クロマグロに関する報道の内外格差の検証:クロマグロは増えていて、安くなるのか?

太平洋クロマグロを管理する国際機関WCPFCのレポートのドラフトが公開されました。例によって、例のごとく、国内外で報道の方向が180度違います。

太平洋マグロ、規制継続なら20年で3・6倍に
読売新聞(2013年1月10日09時22分) 

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130109-OYT1T00226.htm

日本近海を含む太平洋産のクロマグロ(親魚)が、2030年までに最大で10年の3・6倍に増える可能性があるとの予測を、漁業管理機関「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」の科学委員会が8日公表した。
日本で消費されるクロマグロのうち、太平洋産は約7割を占めている。資源量の増加は、将来的な価格下落につながる可能性もあり、日本にとっては朗報といえそうだ。

web魚拓

太平洋のクロマグロは2030年に3・6倍に 国際委員会が予測、現行水準で規制続けば
産経新聞(2013.1.10 18:34)  

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130110/biz13011018360038-n1.htm

中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の科学委員会が、太平洋クロマグロの漁獲規制が現行と同水準で続けば、2030年には親魚の資源量が10年水準の約3・6倍に増える可能性があると予測したことが10日、分かった。

日本で消費されるクロマグロの7割弱は太平洋クロマグロ。資源量が増えて漁獲規制が緩和されると、価格下落につながる可能性がある。

科学委員会は8日公表した報告書で、10年の親魚の量が2万3千トン弱と歴史的な低水準にあると指摘した。

web魚拓

どちらも同じような「増えるよ、安くなるかもね」という大変に楽観的な論調。産経新聞が現在の資源量が低いことにさらっと触れているが、読売にはそれすら無い。

一方、同じ報告書を元にした海外発のニュースはこんなかんじ。

太平洋クロマグロの資源量急減、漁獲規制が不十分-環境団体
ブルームバーグ(2013/01/09 13:42 JST)

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MGCAA86KLVS001.html

太平洋クロマグロの資源量は過剰な漁獲が影響し、漁獲しなかった場合の水準を96.4%下回っているとピュー環境グループが指摘した。

詳しくはリンク先を全文読んでほしいのですが、全く違う論調です。実はこれ同じ報告書を元にしているのだから、驚きですね。どこを抜き出すかによって、読み手に全く異なる印象を与えることができるのです。

 

実際に、報告書を見てみよう

ソースによって内容が大きく違う場合は、一次情報に当たるのが鉄則。ということで、報道の元となった報告書の中身を見てみよう。公開文書ですので、こちらからダウンロードできます。

http://isc.ac.affrc.go.jp/pdf/Stock_assessment/Final_Assessment_Summary_PBF.pdf

英語だし、専門用語が多いので、要点となる部分を説明します。

太平洋クロマグロの資源状態については、3ページ目の 4. Status of Stockに重要な記述があります。

Although no target or limit reference points have been established for the Pacific bluefin tuna stock under the auspices of the WCPFC and IATTC, the current F (average 2007-2009) is above all target and limit biological reference points (BRPs) commonly used by fisheries managers (Table 2), and the ratio of SSB in 2010 relative to unfished SSB is low (Table 3).

地域漁業管理機関WCPFC・IATTCは、太平洋クロマグロ資源の管理目標となる指標を何も示していないのだが、現状の漁獲圧(2007-2009の平均)は一般的に利用される管理指標のすべてを上回っており(Table 2)、漁獲が無かった場合と比較した産卵親魚量(SSB)も減少している(Table 3)。

少しでも専門知識があれば、これを読んだだけで「こりゃ駄目だ」とわかります。それぐらいダメダメなのです。どこがどう駄目かを、3つのポイントに絞って説明しましょう。

1)管理目標を設定していない

目標の設定は資源管理の大前提です。「資源をどういう状態に維持します」という目標があって、「ではどうする?」という議論ができる。

たとえば、大西洋の水産資源を管理するための機関であるICESは、資源量を目標値(Bpa)以上に、漁獲圧を目標値(Fpa)以下にするという明確な方針がある。資源量が目標値を下回った場合、および、漁獲死亡が目標値を上回った場合には、速やかに漁獲圧を削減する。このように、維持すべき目標があって、初めて、迅速な管理措置がとれるのです。「太平洋クロマグロには、管理目標すらない」というのは、管理が体をなしていないことの証です。

2) 現状の漁獲圧は一般的に利用される管理指標のすべてを上回っている

乱獲には、乱獲行為と乱獲状態という2つの形態がある。

乱獲行為: 非持続的な漁獲圧をかけること
乱獲状態: 生物の生産力が損なわれる状態まで資源を減らしてしまうこと

肥満にたとえると、カロリーのとりすぎが乱獲行為。健康に害がでるほど太ってしまうことが乱獲状態ということになる。カロリーを取り過ぎたからといって、必ずしもすぐに肥満になるとは限りません。乱獲行為と乱獲状態は分けて考える必要があります。漁業資源の管理の場合は、漁獲圧を強くしすぎない(乱獲行為の回避)、産卵親魚を減らしすぎない(乱獲状態の回避)、という2点が重要です。

乱獲状態の指標には、いろいろな考え方があるのですが、一般的なものを並べてみるとTable 2のようになります。

FmaxやFmedなどが、一般的に利用されている管理指標です。表の数値はこれらの管理指標と現在の漁獲圧の比を表しています。値が1よりも小さいということは、現在の漁獲圧が管理指標よりも大きいことを意味します。太平洋クロマグロの場合は、一般的に利用されいている管理指標を上回っているので、乱獲状態にあると言えます。管理指標にもいろいろあるのだけど、一般的にはF0.1, F30%, F40%が採用されます。たとえば、F30%のところには0.35という数字があります。これはF30%という管理指標を採用するなら、漁獲圧を現在の35%まで削減する必要があることを意味します。

Table2のなかで、注目してほしいのがFmedです。Fmedというのは、過去の平均的な条件で資源が平衡状態になる漁獲圧なので、現状の漁獲圧がFmedを上回っているということは、過去の平均的な環境のもとで、資源は減少することを意味します

3) 現在の産卵親魚量は、漁獲が無かった時代の3.6%まで減っている

クロマグロがどのぐらい減っているのかというのは、最後のページのTable 3をみるとわかります。

この表の右から2番目のDepletion Ratioというのが、漁獲が無い時代の親の量と2010年の親の量の比です。Run1からRun20まであるのは、シミュレーションの設定による違い。 自然死亡など、正確な値がよくわからないパラメータがたくさんあるので、様々な可能性を検討するために、20のシナリオを作って、シミュレーションをしているのです。20のシナリオの中で、現時点で一番もっともらしいと考えられているのが、ベースケースのRun2です。この場合、資源量は未開発時の3.6%まで減少していることになります。どんなに楽観的なシナリオでも5.4%、悲観的なシナリオだと2.1%まで減っているのです。

