奥尻の失敗を、三陸でも繰り返すのか?

1993年の北海道南西沖地震とそれに続く津波によって、奥尻島は甚大な被害を受けた。東日本大震災をきっかけに、奥尻島の復興について触れられる機会が増えてきた。奥尻の復興については、意見が分かれている。農林中金(農協系金融機関)や朝日新聞は、復興をポジティブにとらえているが、北海道新聞をはじめとする地方紙は、地域の衰退を問題視している。

農林中金
http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1108jo1.pdf

水産業の復興が順調に進んだ要因として,①漁協による漁業者への対応,②漁船の共同利用,について述べる。

朝日新聞
http://www.asahi.com/edu/news/HOK201202120002.html

 防災教育旅行を積極受け入れ 津波から復興果たした奥尻町

問題点を指摘しているのは、岩手日報、河北新報、北海道新聞などの地方紙。

岩手日報
奥尻島ルポ(下) 町悩ます過疎、高齢化
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/saiko/saiko111030.html

高齢化率は30%を超し、毎年、地元高卒者約25人は進学や就職でほぼ全員が島を出る。2集落が震災で消滅し31集落が残ったが、96年から限界集落(住民の半数以上が高齢者)が現れ始め、今年3月末には8集落に拡大。1集落が消滅した。
高齢化は防災対策の見直しも迫っている。低地から5分以内の高台避難を目指し、42カ所の避難路を整備したが、階段やスロープが急で高齢者の利用が難しくなっている。
新村町長は「高齢化対策に取り組んでくるべきだった。建物などもコンパクトに造る必要があった」とする。

河北新報
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

集落再生のほか、防潮堤建設なども含めた復旧・復興事業の総事業費は763億円に上る。工事は被災者の雇用を維持し、島外から最大2000人の作業員が入る「復興特需」が島を潤した。半面で町の事業費負担158億円が財政を圧迫した。地方債残高は92年度の39億円から98年度には94億円に膨張。年間約40億円の町予算のうち、償還額が7億~10億円という状態が続いた。
復旧・復興事業が終了した島は停滞感が漂う。人口は1960年の約7900人をピークに減少を続けており、2010年の国勢調査速報値では3041人で、05年からの人口減少率は16.5%に達した。
高齢化も著しく、ことし8月末現在で65歳以上の高齢者は人口の31.7%を占める。就職先が島にないため、25人前後の奥尻高の卒業生ほぼ全員が進学などで島を出ていくのが現状だ。

北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/touhokukou2/

復興しても人が減る 奥尻の教訓、もがく被災地
義援金5年で消えた■街の活性化 手回らず
義援金は5年でほぼ使い切った。さらに高台移転などの復興関連事業で町が支出した158億円の借金返済が、その後の町財政を圧迫。街の活性化に回せる財源は狭まった。

奥尻島の復興について

具体的にどのような復興施策が行われて、その結果、どうなったかを見てみよう。

1993年の奥尻地震では、津波によって沿岸漁村は壊滅的な打撃を受けた。被害総額は664億円となっている。復興事業費は763億円(国221億、道384億、町158億)。それとは別に、義援金が総額190億円寄せられた。被害地域が局所的であったために、被害額を上回る復興事業費が準備できたのだ。潤沢な資金を背景に、手厚い被災者支援事業を展開することができた。

住宅を新築する場合は見舞金も含めて1世帯に最大約1400万円を配分した。青苗の住民を中心に結成された「奥尻の復興を考える会」の会長だった明上雅孝さん(61)は「義援金のおかげで自己負担なしで家を建てた人もいる」と振り返る。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

義援金が集まりすぎて、配るのに苦労をしたという話をきいたことがある。義援金をそのまま現金で配ったら、島の老人たちは、町に出た子供や孫の家のそばにマンションを買って出ていってしまうかもしれない。人口流出を防ぐために、島の中に新しい家を建てるのを補助するというような方式にしたらしい。「被災者にとって、何が幸せか」というよりは、「なんとか島の人口を維持したい」という切実な思いがあったのだろう。

