、無駄に終わる場合が多い。
現場を知らないとか、身銭を切っていないから真剣みがないとか、
いろんな原因があるだろう。
これは漁業に限った話ではない。
たとえば、経済産業省も過去にいろんな無駄遣いをしている。

第5世代コンピュータ
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/1a529720d99d05f354e96d4b82a1b331

シグマ計画
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/cfae4a4a5672fc806b05a2d2c8ec9ea9
プロジェクト×(ペケ) -失敗者たち-「Σ(シグマ)計画」
岸田孝一、Σを語る

最近では、こんなのもある。
グーグルに対抗、「日の丸検索エンジン」官民で開発へ
見事なまでに、当事者以外からはなんの期待もされていない。
日の丸親方のサーチエンジンなんて、誰も使わないだろ。
中国の国営サーチエンジンみたいに、
政府に都合が悪い情報をブロックしたいのか? 

水産分野以外でも、無駄遣いは山のようにあるが、
これらのプロジェクトは、ばらまかれた税金が無駄になるだけで、産業の首を絞めない。
特定の企業(産業)に対する財政支援は国際競争力の観点から有益だ。
たとえば、車検制度などは自動車産業への援護射撃であり、
日本の自動車産業の国際競争力に寄与している。
漁業以外の産業は、投資を増やせば、生産が増えるので、
ばらまき型の援護射撃もある程度は機能するのだ。
漁業の場合は、自然の生産力という限界があり、
ある水準以上に投資を増やせば、生産は減ってしまう。
現在は過剰投資の状態にあり、不用意に税金をばらまくと、生産は減少する。 

現在の沿岸漁業は「水産土木栄えて、水産業滅びる」という状態だろう。
地元の意向などまるで無視して、いつの間にか工事が始まる。
漁業にはなんの役にも立たない施設のために、沿岸の生産力が奪われる。

また、漁業に対する補助金も、産業の長期的発展を阻害する。
借金で漁獲装備を整えさせて、乱獲せざるを得ない状況をつくる金融支援。
資源回復計画と称して、採算が合わないような不合理漁業を温存し、
資源回復の芽を摘む休漁補償。

資源管理型漁業だって、名ばかりだ。
もともと少ない生物資源の基礎研究の予算は削られる一方。
科学的に乱獲と判断されるような漁獲枠を設定し続けるTAC制度。
減少が誰の目からも明らかな資源の評価票から、
「資源が減少した」と言う記述を取り除くために怒鳴り込んでくる役人。

海の幸を永続的に利用できるように、海の生物生産を保つこと。
これが行政の最大の責務だと思うのだが、
実際にやっていることは、その逆に見える。

漁業国益論 (4)


土木関係の公共事業の話題がコメント欄で多く出てきたので、
予算の内訳を見てみよう。
平成18年度の農林水産庁予算のページ
http://www.maff.go.jp/soshiki/kambou/kessan/h18/kettei/index.html

予算のpdfファイル
http://www.maff.go.jp/soshiki/kambou/kessan/h18/kettei/pdf/h18yosan_gaiyou.pdf

kokueki1.png

最後の漁港・漁場の整備が大きなウェイトを占めている。
より詳しい内容については、本文参照のこと。

公共事業はこんな感じ。

1451億円
国際水産物強化緊急対策事業

1122億円
種苗放流と連携した漁場環境の保全創造
複数の事業主体による漁場整備

やはり、桁が違う。
水産名義の予算の大部分が土木工事に流れるのは皆さんご存じの通り。
残念ながら、水産土木については、知識が無いので、
このブログに書けるようなネタがありません。
ここの部分に触れないのは両手落ちとも言えるのですが、
勉強をしようにも、情報がネットにも落ちていない。
水産土木については、現場の声が重要な情報源となりますので、
引き続き、コメント欄にて情報提供をお願いします。

漁業国益論 (3)


現在は、フード・セキュリティーという観点から、国益が論じられている。
自国で安全で美味しい食料を安定供給するのが国益だと言うのだ。
確かに、食料の安定供給は国としての生命線であり、
多くの納税者はそのために税金が遣われることに異論はないだろう。
だが、水産物の安定供給の最大の障害は、現在の「根こそぎ獲る漁業」だろう。
そして、すでに経営的になりたっていない乱獲漁業を支えているのが税金なのだ。
この事態を株主であるところの納税者は納得するのだろうか。