一般的な水産資源管理では、産卵親魚量は、未開発時の40%から50%を維持すべきと言われています。その水準を下回ったら漁獲規制を厳しくして、未開発時の20%を下回ったら禁漁にするというのが一般的な考え方です。10%を下回ったら、資源崩壊と見なされます。太平洋クロマグロの場合は、其れを遙かに下回る資源状態で、Fmedを上回る漁獲圧をかけているのだから、あまりにも非常識かつ無責任です。

2030年までに3.6倍に増えるとか言ってますけど、3.6%が3.6倍に増えても、未開発時の13%です。「資源が乱獲状態を脱した」というには、未開発時の40%程度まで回復させる必要があります。今からちゃんと漁獲規制をしたとしても、俺が生きている間にそこまでたどり着けるかどうか・・・。

そもそも、乱獲されていない資源は、短期的に3.6倍には増えません。未開発時の40%までしか減らしていなければ、禁漁をしたところで2.5倍にしか増えないのですから。

日本のメディアは、なぜこのレポートを元に、楽観的な報道をできるのか?

レポートの内容を見ていくと、太平洋クロマグロの悲惨な状態がわかると思います。このレポートをみてもため息しか出ませんでした。レポートでも、資源は乱獲されているという明記されています。

このレポートをもとに「クロマグロが、3.6倍に増える。安くなるかも!」という記事を書ける日本のメディアはなんなんでしょうね。救いようが無いことに、業界紙を含む国内メディアの大半が、足並みをそろえて、同じ論調の報道をしました。「3.6倍に増える可能性が示された」というのは嘘では無いのですが、前提となる悲観的な情報を取り除いて、その部分だけを楽観的に伝えるのは、世論操作と言っても良いと思います。消費者が資源の減少について知らされないまま、持続性を無視した消費活動を続けていけば、食卓から魚が減っていくのはやむを得ないと思います。

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産経新聞にツッコミを入れつつ、まぐろ養殖業について、まじめに語ってみた

「近大マグロ」庶民の味になるか 天然と遜色なし「ほとんど区別がつきません」
産経新聞 12月23日(日)12時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121223-00000513-san-bus_all

養殖業を否定する気は無いし、マグロ養殖が持続的な産業として、発展してほしいと思っている。マグロ養殖業の現状について、正しく知ってもらうために、情報を整理してみよう。

1)タイトルと記事の内容が一致していない

「庶民の味になるか」というタイトルなのに、本文には、安くなる要素が示されていない。むしろ、高止まりするという内容ばかり。産経新聞的にはどっちだと言いたいのだろうか。

  • ブランドの知名度も上がっており、意外と高値のままかもしれない!?
  • 脂の乗り具合もきわめて良いことから高級」とされ、高値で取引される。
  • 業界関係者は「有名になってきたことで取引が活発化すれば、値段は意外と安くならないかも」と推測する。

新聞の報道記事で、タイトルと本文の内容が逆というのは、いただけないですね。

2)天然と養殖の味が違う

気になる養殖クロマグロの味だが、「天然のマグロと食べ比べましたが、遜色(そんしょく)は全くなく、ほとんど区別がつきませんでした」とサントリーHDの担当者は打ち明ける。クロマグロの体長は大きなもので3メートルを超え、重さは400キロにもおよぶ。脂の乗り具合もきわめて良いことから高級」とされ、高値で取引される。

運動不足でメタボな養殖マグロと、常に運動をしている天然マグロは、味的には別物です。天然ものでも、脂ののりは時期によって大きく異なります。境港のクロマグロは産卵場で産卵群を漁獲するので、脂が抜けている。冬に北で獲れるマグロは、腹の部分を中心に一部に脂がのるが、ほとんどが赤み。もともとトロは、ほんの一部だからこそ、珍重されてきたのです。それに対して、畜養は運動不足な状況で、餌を多く与えるので、腹ばかりか背中までトロのようになる。

脂の量: 養殖>>>天然(冬)>天然(産卵期)

 天然よりも脂が多いから養殖はダメかというと、そうではありません。脂が多い方が日本市場で価値が出るから、わざわざそういう育て方をしているわけです。養殖マグロの脂の多さは商品価値なわけです。ただ、味や食感が違うので「遜色が無い」というは無理があるように思います。むしろ、脂がたっぷりと言うことをアピールすれば良いだけの話だと思うのですが。

俺の個人的な感想としては、養殖マグロが天然とはべつものだけど、なかなか美味しいと思う。「養殖マグロはイワシ臭い」と言う人もいるけど、俺はそう感じたことはないな。養殖マグロのトロは脂が多すぎて苦手なのだけど、赤身の部分はほどよい脂で美味しいと思います。技術革新があるので、味は年々向上しているので、今後が楽しみです。

養殖は天然とは、良くも悪くも別物。養殖は天然と比べて様々なコストがかかるのだから、養殖ならではのメリットを明らかにして、差別化をする必要があるわけです。

養殖のメリットとしてはこんな感じ。

1) 時期を選べる(多少しけても出荷できる)
2) 処理の最適化
3) 脂ののりを調整できる

在庫管理とQCが出来ると言うことです。安定供給が重要な取引先からは重宝されるでしょう。

養殖マグロの水揚げを見学したことがあるのですが、なかなか面白いですよ。いつもと同じように餌やるのだけど、餌の中に針をしこんだものを混ぜておく。マグロが針を食べたら、糸を通して針に電気をびりっと流して、感電したマグロを釣り上げる。マグロが気絶しているうちに、神経抜きをして、えらわたを抜いて、氷漬けしてしまう。この作業はほんの一瞬。泳いでいたと思ったら、次の瞬間には処理されてしまうのだから、鮮度は抜群です。天然はなかなかこういう風にはいかない。一本釣りは、釣ってから、船に上がるまで、長時間、魚と格闘をする。その間に、魚は疲れるし、必死で泳ぐから体温が上がる。築地のまぐろ屋いわく、大間のマグロは半分ぐらい焼けているらしい。当たり外れがあるわけだ。また、船によっては魚を冷やし込むスペースが無いので、そのまま船の脇にぶら下げて港に帰ったりする。巻き網の処理はさらに遅くなる。網みの中で大暴れした後、一昼夜かけて港まで帰る。それから慌てて、処理をする。境港のマグロは、港に着く頃はすでに冷凍できる状態では無い。