防災のための大規模な公共事業が行われた。数年間は復興特需で潤ったが、後には巨額の借金が残された。

町の事業費負担158億円が財政を圧迫した。地方債残高は92年度の39億円から98年度には94億円に膨張。年間約40億円の町予算のうち、償還額が7億~10億円という状態が続いた。
「負担は大きく、その後の産業振興などに十分な予算を回せなかった」。地震発生時の町総務課長で、助役を経て2001年から町長を1期務めた鴈原徹さん(68)が嘆く。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110920_02.htm

漁業の復興にも、潤沢な予算が投入された。そのディテールについては、農林中金のレポートの後半部に説明がある。

被災漁船を公的資金で準備する場合には、漁協に漁船を与えて、複数の漁業者が共同利用することが前提となっている。しかし、制度運用によって、漁業者個人所有の船を、新調したのと近い状況になっている。まず、個々の漁業者の希望に添った船を新調し、貸し与えた。この時点では、漁船は漁協の所有なのだが、5年後に減価償却で費用が10%に減少したとして、格安で利用者に売却した。結果として、漁業者は、ほぼ公的資金で、自分の好みの新船を建造できたのである。日本では漁業者が減少し、どこでも漁船が余っている。そういう中古漁船を持ってくることも可能だったはずだが、公的資金で新調してもらえるなら、新船の方が良いに決まっている。共同利用漁船の導入実績は,新造船249隻,中古船購入9隻であった。

被災漁民への大盤振る舞いに対して、船が被災しなかった漁業者から不満の声が上がる。そこで、「公平感」のために、被災しなかった船も公的資金で更新をした。

5t未満船で被害を受けなかった老朽化漁船(主に木船)については,復興基金(「漁業振興特別助成事業」助成率:2/3)で更新できるようにした。これは漁船の被害を受けた人が新造船で,そうでない人が古い船ということでは,「公平感」が得にくいということでの対応であった。

漁業の経済規模を無視して、巨大な漁港を作り、津波の被害を受けたかどうかを問わずに、島の漁船を補助金で新造した。これらの手厚い補助によって、漁業のインフラはすっかりリフレッシュされたわけだ。

 漁業の現状について

奥尻町のウェブサイトには、

奥尻町は、四方を日本海に囲まれていることから、豊富な水産資源の恩恵を受けながら漁業を主産業として発展し、古くから「宝の島」、「夢の島」と呼ばれ続けてきました。本町の水産業は、イカやマス、ホッケなどを対象とする漁船漁業と、ウニやアワビを対象とする磯根漁業に大別されますが、新しい奥尻の水産業は21世紀に向けて既に動き出しています

と書かれている。このサイトを見ても「がんばってます」というアピールだけで、島の主産業である漁業が、今どういう状態なのかはまるでわからない。

奥尻町の水産動向について新しい数字が国交省のレポートにあった。(このレポートによると、防災目的で、さらに83億円もかけて、港湾整備を平成30年まで整備するようですね。そのころ、島の人口はどのぐらいに減っているのだろう?)

http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/singi/h221104_2_6_1.pdf
P4

漁業者101人で漁獲高1億9300万円だから、一人あたり 年収 191万円ということになる。しかも、操業コストが高いイカが主流なので、利益はほとんど出ないだろう。もしかすると赤字かもしれない。この島に住むなら、延々と借金を返して、インフラの維持費を払い続けないといけないのだから、ハードルは更に高い。この状況では、新規加入など夢のまた夢だ。

新規加入が途絶えた状態で、深刻な高齢化が進んでいる。跡継ぎがいない高齢漁業者をいくら手厚く保護したところで、長い目で見て、漁業の再建にはつながらない。

 

養殖施設(ハコモノ)の建造にも余念が無い。99年に完成した「あわび種苗育成センター」によって、年間を通して安定したアワビが供給されることになっていた。http://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_zyoho_bako/tokutei/pdf/sub82_07.pdf

奥尻町のアワビの水揚げ金額のデータはここにあるのだけど、種苗センターが稼働してからも低迷している。

町は「捕る漁業」から「育てる漁業」への転換を目指すが、99年に完成した「あわび種苗育成センター」の漁業者への種苗提供は、2003年度の15万個から10年度は7万4千個に半減している。
http://www.iwate-np.co.jp/311shinsai/saiko/saiko111030.html

種苗育成センターは、地域漁業の救世主にはなりそうにない。むしろ、維持費を誰がどう負担していくかが心配だ。

防災教育旅行に未来はあるか?