設備投資を促す補助金
設備投資を促す補助金は、短期的には漁獲量を増加させるが、
長期的には資源の枯渇を招いた。
漁業者は、借金を返済するために、
枯渇した資源に強い漁獲圧をかけざるをえない状況に追い込まれた。

つくり育てる漁業
種苗放流の成果はごく一部の種にとどまり、
魚類では、ほとんど成果を上げていない。
種苗生産の成功例であるヒラメだって、種苗の生産には成功したが、
資源や漁獲量の増加には結びつかなかった。

休漁補償金
資源回復計画の一環として、漁師に休漁をしてもらう代償として、
漁に出られなかった日の費用を税金で保証する制度がある。
これは、資源管理と言うよりは、過剰な漁獲能力の温存である。
例えば、大中まき網という、沖合に大量の魚が居ることを前提とした漁法がある。
マイワシバブルで、拡張した漁獲能力の大部分が未だに残っている。
この過剰な漁獲努力量が、90年代にマサバが増加しようとする芽を2回とも摘んだのだ。
休漁補償金が大中まきに遣われているのだが、
税金をつかってまで、大中まきを温存する理由が俺には全くわからない。
少なくともあと10年は今の船数が必要になるような資源量にはならないだろう。
安易な休漁保証は、資源の回復の芽をつむだけだ。

設備投資の補助金も、休漁保証金も、
漁獲努力量を増やしたり、肥大化した努力量を維持する効果がある。
これらの補助金は、その場しのぎの代償として漁業の寿命を削ってしまう。
補助金で、漁獲努力量を膨張させ続ける限り、
日本の漁業に明日はないだろう。
日本の漁業の補助金に関しては、国際的な圧力が強まっており、
実は存続のピンチだったりする。
このあたりについての情報も近いうちにまとめたい。

なぜ、水産庁の施策は漁業を行き詰まらせるのか?
「日本近海に魚がいない」というのが漁業の行き詰まりの本質だ。
その背後には、
「自然の生産力の限界を超えた漁獲能力」という根本的な問題がある。
資源の生産力と比べて、過大な漁獲能力を維持している限り、
漁業が立ちゆかなくなるのは時間の問題だ。
どんなに資源管理を頑張っても、少し歯車が狂えば、そこで終わり。
現在の水産行政は、過剰漁獲能力という根本的な問題に取り組んでいない。
その代わり、漁業者の目先の問題を解決するために奔走している。
これでは、漁業が悪循環で滅びるのは時間の問題だ。

漁業者は、根本的な問題解決よりは、目先の対処療法を望む。
漁業者に根本的な問題解決を求めるのは酷だろう。
すでに尻に火がついている人間に、
火事の問題を分析して、再発を防止する策を練る余裕はない。
漁業者が、尻の火を消すために必死になるのは、仕方がないだろう。
だれだって、そうなるはずだ。

行政には、長期的な視野から、産業の発展を考える義務がある。
尻に火がついた漁業者にあめ玉を配るだけが仕事ではない。
産業に内在する根本的な問題を解決するためにリーダーシップを発揮して欲しい。
それこそが、国益だろう。

漁業国益論 (2)


漁業者の利益と国民全体の利益(国益)が乖離したときに、
水産庁は、国益よりも、むしろ、漁業者の利益を選択した。
たしかに、漁業者も国民ではあり、漁業者の利益は国益と言えないこともない。
「漁業者も国民だからサポートするのは当たり前」という理屈であれば、
漁業者からの税収入でやりくりできる規模の予算にすべきである。
産業規模から言えば、経済産業省 食糧部 水産課 ぐらいが妥当だろう。
GNPの0.4%に過ぎない産業に不相応な予算をつかう以上は、
漁業者以外のの国民にサービスを提供する義務があるはずだ。
こういう視点が、漁業者にも行政にも欠けていると思う。

公海漁業が下火になるのは明らかなので、
漁業を維持するには沿岸資源を大切にする以外の方向性はなかったはずだ。
本来であれば、この時点で資源管理を始めなくてはならなかった。
しかし、漁業者はそんなものは望んでいなかった。
漁業者は、「もっと獲りたい、もっと獲らせろ」と要求する。
水産庁は、漁業者の期待に応えるべく、様々な施策を行った。
漁業者と水産庁は、のび太-ドラえもん関係になっていく。
のび太の要求に応えるために、全国に栽培漁業センターを建てたりした。
ドラえもんが大盤振る舞いを続ける背景には、
右肩上がりの税収入という国内事情があった。
「どうやって、税金を消化するか?」という時代が到来したのだ。