素早く適切な処理ができるかどうかは、味に大きく関わってくる。まともな処理をされていない天然よりも、ちゃんとした処理がされている養殖の方が、外れは少ない。そのあたりのメリットを出していくと良いと思う。養殖マグロも、天然とは別の価値をもつブランドを築いてほしいし、そうでなければ産業として残れないだろう。

あと、「クロマグロの体長は大きなもので3メートルを超え、重さは400キロにもおよぶ」というのは、天然の話です。養殖クロマグロは30kgぐらいで出荷されます。このサイズを超えると卵を持つようになるので、成長が悪くなるから、非効率だからです。

3)養殖はえさ代がかかるので、庶民の味にはなり得ない

1kgのマグロをつくるのに、20kgのイワシ・サバが必要。これらの餌は1kgが70円として、えさ代だけで1400円になる。必要経費はそれだけでは無い。マグロ養殖の場合は、設備投資、人件費、種苗代など諸々込みで、2500円ぐらいが損益分岐点と言われている。養殖は、網ごと津波で流されたり、病気などのリスクがあるので、キロ3500円では売りたい。現状よりも安くなると経営的に厳しいのである。実は、現状ではマグロ養殖は余り儲かるとは言えない。だいたいがトントンで、経営体によっては赤字だろう。将来的に技術が確立されてくるとコストが下がって、回収できるとふんで、先行投資をしているのである。

値段がどんどん安くなって、庶民の味になったらどうなるだろうか。マダイとハマチの養殖が、現在どうなっているかを見ればわかる。マダイとハマチ(ブリ)は、養殖技術が70年代に確立されて、急激に広がった。その結果、高級魚であったマダイとハマチの値段が安くなった。「めでたしめでたし」というと、そうでは無い。生産現場はかなり末期的な状況だ。

マイワシの不漁と魚粉の国際価格の上昇によって、えさ代が原価の8割以上になってしまった。これに設備投資やワクチン代、種苗代などと入れると、つくる前から赤字確定の場合もあります。マダイやハマチの養殖業者は零細が多いので、夏頃にはえさ代がショートするわけです。そこで、スーパーマーケットに安く前金で販売して、冬場までのえさ代に充てるというような状況になっています。スーパーのために、ただ働きをしているようなものですね。マダイ、ブリの養殖業者はばたばた倒産しています。獲る漁業よりも、むしろ、養殖業の方が経営体の減少率が大きいのです。漁業経営体全体が23/5%減る間に、ブリ養殖業者は34.7%、マダイ養殖業者は40.1%も減っています。

http://nria.fra.affrc.go.jp/kenkyu/sekai/2_3_2.html

獲る漁業は、船を出さないと経費はかからないのですが、養殖は設備投資をしているので、魚をつくらないわけにはいかない。でも、今の餌代と魚価では、つくっても赤字が確定的。結果として、体力が無いところから淘汰されているという状況。養殖マグロの場合も、1kg2500円を割るとこのような事態になります。マグロ養殖業が産業として生き残るには、キロ単価2500円+αを死守する必要があるのです。1kg 2500円ということは、100gで250円。売値は原価の3倍程度になるので、店に並ぶのは、100gで750円ということですね。利益を出すにはもっと高く売らないと駄目。つまり、マグロ養殖業が産業として成り立つためには、豚肉や鶏肉のような値段にはならないのです。

4)天然の方が安い場合も多い

24年1月には東京・築地の中央卸売市場で、269キロの青森県大間産のクロマグロが、築地では過去最高値となる5649万円で競り落とされた。1キロあたり21万円。仮に握りずし1貫(2個)分の価格を計算すると、「赤身で1万円以上、大トロで2万~3万円」(市場関係者)で、庶民が気軽に食べられるものではない。

これに対し、今回の料理店では「養殖クロマグロの頭の先から尾ひれまで、あらゆる部位を食材として活用し、少しでもお値打ちな料金で提供したい」(近大担当)。客単価は、昼食時で1千円前後、夕食時で3500~6千円を想定しており、いずれも大阪・梅田付近では平均的な価格となる。

産経の記事のおかしなところは、築地の初セリという例外中の例外のような価格を引き合いにして、近大マグロの割安感を引き出していることだ。1キロ21万円のマグロなんて、誰も食べないよ。すしざんまいも、別に初セリのマグロで利益を出そうとは思っていないので、「初競り 大間産まぐろ 中トロ」だって、1貫 312円で店に並べていたのです。1キロ21万円はマグロの価値では無くて、広告費だから。初セリのマグロを落とせば全国ネットでテレビ取材されて、店の露出になる。たったの5千万円で、NHKから民放までゴールデンタイムに放送してくれるのだから、えらく効率が良いのです。こういう法外な値段がつくのは、メディアが取材をする築地の初セリの1番良いマグロ1本だけ。普通は、大間の本マグロだってキロ1万円とかそれぐらいですよ。この辺の仕組みはメディア関係者なら知っているはずなんだけど。

では、養殖マグロの市場の評価はどんなもんでしょうか。クロマグロの養殖と天然のキロ単価(産地)を図示したのがこの図になる。

養殖まぐろの産地価格(漁業情報サービスセンター)

天然は冬に価格が高いですね。12月から3月ぐらいの脂ののったマグロは実に旨いです。一方、7~8月は天然の相場が急落します。これは、産卵場のやせたマグロを巻き網で集中漁獲しているためです。養殖マグロは1年を通して、価格が安定していますが、市場の評価としては、天然の低ランクと同程度というところでしょうか。注目して欲しいのは、7月、8月には天然の方が養殖よりも安くなっている点です。大量漁獲される産卵期の巻き網のクロマグロは、1kg1200円ぐらいまで落ちるので、養殖の半値ですね。同じく巻き網で漁獲される未成魚(ヨコワ)は1kg500円ですから、養殖マグロの1/5ぐらいの値段なわけです。餌代を考慮すると、こういう値段のクロマグロとは太刀打ちできません。

つまり、天然は高いけど、養殖は安いというような単純な構図ではないのです。天然はピンキリに対して、養殖は品質が安定しているのが特徴です。

築地の初セリ(広告費)>>>>>>冬の一本釣り・延縄のマグロ>普通の天然マグロ>養殖マグロ>境港の巻き網マグロ>巻き網のヨコワ

養殖よりも安い天然はいくらでも存在するのです。例外中の例外である築地の初セリを引き合いに出して、「近大マグロは安い」というのはあまりにも無理がある話。そもそも、養殖マグロは、天然と比較しても、それなりの値段で売らないと利益が出ないわけです。