観光客は1990年度の58563人から、2010年度は36100人へと、6割も減っている。現状では、「 防災教育旅行で、津波から復興」とは言えないだろう。復興バブルがはじけたあとに残ったのは箱物だけ。それを利用せざるを得ないというのが実情ではないだろうか。奥尻観光協会のサイトに、巨大コンクリート構造物の写真がある。わざわざ時間をかけて、こういうものを見に行きたいとは思わない。また、防災訓練にしても、遙かな離島でやるよりも、自分の生活圏でやることが重要だろう。朝日新聞が主張する「観光防災で町おこし」というのは、無理があると思う。

 「水産土木栄えて、水産業滅ぶ」の愚

奥尻のデータをみると、漁業が産業として成り立っておらず、新規参入が途絶え、漁村が消滅に向かっているように見える。奥尻に限らず日本の多くの漁業は、収益性が低く、魚を捕っても生活できない状態だ。これを放置したまま、ハコモノにどれだけ公的資金をつぎ込んでも効果が無い、というのが奥尻の教訓だろう。

日本の漁業政策は、「漁場の利用は漁師に丸投げしておいて、インフラ整備をすれば漁業は良くなる」という基本方針がある。震災をきっかけにこの方針が、かつて無いレベルで達成できたのが奥尻の事例と言えよう。奥尻の事例からわかったことは、産業政策を無視して、公共事業にいくら予算を投入しても、無駄だということ。今の考え方は根本的に間違えているのである。自治体は、急速に衰退している現状を無視して、「あんなことをやってます」「こんなこともやってます」と宣伝ばかりするのだけど、様々な取り組みが機能していない現実を認めた上で、別の対策をとるべきではないだろうか。

奥尻の復興をどうとらえるかはくっきり分かれる。行政、自治体、農協、漁協はおおむねポジティブな評価。公的資金を配った側ともらった側は自画自賛をしている。一方、地方の衰退が将来の部数減少に直結する地方紙にとっては、死活問題であり、当事者視点できちんと分析している点が面白い。

過去の失敗をうやむやにしている限り、同じ失敗を繰り返すことになる。奥尻は採算度外視で、全ての漁業インフラを最新の大規模なものに切り替えたが、漁業の衰退は進む一方だった。三陸漁業の復興でも同じような議論がなされている。宮城にも、岩手にも100以上の大小様々な漁港がある。10年後には使う人が無いような所も少なくない。「利用者がいるかどうかは関係なく、すべての港を元通りにしましょう。これまで以上に高い大規模な防潮堤で沿岸を覆い尽くしましょう」というような話が着々と進行する一方で、魚を獲っても生活が成り立たない漁業の現状には何ら手を加えようとしない。だから、この先に希望がもてない漁業者がどんどん離れているのが現状だ。震災復興のために増税までして、三陸漁業を、今の奥尻のような状態にすることに、何の意味があるのだろうか。残るのは、人がいなくなった漁村と、コンクリートの巨大建造物と、返すあてのない借金だけだろう。

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復興サポート:三陸から漁業は生まれ変わる

本日10:05からNHK総合で放映される復興サポートという番組に出演します。

三陸から漁業は生まれ変わる
~岩手・陸前高田市広田町~

被災漁業者と一緒に、地域の漁業をどのように再生するかを議論しました。
活発な意見がでて、なかなか、面白い会でした。
一次産業の活性化は日本の田舎に共通の課題だと思いますので、
是非、見てください。

http://www.nhk.or.jp/ashita/support/

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空間線量の測定値のばらつきについて

空間中をランダムに飛んでいるガンマ線をセンサーでとらえられるかどうかは、運次第。ということで、放射能の測定では、誤差はつきものです。では、どれぐらいの幅を考えれば良いのでしょうか。例として、エアカウンターSをつかって、0.1Sv/hの場所で空間線量を計測する場合を考えてみます。