水産庁の援護射撃は、主に設備投資の促進による漁獲効率の向上と、
種苗放流による生産力の底上げであった。
これらの援護射撃は、漁業者からは歓迎されたが、
長期的には漁業が行き詰まる原因となった。
すでに、漁獲は飽和状態で、漁場もどんどん縮小していくなかで、
漁獲効率を向上させたらどうなるかは、一目瞭然だろう。
資源が減少して、獲るものがなくなるのは時間の問題だ。
過剰漁獲量は真綿でクビを締め付けるように漁業経営を圧迫した。
借金がある以上、資源が悪化したとしても、漁業を辞めるわけにはいかない。
こうして、資源・漁業は悪循環の坂道を転がり落ちていった。
また、作り育てる漁業への過度の期待が、
限られた自然の生産力を大切にする意識を低くしたことも否めない。

水産庁の援護射撃は空しく、日本の漁業生産(マイワシを除く)は下り坂。
でも、こうなることは少し考えればわかったはずだ。
すでに世界中で漁獲能力の過剰が問題になっていた。
また、政府による補助金が過剰漁獲問題を深刻化させることは広く知られていた。
例えば、70年代に海底油田が発見されて財政が潤ったノルウェーは、
漁業に気前よく税金をつぎ込んだ。
その結果、漁獲能力が急増し、70年代後半に北海ニシンをほぼ崩壊させてしまった。
補助金→過剰な漁獲能力→乱獲 という事例は枚挙に暇が無い。
構造的にそうなって、当然なのだ。
世界では、補助金=悪 というのが常識であり、
国の漁業政策は、どうやって漁業への過剰投資を抑えるかが主要課題となっていた。
世界的に見ても、生産性が高いのは、漁獲努力量の抑制に成功した漁業のみである。

さて、日本の場合は、そのままズルズルと補助を続けて、現在に至る。
海外の失敗から学ぶことなく、失敗が約束されたレールの上を走り続けた。
借金をして漁獲能力を向上させても、資源が低迷して獲るものがない。
それでも、漁業者は借金を返さないと行けないので、
値段が付かない小型魚を根こそぎ獲り、単価の低さを量でカバーしようとした。
そんなことをするから、魚価は下がるし、ますます資源は減少するのだ。
その結果が、借金漬け、資源枯渇、魚価低迷という現在の三重苦だ。
切り札の種苗放流も、金ばかりかかって、効果は焼け石に水だった。
漁業が存続しているのは、日本近海の生産力の高さに依るところが大きいが、
それもいつまでもつことやら。

漁業国益論 (1)


現在の水産業は税金に依存している。
例えば、18年度一般会計予算を見てみよう。
水産庁の予算は約1800億円で、漁業の生産額の12%を占める。
特別会計まで考慮すると、この数字はさらに膨らむことになる。
農林水産業以外の産業をサポートする経済産業省の予算は7828億円に過ぎない。
如何に漁業が優遇されているかがわかるだろう。

産業規模と比べると、べらぼうの税金が投入されているのだから、
国民の負担で漁業を支えていると言っても良いだろう。
納税者は、株式会社の株主の相当するのだ。
最大の違いは、株主は自分の意思で株を買うし、株で儲かることもある。
納税者は、一方的に、有無を言わさず、むしり取られるだけだ。
漁業(漁業者および水産庁)は、
株式会社が株主に対して果たす以上の責任を負うべきだろう。
税金で支えてもらっている以上、国益を果たす義務がある。
では、国益とはいったいなんだろうか?
日本の水産業の歴史を、国益という観点から振り返ってみよう。

戦後からオイルショックまでの国益は、食料の確保であった。
戦後の漁業生産の拡大は、主に漁場の拡大によるものだった。
とにかく、たくさん獲る。獲れなくなれば、もっと遠くに行けばよい。
そういう時代だった。
そして、水産庁は漁業者がより多く獲るためのサポートをした。
漁業者と水産庁の二人三脚で、とにかく多く獲る体制を作り上げた。
これは、国益にも適うものだった。
漁業者の関心と国益は食糧増産という点で一致しており、
水産庁はそのために協力をすれば良かった。