5)場所の制約があるので、養殖の生産量は増やせない

一般人が誤解しやすいポイントなんだけど、養殖って、いくらでも魚を作れるわけじゃ無いのです。養殖をするにはそれに適した場所が必要。

マグロ養殖.net http://www.yousyokugyojyou.net/index4.htm

ここにマグロ養殖場の地図がある。太平洋側は三重が、日本海は隠岐が北限。これより水温が低くなると、魚の成長が遅くなって、採算がとれないのだ。三重の経営体は、巻き網漁船が、兼業でマグロの養殖もやっている。自前で餌が確保できるという経営上の強みがあるから、この水温でも何とかなっているみたい。餌を外から買ってくる方式だと厳しいのでは無いかな。

水温が暖かくて、マグロ用の大きな生け簀を浮かべられて、それなりに深い湾というのはそう多くない。マグロの養殖適地は、企業の争奪戦でほぼすべてが埋まっている。ということは現状の1万トンから、養殖マグロの生産量を増やす余地は無いのである。日本人が消費するマグロ40万トンのうち、クロマグロ(太平洋・大西洋)は4万トンに過ぎない。日本の養殖で生産できるのはそのうちの1万トンが上限。もちろん、陸上養殖や沖合沈下型養殖といった技術が場所の制約を軽くする可能性はある。これらの技術は、大量生産の目処は立っていないし、生産コストがかかるので、現状以上に割高になるのは避けられない。養殖で安くいくらでも生産できるという甘い話は無い。

まとめ

「養殖による大量生産で本当にクロマグロが手の届く価格になるまでにはもう少し時間がかかるかもしれない」とあるけど、具体的にどういう生産体制になってどこまで値段がさがるのか、まるでビジョンが見えない。どれだけ技術革新をしたところで、漁場の制約や餌のことを考えると、養殖クロマグロを安価にいくらでも食べられる日は、未来永劫こないだろう。養殖技術が完成の域に達しているマダイやハマチはどうなったかというと、現在は採算がとれずに縮小している。

クロマグロ養殖の課題は、採算度外視で公的資金を垂れ流してやってきた事業を、黒字ベースにすることだろう。規模を拡大してスケールメリットでコストを抑えるというのは、養殖適地が限られているので難しい。量で勝負というのは、構造的に出来ないのだから、質で勝負するしか無い。現在の8千~1万トンの生産を維持するには、生産コストに見合った価格で販売することが必須。天然と差別化できるものをつくって、その価値をきちんと消費者に伝える努力が必要だろう。

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【書評】道の駅「萩しーまーと」が繁盛しているわけ

 

 

先日訪問した萩しーまーとの中澤さかな店長が成功の秘訣をまとめた本を出版されました。とても良い本なので、紹介します。

魚ビジネスは、あまり景気が良い話がありません。『売れない→仕方がないから値段を下げる→売り上げが落ちる』というのが、ほとんどの魚売り場の共通する悩みではないでしょうか。量販店では、質と品質(サイズ)の安定供給が重視されるので、多種多様な四季折々の地魚は売りづらい状態です。「本当は美味しいのに、扱ってもらえない」という声が、全国の漁港できかれます。

地魚が売れる道の駅が、山口県にあるときいて、取材に行きました。

ブログ記事はこちら。

店長インタビューはこちら

実際に、萩しーまーとを訪問し、中澤店長の話をうかがって痛感したのは、「セオリーに忠実に、ちゃんとした売り方をすれば、ちゃんと魚は売れる」ということ。しーまーとの店舗は昔懐かしの魚屋スタイル。生きの良い多種多様な地魚がならんでいる。店内にはレジが17個もあり、それぞれの売り場を熟知した店員が対面販売を行っている。おすすめは何か、食べ方はどうすればよいのか、といったことも親切丁寧に教えてくれる。「そういえば、昔は、魚屋さんが、魚の食べ方を教えてくれていたよなぁ。スーパーではだれも魚の食べ方を教えてくれないから、魚食のハードルが高くなったよなぁ」と実感。水産庁のファストフィッシュのように、何も知らなくても、何も考えなくても、魚を消費できるようにするというのも一つのやり方かもしれないけど、俺として、萩しーまーとのようにきっちりと消費者教育ができるような売り場を応援したい。

魚屋自体が全国的に淘汰される中で、ただ、先祖返りをしても明るい未来は無い。そこは、元リクルートの中澤店長の腕の見せ所というわけだ。NHKテレビ山口放送局、FM萩、萩ケーブルネットワークなど、多様なメディアに毎週5分間、お魚情報を流すレギュラー番組を持ち、週刊誌、月刊誌でも連載をする。こういう露出を行うことで、消費者の関心を旬の地魚に引きつけ、ちゃんと対面販売をすることで、顧客満足度を高める。結果として、地元のリピーターの獲得に結びついた。さかなさんご本人が「奇抜なアイデアなどなにもない。当たり前のことを、やっただけです」と言われるように、本当に基本に忠実。「当たり前に考えれば、そうなるなるよなぁ」と思うようなことを、一つ一つカタチにしていったのが萩しーまーとだ。マーケティングとマーチャンダイジングをきちんとやることで、道の駅は、水産業活性化の多機能拠点施設になり得るということです。

最初、萩では、観光客目当ての道の駅ビジネスを予定していた。しかし、中澤店長は、全国100店舗以上の道の駅を視察して、観光客相手の商売は不安定でリスクが大きいことを実感。当初の予定通りの出店をすれば、数年後には店をたたむことになると危機感をもち、地元客に魚を売るという方針を180度方向転換。「近き者悦び、遠き者来る」、つまり、地元客を呼び込むことが、結果として、観光客も呼び寄せることに成功しました。

これまでの魚ビジネスは、業界の慣習に忠実であった。業界全体が沈没しているときに前例踏襲では先が無い。これからの魚ビジネスは、モノを売ることの基本に忠実になり、消費者に価値を届けることを使命とすべきである。消費者が価値を感じれば、必ずリピーターになり、長期的な売り上げは確保できる。そう確信させてくれる一冊です。

