日本では、「日本独自の管理」と「欧米の管理」の二元論で語られることが多い。
ステレオタイプなイメージはこんな感じだろう。
欧米スタイル→トップダウン(上意下達)、漁業者無視、科学絶対視、漁村崩壊、大規模企業独占
日本スタイル→漁業者の自主性、話し合い、ボトムアップ、きめ細かな規制、漁村繁栄
この考え方のおかしな点は、日本以外をひとくくりにしていることだ。
欧米にだって、漁業者を無視している国もあれば、そうでない国もある。
欧米と一口に言ってもその管理制度は千差万別であり、
「欧米の制度」とひとくくりに出来るようなものではないのである。
「資源管理は国それぞれで、複雑である」で終わりにしては単なる思考停止なので、
もう一歩進んで、欧米の管理を2つの軸に沿って分類してみよう。
一つは、合理性・非合理性という軸。
もう一つは、ボトムアップ、トップダウンという軸である。
合理性・非合理性
合理性・非合理性については、2つの条件で判断できる。
あ)科学的アセスメントに基づいて乱獲リスクを管理しているか
い)産業の発展を阻害する不健全な競争を抑制しているか
あ)科学的アセスメントに基づいて乱獲リスクを管理しているか
日本以外の先進漁業国はおおむね条件を満たしている。
先進国では、乱獲を放置していたら、国民が許さないから、
行政もしかりとした対応をとらざるを得ない。
科学的なアセスメントをしっかりやって、その結果に従うことで、
資源の持続的利用への説明責任を果たしている。
い)産業の発展を阻害する不健全な競争を抑制しているか
譲渡可能な個別漁獲枠制度を導入したノウルェー、アイスランド、NZ、AUSに比べて、
オリンピック制度に固執し続けた米国・カナダは非合理的である。
実際に、これらの国の漁業管理は、前者ほどは上手くいっていない。
米国は自由競争を国是とするために、予め枠を配分して既得権化することに消極的であった。
結果として、米国の漁業は混乱し、甚大な悪影響を与えてしまった。
ただ、米国は自国の失敗を認めて、ITQへの方向転換を表明している。
やるとなったら、とことんやるお国柄だけに、どこまで突っ走ってくれるのか実に見物である。
このあたりの経緯については↓を読んでください。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2007/09/itq_4.html
ボトムアップ、トップダウン
漁業者の意向を無視して、行政機関が方針を決めて、実行してしまうのがトップダウンである。
NZ, AUS, 米国がこのスタイルだ。
これらの国の漁業者は「行政は俺らの意見など聞きやしない」と、諦め顔である。
ただ、トップダウンだからといって、これらの国の行政官が好き勝手に裁量を振るっているわけではない。
納税者全体への説明責任を重視して、漁業者の意向よりも科学的アセスメントを重視しているのだ。
漁業者の意向は無視されていても、日本のTAC制度のようにお上の胸先三寸ではないのである。
国民の大多数が漁業に関連しているアイスランドや、漁業者の政治力が強いカナダでは、
より漁業者よりの政策を採用している。
漁業者の意向を全面的に採用しているのが、ノルウェーである。
ノルウェーの資源の多くは国際資源であり、ノルウェーの漁獲枠はEUとの国際交渉で決まる。
ノルウェー国内で沖合漁業と沿岸漁業に漁獲枠を配分するのだが、
その配分比を決めるのは、毎年行われる漁業者の代表の話し合いである。
漁具漁法の規制なども、この漁業者間の話し合いで決定する。
漁業者が合理的な選択をする手助けをするのが研究者の役割であり、
漁業者の決定を法制化し、監視・取り締まりをするのが行政の役割だそうだ。
俺はこの話をきいて、たまげてしまった。
漁業者の話し合いで、漁獲枠の配分が決まるとは、にわかには信じられなかった。
「話し合いがまとまらなかったら、どうするの?」とノルウェーの行政官に質問をしたら、
「その時は、放置しておく。そういう事例もあったが、2年後には漁業者が結論を出した」とのこと。
彼の話の端々に、漁業者の意思決定能力への揺るぎない信頼を見て取ることができた。
まとめ
世界の資源管理を図にするとこんな感じになるだろう。
次回は、日本のTAC制度と資源管理型漁業が、この図の何処に来るかを議論しようと思う。
読者の皆さんも、日本の資源管理の位置付けを考えてみてください。
きょうのみなとです。
勝川俊雄氏への反論 無責任発言時代か 下 漁業経済学会員 岩崎寿男
法ねじ曲げるTAC解釈 ガイドライン運用が合理的
これは、論旨が明快でないところもあり、原文にあたる必要はないとも思いますが、「法をねじ曲げる解釈」というところがわかりかねますので、なんとか原文を入手してください。