1970年代に入ると、日本の漁場は水産業の構造的な転換を迎えた。
世界中の漁場から徐々に閉め出され始めると同時に、
国内でも大きな変化が起こっていた。
1970年から、大規模チェーン店の外食産業が急速に広がっていた。
国民に一通り充分な量の食べ物が確保され、
食べるもの不足していた時代から、飽食の時代へと移行していたのだ。
食糧増産=国益とは言い切れない状況になったのだ。

消費者の高級志向に答えるために増殖事業を発展させることになる。
養殖の起こりは、瀬戸内海のクルマエビである。
どうみても、食糧確保と言うよりは、高級志向を満たすためだろう。
グルメ嗜好を満たすために、税金を使う必要があったかは疑問である。
旨いものを食べたいなら、その人が対価を払うべきだと俺は思う。

本来であれば、水産業と国のあり方をこの時点で問うべきだったと思う。
漁業から還元される税金で運営できる程度の小さな水産庁を目指すのか、
今まで同様に国民の税金を使って漁業をサポートし続けるか。
大きく分けて2つの方向性があったのだが、
何の議論もなく、後者が選ばれてしまった。

韓国でもSPR?


知らない韓国人からメールが来た。
どうやら、ポスドクで雇って欲しいらしい。
「あなたのSPRの論文を見て、メールを書いています」とか書いてある。
ぜひ、SPRの研究をやりたいなどと、殊勝なことを書いている。
「なんで専攻がmechanical engineeringなのよ?」と思いつつ、
読んでみると、

こっちのSPRらしい。
表面プラズモン共鳴(surface plasmon resonance: SPR)
http://www.opt.ip.titech.ac.jp/room1/research/spr.htm
なるほど、エバネッセント波のみが表面プラズモンとカップリングするのか!

つーか、俺の論文を読んでないだろ(笑

水産庁は風車であって、扇風機ではない


いろいろと水産行政の問題点を指摘してきた。
国内漁業は、大変に危機的状況にあることは間違いないだろう。
でも、こうなったのは水産庁の怠慢とは言い難い。
役所という組織は、何か新しい方向性を自分たちで打ち出していくのが苦手。
というか、そもそも、そういう組織ではないのだ。
水産庁は、風が吹かないと回らない風車のようなもの。
この風車を回す風は、世論などの外的圧力である。

さて、水産庁に対してどういう風が吹いているかというと、
一般人(納税者)は漁業に対して実に無関心。
漁業者は、長期的な産業の発展よりも、
むしろ、短期的なその場しのぎを求めている。
このような状況で、要求をしてくる漁業者の願いを叶える以外の選択肢は無い。
産庁は責務を立派に果たしてきたと言える。
現在の水産庁のなわばり分布だって、地方住民がそれを望んだから、
黄色組と緑組が勢力を伸ばしたという側面は否めない。
非常に民主的な組織運営の結果が、今の水産庁というわけだ。

国民は無関心で、漁業者は目先のその場しのぎを要求する。
こういう状況では、水産庁がリーダーシップを発揮して、
現在の水産業が抱える問題を解決することは不可能だ。
水産庁は扇風機ではないのだから。

ただ、水産庁は風車としては優秀なので、
充分な風を送れば、きちんと対応するはずだ。
例えば、水産庁は、国際資源では責任ある漁業を進めている。
国際漁場では、責任を問われるから、きちんと対応が出来るのだ。
一方、国内漁場では、責任ある漁業を進めようとはしない。
国内資源に対して、責任ある漁業を進めるような圧力がないから、
水産庁としても動きようがないだろう。

水産基本計画があれほどぐだぐだなのは、
風車であるところの水産庁が扇風機の真似事をしたからだ。
自給率を10%上げるという目標を上げたところで、
そこに風は吹いていない。
もちろん、自給率が上がること自体に反対の人はいないだろうが、
なんとしてでも自給率を上げるべきだと思っている人は少ない。
「まあ、自給率って高い方が良いよね」というノリだろう。
これでは、役所は力を発揮できない。
縦割りシステムのチームワークの悪さもあり、
水産基本計画は、破綻すべくして破綻したと言える。
漁業が先細りの中で、どこからも風は吹いてこない。
こういう状況では、水産庁も背伸びをせざるを得なかったのだろう。