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全国漁業者高齢化ランキング

1 山形県 0.673333
2 新潟県 0.661165
3 山口県 0.636174
4 秋田県 0.60966
5 三重県 0.602393
6 千葉県 0.593813
7 岡山県 0.591625
8 広島県 0.585289
9 島根県 0.569531
10 石川県 0.568657
11 徳島県 0.553184
12 和歌山県 0.550484
13 香川県 0.532007
14 福井県 0.519345
15 京都府 0.519273
16 大分県 0.512747
17 岩手県 0.512666
18 熊本県 0.511809
19 高知県 0.504179
20 神奈川県 0.496394
21 静岡県 0.495619
22 愛知県 0.495165
23 全国 0.467978
24 宮城県 0.464678
25 富山県 0.460459
26 愛媛県 0.447804
27 長崎県 0.446811
28 青森県 0.445636
29 福岡県 0.439585
30 鹿児島県 0.435761
31 鳥取県 0.425383
32 大阪府 0.416896
33 兵庫県 0.415076
34 東京都 0.391794
35 茨城県 0.357834
36 宮崎県 0.356845
37 福島県 0.354561
38 沖縄県 0.335963
39 北海道 0.334724
40 佐賀県 0.315153

漁業センサス2008より、各都道府県の漁業者のなかで、60歳以上の割合を計算

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なぜ、道の駅「萩しーまーと」では、地魚が飛ぶように売れるのか?

スーパーマーケットの鮮魚コーナーは、おなじみの魚が並ぶ。日本全国、どこでも似たような品揃えだ。多種多様な魚を扱っていた魚屋は、全国的に衰退し、四季折々の地魚はどんどん売れなくなっている。

そんな中、山口県の道の駅「萩しーまーと」では、地魚が売れて売れてしかたが無いという噂をキャッチした。どうして、よそでは売れない地魚が、萩しーまーとでは売れるのだろうか? 先日、水産学会が下関で開催されたので、萩まで足を伸ばして取材をしてきました。

萩のシーマートはここ。

萩漁港のすぐ隣です。萩の市場に水揚げされた魚をリアカーで裏の店まで運んでくる。朝の競りの後に、魚をすぐに並べられるという絶好のロケーションになっている。

訪問した日は、大型の台風が九州を直撃していた。電車は普通になって、萩は陸の孤島になっていた。そんな中でも9時の開店前から、お客さんが続々とやってきた。自家用車で、地元のナンバーが多い。観光地の道の駅というと、観光客向けというイメージがあるのだが、ここは地元に支持されている。

道の駅の中には、昔ながらの魚屋さんが軒を並べている。それぞれに店員がいて、いろいろ教えてくれる。道の駅と言うより、魚屋が集まった市場のような感じ。

色とりどりの地魚が並んでいます。見たことが無い魚でも、店の人が食べたかを教えてくれるので、安心です。昔はどこの町にもあったこういう光景は、今ではすっかり消えてしまいましたね。

 

萩しーまーとは全国に1000近くある道の駅において、売り上げおよびビジネスモデルの卓越性で有名になっている。全国的に魚屋が廃れる中で、魚屋スタイルの道の駅が繁盛している。そのポイントを中澤店長に直撃しました。

 

 

↓ 萩しーまーとのビジネスモデルに興味を持った人は、こちらをご覧ください。

http://www.shokosoken.or.jp/jyosei/soshiki/s19nen/s19-5.pdf

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宮城県の水産特区の懸案事項

特区第一号がようやく公開された。

宮城・水産特区、まず1件 「石巻・桃浦港」年内申請へ
今年8月30日、地元漁業者15人が共同出資して民間資本の受け皿となる新会社「桃浦かき生産者合同会社」を設立。仙台市の水産物専門商社「仙台水産」が経営参画することで合意した。
毎日新聞 2012年09月04日 東京朝刊

仙台水産は老舗企業だから、地元のことは知り尽くしている。県漁協としても、つきあいが深い相手だけに安心感はあるだろう。また、地元の漁業者16人中15人が加わっている合同会社に漁業権を与えたところで、これまでと大きな違いはないだろう。この件については、県が水面下で調整をしていたみたいなんだけど、漁協を刺激しないような事例を上手にまとめてきたという印象。

桃浦は上手くいきそうな感じがするのだが、横への広がりが無いのが気がかり。漁業権は5年に1回、一斉に更新される。来年の秋の一斉更新で、桃浦の合同会社に漁業権を与える予定。村井知事は「桃浦をモデルケースにして全国に広げたい」と意気込むのだが、今のところ、桃浦の1地区しか候補がなさそうだ。来年の秋までに2地区目が出てこなければ、次の一斉更新がある5年後の13年9月まで、特区が桃浦のみとなる可能性がある。2例目以降がでてくるのが、震災から7年半後では、特区を活用して水産業を復興するには、時期が遅すぎる。去年の4,5,6月に、あれだけ漁協と対立して問題提起をしたにも関わらず、特区を活用して復興できるのは桃浦の15人だけでは、あまりにも寂しい。

復興のための水産特区は、それを望む地元の漁業関係者全員に対して、門戸を開くべきである。漁業権の更新まで、あと1年ある。桃浦の一例で満足せずに、特区の要項と概要を公開した上で、広く公募を募るべきである。

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宮城県の水産特区について

宮城テレビの特別番組の収録で、県の村井知事と対談を行った。内容は放射能から、特区構想まで多岐にわたる。最初は県漁協の組合長もくる予定だったらしいのだけど、キャンセルされたので、ゲストは俺と知事の二人。

撮影前日に、塩釜、東松島、雄勝を回って、浜の最新情報をリサーチした際に「特区が動くらしいよ」という噂を耳にした。撮影当日の日経の朝刊に、かなり踏み込んだ内容の水産特区の記事が掲載されていた。石巻の桃浦地区と地元の仙台水産が特区一号になるということ。具体的な特区が表に出てきたタイミングでの知事との対談を収録した番組は9月9日に宮城テレビで放映予定。知事とのやりとりなどは番組放映後のお楽しみとして、今回は宮城県知事の水産特区に関する私見をまとめてみた。

特区の意義について

8月31日の日経新聞が4面には、桃浦地区の牡蠣養殖漁業者15人が共同で出資して設立する新会社と仙台水産が特区一号になるという記事が掲載された。桃浦地区は牡鹿半島の付け根に存在する集落。高齢化が進む中で、津波で壊滅的な被害を受けて、漁業を続けられる状態ではなかったらしい。そこで、地元の大手流通業者の仙台水産が手をさしのべて、一緒に立ち上がろうという流れ。

これまでの養殖漁業は、漁協が生産物を集めて、共同販売(入札)を行っていた。生産者は生産物を漁協に出荷して終わり。流通業者は、漁協が並べたものに値段をつけるだけ。共同販売が壁となって、生産者と流通業者が分断されていたのだ。

