ITQ制度には次のような効果が期待できる
1)過剰な(無い方がよい)漁獲能力を削減できる
2)収益性の高い経営体に漁獲枠を集めることで、漁業の経済性が向上する
一方で、ITQによる弊害を心配する声も根強い。彼らの描く未来像は、こんな感じだ。
より利益を出せる経営体によるITQの買収が進み、漁獲枠の寡占化を引き起こす。
「漁業者は漁獲枠を売ることが出来るが、漁獲枠を買うことができるのは企業だけ」という事態になる。
大企業化した漁船は、大きな港のみに水揚げをするようになり、地方の港、加工は衰退する。
漁獲枠を寡占した経営者が、従業員に漁業をさせながら、利益だけを得る。
漁村は寂れ、漁業者の小作化が進むことになる。
要するに、古き良き漁業が、利益至上主義の経済行為となってしまうことを心配しているのだ。
確かに、ITQにはそのような側面があることは否定できない。
漁業を投機対象にすることには社会的な懸念があるだろう。
(まあ、今の日本漁業の生産性では、投機の対象外であり、それよりはマシだと思うが・・・)
譲渡を制限することで、この問題はある程度回避可能である。
漁獲枠の所有は漁業従事者に限ることにすれば、漁業の小作化は回避できる。
経済的効率と社会的平等のどちらを重視するかによって、譲渡に対する制限が決まってくる。
経済的効率を重視して、譲渡の制限を少なくしているのが、ニュージーランドとアイスランド。
社会的平等を重視して、譲渡を厳しく制限しているのが、ノルウェーである。
● ニュージーランドのITQ制度
ITQは、TACCに対する割合で設定されている。
例えば、1%の漁獲枠を持っている人間は、商業漁獲枠が100万トンであれば1万トン、
100トンであれば1トンの漁獲が可能となる。
一つの経営体が所有できる漁獲枠には10%~45%の上限が設けられている。
ニュージーランドのITQ制度は、独占の弊害が出ない範囲で、最大限に譲渡を許容している。
寡占化の弊害よりも、経済的な最適化を重視しようという考え方だ。
ニュージーランドのように、漁業は経済行為と割り切ることが日本で出来るはずがない。
ただ、今のような非効率的な漁業システムを多額の税金を投入して支えていくのも無理だろう。
幾ら漁業者に補助金をばらまいたところで、漁業を支える資源がもたないことは明白だ。
そこで参考になるのがノルウェーのITQ(もしくは、譲渡可能IQ)制度だ。
● ノルウェーのITQ(もしくは譲渡可能なIQ)制度
高木委員への反論材料として水産庁が「ノルウェーの漁業と漁業政策」という資料をまとめている。
これを読めば、ノルウェーの漁業政策がいかに合理的かが一目瞭然なのだが、
いまのところ水産庁のサイトにアップされているのを発見できない。
これをネタに、いろいろと書きたいことがあるから、早くアップして欲しいものだ。
ノルウェーでは、漁獲枠を船に割り振っている。
IVQ(Individual Vessel Quota)というシステムだ。
これによって、漁業者間の早取り競争を回避している。
また、制限付きの漁獲枠の譲渡を認めることで、過剰漁獲能力の削減にも成功している。
ノルウェーで許容されている譲渡は以下の3つである。
UQS(Unit Quota System)
2隻の漁船を所有する漁業者が、一方の漁船を漁業から撤退させる場合、
当該漁船を売却する場合には13年間、スクラップにする場合には18年間、
創業を継続する漁船により2席分の割当量を漁獲できる制度。SQS(Structual Quota System)
2004年より沿岸漁業を対象に導入。
2005年からは、沖合・遠洋漁業の対象(UQSから移行)。
同種の許可を受けた2隻以上の漁船を所有する会社が、
1隻を漁業から撤退される場合(撤退する漁船のスクラップ処分が要件)、
当該漁船が受けてた漁獲割り当てを、操業を継続する同社の漁船にうつすことが出来る制度。QES(Quota Exchange System)
2004年より沿岸漁業を対象に導入。
2人の漁業者が協力して操業する場合に、特定の期間に限り、