水産基本計画(8) 計画と勢力図の違い


水産基本計画にも、自給率を65%まで上げるという目標があるように、
計画というものは、なんらかの目標を達成するために存在します。
計画の中身を決めるに当たっては、目的達成に寄与する政策をリストアップし、
それぞれの政策にプライオリティーをつける必要があります。
その上で、重要度が高いものから実行していくのが普通のやり方です。
予算が不十分なら、プライオリティーが低い施策から切っていき、
目標達成に必須な施策を残すことになる。
限られた予算で目的達成率を最大にしようと思ったら必ずこうなります。

kihon9.png

例えば、上図の例で行くと、
限られた予算で目的達成率を最大にするように、
予算が少なければ重要度が低い施策Eから切ります。
目的達成に必至な施策Aと施策Bはなんとしても死守します。
水産基本計画が、自給率を上げるためのプランであれば、
必ず、こういうスタイルになるはずなんです。

当ブログのコメント欄がきっかけで興味深い発言を見つけました。
http://www.jfa.maff.go.jp/sinseisaku/keikaku_19/minute/180629.htm
これは、水産政策審議会企画部会で、「具体策はないのか?」という質問への解答。

坂井企画課長 「先ほど委員長から話がありましたように、この審議会、秋以降もまた行っていく、これまで御議論をいただいている目的は水産基本計画、新たな計画を来年3月につくるということで、そういった意味では水産施策全体の基本的な方針を定める計画ですので、やはりある程度抽象的な面がございます。もちろん、具体化できるところはできる限り基本計画の中でも具体的に書いていくということが必要ですし、そういった方向で御議論いただいて努力をしたいと思いますけれども、他方、具体的な個別の施策ということになりますと、これは毎年の予算要求で行っている予算でしたら施策になりますので、それはまた現在ですと19年度の予算に向けて検討しておりますので、そこはそういった予算を基本計画に書くということではございませんので、そういった意味では方向性をどうやって示していくかという議論が中心になってくるということで考えていただきたいと思います。」

要するに「まだ来年の予算要求が通っていないから、
具体的な話はできないよ」ということなのです。
一般常識からすると、具体的な計画があって初めて、予算の見通しが立つはずです。
もし、基本計画が自給率改善のための計画であれば、
計画開始して5年目で、具体的な話ができないということはあり得ない。
この発言からも、自給率改善計画というより、
むしろ、庁内予算配分であることは明らかでしょう。

予算配分表を、自給率改善の計画書に変換するのは、大変な作業です。
そういう観点か見ると、「基本計画」は実に良く出来ています。
役人の文書作成能力の高さがうかがえます。
ただ、やはり自給率改善計画の皮をかぶった予算配分計画なので、
いろいろとボロが出ます。
最大の問題は具体的な話が出来ないことでしょう。
具体的なことを基本計画に記述すれば、
その施策には最低でもその分の予算を配らざるを得ない。
具体的な施策の話をするのは、予算につばをつける行為であり、
余所に先駆けて具体的な内容を発表するのはフライングなのです。

基本計画の目標が自給率になった理由はきわめて簡単です。
例えば、資源回復を目的にすると、特定の部の縄張りに業務が集中してしまい、
明らかに資源回復と関係のない事業の記述が難しくなる。
水産基本計画から、事業に関する記述が抜かれたら、
それは予算打ち切りを意味するわけで、死活問題です。
全ての既存事業を盛り込みやすいように自給率を目標にしたのでしょう。
これが、「玉虫色」という奴ですね。

基本計画が、縦割り組織の縄張り争いの産物である以上、
基本計画の内容は誰にも変えられないのです。
自分の縄張りの事業の作文を少し変えるぐらいがせいぜいでしょう。
変える権限など、誰にもないのだから、変わるはずがない。
漁業白書も、水産基本法も、水産基本計画も、
縄張り争いの結果の勢力地図としての側面があり、
同じような割合で、同じような施策が盛り込まれることになる。
水産庁の文章が、全部同じに見えるのは、そういう理由があるのです。

