IWCの科学者委員会の泥沼から、OM的アプローチが産まれたのである。
NMP時代の泥沼からわかったことは、
何が最良推定かという議論は時間の無駄だということだ。
複数のモデルに白黒つけるだけの情報が無いのである。
生態系というのは反復実験が出来ないし、
また、データは質的にも量的にも限られている。
白黒つくだけの情報が溜まるまで待っていたら、日が暮れてしまう。
科学委員会の役割は、何が正しいかを知ることではなく、
クジラを持続的に有効利用できる捕獲枠を計算することである。
どのモデルが正しいかという不毛な議論の代わりに、
どのモデルでも通用するような捕獲枠の計算方法を探すことにした。
何が真実かはわからないという科学の限界を受け入れたで、
社会の要請に答えようとしたのである。
実学研究者としての本分に忠実だったIWCの科学委員会は偉い。
科学者委員会は、漁獲枠を算出するためのアルゴリズム(Catch Limit Algorithm, CLA)の開発に乗り出した。
NMP時代の失敗をふまえて、捕鯨をやれば自動的に得られるであろう情報のみを利用して、
捕獲枠が算出できるようなCLAを目指した。
CLAさえ決めれば、科学的な勧告が出せないという事態は避けられる。

CLAの選択にはコンピュータ・シミュレーションが活用された。
例えば、候補となるモデルが3つ、候補となるCLAが3つあったとする。
全てのモデルと制御ルールの組み合わせをシミュレーションで検証すれば、
全てのモデルに対して、資源の持続性を守りつつ、捕獲枠も確保できるルールはどれかがわかる。

個々のシミュレーションはこんな感じになる。

まず、テストすべきモデルとCLAの組み合わせを決定する。
最初にある捕獲枠を与えてやると、、
1)仮想モデル場での捕鯨データが得られる。
このデータは、多くのランダムな要素が含まれている。
2)採用されたCLAをつかって、このデータから捕獲枠を計算する。
3)その捕獲枠で仮想資源から捕鯨を行うことにする
4)1に戻る
このプロセスを繰り返していくと、そのモデルに対して、そのCLAがどの程度適しているかがわかる。
最低資源量や、平均捕獲枠、捕獲枠の変動などで比較を行う。
IWCで提案されたCLAは以下の5つであった。
- Punt and Butterworth 方式 (PB 方式)
- Cooke 方式 (C 方式)
- de la Mare 方式 (dlM 方式)
- Sakuramoto and Tanaka 方式 (ST 方式)
- Magnusson and Stefansson 方式 (MS 方式)
これらの5つのCLAと多種多様なモデルの組み合わせをシミュレーションし、
得られた結果を徹底検証し、Cooke方式が全会一致で採択された。
Cooke方式は、プロダクションモデルを用いた単純なCLAで年齢構成すらないのである。
シミュレーションで再現されたクジラの動態モデルは非常に複雑かつ不確実であったが、
このようなシンプルなルールが選ばれたというのは、実に面白い結果である。
主義主張が全く異なり、お互いに妥協をしない研究者達が集まっても、
サイエンスという同じ土俵に載ることで、全会一致で合意できるのである。
これは、科学者による合意形成のポテンシャルを示す事例である。
また、何が真実かではなく、不確実性に頑健な捕獲枠の算出方法を目指した点でも、
科学委員会の真摯な姿勢を感じることが出来る。
実は、この辺の流れは俺はあんまり詳しくないので、
細かい経緯については、この辺を参考にしてください。
http://www.nies.go.jp/social/seminar/H16/pdf/ishii_200406.pdf