漁師と流通業者が分断されている日本漁業の現状を、会社でたとえるなら、製造部門と営業部門が分断されているようなものだ。製造部門が市場を無視して場当たり的に製品をつくる。製品段階で差別化できないので、営業は価格をどこまで下げられるかを競っている。これでは利益が出ないのも仕方が無いだろう。

「一山いくら」の共同販売制度でも、バブル期まではある程度は機能していた。並べておくだけで、全体的な魚価があがったからだ。デフレで全体の価格が低迷しているし、高齢化で食料の需要は落ちる。こういう状況で、ただ並べて値段をつけてもらうだけの共販制度が機能するとは思えない。

「こういう規格で、この数量つくれば高く買うよ」という話が小売りから来ても、それは漁師まで届かない。品質で差別化できないから、値段の安い差で勝負するような販売戦略しかとれないのである。意欲的な漁師が、品質が良いものを作っても、市場で評価されずにその対価を受け取れない。良いものを作っているというプライドに支えられてがんばっているのが実態だ。

実際に海外では、漁師と流通業者の経営統合は、当たり前の話。むしろ、協力をして全体の売り上げを増やす方向に努力をしている。

たとえば、アラスカのカニ漁業は、漁船と加工場の経営統合が進んでいる。加工場がカニを外に販売した売り上げを、漁船と加工場で半々に分けることになっている。漁船と加工場が共同で漁獲・加工・出荷のプロセスを戦略的に一本化することで、余計な経費を削減し、カニの質を上げて、全体の売り上げを増やすことに成功している。

日本でも、良い製品を作って付加価値付けをしたいという生産者と、差別化できる製品をちゃんとした値段で売りたい流通業者が、戦略的な提携をして、win-winの関係を築く余地は大いにある。

今後の進め方について

生産段階から販売まで一気通関をするという、桃浦・仙台水産の特区には、期待をする反面、不安もある。特に、漁民とのコミュニケーション不足が気になるところだ。

1)概要・要項が示されていない

特区構想が、誰のための、何を目指すものなのかが明確では無い。知事は「民業を活用する」というが、どういう形で活用するのかがわからなければ、賛成しようも、反対しようも無い。

民間企業の参入と言っても、様々なやり方がある。
A) 地元漁民が会社組織を作って、販売等の活動を自由に展開していく
B) 地元漁民を排除して、外の企業をいれて漁業をさせる

「Aはどんどんやればよいけど、Bはちょっと・・」と感じる人が多いのでは無いだろうか。今回、知事に直接確認をしたのだけど、知事の構想はAであり、よそから縁もゆかりも無い企業が参入することはかんがえていないそうだ。桃浦の場合も、震災前からその土地で漁業を営んでいた地元漁民15人が会社を作って、仙台水産という地元企業と連携をしていこうと言うことだから、1)の形式になっている。

特区の概要・要項をまず公開して、1)の形式の特区を考えていると言うことを明らかにすると同時に、そのことを周知する必要があるだろう。
2)漁民とのコミュニケーション不足

浜では「全否定をするわけでは無いが、特区は何をしたいのか具体的なことが何もわからないので、何とも言えない」という意見が多かった。具体像が見えない中、「民業の活力」とか「浜の秩序」といった抽象論で、知事と県漁協が喧々がくがくの状態。現場を無視した血の通っていない議論だと思う。
漁村によって、抱える問題は多岐にわたる。もともと活力がある浜では、復興がスムーズに進み、「あとはもう自分たちで出来るから、大丈夫」というところもある。一方で、震災で人が減って、集落自体が成り立たないところもある。人はいるけれども、収益が上がらず、じり貧のところもある。漁業者と一緒に、そこの漁業の問題を精査して、一緒に解決策を考えていく。その際に、必要とあれば、特区を柔軟に使えるような体制を整えて欲しい。

3)県漁協との関係悪化

宮城県漁協は、相変わらず「浜の秩序を乱す」と繰り返している。今まで、漁協の浜の秩序の元で、漁業が衰退してきたのだから、浜の秩序を見直す必要があるのは自明だろう。特区を導入せずに、桃浦をどうやって復興するのか、という対案を、県漁協は何ら示していない。対案を示さずに反対のための反対をしているだけの漁協は無責任だと思う。

ある程度の摩擦は仕方が無いとしても、県漁協との関係をもうちょっと上手に出来ないものだろうか。知事と漁協が全面対立ということになれば、漁民は板挟みになる。漁協からの締め付けが増せば、特区に関心がある漁業者とのコミュニケーションが難しくなり、桃浦に続く事例が出てこない可能性もある。

水産特区は、概要を公開した上で、漁民(≠漁協)とコミュニケーションをとり、彼らの理解を得ながら進めていって欲しいと思う。

民間は更に進んでいる

水産特区は、知事と漁協の対立から、議論が空転し、1年半かけて、ようやく、一例目の概要が示された。その間にも、現場レベルでは様々な試みが始まっている。志を同じくする漁民のグループが合同会社を作ったり、株式会社を作ったりして、販売を手がけようという試みが、同時多発的に起こっている。特区とは無関係に企業化が進みつつある。株式会社化をした漁師に取材として、企業化を進める理由を聞いてみた。

1)販売・ブランド化
漁協経由だと、生産者の顔が見えない。宮城の牡蠣は一緒くたに売られるので、自分たちのブランドを育てようがない。現在の販売には限界を感じている漁師が多い。そこで、良いものを高く売りたい仲間で、共同出荷することでブランドを育てようという思惑がある。

2)外部から窓口が見える
合同会社、株式会社であれば、販売窓口が外から見えるので、新しい取引先が見つけやすいだろう。

3)資金調達で有利
外部から、資金を調達しようにも、一般の銀行は漁業者には金を貸さない。水産関係の経営はブラックボックスなので、仕方が無いだろう。一般企業となって、会計を明らかにすることで資金調達がやりやすくなる。

4)経営感覚が養われる
企業として会計をすることで、これまでどんぶり勘定だった収支を数字で見ることになり、経営感覚が養われる。

デメリット

デメリットとしては、経理など、これまでやっていなかった事務仕事が増えることと、販売の手間(売れなかったときにどうするか)があげられる。共販制度は、価格が安くても、納品すれば自動的に全量販売できた。販売の手間をかけるのが面倒くさい漁師には便利な制度である。自分で売るとなると軌道に乗るまでが大変だろう。

まとめ

企業化や販売提携は、そのための労力が必要となるし、販売リスクもある。跡継ぎがいない年金漁業者は、面倒なことを嫌がるのが常である。彼らのためにも組合の共同販売は今後も必要だろう。一方、跡継ぎがいて、親子で従事している漁業者や、若手の漁業者にとっては、まともな値段で販売をするのは死活問題である。販売については個人で行うのは難しいし、販売窓口も必要になるので、合同会社や株式会社をつくるのは自然の流れだろう。漁民の新しい取り組みを応援したい。