1隻の漁船により二入の行啓の割当量を漁獲できる制度。
ノルウェーでは、沿岸漁業から、大規模漁業までこれらの譲渡制度が完備されている。
その結果として、過剰な漁獲能力の削減をすることができた。
現在の人間の漁獲能力は生物の生産力を遙かに凌駕している。
例えば、かつてのアラスカのオヒョウ漁は1年間の割り当てを24時間で消化していた。
このような状態では、のこりの364日間は漁船が遊んでいることになる。
漁船を維持するには莫大なコストがかかるので、それだけ無駄が生じることになる。
二人の船主が共同で操業をすることにして、1隻を廃船にすれば、船の維持費は半分で済む。
船を減らして、漁獲枠を集めれば、それだけ手取りは増えるのである。
もちろん、共同経営をするかどうかは、個人の自由である。
貧乏でも船の主でありたい経営者は、そのまま漁業を続ければよい。
ノルウェーの場合は、多くの漁業者は経済性を高める道を選んだのである。
この譲渡制度の素晴らしいところは、
借金漬けの赤字経営体が、漁獲枠を譲渡して漁業から撤退できることだ。
日本の漁業は、かつて右肩上がりであった。
儲けがでても税金でとられてしまうので、漁業の利益は設備投資に回すのが常識だった。
それどころか、漁業者は借金をしてでも設備投資をしてきたし、国もどんどん融資をした。
この拡張主義の漁業は、右肩上がりで漁業生産が伸びることが前提であった。
しかし、70年代に入って、EEZが設定されて漁場が狭くなると、漁業生産が減少に転じる。
資源が減ったとしても、漁船を維持するために漁獲量を確保しなくてはならない。
借金をして設備投資をしてしまったので、「魚が捕れないから辞めます」という選択肢はない。
借金を抱えて撤退もままならない経営体が、赤字を減らすために獲って獲って獲りまくる。
その結果、資源が枯渇すれば、健全な経営体はどんどん減っていく。
借金漬けの赤字経営体は、補助金による水産振興という誤った漁業政策のツケである。
小サバを初めとする小型個体の乱獲は、どう見ても経済的な価値を産み出さない。
将来の収入減を考えたら、明らかな赤字である。そんなことは、獲っている人間は百も承知だろう。
現在の日本の漁業制度では、これらの債務超過の経営体には他の選択肢は無いのである。
漁獲量を減らせば、即破産→夜逃げコンボが待っていたら、獲るしか無いだろう。
今の漁業政策を続ける限り、この問題は解決しない。それどころか、酷くなる一方だろう。
もし、ノルウェーのような個別漁獲枠譲渡制度が完備していたらどうだろうか。
船自体に価値が無くとも、船に付随する漁獲枠には借金をチャラにする価値は生じる。
債務超過の経営体は漁獲枠ごと船を売却して、借金を清算して、漁業から撤退できるのだ。
漁獲枠を譲渡した船を確実にスクラップ処分する制度があれば、過剰漁獲能力の整理は進むだろう。
漁獲枠譲渡制度は、去る漁業者にも、残る漁業者にも、メリットがある。
こういう制度を整えた上で、漁獲枠を絞っていく必要があるのだ。
今の状態で、漁獲枠の総量を絞っても、漁業は成り立たないだろう。
中の空気はそのままで風船を小さくするようなものであり、風船が破裂するだけだ。
早急に空気が抜ける道を整えてた上で、漁獲枠の総量を絞っていくべきだろう。
日本漁業に残された時間はそれほど無い。
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Comments:3
- 匿名で甘えさせてもらっているヒト 07-09-12 (水) 0:16
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少し、ずれているかもしれませんが・・・
お久です。
沿岸漁業しかしらないので、ずれた話しかできなくて、恥ずかしいのですが、こんなのもあるよ、みたいな・・・話です。
ふたつの魚種の話で、両魚種ともに、資源量調査を行い、それぞれの浜のルールに則って、漁獲許容量を決めています。
A魚種の話
1隻毎に漁獲量を決めるのですが、さらに、漁場をいくつかに区分し、それぞれの区画毎に漁獲量を決めます。