エアカウンターSは、1μSv/hの場所で、1分間に40回、ガンマ線を関知できると言われています。これを40cpm(Count Per Minutes)と呼びます。0.1μSv/hの場所で計測をした場合、1分間に4回、ガンマ線を検出することになります。ただし、実際に1分間測っても、必ず4回検出できるとは限りません。ガンマ線はランダムに飛び込んでくるので、偶然多くのガンマせんを検出できる時もあれば、全く計測できない場合もあるでしょう。
検出回数がどの程度ばらつくかは、ポアソン分布で表現することができます。下の図は、ポアソン分布の乱数を100回繰り返したものです。

1分間測定

カウント数の期待値は4です。結果は、かなりばらつきます。

2分間測定

カウント数の期待値は8になりますが、それでも値はばらつきます。短時間の測定では、検査結果がばらつくことを理解しておく必要があります。

10分間測定

カウント数の期待値は40回になります。この場合、値は40を中心に、徐々にまとまってきます。

50分間測定

カウント数の期待値は200回まで増えます。それでもまだ多少のばらつきは残ります。

 

今回はエアカウンターを例に出しましたが、測定時間が短いと誤差が大きくなると言うのは、全ての放射能計測器に共通しています。cpmさえ分かれば他の検出器でも同じような計算はできます。多種多様な検出器のcpmがまとまっているのはこちら→ http://www.mikage.to/radiation/detector.html#6

一般的なGM管は100cpmぐらい。高性能のシンチレーションカウンターだと1000cpmを超えます。例えば、HoribaのRadiだと2000cpmぐらいあるらしいので、0.1μSv/hなら1分間で、カウント数の期待値が200に達します。同じ精度を得るのにエアカウンターの1/50の時間で済むと言うことですね。まあ、このあたりはピンキリで、お値段次第です。

おまけ

リンク先のCDFPlayerというプラグインをインストーすると、下の図が表示されて、自分でガンマ線の検出数の期待値を動かすことができるようになります。時間を増やすと、ばらつきが減っていくのが体感的にわかるので、是非、トライしてください。

 

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書評:スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか

実践マニュアル スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか
実践マニュアル スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか

アマゾンは品切れだけど、他の店には在庫があるみたいです。出版元から確認できます→こちら

チェルノブイリ事故を経験したスウェーデンは、どのような放射線防護をしているのかは気になるところだ。本書は、スウェーデン防衛研究所を中心に、農業庁、農業大学、食品庁、放射線安全庁が協力して作成した「プロジェクト・どのように放射能汚染から食料を守るか」(1997~2000年)の報告書の翻訳であり、オリジナルのスウェーデン語の報告書はここ

結論から言うと、超お勧め。放射能の基礎知識から、防護の考えまで、一通り網羅されており、ものすごく勉強になった。ICRPのドキュメントよりもずっと読みやすくて、今まで読んだ中では、一般人に最もお勧めできる。残念ながら、アマゾンは在庫が切れているけど、待っていれば、入荷すると思う。

内部被曝関連の情報が多かったのが、嬉しい。また、食品への移行係数などの情報もあるので、消費者のみ成らず、生産者も読んでおくと良いだろう。

特に重要だと思う部分を抜粋した。より詳しく知りたい人は、本書を手にとってもらいたい。

1章 チェルノブイリ事故からの警鐘

チェルノブイリ事故の当時、スウェーデンではどのような混乱した状況にあったかを読み取ることができる。事前警告・警報システムや汚染対策を迅速に実施できる防災組織が機能しなかったという反省にたち、組織の役割分担などを見直している。3節 の「情報提供の重要性」には、次のように書かれている。