これまで通りに漁協の共販を利用したい人はそうすれば良いし、自らが販売まで手がけたい人間はそうすれば良い。漁協は漁業者のための組合であり、組合のサービスを使うかどうかは漁業者自身が決めること。漁協は漁業者のための組合なのだから、漁民が主体的に新しい取り組みを始めるのを応援すべきである。行政は、漁協との対立構図を煽るような動きはできるだけ避けつつ、地元漁民の声を聴いた上で、淡々と必要なサポートをしてほしい。

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水産物の放射能検査結果

水産物の検索をリニューアルしました。二〇一二年七月二三日まで検索できます。

https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0ArN_7X0ibziWdENwczYtakh2eDdrNHpOd2txXzlhN2c&single=true&gid=2&output=html

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漁業の生産性が上がらない構造的な理由

前回の記事で、「漁師が魚を捕って生計を立てられる」ことの重要性を指摘した。では、漁業の生産性を上げるにはどうすれば良いかを考えてみよう。

漁業の収益は次のように単純化できる。

漁業収益 = 売り上げ-経費
= 魚価 × 漁獲量 - 経費

漁業収益を増やすには、次の3つの方向性がある。

1)魚価を上げる
2)漁獲量を増やす
3)経費を減らす

では、どの方向を目指すかということを考えていくと、八方ふさがりの漁業の現実に直面する。

1)魚価をあげるのは難しい

週末のスーパーの特売のチラシを見れば、「アジ一尾100円」という具合に、まだ獲っていない魚の値段がすでに入っている。購買力をもつ大手小売りチェーンによって、末端の魚価は決められているのだ。スーパーは自分の利益が出るような価格で、どこかから魚を引っ張ってくる。流通業者は、さらに自分たちの経費を引いた値段でしか魚を買えない。出口の価格を決められた上に、複雑な日本の水産流通のすべての段階のコストをさっ引けば、漁師の取り分など残らないのである。

漁師の仕事は魚を海から捕ってきて市場に並べるところで終わり。魚の値段は、漁協が主催するセリで決まることになる。バブル期までならいざ知らず、現在、高い値段がつくことはまれである。良い魚が、高く売れるとは限らない。良い魚も、悪い魚も、一緒くたに安値で買いたたかれている。

日本の漁業者には、価格の決定権が無い。それどころか、価格形成にほとんど関与できない仕組みになっている。また、漁協のセリの運営は極めて排他的であり、魚を買いたたきやすい状況を作っている。川下主導の価格形成が行われている既存の流通システムの中で、漁師の努力で手取りを上げるのは至難の業である。

2)漁獲量を増やすのは難しい

漁獲量を増やすのは難しい。というのも、獲るべき魚が減少しているからだ。現状ですでに漁獲圧が過剰だからだ。農水省のアンケートでは、日本近海の水産資源が減少していると答えた漁業者が9割。資源が増えていると答えた漁業者は0.6%に過ぎなかった。日本の資源が減少している原因は、日本漁業者による乱獲である。日本国内では、漁獲規制が不十分であり、大型漁船が沖で未成魚を根こそぎ獲ってしまう事例が後を絶たない。

漁獲が過剰な現状で、いきなり漁獲量を増やすと、資源を減らしてしまう。長い目で見ると、漁獲量をむしろ減らすことになりかねない。漁獲量を増やすには、公的機関はしっかりとした漁獲規制をして、資源を回復させる必要がある。漁業者の自己努力で漁獲量を増やすのは難しいだろう。

3)経費を下げる余地は無い

もう何十年も、漁業の利益は減少傾向にある。日本の漁業者は、すでい簡単に削れるコストは、削減済みである。 コストの大部分を占める燃油については、漁業者の価格決定は難しいだろう。

結論

とてもネガティブな話になってしまったが、これが日本の沿岸漁業の現実だ。出口の見えない八方ふさがりの状況で、漁業者はもがいている。

被災地・非被災地を問わず、今の日本漁業には希望が無い。漁業が衰退するのは構造的な問題だから、未来につながる形に漁業のあり方を変えていかなればならない。

ミッション:未来につながる漁業のビジョンを示し、それを地元漁民と共有する

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猿払村は、いかにして地域漁業を復興させたのか?

一つ前のエントリで、今までの復興政策では、漁業は衰退する一方だということを示した。では、水産業に金を入れるのがそもそも無駄なのか。というと、そうではない。従来の予算の使い方が未来につながっていないと言うだけの話だ。

では、何を目指すべきだろうか。漁村が中長期的に生き残るために何よりも重要なことは、漁業の生産性を、新規参入できる水準まで改善することだ。同じ北海道の遠隔地である猿払村を例に、未来につながる漁業復興について考えてみよう。猿払村は、北海道の北端に位置する。

 


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猿払組合のサイトはここにある。

http://hotatebin.net/modules/pico/index.php/content0001.html

魚家数が187戸で、売り上げが6,228百万円だから、一戸当たり3300万円の水揚げだ。これなら、跡を継ぎたくもなるだろう。

猿払村の漁業データはこんな感じ。
http://www.machimura.maff.go.jp/machi/map2/01-03/511/fisheries.html

猿払と奥尻の年齢組成を比較すると下のようになる。猿払は20~50代が中心になっている。漁業で十分に生活できる猿払では、若者は再び村に帰ってくるのである。そして、「猿払に生まれて良かった~」と言いながら、海に向かって生活をしているのだ。

利益を出しているホタテ漁業も順風満帆であったわけではない。もともと、このあたりは樺太から産卵のために南下してくるニシンを狙った漁が盛んだった。お隣の網走には、ニシン御殿や、ゴーストタウン化した繁華街のような、ニシン漁で栄えた時代の名残が残されている。過去には日本で一番の漁獲量を記録したこともあるニシンは、昭和30年代に姿を消した(参考:ニシン漁の歴史)。消えたのはニシンだけではない。「乱獲により姿を消してしまったほたて貝、漁業資源は軒並み枯渇、漁業経営が極端に衰退の一途を辿った」のである。獲るものがなくなり、「貧乏を見たけりゃ、猿払に行け・・・」と言われるような状況になってしまったのだ。