各漁船は、それぞれの区画毎に決められた漁獲量内で漁をします。
また、浜値が下がらないように、一日の漁獲量も決められています。
漁業者の腕の見せ所は、ドコに単価の高いヤツが潜んでいるかで、勉強熱心な漁師は、不勉強な漁師よりも見入りは多いようです。
また、許容漁獲量は、すべて漁師に渡すのではなく、漁協が1/2~1/3程度握っていて、あまり漁に入らない海域で、漁師を雇って漁獲させます。これは、密度効果が働いて成長できなくなることを防ぐことが目的のようで、漁協にも、バイトの漁師にも収入になります。
ちなみに、この漁協では漁師による密漁はほとんど・・・というか全くないようです。前浜資源が豊かで、密漁には重いペナルティーが科せられます。漁師も見て見ぬふりはしません。調査では、いくらもって帰っても(標本ですょ)、御代はかかりませんが、調査で不必要な漁獲物を「持って帰れば」と漁師に言っても、「いいわ、海に戻す」と、ぱっぱと海中還元してしまいます。B魚種の場合。
漁獲許容量の2/3程度を漁師に振り分け、残りは漁協でプールします。
漁期中に、その許容量をとりきってしまう漁師もいますし、とりきれない漁師もいます。これは、漁師の腕の良し悪しで、できてしまうようです。
漁期の終盤に差し掛かった時点で、漁協は許容量の再配分をします。つまり、許容量をすでに捕り尽くしてしまった漁師に、改めて、漁獲を認めるのです。
最終的には、当初の漁獲許容量を獲り切れなかった漁師もでるようですが、腕の良い漁師は、当初の許容量以上の漁獲量を得ることができます。
水揚げ金額にして2~3割位は違いがでるそうです。
これは『悪平等』にならないように取っている措置で、事実上漁獲量が少なくされてしまった漁師からも不平不満はでないとのことです。
ようは、腕を磨けば、それだけ収入が増えるので、みんな、技術の向上に励むようになるのでしょう。
漁業者は高度な技術者である証なのです。上記の例は、個人とか船単位ではなく、漁協という組織が。許容量の範囲内で、意図的に各船毎の漁獲量を再配分している事例・・・なのかな。。。
小さなコミュニティーの小さな話なので、TAC魚種には当てはまらないかもしれません。
ただ、このような小さな漁業にも、ABCとTACのような問題も内在していますし、浜独自の暗黙の了解もあったりして、少々困りものですけれども・・・日本の悪しき慣習なのかもしれませんね。
この話は、日を改めて。 - kato 07-09-12 (水) 10:29
-
ノルウェーの漁業と漁業政策
http://www.jfa.maff.go.jp/gate/noruwe.pdfいつの間にか先のpdfがバージョンアップしており、各地域ごと見出し(赤アンダーライン部分)にリンクが張られています。
http://www.jfa.maff.go.jp/gate/syogaikoku.pdf上記は水産庁トップにリンクがあるのですが。その先が…分かりにくい(汗)。
- 勝川 07-09-12 (水) 16:30
-
匿名さん、
お久しぶりです。
興味深い事例を紹介していただき、ありがとうございます。私も何が何でもITQとは思っていないです。
例えば、アイスランドも沖合はITQですが、沿岸はかなり自由に獲らせています。
(これが最近問題になりつつありますが・・)沿岸で顔が見える範囲の資源利用なら、
合議制でルールを決めれば良いと思います。
当事者が経済性と平等性を両立するような仕組みを作っているのは素晴らしいですね。
こういう仕組みが出来るのも利益があるからでしょう。
漁業で重要なことは、利益を出せることだと思います。katoさん、
いつもありがとうございます。
水産庁のサイトのことは、katoさんに聞くのが一番ですね。
自分でも探したのですが、これは見つかりませんでした。
pdfからのリンクでは、googleでも釣れないし。
よっぽど、ノルウェーの漁業政策を見せたくないのでしょう(笑
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