  • 行政当局は、ときに、国民に不安をあたえることを危惧して、情報発信を躊躇する場合があります。しかし、各種の研究報告によれば、通常、情報発信によってパニックの発生を恐れる根拠は無く、むしろ、多くの場合、十分に情報が得られないことが大きな不安を呼び起こすのです。とりわけ、情報の意図的な隠蔽は、行政当局に対する信頼を致命的に低下させかねません。
  • 行政当局が十分な理由を説明することなく新しい通達を出したり、基準値を変更したりすれば、人々は混乱してしまいます。

まさに、日本政府の対応そのものではないだろうか。過去の他国の失敗に学んでいれば、ここまで致命的に信頼を失うことは無かっただろう。また、十分な説明無く、食品の基準値を370Bq/kgから、500Bq/kgへ引き上げた。この引き上げによって、不信と混乱を招いたのだが、それだけの価値があったかどうかは検証すべきだろう。

2章 放射線と放射性下降物

ここは、放射能に関する一般的な説明。計算をするとこういう数値になるとは書いてある。けれども、「この程度なら無視できる」とか、「~よりも少ない(から、大丈夫だ)」というような、書き手の意見を押し付けるような表現が無い点が良い。驚いたのが、P54-56の食品の検査に関する記述。酪農農家の24人に1人の割合で災害対策名簿に登録してあって、災害の際はその一部から、牧草と牛乳の調査はするようだが、他は無いみたい。

  • 放射性物質が降下した直後に放射線被曝をもたらす恐れのある食品は、牛乳のほかに放射能が付着した葉物野菜があげられます。葉物野菜に関してもサンプルを採取し測定するプログラムを整備すれば、放射能汚染の対策や被曝線量の推計を行う上で、役に立つでしょうが、測定費用が高くつく割りに、被曝線量の抑制にも余り繋がらないと考えられるため、実際にそれを行う根拠は乏しいとされています。
  • 食肉用の家畜から、サンプルを採取し測定するための特別プログラムも、同じような理由から、国のレベルでは整備されていません。
  • 国レベルの測定準備体制には、販売用の食品に含まれる放射能の測定は含まれていません。商品の放射能検査は、業界や食品加工企業が自らの責任で行うべきだからです。

「コストに見合わないから、牧草と牛乳以外は測りません。売り物は勝手に測ってね」というのは、日本で許されるとは思えないのだが、スウェーデン市民はどのような反応をしているのだろうか。

3章 放射性降下物の影響

主に、動物、農作物への移行や、ほこりや外部被曝の説明。

4章 基準値と対策  ~食品からの内部被曝を防ぐ有効な対策

食品基準値の変遷が書いてある。

  • 1986年のチェルノブイリ事故後、個人がこの事故のために食品を通じて受ける被曝線量の増加分が年間1ミリシーベルトを越えないようにすることを目標としました。ただし、特定の状況に限り、事故後1年間は、最高五ミリシーベルトまでの被曝も容認するとしました。そして、食品庁はこの目標を達成するために、市場に流通する全ての食品に対するセシウム137の基準値を300ベクレル/kgと定めました。
  • この後、スウェーデン人が一般的に少量しか食べないと判断された食品については、1987年に基準値が1500ベクレル/kgに引き上げられました。野生の動物やトナカイの肉とその加工品、野生のベリー類とキノコ類、淡水魚、そして、ナッツです。しかし、この引き上げは各方面から抗議を受けることとなり、その結果、特に食品庁などの行政当局は情報提供に尽力せざるを得なくなりました。
  • 基準値引き上げの背景には、スウェーデンで行われた食品購買調査があります。この調査の結果、平均的なスウェーデン人が市販の食品から摂取する放射性セシウムが、1日当たりせいぜい約30ベクレルでしかないことが明らかになりました。つまり、放射線防護庁が定めた目標に比べると、相当低い値だったのです。

放射性物質を除去する方法についても細かい記述がある。

家庭における汚染対策についてのアドバイスでは、「市場に流通している食品を除選する必要はほとんどない」としつつ、自家栽培をしている場合については「実践的なアドバイスが必要となる」と指摘している。

