ノルウェーでは、ありとあらゆる情報が公開されていることに、大変な衝撃を受けた。
組合のページを見れば、どの船が、いつ、どこで、どの大きさのどの魚をどれだけ獲ったかが一目瞭然だ。
また、バイヤーとして登録すれば、落札額なども見ることができる。
その情報は、伝票システムで幾重にもチェックされているので非常に正確なのだ。
ノルウェーでは、魚が取引されるたびに伝票(sales note)が発生する。
伝票には、ありとあらゆる情報が記述されている。
売り手、買い手、漁業者、漁船、漁船所有者、魚種、重量、漁具、航海番号、漁場番号、漁獲枠の種類、etc
魚が漁業者→加工業者→輸出業者と流れていくたびに伝票が組合と管理当局に提出される。
伝票の整合性は細かくチェックされ、不正のにおいがする倉庫には抜き打ち検査が入る。
俺が見学に行った加工場でも、全ての箱に下の写真のような伝票が張ってあった。
この伝票から07年10月20日に漁獲された400-600gのサバが70kgあることがわかる。
伝票番号も記載されているので、漁獲されたときからこの場所までの経緯を、即座にたどることができる。
不正の疑いがある場合は、箱の中身と伝票が一致するかどうかをチェックする。
伝票と倉庫の中身をつきあわせることで、不正があれば確実にばれるだろう。
ノルウェーでは組合のオークションを通さない魚の売買は禁止されている。
オークションの情報がそのまま水揚げ統計になるのだ。
さらに、水揚げをするときに、再び正確な重量を量る。
そして、魚が移動するたびに、必ず伝票が組合に提出される。
また、倉庫に保管してある魚にもすべて伝票の写しが張ってある。
トレーサビリティーもばっちりだ。
もちろん、公開性を高めることは短期的にはデメリットもある。
毎日の落札金額が世界中に公開されているし、気が利いた人間なら輸出業者の在庫量まで逆算できるだろう。
こうなると、買い手はノルウェーの輸出業者の足下を見ることもできる。
また、アイスランドなど他の漁業国が、ノルウェーよりも安い値段を提供して商談をまとめる場合もあるようだ。
短期的に見ると、ライバルに出し抜かれ、ビジネスチャンスを失うこともあるだろう。
「こんなに公開しちゃって、漁業者は反対しないの?」という質問を組合の人にぶつけてみたところ、
「もちろん、公開には消極的な意見もあるが、全体的には透明性を高める方向の意見が多い。
現在の情報公開は、民主的な結果である。
社会的な合意を得ながら徐々に公開を進めて、現在の水準に時間をかけて到達した。
今後の情報公開の方向性に関しても、議論を通して決めていくことになる」という答えが返ってきた。
出し抜くことで勝てるのは一瞬だ。長い目で見れば信用がある方が勝つ。
信用を高めることが長期的に見れば利益につながるという確固たる信念がノルウェー漁業にはある。
そして、ノルウェー漁業の成功は、彼らの考えの正しさを裏付けている。
信用こそが、日本ブランドの最大の武器であったはずだ。
現在、日本社会では信用が急速に失われつつある。
信用の価値が世界で失われてしまったわけではない。
ノルウェー漁業は信用の価値を高めて、しっかりと利益をあげているのだ。
信用の価値が失われている日本と、信用の価値を高めているノルウェー漁業はどこが違うのだろう?
日本とノルウェーでは、「信用」の意味が本質的に違うのだと思う。
日本社会は「調べずに安心」を前提としているのに対して、ノルウェー漁業は「調べて安心」を徹底している。
特に輸出をしようというなら、今の日本の信用システムでは、ノルウェーとは勝負にならないだろう。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_288.html
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- 業界紙速報 08-06-11 (水) 18:18
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サバ水揚げ(とある業界紙本日付)
週明け9日の銚子で22隻4,410トンの大量水揚げが出た。6月に入って5日14隻1,840トン、7日17隻1,400トン、そこからの大獲れ。9日は98-39円(平均65円)、その前の86円、95円平均から下落した。銚子水揚げは4月後半から再来、4月で9,442トン(前年185トン)としたあと、5月は概算で18,500トン(同391トン)と急増した。組成も5月までの100/200の極小から、6月は200/300もみえるようになったとした。6月までがTAC期限。先週の水産政策審で水産庁から枠消化の説明があり、サバはTAC総枠で746,000トンとしたうち、昨年7月から今年3月までの漁獲実績が約324,000トン。内訳の大中型巻網は293,000トンの枠で実績が216,000トン(74%)。残枠で76,600トンとした。知事管理分では東京都が34,000トン枠で9,450トン、三重県が25,000トン枠で9,359トン、島根17,000トン枠で5,410トンなどと3割前後の枠消化でとどまっている。7月から新年度枠(09年6月まで)は616,000トン、大中型巻網は240,000トン。珍しくも先週の水政審からの報告がみえましたので。
着々と07年級群のサバを漁獲してるんですね。島根の年間漁獲量に匹敵する水揚げを1日で、ですか。大中型巻網は、しっかり枠消化していますってことです。