水産基本計画から事業に関する記述が抜かれたら、
それは予算打ち切りを意味するわけで、担当部局には死活問題です。
そういう部分には、水も漏らさぬ配慮がなされていることでしょう。
その一方で、数値目標が達成できるかどうかは、全く考慮されていない。
一応、自給率65%という目標を出したなら、
それにむけて努力をしているポーズぐらいはしてほしい。
ゴールがどんどん遠ざかるのは、まずいと思ってほしい。
少なくともまずいと思っているポーズぐらいしてほしい。
あまりにも危機感がないのです。

なぜ、危機感がないか?
誰もつっこみを入れないからでしょうね。
水産基本計画は、自給率向上計画としては破綻しています。
それは少し考えればわかるんです。
でも、だれもそのことにつっこみを入れない。
メディアも取り上げないし、漁業者はあめ玉的な政策を望むばかり。
こういう状況で「危機感を持て」という方が無理でしょう。

水産基本計画(7) その正体は水産庁基本計画


基本計画の内容を検証した結果、次のような問題点が明らかになった。

目標の設定根拠が不明
「自給率を10%上げようぜ」といって、
ゴールに向かって定規で線を引いただけというレベル。

目標が非現実的
日本の漁業生産を左右する魚種は限られている。
それらの魚種を個別に見ていくと、目標達成はかなり厳しいことがわかる。
昨日の記事は、ネットで数字を拾ってから文章をアップするまで数時間の作業だが、
水産庁では、このレベルの作業すらしていない可能性が高い。

目標をどう達成するかというビジョンがない
自給率を上げるとか、漁獲量を増産するとかいいつつも、
具体的な計画は無きに等しい
今までと同じことをしていて、V字回復はあり得ない。
目標を達成する気があるようには見えない。

目標を達成できなくても良いらしい
5年経って、増えるどころか漁獲は減っている。
にも関わらず、計画の中身が変わっていない。
目標を達成する気はないと判断しても良いだろう。

水産基本計画は、漁業政策としては、計画のレベルまで達していない。
どうやって目標を達成するかなんて考えていないし、
目標達成が難しくなっても何の緊張感がないことからも、
基本計画が自給率増加のための計画でないことは明らかです。

水産基本計画は、漁業者や国民のための計画ではなく、
水産庁による水産庁のための水産庁基本計画と考えるとつじつまが合います。

—-

水産基本計画は、財務省から予算をゲットするための文書なのです。
一応、自給率や漁業生産量の目標がありますが、アレは飾りです。

水産基本計画の正しい読み方
例として、水産基本計画の一文を抜き出してみました。

国内の漁業生産の増大を図ることを基本として水産物の安定供給を確保するためには、漁業生産が水産資源の持続的利用を確保しつつ消費者や実需者のニーズに適合した水産物を供給できるよう、漁業者その他の関係者が、水産資源の適切な保存及び管理増養殖の推進漁場環境の保全及び改善等を図るとともに安全性や鮮度等の面での水産物の品質の向上、流通の合理化等積極的に取り組む必要がある。

さらに、これら資源の持続的利用や国民の需要への対応の基礎条件として、生産コストの削減、付加価値の向上等により漁業経営基盤を強化するとともに、担い手の育成及び 確保、水産業の基盤の整備新技術の開発と実用化漁協の事業及び組織基盤の強化等の課題に取り組む必要がある。

まず最初に、当たり障りのないスローガンがきます。
「漁業生産の増大」、「水産物の安定供給」、「消費者のニーズ」などがキーワード。
これらのスローガンには、誰も反対はしないでしょうが、内容的には意味がありません。
コンビニ弁当の葉蘭(緑のギザギザのやつ)みたいなものです。
どうでも良い部分なので、灰色にしてしまいます。
スローガンの隙間に、各種の施策が盛り込まれています。
水産庁は縦割り組織ですから、どの仕事はどこの部署という区切りが明確です。
例えば、「水産資源の適切な保全及び管理」は資源管理部、
「増養殖の推進」は増殖推進部という風に、
それぞれの施策がどこの部のなわばりかを色分けできます。
詳しく知りたい人は、http://www.jfa.maff.go.jp/jfasosiki/index.htmlを見て、
自分で考えてください。

kihon8.png

これが現在の水産庁内の勢力地図になります。
個人的には赤組と青組を応援しているのですが、
やはり、緑組と黄色組が強いですね。
緑組が番長、黄色組が裏番という感じでしょうか。

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from 18 Mar. 2009

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