最後に「戦略的行動が必要」であり、一般的な原則として次を挙げている。

  • 現行法や国際的な取り決めに反した対策は行わない
  • 急性の深刻な健康被害を防ぐために、あらゆる努力を行う
  • 対策は正当性のあるものでなければならない
  • 講じる対策は、なるべく良い効果をもたらすように最適化する
  • 対策の柔軟性が成約されたり、今後の行動が成約されることは出来るだけ避けるべき
  • 経済的に費用が高くなりすぎない限り、農作物・畜産物は生産段階で汚染対策を行う
  • 一般的に大規模な投資の必要がない汚染対策を実行すべき

 まとめ

基準値や検査については、「えー、こんなんで良いの?」と思う部分もあるが、情報公開やコミュニケーションの重要性については頷ける点が多かった。いろんな意味で参考になるとおもうので、一人でも多くの人に読んで欲しいです。

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内部被曝の影響は、トータルの被曝量(総ベクレル数)を基準に考えよう

内部被曝の影響は実は良くわかっていない。100mSv以下の被曝では、発がん率の上昇などの影響が見えてこない。喫煙のような明らかなリスクと比べると低いレベルだと思われるが、「影響が無い」と断定はできない。未知な部分があるから、放射能は予防的に避けておくことが望ましい。ICRPが掲げるALARA原則というのがある。「合理的に達成できる限り低く保たなければならない。(As low As Reasonably Achievable)」。体に良いものではないので、避けておけば間違いないだろう。

個人の被曝リスクを考える上で重要なのが、トータルでの被曝量。基準値を超えた食材を食べたかどうかかよりも、トータルで何ベクレル摂取したかが重要。たとえば、500Bq/kgの食材を10g食べると5Bq。50Bq/kgの食材を1kg食べれば50Bqの内部被曝になる。前者よりも後者が影響が大きいのは自明だろう。ALARAの原則に基づいて、被曝量をできるだけ抑えるという観点からは、摂取量が少ない食材の濃度よりも、米のように日常的に食べるものの値をいかに下げるかが重要になる。

ICRPは一般人の被曝量は年間に1mSv以下に抑えるべきとしている。

ICRPの公衆防護の基本的な考え方:
1)100mSvの被曝で、0.5%の発がん率の上昇がある。それ以下の被曝では、発がん率の上昇は明らかではない(検出できないような水準ではあるが、無いとは言えない)。
2)公衆が生涯にうける被曝量を、明らかな影響がでる100mSvよりも低い水準に抑えよう
3)1年間被曝量を1mSv以下に抑えておけば、100歳まで大丈夫。

ICRPのように、年間の被曝量の上限を設定すると、セシウムのベクレル数の上限も計算できる。

成人の場合は、セシウム134とセシウム137は1ベクレルでそれぞれ0.000019mSvと0.000014mSvに相当する。現状では、セシウム134とセシウム137はほぼ同量なので、セシウム1ベクレルには、セシウム134とセシウム137が0.5ベクレルずつと仮定すると、0.0000165mSvの被曝に相当する。よって、1mSvの内部被曝に相当するセシウムのベクレル数は、60606Bq(=1/0.0000165)となる。

1年の内部被曝を1mSv以下に抑えようと思うと、年間のセシウムのベクレル数を60606以下に抑えれなければならない。毎日のセシウム摂取量は、平均で166ベクレル以下に下げれば良い。もし、1年の内部被曝を0.5mSvに抑えたいなら、セシウムはその半分に減らさなければならない。

年齢群による実効線量換算係数の違いをまとめてみた。

実効線量変換係数(mSv/Bq)
成人 幼児 乳児
セシウム134 0.000019 0.000013 0.000026
セシウム137 0.000014 9.7E-06 0.000021