このことについては小子もカキコしたことがあると思いますが、法律にはABCは定義してありません(出てきません)。記事のなかでは、「法律に沿って、ABC値の恣意性や不確実性をどのように緩和したか、F値(漁獲シナリオ)の妥当な選択をしたかが、問われるのは当然である。」と書いてます。こんなことは法律には謳ってないし、F値の選択ってなんのことなんでしょ?法律のことを言っているならお呼びじゃないんですよ。「ABCとTACのどっちを選択するか」ということでもないでしょ。法律では、あくまでTACなんですから。
まあ、記事の最後のほうで「とにかく資源がこの数年、減ってしまったということもない」なんて書いておられるのだから、まったく違う土俵で踊っている方なんでしょう。
ABCについては、F値に限らず詳しい解説が水研センターから公表されていますが、恣意性とはなにを指しておられるのか、水研センターは岩崎氏に質しておくのが筋だと思います。
to:勝川さま
各国の事例を紹介いただき,ありがとうございます。そしてノルウエーの事例を知り,驚きました。というより,まさにそれが,私どものここ4年間で歩んできた道であったらからです(おそらく)。乗るウエー行政の,当面の場当たり的な妥協ではない,将来を見据えた調整能力を感じます。
過日この場をお借りして境港ベニズワイ漁業が各船個別割り当てに至った経緯を紹介させていただきましたが,それに対する勝川さんのご指摘には,今後の取り組みに向けて多くを学ばせていただきました。
そして今回のエントリーで,あらためて,過去も現在も含め,日本の多くの資源管理施策が“青い果実”であることを,はっきり認識いたしました(むしろ前浜が村有・郷有であった時代の共産的資源管理の方に結果として合理性があったように思います)。
つまるところ,示していただいた縦軸横軸の図,これのどこに位置するか自分たちで考え,それをどちらの方向に持って行けばいいのか,これも自分たちでちゃんと考えなさい,と。その延長に,どのような形であれ地域に合った資源管理があるであろう,ということなのだと理解します。やはり専門家,実にシンプルに表すことができるものですね。この手法,さっそくいろんな場面で使わせていただきます。
ひとつでも多くの地域,ないし漁業が,このようなイメージをきっかけに,自分たち,ひいては国民にとっての糧を子々孫々持続的に資源を利用できる方法を,“日常の中で”考えるようになれば,そう悪いことにはならん感じがいたします。少なからず希望が湧いてきました。
ところで,
『日本以外の先進漁業国はおおむね条件を満たしている。
先進国では、乱獲を放置していたら、国民が許さないから、
行政もしかりとした対応をとらざるを得ない。
科学的なアセスメントをしっかりやって、その結果に従うことで、
資源の持続的利用への説明責任を果たしている。』
とのことですが,先進国(?)で乱獲が行われていることを,どこがどのように国民に伝えているのでしょうか。教えていただけませんでしょうか。
このような国民視野に立った事実の報道や行政としての対応というものは公務として当然のことであり不可欠と思うものの,実質あまり伝わっていないと思うので。
また加えて,我が国では「資源評価」なるものを「科学的に」といって算出しておりますが(水産研究所が独立法人化したこともあってか)魚種によっては無理矢理はじきだしている感もあり,結果として,現場の我々がサカナを獲りつつもヤセ我慢すればなんとかやれそうだと感じていても,一方で調整不能な(つまりそれに忠実に従って資源管理を実行すればその漁業自体が死滅するような)数値が出されているように感じておりますが,あれが「科学的アセスメント」と言うものなのでしょうか。これでは仮に行政や研究者が説明責任を果たしたところで,何の意味があるのかと思う次第です。
質問ばかりで恐縮です。
岩崎氏,,,,,
その一
「TAC制が資源管理機能を果たしていないと非難されている。~資源がこの数年減ってしまったと言うこともないので~まずまずの運用であったのではないか」といいながら,一方で,「加入量が大きく変動する魚種ではTACにより資源を制御できない」ともおっしゃっている。ということは,「TACは信用ならんけど,ガイドライン的に漁業者がうまいこと運用したので,資源は減らなかった」といいたいのかな。さすが北部太平洋まき網漁業協同組合連合会にお勤めになっていただけのことはありますね。
その二
それと法律的な議論に持ち込もうとしているのもどうなんでしょうね。日本の道路では最高速度が決まっていますが,これも死亡率やら事故率やら計算して何十年も前に作った根拠を基にしているのでしょうが,適当なものでしょう。それでも法律でルールを定め,罰則を決めて運用し,死亡事故の減少なりに一定の機能を果たしているわけである。そう考えると,TACなりでルールを決めて,ある程度厳格な運用をしていくことにさほど問題はないとは思いますが。