しかし、記事をみて思ったのですが、東京都知事管理分が34,000トンもあるのはどの漁業種類の分なんでしょうか?(ちなみに、平成17年のさば類水揚量をみると、東京は2,133トンなんですけどね。三重県は33,874トン、島根県は17,005トンです。) - 業界紙速報 08-06-12 (木) 18:28
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「市場原理主義は有効か?」規制改革会議第二次答申をめぐって⑤⑥
昨日、本日と北海道大学大学院の宮澤晴彦氏が投稿しておられます。(どのようなステイタスの方か存じ上げません。)この方の文章は、前回までの東大の先生のものとは違って、浅学な小子にも大変分かりやすい理性的な文章です。小子が要約するのは失礼とは思いますが、興味のある方は原文に当たってくださるようお願いします。
まず、⑤は「TACの弾力的運用を」という題目です:
<答申は、欧米流のアウトプットコントロール手法の重要性を強調するもので「科学的根拠の尊重による資源管理」であり、日本の水産資源管理はその点を曖昧にしてきたために「資源状態の悪化と乱獲の繰り返し」を招いたという認識がある。もちろん、「科学的根拠」を絶対視しないというものであるならば首肯し得る。しかしながら、TACをABCにあわせることやITQの導入に固執し、それを唯一「科学的」として絶対視する答申の姿勢には大いに問題がある。>
科学的根拠を絶対視しない、のであれば何を根拠にして資源管理に「首肯し得る」のでしょうか?逆に言えば、漁業者の多様性や漁業経営の困難性は「絶対的」なものなのでしょうか?小子は、資源の悪化を把握するためには科学的に考える必要があると思います。今年は水温が低いから魚が来なかったんだ、と漁業者の勘で片付けないで、現状で可能な資源解析を試みる。こんなことも含めて、水産資源を科学的に分析した結果の積み重ねは、現在の日本の水産業の苦難をなんとかしようと「頭で考える」とき、「漁業者の多様性」や「漁業経営の困難性」に劣らず重要な要因であって、これまで「等閑視」されてきたからこそ、その重要性を認識してほしい、ということではないでしょうか?
このあと、TACの弾力的運用とはこういうものだと説明があって、ノルウェーとの違いを指摘しています。しかし、ここで筆者が「スクラップ費用や新船建造費の手当て、従来の負債の有無や程度、大型船の操業を可能とする漁場条件、離職船員や廃業した経営者の生活保障といった、構造改革の実現条件にかかわる諸々の要素がほとんど示されていない」と難詰しているこれらの要素について、筆者の立場であればどのように解決するのか、或いは現在対処しているのか、ひとつひとつ説明してほしい。そうすれば、答申側のひとから、なるほど、とか、それだって実効性に疑問がある、とか反応があるんではないでしょうか?「漁業者の多様性」、「漁業経営の困難性」を「等閑視」している、と言うばかりで現状を温存していては、前進はないと思います。⑥は「万能でないIQ制度」となっています:
この文章では、IQ、ITQのデメリットを列挙してあります。わかりやすく整理してあって、とても参考になります(口の悪い輩は、そんなの常識じゃ、と言いそうなものですが)。東大の先生は、漁協を通さないIQ、ITQ資源管理方式は、漁協の存在理由を奪う手段である、なんて書いてるんだが、こちらは論理的・具体的な説明をしてあります。
IQのデメリットとして挙げている第一、第二については、コストが絡む問題として難しいと小子も思います。第三、第四は、現在の困難を打破するために漁業者さんに意識を変えてもらわなければなりません。第五、「IQを定めただけで、先獲り競争がなくなり、計画的・経済的操業が選択されるというものではない」とおっしゃるけど、IQを定めたら計画的・経済的操業が可能になるというメリットを生かさない、ということですね。これでは、漁業者は環境がどう変わろうと変わるもんじゃないんだ、という前提に立っているとしか思えません。
ITQについては、コメントを控えます(疲れました)。しかし、「ITQが売買されるということは、それを買える優良経営と、それを売りたい不良経営があって、両者の思惑が一致するということである。だが現実は、ほとんどの業種で、超過利潤を恒常的に確保できる優良経営など存在しないのではないか。」と書いていますが、そもそも、恒常的に超過利潤を確保できる優良経営など想定するのが不合理だし、それに続く「ITQ導入の本音は、外部資本導入によって既存漁業者の整理・淘汰を狙っているものとみた方が良さそうである」という結語には首をひねるばかりです。折しも、9日付けのみなと新聞にはマルハニチロHLDグループが沖合底引新会社である下関漁業を設立したというニュースが載ってます。TACやIQとは趣きが違いますが、世界一大きな漁業会社が沖合漁業に新規参入することになります。これは、「山口県以東漁協の共有船第1・2やまぐち丸で年間700トン、4億円を水揚げする計画。下関漁港の沖合底引は1985年には24統(48隻)で年間2万5000トン前後を水揚げしていたが、その後、減船が相次ぎ07年は12統7500トンにまで落ち込んだ。今年4月には2統が実質的に廃業したことから、8月からの来漁期は9統体制の操業となる。」ということですが、これも既存漁業者の淘汰を謀るものと考えるものなのか知らん。放置しておくと、廃業する漁業者が増える、という証左ではないのでしょうか?
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