年齢群ごとの実効線量換算係数を利用すると、被曝量の上限を設定すると、セシウムのベクレル数の上限を年齢群ごとに計算できる

 被曝量(年) 成人(Bq) 幼児(Bq) 乳児(Bq)
年間 1mSv 60606 88106 42553
0.5mSv 30303 44053 21277
0.1mSv 6061 8811 4255
1日 1mSv 166 241 117
0.5mSv 83 121 58
0.1mSv 17 24 12

内部被曝をどのレベルに抑えるかという目標を設定すれば、毎日のセシウムをどのレベルに抑えるべきかの目安が計算できる。これを食材選びの判断基準に利用すると良いだろう。

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白血病の罹病率と粉ミルクのセシウムの関係

この前のエントリで、1960年代、1970年代の粉ミルクのセシウムが高かったことを紹介したところ、

うわっ…私の粉ミルク、
セシウム高すぎ…?

 

(49歳 Aさんの場合) AA略

と衝撃を受けた人多数。また、この時代に生まれた人から、「同級生が白血病で死んだのは粉ミルクのせいかも」というつぶやきが、いくつか寄せられた。粉ミルクのセシウム濃度と白血病の罹患率に相関関係があるかが気になるところだ。

こういう場合に個人的な経験は当てにならない。例えば、高齢になってもぴんぴんしているヘビースモーカーは、数多く存在する。だからと言って、たばこが長生きに良いことにはならない。たばこの影響をみるには、喫煙者と非喫煙者を大勢集めて、平均寿命や発がん率の違いを比較しないといけない。そう言う比較をすると、喫煙者の方が発がん率が高くて寿命が短いので、「たばこは健康に悪い」と自信を持って言えるわけだ。

粉ミルクの放射能と発がん率の関係を知るには、年齢毎の発がん率のデータを調べる必要がある。ネットで検索して、たどり着いたのがガン情報センターの統計ページだ。いろんな統計があるのだけど、治療技術は進歩しているから、死亡率が減ったからといっでて、白血病が減ったことにはならない。そこで、罹病率のデータを分析することにする。

データのファイルはこれ↓
http://ganjoho.jp/data/professional/statistics/odjrh3000000hwsa-att/cancer_incidence(1975-2006).xls

ダウンロードしたエクセルファイルは編集不可(ケチ)なので、新しいファイルにコピペをして、白血病のデータ(男女共通)を抜き出したのがこれ。
https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0ArN_7X0ibziWdC1zTXptVDlDdDZlV1lPbHVkYTVoQ1E

第一軸:全国年齢階級別推定罹患率(対人口10万人),男女計
第二軸:粉乳セシウム濃度(Bq/kg)

4本の実線は、それぞれの年に産まれた人達がそれぞれの年齢で経験した罹患率。粉ミルクセシウムと、罹患率のグラフが一致すると、セシウムと罹患率の関係が示唆されることになる。影響が有るとも、無いとも、言えないような、微妙な図になった。25-29歳は、なんとなく当てはまっているように見えるけど、20-24歳は全然違う。セシウム蛾下がった1970年代後半産まれにピークが来るのも意外な感じ。年によるばらつきも大きい。

粉ミルクのセシウムデータが、単調減少しているというのも、要注意ポイント。高度経済成長期からバブル期は社会が右肩上がりに成長していた時期で、食生活を含めて、生活環境が大きく変わった。これらの生活習慣の変化は、健康にも大きな影響をもたらすはずだ。仮に、罹病率と粉ミルクセシウムに相関が出たとしても、実は生活スタイルの変化が原因かもしれない。世代間の比較はなかなか難しいのだ。

生活スタイルの違いの影響を緩和するには、同じ年代の粉ミルク集団と母乳集団を分離して比較したいのだけど、そう言うデータは見つからなかった。ただ、両者に差があった場合にも、放射能の影響なのか、母乳と粉乳の栄養の違いによるものなのか、判断できない。母乳のセシウムの情報もないし…。