沿岸漁業が報告義務がなくて,報告義務のある指定漁業(一部許可漁業もふくまれますが)だけに罰則規定が適用されるのが法の下の平等に反するとおっしゃっています(私にはそう読めた)が,それなら法の下の平等に従って,報告義務のある指定漁業なりの漁業への自由着業を認めろとも言いたい。一部法律で保護されていたり,様々な政策上の優遇措置(これは本当にあるかどうかは知りません。イメージだけで言ってます)があって保護,支援されているのに,都合の良いところだけ法の下の平等を持ち出すのはどうなんでしょうか。
その三
どうでも良いけど,私は大きな良く脂がのったサバが食べたいです。
「論理のすり替え」、「独善過ぎる」、「誇張、すり替えなどが混在」、そして極めつけが見出しの「無責任発言時代か」- これらは記事の中で勝川さんに向けられた言葉だが、全てを記事の著者にそのまま返してあげたい気分である。
最近、同じような記事を見た記憶があると思ったら、それは高木委員会の提言に対する「全漁連オカカエ3兄弟」の考察だった。水産関係の専門家(或いは学識経験者)と自称する人達って、頭だけならまだしも、つくづく品がないですね。
ただし、こんな記事でも一つだけ評価に値する部分がある。それも、業界紙の貴重な一面(「下」は中面だが)を大きく割いただけの甲斐がある功績だ。その功績とは、大本営関係の様々な審議会に出席している「学識経験者」が、この程度の知識と良識しか持ち合わせていないと言うことをわざわざ暴露してくれたことだ。国民はこんな「学識経験者」に高い税金を払った上、現在の漁業制度等々を委ねてきた悪しき歴史に一刻も早く目覚めるべきだろう。
業界紙速報さん
>これは、論旨が明快でないところもあり、
>原文にあたる必要はないとも思いますが、
>「法をねじ曲げる解釈」というところがわかりかねますので、
>なんとか原文を入手してください。
あの文章ではよくわかりませんが、
TAC制度は強制力をもたないという法律に則って
TACの超過をお目こぼしをしているから、
何の問題もないと言いたのかな。
自分たちで骨抜き法案を作っておいて、よく言うものです。
>まあ、記事の最後のほうで「とにかく資源がこの数年、
>減ってしまったということもない」なんて書いておられるのだから、
>まったく違う土俵で踊っている方なんでしょう。
スケトウダラ日本海北部系群とか、明らかに減っている資源もあるのに、
どうしてこういうことを書けるのか、理解に苦しみます。
どう見ても自爆だと思うんだけど・・・
ウエカツ水産さん
返答は後ほど、別枠で行いますので、しばらくお待ちください。
県職員さん
>その一
北巻き理事のときは、「TACなど意味がないからやめろ」みたいなことを言ってたのに、ここにきて「まずまずの運用ではないか」とか言って恥ずかしくないのかな。
>その二
資源の具体的な話をすればするほどぼろが出るから、
地の利がある法律論に持ち込もうという考えでしょうね。
その法律に則ってTAC制度を運用して、それで資源管理になっていないのだから、
法律に問題があるのは明白でしょう。
TAC制度が法律的に問題がなくても、
TAC制度を定めた法律自体に問題があるのでしょう。
確かに沿岸と沖合が同じ資源を共用している場合の管理については議論が必要です。
今は、サバもイワシも沖合で根こそぎ先取りされているので、
大きな問題にはなっていませんが、
将来的には公平な取り締まりシステムが必要でしょうね。
沖合も沿岸も両方ちゃんと取り締まるべきです。
>その三
> どうでも良いけど,私は大きな良く脂がのったサバが食べたいです。
同感です。
ある水産関係者さん
>最近、同じような記事を見た記憶があると思ったら、
>それは高木委員会の提言に対する「全漁連オカカエ3兄弟」の考察だった。
>水産関係の専門家(或いは学識経験者)と自称する人達って、
>頭だけならまだしも、つくづく品がないですね。
頭にくるけど、まともに反論できないから、
ついつい表現が過激になるのでしょう。
「必死だな」というところでしょうか。
>ただし、こんな記事でも一つだけ評価に値する部分がある。
>それも、業界紙の貴重な一面(「下」は中面だが)を
>大きく割いただけの甲斐がある功績だ。
>その功績とは、大本営関係の様々な審議会に出席している「学識経験者」が、
>この程度の知識と良識しか持ち合わせていないと言うことを
>わざわざ暴露してくれたことだ。
>国民はこんな「学識経験者」に高い税金を払った上、
>現在の漁業制度等々を委ねてきた悪しき歴史に一刻も早く目覚めるべきだろう。
学識経験者ではなく、役人ですよ。役人。
岩崎氏の華麗な遍歴
東京水産大学→慶応大学経済→水産庁→水産資源開発センター→漁業情報サービスセンター→北部巻き網組合理事→退職し、今に至る
ずぶずぶの当事者です。
岩崎氏が第三者だったら、当事者なんかいませんよ。
それが、「民間の学識経験者」とかいって、へそが茶を沸かしますよ。
国も漁業者も借金だらけなのに、
自分は複数の関連団体からの退職金で左うちわの老後でしょう。
こういう状態で公の場所に出てくる神経が理解できません。