この状況から村役場と水産試験所が試行錯誤をして、ホタテ養殖を成功させる。そのプロセスについては次のPDF(よかネットNO.24 1996.11)を読んで欲しい。

http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

漁業には良い年もあれば、悪い年もある。漁師の多くは、まとまった金が入ると、「宵越しの金は持たぬ」とばかりに夜の町で景気よく浪費し、不漁年に借金を増やす。猿払村の場合は、不漁年を確実に乗り切るために給料の天引きが行われている。「天引き貯金を確実に実行するために、組合員には生活費7万円の月給制として強制積み立て」をしたと説明されていた。これが行われたのは、万博景気の昭和45年のことだそうだ。一部の漁協が「漁師の勤労意欲を奪う」と批判をしている「漁師のサラリーマン化」である。漁師のサラリーマン化が進んだ結果、どうなったのか。

漁師さん一人当たりの平均年収が、いまでは4000万円。去年、村を訪ねてみたら、ひと昔まえの大貧乏はどこへやら‥…。白い壁の鉄筋コンクリート三階建ての豪邸が、あっちにも、こっちにも。出かせぎに行く若者は皆無、嫁不足なんかどこ吹く風、北海道の町や村ではまず見かけることのない高級車がひしめいていた。」(村野雅義著、昭和61年刊)
10年後(昭和58年度)、稚内税務署管内の高額納税者(1000万円以上)99人の内59人が、人口3000人余の猿払村の人によって占められることになった。
http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

ホタテ養殖には、ヒモにつるす「垂下式」と、地面にばらまく「地捲き式」の2種類がある。垂下式は所有者がはっきりしているのだが、地捲き式はホタテが移動しているので所有者がはっきりしない。猿払は地捲き式なので、早い者勝ちでホタテを捕っていたら、小さいうちに獲り尽くされてしまう。猿払では天然資源を枯渇させた教訓から、競争を排除して、グループ操業を徹底しているのである。

面白いのが、利益を出している猿払では、グループ操業を徹底しているところ。グループで役割分担や操業の効率化が図られていて、「会社のような感じ」らしい。多くの沿岸漁業が、漁業者同士の競争で自滅しているのとは好対照だ。猿払と同じように利益を出している漁村は他にもあるが、組合長のリーダーシップと地域としてのまとまりがあるのが共通点。

猿払の海を拓いた多くの先人の苦労と偉業を偲び其の意志を我々も子孫もうけつぎ実践することを肝に銘じて建てられた「いさりの碑」に刻まれた「撰文」には、

人間は神々と力を競うべきではない
人間は自然の摂理に従うべきだ

と書かれている。実に共感できる文章ではないか。

猿払の漁業が復興した理由は、次の一文を読めばわかる。

所得のないところに福祉はありえない、両方進めていきたいけれども、どうしてもできない場合は生産の方を先にやらなければならない
昭和45年「過疎地域振興特別措置法」ができた。これに基づく過疎地域振興計画をつくるのだが、猿払付の振興構想は、「住民の福祉向上のためには、一つは産業振興による所得を増大すること。“所得のないところに福祉はありえない”を前提にして、他の一つは生活環境を改善することであるとし、しかもこの双方が並進することが望ましいけれども、とにかく低所得水準の克服を先決とする」と決めた。産業振興の2本柱が「未利用の広大な土地資源を利用した酪農振興と、かつて繁栄した前漁の活用による浅海根付資源(ホタテガイ、昆布)の増養殖とし、さらに、それに加えてこれらの加工産業や特殊林産物の導入を図ることとした。
http://www.yokanet.com/4.yokahitonet/pdf/yokahito1/yokahito1-1-12.pdf

漁家の所得向上が最優先。実に明快ではないか。昭和45年の段階で、とにかく、地域の基幹産業として、酪農と漁業を再生するという意気込みで、背水の陣で望んだのである。奥尻はどうだったか。高齢者福祉と土木工事に公的資金を集中投下して、一時的に潤っても、後に残るのは借金だけだった。三陸漁業は、奥尻と猿払のどちらを目指すべきだろうか。議論の余地は無いだろう。

残念ながら、この国の政治も、行政も、漁協も、奥尻型の復旧をすることしか頭にない。「予算が足りないから増税をしよう」などと言う前に、土木工事偏重の復興のあり方を根本的に見直すべきなのだ。もちろん、漁業の生産性に関わる土木工事は必要だが、漁業の生産性に関する議論がなにもないまま、土木工事だけしていても、漁業が良くなるはずがない。

漁業の生産性とインフラ(港の立派さ)は、ほとんど関係が無い。漁港が立派になれば、「台風の時に船を陸に揚げなくても良い」とか、「水揚げ作業が楽」という利便性はあるが、それによって、漁業の利益が大きく変わるようなものではない。だから、もともと儲かっていなかった漁業のためのインフラを立派に整備したところで、その土地の漁業には未来がないのである。つまり、奥尻型のインフラ再整備では、未来の地域の雇用に寄与しないし、中長期的に見れば、漁業の衰退を緩和する効果すら期待できないのである。これは、やる前から、少し考えればわかる話だろう。

今の水産行政には、漁船などのインフラを整備して、燃油を安くして、今いる漁業者に出来るだけ長く漁業を続けてもらおう、という後ろ向きの発想しかない。新規加入が途絶えた状態で、高齢漁業者が漁業を続けざるを得ない状況をつくったところで、彼らも遅かれ早かれリタイアする。その先の担い手がいないのだから、地域漁業は確実に死に向かっているのである。現在の復興政策は、終末医療と同じようなものである。終末医療に金をいくらかけても、いずれ、命は失われる。

こういう主張をすると「弱者切り捨て」とか、「企業の理論」とか、「アメリカの手先」だとか、意味が良くわからない批判に晒されるのが常なのだが、俺だって、高齢者福祉的な政策を全て無くせと主張するつもりはない。「高齢者福祉に全ての予算を投入しても先がない」と言いたいのである。未来のためと称して、未来には全くつながらないことばかりに金を使って、挙げ句の果てに増税・借金が未来の世代に先送りされ、地域には立派な防潮堤しか残らない。そんな未来は、納税者のためにも地方のためにもならない。

大切なことは、未来につながる漁業をあたらしくつくることだ。そのためには、漁師が魚を獲って生活が成り立つようにしないといけない。漁村に生まれた子供達が、その土地に戻って漁業を継げるところまで生産性を高めないといけない。

そのためにどうすればよいかは、下の二冊の本に書きました。これらの本を読んだ被災漁業者から、「一緒に考えて欲しい」というオファーが来るようになった。時間の許す範囲で三陸に行って、漁業者と協力して地域漁業の生産性を高めるための取り組みを行っている。そう言った取り組みについても、追々、紹介していきます。

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