ということで、こういう荒っぽい分析では「良くわからない」ということが良くわかりました。

放射能のような確率的な事象はきめ細かいデータが無いと、存在自体がわからない。日頃から、詳細なデータをとっておけば、被害を早期に検知することも、素早く対策を取ることも可能になる。逆にデータがなければ、「影響は良くわからない」で、うやむやになってしまうだろう。低線量被曝のリスクはわかっていない部分が多い。予防的に被曝を避ける努力をするのは当然だが、それと並行して、微妙な違いも検出できるように詳細なデータを収集しておくことが、事故を起こしてしまった大人の責任だと思う。特に、子供の値が罹病率がこれからどうなるかは注意深く見守らないといけない。


今回の作業は、ネットで落としてきたデータをつなげて図を作っただけ。専門的な知識は一つも必要ない。こういう作業は誰にでもできる時代になったので、疑問があったら、ドンドン自分で調べてみると良いでしょう。白血病以外のガンの影響は、各自で調べてみてください。自宅でできる簡単な作業です。

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食品の基準値の見直しについて

厚生労働省は、食品の放射能の暫定基準値を見直すようだ。新聞記事で新しい方針についての記述があった。

食品の放射能規制:新基準、海外より厳しく 現行の値「緩い」は誤解 改定後はより子供に配慮

Q 新しい規制値はどうなるのですか。
A 年間被ばく限度が5ミリシーベルトではなく、1ミリシーベルトに決められます。その根拠として、小宮山洋子厚労相はコーデックス委員会の1ミリシーベルトを挙げています。規制値は間違いなく、いま以上に厳しくなります。

Q 新たな規制値の特徴は?
A 規制対象の食品区分が▽飲料水▽牛乳▽一般食品▽乳児用食品の四つになります。被ばく限度の評価にあたっては、年齢層を「1歳未満」「1~6歳」「7~12歳」「13~18歳」「19歳以上」の五つに分け、その最も厳しい数値を全年齢に適用して新規制値とする方針です。さらに、乳児用食品は大人とは別の規制値を設けます。食品安全委員会の「子供はより影響を受けやすい」という答申に従ったものです。新規制値が今の5分の1~10分の1ほどになれば、世界でも相当に厳しい規制値となります。

http://mainichi.jp/life/food/news/20111219ddm013100039000c.html

良い機会なので、食品の基準値についての私見をまとめてみよう。 続きを読む

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粉乳のセシウムとストロンチウムの長期的な変動

セシウム137

粉乳(粉ミルク)からセシウムが検出されて、大きな話題になりました(メーカーのサイト)。過去の粉乳の放射能汚染について、データベースを使って調べてみました。結果はこんな感じ。1960年代にはとても高い値で推移していたことがわかります。

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ニコ生のPDF

ニコ生で使ったPDFをアップします。

暫定基準値について

どんな食品が危ないの?

 

 

 

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本日、22:30より、ニコ生に出演します

http://live.nicovideo.jp/watch/lv67862769

 

 

一体、僕らは何を食べればいいのか――?

次々と見つかる、暫定規制値を超えた野菜や家畜。

新聞やテレビをはじめとするメディアでは、
今も「セシウム牛」や「放射能野菜」という文字が踊っている。

政府の「ただちに影響はない」という言葉を耳にしても、
安心どころか、むしろ不安の高まった人が多いのではないだろうか?

国や政府の情報もアテにならないという声が高まる中、
自分の身は自分で守ろうという動きが広がっている。

飛び交うデマや怪しげな噂。
そして、甚大な被害をもたらし続ける食品汚染

『私たちは、何を知っておけばよいのか?』
『汚染食品からどう身を守ればよいのか?』

気鋭の科学者を招き、放射線による食品汚染について語ります。

なお、番組では 食品検査を実演 予定!

『普段食べている食品の値はどれくらい?』
『ガイガーカウンターで食品は測れない!?』

実際にその場で測定することで、汚染検査の手順や仕組み、
気をつけるべきことを解説いただきます。

■ 出演(敬称略)
津田大介  (ジャーナリスト)
野尻美保子 (高エネルギー加速器研究機構・教授)
早野龍五  (東京大学・教授)
勝川俊雄  (三重大学・准教授)

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